最初にお断りだが、「心の病」と言っても、この場合、「精神疾患」のことを指す。

というのは、精神疾患は心ではなく、脳の病気であるからだ。


先ごろ、日本精神神経学会が新しく指針を出した。昨年、世界で広く使われている米国精神医学会の診断基準「DSM」が改定されたのを受けた。その翻訳をする中で、一部の病名を改めた。画期的と言っても良いと思う。


具体的に述べる。「「~障害」を「~症」と変えたケースが多い。

「パニック障害」は「パニック症」

「言語障害」は「言語症」

「学習障害」は「限局性学習症」--。

以上のようになる。


これまでの呼び方が使えなくなるということはない。同学会は「定着しなければ戻せばよい」という立場だ。


それに、厚生労働省は、米国のDSMではなく、世界保健機関(WHO)が定める国際疾病分類(ICD)を基に政策を進めている。ICDの次の改定は2017年なので、それまでは新旧の病名が混在する可能性が高い。


精神疾患の多くの場合、病名が与えるイメージが一人歩きをしてしまい、誤解や偏見を抱かれることが少なくない。病名を変えて、差別が消えるということはまず、ありえないが、今回のケースはその第一歩と考えても良いと思う。


多くの精神疾患患者が服薬をしながら、普通に生活をしている。その実態を少しでも知って欲しいと私は願っている。そのために今回、自著『双極性障害と闘う~患者として、新聞記者として』を出した。



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現在、放送されているNHKの連続テレビ小説「花子とアン」で、舞台の一つ山梨県での方言をなにか温かみのある言葉として、見聞きしている。「こぴっと、やれーし」といった具合。まずまずの視聴率という。


昨年の同じ時期に「おまちゃん」では驚いた様子を「じぇじぇ」と表現していた。これに対し、「花子とアン」では、「テ―」。取り方によっては、パクリと言われても仕方ないだろう。


それだけ、方言の魅力というものは潜在的にあるものかも知れない。


私は1998年に出版された『東北方言ものがたり』(おかげさまで売り切れ、年数が経ったので、絶版となった)で取材、執筆した。取材を重ねるごとに、方言というものが、共通語がどれだけ浸透しても、決して無くなるものではないことを確信した。


それを機に「日本方言学会」という学会に入会させていただいた。


関西ことばは「第二共通語」とも呼ばれるが、仮に関西ことばを方言とすると、「元々、京言葉こそが〝標準語〟(今、これは共通語として表記されている)」という反論があってもおかしくはない。


方言が入る番組が放送されるというのは、日本語のバリエーションが少なくなっていることへの反動と言えるかも知れない。共通語は全国津々浦々浸透したから、今後は日本語の豊かさを紡ぐために、方言が一層、共通語に取りこまれていくのは、間違いないだろう。



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自民党 は13日、集団的自衛権 を使えるようにするため、自衛権発動の新しい前提条件(新3要件)を公明党 に示した。安倍晋三 首相がめざす集団的自衛権 の行使を認める閣議決定 案の柱となる。


公明の山口那津男 代表も同日、「国民の理解を深め、合意をめざしたい」と述べ、限定的に行使を容認する方向で党内調整を始めた。だが、新3要件はあいまいで、武力行使が拡大する可能性がある。これは、オブラートにくるまず、徹底的に情報開示すべきだ。


憲法9条 の下で専守防衛 に徹してきた日本だが、この枠組みが外れることになる。


 これまで自衛権は、憲法9条 のもと日本が直接攻撃を受けた時にだけ反撃できる「個別的自衛権」に限られ、その発動の3要件の一つが「我が国に対する急迫不正の侵害がある」ことだった。


 だが、自民党 高村正彦 副総裁が13日の与党協議で示した「新3要件」では、「他国に対する武力攻撃が発生し」た時も自衛権を発動できるとし、集団的自衛権 の行使容認を明確にした。


ピンとくる読者はすぐ、分かるだろう。「他国に対する武力攻撃が発生し」との文言は、田中角栄内閣の時に、既に作られ、「集団的自衛権」を否定する根拠となったのだ。一体、日本の政治記者は、何をやっているのだろう。



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民主党 の海江田万里代表を交代させるための「代表選前倒し」を求める動きが、11日の党首討論結果を受け、収束に向かってきた。この党首討論で海江田氏は安倍総理へ「憲法解釈による集団的自衛権」の追及を行ったのだが、これが一定の肯定的な評価を得たらしい。


党内では5月ごろから、海江田氏の交代を目指して、玄葉光一郎前外相や安住淳元財務相らが代表選前倒し論を主張。前原誠司元代表も野党再編に慎重な海江田氏を「努力は足りなかった」と批判していた。


だが、代表選前倒しを主張する反執行部グループの動きがここにきて鈍くなっているのだ。海江田氏は昨年7月の参院選後に「1年後の交代」の可能性を示唆していた。だが、こうした情勢を鑑みて海江田氏の続投する公算が大きくなった。


海江田氏は12日、東京都内のホテルで、日本維新の会の橋下徹共同代表による新党の国会議員団代表に内定している松野頼久国会議員団幹事長と会談し、両党で政策面で連携を進めることを確認した。海江田氏は「秋の臨時国会に向けての地ならしだ」と述べ、続投に意欲を示した。


海江田氏はみんなの党や結いの党とも党首会談を行っており、党幹部は12日、「海江田氏が野党再編に後ろ向きと誰も文句を言えないだろう」と強調した。ただ、海江田氏は党再生を優先する意向が強いため、続投すれば民主党 を含む野党再編が進展する可能性は低いとみられる。


「自民党1強」時代に、かつては世論調査で政党支持率が40%を超えたことがある民主党。だが、それも5%程度に落ち込んでいる。トップたる器。つまり代表を務めるだけの力量を持った人材が払底していると言えるだろう。かつての小沢一郎氏は例外だが。



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サブタイトルは~津波と放射能と福島民友新聞。

著者は、ノンフィクション作家の門田隆将さんだ。


2011年3月11日の東日本大震災に、福島県の地元紙の一つである同新聞の記者たちが、どうやって新聞発行に挑み続けたかを追った作品である。中には知っている記者も出てくるので、興味深々で読み進めた。


最も読者を引きつけるのは、入社2年目の熊田由貴生記者の死であろう。死者・行方不明者1万8520人を出したこの震災の犠牲者の一人であるのだが、ほかの犠牲者と異なるのは、その彼の死が「取材中」にもたられたものであるという事実である。


享年24。私の母校、福島県立安積高校の後輩でもある。ジャーナリストとしての素質とセンスを着々と現し、将来を最も嘱望される社内では期待の星であった。


熊田記者が命を落とした場所は、福島県相馬市の烏崎地区である。日本を襲った「千年に一度」の大地震は、これまで経験したことのない大津波を福島にもたらせた。


人々を呑みこんだ大津波の中で、熊田記者は本文で記述するように自分の命と引き換えに地元の人間の命を救った。それだけに、彼の死は、先輩、同僚の記者たちに衝撃を与えた。


マグニチュード9・0というすさまじい激震に続く大津波、そして放射能汚染--。福島県を一挙に襲ったこの〝複合災害〟によって、福島の新聞は、浜通りを中心に「取材対象区域」も、「営業区域」も、そして「配達区域」も「消えてしまった」のである。


震災時に福島を取材し続けた彼らは記者という「本能」のまま動き、純粋に歴史の一断面を、命を賭けて「切り取ろう」とした。不幸にもその中で、一人の若者の命が失われた。


しかし、生き残った仲間によって、彼らに大きな負い目とトラウマを刻印しながらも、その遺志は着実に引き継がれている。


その時、記者たちは、なぜ、海に向かったのか。

命とは何なのか。

新聞というメディアは一体、何なのか。


重すぎるこれらの問いを改めて考えさせられた、「良書」であった。




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「依存症」といっても様々なものがあるのだが、

主に、「薬物依存」、「行為依存」に分けられる。


社会問題となっているのは、「薬物依存」だ。

「アルコール依存症」

「ニコチン依存症」

「ベンゾジアゼピン依存症」

「薬物乱用」

--などが上げられる。


ただし、上記の依存症がどれくらいの数に上っているのかは、分かってはいない。例外はニコチン。恐らく日本たばこ産業(JT)の推計によるものなのだろうが、日本では、1800万人のニコチン依存症者がいるとされている。


調べてみると、依存症には遺伝的要因も関与するといわれている。例えば、アルコールについては、特定の遺伝子情報により、依存化に対する耐性の強弱があると推測されている。喫煙についても同様だという。




最近、脱法ドラックなど若者を中心とした「薬物乱用」がクローズアップされているが、アルコールやニコチンより、依存性が強いことが知られている。歌手のASKAさんが覚せい剤を使用したとして警視庁に逮捕されたのは、記憶に新しいところだ。


これらの依存に陥ると、社会的責務を放棄したり、勉学・勤労意欲などが喪失する。結果として、対象物を渇望するあまり、犯罪行為に走ったり、借金することもいとわなくなる。


精神科医の話をいろいろ聞くと、麻薬や覚せい剤などの違法薬物をたった一度でも使用してしまうと、脳内異常が起こり、その薬物を再度、欲しがる状態に陥ってしまうという。


そうした薬物をやめるとなると、必ず離脱症状が起きる。幻覚などだが、それは、薬の処方で緩和することができる。が、脳内にインプットされたプログラムは、一生涯消えることはないというのだ。本当に恐ろしい。


かなり昔。「覚せい剤やめますか。それとも人間やめますか」といううたい文句が広がったが、あながち、ウソではないようだ。




その他、「行為依存」として、

「摂食障害」

「買い物依存症」

「ギャンブル依存症」

「ネット中毒」

「仕事中毒」

--がある。

「仕事中毒」はワーカホリックなどとも呼ばれるが、かつての私がそうだった。


何ごともほどほどにということなのだろう。



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日本近隣の緊張の高まりを受け、安倍政権は「集団的自衛権」を「憲法解釈の変更」の形で実現を目指している。


これを受け、今日のNHKニュースでは、世論調査の結果を伝えた。集団的自衛権に賛成、反対がともに26%だった。また、集団的自衛権が憲法解釈の変更で進められてようとしていることに対しては、反対が賛成を上回った。


要するに、この問題は国論が二分されているのだ。憲法改正により、集団的自衛権が確立されることは、手続き上の問題からすぐにはできず、それにより、安倍総理はごり押しをしかけている。(だれでも分かる当たり前の話に過ぎないが)。


確かに、北朝鮮のかつての核開発疑惑や度重なるミサイル発射実験、並びに中国の海・空軍の我が国への急展開は、一触即発の危機をはらんでいる。言ってみれば、武力による威嚇であるが、だからと言って、目には目をでは本質的な問題解決にはつながらないと思うのだが、いかがなものか。


ただ、ここだけの話であるが、中国空軍戦闘機が航空自衛隊のF15機に攻撃をしかけても、大人と子供ほどの戦闘能力(パイロットの質も日本が格段に上)の差があり、中国軍機が二機でも空自一機に太刀打ちできないらしい。


日本は中国に外交ルートを通じて猛抗議をしている。対する中国はテレビでおなじみの女性外務省報道官が、逆ギレともとれるコメントを毎回毎回繰り返している。


話を集団的自衛権へ戻す。安倍総理は何がなんでも、今国会の会期中に、与党内協議、つまり、自民・公明の折衝で合意形成し、集団的自衛権を閣議決定までもっていくという腹だ。


が、福祉と平和を標榜する公明党が自民案を丸飲みするわけがないし、慎重というよりは、協議をできるだけ延ばすことに徹するのだろう。ただし、自公の枠組みは維持されるのは間違いないので、どの辺が落とし所になるか、これが目下の焦眉の急だ。


有事の具体例の一つとして、水面下で上げられているのは、尖閣諸島(沖縄県)。日本もバカではないから、離島という表現で、あえて中国を刺激することを避けている。が、確かに、中国の武装集団が同島に上陸した場合、海上保安庁や警察庁のみで対応できるかというと、これは微妙だ。安保法制懇はこれを「グレーソーン」の一つとして報告書にまとめている。


安全保障の観点から、周辺事態法と個別的自衛権の拡充で、どこまでやれるかということを再度、煮詰めることも、もっと協議して良いだろう。知っている人は知っているが、海自のイージス艦で100%近く、北朝鮮のミサイルは迎撃できる。また、陸自の地対空迎撃ミサイルもある。


集団的自衛権をめぐる新聞各紙の論調もまちまちだし、私自身、この問題には模範解答がないと思っている。しかし、国論が二分されているのはまぎれもない事実なのだから、性急すぎない審議を尽くして欲しい。



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裏表紙に「2013年最大の衝撃作」という文面が書いてあって、思わず買ってしまった。実際、読んでみると、それは踊るようなうたい文句だったのだが・・・。


おまけに、表表紙には、

「通院歴もないのに突然、精神科病院に拉致・監禁」

「医師に勧められた睡眠薬で極度の薬物依存に」

「自殺願望に悩む患者に首つり自殺の方法を教える」

「大量の薬物投与と電気ショックで26歳男性の言葉を失わせる」


ここまで書くと、出版社系週刊誌の中づり広告を連想させるのだが、本文はいたってベーシックだ。


著者は読売新聞東京本社 医療部・佐藤光展記者。

彼とはこれからいろいろ情報交換をしたいと思っているので、自著を送った。


第1章の「誤診」はよくある話ではあるのだが、精神科は「3分診療」とよく言われるように、医師の経験に基づくカンをたよりに、診断名をくだす危険性について述べられている。


次章からが、興味深く、著者の本領発揮となっていく。

まず「強制入院」。精神保健法(1987年施行)により、「任意入院」が設けられたのが、患者家族の負担を減らす意味合いもあって「医療保護入院」などの強制入院のまん延状態ぶりを赤裸々に綴っていく。


また、電気ショック療法などが今だに日常茶飯事に行われている安易な治療にも警鐘を鳴らしている。


著者がこの書で最も強く主張しているのが、「過剰投薬」の実態だ。よく多剤大量投薬(3種類以上の向精神薬を多剤投薬と呼ぶ)が叫ばれているが、私が会員になっているとある精神障害者家族会の今月の会報でも取り上げられていた(厚生労働省の受け売りで情けなかったが)。


多くの精神科医は薬を処方することが仕事と思っていることが多く、ある大学病院では「致死量」ととられてもおかしくないほどの抗精神病薬を処方し、ある若者を死にいたらしめた。


また重い副作用のある恐れのある処方量の6倍もある薬を処方し続けた精神科医も〝告発〟している。これらの過剰処方に対して、薬剤師も疑問を投げかけているのだが、日本の精神科医は異常とも思えるほどプライドが高く、薬剤師からの問題提起をことごとく無視し続ける。


アルコールやたばこと同様に、睡眠薬や精神科の処方薬の多くが依存性がある。ということは、それらを服用する患者はその病院・クリニックに通院し続けなければならないというジレンマに陥るのだ。


まあ、ざっと書いてきたが、現代日本の精神医療の問題の「氷山の一角」を示す良書だと素直に思った。この問題に踏み込むには綿密な取材が必要不可欠だし、そう言う意味では、私にとっては良い「教科書」になった。


精神科に通院していてもしていなくても、メンタルヘルスという言葉が浸透してきた昨今、一読の価値はある本であろう。


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私の以前からの熱心な読者である、阿月猫さんから、自著の感想をいただきました。以下はその全文です。



遅くなりましたが「双極性障害と闘う」、読ませていただきました。私なり真摯に読んだつもりです。多くの点で感銘を受けました。


まず、熱海さんご自身、大きな困難(ご本人の責任ではないことですから災難といってもいいと思いますが)の中、前向きに生きておられるそのスタイル、新聞記者としての誇りと愛情、世間の偏見に対して、真実を知らせることによって、それを減らしていこうという取り組みなどに、頭が下がる思いです。


精神科疾患に対して、まだまだ世間には偏見と無知が多いです。(もちろん私も含めてですが)解説の中で、「精神科の患者であるということは、病気と闘わねばならないと同時に、無理解な社会とも闘わねばなりません」という文がありましたが、強く心に残りました。


車椅子など目に見える障害に対しては、最近やっと共存の雰囲気もでてきましたが、目に見えない障害に対しては、大人も子どもも、なかなか偏見から抜けだすことができません。


正しい知識を知らない、理解していないことが、大きな原因だと思います。そうしたことを考えると、このような本はたくさんの人に読んでもらいたい本だと思います。


病気について、わかりやすく説明されていますが、これが一番大事だと思います。多くの人に、わかりやすく伝えること、これが第一歩ですね。


病気に負けず、共に生きるような姿勢で、ジャーナリストとしても活躍されているご様子、これからも無理をせず頑張ってください。



阿月猫さんのブログはレイアウトがかなり凝っているだけではく、時事問題にも市民の立場から、確たる視点を持って、警鐘を鳴らしています。ある意味、純粋なお考えをお持ちで、問題提起を毎回のように行っています。


阿月猫さんのブログは、2周年記念として、創意工夫をして今、アップしています。

http://ameblo.jp/zerysan/




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かねてより親交のあった東京の私立大学の准教授らの推薦で、この度、「一般社団法人 日本社会福祉学会」の会員になることになった。


さして学究肌でもない私だが、これまでの著書(共著も入れて6冊)が推薦の要件を満たしたとのこと。この分野ではある程度の知識はある。論文発表は義務ではないが、年に一本ぐらいは書いていきたいと思う。


この学会に入りたくても入れない知人がいるのだが、割と敷居の高い学会らしい。論文というと、本を読みあさり、理屈をこねまわすイメージがあるのだが、それは象牙の塔にいる先生方の仕事。ジャーナリストである私は、「取材」という他の会員にはないスキルを使って、別な角度から迫ってみたいと思っている。


ゆくゆくは客員教授にでもなれば、恩の字だ。65歳ぐらいまでは教えることができるかも知れない。あくまで希望的観測かも知れないが。


自著『双極性障害と闘う~患者として、新聞記者として』も一区切りついたことだし(何か花火のような出来事だった)、これからは、総合雑誌にも単発の投稿をしていくべく準備を進めていく。


レギュラーをもらうには、しっかりした物を書いていくしかない。今までは、縁故のある週刊誌に投稿してきたが、規定の文字数が限られているため、主張したいことがしきれない嫌いがあった。


それもNPO法人の役員をしていた時は、中断していた。その状態を「無職」としていたある大学教授がいたが、そういう人に限って、自分の地位の高さを暗に自慢する。かわいそうな人だ。しかも、言っていることとやっていることが違う、言行不一致。処世術だけで上がってきただけに、一層笑える。


私が記者時代からつきあっている何人かの大学教授はもっと人間的に魅力があるし、洞察力が驚くほど深い。肩書きと資格がなかったらクズ同然の前述の大学教授とはわけが違う。いずれ、鉄槌を下されるだろう。


本を書いても生活の糧にはなるのは難しい。いろいろな方から「続編を書いてください」と言われているが、出版不況は深刻だし、その中で「売れる」という高いハードルを越えなければならないのはそうたやすいことではない。


今日のNHKの「スタジオパークからこんにちは」を昼食時に見ていたのだが、ゲストの俳優、伊原剛さん(50)が同い年。「あとどれだけゴールまで納得いく仕事ができるかを意識しはじめた」と語っていたが、私も最近、同じようなことを考えている。


最低でもあと20年は働いていたいのだが、ただ働くのではなく、自分にしかできないことをしていきたい。


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