
今回は道徳的に深く考えさせられた日本のインディーズを紹介します。
カランコエの花
主演:今田美桜 『君は月夜に光り輝く』『花のち晴れ』
出演:笠松将 『響 -HIBIKI-』『デイアンドナイト』『ラ』/石本佳代 『暁闇』/須藤誠/永瀬千裕/堀春菜 『空の味』『万引き家族』『セブンティーン、北杜 夏』/手島実優 『転がるビー玉』/山上綾加/古山憲正/イチゴウサトシ 『空の味』
・あらすじ(ネタバレ)
7月4日 月曜日
登校の準備をしていた月乃は母からシュシュを貰いました。そのシュシュは母が好きなカランコエの花に似ていて、月乃は気乗りしないまま髪を結わえて登校します。
彼女は吹奏楽部の朝練に出席し、皆の演奏に合わせてクラリネットを吹きます。朝練が終わると、同じ吹奏楽部に所属する沙奈に声を掛けます。月乃は先週末に体調を崩した彼女を案じましたが、保健室で休養した彼女はすぐに回復したとのことでした。
教室に行くと、月乃は桜と英語の授業のことについて話し、千里とみどりから新しく赴任した物理の教師がイケメンだったと聞かされます。月乃は同級生の桜、千里、みどりと4人組で仲良く学校生活を送っていました。
4人が雑談していると、1時間目の授業が始まりました。登壇したのは代理で来た養護教諭の小嶋であり、1時間目を担当する山野先生が休んだため変更になったとのことでした。
小嶋は生徒たちの前で突然『LGBT』の授業をしはじめました。この日本では全体の人口の7.6%がLGBT該当者であり、LGBTは異常でも病気でもないのに差別や偏見を持っている人が現実にいると語ります。そして彼女は他人を好きになることは感情の問題であり、異性だろうと同性だろうと恋に性別は関係ないと訴えかけるのです。
その夜、これまでLGBTのことを考えたこともなかった月乃は食事中、母親が山野先生が休んでたことを知ってたこともあり、母親にLGBTのことで意見を求めるのでした。
7月5日 火曜日
クラスのやんちゃな生徒新木は加藤先生の歴史の授業で加藤が嘘をつくと鼻を触る癖が本当なのかを試しました。すると加藤は見事にその癖をしだし、クラスの生徒たちはにやつきます。
その後、お昼休みを迎えるなか、新木は小嶋の授業が他のクラスでら行われていないことを聞きつけ、早速彼は友人の佐伯にこのクラスにLGBTの当事者がいるのではないかと焚き付けました。
一方、月乃たちが校庭で談笑していると、桜は他の3人に手作りのクッキーを渡しました。早速3人は雑談をしながらクッキーを美味しそうに笑顔で食べました。
教室に戻ると、距離が近かった4人は新木から「もしかしてレズなんじゃないの?」とからかわれます。しかし4人は動揺する素振りを見せずに新木の相手をしようとはしません。
放課後、佐伯が小嶋に憧れていることもあって、彼と新木は保健室のベッドで横になっていました。そこで佐伯は新木に好きな人がいるのか尋ねると、新木はいないと事実を否定します。
そこへ小嶋先生が保健室にやって来ます。新木は自分のクラスでしか授業が無かったことを根拠に「うちのクラスにゲイとかレズとかキモいやついるでしょ?」と問い詰めます。すると小嶋は「私の都合が合わなかっただけだから。」と答え、当事者を探しだそうと考えた2人を保健室から追い出しました。
同じ頃、月乃は他の3人と帰り道を歩いていました。その道中でみどりは広瀬すずの物真似をし、3人を笑わせます。みどりには土屋太鳳の物真似も出来るとのことですが、3人はそれを聞いて微妙な反応を見せました。
7月6日 水曜日
加藤先生の授業が始まる前、小嶋先生も教室にやって来ます。加藤はこのクラスにLGBT当事者がいるという噂について「このクラスにLGBTの人がいるからそういう授業をした訳ではありません。」と生徒をたしなめますが、嘘をつくと鼻を触る癖をほとんどの生徒が知っていたため、新木はクラスのなかに該当者がいると確信してニヤニヤします。やがてクラスはこの話題一色となり、該当者探しをする者や友人を怪しむ者が出てくるようになります。
昼頃、体育の授業のために着替えていた千里は
背を向けて胸を隠しながら着替えるみどりの姿を見つめます。千里は「何をやってるの?」と尋ねると、みどりは「別に。」と言ってはぐらかします。そんな彼女を千里は何もとがめることが出来ません。
体育の授業を終えると、新木は同級生の古山にゲイ疑惑を持ちかけ、責め立てていました。それを見た千里は新木の行動に腹を立てて喧嘩を起こし、月乃は静観していましたが、同級生の沙奈がしょんぼりしていることに不思議に思います。
放課後、部活中の月乃は窓際でしょんぼりしている沙奈に話しかけました。すると沙奈は月乃を人気のない場所に移すと、泣きながら葛藤している思いを月乃に打ち明けます。
沙奈は先週末に保健室に行った際、小嶋とLGBT当事者である生徒との会話を聞いてしまったのです。彼女はその生徒がとても悩んでいる様子だったので力になりたかったものの、どう助けるべきなのか分からなかったのです。月乃が「誰なの?」と尋ねると、沙奈は月乃と仲良しだった桜であると明かします。
その話を聞いた月乃は驚きを隠せず、部活を終えて下校しようと駐輪場に行くと、偶然桜に話しかけられます。彼女から一緒に帰ろうと誘われた月乃は動揺してつれない態度をとってしまい、桜は月乃の心情を察します。
月乃は桜を自転車の後ろに乗せて帰っていましたが、桜に後ろからぎゅっと抱き締められます。月乃は困惑してどう反応すればいいのか分かりません。
その後、桜は途中でバスに乗り出すと言い出したのでバス停に着くと、桜は神妙な面持ちで「本当はこんなかたちで言いたくなかったんだけど、ちゃんと理解して欲しかったから……」と言いかけて口籠ります。月乃は「どうしたの?何かあった?」と敢えて明るく振るまいますが、桜は何も言わずにバスに乗り込みます。月乃と別れると、桜は車内で涙を流し続けました。
7月7日 木曜日
登校前、月乃は桜が褒めていたシュシュを付けるかどうか悩んでいました。その様子を見た母親は「ママのお守りだと思って…」と話を切り出すと、「カランコエの花言葉は「あなたを守る」って言うんだよ。」と娘に教えます。月乃はシュシュをお守り代わりに付けることにしました。
月乃が教室に行くと、教室の雰囲気が凍りついていました。黒板には大きく「小牧桜はレズビアン」と書かれていて、月乃と先に来ていた千里とみどりは荷物はあるのに教室に来ていない桜を案じます。遅れてきた新木は黒板の文字を見て固まりますが、一緒に来た佐伯は「やばくねぇか?」と笑いながら言います。
程無くして桜が教室にやって来ます。月乃は平然を装う桜を見て、彼女を守ろうとして「違う!桜はレズビアンなんかじゃない!」と言って黒板の文字を消しました。すると桜は泣きそうな顔で教室から出ていきました。月乃、千里、みどりは彼女のあとを追いかけます。その一方で佐伯は「桜がレズビアンなんてきしょい。」とはやし立てたため、新木が「言われた奴の気持ちを考えろ。」と怒って佐伯を隅に追い詰めます。やがて2人は桜のことで喧嘩を起こします。
(実は明確には描写されていないが、新木は桜に想いを寄せていた。しかし桜がレズビアンだと分かると新木は佐伯と意見を対立させるようになっていた。)
その頃、月乃、千里、みどりの3人は桜を追いかけて慰めようとしますが、桜は立ち止まって涙を流しました。桜は「ごめんね。黒板に書いたの私なんだ。」と告白すると、階段でその場を去っていきました。千里とみどりは呆然となり、月乃は何かを察したような表情を浮かべます。
7月8日 金曜日
学校は通常授業でしたが、桜は学校に姿を現すことはありませんでした。出欠の際、佐伯は余裕の表情で出席していて、新木は無念のような表情でうつむいていました。千里、みどり、沙奈は哀しい表情を浮かべていて、月乃は桜を守れなかった悔しさで涙が止まらず、シュシュを外します。
7月1日 月曜日
話は先週末に戻ります。
保健室で桜は小嶋先生に好きな人が同性であること、彼女と一緒にいると幸せになれると打ち明けます。その相手はドジで可愛い月乃であり、桜はクッキーを食べてくれた時の笑顔が良かったのでまた作りたいと語ります。
桜は「好きって気持ちを伝えなきゃいけないけど、相手が女の子だからどういう反応されるかと思うと不安で今は話せない。」と悩みますが、小嶋は「クッキー喜んでくれるといいね。」と優しく寄り添います。そこへ体調を崩した沙奈が保健室に入ります。話を続けられなくなった桜は沙奈を案じると、「また話に来てもいいですか?」と小嶋に乞います。小嶋から「いつでもおいで。」と言われると、彼女は笑顔で保健室をあとにしました。
THE END
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感想
この映画は新鋭の中川駿監督がLGBTを題材に手掛けた短編のインディーズ映画。世間では知名度が高い主演の今田美桜さんや以外はほとんど新人の役者かまだお茶の間にはあまり知られていない俳優さんが出演しております。
2018年は『自由を手にするその日まで』『イノセント15』と個人的に衝撃を与えたくれた作品に出会ったものの、この映画はもし2018年に観賞していたら確実に映画ランキングに入っていたかもしれません。この映画のソフト化はクラウドファウンディングで実現したとのことで、『愛と銃弾』もそうですが、はっきり言ってもっと多くの人に知られて欲しいですね。
とりあえずあらすじではあまり端折らずに書いたのですが、序盤では和めるような場面があるものの、中盤からは差別や偏見、或いはどうLGBT当事者とどう向き合うべきかを真面目に考えさせられる描写が序盤よりも色濃く出ていました。
1回目は実質主人公である月乃に重点を置き、2回目はLGBT当事者である桜に重点を置いて観たのですが、こうして観ると「良かれ」と思って行動したのに相手を守れなかった月乃と思い悩んでいる桜の気持ちがずれていて、とても切ないです。特に2回目に観たときに桜が駐輪場で月乃の心情を察するところとか、バスで悲しくて泣いちゃうところとかは桜がどんな気持ちでどんな想いを抱いていたんだろうとか…深く考えてしまいます。
個人的にはこの2人のこともそうでしたが、男性ということもあり、クラスのなかでは一番やんちゃであろう新木に感情移入しちゃいましたね。もし実際高校時代にこの物語のような状況になったら探偵みたいに犯人探ししてしまうし、自分の好きな人がLGBT当事者だったら差別的な考えを持つ生徒に反感を持ってしまうかもしれません。ただ私としてはそこまで終盤の新木のように感情的に差別的な考えを持つ生徒に激怒出来なかったと思いますけど。
もちろん突っこみどころはちょっとだけあって、特に小嶋先生が先週末に桜の恋バナを聞いて以降に桜のいるクラスだけでLGBTの授業をやってしまったことでしょうか。そもそも事実上小嶋先生、桜、沙奈の3人だけが知っているだけで良かったのにどうして「火に油を注ぐ」ような行動をしたのかな?と感じました。更に担任の加藤先生もあくまでも生徒たちの前でクラスのなかにLGBT当事者がいないと嘘をついてしまったことはもっと「火に油を注ぐ」ような行動でしたね。嘘をつくときの癖を生徒たちが知ってる時点でもう展開としては終わってますよ。
LGBTの差別や偏見を取り扱った映画と言えば、クロエ・モレッツ主演の『ミスエデュケーション』を思い浮かべましたが、どちらかと言えばこの映画のほうが短篇だけど、充分に人物描写がしっかりしてるし、高校という舞台をリアルに描いていて素晴らしいです。
ラストは主要人物以外の生徒たちの反応が若干平然とし過ぎじゃないのかな?と感じたりしましたが、このシーンでは様々な主要人物の心情が表情だけで分かるようになっていました。桜を守れなかった月乃が封印を解き放ったかのようにシュシュを外して泣き崩すワンカットも良かったのですが、保健室の前で桜がレズビアンだと知ってしまった沙奈にも月乃と同じぐらい悔しさはあったし、事実上悪役っぽい佐伯もなかなか感じの悪さを表情で示していて、いい意味で後味の悪さを残していました。
敢えて言えば、約40分の短編でも充分完成度が高くて素晴らしかったし、これが2018年当時に公開されてた際は2018年の映画ランキングに入れてた人の気持ちが大変理解できましたが、出来れば『blank 13』みたいな長編にしたらどんな風になるんだろうと思いましたね。長編にしてしまったら無駄な描写が増えてしまう恐れがあるかもしれないんだけども、欲を言えば桜や沙奈の葛藤をもうちょい映像で観ていたいし、木曜日以降の新木と佐伯って結局どうなっちゃうんだろうとか…色々と展開できそうな気も無くはないです。
ちなみにレンタルDVDの特典では『コメンタリー&トーク』で出演者と監督が裏話を語っていて、中川駿監督がこの映画の舞台裏を語ったり出演者が役柄に対してどう向き合ったかといったトークを繰り広げていました。印象的だったのは手島実優さんが作中でやってた物真似をそこで披露していたところは笑ってしまったし、
物語のキーマンであろう桜役の有佐さんが特にプレッシャーを感じることなく純粋に演じられていたところは結構意外でしたね。
ということで、『ゴッズ・オウン・カントリー』『ミスエデュケーション』と様々なLGBT映画を観てきたものの、39分という短時間でありながら主要人物である様々な考えを持った高校生たちをリアルに描ききり、観賞後はその主要人物たちの心理描写について深く考えさせられる完成度の高い短篇映画でした。是非ともレンタルや配信で観てみてください。