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以下の記事は4月10日付毎日新聞朝刊の記事だが、
まあ、この会社に20年近くいたわけだし、
私が同社で書いた記事もネットで読めるわけだから、
目をつぶってもらおう。
以下、全文。
巨人軍嫌いでも長嶋茂雄さんに好感を抱く人は多い。
ロンドン郊外に住むマクドナルド昭子さん(61)もそんな人だ。
獣医だった父(90)がビルマ(現ミャンマー)戦線から戻った直後、
知人にだまされたため貧しい幼時代を送った。
「壁に新聞紙を張った家で暮らし、『ボロ家の子』と呼ばれました」
1958年に東京・用賀の小学校に入り3年で野球を始めた。
みんなは真新しいグラブだったが、昭子さんはボロ布のグラブだった。
4年のある日、父が革のグラブを持ってきた。
ペットの出張治療に行った先が長嶋さんの親類で、
スーパースターの使い古しのグラブを譲ってくれたという。
柔らかい革にグリースがテカテカ輝いていた。
「魔法のグラブのように球が取れたんです」。
グラブは周りの羨望の的となり、「ボロ家の子」に
誇りと自身を植え付けた。
昭子さんは82年、英国人と結婚し渡英。
電気メーカーの営業担当として働き、
08年に日英間の戦争和解を進めるビルマ作戦協会の会長に就任した。
戦勝国民相手のビジネス、市民活動を通じ昭子さんが、
自分に課したことは、「主張すべきことは主張する」
ということだった。
胸を張って生きる姿勢の裏に、あの日のグラブがある。
使い込んだ昭子さんの心を、晴れ晴れとさせたように、
どれだけ多くの日本人が、背番号3の屈託のない明るさに、
前向きに生きるエネルギーをもらったことだろう。
その長嶋さんが松井秀喜さんとともに国民栄誉賞を受ける。
経済の長期低迷で再び自信喪失の感がある日本社会である。
長嶋さんの受賞を機に、
敗戦から立ち直った当時に思いをはせるのも悪くはない。
小説を読んで感動すると同じように、すばらしい記事だった。