詳説ロンバケ40th No.12

 

 

今回は「恋するカレン」篇の4回目です。
「恋するカレン」の大サビ と それに続く間奏を取り上げます。


プロローグ
第1章 前奏とボブ・クルー

 

第2章 ジュリエットと幻のポール版ロミオと忌野清志郎
第3章 Aメロと“悲しみこらえて”
第4章 Bメロとエンディングと“恋は何処”

 

第5章 B・J・トーマスと子守唄とバリー・マン
第6章 B・J・トーマスと雨とバカラック

前回までをご覧になる方は、クリックしてください。

 

 

第7章 ナイアガラ必殺リズム と 大サビ

曲の最終サビの前に登場する独立したメロディー部分、それが『大サビ』です。

 

サビ』を説明するウィキペディアから『大サビ』の解説箇所を引用しましょう。

 

大サビとは、楽曲の後半部分で、最後のサビの前に挿入される独自のメロディのことを指す。 
繰り返し出てきたサビとは異なるメロディが出てくることによって、最後のサビをより新鮮に、印象的に聴かせる効果を持つ。

 

これをふまえて、「恋するカレン」の動画で大サビ(1:55~2:13)をあらためてお聴きください。

●大滝詠一 「恋するカレン」(クリックしてお聴きください)

 

はるか昔の思い出ですが、この大サビ部分は、歌詞カードを見るまで意味不明で全く聞き取れませんでした。
日本語の歌なのにヒアリングが困難な経験をしたのは、大滝詠一さんの「恋するカレン」が初めてでした。
特に後半の難易度が高く、何度トライしても私の耳にはこう聞こえたのです。
「♪ 頬 別れの カータローグ え~~

 

この大サビの部分は、ロイ・オービソンの「プリティ・ウーマン」を下敷きにしているのだと思います。

ところが、そう言ってもピンと来ない方も結構いらっしゃるようなので、引用箇所を特定しておきましょう。

 

以下の動画で1:06~1:35の部分のメロディが、「恋するカレン」の大サビの
「♪ ふと眼があうたびー せつない色の~ 
に用いられているのですね。

 

ロイ・オービソン 「プリティ・ウーマン」(1964年)

 

1986年の『新春放談』でもロイ・オービソンの切ない曲がかけられ、非常に印象深かったものです。
恋するカレン」にロイ・オービソンの曲が登場するのはなぜなのか…。
それは昔からの素朴な疑問でした。
近年になって朝妻一郎さんから、そしてつい最近になって松本隆氏からも、J・D・サウザーの「ユア・オンリー・ロンリー」と大滝さんのエピソードが語られたことで、「オンリー・ザ・ロンリー」経由でロイ・オービソンへ辿り着きました。

 

【参照】ロイ・オービソンについては「雨のウェンズデイ」の回をご覧ください。

 

前述の「恋するカレン」の大サビのバックのリズムは、ロネッツの「I Wonder」から引用しているようです。
(動画は後ほどご覧いただきます)

 

ここで、「A LONG VACATION VOX」のライナー・ブックの28ページをご覧ください。
ライナー・ブックには驚きの発見が満載でしたが、中でも最も意外だったのは、「リアスの少年」として知られる曲が一連の「ロング・バケイション」のレコーディングの時期に録音されていたことでした。
「さらばシベリア鉄道」の録音の4日後にレコーディングされていた、というのも由有りげです。

 

「A LONG VACATION VOX」のDISC-3 を聴くと、「リアスの少年」(=Dancing Every Night)で大滝さんの口ずさむ“タリラリ”スキャットは、『 SNOW TIME 』収録の完成形メロディとは大きく異なっているのが分かります。
ヴォーカル用とギター・インスト用とでは、メロディの作り方も変わってくるのでしょう。

 

この「リアスの少年」のセッション音源「Dancing Every Night」のメロディは、エキサイターズの影響を受けていると感じます。

●The Exciters 「 Tell Him 」 (クリックしてお聴きください)

 

大滝さんは、この「 Tell Him 」を『多羅尾伴内楽團Vol.1 』の中でカバーしています。
邦題は「悲しき打明け」でした。

 

そして。
その「リアスの少年」でもロネッツの「I Wonder」のバックのリズムが引用されています。

 

では、まず「リアスの少年」をお聴きください。

●大滝詠一&FIOLD 7「 RIAS ~ リアスの少年 」(クリックしてお聴きください)

 

 

続いて、ロネッツの「 I Wonder 」をお聴きください。

 

The Ronettes 「I Wonder」(1964年)

 

ロネッツの「I Wonder」の動画の0:05~以降で演奏されるリズムが「リアスの少年」の動画の冒頭から流れる基本リズムで用いられています。

 

そして、ロネッツの「I Wonder」の動画の1:32~1:44の部分のバックのリズムが、「恋するカレン」の動画の大サビの箇所、1:55~2:13で使われているのですね。

 

ナイアガラ・ナンバーでは、「恋するカレン」以降もこの特徴的なリズム・パターンがしばしば登場しています
私は、これを“ナイアガラ必殺リズム”と名づけました。

 

●森進一「冬のリヴィエラ」(クリックしてお聴きください)


0:57~1:06
の部分が“ナイアガラ必殺”リズムです

 

●小林旭 「熱き心に」(クリックしてお聴きください)


1:51~2:06
の部分です

 

●渡辺満里奈 「ダンスが終わる前に」(クリックしてお聴きください)


0:46~0:57の部分です

 

●大滝詠一 「幸せな結末」(クリックしてお聴きください)


1:45~1:58
の部分です

 

●市川実和子 「雨のマルセイユ」(クリックしてお聴きください)


1:28~1:42
の部分です

 

●大滝詠一 「 So Long 」(クリックしてお聴きください)


10:50~11:02
の部分です

 

ところで、ロネッツの「I Wonder」は、フィル・スペクターのプロデュースで、ジェフ・バリー&エリー・グレニッチのソングライター・チームの曲です。

 

フィル・スペクター・ワークスへ楽曲を提供したソングライター・チームについては、本ブログ「カナリア諸島にて」篇の第3章 もご参照ください。

 

そのソングライター・チームの御三家が以下のコンビです。

  • キャロル・キング&ジェリー・ゴフィン
  • バリー・マン&シンシア・ワイル
  • エリー・グレニッチ&ジェフ・バリー
この御三家について、大滝さんの分類の仕方が面白いです。
 
キング&ゴフィンは『唱歌』的とのこと。
すなわち教科書に載っていそうな曲を作るのだと。
例えるなら、合唱コンクールで歌われるような曲、アンジェラ・アキの「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」のイメージですかね。
ナイアガラでは「風立ちぬ」があてはまります。
 
グレニッチ&バリーは、『童謡』的なのだとか。
とは言っても「ビー・マイ・ベイビー」「ハイ・ロン・ロン」が代表作ですから、シンプルで親しみやすい曲ということでしょう。
例えるなら、クリスマス・パーティーで歌われるような曲、チェッカーズの「涙のリクエスト」のイメージでしょうか。
ナイアガラでは「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」が該当します。

 

マン&ワイルは『歌謡』的だそう。
忘年会の定番ソングや昭和の紅白歌合戦を思い浮かべれば…。

布施明の「シクラメンのかほり」のイメージかもしれません。
ナイアガラでは、まさに今回の「恋するカレン」がそれに当たります。

 

ここで、先ほどのナイアガラ必殺リズムの話に戻ります。
大滝さんが“ナイアガラ必殺リズム”を投入する曲には一定の傾向があり、バラードなど哀愁を帯びたしっとり系の曲、前述の御三家の分類でいえば『歌謡』タイプの曲で使われているようです。

 

(シンプルで親しみやすい)グレニッチ&バリーから派生した“ナイアガラ必殺リズム”を挿入すれば、落ち着いたマン&ワイル系の『歌謡』タイプの曲でも、華やかさを帯びたポップスとして成立する…。
 

大滝さんは、そんな“フック”効果を狙って、“ナイアガラ必殺リズム”を用いているのかもしれませんね。
 

 

ナイアガラ必殺リズム”は、ナイアガラのDNAを継ぐ近年の超名曲でも用いられています。
 

ご紹介する1曲目は、ザ・ペンフレンドクラブ のナンバー。
この曲はナイアガラのエッセンスを取り入れて作った曲だそうです。
英語の歌詞ですが、非常に親しみやすいメロディの名曲です。
ザ・ペンフレンドクラブが参加した“対バン・ライブ”へ行った時のことです。
ワイルドな演奏を披露した別バンドのメンバーの20歳そこそこの彼女さんが、休憩時間に廊下で対バン・メンバーの彼氏さんと会話していて、そばを通過したときに私が耳にしたのは…。
「さっきの昭和歌謡っぽい曲、よかったんじゃない?」
その時の私、ジェネレーション・ギャップに大層な衝撃を受けたものです。
ご紹介するその名曲「Tell Me (Do You Really Love Me?)」では、3:14~の部分で“ナイアガラ必殺リズム”が登場します。
ザ・ペンフレンドクラブは、「夏のペーパーバック」「水彩画の町」もアルバムの中でカヴァーしていますよ。

●ザ・ペンフレンドクラブ 「Tell Me (Do You Really Love Me?)」(クリックしてお聴きください)

 

 

2曲目です。

ウワノソラの別名義ユニット、ウワノソラ'67が2015年にリリースした「Portrait in Rock'n'Roll」は希代の名アルバムで、私の大推薦盤なのです。
全曲がナイアガラ・オマージュ作品なのに、『ナイアガラ楽曲から直接メロディ・ラインを引用することなくナイアガラを感じさせる』という超高度なセンスが発揮されています。
アルバム・タイトルは、ビル・エヴァンス・トリオの代表作『 Portrait in Jazz 』や、村上春樹のエッセイ集『ポートレイト・イン・ジャズ』を想起させるというシブさです。
収録曲の「年上ボーイフレンド」は、ロネッツが歌いクリスタルズ名義で発表された「Girl Can Tell」を思わせる切ないAメロからスタートし、2:18~の部分で“ナイアガラ必殺リズム”が登場します。

●ウワノソラ'67 「年上ボーイフレンド」(クリックしてお聴きください)

 

 

3曲目は別格、大御所です。
ナイアガラっぽさを思いっ切り意識して作られたというこの曲は、自動車のテレビCM用に書き下ろされたオリジナル曲。
好評を得て配信、そしてアルバム『 HARVEST 』収録へと展開されました。
曲中の1:12~の部分で“ナイアガラ必殺リズム”の亜型を聴くことができます。
彼の歌声がナイアガラ系のポップスと相性が良いことは、「バチェラー・ガール」で証明済みです。

●稲垣潤一 「夕焼けは、君のキャンバス」(クリックしてお聴きください)

 

※YouTubeリンク先が切れた場合は、コチラでお聴きください。(音量注意)

 

 

 

第8章 カスタネット と 間奏

 

1998年を代表する名曲「ヘロン」(by 山下達郎)では、分厚いカスタネット・サウンドがフィーチャーされていました。

●山下達郎 「ヘロン」(弾いてみたシリーズ)(クリックしてお聴きください)

 

「ヘロン」のレコーディングでは、ナイアガラ・セッションにも参加しているパーカッショ二ストさん達が両手にカスタネットを持ち、
「♪ タッタララン タララン タララン 」
とひたすら連打しました。

 

そう、「ヘロン」で重厚なカスタネットの音壁の手本とされたのは、「恋するカレン」の間奏のカスタネットの響きなのです。

 

恋するカレン」の間奏は、とにかく盛り上がります。
曲のヤマ場は2番のサビですが、その前の間奏で聴き手のノリは最高潮に達するのです。
 

8小節分のAメロをユニゾンでなぞる弦の旋律と、カスタネットの圧倒的な連打、巧みに計算されたエコーにあふれた音場感…。
ドラマチックな「恋するカレン」の間奏は、聴く者の心を捉えて離さないのでしょう。

 

恋するカレン」の間奏の盛り上がり感は、私にとっては、名曲「スタンド・バイ・ミー」の間奏の高揚感と通底するイメージがあります。

 

ベン・E・キング「スタンド・バイ・ミー」(1961年)

 

動画の1:53~で間奏が聞けます。
空に突き抜けるようなストリングスの調べが、ギロとトライアングルとコンガが織りなすリズムに乗り…。
絶妙なサウンドは、大滝さんの敬愛するリーバー&ストーラーの手によるものです。
 

恋するカレン」で、そんな「スタンド・バイ・ミー」風味の間奏の後に、スネアの『大事なタカタン』を経て続くのは、Bメロです。

 

“All About「恋するカレン」その2 の第4章” で取り上げたように、そのBメロは「恋は何処( Where Have You Been All My Life )」からの引用部分にあたります。

 

「恋は何処」のオリジナル・シンガーと言えばアーサー・アレキサンダーであり、彼はベン・E・キングをリスペクトしていました。

 

と言うことは、つまり、「恋するカレン」の曲中で、、、
ベン・E・キングの「スタンド・バイ・ミー」風味の間奏があって…、
間奏明けには、ベン・E・キング・リスペクトのアーサー・アレキサンダーの「恋は何処」がリレーで登場する…、
という流れになるわけですね。

 

そして、そのアーサー・アレキサンダーの歌唱に影響を受けたのが、ジョン・レノンです。
初期のビートルズは、「 Where Have You Been All My Life 」をカヴァーしていました。
ジョンは、1975年のアルバム『ロックン・ロール』の中で「スタンド・バイ・ミー」もカヴァーしていますね。
●The Beatles 「 Where Have You Been All My Life? 」 (クリックしてお聴きください)

 

ビートルズといえば、“リバプール勢”の筆頭格ですから、結局、一周まわって “All About「恋するカレン」その2” の回 で取り上げた大滝さんの言葉に戻っていくことになります。
 

1964年は、エルヴィス蒐集を友達に任せて、私はリバプール勢をせっせとコレクトしていた時期だったのです

 

そう言えば、ロイ・オービソンの「プリティ・ウーマン」も、ロネッツの「I Wonder」も、1964年でしたね。

 

 

 

APPENDIX(付録)  フォロワーズ(その4)

今回は、フォロワーズのコーナーのテーマも、“ナイアガラ必殺リズム”です。

 

●ラブ・ポーション「ちぎれたハートをつくろいもせずに」(1985年)(クリックしてお聴きください)

ドラマ主題歌として制作され、作曲は井上大輔、編曲は武部聡志が担当。
武部聡志は4年後に薬師丸ひろ子の「A LOVER’S CONCERTO」でナイアガラ・トリートメントのアレンジを手掛けることに。
1:10~で“ナイアガラ必殺リズム”の変形タイプが登場する。
 

 

●細川たかし「 応援歌、いきます」(1991年)(クリックしてお聴きください)

よく聞くとイントロで“ナイアガラ必殺リズム”を盛り込むというアイデアを駆使している。
岩崎元是(作・編曲)の実兄である岩崎文紀の弦アレンジにも味がある。
間奏のベースラインは、「熱き心に」&「フィヨルドの少女」パターンという隠し技も…。

 


●サザンオールスターズ 「 LOVE AFFAIR ~ 秘密のデート」(1998年)(クリックしてお聴きください)

「ヘロン」と同じく1998年を代表する曲。

マーリンルジュでー あーいさっれって
 大 黒 埠頭でー にっじ を みって
  シーガーディアンでー 酔っわされ~て

ココのところのサビの歌メロの譜割りで、“ナイアガラ必殺リズム”のニュアンスを透かして聞かせるという技巧がいかされている。

 

 

●Machico 「勇気のつばさ」(2016年)(クリックしてお聴きください)

曲は0:17から。
円熟味を増した岩崎元是のアレンジは、TVアニメのエンディング・テーマの域を超えている。
作曲の池毅は、前回、このコーナーでふれた映画「逆噴射家族」(1984年)で工藤夕貴が歌う挿入歌「野生時代」も提供していたベテラン作曲家。
3:03~3:15にナイアガラ必殺リズムが登場。

 

 

今回も最後までご覧いただき、ありがとうございます。

次回は、「恋するカレン」篇の最終回で、魅惑のナイアガラ・サウンドとカヴァー作品群についてお届けします。

お気に入りの「恋するカレン」のカヴァーなどありましたら、お教えくださいませ。