ちょっと題名替えた↑
《更生省は素人集団?ーー役外影図事件より》
1999、7、10
himaari
「更生省は素人集団ですよ・・・」
ン?・・
こんな事を言って居ると、厚生省から苦情が来るぞ!
と、僕はその聞きづてならぬ言葉にふとメガネをかけ直してテレビを見ると・・、ナ、ナント!! その言葉を発したのは、厚生省のお役人でした。(笑い)
つい一週間前くらいでした。某NHKテレビで《薬害エイズ》事件についての特集をやって居たので、それとなく聞いていたら(ナガラ賊でして)、その当時血
液製剤でエイズ被害にあった少年(現在は青年)が、やはりその当時血液製剤関連の厚生省の課長であったGさんとの対談をやっていたのでした。
あの忌まわしい「薬害エイズ事件」については、いろんな書籍で紹介されて入るようなので、詳しくはそちらで知ることができますが、それにしても、驚いたの
は(僕はほんとは驚かなかったーーーヤハリねと思ったのだが)、その元課長の発した言葉があまりにも正直?なことを漏らしたからなのです。
そこには、役人にはそれに責任を持てるような専門家ではないかの様な意味にとれ、そこで、お「役」人には手に負えない「外」の問題で「影」の構「図」が見えて来るとコジツケたわけです。(クルシイ笑)
『厚生省認可』とは、事実上、国が認めたと思われる絶対的権威ある言葉なのでしょうが、それを発行する大本が「素人集団」などとは、だれが想像しているでしょうか。(それが常識ある普通人ならーーーー僕はアマノジャク的非常識ジンだからちょっと違うが・・)
しかし、それがどうも真実に近いような気がするのは、その権力機構に在して居られた方から発せられた言葉だからでした。
彼は被害者を出した事件の背景はもっと深いところ(機構上?)にあるとでも言いたげな様子に見えたのですが、僕にはそんなG氏でさえも考えつかないような
原因を知っているので、「権威の中枢に居た人ならウスウスながら、『それ』を感じ取ってしまったのではないだろうか」とかってに解釈したのです。
人によっては責任逃れの言葉に聞こえるかも知れませんが、これは実に現代医学の深いところにポイントをもって行くことの出来る意味を感じました。
いろんな『認可』や『承認』を発行することの出来る、最高の権威を持つお役所がなぜ?素人集団なのか?
それなら、彼らはどうして、物事に判断を下しているんでしょうか?
そして・・、
もしも「厚生省が素人集団」なのでしたら、では何が「専門集団」なのでしょうか?人の生命に関する最重要問題を素人集団だけが取り決めることはあり得るとは思えません。かならずそこには、「専門家」と言われる「人たち」が決定を左右する意見を出すはずなのです。
よく、薬害被害者が『国』(被告側)を相手にして裁判を起こしますが、『国』とは何だろう? それは国民なのだろうか?(国が敗訴場合は国民の税金で賠償金が支払われるのだから・・)
それとも担当省庁である厚生省なのか? 厚生省のだれそれが決めるのか?
それは実質的に審議する「課」なのか?
では、その「課」のだれそれが決めるのか?
こうして想像して行くと、そこには漠然とした相手しか出て来ないのです。
お役所は人事も年代で変わって行くはずです。(そのG元課長も今は担当が違う配置になっている)
では? いったい誰が、重要決定の取り決めるのでしょう?
あのA教授だけがそれを決定出来る権力をおさめていたのでしょうか?
そこには「多数決の原理」で取り決めることは行われない機関なのでしょうか?一個人だけの意志が通ってしまう審議会なのでしょうか?
こんな疑問を探って行くことになりますが、それにしても・・・
いつも「科学的進歩した現代医学」と言われ、その権威の頂点にあるはずの厚生省は常に侵すことの出来ない絶対的信頼を持つお役所だと思われて来たのですが、それが一気に崩れてしまうような思いを抱かせる言葉でした。
僕は前々から聞かされていた情報のなかで見ているので、もともと信頼など置いてなかったので、ヘとも思わない(ア失礼)のでしたが、永く信頼を置いて来た多くの人達にとってはきっとショックなことかと思いました。(そうでもないかな?)
まったく人の揚げ足取りばかりしていて、情けない性格をお許しくださいと申し上げて、もう一つ語らせてください。
僕のほかのさくぶんで書いた『薬害根絶の誓いは無理・・』という笑論は、やはり当たっているのでしょうか?
G氏は最後の方で「薬害は今後も起こり得る・・」と言われた様です。
ちょっとビデオにとって置かなかったので確認はしてないのですが、その様なお言葉が耳に入ってしまったのです。
これも本当なら、G氏はやはり正直?に述べてしまったのでしょう。
けっしてG氏に肩を持つつもりはありませんが、時には、真実は隠したい当事者側から思わず漏らされる事があります。
もしも不幸にして、将来にも違った形の薬害事件が多く起こって来たとしたら、きっといつかは、「もっと奥深いところの原因」を多くの人達が真剣に考える時が来るのでしょう。
そんな時が来たら、「厚生」省は過去の見直しをして反省して「更生」省となり、さらに真に国民の生命と健康を守る為に「公正」省と落ち着くのではないかと妄想しているのです。
しかし、いつも悲惨な目にあうのは薬害被害者自身なのです。そんな方たちに使われる言い訳に必ず出される「その当時はそれが最高の治療法とされていた、最善の方法を尽くしたのだった」・・・では、何が「進歩した科学的医学」と信じらるのでしょうか。
我々はもっともっと自分自身で情報を探り出し、自分自身で真実を選択しなければとんでもない目に遭うことになります。被害者は誰を相手に責任を問うのでしょうか。そんなとき、「責任ある相手」とは、いつも漠然とした捕らえ所のない影のなかにしかないことに気が付くのです。