一番つらいのは当事者の本人
というわけでもないこともあるなぁ
 
というのを たまに思うのである。
 
 
 
 
自分がその体験をしていないくて
本人のつらさが分からないからこそ
変に軽んじたことを言ってはいけないという配慮もあって
 
当事者さんはすごく大変な思いをしている
というのをできる限り想像して
なにかを話している。
 
そういうことも 私たちにはしばしばある。
 
 
当事者から見たら
「あなたのほうがつらそうな顔してるよ?(^_^;)」
と言いたくなりそうな場面。
 
なんとなく想像できる。
 
 
 
 
最近 私は漫画やアニメや小説の話を多くしているような気がする。
今日もそういう方面から。
 
 
戦争を経験した人が描く死と
戦争を経験していない人が描く死が
違うんだそうだ。
 
戦争を経験した人が描くと乾いた感じ。あっさり死ぬ。
つらくないわけではない。
 
経験していない人が描くと 分からないから想像で補って湿った感じ。
たとえば「あ、あ、あすかーーー!!!!うわあああああああああ!!!!!」みたいなこと。
 
そんなふうになりやすい と。
 
 
 
「女を知らない男が女を描くと」
というのもある。
 
想像でたくさん補った女だったり
理想や願望で補った女の子だったり
そういうふうになりやすいのだそうだ。
 
もちろん「男を知らない女が…」もある。
 
ああ、なるほど と思った。
 
 
 
 
リアルであることばっかりがよさじゃない。
 
知らないからこそ描ける
想像で補ったもの というのもある。
 
 
 
漫画などの作品に限ったことじゃない。
 
知らないから言えること
分からないから作れるもの
体験していないからできること
 
そういうのもあるね。
 
 
 
 
当事者が
「あなたのほうがつらそうな顔してるよ?(^_^;)」
と言いたくなりそうな場面。
 
それはときに酷く滑稽かもしれない。
でも、その気づかいに救われることもある。
 
 
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というのを ここのところたまに考えていたのですよ。
 
 
 
これは なにか役立つ話につなげられることがあるかな。
 
 
たとえば
もし、誰かのつらさを思って自分もしんどくなっているときには、
分からないから想像で補ったぶんも上乗せして気づかいをして、余計にしんどくなっているかもしれない可能性を ちょっと考えてみるのもいいかもね。
 
 
薄情になろうぜということじゃない。
 
上乗せして 余計にたくさんしんどくなっている可能性がある と、ちょっと考えてみるということ。
 
分け合うと軽くなる痛みがある一方で
上乗せしてさらに痛みを重くしていては そりゃしんどいからね。
 
 
 
 
役立つことへのつなげ方はほかにもあると思う。
ひとまずこんな感じ。
 
 
 
 
 
 
 
前に飛行機に乗って「おもしろいな!」と思ったことがある。
 
 
空を飛んで、普段よりも離れたところから海を眺めていたら
遠いために 海の波が動いていないように見えたんだ。
 
液体に見えなかった。
固体の大地のように見えたんだ。
 
これはフリー画像だけど、こんな感じ。
視界が大きすぎて波が動いているのが分からない。
 
 
 
最近、
 
「意識の段階とか 魂の成長度合いによって、ものの見え方も全然違う」
 
「なんなら、私たち人間が「これは空気だ。気体だ」と感じているその空気が 固体に見えている存在もいる」
 
「高次元は動きがはやいから、私たち人間からすれば液体や気体のような 自由に動き回っているものすら「止まっている」と感じられることもあるんだよ」
 
というのを勉強したのだよね。
 
 
 
飛行機に乗って海が大地のように見えたことを思い出して
その感覚をちょっぴり感じられたような気分になっています。
 
 
眠りのことも言えるみたい。
 
肉体の目はぱっちりで起きてても
自分を生きられていない状態とか
魂の生き方が分からない状態を
「眠っている」と言ったりするよね。
 
高次のところから見ると
ぐっすり眠っているように見えるんだって。
 
 
私たちにとって
石が動かないように見えるのと同じしくみ。
 
石も動いてるけど
私たちは石(物質)よりも高次の成分を多くもっている存在なので
石は動いていない・活発じゃないように見える。
 
石が動いているのが分からない。
 
 
ものの見え方というのは
けっこう相対的なのだねぇ。
 
自分の立ち位置によって全然違って見える。
 
 
 
こんなことを考えて、毎日16時に過去記事を紹介しています。
読んでくれてありがとう!
 
 
どんな階層から見るかで
見え方や捉え方や感じ方は
だいぶ違ってくるみたい。
 
 
 
ということは、たとえば
我々が本質とか真理と呼んでいるものを
 
ごはんとして食べる階層の存在も
うんちとして排泄している階層の存在も
足場にして立っている階層の存在も
空気として吸い込んでいる階層の存在も
景色として眺めて楽しんでいる階層の存在も
自分には関係のない、言ってしまえば存在しない虚構としている階層の存在も
 
いるんだろうね。
 
 
 
 
 
 
実は、私は鼻を動かすことができる。

 

 

 

子供の頃に、いとこが耳を動かせるのを見せてくれた。

 

とても羨ましく、私も耳に力を入れる練習していたら、どういうわけか鼻が動くようになっちゃったのだ。

 

 

未だに耳は動かない。

高校の生物の先生が耳を動かせる人だった。

耳を動かせる人はたまにいるようだ。

羨ましい。

 

 

 
 
鼻が動いても一文も得しないからなー
と思っていたけれど
そんなことはなかった。
 
 
彼殿が爆笑してくれるのだ。
 
最高であるよ。
 
 
 
 
※このブログ記事は過去記事紹介ですよ。
 
 
 
しょこらさんの占いを書き直し中の相原あすかです。

 

 

1995年の、阪神淡路大震災やオウム真理教の事件の話を占いに書いているところです。

この年は、11月11日に冥王星が蠍座から射手座に移り切りました。

 

 

 

冥王星蠍座の時代の終わりの年。

冥王星射手座の時代の始まりの年。

 

今でこそ「宗教は危ない、ヤバい」と思われていますが(悲しいことに、実際に危なくてヤバい宗教もありますが)、オウム真理教の事件の前は 私たちは宗教をそんなヤバいものだとは思っていませんでした。

 

テレビでもふつうにエンタメみたいに出てきていたもんな。

 

でも、この事件以降「宗教ってヤバい」もいう認識が広がったのだと理解しています。

 

私は10歳だったのであんまり覚えておらず、これは後付けの知識だけどね。

当時のことを覚えている人は 補足があればコメントもらえるとうれしいです。

 

 

 

そうか。

この年に冥王星が射手座に入り切ったのか。

 

射手座は真なるものを追いかける星座でもあるよね。

哲学的な探究や旅のほかに、射手座には信仰や宗教の意味合いもある。

 

 

冥王星は壊して 恒星の力を取り入れながら再生することで、よりよいものを作る星でもある。

 

ああ…そうか、ここで古い信仰や宗教のありようが壊れたんだ。

 

前にも似た話を書いた気がするけど、改めてハッとした。

 

 

 

1995年ころから壊れ出した宗教の捉え方。

そのあと、私たちは新しい「信」の形を築いてきたはずなんだけど、どんな「信」を築いたんだろう。

 

今、それを築き中か。

20年も30年も経つけど、冥王星はゆっくり進むから、今はまだ「壊れたばっかり」だろうからな。

 

射手座→山羊座→水瓶座 と冥王星が進む。

3つめに差し掛かっているところ。

 

ハウスの考え方を応用すると、壊れたところに 新しいものが入り込み(1)、形を得て(2)、言語化する(3)

 

まだ言語化できるようになる前なら、今はまだ言葉で語れなくてもいいや。という感じかな?

 

 

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ところで

蠍座の終わりのサビアンって、笑っているのだね。

http://www.246.ne.jp/~apricot/sabian/sabianfr.htmlより

 

 

星座(サイン)の最後、特に蠍座の最後は「涙の度数」と聞いたことがあるから 泣いている雰囲気のイメージを抱いていたけど、笑っているみたい。笑い飛ばしている。

 

それまで大事だと思ってよりどころにしていたもの、絆などを「くだらねえなwwww」と笑い飛ばすことで、後ろ髪引かれる思いになりそうなのを振り切っている感じか。

 

それくらいしないと、振り返って古巣の絆に帰りたくなってしまうから。

 

 

 

この本によると、

反対の牡牛座30度では、価値があると思っていたものを二足三文で叩き売りしている感じだった。

 

 

 

 

次のサインに移るとき、これまでのサインの卒業するために、これまでのサインの居心地よい性質を こうやって振り切っているのだね。

 

 

心で泣いている。

本当に泣いてしまったら振り向いて帰りたくなって 次のところに行けないような気がして、歯を食いしばって皮肉な笑いをしたり強がったりしている。

 

これまで一緒に過ごしたみんなとのお別れのときは泣かないけれど、新幹線に乗って一人になって  もう後戻りができないところまで確かにやって来てからボロボロ泣いているような感じ。

 

嗚呼、サインの最後の度数はこういう感じか。

 
 
 
 
私たちはここしばらく冥王星山羊座の時代の終わりを経験してきた。
 
これまで甘えさせてもらえていた権力や社会的な地位、固定観念…そういう山羊座的なよりどころをボロクソに思うことで、みんなでがんばって振り切っているところなんだね。
 
ちゃんと、次の水瓶座に行けるように。