一人映画行けないのに、遠く北海道まで一人で行ってきました。どうも”あきかん”です。

 

先日初めて一人で飛行機に乗って2泊3日北海道を旅してきたのでその記録をちょろっと書きたいと思います。

場面緘黙要素はほぼ皆無です(そんな記事は初かも)。

 

旅行前

一人で飛行機乗るのっておかしいかな?って出発前不安に思い調べてみたところ、1人で搭乗する割合は全体の64%というデータが出てきて安堵しました。意外に多い!

 

旅慣れていなさすぎて、ホテルの予約が先か、旅券が先か良く分からず、フォロワーさんから安い時期とか安く行くコツとか教えてもらったのにそのそもこの金額って高いの?安いの?この選択肢って良いの?悪いの?よく分からず、10月で消えてなくなる有給休暇を全突っ込みで最後の方はもういいやで予約しました。

親の後ろを引っ付いていくだけで目的地に着いてしまう時代は楽だったな。

 

まだ飛行機にも乗ってない!このペースで書いてくと終わらないので、あとは1日ごとに箇条書きで感想述べるだけにします。

 

1日目

  • 腰痛持ちなのに窓際席にしたの後悔。景色は良かった。でも今度は通路側予約する。
  • 新千歳空港意外としょぼい
  • 新札幌駅、札幌駅、さっぽろ駅があるという罠。次は「新札幌駅」とアナウンスされたとき焦った。初見に優しくない。
  • すすきの怖い。人多すぎ。すすきの駅出てすぐの有名な写真スポットは視線恐怖令が発令して撮れなかった。大阪で克服したんじゃなかったのか。。。
  • 夜はトリトン行きたかったけど腰終わってて初日は断念した。
 
夜ご飯はラーメンにした。ラーメン街のようなとこで他のお店は行列ができてたけど、ここはひっそりとしていた。けど美味かった。隣の人とゼロ距離の狭さでラーメンの写真は撮れず。
 

 

2日目

  • 北広島駅に行った(北海道には本州の地名をチラホラ見かける)
  • 日ハム本拠地のエスコンフィールドに到着しテンション爆上がり(隠れ日ハムファン)
 
木とかで建物の一部を隠すのがかっこいいと思っている人
 
 
スタジアムのプレミアムツアーに参加
 
かっくいい!

 

 

1時間のツアーでチームロッカー、チームミーティングルーム、ダグアウトいろいろ見て回った。

 

たぶん人生で一番写真を撮った瞬間だった。

 

午後から小樽でサイクリング予定だったけどトラブル(スマホの充電がない)でスタバで2時間弱充電したため断念。

札幌市内観光に切り替え

 

 

札幌テレビ塔に向かう途中で発見(たぶん札幌時計台(自信ない))

 
木とかで建物の一部隠すのをかっこいいと思っている人

 

何か既視感のある風景。。。
 

 

回転寿しトリトン メインイベント。このために北海道来たといっても過言ではない。
 
5000円分堪能した。まじおすすめ。
 
 

 

3日目

  • 場外市場で海鮮丼食べるチャレンジ失敗
  • 新千歳空港へ行くエアポート指定席購入成功。自由席はすし詰めで阿鼻叫喚だった模様
  • 新千歳空港でかすぎた。到着したときは到着ゲートだったから分からなかっただけだった。セントレアの十倍でかい。
 
 
 
保安検査場通った後にあったお店で海鮮(あたり前に美味しい)

 


 

最後にちょろっとコミュ障的なことをですが、初見のお店に入れるようになったものの未だ先に入る人を待って、その人の後ろを着いて入るようにしないと入れない。いつも先人切ってくれる方々ありがとう。それと、行列に並べない(前後で人に挟まれる状況が無理(前後が友達同士だと尚更))という新たな悩みが。行列のあるお店とか入ってみたいけどできないでいる。これら悩みってほどの悩みではないが、できるようになった事の先で、新たにできないことが生まれるっていう、これが成長なのかなと思ったり思わなかったり。

 

終わりに

北海道の海が見れなかったのが心残り。2日目小樽でサイクリング予定だったのに行けなかった。

すべては旅慣れていないことに起因する。もっと旅慣れて効率よく動けるようになりたい。モバイルバッテリー買っておけば良かった。財布が許すなら毎年北海道各地行きたい。小樽も登別も日本最北端も行きたい。函館のラッキーピエロ行ってみたい。

 

この先も興味をそそるままに旅を続けたい。

名前を名乗る前の枕詞をここに書くのが段々面倒くさくなってきました。

 

どうも”あきかん”です。

 

2024年6月9日(日)に姫路でかんもくライブフェス&交流会に参加してきました。

4月に富山で開催された緘黙交流会ともまた雰囲気が違っていたのでその点も含めてまとめたいと思います。

 

姫路交流会と富山緘黙交流会との違い

①参加人数が半分程度で自分が話す番が早く来る

富山交流会は参加人数15人程でしたが、今回は定員10人に対して、主催者を含め当事者経験者が4人、当事者経験者1人とそのご家族2名とそれ以外の方1名の計8名でした。人数が少ない分、自分が話す番が早く回ってきて話した量は体感富山の3倍以上でした。

②人との距離が近く声量に気を配らず話せた

机2つ分の距離(1.5~2mぐらい)しかなく相手との距離が近かった。会場だった姫路レンタルスペース&バーのHPのトップに載っている写真のような距離感。富山の交流会は、大会議室こういう机配置(これよりもう少し広い机配置)で相手との距離が3~4mあったので、声を張らないと聞こえないと思い、声を張っていたら内容が疎かになってしまった。その点、この距離だと小さい声でも相手に届くから、声量に気を遣わず話せた。休憩時間などでさらに少人数になったタイミングがあり、2人や3人で会話できた。これも距離が離れていたらできなかったと思う。

③バー特有の薄暗い雰囲気

これも姫路レンタルスペース&バーの写真を見ればわかりますが、照明が暖色で薄暗く、相手の顔は見えるが、輪郭がぼやっとしていて、緊張が和らいだ。この暖色にはリラックス効果があるんじゃないかと思う。照明の色を色温度というらしいが、色温度によっていろんな心理効果が得られるらしい。人との距離が近い状態で、普通の蛍光灯だったらもっと緊張していたかもしれない。
 

④司会進行

当事者の親と緘黙に関心を寄せている方々に司会進行を担っていただけた。場面緘黙関係者でもあるので、強要やプレッシャーを与えられることはなかった。司会進行を担ってくれた一人の方は、メモ用紙に参加メンバーの名前を書いて、一つの話題に対して全員が話せるように配慮してくれた。振られる順番もランダムでしたが、それぞれ話題に対して長めに話していたのと、自分の番が必ず来るのでその間に話す内容を考えることができた。

 

⑤沈黙が少なかった

富山交流会は沈黙が多かった。その沈黙は当たり前で許される雰囲気があって、別に嫌とかではなかった。ただ、今回の交流会は、保護者や支援者が場をつなぐ会話をしていて沈黙が少なかった。

 

⑥ライブフェス

富山の交流会ではギターが弾ける人がいなくて、かんもくライブフェスはなかったが、今回は支援者の方がギターを弾けたので初めて生歌生演奏を聴けた。リクエストに応えてその場で調べて演奏して歌うという即興や替え歌が面白かった。数曲で終わってしまい物足りなさを感じた。次はマイクありバージョンで聞いてみたい。

 

 

姫路交流会でやったこと

  1. 自己紹介
  2. 質問タイム?親御さんから話題提供
  3. ライブフェス
  4. 話題アプリで回答(2~3周)
  5. 質問タイム

 

反省点

  • 時系列ぐちゃぐちゃで話してしまった
  • 眠くてぼーっとしてしまうことがあった(寝不足、暖色照明のせい)
  • お昼とかで部屋の中の人数が減らないと自分から話しかけれなかった
 

前情報を聞いて参加を前日まで悩みに悩んだ件

富山緘黙交流会に参加するときは「参加します」の一言で、情報を前もって聞かずに臨みました。参加することが目的だったためです。ただ今回は、参加表明前に情報を聞きました。その情報によって前々日までかなり参加を迷ってしまいました。というのも緘黙のお子さんがいるご家族4人と心理士さんが参加予定という情報だったからです。何というか親御さんが参加されていると、「この人も場面緘黙症なんだ」とジロジロと観察されるのではないか?まして家族4人ということは、兄弟(姉妹)がもう一人参加、つまり子どもからの不躾な視線が来るのではないかと想像してしまい参加を悩んでしまいました。

 

<また、・・・他にも悩んだ理由がありここに書いていたんですが、その辺はいろんな人を傷つけるというか喧嘩を売る内容になるので割愛。いずれアメンバー限定記事とかで出すかもしれません。>

 

結局は参加されたご家族からは特にジロジロみられることもなく、お子さんの居場所を見つけたい、緘黙をどうにかしたいという想いで参加されていることが伝わってきました。変に身構え被害妄想で、参加しないという選択をしなくて良かった。参加できてよかったと思える交流会になりました。

 

まとめ

富山交流会もっと早く参加できていればという後悔があります。

富山も姫路も数年前から交流会が実施されているのを知っていたのに中々勇気が出ず参加できなかった。

今回、参加しないという選択をしなくて良かった。

 

このような交流会を毎年日本各地で開催していることがすごいことだと改めて思いました。主催者の方には本当に感謝しています。こういった緘黙交流会はコロナで一度少なくなりましたが、2020年より前は名古屋でも開催されていたように思います。富山でも、その他地域でも、その地域の方が中心となって、交流会が行われているようですが、それも一時的なんだろうなと思います。その時代、その地域で、当事者だった方や親御さんがいれば良いですが、いずれ役割を終え、その地域ではやらなくなるというのを繰り返していくんだろうな。こんな機会は今だけかもしれないなと思いました。

 

2000文字超え。また長くなってしまいました。

身の回りに落ち着いて話せる静かな場所はありますか?

どこもかしこも喧噪で、話し声が飛び交うところばかりで、静かに話せる場所や環境って意外と見つけにくいものだなと思った観光前日。どうも”あきかん”です。

 

6月8日に大阪観光に行ってきました。

姫路の緘黙交流会&ライブフェスの前日です。

当初は大阪観光だけの予定でしたが、サプライズで昔から知っているフォロワーさんに会えることになりました。

大阪観光&当事者同士の交流会という日になりました。

 

自分でも驚いたのがフットワークの軽さ。前日に会ってみませんかという話になり、会食なのか?どこでどうやって落ち合うのか?さえ前日か当日決まったぐらいの急展開。にも関わらず会えてしまいました。昔だったら急すぎて絶対実現できなかったと思う。

 

電車と新幹線乗りついで、知らない土地に行き、約束の時間に遅れず到着するというのはプレッシャーがすごかった。当日、新大阪駅は予習復習をしまくったおかげで、地下鉄までは迷わず行けた。大阪メトロに乗る前に1日乗車券エンジョイエコカードを券売機で買った。土日価格620円で大阪メトロと大阪シティバスが乗り放題になる(最終的に920円分乗ったので300円の得)。地下鉄に乗ったはずなのに地上駅(2階?)出発だし、橋を越えるまで地上を走っていたので乗る電車を間違えたと絶望したり、梅田での乗り換えで迷ったりした。大阪メトロもっと初見に優しい駅づくりにしようよって思った。

 

1on1の交流は、緘黙の話をたくさんした。細かいことをブログに書くのは良くないけど、同じ時代を同じ悩みを抱えて生きてきたってことに感無量。大阪城の観光にも同行してもらい充実していました。時間があっという間に過ぎて行って、静かそうな場所でお別れの挨拶をしました。ふと、二人旅って楽しいんだろうなぁって思った。一人旅は一人旅の良さがあるけど、たぶん人と語らいながらの旅はそれはまた違う楽しさがあるんだろうなと。

 

大阪市の人は足腰しっかりしてると思う(←唐突に何だ?)

階段、階段、階段、めちゃくちゃ上り下りした。

大阪城もエレベーターが乗れなくて最上階まで階段で上って下りたし、地下鉄も階段ばかりだった。

階段上る度、地下鉄のある所に住んでいる人脚力ある説を考えていた。

 

通天閣にも行った。

このあたりから大阪メトロに慣れ始め、大阪メトロ結構分かりやすいんではないか?と思い始めた。

大阪来る前に大阪メトロ調べたときの絶望感を知ってもらうために名古屋の地下鉄を比較として載せておく。名古屋地下鉄さえ未だ良くわかっていないのに、俺たち(俺の脳と脚)はここに挑んだんだな。

 

 

 

 

 

通天閣の先の方に「動物園前駅」というのがあって、ネットで調べると後ろに「やばい」「危険」っていう検索ワードがついてくるので、怖いもの見たさで向かってみることに。でも「今危険犯す必要なくね?せっかく腰と首よくなってきてるんだし、次来た時に、もっと調べてからでも」となって早々に引き返しました。

 

1日の大阪観光とても充実していました。
1on1の交流の際に金沢の旅の記事を読んでくれたのか、一緒に食事の写真撮りましょうと誘ってくれ、食事前に写真が撮れました。その後の夕食などでも写真が撮れるようになりました。どでかい変化です。4月の金沢の旅で「この領域に達するにはあと何年必要なんだろう」とか言っていたら2か月後にできるようになったというね。

 

いい旅になりました。また行きたいです。

次回は姫路交流会について記事書きます。

 

かんもく交流会に参加する日がくるなんて、、、

どうも”あきかん”です。

 

2024年4月28日に富山県で開催された緘黙交流会に参加してきました。

 

富山駅から徒歩10分の公民館で開催され、出席者は15人だったかな。

親子で参加されている方が複数組みいましたが、一人参加の方が多かったと思います。

NHKの取材記者がおり、後日放送された【ニュースアップ】“場面かん黙”を見逃さないで で交流会の様子が流れました。

自分は映りたくなかったので、映り込まない配置で撮影されました。

 

交流会でやったこと

・自己紹介を一人ずつ(話せない人はメモアプリに書いて代読してもらっていた)

・話題表示アプリ?で1人ずつ回答

・けん玉orワードウルフ

・近況報告(かんもく富山の人が多かったため)

・すごろく

・都道府県ゲーム

交流会後は食事会に参加しました。

 

 

 

反省点

①自己紹介は自分は二言三言話す心づもりでしたが、いざ自分の番になると頭がからっぽになり「あき」です。だけで終わってしまった。

②"声を大きく話す"のと"長く話す"が両立できなかった。

③帰りの電車をまったく確認せず参加して、帰れないかもという急な不安感に襲われた。デッドラインぐらいは確認しとけばよかった。

 

感想

・とても静かな会だった。交流会というものは初参加だったが、どこもこんな感じらしい。

・かんもく富山の交流会に参加したメンバーが多い感じがして、最初は若干アウェー味を感じたけど、それは最初だけで、参加者どうしお互いに知り合いという雰囲気を出していなかったのですぐに気が楽になった。

・昔から交流会に参加してみたかったけど、なかなか踏ん切りがつかないというか不安で参加できなかった。それが今回緊張もせず参加申し込みしてはるばる富山まで来て参加できてしまったことに驚いている。発言が必要になる一瞬一瞬で緊張感はあったけど、総合するとのほほんと参加していた気がする。

・参加者一人一人場面かんもくの状態が違うけど、それぞれの過程を自分も辿っていたなと思った。

 

交流会参加からはや1か月。。。2000字近く書いていて終わりそうになかったのでばっさりカットしました。

え?最後に投稿したの3年も前なの?前説どうやってやってましたっけ?という状況です。

1年ほど前に思いっきりケガ(骨折)をしてしまい、首痛や腰痛で3か月ほど休職していました。今はほどほどに元気です。どうも”あきかん”です。

 

4月27日に金沢旅行、28日に緘黙交流会に参加したのでその感想とか書こうかなと思います。

 

2年前から金沢行きたいなぁなんて思いつつ、ケガとかして行けず、少し前から再計画をしていたら、4月に緘黙交流会が富山で開催されるという情報があり、丁度いいし、一度参加してみようかなという気持ちで計画を早めて行ってきました。

 

追記!長くなったので緘黙交流会については別記事にまとめる!

 

金沢観光

兼六園と金沢城に行ってきました。

近江町市場にも行きたかったけど、もうすぐ2万歩って時点で足が痛すぎて、歩けなくなってしまい断念

 

人目を盗んで撮影する挙動不審者

人の注目を浴びる(浴びると勝手に思っているだけ)行為が苦手。

写真撮影という、人の歩みの流れに沿わず、その場に留まり、目線にスマホを掲げ、数秒完全停止という行為ができない。

観光地で他の人がカメラを被写体に向けていれば、自分もカメラを取り出して撮影できる瞬間はある。けど大抵堂々と撮影できなくて、歩きながら撮ってしまったり、地面を掘ってしまう。その写真がこちら↓

目線までスマホを掲げきれないから起きる現象。本当はもっと空を大きく、スマホを横にして撮りたかった。

 

↓の写真はこの場所が撮影スポットになっていて、みんなスマホを掲げているから安定して撮れた。

 

飲食店でも未だ堂々とスマホを取り出して食べるものの撮影ができない(めちゃくちゃ人の目を盗めばできる。)

これは場面緘黙の後遺症あるあるなのか?不安感強い人あるあるだったり?ツイッターでフォロワーさんが食事の写真載せているのを見るたびに、この領域に達するには後何年必要なんだろうと思ったりします。

 

人生初スタバ

足の痛みに耐えて金沢駅に戻ってきたときに、とにかく休憩する場所が欲しいとなり、スタバのクッション椅子が魅力的に映り、
並んでいる最後尾に70代くらいのおじいさんがいたのもあって、こんなおじいさんでも注文できるんだから何も怖くないはずだと思い、初めてスタバを利用できました(追いつめられると行動力発揮できる系)。今までスタバで飲んでいる人は何のために高いお金払って、コーヒーなんか苦いもの飲むんだろう?オシャレなのかな?とか思ってましたが、休憩する場所なんですねスタバって。初めて知りました。

 

宿泊は非対面チェックインができるホテル

ホテルは楽天トラベルで予約して非対面チェックインができる東横INに泊まりました。

受付横のチェックイン機に楽天トラベルで発行されたQRコードをかざすと、部屋の鍵(カード)が出てきてチェックアウトが完了する。言葉を発しなくても宿泊できるという革命(コロナのおかげ)。チェックアウトも部屋の鍵(カード)をチェックアウト機に差し込むだけで完了し、ホテルのスタッフと会話することなく1泊終えられました。常に不安感があるので、チェックインもチェックアウトもカバンの中から何か探している風を装って、先に知らない人に行ってもらって、その様子を見て、これがチェックイン機なんだ、これがチェックアウト機なんだと確認してから利用するということをしていました。

 

相席とおっちゃん

朝ホテルのバイキングに行ったら、席が空いてなくて、相席する他手段がなく、どのくらいか迷ったか忘れたけど逡巡の末、「相席していいですか?」という声かけをしました(俺、すごくない?)。人の好さそうなおじさんの席を選んだのは良いものの、食べているときに話しかけてきて、「どから来たの?」「何歳?」とか聞かれたので、答えた後、オウム返しに同じことを聞くというコミュニケーション術を使って、京都から来た65歳、孫3人という情報を得ました。何度か声が小さくて聞き返されたけど、一期一会もう2度と会うことがないからこその開き直ったコミュニケーション。そんなに嫌じゃなかった(…もっと寡黙そうな人の席にすれば良かった)。

 

カメ並みのスピード

飲食店に1人で入れるようになったとか、できることが年々増えてきている。ただ、「できるようになったこと」が、普通の人からすると学生時代のとうの昔に経験済みだったりするから、まったく自慢できることではない。場面緘黙真っ只中だった学生時代、緘黙がなければ経験できていたことが、今になってできるようになる。前向きに考えるなら、まだまだ成長の余地がある(その成長速度はカメ並みの超スローペースではあるが)

 

経験あるのみ

人の目線気になるし、声が小さくなってしまうこともある、うまく伝えられないもどかしさもある。でも発話はできている。昔は発話できず、心の影響で身体もうまく動かなかった。物理的なケガをして気づいたけど、発話出来て身体を動かせるのは今だけかもしれない。だから、今年はとにかくいろいろ経験してみるという目標を立てている。旅行ばかりになるけど、北海道や長野、京都とか昔から行ってみたかった場所に行ってみたい。これまで、家に閉じこもって会社と家の往復だげが日常だったけど、いつもと違う日常を取り入れてみて、コミュ症になる場面を再確認して「俺って駄目だな」と思いつつ、要所要所では「今の俺、すごくない?」と思える経験をしてみたい。


追記!タイトル詐欺になったけど長くなったので緘黙交流会については別記事にまとめる!

 

 

 

この記事2250文字だってさ。。。書きすぎ

年数回の投稿がデフォになりつつある。

秋晴れの青空を窓越しに見上げながらブログ書こうかなと思い立つ。

最近ベストプラティクスという言葉にはまっています。

 

どうも”あきかん”です。

ツイッターではご無沙汰しておりませんが。

ご無沙汰しています。

 

今日は社会人10年目にして

就職活動時代のことを振り返ろうかと思います。

 

私は現在製造業(IT部門)に勤め、新卒で就職した会社に10年勤めています。

最初の求人データを見返すと夜勤ありの製造現場作業です。

なぜIT部門に配置転換したのかはこの場では置いといて、10年前の就活について振り返ろうと思います。

 

まず、就職活動でリサーチしていた企業の条件です。

条件

  • 未経験者・学歴不問・高卒可と書かれている
  • 上場企業でないこと
  • 製造系(話さなくていい仕事)
  • 従業員50人程度であること
  • 1次は書類選考のみ
  • 2次が最終選考で面接のみ
  • 地元企業

大学に行かせてもらった親が知ったら泣くかもしれない条件が並んでいます。

ただ、この条件でないと長年緘黙症であり続けた自分が就職できる場所はないと思っていました。

当時、話せない=無能=高望みしないという思考がありました。

この条件ならコミュ力不足を隠して就職できるのでは?という想いです。

 

当然この条件で探すとなるとリクナビやマイナビではなかなか見つかりません。

リクナビ・マイナビで募集するような企業は年間100万円近く採用活動に投資していて(私の会社も最近になって始めた(新卒者騙されないで~))

それだけお金をかけているので面接も2回、3回あったり、長文の自己PRを求めてきたり、グループワークをやったりしていて、優秀な人材を確保しようとするので緘黙症であった身としては”しんどい”に尽きます。

 

そこで活用したのが、「新卒応援ハローワーク」というものです。

ここの求人だとリサーチ条件に一致する企業が多いです。

 

だた、新卒応援ハローワークでは孤独な就職活動になります。

一人で会社訪問して一人で面接して一人で帰りることになります。

リクナビ・マイナビ経由の就職活動もこの条件が固まる前の活動初期の頃はしていて、良いところは会場となる場所でライバルとなる学生と一緒だということです。どういうことかというと、エントリーして会場に着いたとき周りに学生がいるという安心感が得られます。周りの学生を手本として入退室したり、待機できます。これが新卒応援ハローワーク経由だと一人で企業訪問しなければなりません。運よく他の学生が1名いる場面もありました(この場合、その人と比較される)が、ほぼ一人っきりでした。不安感がひどかったですが、今だけだからと思いながら訪問していました。

ただ、どうしても身体が動かなくて2企業の面接予定をすっぽかしたことがあります(新卒応援ハローワークの人にこってり怒られました)

 

当時、履歴書にもこだわっていて、志望動機の欄が狭く、自己PR欄のない履歴書を探し出してそれを使っていました。

面接や履歴書では、中学時代不登校であったことは黙っておき、中学の部活を聞かれたときは嘘をつきました。ある程度の嘘は処世術と割り切ってしまっていいと思います。学歴・資格詐称はダメ、絶対。

 

戦歴(覚えている範囲)

リクナビ・マイナビ経由:5社

新卒応援ハローワーク経由:5社(1社内定)

もっと応募していた気がしますが、思い出した企業(企業名が言える)の数だけです。

 


面接練習・履歴書添削について

計3回しました。

一つは、どの大学もそうだと思いますが、大学に就職支援課があります。そこで履歴書の添削や面接指導を受けました。

もう一つは、新卒応援ハローワークです。ここでは面接指導を受けました(あんまり記憶がない)。

最後、研究室の助教授に履歴書を添削してもらったり、教授に面接指導してもらいました(怖かった記憶しかない)

研究室の教授が強制的に添削するぞ!見せろ!面接練習したるぞ!来い!というスタンスでした。最終的にここで添削された履歴書で採用されました。社会人視点で添削してくれたので助教授、教授には感謝しています。

 

練習と本番は全く別物ですが、練習はしないよりした方が良い。

 

今の会社の就職した当時の求人データ

従業員…60人(就業場所30人)

資本金…300万円

採用人数…3人

学歴・・・大卒、短大卒、専修学校卒

初任給…184,000円

就業時間・・・夜勤あり

時間外・・・月30時間

ホームページ・・・なし

今時ホームページのない会社なんてッて思いますよね。

10年前もそうでした。

ホームページがないことを知り、逆に穴場(応募がない)なんじゃないかと、( ̄ー ̄)ニヤリした覚えがあります。

新卒採用は初めての会社(私が新卒1代目)というのを面接で知らされました。

 

私が就職したときは買い手市場でアベノミクス前でしたが、10年経った今は売り手市場で新卒者の初任給は20万円を超えているそうです。羨ましっ!

 

で、何が言いたいのかというと、

大学卒業させてもらったのに自慢できる会社に勤められなくてごめんなさい!

 

いや、そうじゃなくて

 

緘黙症で就職活動している人へ、

条件を下げに下げれば就職できるよ!

 

いや、そうじゃなくて

何が言いたいんだろう?

という記事でした。終わり。

 

あれ?2000字も書いちゃっている。

(執筆時間2時間10分)

最後の投稿からどのくらい経ったでしょうか?

そのくらいの時間が過ぎているのにここに舞い戻ってくるのは帰省本能でしょうか(何言ってんだろ)

 

今日は人生初のツイキャス配信をしました。

フォロアーの方に背中を押されたおかげで配信までこぎつけました。

言葉ってすごいですね。やんなきゃ変われないって思っていても中々一歩が踏み出せない。

なのに一言の後押しで、「よし、やってやろう」って思えた。

 

タイトルをラノベっぽくしてみました。どうも”あきかん”です。

 

今日は、プレゼンについてのお話をしようかと思います。

来月あたりに仕事でプレゼンする機会があります。

2人までの会話ならできるようになったのに、3人になると途端に黙ってしまうという状況で、多人数のプレゼンなんてできるんだろうかと。

とても不安なわけです。

 

場面緘黙症だった頃は声を出したくても出せなくて辛かったです。

もうかなり経つのに、あの暗黒時代の感覚を思い出せます。話せなかった時の感覚が。

これをまた味わいたくないなと、何かのきっかけで、またそうなったらどうしよう。

プレゼン始まるってときに緘黙状態が発揮されて「話せなくなったらどうしよう」という不安がわき出ています。

精神科に行ったら診断が下りそうなこの心境。不安障害というものに近いんでしょうか。

 

この不安を解消するためにいろいろな手段を考えて、今は逆にやる気に満ちています(何で?)。

これも診断を下そうと思えば、躁鬱状態と言うんでしょうか、テンションがハイになっています(反動怖し)。

壁にぶち当たったときに成長するって言いますけど、そういう状態です。

 

今考えているプレゼンまでの期間にやろうとしていること

①話す機会を増やす

②話し方のレッスンを受ける

③薬で不安を取り除く

 

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①話す機会を増やす

自分の話し方は気持ち悪い、ネチネチとした、子どもっぽいという自己評価です。

実際、今日のツイキャスで自分の声を後で聞いてみたら、吐き気がしました。

ただ、聞く相手にとっては不快かもしれないけど、とりあえず口を動かさないと話すことが上手くならない。

話すことが上手くならないとずっと、不安。と考え、ツイキャスでも何でも良いから話す機会を増やしたいと思う。

==========

②話し方のレッスンを受ける

筋トレみたいに話すことが鍛えられたら良い。ボイトレとも言う。

ということでマンツーマンの話し方レッスンを受ける。

理論建てで、何でうまく話せないのか説明してくれ、緊張しないで話す方法などを教えてくれる個人レッスンを受ける。

これには10万円投資する(トータルで)。

==========

③薬で不安を取り除く

不安に思うなら不安をなくせばいい

アメリカでは一時的に記憶力を増すために薬を飲むスマートドーピングというのが流行っているらしいが、不安を薬で抑えられるなら、薬を飲むのは厭わない。

精神科を受診して不安を落ち着かせる薬を処方してもらう。プレゼンの前に薬を飲んで落ち着かせる。

 

 

とりあえず、この3本柱でプレゼンを迎えたいと思う。

 

まず、今日は初ツイキャスができたことを褒めてあげよう

がんばったね。

中途半端に人に接すると中途半端な関係で、自然と関係はクローズアウトしていく。

どうも”あきかん”です。

 

「かんもくの声」という本を読了したのですが、

読むたびに自分と重ね比較し、過去を思い出します。

 

今日は過去不登校だった中学時代に訪ねてきた青年についてのお話です。

 

彼は今の私より若かったと思う。

 

不登校だった私の家を突然訪ねてきた。

私と面談のようなものをした。内容は覚えていない。

ただ、次来るときにゲームをしようと言ってくれたので、

私は次来る彼のためにプレーステーションのサッカーゲームのデータのリセットを行った。

ただ、次がなかった。

 

彼は私と会った時、こう思ったんじゃないだろうか。

「”普通”の不登校の子と違う」「脈がなさそうだ」と。

 

彼との会話は思い出せないが、おそらく私は一言も話さなかったと思う。

彼が何かを聞いても、だんまり。

話しかけても、一言も発しない。

そんな光景が思い浮かぶ。

 

でも、もし、彼が、緘黙症について理解があったら、

辛抱強くコミュニケーションを取ろうとしてくれたら、

諦めずに接していてくれたら、

私の人生変わっていたかもしれない。

 

対人援助職だったのか、彼がどういった属性の人だったのか今となっては分からないが、彼は15年以上私の心に残り続けている。

 

当時私に期待を抱かせ失望させた彼に言いたい。

中途半端に関わるな。関わるならとことん関われと。

偉そうにと思われるかもしれないが。

 

私が彼のような立場で緘黙症のことをまったく知らず、

私のような存在に出会ったら、、、不気味に思うだろうな(笑)

その点は同情するよ。

最近は歯医者の治療を始めました。

昔はWeb予約でさえ、躊躇してしまって中々予約できずいました。20代の頃のことです。

 

どうも”あきかん”です。

 

ネット予約ができない歯医者はそもそも選択肢に入れませんでした。それが今や、Webサイトさえない歯医者に電話で予約できるんです。

すごいでしょ爆  笑って低レベルですが、昔じゃ考えられなかったことができてます。

 

そして、本日、昔じゃできなかったこともう一つ見つかりました。

先日、Amazonで本などいろいろ注文したんですね。

で、受け取り日が今日で、大抵の場合、仕事終わりの夜にポストを見ると、不在票が入っていて、不在票のQRコードから再配達依頼するというのが、今までの流れだったんです。でも、今日は仕事終わりに帰宅して駐車場に止めて歩いているとき、マンションのエントランスから箱を持った配達員が出てくるのが見えたんです。

今までもそういう場面はあり、今日届く荷物あったし、もしや私宛の荷物かも?と思ってもスルーしてました。

でも今日はすれ違ったあと、追いかけて、声をかけたんです。

すれ違うまで声をかけるか逡巡し、すれ違ったあとも逡巡し、何秒くらい迷ってたか分かりませんが、追いかけて声かけました。

「もしかして、うち宛てじゃないですか?」って。

そしたら合っていて、その場でサインして受け取りました。

ドライバーさんは大変なお仕事なので再配達は申し訳ないという思いもあったものの、緘黙症の頃は絶対に”ぜった~~いに”できなかった事が出来てしまい、自分でも驚いています。

今日の出来事は”成長した”ではなく、”図太くなった”がしっくりきます。

 

話は変わって、今日はバレンタインですね。

バレンタインと言えばあの日です。

緘黙症の人にとっては「ああ。あの日ね」となるあの日です。

私は一昨年ぐらいにコンビニでようやく買えるようになりました。

今年もと思ったのですが、先ほど歯医者から麻酔を打って帰ってきて、固形物が食べれないので断念しました。

頼むときって、どのタイミングで注文するのか迷うんですよね。

一度注文できると、2度目は楽ですが、一度目が苦しいですよね。

今の私がコンビニでできないことは、コーヒー注文と、カウンター前に置いてあるおでんの注文とGooglePlayのカードの注文と。。。

あれ?意外とやってみたくてもできないこと多い?

 

まあ、いずれもっと歳とればできるようになるんだろうなと思います。

亀並みのスピードで成長もとい、図太く成長しています。

 

80歳になるまでにはコーヒー注文できるようになりたい。

なんてね。

初めて一人で車検をしたとき、そのときの流れをメモっていて、2年毎の車検時に見直してイメトレしてからお店(オートバックス)に行っている。

毎年や隔年で来るイベントはそのとき不安にならないように、メモしておく習性がある。

他にも会社の人とお店に入ったときとか、そのお店の情報を日記のように書き留めている。

 

どうも”あきかん”です。

 

不安障害があるのだろうか。

分かりませんが、よくメモを取ります。

後々、そのメモを見ながら、同じことを繰り返すために。

店員さんの言葉がこの通りになるかは分かりませんが、このメモがあるのとないのとでは、安心感が違います。

↓こんな感じのメモです。

 

車検メモ(web予約)

注意点

・予約時間の15分前に行くこと

・普通のカウンターの列に並ぶこと

私:15時に車検の見積もりを予約してます

店:お名前と車種を教えてください

私:”あきかん”で”○○”です

店:所要時間は40分か45分くらいになります

店:こちらに記入ください

私:(名前、住所、電話番号等記入)

店:違反金の支払いはありませんか?気になる点は(車のことで)?

私:ない、特にない

店:車検証は車の助手席やダッシュボードにありますか?勝手に開けて良いですか?」

私:良い

店:貴重品がないようでしたら鍵を預かります

私:(鍵を渡す)

店:店内で待ちますか?

私:はい

店:終わりましたら店内放送でお呼びします

私:(受付カードをもらう) 店内の休憩所で休憩してもいいし、併設のショップ内を見て回ってもいい。

店:(店内放送でカード番号を呼ぶ)

私:(受付へ行く)

私:(専用コーナーに案内され着席する)

店:ざっと見積もりました。上から説明していきますね

私:(見積もり結果を見て問題ないことを伝える)

店:車検日時はどうされますか

私:この日が良いです。

車検予約終了。

 

こんな感じのメモをiphoneのメモ帳に記録しています。

今年3月に車検なのでこのメモを見返しながら見積もりからスタートです。

 

ちなみに車検初めて一人で行けたのは24歳頃です。

それまでは、車検の期限が迫っている中、不安で、どうやって車検すればいいか分からず、なかなか一歩が踏み出せず、結局期限ぎりぎりで親に任せてました。ダメダメですね。