悔悟保険制度の舌心 | akyoonの異端の医学と不思議な情報

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医学や健康医療の【トンデモ論】を主としています・
本人はいたってまじめ。 しかし自分で自分を検証できないので、眉唾と取捨選択が必要。

《悔悟保険制度の舌心》
                      1999、6、20       himaari



医療費激増の原因とされ、その解消のために行われようとしている介護保険制度?
これって、老人だけを相手にした介護制度なの?

しかし、介護される者は当然のことなのだが、介護する方の援助も出来ない中途半端な制度では、この保険にはだれも協力しなくなるのでは。
それほど、在宅介護というのは患者を見る側の負担も大きいのです。これは体験してよく身に染みて分かるというものです。
介護というのは、実に大変なんですヨ~~
(実はすでに体験中でしてーー笑い)

この僕自身の体験でハ、被介護者が老人ではないのですが、仕事を休んでめんどう見るということがどれほど大変で、経済的にも危機感が迫って来るために、あせりと孤独感を十分味わう事になりました。
介護者の仕事をからめて、人生観が大いに変わるということは実体験者でないとこれは実感出来ないようでして。

そんなとき、ちゅうと半端な援助などあっても、その心身の負担は介護する者へずっしりと来ていますから、あまり思ったような期待などはできないのです。
ましてや、療養者が長期間になって来るとしだいに誰も相手にしなくなって来るという孤独な環境になりやすく、介護者の方が先にまいってしまうのでは。
そして親族があってもそれほどの期待をもてるものではないものです。
誰もが日々の生活でせいいっぱい、というのが現代人ですから、「いつても誰かからの援助を期待して待つ」という期待の気持ちなどはいつかは捨てなければならないのが多い現実なのだと思います。

もし介護制度で保険金を使うようになるのでしたら、中途半端な制度などではかえって介護する家族に対して酷な環境を作り上げることにもなります。
それには、実際に介護する側の意向を十分くみ取って制度を作らないと、お金の無駄遣いで終わるでしょう。

判定基準にしても、お役所や裕福なお金持ち(そんな人達には介護保険など必要ないほど余裕がある)などが作った案などというのは、そのモノサシが粗いと言うか、落ちこぼれて陰で黙って泣いて居る人達が必ず出て来るものです。
なにしろ、規則、キソクでしばられてしまうお役所対策では、よい目をみる者と酷な目に合う者とが出てしまい、そんな不公平があっても知らん顔の半兵衛で、規則だけを盾にした制度などでは情けも容赦もないものです。



今日の新聞記事にこんなことが書いてあったのですが。
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その一方で、こんなデータもある。日本医師会の「平成九年度医療政策会議報告」によると、五年度の政府管掌健康保険・国民健康保険のレセプト(診療報酬明 細書)を点数の高い順に並べたとき、上位10%未満の患者が総医療費の三分の二を占めた。医療の進歩に伴い、月にに百万円を超すような高度な医療を受ける 患者が増えていることをうかがわせる。
こうしたデータから、高額医療とは無縁の老人病床の入院を減らしても、医療費節減の効果は薄く、在宅介護サービスや特養など介護施設の拡充が十分進んでいないなかでは、かえって行き場のない老人を増やすことになるのでは、と危ぐする指摘もある。(以上、一部抜粋)
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こんな理由とはまた違った理由の、実際に悔悟する立場の人から見た見解では、介護保険の先送りを主張する人も多いようです。
これが、事実上の弱者や老人切り捨てにつながるのか、また、本当に今生きている人のためになる介護保険制度になるのか、これは老人のみならず、若くしてやむを得ず介護を必要となった人達にも大きな関心をもたれる制度となりますね。

今、「若いから、オレたちには関係ないや」と言って無関心でいると、ごく近い将来にはご自分が介護を受ける人自身になり、もしくはご自分の家族の誰かを介護し続けなければならない立場になることはいつかやって来ます。
実際には老人だけに限らず、若くしてその体験を持つ者が多いからのです。

そのときになって、「ああ、もっとよく検討して意見を出しておけばよかった・・」などと、ため息をついてしまうほど、『実際に介護される・する』という事は“大変な生活”を強いられることなのです。

そこで自分にとっては何の役にも立たない「弱者切り捨ての保険制度」になっていたとしたら、それはもう“悔悟保険制度”となってしまい、後で悔やんで見ても遅いというものです。



ところが日本医師会・日本医師連盟が今日の新聞広告では、
   『介護保険の先送りなんてとんでもないことです。』

と介護保険制度を予定通り推進させる方針というのです。

これはどういう理由からなのか分かりませんが、
高額医療費抑制の真の原因は新聞記事に見られるように、
《上位10%未満の患者が総医療費の三分の二を占めた。医療の進歩に伴い、月にに百万円を超すような高度な医療を受ける患者が増えていることをうかがわせる。》
ということは、
「たった一割にも満たない人達が三分の二の医療費を食い尽くしている」ことを忘れているんではないの?(忘れてしまうはずはないから、知らないふり?)
彼らにはあまり貧乏人はいないのではと思ってしまいます。(いたらごめんなさい)
もし、貧乏人が介護する環境になったとしたら、明日の米にも困り、とても介護どころではなく、自分自身の生活のため働きに出なくてはなりません。
それを社会支援の確立もままならないまま、中途半端な保険制度を予定日に推進させるのは、弱者の立場を知らない(体験しないのだから分からないのでしょうが)か、何が何でも保険制度を立ち上げなければならない理由があるのでしょう。


そこで、先に紹介した新聞記事からです。
健康保険制度は医療費の底無しとも言える増加で破綻の危機にあり、その原因を老人医療だけにあると主張する考えかたです。
ところが、総医療費の三分の二を約一割にも満たない高額医療を受けた者が使っているのが真相でした。

もちろん、高額医療費を患者が自分で要求したものではなく、患者らは受け身の立場ですから、実際に高額医療費を使っているのは医療機関に関連する人達ではないでしょうか?
保険制度の破綻が差し迫っているために財源を求める理由で早急に改革したいつもりなのでしょう。
すると、改善を急がなくてはならないのは、老人医療費よりも先に高額医療なのではないのでしょうか。 これは相手が「老人」とか「若い人」とかという理由よりも、「どうして高額医療になるのか」をもっと突き止めなければならない事の法が本質だと思います。

すると、、申し合わせたようにこう言います。
「医療にかかるお金が増え続けているのは医学の進歩によるものである・・・」と。

《・・医療の進歩によって月に百万円を超すような高度な医療を受ける患者が増えている・・》
僕はこの新聞記事には少しばかり、“うさん臭さ”をもって見ているんです。


「医療の進歩」ってホント?
月に百万円以上も使った患者さんたちの治療記録を全部公開して欲しいものです。
これだけお金を使って、それを何カ月使ってどのような高い治癒結果を残しているのか知りたいものです。
『医療の進歩』とは、確実に有効な治癒をもたらし、かつ安全でお金のかからない医療になって行くことだと思いますが、今の医学では「金のかかる医療」ということが進歩の条件一つに上げられるているとは・・・。
「お金のかかる医療イコール高度な医療」とでも思っているのでしょうか。

『高度な医療』とはいったいどの様な治療なのでしょうか?
それは、当然ながら「金のかからない低度な医療?」との比較をしたものでしょうから、その「低度」と「高度」の差の具体的な内容を知りたいものです。
そうして公明正大に見て、本当に「大金を使っただけの効果」が実際に結果として出ているのでしょうか?

知りたいですね。 “ホンネ”と真相を。
高額医療費のツケを、健康保険金値上げと「新たに作られる介護保険制度の保険金で徴収して保険金分割制度(実際は保険金徴収の値上げ)でつじつま合わせをしようというんでは・・」と勘ぐってしまうひねくれ者の思いもありますが、けっこう真相を突いていたりシテ・・。

どっちにしても、
『実際に介護される・する者の身になってやっと分かる悔悟保険かな。』

そこで、ここいらで、もっと安全でお金のかからない真の癒しの方法をもっと広く探してみたらいかがでしょうか。そんなスグレモノの医療は現代西洋医学だけに限らないという結果を出しているものがこの日本にも世界にもたくさんあるのですから。
お金がほとんどかからなくても効果有る自然療法は、べつに捜し回らなくても身近に数多くありますし、この情報化時代にはすぐに目にとまるほどです。

ただ、これらは現代西洋医学一辺倒の健康保険制度から見た場合、対象外であり、それどころか医学関係者から見た場合、迷信とか危険とかに指摘されるくらいで、邪道扱いを受けるほどのものですが、これも医師法とかいう法律を盾にいつも非難排除されるのがオチなようですが。

医師法とか薬事法とかは、患者を守るためにあるのでなく、実は医師や薬会社の独占を守る為にあるんではないかと勘ぐってしまいます。


ところで、
この介護保険制度推進のきっかけは、健康保険制度の破綻の予兆から来ていると見ていますが、大金を食いつくし続ける現代の医療は国民からの保険金徴収を当 たり前のように考え(使う方は使わなきゃソンのただ食いの観念)、長年のあいだ、まるで湯水のように(国民総医療費がどのくらいか知れば分かるがーーーも う三十兆円を越えたのでは?)使いながら、本当はほとんど医学による恩恵は与えて来なかったのではないかという疑問?は年々「その道の専門家」たちからも 発せられるようになりました。
真実を知らないのは大衆のみと、たかをくくっていると、国民から総スカンを食う時(現代西洋医学独占的支配の健康保険制度の崩壊)がやって来ると思います。

そういう観点から見ると、介護保険制度というものが、「薮をつついて・・・」の類いとなるのか?・・・も知れません。

私めは、最近の医療事故多発や新たに始まる保険制度についての情報を見るにつけ、介護保険制度実地から端を発しての「国民健康保険制度の全面的見直し」が始まるような予感を覚える昨今なのであります。(コホン)


なに?介護保険制度は反対かって?
その制度の内容によるものですから、条件つきでは賛成ですね。
ただし、現代医学独占医療に頼らない医療の保険制度ならの条件つきですから、今現在の実施内容には反対ですが。

しかし、やはり最後には、人が人を介護するのは制度だけではないんですね。
結局は、人間が人間をみるときは「こころ」がないと制度なんてのは冷たいものになってしまいます。
いざとなると家族でさえも思うように援助できない場合もあります。そんなときは「自分自身を強くできる絶好の体験」という“チャンス”を与えられているんだという様に考えて納得するしかないですね。

ま、それによって、最初は泣いて後は強くなれて笑える、ようになる。
これが実体験というもの強みと意味でしょうかね。
これも病気の体験と介護体験が与えてくれた人生哲学でしょうかねぇ~~。(苦笑)


なんだかんだと言いながらも、来年は恐らく開始されるでしょうが、確実に増えているのが病気でありますから、私もあなたもその介護の実体験を味わう機会に早晩であうことでしょう。
そのときになってありがたい介護保険になるか、冷たい悔悟保険になるかは・・

                                                    オタノシミ?