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akyoonの異端の医学と不思議な情報

医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。


「やっと、わしらの役目を説明できるところに来たかな・・。わしらが汚物の掃除役ということを。
わしらはそんな汚物を食べて処理してやっているんじゃよ。おまえたちが溜め込んだいろんな汚物によってわしらの仲間もいろんな種類があるわけじゃ。
つまり、食する物の好みがあるという様なものかな。
わしらは食べることによって、増えていけるし、食べた後から次々と役目を終えて死んで行く。そうして食べるものがなくなったら、そこにはもう居ることは出来なくなる。」
「汚物が好物なんですか?」

「そうじゃわい、汚物こそわしらの大好物なのじゃ。だから汚物の種類が増えれば増えるほど、わしらも増える。
ああ、自然は単純明快じゃの~~う。
(ばい菌は目をつむって、またしばらく、なにかに酔っているようだった)

「では、ばい菌やウィルスは我々の病気の原因じゃないと言うわけですか?」
「結果じゃよ。直接の原因ではない。
われわれの仲間がそこに居たとしてもじゃ。」
「そこに居るからこそ、原因と言われるんじゃないですか?」

「まだ分からんのかい。やれやれ・・・真の原因はおまえたちが汚したものにあるということを・・・・
いろんな毒素が血液を濁し、それをきれいにしてやるために浄化作用が起きる。それがあんた方人間に備わった自然良能力と言うもんじゃよ。
自然はごちゃごちゃしているようで、じつにシンプルだということを受け入れられないのかな。
わしらはそのお手伝いをするだけじゃよ。
決して、原因じゃなく結果だということじゃ。
起きた結果をいくら責めてもムダじゃろうがな。」
(古老のばい菌は、すこしイライラし始めて来た様子である。)

「でも・・・、パスツールとかを始め、いろんな医学者たちの実験で確かめられて来ていますよ。」
「ほほう、出てきたわい、その事が。お前たちのお偉いさんたちは間違っていなかった。しかし、間違ってしまった。」
「?????・・・」

「実験室内では正解であっても、それを自然界もそうだと決めつけた事がそもそもの失敗じゃったようじゃのう。自然界は試験管のなかでもフラスコのなかでも無いんじゃよ。
たかだか試験管のなかの実験を自然界に当てはめて見ることが無理なんじゃな。
わしらは自然に生まれ、自然に死ぬ・・・役目がなくなれば。」
「それでは、ばい菌やウイルスは自然に発生するということですか?」

「そう、気が付いたかな。わしらは、最初は発生するんじゃ。ワクんじゃ。汚いところからなあ。
そうして、汚いものがあればそれを掃除してやって、さらに増殖する。食べる分だけ食べた奴から死んで行く。そしてついにそこに食べ物がなくなると存在できないから死んでしまう。
わしらがわいて出て来ることを認めない医学じゃからのう~、これからも迷走しそうじゃ・・・
わしらの仲間のうちでも善玉菌と呼ばれて、お前たちから可愛がられている奴らも自然にワク。ありがたくてワクワクするじゃろ。」
(こいつ、へたな駄洒落を・・)

「では病気はからだの中の汚物が原因であって、後からついてまわるものなんですか? やはり、伝染するんじゃないですか?」
「そうじゃ。が、あくまで、わしらを病気の原因とするならば、おかしいところも出てくるはずじゃろう。」
「おかしいところとは?」

「わしらがそこに居なくても同じ症状にもなるということじゃ。
それを実験で証明してみせてくれたのが、レィリーとかいう人物じゃろう。知っているかい? 彼はイシあたまじゃあ無かった様じゃなあ。
全然病原菌を入れなくて、結核、腸チフス、赤痢などの伝染病の症状を発生させて見せたというんじゃないかな。
それと、強いコレラ菌を飲んでも、なんともない事を実証して見せてくれたペッテンコーフェルとか言う御仁も居た。」
(こいつ、どこからこんな情報をとりいれるんだろう。ホントにばい菌のなかまと通信しているんかな?)
「あんたがたの中にも菌の自然発生を認めた者は少ないけど居るんじゃな。ただ、大多数の学者が認めないでいるだけのことじゃ。」
「学者ばかりか人類ほとんどがそう思っていますよ。」

「これで、お前たち人間様が浄化作用を起こすのに、必ずしもわしらは介入しないということが分かったじゃろう。もしわしらがそこで働くときは伝染が原因じゃなくて、誘因というところかな。誘発性と言ってもよいか。
主体はあんたがたの浄化作用であって、わしらは従属、付随しているような存在じゃよ。
早く毒素を掃除してやれる“お助け人”いや、ひとじゃないから、“お助け菌”かな。ほっほっほ。」
ばい菌は皮肉な笑いを浮かべていた。

「わしらは、最初汚物のなかからわいて来る。そして、汚物を掃除する。他所に食べるものがあれば、そこにも移って食べてやる。食べるものが無くなれば消えて行く。」
「では、ばい菌やウィルスを防ぐ方法はないんでしょうか?」

「そんなことは無い。
防ぐというより、わしらの食べるものが無ければ良いんじゃがな。
血液をいつもきれいにしておくことじゃな。汚いならきれいにすることじゃな。
「それにはどうしたら良いんでしょう?」
「な~~に、汚いものを入れない。汚いものを出すことのできる浄化作用を素直に受け入れることかな?。」
「素直に?・・・ 具体的には?」

「そうじゃの~う、自分では入れないと言っても、あんたがたは親から、またその親からけっこう受け継いでいるからなあ。それに今のお前たちの暮らしでは否応無しにどんどん入っているし。」

「除草剤、殺虫剤、いろんな添加物などでしょう?それに公害物質になるような・・」
「さすがにそこまでは分かって来たようじゃな。
だがな、話したようにまだ恐ろしい薬剤には目をつぶっている。」
オレは話しに割り込んで言った。
「ドラッグなどと言われる麻薬類でしょ。いま政府でも盛んに警鐘をならしていますよ」。

「ふん、さきほどのわしの話を聞いておらんかったようじゃな。
麻薬と薬剤と区別している理由はなんじゃ?」
「薬剤って医薬品のことですか?」
「そうじゃよ、いちばんかんじんなものを忘れているのかい?
麻薬も医薬に使われる薬もどこが違うというんじゃ?もとを正せばすべて毒ではないかな。」
「そりゃあ、薬は毒だとはいうけど・・・」
オレの頭は認めたくない気持ちでいっぱいだった。

「それだけ分かっていながら、なぜそこで分からなくなるのか。わしらには不思議でたまらんわい。」
「でも、医薬品の場合は副作用のない程度にきちんと決められた分だけ使っていれば問題にならないはずですが。」
「・・のはず・・か。」
オレを軽蔑したような目で見て、ばい菌は話を続けた。

「いいかね、自然は人間様の都合などは受け入れてないんじゃよ。
どう思って使おうと、それはそれ。毒は毒。ただあるがまま、そのものを受け入れるだけじゃ。
たとえそれが善意で使われようが、悪意で使われようが、そんな事には関係なしで、ただ法則に合った因果関係が起こる。原因は毒でその結果は浄化作用。
そうして、わしらはその掃除のために、そこから“わいて”それを食い尽くす。」
「・・・・・・・」

だから、薬の種類が増えればわしらも種類が増える。強い薬が造られると、わしらも強い菌やウィルスとして登場する。叩けば叩くほど強くなるのがわしらの宿命じゃ。
始めに言っただろう。掃除役のわしらは大自然の申し子のようなものじゃということを。」

「でも、医学の研究の進歩によっていずれは世界の伝染病は克服されると言われています。」
「あんたが何を信じようがわしらには関係ない。ただ自然から与えられた役目を続けるだけじゃ。なにを選ぼうとわしの知ったことじゃないがな。」

「これだけ言っておいて、そんな、無責任な・・どちを信じて良いのやらさっぱり分からないじゃないですか。」

「ホウッホッホッホホホ~、わしらはばい菌じゃからのう。責任などとれないわい。わしらの責任はただあんたらのからだの毒分を食い掃除のお手伝いをすることだけじゃ。
毒になる薬を増やせば、そこにはわしらが現れる。ホッホホ、いたちごっごじゃのう。
わしはもう言いたいことをいったし、満足じゃ。もうなんにも苦しゅうない。気が晴れたわい」
(こいつ!オレのあたまを混乱させることばかり言って・・ナンダ!!)
「それに今は大自然の力が増しているからのう。今後はますます活躍しなければならないようじゃ・・・」
「大自然の力が増している?」

「そうじゃ、太陽の力じゃよ。地球上のすべてのものはこの太陽様の影響を受けるんじゃ。
その力の源としての象徴が黒点と言われているが・・。
この太陽の力によって地球上の浄化の力が全般に増すようじゃのう。まあ、悪いことではない、不調和を調和させる大調和の働きじゃからのう。」
ばい菌はますますオレに分からんこと話し出した。
「太陽の黒点が地球上の浄化作用を強めるんですか?」

「そういうことらしいのう。すべての浄化作用が強くなることらしい。」
「病気が増えるんですか?」
「そのなかでも病気はその主なるもののひとつになるじゃろうが。
おまえたちの中にも最近のインフルエンザについて、太陽の黒点の活動とウィルスの活動の活発化を関連づけている学者さんも現れたようじゃが。わしらの活躍も大自然の浄化作用という機能に組み込まれた存在じゃから、これからますます働かされそうじゃな。」
「伝染病と言われるような病気が増えるということですか?」
オレは少し不安げに聞いた。

「まあ、そんなに不安がることはない。浄化は悪いことではない。すべてをきれいにする働きじゃ。
大自然に順応することじゃ。大自然がおまえたち人類を、どうかしようとして滅ぼそうなんてことは考えないことじゃ。
すべてが人類のために必然で必要なことしか起こらないことをようく認識すれば、恐ろしいことなんか何もないはずじゃ。」
ばい菌の古老はオレが不安がる様子を見て、諭すように言う。
(ああ、ばい菌になぐさめらているオレは、いったい・・・)


オレはばい菌に泣きつくように言った。
「信じられないですよ。そんなことは。」
「わしが言ったことがそうであるかどうか、それはあんた自身が物事をよく見つめて行って決めるしかないのう。
だれもそれを強制できないし、そして、だれもあんたの代わりになって決めてはくれないのじゃからのう。
ただ、繰り返すが、わしらは汚れたところに現れ、汚れたものを食い、そして、死んでゆく。
そんな役目を与えられたのだから、わしらの仕事を増えるかどうかはそこの点にしか無いのじゃ。」
古老のばい菌はすこし疲れたような様子で淡々と語っている。



まだ、その5につづく

医学の本道を逝く 私だけど
(ぶちゃけて言えば、単にお薬やお医者さんに頼らないだけのこと)
しかし、齢ン十年にも鳴門の渦のごとく
逝かなきゃあ~ 鳴らない・・

そのまえに、みんなも逝かせたい
なんて、無茶なことを!

しかし、もうすぐ現代医学ツアーは一兆上がり~♪

その積み荷の重さに耐えかねて、ポシャるのだ菜

まあ、マジメモードはやめて
オチャラケモードに切り替え。


日本の医療はパンク寸前です。
毎年、毎年積み荷が増えて、もうすぐ40兆円の大台に。

反面、日本の財政状況は借金漬けで桃色吐息、あ、青息吐息か。

この真の原因はどこにあるのか?
医学者の誰も語れない

それはそうだろう。
今の医療は根本を間違えたのだから、進歩すればするほど病気が増え、病人が増えるという根源的欠陥があったからだ。

しかも、それは医療側だけの責任ではないのした。

それを全面的に支えてきたのは、私たち一般大衆と呼ばれる人たちだったのです。
言い換えれば、人類というわけですね。

なぜそのような勘違いをしてしまったか、本当の医療を取り戻すには2500年まえのヒポクラテスの時代に戻らないといけないのです。

そのことを昭和の初期に提唱され、昭和20年代後半期に一般大衆向けにまとめたテキストが発見されたのです。

できるだけ分かりやすく、中学生でも(お利口なら小学生でも)理解出来るようにシステム化して通信講座を私めが作りました。

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初級者向けとはいえ、内容は現役の医師や大学教授も充分学習できる内容Dとなっています。

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お楽しみ(というか、学習スクールなのでおもしろくもないかな)ください。

himaari倶楽部の医学の革命講座・スクールご案内

※日々、進化途上なので、今後、教材は増える一方。

これじゃあ、初級コースとしては失格かな?

 
もう、ブログなど書いている閑なし
himaari  →  himanasi   改名検討中?




副題 黴との対話  その3


「この“それ”こそがあんたらが誇って来た医学の根本を揺るがす一点じゃよ。
汚物を汚物で固めることで病気が解決したと思い込んだことさのう~~。それがまず勘違いの第一歩。
そして、そのことによってわしらが活躍する場ができたということじゃ。
その後、おまえたちの科学の進歩とやらがわしらの発見を機に、病気の正体のほとんどをわしら“ばい菌”に見た。ということは、大自然の摂理をまことに理解できていない浅知恵から出発したためじゃ。
(浅知恵、浅知恵って、よくもこうも人間をばかにして!・・)
オレは怒り出そうという思いをやっとの思いでがまんしていた。

「ホッホッホホ~・・あんまり、怒りなさんな。これもすべて神のおぼしめし。おまえさんたちにあまり早く病気の正体を見つけられたら、すべて水の泡じゃい・・

「え?なんで、なにが水の泡なんですか?」
(オレはばい菌の親分の言うことの意味が分からなかった。)

「それについての話はまた別の時に・・・。とにかく、わしらは汚名を晴らせればそれでいいんじゃからな。めんどうな問答はしておれんわい。それにわしも早く役目を果たして消えたいわい。」
ばい菌は話をはぐらかしてしまったので、オレはその後のことは聞けなかった。

「え~っと、どこまで行ったかいな?
お、そうそう、病気の正体を教えるとこじゃったわい。で、浅知恵のため、勘違いしたお前たちはその病気を止めようとしたんじゃな。自然が掃除しようとするのを押さえ付けようとしたんじゃ。薬と呼ぶ毒を使ってじゃな。」
「だってそうでしょう。苦しみを早くとってしまわないと・・」

「おまえたちにとって、病気という掃除は苦しいからのう~。
はやく苦しみを取ってやらなきゃ・・はやくしないと死んでしまう・・
そりゃあもう、不安だらけじゃな、そこにあるのは。
早く、はやく、ハヤク・・・これが、おまえたちの合言葉じゃあないのかい?」
「そうですよ。早期発見早期治療・・これが一番に大切な事なんじゃないですか?」

ばい菌はそれには答えず、話しを続けた。
「自然は汚れを掃除しようとする。そして、あんたがたが病気と呼ぶ浄化作用が始まる。すると、おまえさんたち人間は、苦しいから、それを止めようとする。
そこにおおきな問題があったわけじゃ。」
「問題って?それに苦しいのを止めるのはあたりまえじゃないですか?
なにが問題なんですか?」

ばい菌はチョイチョイと人差し指を振って、(あれ?ばい菌に五本指なんてあったかな?)いかにもチガウという振りを見せた。
「問題はふたつある。
一つは、からだの中の汚物が出ないままで居る。
したがってその汚物は何かの障害を与え続ける。結果は将来にわたって人類の子孫は存続できないほど身体の中はメチクチャになってしまうだろう。
この事は、最近おまえたちの間でも話題沸騰している環境ホルモンとか言う問題で分かって来たじゃろうがな。人間様はよくもこうおもしろい名称をつけるのがうまいんだろう。頭がよいからのう~。
けどな、あタマにキズは、かたいイシ(意志)にありそうかな、うん、イシあたまというじゃろ。ひゃっひゃっひゃ~。」
(・・・こいつう~馬鹿にしている)

「もう一つは、汚物を出さないようにするため、汚物を使った。」
「汚物を使った?」
「そうじゃ。それをさっき言ったんじゃろうがな。自然界から取り入れた物を薬とやらと言って、それで病気を治すと信じてしまったんじゃ。
それが“薬毒”じゃよ。そして身体のなかで汚物となる」

「薬がですか?え~~~!病気を治す、あの薬ですかあ~~~??」
オレはなんともあきれたてて聞いた。

「そう驚くな・・・・どうじゃ!カタイ頭がわれそうじゃろう。ふふふふ~~。」
「薬がなんで汚物になるんです?」

「なんのなんの、おまえたちが薬と呼んでいるのは、いろんな性質をもった毒だからのう。それが身体のなかで、いつかは本来の性質の毒素に戻ってしまうんじゃ。
その毒素は時間とともに変化して、いろんな汚物となって溜まりこんでしまうから、身体の“自然良能力”はいつか排除作用を起こす。
それで、いつかまた“病気よこんにちわ”となるわけじゃのう。
これではキリがないのう、病気を止めるだけでも汚物が出ないのに、これでは汚物を増やすばかりじゃからのう。」
オレはばい菌の言うことを信じられなかった。

「でも薬で病気が治るなら、毒でも仕方がないじゃないですか。そのためにもキチンと使用法を守って・・・」
オレは食い下がっていった。

「そ う、たしかに薬で病気が治る・・様にも見える。しかし、それは症状が一時的に抑えられただけのことじゃ。なぜなら、病気の原因は体の中に溜まった毒素だか らだ。その毒素の浄化作用が起きると苦痛がともなう。つまり、毒素の排泄作用が病気の本筋で、苦痛はそれに伴って起きる従属した症状じゃ。
“従”の症状を抑えてつけたところで、“主”の排泄作用が解決するわけではない。
だから、医学は対症療法だと言うであろう。
それじゃあ、なぜ薬でその症状が抑えられるかというと、汚物毒素排除の浄化作用を起こすのは人間の生命力、活力である。その力を弱めるならば、浄化は止まってしまう。
生命力を弱めるのには、毒が一番効くんじゃ。
つまし、毒を入れると浄化力が弱まり、それに伴う苦痛症状も弱まる。
これが薬と呼ばれて来たものの正体じゃ。
そりゃあ、『薬』ったって、いろいろな働きがあって、いまの様な単純な説明では不満じゃろうが、根本はそういうことじゃな。
だから、薬という汚物を入れて人間のからだを健康にしようってんだから、わしらは笑ってよいものやら、哀れんでよいのやら・・
これじゃあ、いつまでたっても病気は減るどころか増えるというもんじゃなあ。
病気を治すという薬そのものが、病気の発生の元となる汚物なんじゃからのう~~。」

ながい説明を聞いていたオレはなおも食い下がって聞いた。
「う~~ん。それじゃあ、ばい菌が出す毒素という説はどうなるんですか?」

その4につづく
  

 副題 かびとの対話

1からのつづき

「じゃがねえ・・・、今のままでは、わしらの仕事はますます増え続けるしかないんじゃあないかと心配しているんじゃよ。」
(ばい菌が我々人類の事を心配する?・・何を心配するっつうの?よけいなお世話だなもし)
オレは真顔で聞いてみた。

「なぜですか?」
「言っただろう、わしらは大自然の働きの申し子みたいなものだということを。」
「大自然の働き・・?」
「そうじゃのう~、ひとことで言うと、大調和ってことかの~う・・・・。
あんたたちからは、いろんなことに対して、『調和』しているとか、『不調和』になっているとか言うだろう。けれどじゃ、どちらも『大調和』の中にあるということかな。
たとえばじゃ、ひとが病気になったしよう。あんたたちから見ると当然これは『不調和』の状態だと言うだろう。けれどもこれも『大調和』の働きなんじゃな。
『調和』していない状態、不調和にあるとすると、『調和』する状態に戻ろうとする働き、これを大きくながめて見ると、それは『大調和』の働きというわけじゃね。
じゃが、『調和』の状態にあるときは、そのままでよいから働きが起こる必要も無いというわけじゃな。
これが大自然の働きのなかに組み込まれているというわけなのじゃ。」
(ばい菌のクセにえらい哲学的なことを言うな・・うさんくさい・・人間くさい・・)

なんだか、わけの分からない事をばい菌から聞かされ、オレはうんざりしながら。
「そ こに、なんであんたがたの出番と言うか、仕事があるんですか?それでは、ばい菌やウィルスそのものが不調和な存在なのじゃあないですか?」「あんたがたは すぐ小さい目で物事を知ろうとするからな。もっと大きな目で見ないと大自然の働きなどということは分わからんのじゃよ。
わしらより図体ばかり大きいくせにチッチャイ目でしか物を見れないんじゃから、困ったもんだわい。」
(ふん、よけいなことを言ってる)
「わたしもばい菌に説教を受ける気はないんですからね」
オレはばい菌ふぜいに説教されているようで不愉快だった。

「ところでどうだい、あんたたちは、わしらを目の敵にしてやっつけ続けて来た。けれども、その結果はどうなったんじゃい?
フフフ、怪しい雰囲気になって来たじゃろうが。
一部の学者はそれに気づいてきたようじゃが、まだまだ、あんたたち人間のほとんどは、今でもわしらがあんたたちの病気の原因だと思っているんじゃろが。」

「事実そうなんじゃないですか?」
「人類は伝染病を克服したなどと、高らかに宣言したのはついこの前だったはずじゃが、その舌の根も乾かないうちに、今度はわしらの新しい仲間の登場に目をしろくろさせているようじゃな。
なかでも、あんたたちが過去の伝染病などと言って安心していた結核でさえ、WHOでは、ここ十年の内には世界の死亡原因の一位になると発表したと言うではないかえ。」
ばい菌の古老らしき奴は勝ち誇ったように、笑みを浮かべているではないか。

「なんでそんなこと、ばい菌が知っているんですか?」
「ホッホッホホホ、ホ~ホ~~、わしらの仲間は世界中にいるってことさね。あんたたちが知っていることでも知らないことでも、み~んな知っているんじゃわい。
「・・・・・・」
(古老のばい菌はまた勝ち誇ったような態度で大きく笑う。(嫌みなやつだ・・)

「小さいからと言ってばかに出きんのじゃ。あんたたちのこまい細胞でさえも情報通信しているんじゃろう? なにも不思議がることはない。わしらも世界中のばい菌やウイルスの仲間と情報通信しているんじゃな。」
(インターネットみたい奴らだね)
「そんなことよりも、わしらの仲間に優秀なやつが出て来て、お前さんたちは困っとるじゃないかい?  なんて言ったかな、MRSAとかVREとか呼ばれていて、薬でやっつけられなくなって来た耐性菌なんぞがいるじゃろうが。
(こいつオレの知らないことまで知っているとは・・)
「あいつらは、わしらのホープじゃのう。」
にやりとしながら、ばい菌は続けて話を続けるのだった。

「じゃがのう~、な~に、あいつらスーパー級をつくりあげたのはあんたたちなんじゃから。わしらは勝手に進化している訳じゃないんじゃよ。
それよりも、あんたたちは、いつまでわしらを叩き続けることを辞めないんじゃろうかねえ。
叩けば叩くほど強くなるのがわしらの性質だ、ということにそろそろ気がついてもよかろうにのう~。
むしろ、嫌うよりも好きになってくれると、わしらの出番も少なくて済むんじゃがのう~。
ウハハハ、むしろ愛してちょうだいと言いたいとこなんじゃよ。」
(だれが愛すか!こんな嫌らしいやつらを。)

「愛する?」
「ふっふふふふ~、どうも嫌われてばかりいても無理ないようじゃなあ~~、しょうがないのう~~。
さっきも言っただろう。
わしらは大自然の申し子の様なものなんじゃとね。わしらを憎んで叩こうとするのは、大自然を憎んで叩こうとする様なもんじゃな。
お前さんたちは、大自然を敵にして勝てると思うんかいな?
よ~うく考えてみるがよい。あんたたちも大自然の一部だということを。決して大自然の外側に居る存在ではないんじゃろうがのう。
それより、むしろ大自然のなかで守られているのが人間様じゃろう。
大自然を敵にして叩こうということは、自分自身を敵にまわして叩こうとしているという様なもんなんじゃ。」

「自分をやっつける?」
「気が付いたかな?わかるじゃろう、その意味が。」
「・・・・・・」

「なに~? まだ分からん?・・・・かたいの~う、イシが。それでイシあたまかいな。ホッホホホ~」。
(くやし~~、ばい菌にばかにされている)

「もっと分かりやすく話してくださいよ!」
オレは怒りを押さえながらばい菌に言った。
「それでは、ちょっとだけかいつまんで話して見るかな。ウホン。」
(コイツ、ますます調子にのって来ている・・)
「あんたがた人間には、病気のことをもう少し話してやらんことには、わしらの仕事の役目も分かってもらえんようじゃからな。   ヤレヤレ・・・」
古老は、さもめんどくさそうな顔して見せながら説明に入った。

「あんたがたが病気と呼んでいるものの正体を知れば、わしらがいかに愛される存在だかということを知るだろうがね。
それでは、あんたがた人間様の嫌う、病気ってなんじゃろうかね。
病気の正体・・・、これをあんたがたが必死になって掴もうとして来て、いまだに本体を捕まえられなかったものじゃなあ。」
「それは、あなた・・いや、ばい菌やウィルスじゃあないんですか?」」オレは憎々しげに言ってやった。

「その認識が、まだ浅いというんじゃよ~~。
病気の正体・・・・それも、わしらの事をも通り越して、もっともっと奥をさぐらにゃあ分からんのじゃな。
病気‥‥これも大自然の働き、大調和のなかで行われるひとつの働きと言うんだろうね。不調和の状態にあるものを調和の状態に戻してやるのが大調和じゃないのかな。
一見、病気という不調和の状態‥‥それを調和の状態に戻す、本来の姿に戻してやる・・
それから考えをめぐらしてみると、その不調和に見える状態も実は大調和だったというわけじゃ。」
「なんか良くわかんないですが・・」
(もうちょっとオレに分かりやすく言えよ、ナンデ!?ばい菌が哲学的なことを言うんだヨオ~)

「なにね、あんたがたが病気と呼んでいるのは身体の浄化作用なんだと言いたかっただけさね。」
「浄化作用?・・・あの、汚れたものをきれいにするという意味の・・?」
ばい菌の古老は、とつぜん手を打って喜んだ。
「あ、そうそうそう~~、そ~うじゃよ。あんた方人間の身体のなかのお掃除というわけじゃな。
ばい菌は急に愛想良くなってしまった。

「汚いものが溜まるから、その汚れを掃除してきれいにしてくれるんじゃな。そこに働く作用だから浄化作用といういうんじゃ。分かったかな?」「汚れの掃除ねえ~?」
オレは半信半疑の思いで聞いていた。

「つまり、いまの状態よりも良い状態にしてくれるんじゃから、ありがたいんじゃ。病気はありがたいんじゃよ。病気になったら、ありがとうございましたと感謝するのが本当なんじゃがね。」
「え~~、だれが病気を感謝するってんですか。そんな奴いるわけないでしょ!だいいち、ちっとも感謝など出来るような具合の良い状況じゃないですよ。」
オレは反発して、正直な思いをそのまま言ってやった。

「ハハハハ、ハ~。無理もない。苦しいからの~、長いときもあるからの~、そのまま亡くなるヒトもいるからの~~ 無理もない、無理もない。気持ちも分からんでもない、このわしらでさえも、ちょぴりとは分かるというものだ。うんうん・・」
ばい菌はひとりであいづちをうっている。

「じゃがのう、それが大自然というものぞ、それが大調和というものぞ、いいかテツヤ!大自然というものは時には優しく感じ、時には厳しく感じるものじゃ。
それもすべて己から出でて己に帰する・・・・・う~~ん、ワレながらイイことを言うわい。」
(この古老の親分らしきヤツめ、ひとりで関心してやがるぞ。それもダレかのモノマネみたいじゃないか・・)

「おっと、どこまで行ったかな? うん~?」
すっかり、自分の言葉で酔ってしまっている。

「あんたが自分をほめたとこですよ。」
イライラしながらオレは言った。
「ちょっと、自己陶酔してしまったようじゃな。」
(ばい菌が自己陶酔してどうする!)

「そうだな、病気は汚れた身体をきれいにする浄化作用だというところだったのう。
それを人間様が理解してくれんことには、わしらのありがたみも分かってもらえんからのう。浄化作用の元となる、その汚れがなんであるか、聞きたいんじゃろうが?」
ばい菌は細目になって言った。話しを出し惜しみするような態度であった。

「そうですよ。汚いもの?なんで汚いものが私らのからだの中にあるんですか?」
「それは、あんたの身体のなかの毒素じゃよ。血液の汚濁じゃよ。
そんなものを入れた覚えは無いと思っているんじゃろうが、事実それがあるから掃除が必要になるんじゃ。自然の浄化作用がおこるんじゃ。
病気は決してそとからやって来るんじゃない。じつは、おまえたち人間が自分で作り出しているのじゃよ。」
「病気を自分でつくっている・・・?」
オレは信じられなかった。

「からだに汚い物を溜める・・・溜まれば害になる・・身体の外に排除する。
自然はこんなに単純明快な機能をおまえたち人間の身体にあらかじめ組み込んでおいてくれたのじゃ。
この機能、働きがなかったら、人間様はとっくの昔に滅びておるわい。
人間という種が存在し続けて行くには、汚物を溜まり放題にしておいては絶滅して行くんじゃよ。溜まったものは途中で外に排出してやらないといけないんじゃ。
人類が毒によってパンクする前に安全弁を解放してやるようなもんじゃ。ガス抜きしてやらなあ、いつか大爆発して人間様という種族は一巻のおわりじゃわい。
だから、神様はあらかじめ人間様に浄化作用というりっぱな機能をお与えになられた。
それが天から与えられた恵みというものなんじゃ。」
「天の恵みですか?あまり実感できないんですが・・」

「そうじゃな、この働きによって起こる現象を病気と呼んで恐れて来たのは人間じゃ。
浄化作用などということは知り得る知恵がなかったんじゃから、それも無理がない。無知ゆえの勘違い、思い違いをしてしまった。だから、起きた現象ばかりを気にしおって、その根本を探ることが出来なかったのじゃ。」「ふ~んそうですか?じゃあ、その汚物ってのは?」
いつか、オレもまじめになってばい菌にたずねていた。

「そうじゃなあ~、はじめのころは自然界にある毒物というところだったんじゃな。
おまえたちの祖先は今の様な耕作法や魚介類をとる方法も幼稚だったし、辺りかまわず食べ物にした。それこそいろんな物を食べてみた。あれが良いとかこれが悪いなんてことは今のように分かるはずもない。手当たりしだい口に入れたわけじゃ。
とうぜん、食べたもののなかに毒分の混じった物もある。
これがからだの内の汚物の始まりじゃ。やがて、その浄化作用、つまりお掃除が始まる、おそかれはやかれ・・じゃ。
溜まった汚物は一種の毒素となって害を与えるから、排除しようとする。このお掃除なんじゃからありがたいものなのじゃ。
ところがその浄化作用に際して、痛い、苦しいなどの症状が伴う。
お前さんたちは、こりゃあいかん・・と思って、それをなんとか楽にしようと試行錯誤するわけじゃ。
こんな苦しい状態が続いたらたまらんわいなあ。それにそのまま苦しんで死んでしまうかもしれん・・・とのう。事実、その毒分によっては死んでしまった者少なからずもいただろう。
病気・・・これは何とかしないと・・・早くこの苦しみから逃れたい。
そこで試しにいろんな自然界の物を口にして見た。
すると症状がおさまって楽になる物がいくつか見つかった。人間様はここで大喜びして、
『これは病気の具合をよくする物が見つかった!ようしこういう物を見つけて行けばきっと人間の病気を解決出来るに違いない!』とな。」
「それが薬でしょ!お陰で、人類は長いあいだそれで病気を治して来たんですよ。」
オレは元気を取り戻して、ばい菌に言った。


「人間様がそう思うのも無理がなかったんじゃ。それを薬と呼んでありがたがったってわけじゃ。
じゃがな、そこに大きな落とし穴があるってことが分からんかった。
未開人には“それ”を理解するのは無理だったんじゃな。ま、浅知恵だったんじゃ。
この浅知恵から始まったのが人間様の医学の始まりなんじゃよ。
この浅知恵をいつまでもいつまでも続けて来た結果が今のお前たちが誇っている現代医学というわけじゃな。」
「“それ”って何ですか?それに、現代医学は人類の叡知を集めた最先端の科学ですよ」
オレは強い口調でばい菌に言い返してやった。




副題1 バイ菌マンとの対話
   副題2;ばい菌から人類へのメッセージ    
           1999、3、8 himaari

警告!!!
  最後まで読むヒマのないひとは、けっして読まないでください

オレは、ある日の晩、瞑想をすることにした。
いろんな問題でオレは解決したいことが多すぎた。少しは楽になりたい。そんな気持ちだった。果たして初日にうまく行くだろうか?
ちょっと不安と期待が交差した気分であった。
いろんな情報からの半端な知識ではあったが、今日こそ瞑想を始めてみよう。そう決心していた。

そうして、初日ながらも自分の内部へと入り込んでいくコースを選んだ。
オレは自分のからだが、だんだんと小さくなっていくイメージを始めた。そうして自分の細胞の中に入り込みDNAに働きかけるつもりなのだ。
呼吸をゆっくり深くして行った。そしてオレはイメージでどんどん小さくなって行った。
しばらくの時間が過ぎたようだった。

ふと周りを見渡すと、どうやらオレは細胞のなかに入り込めるだけの小さな状態になったらしい。
(なんだ、意外と広いもんだなあ。)
感心しながら、おそるおそると歩きはじめ出したオレは、ちょっと暗い細胞の中側らしきところを物珍しくながめていた。
(DNAってどこにあるんかな?)どんな形か想像しながら、キョロキョロしながら俺は進んだ。
すると、何か向こうの方でうごめいているモノがいるのに気が付いた。
(ナンダ!?)
オレは一瞬恐怖をいだきながら向こうに目をこらした。

すると、うごめいているのはひとつではない、無数にいるではないか。
それも何かをムシャムシャと食べているような・・・・それも、どんどん増えている様に見える。
オレはなんとも得たいの知れない、未知のモノに恐怖心でいっぱいになり、(そこから早く逃げ出さなくては!・・)と思い、急いで後戻りしようとした。
(なんてことだ、はじめての瞑想が迷想になってしまったようだ。早くもとにもどらなくては・・)
オレはそこから立ち去ることで頭がいっぱいで、焦って戻ろうとした。

「マチナサレ!」
(あ!だれかが話しかけて来る。)オレは恐怖でからだが硬直した。
おそるおそる振り返って、恐怖をおさえながら、やっとの思いで声を出して、「なんだ、ナニモノだ、おまえは!!」と言うのが精一杯だった。

「ウホホホホ、ホ~~、わしかい、わしはお前たちがばい菌と呼んでいるものじゃ。

無数にうごめいている中から出て来た、得たいの知れないモノが薄きみ悪い笑い声で話かけて来たのだ。
(こいつがばい菌?ばい菌が話しなどするだろうか?)
疑いをいだきながらも様子をうかがうと、どうやらそいつは、ばい菌のなかでも大きくて、古老の親分格らしい奴で、オレの方をじっと見て笑っている。

「なに? ばい菌?・・・ばい菌なんかに用はない!それに、ここはオレのからだのなかのはずだ。勝手に居座るな、はやく出て行ってくれ!」
オレは内心の恐ろしさを隠して、せいいっぱいの強がりを見せて言った。
「ま あまあ、そう怖がりなさんな、そんなに嫌いなさんな。それにわしらはあんたのためにここで働いているんじゃ。ほらね、ここにはわしの仲間がたくさんいる じゃろう。ほれ、あちらの方にはあんたがたがウィルスと呼んでいるものも居るじゃろうが。み~んな、あんたのために働いているんじゃよ」
そういえば、奥の方を見ると、もっともっとちいさい奴らがかすかに見える。

「オレのために働いてる?・・・ばい菌やウィルスが、なんでオレのためになるんだ。まっぴらごめんだよ、オレのからだをメチャクチャにしようってのか。」
(ほんとに嫌な奴らに出会ったものだ。やはり瞑想は失敗して迷走してしまった様だ、オレは・・・)

(早くもとに戻らなくては。)オレは焦っていた。
すると、古老のばい菌の親分らしき奴はオレの心を見透かしたように、含み笑いをしながら話すではないか。、
「あんたが嫌うのも無理はないの~う。だけどな、ここで会ったのも何かのご縁じゃ。ほんの少しばかり、わしらの話を聞いていってからでも損はないじゃろうよ。まあまあ、もちっと待ちなされや」と言うのだ。

どうやら、オレに危害をくわえる様子も見えない。仕方なく、オレはがまんしてそこに立ち止まって言った。
「ばい菌などに縁はないよ、話があるならはやく話してくれよ、オレはいそがしいんだから。」
「ホッホホホ~~わしらもいそがしいんじゃが、このわしらの立場もちょっとは理解してもらえんとなあ~~ホント。お前さんたち人間にこう嫌われてばかりいては、わしらの立つ瀬もないと言うものじゃ。」
オレは、(ばい菌に立つ瀬もくそもあるかい)などと思いながら、しぶしぶそのばい菌の古老らしき奴の話を聞くはめになってしまったのだ。

「そ うじゃの~う、話せば長いことながら、話さなければお前さんたちはいつまでもわしらのことを悪者扱いし続けることじゃろうし・・。ここいらで、わしらも汚 名を晴らしておかんことには、わしらも忙しくなるばかりじゃからのう。人間様のお陰でわしらばい菌やウイルスも減るどころか増え続ける一方じゃわい。」
「なんで人間のせいにするんですか?あんた方が勝手にわたしら人間を病気で苦しめているんでしょうが」
「その事なんじゃが・・、ふ~~む、どこから話してよいものやら。」
ばい菌の古老らしき奴は、あごをなでつつ少し考えている様だった。

「わしらは長いあいだお前さんたちのために働いて来た。けれど、お前さんたちは、わしらのことを悪の親玉くらいにしか思わず、わしらを叩いてやっつけることだけを長いあいだ続けて来たのじゃが。
だ~れもわしらの事を理解してくれんから、わしらは人類の敵呼わばりされておるわい。
それが口惜しくてのう・・・ これからお前さんに話すことは、お前さんたち人類にわしらのことをもっと理解してもらうためのメッセージとなろう。」
なにやら、ばい菌の古老格はちょっと、唇をかんでシカメ顔で言った。
(なに~い? ばい菌から人類へのメッセージだと!)

「ばい菌やらウィルスは人類の敵だと、みんなが思っていますよ。それを言いわけするんですか?」
オレは知らずのうちにばい菌に対して敬語を使っていた。
(怒らせてしまったらなにをされるか・・)

「あんたたち人類は、なんでわしらをそう毛嫌いし嫌うんじゃろう」
「それは当たり前でしょうが。ばい菌やウィルスは我々人類の病気の原因だからですよ。それで病原菌って呼ぶんですよ。」
(あたりまえのことなど聞くな!)

「ふんふんふん、あんたはそう教えられて来たからの~う。じゃが、どうしてそう言えるのじゃな?」
「だってほとんどの病気にあんたの様なばい菌やウィルスが見つかっているし、そいつらの毒素が我々のからだを蝕むからでしょう。」
「なるほどなるほど、そういう見方をしているんじゃったの~う。当たっている様でいて、当たっていないんじゃが・・・」
(なんだ? わけの分かんないことを言っていやがる)

「お 前さんたち人類はわしらを発見する前には、病気の原因をなにかの祟りかの様に解釈していたこともある。だから悪魔払いをするとか、まじないをするとかで病 魔退散の祈祷などをしていた時期もあるし、病気の正体は分からないがそれなりに自然の生薬を用いたりなどして来た。」
このばい菌の親分らしき奴はそんなことを話しはじめた。
(コイツ、いったい何を言おうとしているのか・・)

「そうですよ。しかし、我々は科学の進歩によって、ようやく近代になって病原菌を発見することが出来たのですよ」
オレは誇りをもってばい菌に言ってやった。
「そのとき、あんたたちは飛び上がって歓喜の声をあげたのではないかな。“我々人類を苦しめて来た病気の原因正体”をついに見つけたり!とかね。
たしかに、それ以後からはわしらの仲間たちが次々を発見されて行ったからのう~。そうして、わしらの様な大きなヤツから、あんたらがウイルスとか呼んでいる小さなヤツまで、次々と発見して来たんじゃったなあ~。」
「そうですよ。人類は科学の進歩につれて病菌とその奥のウイルスまで発見できたんです。これを退治することで人類は病魔から解放されるはずなんです。」
(こいつもオレが元に戻ったらやっつけてやる・・)そんな事はおくびにも出さないようにしながら、オレは誇らしげに言ってやった。

「あんたらがそう思うのも無理はないの~う、なにしろ、そこにわしらは“居た”んだから・・。
そこで、あんたたちは全力をあげてわしらをやっつけることで病気を解決することと思ったというわけじゃ。」

「そうですよ。それでいろんな伝染病が克服されて来たんですから。」
オレはさらに自信をもってばい菌の古老に言った。
(ふふふ、後でやっつけられるのも知らないで・・)
「あんたがたは、ほとんどの病気の原因をわしらにあると思い込んだのじゃのう。
じゃが、そうした中にも、わしらの仲間が見つけられない病もあったが、一度思い込んでしまったからには、もう突っ走るしかないのがあんたらの習性だからのう。そこのところになんの疑いももたなかったんじゃろう。」「思い込み?ですか。疑うことは何にもないはずですよ。」
(このばい菌のヤツ、何を思い込みって言うんだ)

「とにかく必死になってわしらが何処かに潜んで居るに違いないと決めつけてしまったんじゃから、わしらを見つけられない病気のときは、きっと細胞の中にでも入り込んで隠れて居るんだろうと思っているわけさね。
こうしてわしらはなが~~い間、あんたたち人類最大のの敵にされてしまったのじゃ。
そうして、あんたたちが病気という苦しみに会えば、すぐさま、わしらは見つけられ引き合いに出されて、徹底的に攻撃されることになった。」
「それはそうでしょうよ。やっつけてしまわないと、こっちがアンタたちにやっつけられるんですからね。」

「これほど、恐れられ憎まれ避忌されて来たわしらは、悲しいかな人類のだれにも理解されないで、忠実に仕事をやらざるを得なかったんだ。」
(何を理解しろってんだよ~)

「仕事?」
「そうじゃ、仕事だよ。わしらにも役目というものがあるからな。それで、わしらは存在しているんじゃ。なぜなら、わしらは大自然の申し子みたいなものじゃからのう。これほどに、あんたたちから憎まれながらも、しなければならない仕事が与えられているんじゃから。
まあ、しょうがないことかのう~。いつかは、あんたらがホントのことを分かってくれる時が来るまでは・・・。」
そのとき、ばい菌の親分みたいなヤツの目にうっすらと涙がにじんで見えたのは、気のせいだったろうか。
(ばい菌が涙を流すわけないか・・・)

ば い菌の古老は悲しそうな様子をまた元の様に薄ら笑い顔に戻して言った。「ま、あきらめんで、あんたらが大自然の本当の働きを知るにつれて、わしらがあんた たちの真の敵じゃあない、ということをいつか分かってくれる、その時を待っているんじゃがね。そのときから、きっと、わしらの仕事は減って来るはずなん じゃがのう。」

「・・・??」

ばい菌の言うことをオレは理解できないでいた。

素の2につづく


《NO死と臓器移植のヤスメ》
                                       1999、7、11 himaari



【脳死は死ではない】(梅原猛編/思文閣出版/1600円)を読んで、あ!なるほどネと感心したので、お知らせしました。
ススメでなく、ちょっとまった!ヤスメなのである。


なんだかんだと専門的な議論もあるようだが、「もっとも基本的なことを忘れてはいませんか?」
と言うと、「ナンダナンダ!基本って?・・」と聞かれるかどうか分からないが、ここは専門的なことは別にして子供でも考えられる単純なことだから、もちろんこの僕でも「なるほど!」と感心したことなんだ。

これをすすめているのは、だれあろう専門家たちである。これを決めたのはきっと審議会のメンバーが中心だから、とうぜん彼ら(賛成者)は臓器提供者になっ ていることだろうし、その家族も登録していることは当たり前なんだが、それを法案として賛成した国会議員さんたちも同様であるはずだが。
しかし、それだけでは足りない。

とうぜんのことながら、日本の医師たち全部が臓器提供する者になって見せてくれることで、国民の大多数がそれを見て、安心することであろう。
ちょっと地域のお医者さんでもにカードを見せてもらえば納得できるかな?
出来れば病院の内外にそれを貼っておいて欲しいのだが。


もっとも、国民の大半がそれを信じて指示しても、賛同出来ない人も居るということを忘れてはならない。僕もそのうちの少数派?に入る。
要はそれを法とかで強制したりすることが絶対あってはならないことだろう。
臓器移植賛同者にそれを無理やり阻止しようとも思わないし、彼らはそれを求める者ものだから、体験してみなければ納得出来ない気持ちも分かる。

しかし、これは正しい考え方ではないのだろう。
「間違っている」という思うことに対して、「自分には関係ないものなら、どうぞご勝手に・・」という考え方であるから、これも一種のヒトデナシ属の部類になるかな?

「自分に関係ないことなら、何でもどうぞ」と何でも許すという姿勢は、一見太っ腹の様だが、これはとんでもない歯止めがきかない風潮を増長させてしまう。
どんな間違ったことでも、彼らはそれを体験して見なければそれを納得出来ないほど、真実を理解出来ないのだからーーーと言っていたら、戦争でも人殺しでも イジメでも、自分に影響して来なければ「われ関せず・・」で知らん顔では、えらい世の中になって結局は自分もその影響下に入ってしまう。その時は、既に 「時遅し」である。

また繰り返すように、戦前に一方的に思想統一をしかけられ、反対意見はかき消されるほど、国民にただひとつの思考法を定着させることに成功した当時の軍部や、それに追随した大新聞などの報道機関を考えてしまう。
そんな医学的思想統一の論理がまかり通ったとき、反対意見はかき消されて、「国民総意」の元に半強制的に賛成多数派に同調させられてしまうだろう。
また、その当時の大新聞はまだ堂々と生きているのだから。


「脳死を認めないし、臓器移植の体験など一度もしたくない」人も居るということを尊重していかないと、過去の戦争時代の様に、国の意志に添わない“非国民”として葬られる被害者も出て来ることになるから、一つの選択だけにする法律というのは大変危険なことなのだ。
そして、片側の思想だけを国民に義務づけるように、一種のシカケを用いるとトンデモナイことになるのだ。
マスコミを使ったり、国が恩恵を与えたり、そうでない側は冷遇するというように、ジワジワと直接間接的に思想統一の手法を用いると、その結果は過去の歴史が何度も教えてくれている。
それで分かったのは、間違ったことは実体験でしか認識できない人が多かったということで、「いつも悔やんで見るのは体験した後から」というので、後悔と言うのかな。

そんな分かり切ったことは体験して見なくても分かる人も居るのであるから、そういう方たちは黙っていたら、後でとんでもない目に遭うかも知れず、やはり今の内に強い意思表示をして置くべきだろう。

そんな人達の為に、政府は賛成派には好評のドナーカードに対し、意思表示をしにくい反対派の為に反ドナーカードを用意して欲しい。
「何があっても脳死も臓器移植もしたくない」意思表示を常にして置かないと、いざと言うときにどんな目に遭うからもしれない。

それと、「家族の同意」などという危険なやり方は、実にブッソウに想う。
御自分の考えでも常に変化しているのに、まして、脳死判定の状況時、家族の誰が主権を握って居て、その人の思考が他人の影響を受けていつ変わるかも知れな いのだから、家族がいま冷静で居ても、その状況時はどれだけ動揺して居るかも知れないのだ。それに、カードなど誰でも作れやしないのか・・、もし捏造され て使われたら・・・、家族から自分は嫌われていなかっただろうか・・・(自分の立場をふと想ったりしてーー笑)


けっきょく分かり切っていることは、脳死を認め臓器移植を勧める人、賛成の人は「御自分の身を臓器提供する立場」に置かなければ、誰が信用するだろうか。
人には薦めるには、まず医療関係者自らそれを国民に体験して見せてくれないと、怪しく思う人も居るということである。
御自身はそれをやらないで、人にすすめるだけでは、シリゴミしたくなるのではないのだろうか。 特に生命に関することだから、いい加減な気持ちで実行する人は少ないはずである。
僕の様な者は、日本の医療関係に従事する人達が全部、「脳死を認めて臓器提供者となって」、まず率先して一般に先駆けてそれをやって見せてくれたら、少しは考え直すのだろうか?
それでも、いやでしょうね。それだからこそ“ヘソマガリ”と言っていばっていられるユエンでして・・・

脳死は臓器移植をするために(無理やり)生まれた、反自然的は屁理屈だとしか思えない。そんな思想を押し付けられ、さらにそれだけが正当な思考だと想わせ て行くのは、やはり戦時の大本営的やり方を思いだし、マスコミがそれに加担しているかの様に報道しているのは、全然大新聞が戦前戦中の体質を反省していな いからなのだろう。マスコミの情報だけを見ていると、いつも移植は必要不可欠で、患者の命を延ばして成功しているーーーかの様に想ってしまうから、それに 反対するなんてのは、情の無い非国民のような気がして来るので、つい反対意見の声も小さくなってしまう。


それと、『臓器移植をした方が、移植しないよりも健康で長生き出来る』という、それこそ「科学的証明」法などあるのだろうか?
この論理も「患者の生命を救う」という絶対的善意の行いの様に一方的に想わせているのではないのだろうか?
移植などしなくてももっと良い方法が実はあるのでは?
臓器移植が不必要になると、とうぜん脳死などという不可解な論理は立ち消えてしまうだろう。



僕は上からの情報にいつも想う。
果たして「それ」は真実なのだろうか?
上から言われるまま、素直に信じて良いのだろうか?



ナオ、NO死と書いたのは、脳死は死ではないという意味です。ねんのため。


次々と沸いて来るいろんな疑問に、【脳死は、死ではない。】という本は、賛成者も反対者も必読の書である。

これを読まずして脳死も臓器移植も論じられない
                と、えらく評価してしまった僕(まだ三分の一しか読んでないー謝)
 ちょっと題名替えた↑

   《更生省は素人集団?ーー役外影図事件より》

               1999、7、10       himaari

「更生省は素人集団ですよ・・・」
ン?・・
こんな事を言って居ると、厚生省から苦情が来るぞ!
と、僕はその聞きづてならぬ言葉にふとメガネをかけ直してテレビを見ると・・、ナ、ナント!! その言葉を発したのは、厚生省のお役人でした。(笑い)

つい一週間前くらいでした。某NHKテレビで《薬害エイズ》事件についての特集をやって居たので、それとなく聞いていたら(ナガラ賊でして)、その当時血 液製剤でエイズ被害にあった少年(現在は青年)が、やはりその当時血液製剤関連の厚生省の課長であったGさんとの対談をやっていたのでした。

あの忌まわしい「薬害エイズ事件」については、いろんな書籍で紹介されて入るようなので、詳しくはそちらで知ることができますが、それにしても、驚いたの は(僕はほんとは驚かなかったーーーヤハリねと思ったのだが)、その元課長の発した言葉があまりにも正直?なことを漏らしたからなのです。

そこには、役人にはそれに責任を持てるような専門家ではないかの様な意味にとれ、そこで、お「役」人には手に負えない「外」の問題で「影」の構「図」が見えて来るとコジツケたわけです。(クルシイ笑)


『厚生省認可』とは、事実上、国が認めたと思われる絶対的権威ある言葉なのでしょうが、それを発行する大本が「素人集団」などとは、だれが想像しているでしょうか。(それが常識ある普通人ならーーーー僕はアマノジャク的非常識ジンだからちょっと違うが・・)

しかし、それがどうも真実に近いような気がするのは、その権力機構に在して居られた方から発せられた言葉だからでした。
彼は被害者を出した事件の背景はもっと深いところ(機構上?)にあるとでも言いたげな様子に見えたのですが、僕にはそんなG氏でさえも考えつかないような 原因を知っているので、「権威の中枢に居た人ならウスウスながら、『それ』を感じ取ってしまったのではないだろうか」とかってに解釈したのです。

人によっては責任逃れの言葉に聞こえるかも知れませんが、これは実に現代医学の深いところにポイントをもって行くことの出来る意味を感じました。
いろんな『認可』や『承認』を発行することの出来る、最高の権威を持つお役所がなぜ?素人集団なのか?
それなら、彼らはどうして、物事に判断を下しているんでしょうか?
そして・・、
もしも「厚生省が素人集団」なのでしたら、では何が「専門集団」なのでしょうか?人の生命に関する最重要問題を素人集団だけが取り決めることはあり得るとは思えません。かならずそこには、「専門家」と言われる「人たち」が決定を左右する意見を出すはずなのです。


よく、薬害被害者が『国』(被告側)を相手にして裁判を起こしますが、『国』とは何だろう? それは国民なのだろうか?(国が敗訴場合は国民の税金で賠償金が支払われるのだから・・)
それとも担当省庁である厚生省なのか? 厚生省のだれそれが決めるのか?
それは実質的に審議する「課」なのか?
では、その「課」のだれそれが決めるのか?

こうして想像して行くと、そこには漠然とした相手しか出て来ないのです。
お役所は人事も年代で変わって行くはずです。(そのG元課長も今は担当が違う配置になっている)

では? いったい誰が、重要決定の取り決めるのでしょう?
あのA教授だけがそれを決定出来る権力をおさめていたのでしょうか?
そこには「多数決の原理」で取り決めることは行われない機関なのでしょうか?一個人だけの意志が通ってしまう審議会なのでしょうか?
こんな疑問を探って行くことになりますが、それにしても・・・
いつも「科学的進歩した現代医学」と言われ、その権威の頂点にあるはずの厚生省は常に侵すことの出来ない絶対的信頼を持つお役所だと思われて来たのですが、それが一気に崩れてしまうような思いを抱かせる言葉でした。


僕は前々から聞かされていた情報のなかで見ているので、もともと信頼など置いてなかったので、ヘとも思わない(ア失礼)のでしたが、永く信頼を置いて来た多くの人達にとってはきっとショックなことかと思いました。(そうでもないかな?)


まったく人の揚げ足取りばかりしていて、情けない性格をお許しくださいと申し上げて、もう一つ語らせてください。

僕のほかのさくぶんで書いた『薬害根絶の誓いは無理・・』という笑論は、やはり当たっているのでしょうか?
G氏は最後の方で「薬害は今後も起こり得る・・」と言われた様です。
ちょっとビデオにとって置かなかったので確認はしてないのですが、その様なお言葉が耳に入ってしまったのです。

これも本当なら、G氏はやはり正直?に述べてしまったのでしょう。
けっしてG氏に肩を持つつもりはありませんが、時には、真実は隠したい当事者側から思わず漏らされる事があります。

もしも不幸にして、将来にも違った形の薬害事件が多く起こって来たとしたら、きっといつかは、「もっと奥深いところの原因」を多くの人達が真剣に考える時が来るのでしょう。
そんな時が来たら、「厚生」省は過去の見直しをして反省して「更生」省となり、さらに真に国民の生命と健康を守る為に「公正」省と落ち着くのではないかと妄想しているのです。

しかし、いつも悲惨な目にあうのは薬害被害者自身なのです。そんな方たちに使われる言い訳に必ず出される「その当時はそれが最高の治療法とされていた、最善の方法を尽くしたのだった」・・・では、何が「進歩した科学的医学」と信じらるのでしょうか。

我々はもっともっと自分自身で情報を探り出し、自分自身で真実を選択しなければとんでもない目に遭うことになります。被害者は誰を相手に責任を問うのでしょうか。そんなとき、「責任ある相手」とは、いつも漠然とした捕らえ所のない影のなかにしかないことに気が付くのです。



         《 抗菌グッズなど、アッパくらえ 》
                                       2000.3,19 himaari
〇ソくらえなんて言えやしない・・・・下品な・・ククク・・ーー野口さん
        (表題を読んで意味分かった人はだまっててネ)

あたしは菌で~~す。
みなさんのお役にたってま~~す。
でも、さいきんは・・・あたしたちさいきんは、きらわれっぱなしぃ~~

さいきんは生きていちゃいけないの~~?
あたしたちだって、生き物なのよ!
それなのに、それなのに、・・・シクシク
みんながあたしたちを嫌ってばかりいるんですよ~

フン!!

あんたたちの世界では、ちまたが抗菌グッズであふれているわね!
けど、ちゅうこくしておくわヨ!
きっとその“抗菌グッズ”がぎゃくにあんたたちを陥れていくことに・・

でも、でも・・きっとあたしの言うことなんかききはしないでしょうね。
それでもいいのっ!
あたしたちは抗菌グッズに耐えに耐え、そして強くなるのっ!!
そうして、あんたちはその抗菌グッズによって弱くなって行くのヨ~~ン

あたし  ガンバル! ウン
抗菌グッズになんかにきっとまけないカラダになって、ナイスバディ~のなま身でせまるわヨ~~ン ウフ~~ン



ある日、私は頭の中でうんとかわいい声を聞いた。
これはきっと愛くるしいオンナノコにちがいない!それも細菌のギャル!?
(そんなことあるか!・・・・って・・・夢のないやつだ)


そこで、さっそく読捨新聞、あいや、読売新聞を開いてみたのでが、あんのじょう、そこにはばい菌からのメッセイジが載せられていたんです。
ん~~と、あれ?
なんと、平成11年3月22日の記事であった!

以 前からばい菌だけを悪玉の張本人(菌)として攻撃の矢面に立たされて来たばいきんマンたちをあわれに思いつつ、あんぱんマンだけを正義の味方として、ばい きんマンと見れば単純に攻撃しようとしているツメタイ世間の仕打ちに対して、何とかもの申さんと反撃に機会を待ってジリジリとしていたものです。

それが新聞の切り抜きを取っておいた理由なんでしょう。
しかし、一年ものあいだ、ずっと保管しておいてあって(要はほっぽといた)、やっとこさこれを利用できる時期が来たようです。
          (うそつけ!めんどうくさいだけだったんだろ)
いまごろこれを出しても、べつだん古くさいという情勢でもなさそうな世間のようすです。 (ますますばい菌マンの立場は苦境に立たされている・・)


この記事の主役は
東京医科歯科大教授の藤田紘一郎さんだった。

寄生虫の研究で有名なお方らしい。
彼氏は「過剰な清潔志向が現代人をひ弱にした」と指摘。そして、生命力を取り戻すため、「バイキンとの共生」を呼びかけているというのだ。

私は彼を奇人変人の類いかとも思った。(それはオマエのこと! ン?)
しかし、その筋では高名な研究者らしい。
当時、学会では「いまどき寄生虫なんて」と批判されたが、その後、各国で藤田説の正しさを裏付ける研究が続々と発表されたというのだ。
日本の学会なんてのは固いからの~~う。なんせ、づのう名石メイセキな日本石会というからのう。
外国から言われてはじめて気が付くなんて、光ファイバー通信のようだな。


その方の言うことには、
「旧 東西ドイツの比較調査では、衛生状態のいい旧西ドイツの方が圧倒的にアレルギー病が多かった。0―157などの新しい感染症も、”清潔な”先進国でしか流 行していない。寄生虫や雑菌のおかげで成り立っていた人人間の体内の免疫システム、いわばバイキンとの共生関係が先進国ほど崩れているんです」

そして記事では、
日本人の5人に一人が花粉症。
同様にアトビー性皮膚炎や病原性大腸菌0―157の食中毒など、昔はあまりなかった病気が増えている。
アレルギー疾患が目立ち始めたのは1960年代半ばと言う。

(この時期はこの太陽系世界の大転換に入るという大変化の兆しの時期に入る“転換点”に近いことに私はひとりうなづいたーーー夜昼転換論よりーー1961年)


ところで記事では、
藤田さんの調査では、当時、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎、気管支ぜんそくの感染率はいずれも1――2%程度。
ところが、その後増え続け、今や日本人の3割は何らかのアレルギー疾患を抱えるという。
9歳以下の約4割がアトピー性皮膚炎という調査もあるというのだ。

「一方で、やはり60年代半ばを境に回虫の感染率がどんどん下がった。戦後の衛生運動のおかげですが、逆に言えば、寄生の虫が駆逐されるにつれて、アレルギー病が広がったというわけです」

藤田さんはひとつ事実を見て、それに関係すると思われる事実を発見したというべきか。だからと言って寄生虫が必要かどうかはまた違う点で考える必要がありそうだが。


それに、私にはこの関係にはいささかほかに思うことがある。
しかし、それは他の論文にまわすとしてと・・・(ふん えらそうに)
事実はあくまで事実として受け止めて行くとーーーよりふかい真実が自然に現れてくるようだ。


藤田さんがこうした「反比例関係」に気づくきっかけは、35年前に始めたインドネシア・カリマンタン島の健康調査で、住民全員が回虫の持ち主だったという記事であるが。
藤田さんは「彼らに清潔な生活をと意気込んでいましたが、みんな血色もよく、アレルギーとも無縁。
一方、日本ではアレルギー病が増えるばかり。不思議だなと現地の子供たちの血液を調べてみたら、寄生虫のおかげで体内に抗体物質ができて、アレルギー反応を抑えていたことが分かりました。10年以上前の話です」
と言う。


そして、海外の調査では、
「旧東西ドイツの比較調査では、衛生状態のいい旧西ドイツの方が圧倒的にアレルギー病が多かった。
0―157などの新しい感染症も、”清潔な”先進国でしか流行していない。
寄生虫や雑菌のおかげで成り立っていた人間の体内の免疫システム、いわばバイキンとの共生関係が先進国ほど崩れているんです」と解説。

この事実から、教授には【ばい菌との共生】という、かつての常識では考えられないような思考が生まれたようだ。

そして、細菌を敵視するばかりの社会の風潮をこう評している。


「皮膚には皮膚常在菌と呼ばれる多くの雑菌がいて、皮膚を守っています。腸にもたくさんの常在菌がいて、病原菌から守ったり、ビタミンを作ったりする。『無菌菌化社会』は、こんな有益な菌まで殺してしまうんです。」



まったくそのとおり、雑草には雑草の存在の理由(わけ)があり、雑菌には雑菌の存在の理由(わけ)があるということなのだろうか。
そして、回虫をはじめ害虫と呼ばれている虫たちにもそれなりの存在理由(わけ)があるのだろう。
それらは大自然の偉大なるシステムの中ではいづれも有用に作用している。
しかし、人間の目でみるとそれが無用に見えたり、害を与える害虫やばい菌として排除されてしまう。

しかし、その偉大なる大自然のシステムを無視した生き物が果たして存在していけるのだろうか?
それこそ、大自然からみたら害のある生き物となるかも知れないのだ。人間にも益のある益人と害のある害人とに選別されて駆除されてしまうかもしれない。
そのうち大自然が売り出した“抗人グッズ”が流行るかも・・



コマーシャルでは“コウキン"のオンパレード。宣伝効果抜群の結果は?
                   (これでは横領も流行るわけだ?)
店頭には抗菌グッズがあふれ、体臭や口臭をなくす商品も売れる。自分の体毛を嫌う若者も多いのが平成のニッポンだというーー記事。


「もっと心配なのは、精神の衰弱です。ウンチやオシッコは『ばっちい』『汚い』としか扱われず、無味無臭なのが人間ということになる。個性の違いを認める気持ちは薄れ、異物を排除する気分が世の中にまん延する。弱者への思いやりもなくなります」


藤田さんはこう結んでいる。
「もう一度、回虫を体内に住まわせろなどと非現実的なことは言いません。まず、過剰な湾潔志向を考え直すことから始めてほしい。生きているものにはすべて意味があるんです。神経質に抗菌グッズを使うのは控え、抗生物質の乱用もやめてほしい」
子供を「汚いもの」から遠ざけがちな母親たちには、こう助言する。
「子供が泥んこになって遊ぶのを嫌がる親が多いけれど、とんでもない。できるだけ自然の中に放してほしい。腸内細菌のエサになる豆類や穀類もきちんと食べさせてほしい。それで、きっと生命力の強い子供になるはず。簡単なことですよ」

記事はそんな内容でした。


そこで、本件の問題点としては、
「衛生状態がよい先進国の方がアレルギー病が多く、新しい感染症も清潔な先進国に圧倒的に流行している」ことから、
「ばいきんマンを攻撃したからといって健康な世の中にはならなかった」
という“事実”だけは認めざるをえない様なのです。

そこで、『ばい菌との共生』というテーマが出てくるのですが、毎日のテレビなどのコマーシャルでは、“抗菌”という「ばい菌を攻撃する」ことばかりを押し付けがましく宣伝しています。
もっとも商売にしてみれば、抗菌だろうが共生だろうが、どっちにしても、もうかる方ならどちら側でもよいのでしょうが。
できるだけ儲けにつながるのなら、いつでも明日にでも「共生」側にまわるかも知れませんが、今のところ、あくまでもばい菌マンの恐ろしさだけが誇大宣伝されて、それをエサにがっぽりと儲けようとしているという構図ーーーで私はながめています。


しかし、ながめているならまだしも、この宣伝に大いに共感しちまって、ばい菌とは世にも恐ろしいものだ。決して存在を許してはならない。抹殺あるのみ!
という単純きわまりない考えに終始して、今日も明日も抗菌!抗菌!とばい菌との戦いに明け暮れようとしているひとたちが多くなっているのではないかと私は少々不安になってしまいます。

きれい好きなのはいいのですが、汚いものをてってい的に敵視して異物排除の心理がどうも私みたいな者には気に入らないのです。
コウキン・・と聞くと思わずさけんでしまったのです。
〇ソくらえ!と・・・・・それを標準語?で書いたまでです(表題)

そんな私のようなひとたちに、藤田さんのような覚めた目で見た『ばい菌との共生』という、なにか安心と癒しにつながる論をお伝えしたものです。


抗菌グッズの蔓延現象は、ばい菌の蔓延よりも恐ろしい、「人間の肉体と精神の荒廃につながる」という、未来人類への警告かも知れませんよ。

『個性の違いを認める気持ちは薄れ、異物を排除する気分が世の中にまん延する。弱者への思いやりもなくなります』
と、藤田さんはおっしゃっていますから。



ばい菌はほんとにやっつけることだけで済むのか?

ばい菌といえども生き物。すべての生き物にその存在価値があるはず。人間はその理由を知らないから徒にそれを排除しようとする。

正義の味方 あんぱんマンがやっつけようとしているーーーばいきんマンーーーーわれわれ人類の究極の味方であったとしたら・・・


そんなことのヒントにひとつ、わしのホームページをみてみてちょうだい、おくさん。な~に、だんなでもいいことにするよ。
《悔悟保険制度の舌心》
                      1999、6、20       himaari



医療費激増の原因とされ、その解消のために行われようとしている介護保険制度?
これって、老人だけを相手にした介護制度なの?

しかし、介護される者は当然のことなのだが、介護する方の援助も出来ない中途半端な制度では、この保険にはだれも協力しなくなるのでは。
それほど、在宅介護というのは患者を見る側の負担も大きいのです。これは体験してよく身に染みて分かるというものです。
介護というのは、実に大変なんですヨ~~
(実はすでに体験中でしてーー笑い)

この僕自身の体験でハ、被介護者が老人ではないのですが、仕事を休んでめんどう見るということがどれほど大変で、経済的にも危機感が迫って来るために、あせりと孤独感を十分味わう事になりました。
介護者の仕事をからめて、人生観が大いに変わるということは実体験者でないとこれは実感出来ないようでして。

そんなとき、ちゅうと半端な援助などあっても、その心身の負担は介護する者へずっしりと来ていますから、あまり思ったような期待などはできないのです。
ましてや、療養者が長期間になって来るとしだいに誰も相手にしなくなって来るという孤独な環境になりやすく、介護者の方が先にまいってしまうのでは。
そして親族があってもそれほどの期待をもてるものではないものです。
誰もが日々の生活でせいいっぱい、というのが現代人ですから、「いつても誰かからの援助を期待して待つ」という期待の気持ちなどはいつかは捨てなければならないのが多い現実なのだと思います。

もし介護制度で保険金を使うようになるのでしたら、中途半端な制度などではかえって介護する家族に対して酷な環境を作り上げることにもなります。
それには、実際に介護する側の意向を十分くみ取って制度を作らないと、お金の無駄遣いで終わるでしょう。

判定基準にしても、お役所や裕福なお金持ち(そんな人達には介護保険など必要ないほど余裕がある)などが作った案などというのは、そのモノサシが粗いと言うか、落ちこぼれて陰で黙って泣いて居る人達が必ず出て来るものです。
なにしろ、規則、キソクでしばられてしまうお役所対策では、よい目をみる者と酷な目に合う者とが出てしまい、そんな不公平があっても知らん顔の半兵衛で、規則だけを盾にした制度などでは情けも容赦もないものです。



今日の新聞記事にこんなことが書いてあったのですが。
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その一方で、こんなデータもある。日本医師会の「平成九年度医療政策会議報告」によると、五年度の政府管掌健康保険・国民健康保険のレセプト(診療報酬明 細書)を点数の高い順に並べたとき、上位10%未満の患者が総医療費の三分の二を占めた。医療の進歩に伴い、月にに百万円を超すような高度な医療を受ける 患者が増えていることをうかがわせる。
こうしたデータから、高額医療とは無縁の老人病床の入院を減らしても、医療費節減の効果は薄く、在宅介護サービスや特養など介護施設の拡充が十分進んでいないなかでは、かえって行き場のない老人を増やすことになるのでは、と危ぐする指摘もある。(以上、一部抜粋)
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こんな理由とはまた違った理由の、実際に悔悟する立場の人から見た見解では、介護保険の先送りを主張する人も多いようです。
これが、事実上の弱者や老人切り捨てにつながるのか、また、本当に今生きている人のためになる介護保険制度になるのか、これは老人のみならず、若くしてやむを得ず介護を必要となった人達にも大きな関心をもたれる制度となりますね。

今、「若いから、オレたちには関係ないや」と言って無関心でいると、ごく近い将来にはご自分が介護を受ける人自身になり、もしくはご自分の家族の誰かを介護し続けなければならない立場になることはいつかやって来ます。
実際には老人だけに限らず、若くしてその体験を持つ者が多いからのです。

そのときになって、「ああ、もっとよく検討して意見を出しておけばよかった・・」などと、ため息をついてしまうほど、『実際に介護される・する』という事は“大変な生活”を強いられることなのです。

そこで自分にとっては何の役にも立たない「弱者切り捨ての保険制度」になっていたとしたら、それはもう“悔悟保険制度”となってしまい、後で悔やんで見ても遅いというものです。



ところが日本医師会・日本医師連盟が今日の新聞広告では、
   『介護保険の先送りなんてとんでもないことです。』

と介護保険制度を予定通り推進させる方針というのです。

これはどういう理由からなのか分かりませんが、
高額医療費抑制の真の原因は新聞記事に見られるように、
《上位10%未満の患者が総医療費の三分の二を占めた。医療の進歩に伴い、月にに百万円を超すような高度な医療を受ける患者が増えていることをうかがわせる。》
ということは、
「たった一割にも満たない人達が三分の二の医療費を食い尽くしている」ことを忘れているんではないの?(忘れてしまうはずはないから、知らないふり?)
彼らにはあまり貧乏人はいないのではと思ってしまいます。(いたらごめんなさい)
もし、貧乏人が介護する環境になったとしたら、明日の米にも困り、とても介護どころではなく、自分自身の生活のため働きに出なくてはなりません。
それを社会支援の確立もままならないまま、中途半端な保険制度を予定日に推進させるのは、弱者の立場を知らない(体験しないのだから分からないのでしょうが)か、何が何でも保険制度を立ち上げなければならない理由があるのでしょう。


そこで、先に紹介した新聞記事からです。
健康保険制度は医療費の底無しとも言える増加で破綻の危機にあり、その原因を老人医療だけにあると主張する考えかたです。
ところが、総医療費の三分の二を約一割にも満たない高額医療を受けた者が使っているのが真相でした。

もちろん、高額医療費を患者が自分で要求したものではなく、患者らは受け身の立場ですから、実際に高額医療費を使っているのは医療機関に関連する人達ではないでしょうか?
保険制度の破綻が差し迫っているために財源を求める理由で早急に改革したいつもりなのでしょう。
すると、改善を急がなくてはならないのは、老人医療費よりも先に高額医療なのではないのでしょうか。 これは相手が「老人」とか「若い人」とかという理由よりも、「どうして高額医療になるのか」をもっと突き止めなければならない事の法が本質だと思います。

すると、、申し合わせたようにこう言います。
「医療にかかるお金が増え続けているのは医学の進歩によるものである・・・」と。

《・・医療の進歩によって月に百万円を超すような高度な医療を受ける患者が増えている・・》
僕はこの新聞記事には少しばかり、“うさん臭さ”をもって見ているんです。


「医療の進歩」ってホント?
月に百万円以上も使った患者さんたちの治療記録を全部公開して欲しいものです。
これだけお金を使って、それを何カ月使ってどのような高い治癒結果を残しているのか知りたいものです。
『医療の進歩』とは、確実に有効な治癒をもたらし、かつ安全でお金のかからない医療になって行くことだと思いますが、今の医学では「金のかかる医療」ということが進歩の条件一つに上げられるているとは・・・。
「お金のかかる医療イコール高度な医療」とでも思っているのでしょうか。

『高度な医療』とはいったいどの様な治療なのでしょうか?
それは、当然ながら「金のかからない低度な医療?」との比較をしたものでしょうから、その「低度」と「高度」の差の具体的な内容を知りたいものです。
そうして公明正大に見て、本当に「大金を使っただけの効果」が実際に結果として出ているのでしょうか?

知りたいですね。 “ホンネ”と真相を。
高額医療費のツケを、健康保険金値上げと「新たに作られる介護保険制度の保険金で徴収して保険金分割制度(実際は保険金徴収の値上げ)でつじつま合わせをしようというんでは・・」と勘ぐってしまうひねくれ者の思いもありますが、けっこう真相を突いていたりシテ・・。

どっちにしても、
『実際に介護される・する者の身になってやっと分かる悔悟保険かな。』

そこで、ここいらで、もっと安全でお金のかからない真の癒しの方法をもっと広く探してみたらいかがでしょうか。そんなスグレモノの医療は現代西洋医学だけに限らないという結果を出しているものがこの日本にも世界にもたくさんあるのですから。
お金がほとんどかからなくても効果有る自然療法は、べつに捜し回らなくても身近に数多くありますし、この情報化時代にはすぐに目にとまるほどです。

ただ、これらは現代西洋医学一辺倒の健康保険制度から見た場合、対象外であり、それどころか医学関係者から見た場合、迷信とか危険とかに指摘されるくらいで、邪道扱いを受けるほどのものですが、これも医師法とかいう法律を盾にいつも非難排除されるのがオチなようですが。

医師法とか薬事法とかは、患者を守るためにあるのでなく、実は医師や薬会社の独占を守る為にあるんではないかと勘ぐってしまいます。


ところで、
この介護保険制度推進のきっかけは、健康保険制度の破綻の予兆から来ていると見ていますが、大金を食いつくし続ける現代の医療は国民からの保険金徴収を当 たり前のように考え(使う方は使わなきゃソンのただ食いの観念)、長年のあいだ、まるで湯水のように(国民総医療費がどのくらいか知れば分かるがーーーも う三十兆円を越えたのでは?)使いながら、本当はほとんど医学による恩恵は与えて来なかったのではないかという疑問?は年々「その道の専門家」たちからも 発せられるようになりました。
真実を知らないのは大衆のみと、たかをくくっていると、国民から総スカンを食う時(現代西洋医学独占的支配の健康保険制度の崩壊)がやって来ると思います。

そういう観点から見ると、介護保険制度というものが、「薮をつついて・・・」の類いとなるのか?・・・も知れません。

私めは、最近の医療事故多発や新たに始まる保険制度についての情報を見るにつけ、介護保険制度実地から端を発しての「国民健康保険制度の全面的見直し」が始まるような予感を覚える昨今なのであります。(コホン)


なに?介護保険制度は反対かって?
その制度の内容によるものですから、条件つきでは賛成ですね。
ただし、現代医学独占医療に頼らない医療の保険制度ならの条件つきですから、今現在の実施内容には反対ですが。

しかし、やはり最後には、人が人を介護するのは制度だけではないんですね。
結局は、人間が人間をみるときは「こころ」がないと制度なんてのは冷たいものになってしまいます。
いざとなると家族でさえも思うように援助できない場合もあります。そんなときは「自分自身を強くできる絶好の体験」という“チャンス”を与えられているんだという様に考えて納得するしかないですね。

ま、それによって、最初は泣いて後は強くなれて笑える、ようになる。
これが実体験というもの強みと意味でしょうかね。
これも病気の体験と介護体験が与えてくれた人生哲学でしょうかねぇ~~。(苦笑)


なんだかんだと言いながらも、来年は恐らく開始されるでしょうが、確実に増えているのが病気でありますから、私もあなたもその介護の実体験を味わう機会に早晩であうことでしょう。
そのときになってありがたい介護保険になるか、冷たい悔悟保険になるかは・・

                                                    オタノシミ?
《 結核緊急事態宣言 発令か》
                                               1999、6、26 himaari

『結核緊急事態宣言』   発令か?
厚生省が検討しているという記事を6月20日の新聞記事で見つけたが、「いよいよか・・」という感じであった。

ところが、WHO世界保健機関というその筋では一番の「お上」がすでにその様な宣言を出して警鐘を鳴らしていたのには気が付かなかったのである。
それは『結核の非常事態宣言』というものを1993年に世界に発表していたというのである。


結核が一時は減少して、忘れられた病気とされて来たのだが、どうも最近はそうは行かなくなった様である。
WHOによると、21世紀には、結核が死亡原因の第一位と予測されたそうだが、こんなことは誰にも考えられないことだったと思う。
結核が急激に減ったのは、ストレプトマイシンとか言う治療剤が現れたのが原因だと思われて来たのだが、どうもその説は怪しい情報となって来たようだ。
これは、結核の減少時期と新薬の登場時期がずれていた事が明らかにされて来たからである。
つまり、新薬が開発される以前に結核は既にピークを終え、減少期に入っていた事が分かったのである。
結核は自然に広がり、自然に衰退して行った。その間にいろいろな新薬が現れる前に、すでに結核は自然減少してしまい、新薬の効果のためという証明などできなかったと言うのである。

結核ばかりでは無い。我々人類が克服して来たと言われる伝染病のほとんどが、どうも我々人類の医学の成果のせいではなく、自然に大流行して、自然に衰退して行ったという様な事実が出て来たのだから、どうも我々は考え違いをして来たのではないだろうか。

その中でも結核は、最近の世界的に思いもよらぬ程の増加を示しているのだが、それに対応できる新薬など無いということが明らかになっているのだろう。
その証拠にWHOの発表が今後の世界的な結核の大発生を予測したことから推測される。
我々人類は大きな思い違いをして来たのではないだろうか、ここで過去の栄光(人類が伝染病を克服して来たというーー)を真摯な目で見つめ直さなければならない時が来たのではないかと思う。

事実このままでは、伝染病の克服どころか年々その伝染病に対しての恐れが増しているのは、O-157事件でも良く現れている。
近代人がいかに伝染病菌に恐れを抱いているか、それは、いざ体内に入ったときにそれを防ぐ力がいかに弱いかと言うことを表明している様なものである。
だからこそ、病菌を恐れて、異常なほど殺菌消毒に神経質になっている。
消毒剤そのものの危険性を忘れ、ただ菌を殺せば良いと思い込んでいるが、それは自分の身体が菌に弱いということを知ってか知らずか、殺菌殺菌と毒をかけまくっているのだから、本末転倒の行いにいつ気づくのかも分からない。

かたや一方では、ダイオキシンで大騒ぎをしていて、人体に対しての有害物質を唱えながらも、一方では有毒物質を薬と呼んで体内に入れている。
それに、ダイオキシンには大きな脅威を感じているのに、日々全国で使われている農薬には関心が少ない。除草剤や殺虫剤がいかに有害かを警告する専門家の警鐘も小さく消えて行くこの日本。
便利と生命を天秤にかけて、自分に都合のよいだけのモノサシでしかものを見ないでいると、いつか日本国民が世界に先駆けて一億総病人となってイイ見本?となってしまうのも間近に思われてしまう。
最近までガン患者が四人に一人と言われていたのが、医学の急速の進歩?によってなのか、三人に一人となったことにも気がついているのかどうか知らないが、そのうち二人に一人なんて発表が小さく新聞記事に載る日も近いのではと恐ろしくなって来た。


おっと、本題の結核についてだが、この結核も過去に一時は『結核撲滅宣言』などというのが出された聞く。
その撲滅され消えてしまうはずだった結核がなぜ急激に増えはじめて来たのか、その真相は意外に簡単な道理として見れるのではないだろうか。

自然に反したことを原因としたから、その結果が当然の様に出て来た。
その自然に反したこととは・・・それを結核という病気に当てはめてみて真剣に検討しなければならない時期が今来たということかも知れない。
今まで科学的治療法と言われ続けて来た医学の治療法も含めて、病気そのものの正体を見つめなおして、真の健康と医療とは何かを再発見しなければならないきっかけを大自然が与えてくれているのではと思う。


21世紀直前になって、医学の真価が大きく揺さぶられる程の病気氾濫を予測しなければならない程の事態を迎えてしまった現実に、いままでの様な医学の思考の延長線上では解決どころか、人類が病気によって滅びてしまう危険さえ見えて来てしまう。

我々人類は何か大きな大きな『カンチガイ?』をして来たのではないだろうか。
始めおかした小さな『カンチガイ』に気が付かないまま、知らず知らずのうちにその『カンチガイ』が巨大になり今日に至った・・・・
そんな馬鹿なことが!・・・と思うような真実が近年になって、いろんな異端情報として出て来ているが、ほとんどの人がそれを無視し続けて来ている。
しかし、大自然はそんなことを無言で教えてくれる様に、結核という病気激増という結果を示しているのだ。

病気の激増こそ病気解決への真実を知る最大のきっかけとなると思うのだが、そんな今こそ既製の医学観念から抜け出して、ほんとうの医療を求める道をこれから歩み始めましゃう!


以下、異端情報と言われていた今注目の参考書を紹介。
【食と生命】
松本英聖著・医事評論集(全六巻)/第一巻----食と生命
ーー病なき世界の実現を目指してーー/ISBN4-906255-17-5/\3000
1994年6月15日  第一刷発行
技術出版(株)発行    03(3707)3766


【世界医薬産業の犯罪】 ―化学・医学・勳物実験コンビナー
ト(副題))
 ハンス・リューシュ著   大田龍訳 / 発行所――株式会社 三交社 

医療殺戮
◆【医療殺戮】ユースタス・マリンズ著/矢部真訳/面影橋出版
     アメリカの医療界の裏の支配権力を暴く、
           全世界に向けたメッセージ

【薬は毒だ】/田村豊幸 著/農山漁村文化協会

【間違いだらけの医者たち】異端の生物学者 千島喜久雄論はノーベル賞に値する          忰山紀一 著   徳間書店発行