ここ1年、インターネットで調べものをすることが爆増しました。
 
古代エジプト、シュメール、魂のこと、占いのことなどなどなどなど。
 
 
そうしていろんな方のブログ記事にたどり着く度に
「うわぁ!私と同じようなことを考えてる人がいた!」
「すごい!こんなことまで分かっていたのか!」
と驚くのだけど
 
それが書かれた日付を見てさらにびっくり。
 
「17年前…だと…!?」
 
 
そしてその方が今はどうしているのかと 最新記事を見ようとすると、もう全然違うことを追って発信していたり、数年前に更新が途絶えていたり。
 
 
アメブロだったら、ブログのランキングの圏外になっているような情報に 私はものすごく勉強させてもらっています。
 
「ああ… アクセス数やいいねの数、ランキングの順位…ブログの人気があれば情報の内容が素晴らしいかというと、そんなことは全然ないのだなぁ」
と なんだかすごくしみじみしたよ。
 
 
 
17年前だったり、5年前だったり。
私が進めているジェフリーさんの講座の翻訳シリーズに至っては20年前のものです。
 
新鮮な情報ではない。
 
でも、新鮮ではないのに学ぶことができる情報は、普遍的で「真」に通じているんだ。
 
一時の流行り廃りに振り回されず いつの時代でも活きるもの、
一部の人にだけ当てはまるのではなく たくさんの人に当てはまることは、
高いところのものを多く含んでいる。
 
お釈迦さまの教えみたいにね。
 
 
 
当時その人の心や思考が歩いた足あとを 私も歩かせてもらっている。
 
誰かが先にそこを歩いて その記録が残っていると、考え方の道・学びの道のようなものができていて、
後から他の人がそこを進むのがラクになります。
 
だから、こんなふうに残っていることは、ものすごくありがたいです。
自分で全部を切り拓かなくて済むからね。
 
 
 
私のブログもそういうところがあるかもしれない。
今すぐに届くのではなくて、数年後に誰かに届くのかもしれない。
私が死んだ後かもしれない。
 
こうして残しておけるのがありがたいです。
 
 
 
インターネットならなおさらありがたい。
 
どこにその情報があるか、検索で見つけることをしやすいし、
インターネットが使える環境があれば、ほかは無料で見られるものもたくさん。
 
いいものは、いいものだからこそ、みんなができるだけ簡単にアクセスできるようになっていたらいいなぁと思うんだ。
 
情報を得るところにお金エネルギーを使うより、そのエネルギーは 得た情報を消化吸収して血肉にすることに使えたらいいなと思う。
 
私が関わる情報は、情報を得ることよりも情報に触れたあとの方が修行の側面が大きいからな。
 
そっちをがんばれたらいい。
 
(私の占いメニューの全部を無料にするところまではまだいけないのだけどね^^;)
 
 
 
アメブロさんには ぜひとも長生きしてほしいなぁと思います。
 
 

 
2020年に書いたおはなしでした!
 
こんなことを考えて、毎日16時に過去記事を紹介しています。
読んでくれてありがとう!
 

 

占いをやっていてよかったなと思っていることに、クライアントさんの人生が 私自身のポリシーややり方とは違う道のりであっても「いいね」と言えるというのがある。

 

いいねと言えるように私がトレーニングされる と言ったほうがいいな。

 

トレーニングされている(笑)

 

 

 

占いをやり出したはじめの頃にも「人ってこんなにそれぞれなんだなぁ」と感じていたけど、

ドラゴンヘッドの占いや 進化度合いや成長度合いのことを知って、さらにそう思うようになったんだ。

 

ジャン・スピラーさんのドラゴンヘッドの本

 

私のドラゴンヘッドの本

 

 

 

 

 

この前の占いの話をしよう。

 

FXに転向しようとしている方に占いをお届けしたことがあって、私はFXのことをなんにも分からないので まずたくさん検索しました。

 

それで出生図を見てみたらば おもしろいことに

・コツコツ地道な努力は この方には不自然なこと

・目的地や目的の状態にたどり着くために、省ける労力や時間は省くのがいい

・ズルく見えるようなことでもいい

というのが見つかったのでした。

 

 

 

そして、こんなふうにお話ししたんだ。

 

“FXがいいというより、これまでの仕事のしかたを続けているほうが心配です。

 

「FXこそあなたの天職です!」というのとも違うんですが、コツコツ地道に仕事をしてコツコツ稼ぐよりも、FXにお金を稼げる手ごたえがあるなら それはとってもいいです。

 

効率のよいこと、多少ズル賢いようなことの方が向いているみたいなんです。

(犯罪はオススメしないですよ!)

 

 

それでいて、人助けをしていく方向性がものすごーーーくあります。

 

なので、いっぱい稼いだお金や 省くことができた時間や労力でできた余裕は、ぜひ世のため人のために使ってもらえたらと思います。”

 

のようにお伝えしたのでした。

 

 

クライアントさんは

「いやぁ、あすかさんがFXにいいと言うとは意外でした」

と笑っていたよ。

 

 

 

 

ズルいことはよくない と感じることもあるけど、こういうケースもあるのですな。

 

地道にコツコツやるのがいいこと という見方もあれば、効率がよいのはいいこと というときもあるものね。

 

 

“パチスロで得たお金を お金が必要な福祉施設にあげている。パチスロだからダメということでもない。”という話も 聞いたことがある。

それと似たケースと言える。

でも、これだってみんながみんなそうするのがいい というわけでもない。

 

 

 

動くのがいいこと というときもあるし、「お金に余裕があるならしばらく寝ていたほうがいいです。“寝ていても大丈夫なんだ”というのをいったん味わってほしいんです」とお伝えしたこともあります。

 

 

 

 

どちらか片方だけが正しくて、片方が間違いというわけじゃない。

人によるし、時と場合にもよる。

現状がどんなふうかでもだいぶ違ってくるねぇ。

 

 

 

 

 

占いの中で 私が知らなかった考え方や価値観、方向性が出てくることもあります。

 

「もしそういうことをしている人を見たら、私は心が落ち着かないかも… 苦手に感じるかもしれないな」と思いつつ、

私自身は苦手なそれを クライアントさんにオススメすることもあります。

 

自分が苦手に感じることに対して「あんなことはやめてほしい」「なにを考えているんだ」と批判的な考えを巡らすことはしばしばあるけれど、

自分が苦手に感じること・嫌悪していることについて「これは人生が好転する大事なことですよウインク」と人に話すことって、普通に暮らしていたらそうそうないです。

 

普段の暮らしの中でそういうことを言っていたら、自分を押し殺してすごく無理をして相手に合わせているなど しんどい状態の可能性もあるから、自分が疲れていないか 念のためちょっと気にしてみてほしいです(^_^;)

 

 

しかし、お届けする占いでは 私の好き嫌いや 私の価値観の話をしているのではないからね(笑)

クライアントさんがハッピーになる話をするのであります。

 

 

 

 

私が苦手だなと感じていたことにだって、世界にはちゃんと居場所がある。

私が苦手だなと感じていたことにだって、世界はウェルカムをしてくれている。

 

 

 

 

そういうことを考えているとね。

 

私が苦手なこと・私がやらないことでも、だからこそ、それをやってくれる人がいるのがありがたい気持ちになってきたりもします。

 

 

私は苦手だなと感じるまま、いてくれてありがたいな の気持ちになれたり

 

 

ああ、これは私の心の成長が追いついていないところだな というのを見つけることができたり。

 

 

 

 

12星座(サイン)や  サビアンの360通り。

全方位に「いいね」を言えること。

全方位に「いいね」を言える その説明ができること。

 

私の心の成長は そういうののあとからついてくることもあります。

 

そういう経験ができて、占いってすごいなと思うのであります。

 

 

 

やっぱり占いって 自分や 自分の身近な人、興味がある人のことは知りたいけど

ふつうは自分とあんまり関係ない たくさんの人のことまで占おうとしないもんね。

 

自分とは関係が少ない方向性、資質、よさなんかは あんまりチェックしない。

 

 

占いをお届けする立場になると 全方位をチェックすることになるので、そこがおもしろいのでした。

 

 

 

 

ドラゴンヘッドや冥王星対極点が風のサイン(双子座、天秤座、水瓶座)や ハウス(3室、7室、11室)の人は特に、

自分のだけじゃなく いろんな方向性をチェックしてみるとおもしろい変化につながりやすいですよー

 

 

ドラゴンヘッド星座ごとの方向性をまとめた簡単ページを作ってあるので、よかったら見てみてちょウインク

 

 

 

 


 

2023年に書いたおはなしでした!

 

 

 

こんなことを考えて、毎日16時に過去記事を紹介しています。

読んでくれてありがとう!

 
 
 
H48 地球意識・惑星意識は、
H24 全惑星意識のまわりをグルグル回る。
 
専門家やアイドルなど、なにかで活躍している人(H24意識)のまわりで勉強したり鑑賞したりすることで、
H48意識はパワーをもらって元気になったり 考え方や姿勢を学ばせてもらったりする感じ。
 
 
 
これと似たように、H48 地球意識のまわりを H96 月意識がグルグルしている。
 
これは、平均的な意識(コンセンサス段階くらい)の多くの人のまわりにいて、養ってもらっている・お世話してもらっている感じ。
 
大人が子供を守り育てている様子もそうだね。
また、元気がないなど自分で稼ぐ力が足りておらず生活を助けてもらう必要がある人が 養ってもらっている様子もそう。(いわゆるヒモという状態かな)
ペットを飼っているのと似た感じ。人間だけどペットみたいになっている。
 
この、養ってもらっている状態の意識も H96 月意識ということね。
 
 
 
H96 月意識については、今まで
・人間が体験できる最も低次な意識段階
・落ち込んだり 失意のドン底だったり
・他者を受け付けない・他者を排除するような自己中心的さ。他者に「イヤだな」とネガティブな気持ちになったときの感じ
・他者と意思疎通ができていない
のように説明したけど、
 
ほかにもこういう説明のしかたもできるみたい。
 
 
 
星占いなどで月は子供を表すというところから考えると、なるほどという感じがしますな。
月は地球の衛星で、実際に地球のまわりをぐるぐるしているし。
 
---
 
一家の大黒柱と、大黒柱に支えられて暮らしている家族みたいでもあるね。
 
大黒柱、「柱」というと、神さまっぽさも出てくる。
神さまを数えるときに「柱」という単位を使うからな。
天と地をつなぐありようを 光の柱のように感じたり、御神木のように柱がズドンと通っている感じがしたりする。
 
「一家の大黒柱」と呼ばれるくらいになると、もしかしたら神さまとつながるような意識段階に入っているのかもしれないね。
 
 

 

2024年10月に書いたおはなしでした。

 

似た話題でこういうのもあるよ。

 

 

こんなことを考えて、毎日16時に過去記事を紹介しています。

読んでくれてありがとう!

 

 

 
 
あれこれ考えていたら
世界の一部をお預かりしている
というのを思いついた。
 
 
 
トラウマを癒そうとか
悲しみの連鎖を断ち切ろうとか
カルマを解消しようとか
いろんな教えがあるよね。
 
ときに
自分はなんでもっと高次元じゃないのか
自分はなんでこんなに分離ばっかりで統合や調和が少ないのか
自分が不出来であるように、あるいは自分が悪いように感じることもあるかもしれない。
 
 
 
それで思い出した。
 
前に、この本で月蝕双子座さんのページを見たときに「こんな考え方があったんだ!」と すごく興味深く感じたことがあったんだ。
 
「みんなの集合意識にあるコミュニケーションがうまくいかないもどかしさや悲しみを癒すために、その悲しみの一部を担うことにした魂である」
のような話。
 
 
 
ああ、そうか。
 
その人が「悪い」「不出来」「全然進化してない」ということじゃなくて、世界の伸びしろのようなものを多くお預かりしたんだ。
 
そんなふうに思ったことを思い出した。
 
 
 
みんなの共同の持ち物から 一部をお預かりして、自分のところでちょっぴりでもいい状態にしてお返しする。
 
そういうことをしているんだな。
 
それだったら、
「自分が不出来だ」とか
「勇気が出なくてダメだ」とか
「あの人はすごい、自分は劣っている」とか
そういうんじゃないな。
 
そういう見え方をするとき・そういう感じ方が必要で経験しているときもあるけど、
そればっかりじゃないんだな。
 
伸びしろのところをたくさんお預かりしているんだ。
 
 
 
こういうふうに見ると、また感じ方が違うね。
 
 

 

 

もしかしたらカルマやトラウマも

がっちり自己同一化するのをやめて

着脱できるものとして

感じられるようになれるものなのかもしれない。

 

 

 


 

2025年6月に書いたおはなしでした!

 

 

こんなことを考えて、毎日16時に過去記事を紹介しています。

読んでくれてありがとう!

 

 
 
完成したものは見えなくなるなぁ
不完全なものばっかり見えるなぁ
と思いついた。
 
 
前に、
数秘術はなんで足すのか
→9を取り除いた数を求めているのかな?
ということを考えたことがあった。
 
それに似ている。
抜粋するよ。
 
 
“ここから先は、数秘術を全然勉強していない私のイメージで 勝手な話をするので信じないでもらえたら助かります。
 
 
9は、ある種の完成というか「全部だよ」みたいなところがあるみたい。
この話はどこかで聞いたような気がする。
 
9の次で0(10)になるというのもあって「数としては最後のもの」という感じ?
 
 
その9で割るということは、
割られる数(生年月日とか)の中にあるできあがってるものをどんどんのけていくことになりそうだな。
 
できあがっているものは、言ってみれば「欠けがないから認識できないもの」みたいな感じだものな。
 
 
それをのけていったときにあまるものって、
9(ある種の完全)から見ると欠けがあって
不完全であるからこそ 私たちが認識できるもの
 
…というイメージが湧く。”
(抜粋おわり)
 
 
 
これだ。
 
できあがったもの、完成したものは、見えなくなる。
認識できなくなる。
 
 
 
完成したものは見えなくなるなぁ
不完全なものばっかり見えるなぁ
というか、
 
不完全だなぁと認識できていること、そのベースには
見えないけど大量の完成したもの、できていることがあるなぁ
なんだ。
 
 
できていないところ、足りないところに気持ちが向きやすい
そういうところもあるけれど、
 
その「できてない」「足りない」と感じるなにかをするための足場には、しっかりとした「できている」があるよなぁ。
 
という考えが浮かんだのであるよ。
 
 
 
仕事や家事で不出来なところが5つあっても、その土台に無数の0.01のできているがある。
みたいなこと。
 
0.01や0.001の集まりを意識しないくらい、自分がでっかくなったんだ。
 
 
ありがたい、有難い って
その見えなくなった土台のことを言っているときもあるんだろうな。
 
見えないから、ないように感じる。
だから「有難い」と言うのかも?
(この思いつきが正しいとは言わない。ひらめいただけ)
 

 
 
0.1や0.01であり、9であるもの
 
2本の足で歩くことも
自転車に乗ることも
車の運転も
皿洗いも
洗濯も
トイレットペーパーを設置することも
食べ物を買ったり育てたりすることも
 
そういうのを足場にしたところの営みで
「できていないなぁ」
「ふがいないなぁ」
と感じているのだものね。
 
 
そんなことを思ったよー

 


 

2025年6月に書いたおはなしでした!

 

 

似たようなことをもっと前にも考えたことがあったな。

 

 

こんなことを考えて、毎日16時に過去記事を紹介しています。

読んでくれてありがとう!