詳説ロンバケ40th No.2
年度の切り替わりの週は多忙で長文を書いている暇がないので、曲順を入れ替えて、今回早めに「カナリア諸島にて」の登場です。
■序章 夏のリゾートソング
■第1章 薄く切ったオレンジの秘密
■第2章 うちのママは世界一
■第3章 ソングライター・チームが結集
■終章 岬めぐりと島めぐり
■序章 夏のリゾートソング
「カナリア諸島にて」は、ド直球のリゾートソングと言ってよいでしょう。
昔の新春放談で、山下達郎さんが「プリーズ・レット・ミー・ワンダー」をかけようとしたとき、大滝詠一さんがポツリと冗談まじりに「カナリア諸島…」とつぶやいたのを、私は聞き逃しませんでした。(笑)
「カナリア諸島にて」のサビのイメージにビーチ・ボーイズの「プリーズ・レット・ミー・ワンダー」のサビの雰囲気を重ねての発言でしょう。
両者のサビの細かいコード進行は違いますが、“夏の影が急ぎ足に横切る砂浜”とビーチ・ボーイズ…。
トロピカルリゾートの心象が完成です。
●The Beach Boys 「 Please Let Me Wonder 」 (クリックしてお聴きください)
■第1章 薄く切ったオレンジの秘密
「カナリア諸島にて」のイントロには、“二つの曲”のイマージュ(オマージュではなく…)が込められているのだと思います。
歌メロに入ってからはクリシェのコード進行が登場、サビは大滝さんには珍しくメジャー・セブンスの響きです。
したがって、「カナリア諸島にて」のイントロはシンプルであっさり、それでいて存在感のあるものが求められます。
この曲の陰の主役はイントロなのです。
ここでちょっと、予習・復習を…。
大滝詠一さんは一時期、ゾンビーズを聴きこんでいた時期があったようで、ゾンビーズからの引用例がナイアガラ楽曲に散見されます。
「ガラス壜の中の船」でのゾンビーズの引用の例を、
本宅・れんたろうの名曲納戸のナイアガラサウンド研究会のコーナー
でご参照ください。
それをふまえて、“二つの曲”のうち、まず1曲目。
「カナリア諸島にて」のイントロでは、ゾンビーズの「ふたりのシーズン」(1968年)が下敷きになっていると思います。
この曲で歌われる“シーズン”とはいつなのか…。
夏なのです。
トロピカルリゾートの季節の歌です。
ただ、「ふたりのシーズン」のイントロはマイナー・コードなので、“パッと聞き”では「カナリア諸島にて」のニュアンスが分かりにくいかもしれません。
4拍目の表と裏でタムを叩くドラムと、ブーンブーン引っ張るベースとが、濃密に絡むパターン。
マイナーコードをメジャーに変換すれば、「カナリア諸島にて」そのものだという訳です。
ゾンビーズ「ふたりのシーズン」
ところで、「ふたりのシーズン」の曲中、「ハーッ」というか「Ahaー」というか、色っぽい吐息が聞こえます。(0:02、0:04、0:06、0:08のところです)
この吐息、どこかで聴いた覚えはありませんか?
そう、大滝さん(大瀧詠一名義)の「指切り」(1972年)です。
0:11、0:16、1:03、1:07のところなどで、大滝さんのウィスパリング・ヴォイスで「ハーッ」というか「Ahaー」というか、特徴的な吐息が聞かれます。
●大瀧詠一「指切り」(クリックしてお聴きください)
「指切り」の作詞は松本隆氏です。
「♪きみはとても するどーい
爪でみかんの 皮をー」
“蜜柑(みかん)”を登場させた歌詞と、大滝さんのゾンビーズ・テイストの歌とのコンビネーションについて、松本隆氏は覚えていたのでしょうか…。
これまたゾンビーズっぽい「カナリア諸島にて」の冒頭部分に、
「♪うすーく切った オレンジを
アイスティーに浮かべて」
という歌詞を、松本隆氏はブッ込んできたのです。
だから、アイアスティーに浮かべるのは“レモン”じゃダメなんですね。
松本隆氏、只者じゃあない…。
(※注: 「偶然」の可能性もあります)
■第2章 うちのママは世界一
「カナリア諸島にて」のイントロには、二つの曲のイマージュが込められている…。
その2曲目は、ポール・ピーターセンの「 Keep Your Love Locked 」です。
(曲はもう少し後で聴いていただきます)
ポール・ピーターセンは、ティーンエイジ・トライアングルのメンバーで、彼らのオムニバス・アルバムにも、ここで取り上げる「 Keep Your Love Locked 」(1962年)は収められています。
ティーンエイジ・トライアングルは、大滝さんのナイアガラ・トライアングルのヒントになったと言われています。
ティーンエイジ・トライアングルのメンバー同士のシェリー・フェブレーとは、ドラマで姉と弟の役柄で出演していました。
そのドラマとは、アメリカのホームドラマ「ドナ・リード・ショー」です。
では、そのドラマの劇中で歌われるポール・ピーターセンの注目曲、「 Keep Your Love Locked 」をお聴きください。
1:39から曲が始まりますが、ぜひ1:05のあたりからご覧ください。
ポール・ピーターセン 「 Keep Your Love Locked 」
一聴しただけでは「カナリア諸島」にてのイントロとの類似性にピンと来ないかもしれません。(歌いだしの雰囲気は両曲でちょっと似ています)
“ワン・コード かつ 4小節のイントロで勝負”というところが、
「カナリア諸島にて」、「ふたりのシーズン」、「 Keep Your Love Locked 」、
これら3曲の共通点でもあります。
「 Keep Your Love Locked 」は「カナリア諸島」にとって意味深い曲なので、もう少し解説を加えます。
ホームドラマ「ドナ・リード・ショー」の劇中で、ポール・ピーターセンは「MY DAD(ぼくのパパ)」(1962年)を歌い、同作品は彼の最大のヒット曲になりました。
この曲は、母子家庭で育った栄一少年(大滝詠一さん)の心をとらえ、「夢で逢えたら」の
「♪あなたはわたしから遠く離れているけど 」
の旋律に用いられることになったのだと思います。
●ポール・ピーターセン「MY DAD(ぼくのパパ)」が劇中で披露されるシーン (クリックしてお聴きください)
※曲は0:23~2:59のところです。
ドラマ「ドナ・リード・ショー」は『うちのママは世界一』と改題して、日本でも1959年から1963年にかけて放送されました。
当時、栄一少年は小学5年から中学3年にかけての時期。
大滝さんが、このドラマを見て“うちの母さんは日本一”と思っていたのかどうかは、知る由もありません。
しかし、もし、このドラマ『うちのママは世界一』を見ていたのなら…。
先ほどの「 Keep Your Love Locked 」が登場するドラマの動画の、1:05から1:39あたりのイントロが絡むドキドキするシーン…。
「 Keep Your Love Locked 」はそれほどキャッチーな曲でもないのに、大滝さんがこの曲に惹かれた理由が、そのイントロのシーンにあるのかもしれません。
今回の「 A LONG VACATION VOX 」ライナーブックの裏表紙の裏から数えて10ページ目の写真をご確認ください。
大滝さんがアルバム「ロングバケイション」の初期構想を記したメモには、3曲目の「カナリア諸島にて」の仮タイトルとして、“Keep All Your Love”との表記があります。
“Keep All Your Love”とは、件の曲「 Keep Your Love Locked 」の歌詞の一節なのです。
思えばこの曲「 Keep Your Love Locked 」は、大滝さんのラジオ番組「ゴーゴーナイアガラ」の記念すべき第1回放送(1975.06.09)でオンエアされた曲でした。
■第3章 ソングライター・チームが結集
先述のポール・ピーターセンの「 Keep Your Love Locked 」を作曲したのは、キャロル・キングです。
「ゴーゴーナイアガラ」の第1回放送は、キャロル・キング特集だったのです。
ジェリー・ゴフィン&キャロル・キングの作詞・作曲コンビの作品は、大滝さんのお気に入りでした。
おなじくお気に入りのソングライター・チームには、ジェフ・バリー&エリー・グレニッチもいます。
まずは「カナリア諸島にて」の 「♪あーの焦げだしたー夏に酔いしれー 」の後に入るストリングスのフレーズ(1:58~)を各自でご確認ください。
次に、クリスタルズの「Then He Kissed Me 」(1963年)の動画の1:10~あたりをお聴きください。
クリスタルズ 「Then He Kissed Me」
この1:10~の部分で演奏されるトリングスのフレーズは、松田聖子の「一千一秒物語」でも引用されています。
曲の2:45から登場しますのでご確認ください。
●松田聖子「一千一秒物語」 (クリックしてお聴きください)
ついでに「風立ちぬ」をお手元にご用意の上、聴いていただきたい箇所があります。
「風立ちぬ」の00:30~00:33で、ストリングスが「♪ タッタッ タカタカ タ! タッタッ タカタカ タ! 」と演奏しています。
※ 各自で用意してお聴きください。
この「♪ タッタッ タカタカ タ 」は、シュレルズの「 Will You Still Love Me Tomorrow 」で
ストリングスが奏でる基本リズム(0:00からずっと)を拝借しているのだと思います。
●シュレルズ「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」 (クリックしてお聴きください)
「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー 」は、先ほどのジェリー・ゴフィン&キャロル・キングの手による作品です。
大滝さんは、この曲のストリングスが16分音符で刻むリズムを、「風立ちぬ」においては、クリシェのコード進行のキメ・パターンのところで演奏させたわけです。
大滝さんのちょっとしたヒラメキが、曲の構成上のフック効果を生み出すという、好例になっていると思います。
さらにキャロル・キングの作品とアルバム「風立ちぬ」との関わりについて…。
スキーター・デイヴィスの歌う「恋はいじわる(I Can't Stay Mad At You)」は、松田聖子の「冬の妖精」の
「♪ふーしぎーなこーなーゆーき わーたーしーは冬の妖精 」
のところで引用されています。動画の0:48~のところです。
●スキーター・デイヴィス「恋はいじわる 」 (クリックしてお聴きください)
「冬の妖精」の「 ♪もうじき I Love You 」の部分を、大滝さんが歌うデモバージョンでは「 ♪いじわる I Love You 」と歌っているのは、「恋はいじわる」に由来しているのかもしれません。
●「冬の妖精 (Demo)」 (クリックしてお聴きください)
「冬の妖精」について語り出すと きりがないので、その昔に同曲についてまとめた、
れんたろうの名曲納戸「ナイアガラサウンド研究会」のコーナー
をご覧ください。
ここまで「カナリア諸島にて」「風立ちぬ」「一千一秒物語」「冬の妖精」に登場する、ジェリー・ゴフィン&キャロル・キング と ジェフ・バリー&エリー・グレニッチの両ソングライター・チームの曲について、縷々述べてきました。
「風立ちぬ」の「♪ タッタッ タカタカ タ! 」のところと、「カナリア諸島にて」の「 ♪うすーく切ったオレンジをアイスティーに浮かべて」のところの“ナイアガラ風味のクリシェ的なコード進行”については、実は、これまた別のソングライター・チームであるハワード・グリーンフィールド&ヘレン・ミラーも得意としていました。
●The Quotations 「 Oh No I Still Love Her 」 (クリックしてお聴きください)
いわば黄金律とも呼べるこのコード進行のパターンは、スタンダード・ジャズからポップスへ先達が巧みに取り入れてきたものです。
大滝さんはこれを大衆音楽へ持ち込み、1980年代の日本の歌謡界のレベルを押し上げたと言えるでしょう。
さて。
大滝さんによれば、「ナイアガラトライアングル2」の大滝サイドの作品と松田聖子「風立ちぬ」のA面の楽曲とを合わせると、1枚のシメトリックなアルバムが出来るようになっているそうです。
たとえば、「風立ちぬ=オリーブの午后」(カナリア諸島タイプ)、「一千一秒物語=白い港」(恋するカレンタイプ)…、というような分類になるのだとか。
「カナリア諸島にて」とアルバム「風立ちぬ」だけでも、曲解説が入り乱れてこんがらがりそうになるのに、来年の2022年は「ナイアガラトライアングル2」の40周年。
解説は“三つ巴(どもえ)”の混乱で収拾がつかなくなりそうですね、トライアングルなだけに。
(気が早い)(笑)
■終章 岬めぐりと島めぐり
今回の「A LONG VACATION VOX」では、大滝詠一さんが山口百恵に提供した「哀愁のコニーアイランド」を、ロンバケ・セッション期間中の1980年5月21日に“やり直していた”ことが、明らかにされました。
●山口百恵「哀愁のコニーアイランド」 (クリックしてお聴きください)
その後、同曲のやり直しについて進展はなかったのです。
ライナーブックでもその理由について分析が試みられていました。
「哀愁の三宅島」という原案が却下され「哀愁のコニーアイランド」になった経緯からしても、大滝さんにとって、同曲のメロディに乗せる歌詞に“コニーアイランド”という情景は必須だったのでしょう。
ところが。
仮タイトル曲“Keep All Your Love”に松本隆氏が乗せてきた歌詞の情景は、予期せぬ“カナリア諸島”でした。
「カナリア諸島にて」と「君は天然色」の歌詞は、ロンバケの楽曲の中でも早いタイミングで納品され、松本隆氏によれば、大滝さんは「カナリア諸島にて」の歌詞を凄く気に入っている様子だったのだとか。
こうなってくると、1枚のアルバムの中で“コニーアイランド”と“カナリア諸島”という“島”の曲がかぶってしまいます。(ニューヨークのコニーアイランドは、かつては島でした)
「岬めぐり」ならぬ「島めぐり」になってしまうのを回避するために、大滝さんはロングバケイションのリストから“コニーアイランド”を外したのかもしれません。
ちなみに、「岬めぐり」(1974年)は、山本コウタローとウィークエンドの歌う名曲です。
●あなたが唄う「岬めぐり」(クリックして歌ってください)
「カナリア諸島にて」には、大滝さんが「サイダー'74」で試したサウンドの手応えが活かされています。
「サイダー'74」のレコーディングは1974年1月中旬で、このとき、シュガー・ベイブの面々もコーラスで参加しました。
同じ年の1974年、なんと「岬めぐり」のレコーディングでシュガー・ベイブが活躍しました。
ドラムは上原裕、ベースは寺尾次郎というシュガー・ベイブのリズム隊。
山下達郎さんはドラム運び役として、レコーディングに“参加”していたのです。
トロピカルリゾート“カナリア諸島”から いきなり“三浦半島と三宅島”という日常に引き戻された…、というオチがついたところで、また次回。
(わたせせいぞう ハイビスカス・アイランド)