恒星パランなど恒星を見る占いで、しし座の恒星の捉え方を ちょっと工夫しているよ。
 
たとえば、しし座の背中の恒星ゾスマは 割といろんな資料に「犠牲になる」というふうに書いてあるんだけど、
「犠牲になる」とは限らないという話をしたいと思います。
 

星空アプリ「星座表」で撮影

 

 

 

まず、松村先生の動画「ゾスマ」にも出てくるように

 

 

恒星は時間や自他を超越しているので、

「やる」とも読めるし

「やる前に戻す」とも読めます。

 

反対にも読めるのですな。

 

「犠牲になる」だったら、「犠牲になる前に戻す」…というとちょっとおかしいけど

「犠牲になったものを助ける」というふうにも読めるわけです。

 

獅子の背中の星なので、「背中に乗せて押し上げるように、応援する」みたいなのもありです。

 

 

 

 

そして、私からもう一つ。

 

神話や星占いなどが エジプトからギリシャに伝わったときに、ギリシャではギリシャ独自のものを作ってオリジナルにしたかったので、

エジプトで神聖視したものを「よくないもの」とみなしたり、エジプトで大事にしたいた恒星の神々との接触を断つようになったんだ。

 

 

 

エジプトでは、神々とともにある王様ファラオが国を治めていました。

 

当時、エジプトではライオンは王権の象徴であったことは、Wikipediaのしし座のページにも書いてあるね。

 

 

 

それから、エリザベス・ハイチ著『イニシエーション』という本には、古代エジプトに生きた記憶のある人が 当時の様子を書いてくれている。

 

ファラオが神々とともにあった、霊性高きファラオだった頃の話だよ。

 

 

 

ここで、当時のライオンがどんなふうだったかも書いてあるんだ。

 

 

 

これは、昔のエジプトで「戦車」と呼ばれた 王たちの乗り物。

Wikipediaのラムセス2世のページより

 

 

 

これは馬が引いているけれど、『イニシエーション』に書かれている古代エジプト当時は ライオンがこれを引いていたといいます。

 

また、ライオンは霊性高きファラオたちと心を通わせているときは仲良しだけど、なにかの拍子に人間側の霊性が低くなってしまうと ライオンと心を通わせられなくなって、襲われます。

 

ライオンが怖い獣になるのは、人間が霊性が低くなって心を通わせられなくなったときだったんだ。

 

 

 

信仰や星占いや神話がギリシャに伝わったとき、人間の霊性が下がるタイミングだった。

これは仕方ない。

 

前は私も「ギリシャめ…!」と思ったけれど、もっと高次のところで意図して起こしたことでもあったみたいだから、ギリシャを責めるのも違うようだった。

 

あとで、私がいろんな「◯◯文化期」について説明できるようになったら、このあたりの話もしたい。

今はまだ分からないから保留。

 

 

信仰や星占いや神話がギリシャに伝わったときに、霊性が下がるタイミングだった。

それで、ライオンは怖いものになっちゃったんだ。

 

 

 

エジプトで神聖視されたものだから 貶められた描かれ方をするようになったのもあり、

人々の霊性が低くなったので ライオンが猛獣みたいになっちゃったのもあり。

 

それで、このライオン、しし座は、怖いライオン、ヘラクレスに倒されたライオンということになり、

 

ライオンの背中のゾスマは「犠牲になる」と読まれるようになったのでした。

 

 

 

 

でも、恒星の性質はギリシャ神話ひとつだけで語りきれないほど大きい。

情報量がたくさんなんだ。

だから、いろんな地域でいろんな神話になるのですな。

 

ということは、ギリシャ神話だけ参考にするのではなく、もっとほかの地域の神話を参考に 恒星のことを考えられたら よりよいわけです。

 

 

それで、恒星パランなど 恒星の占いのときのしし座は、ギリシャ神話の「退治されたライオン」だけじゃなく、

エジプトの「ファラオとともにあったライオン」というところから考えてみるのもおもしろいよ!

 

ということなのでした。

 

 

 

ゾスマ。

「ファラオとともにあったライオン」の背中をイメージするんだ。

 

戦車に乗ったファラオは きっとライオンの頼もしい背中を見ていたよ。

 

もしかしたら、心許したファラオに対しては、ライオンも「ごろにゃ〜ん」とネコちゃんみたいだったかもしれない。

王様たちはライオンの背中を撫でることもあったかもしれない。

 

 

そういうふうにあれこれイメージして、しし座の星々の意味するところを広げて考えて占いを作っているよ。

『イニシエーション』はとっても参考になります。

 

 

 

しし座だけじゃなく、いろんな星座の星々を そんなふうに考え直してみると おもしろい。

 

これは、類化性能のトレーニングにもなるね。

 

 

 
 
[恒星パランの占いの資料]
 

 

 

前にこんな話を書いたね。

 

 

一部抜粋しよう。

 

 

“「自分」とくっついているもの、「自分である」と思い込んでいるものがあると、
それに振り回される。
 
感情に振り回される。
お金に振り回される。
結婚に振り回される。
などなど。

 

「ああ、◯◯は自分だと思っていたけれど、実は自分ではなかったのだなぁ」
という実感をすることで
◯◯に振り回されることがなくなる ということでもある。
 
「◯◯から自由になる」ということ。”
 
 
“「好き」「嫌い」も 自分から剥がせるものだという情報を仕入れたのである。
たしかに、「好き」「嫌い」は自分のことだと思っていた。
信じて疑わなかったよ。
 
そして好きなものを食べたいし、好きなことをやりたいと思うし…
なるほど、私は「好き」に振り回されている。
「好き」に縛られているわけだ。
 
おおー!これはおもしろいな!
よし!「好き」を剥がしてみよう!
「好き」から自由になってみよう!”
 
 
これを知ったときはびっくりした。
 
 
 
それで、この前 栄養や健康のYouTube動画を見ていたときに、ドーパミンという物質の話題があったのがおもしろかったのですよ。
 
なにかをしたとき・なにかがあったときに いい気分になって、「うれしい!もっとやりたい」と感じたりするよね。
 
そういうときに体内で分泌されているのがドーパミン。
ドーパミンがドバドバになっていると、とっても快感というわけ。
 
もうちょっと難しい言葉だと、「報酬系」のナントカ…
 
 
 
その状況は、人によって様々。
おいしいものを食べたとき
甘いものを食べたとき
SNSでいいねがついたとき
パチスロで大当たりしたとき
運動したとき
お酒を飲んだとき
買い物をしたとき
体重が減っていたとき
ゲームで遊んでいるとき
動画を見ているとき
エッチでムフフなことをしているとき
人から優遇してもらえているとき
誰かの悪口を言うとき
などなど
 
うれしくて、快感で、気持ちよくて、依存症になることもあるよね。
 
うれしいことは いいことと思いがちだけど、健康や暮らしをボロボロにするほどハマってしまうこともある。
 
このままだとよくないと頭では分かっていても、やめたいのにやめられないというときもある。
 
 
 
「好き」に振り回されているとき
「好き」に縛られているときは、
ドーパミンの快感に溺れて 依存症みたいになっているとも言えるわけですな。
 
ということは
「好き」と自分との癒着をはがすには
医療の観点からはドーパミン関係のアプローチがある と考えられるのか…!
 
と思ったのでした。
 
 
 
2012年の話だけど
人類の死因で
暴力や戦闘で亡くなった人の数よりも
糖尿病で亡くなった人の数のほうが
はるかに圧倒的に多い
というデータがあるそうで
なんというか… ゾッとしたわ。
 
糖尿病は、ドーパミンだけじゃなく貧困も関係してくるのだけどね。
現代の貧困は、安くて栄養の少ない、でもカロリーは多いジャンクフードを多く食べるようになりやすく、ガリガリではなく肥満になるケースもとても多いんだ。
 
 
 
ともあれ、ドーパミンの依存パワーにうまいこと対処するのは、健康的な暮らしの意味でも、精神修行の意味でもおもしろい考え方だなと思った次第であります。
 
あと、こういうドーパミンによってハマる性質を ほかのことにうまいこと使えたら、すごく心強いことになりそうでもあるね。
勉強にハマる、仕事にハマる、ドラゴンヘッド牡牛座の私なら お金儲けにハマるなど。
振り回されるんじゃなくて、活用する。
 
 
ドーパミンのことはまだよく知らないから、これ以上のことは言えないや。
興味が湧いたら調べてみてちょ。
 
 
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ここ数ヶ月の試みで、食べることが大好きな自分も 3〜4日程度なら断食できることが分かったのは、けっこうおもしろかった。
コーヒーのカフェイン依存から抜けるときの頭痛らしきものもあったけど、そのほかは全然苦しくなくてもっと続けられそうだったな。
 
ついでに、酒もタバコも 大して苦しまずに数日お休みできて意外だった。
最近はお酒をごくたまにしか飲まなくなった。
 
 
ハマっているもの・習慣になっているものを数日お休みしてみるのは「はがす」をするのにけっこういいかもしれないね。
何日かスマホに触らない日を設けてみるとか…?
 
 
 
思いついた。
メモ程度にザッと書く。
 
 
 
松村潔先生の動画のどれかで「暗闇の中でノートだけが光っている」のような話があった。
ノートじゃなかったかもしれないけど、だいたいそんな感じの話。
 
暗闇で光っているから、それをやるのだと。
光っているということ、それが頼りである… のような話だったと思うけど、だいぶ忘れたので私の話を鵜呑みにしてはいけない。
 
 
 
それは、心のどんな状態で感じる景色なんだろう。
私も分かる景色かな。
 
と思って、「この感じかなー それともこれかなー」と 心の中でピントの合わせ方を調整してあれこれ眺めていた。
 
 
 
もしかしたらこの感じ?というものを一つ見つけた。
高校で習った微分と似ている。
 
 
y = x^2 + x +1 のような式があるね。
x^2 というのは、◯乗のときの肩に乗っている数を書くときの表し方だよ。
 
これを微分すると
やばい。計算のしかたを忘れてしまった。
y' = 2x + ? になるね。
 
微分を繰り返すと、xの◯乗の数が小さくなって、式がだんだんシンプルになっていく。
 
 
そうして最後に残ったものは
この式の中で 次元(数学的な意味の次元)が 一番大きいパーツだ。
 
 
 
光っているものって、こんなふうに微分していって最後に残るパーツと似ているかもしれないと思ったよ。
 
自分の中で、芯みたいなところにある感じのもの。
だから、外側のものをどんどん取り払って 最後まで残っている。
 
自分を微分するようなイメージで ◯乗の数が小さいものから消していって、最後まで残るもの。
 
 
 
先日の、ダイヤモンドの原石をカットしていく話と関係していそうでもある。
ここからヒントを得た思いつきだろうか?

 

微分で最後に残るのは、壊れないものや カットされて宝石になったダイヤモンドと たぶん近い意味のことだ。

 

 

微分していってグルグルのループが出てくるものをどう考えたらいいのかは、分からないので言及しない。

 

 

 

たぶん。

違ったらすまんね(笑)

 

 
 
 
光っているように感じられるのか。
私はここだけあたたかいように見えたな。
この感じをもう少し追ってみようかな。
こういうのをじっくり眺めていると、違う見え方に気づくこともあるからね。
 
忘れなければ。
 
 
 
 

 

大学生でうつ病になった頃、図書館で見つけたルドルフ・シュタイナーの本を読んで理解できたらうつが治るんじゃないかと、何冊か読んだことがある。
 
 
ほとんど分からなかった。
シュタイナーの話を分かるより、うつが治るほうが簡単だった。
 
 
 
 
ほとんど分からなかったし だいぶ忘れてしまったけれど、まだ覚えている話がある。
 
「精神世界に入るための最初の訓練に、植物を観察するのがよい」みたいな話だった。
 
 
 
“植物の芽を見ているときの 自分の心は、どんなふうかな?
イキイキするような感じ
フレッシュな感じ
明るい感じ
朝日を眺めているときと似た感じ…
 
枯れてしまいそうな植物を見ているときの 自分の心は、どんなふうかな?
悲しい感じ
さみしい感じ残念な感じ
沈む夕日を眺めているときと似た感じ…
 
これをたくさん感じ比べてみよう。
 
そしたら、
植物を見ているのではないときも これと似た心になっていることがたくさんあるのに気づけるよね。
 
自分の心が 植物の芽を見ているときの感じになる、その方向に進もう。
それが、精神修行の入り口に続く道だよ。”
 
 
のような話だった。たぶん。
 
 
 

 

芽が出てきたときの心の感じ

 

 

 

 

枯れゆく様子を見たときの、心の感じ

 

 

 

 

さっきチラッと言っちゃったけど

芽が出た様子を眺めるときの心の感じは

朝日を眺めているときのそれとも似ている。

 

 

これから始まるもの

これから展開していくもの

未来や希望のような感触

 

 

 

これが 私が感じたように朝日と近しいものであるなら、昇交点(ノースノード)と似ているということだ。

朝日は地平線や水平線から昇ってくるものね。

 

昇交点の仲間というと、ドラゴンヘッドなどのノースノードのほか、春分点もそうだったね。

 

 

 

芽から感じるものは、昇交点が象徴する機能や性質と近い。

 

未来や希望の感じ。

 

上昇の方向を向いている。

ちょっと上がることができる。

 

 

それを感じる心のセンサーの訓練。

だから、「自分の心が 植物の芽を見ているときの感じになる、その方向に進もう。精神修行の入り口に続く道だよ」だったのだね。

 

これはドラゴンヘッドのススメと似ている話だったのかもしれないね。

 

 

やっとシュタイナーの話を少し分かることができてうれしい。

 

 

 

 
家庭菜園は 精神修行もできてよいね(笑)
バシャールが「ワクワクを追うべし」と言うのは、これに近いことなんだろうかね。
 
 
 
 
 

 

 

 

 

YouTubeにも載せておいたよ。

 

 
 
この仮説でいくと、
後アトランティスの7つの文化期や大陸に対応する
世界のあちこちを旅行したり
日本のあちこちを旅行したり
沖縄をたっぷり満喫したり
世界のあちこちのものをお取り寄せして馴染んだり
日本のあちこちのものをお取り寄せして馴染んだり
あるいは沖縄のものをお取り寄せして馴染んだりして
 
その体験を自分に統合するところに至ると
いわゆる「地球卒業」の状態になったり
アトランティスが没せずに今もあることがありありと分かったりする(アトランティスが7つに分裂していない階層に戻れる)
 
そういう意識段階に入ることができるのではないか という話です。
 
 
 
こういう体験に身に覚えのある方、
世界旅行や日本旅行をしていたら(あるいはお取り寄せをして楽しんでいたら) 急にアトランティスがあるのが分かるようになった!
なんていう方がいたら よかったらコメントで教えてもらえたらうれしいです!
 
 
 
 
YouTubeより

北極星のバトンタッチのはなし(私の動画)

https://youtu.be/RUsVTSp4C_o

 

 
ゴルゴダ転換点に関する資料(松村潔先生)

犠牲の神殿の役割。感覚魂の悟性魂の解釈の整理。 2023.2.2

https://youtu.be/uI4wl5oHi_k

(11:33〜 エニアグラムの4と5の間)
 
ゴルゴダ転換点 2023.2.3
 
 
 

 


 

2024年5月に書いたおはなしでした!

 

 

 

日本は世界の雛形。

そして、○○は日本の雛形。

という話、この「○○」は沖縄以外にもちょこちょこ聞こえてくるんだよね。

 

いろんな説があるみたい。

 

 

 

こんなことを考えて、毎日16時に過去記事を紹介しています。

読んでくれてありがとう!