「EACH TIME」解説
「ペパーミント・ブルー」のサビを取り上げた前編に続き、順序は逆になりますが、後編は「ペパーミント・ブルー」のBメロに関するお話から始めます。
序章 ソフトロックと大野雄二
第1章 サビとソフトロックと夏
第2章 Bメロとソフトロックと夏
第3章 Aメロとイントロとソフトロックと夏
付 録 40th記念バージョンのポイント
第2章 Bメロとソフトロックと夏
大滝詠一 「ペパーミント・ブルー」
「ペパーミント・ブルー」のBメロのコード展開は複雑です。
歌詞でいうと、
「♪ やーわらかな~ 前髪の~カール 」
「♪ 憂いがーちな眼をー 隠すー」
の部分にあたります。
コード進行でいうと、次のようになっています。
「 Db / C7 / Fm / Bb7 」
「 Ebm7 / Ab7 / Db / Cm7 → F7 」
かつて伊藤銀次さんが、ライブイベントで「ペパーミント・ブルー」をギター1本で弾き語りした際に、ここのBメロで3回もつっかえていらっしゃいました。
銀次さんいわく、「ここのところの流れは、自分の中にはないコード進行のパターンだ」との釈明でした。
確かに、ここのコード進行は定石パターンではなく、やや“発展形”になっています。
Ab(エーフラット)のキーで歌い出した「ペパーミント・ブルー」のAメロを抜け出し、臨時転調を繰り返しながら、結局「ペパーミント・ブルー」のイントロと同じBb(ビーフラット)のキーのサビへと戻っていく…、その過程にあたるのがBメロなのですね。
何やら「君は天然色」で大滝詠一さんが歌入れ前まで試みていた、初期オケの転調パターンと同じですが…。
「ペパーミント・ブルー」のサビへとつながるBメロの最後でダメ押しの転調をするのは、、、
サビのメロディにとって一番おいしいキーで、ボーカルとコーラスを聴かせよう…。
大滝詠一さんのそんな意図も込められているのかもしれませんね。
もっと言えば、イントロのキーからわざわざ一音下がる転調をしてAメロの歌唱に入ったのは、後にひかえるサビを際立たせるためだった、とも解釈できます。
「ペパーミント・ブルー」のそのBメロに影響を与えているのは、トレイドウィンズやソルト・ウォーター・タフィーの演奏で知られる「 Summertime Girl 」ではないでしょうか。
Trade Winds 「 Summertime Girl 」
上の動画の0:36~の部分の展開ですね。
トレイドウィンズもまた、 本解説の第1章 でご紹介したハプニングスと同じく、ソフトロックのグループとして知られていますね。
トレイドウィンズは、当ブログの 「白い港」完結篇~ビートルズともう1人のポール~ の解説回に登場しています。
その 「白い港」の解説 で述べたように、トレイドウィンズの実態は、アンダース&ポンシアのライター・コンビでした。
ここでおさらいしておきましょう。
フィル・スペクターが、彼らふたりをトレジャーズなる名義のグループに仕立て、ビートルズの曲をカヴァーさせた…。
そのトレジャーズ版「ホールド・ミー・タイト」は「白い港」の根幹となる下敷きソングになった…。
そして、アンダース&ポンシアは'60年代半ば以降は、トレイドウインズとしてソフトロックの担い手になっていく…。
上掲の曲、「Summertime Girl 」は、トレイドウインズがRed Bird時代の'65年に出したシングルで、有名な「 New York's A Lonely Town 」、そして「 The Girl From Greenwich Village 」に続く3枚目でした。
ちなみに、「 New York's A Lonely Town 」の方は、デイヴ・エドモンズと山下達郎さんがそれぞれ、「 London's A Lonely Town 」、「 Tokyo's A Lonley Town 」と曲名を変えてカバーしています。
トレイドウィンズはその後、移籍先のカーマ・スートラ・レコードから「 MIND EXCURSION (心の旅路)」をリリースし、スマッシュヒットにつながりました。
'76年の「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の「'60年代後半のさわやかサウンド」すなわちソフトロックの特集でかかったのが、その「心の旅路」でした。
●The Tradewinds「 Mind Excursion (心の旅路) 」
(↑クリック or タップしてお聴きください)
お聴きのとおり、「心の旅路」は “ナイアガラ・ハープ・サウンド” に多大な影響を与えていそうな一曲ですね。
第3章 Aメロとイントロとソフトロックと夏
大滝詠一 「ペパーミント・ブルー」
「ペパーミント・ブルー」の歌い出だしの部分の、、、
「♪ 眠るようなー 陽を浴びて 君はブーロンズ色 」
「♪ 南向きのー ベランダで うーみを眺めている 」
という、いわばAメロのバックでアコースティックギターが分厚く奏でるコード進行のパターン…。
これは、本解説の 第1章 で取り上げたトーケンズ版の「 When Summer Is Through 」で聞かれるような「カナリア諸島にて」や「風立ちぬ」でおなじみのクリシェのコード進行とは、異なるクリシェのパターンです。
「 When Summer Is Through 」
「ペパーミント・ブルー」のАメロのバックのクリシェについて、ナイアガラ界隈で例を挙げるならば、それは大滝詠一さんの「 Velvet Motel 」のパターンですね。
大滝詠一 「 Velvet Motel 」
なぜ、このパターンのクリシェが使われたのかと考えてみると…。
「 Velvet Motel 」の原曲で、アン・ルイスへの提供曲候補だった「 Summer Breeze 」にちなむのかもしれません。
第1章、第2章の内容をふまえると、「ペパーミント・ブルー」って、、、
“Summerつながり”の3曲、、、
「 Summer Breeze 」
「 Summertime Girl 」
「 When The Summer Is Through 」
が、曲の骨格になっていると言えるのかもしれませんね。
大滝さんは、夏にちなんだタイトルの曲を意図的につなげたのでしょうか…。
それらを繋ぐ接着剤になっているのが、“ソフトロック”といえるかもしれません。
「ペパーミント・ブルー」のイントロにも着目してみましょう。
ディミニッシュコードの響きを取り入れたイントロの展開は、“さわやかサウンド”の時期にリリースされた、ハワイアン・ソフトロックの名盤の“常夏”の響きにも通じるものがあります。
●THE ALIIS のアルバム「That Lovin' Feelin' 」(1966年)
↑リンク先のページの1曲目、「 (From) Nikki's Gaden 」をご試聴ください。
“ナイアガラもの”の楽曲のイントロは、「歌メロのエッセンスを取り入れたもの」か、「歌メロから独立した完全に別の要素で構成されているもの」か、それらのどちらかに分類されます。
「ペパーミント・ブルー」のイントロは、いろいろ仕掛けがあって、それらのどちらでもあると言えそうです。
一聴すると、「ペパーミント・ブルー」のイントロは「恋するカレン」のそれのように、歌メロから独立しているかのようですが…。
あらためて「ペパーミント・ブルー」のイントロのコード進行を見ると、次のようになっています。
先述の“ハワイアン・ソフトロック”のところでもふれたように、ディミニッシュコードが使われていますね。
「 Bb / Bdim / Cm7 / Ebm6 」
「 Bb / Gm / Cm7 / F7 」
「 Bbm / Eb7 / Ab / Ab 」
一方、「ペパーミント・ブルー」のサビはどうなっているかというと…。
「♪ (かぜはー)ペパーミントー 」
が
「 ( Cm → F7 ) / BbM7 → Bb6 」
このようになっていて…。
「♪ ブルーのソーダがー 」
に係るところで、
「 Bdim / Cm7 / Cm7 onF 」
こんな具合になっていて…。
サビでもディミニッシュコードの進行が使われているのですね。
サビの特徴的なコード展開がイントロでも使われている、ともいえるわけです。
大滝さんが手掛けた曲で、ディミニッシュコードの響きをフィーチャーしたのは、他には「幸せな結末」と「快盗ルビイ」、そして「 Velvet Motel 」くらいでしょうか…。
「 Summer Breeze 」として “Summerつながり” のあった「 Velvet Motel 」が、またもや登場してきたところで…。
第2章でふれたトレイドウインズの「 The Girl From Greenwich Village 」をお聴きいただきましょう。
彼らの「 Summertime Girl 」の一つ前のシングルですね。
Trade Winds 「 The Girl From Greenwich Village 」
歌い出しのメロディを聴いて、「この曲を知らないはずなのに、なぜかよく親しんでいる感じがする…」というナイアガラ・ファンの方もいらっしゃるかもしれません。
「 Velvet Motel 」の細かいクリシェの動きは横にさて置き、
「♪ グリーンラーイト ほーのかにー」
「♪ あーめーにーひーかるー アスーファルト~」
という歌い出しの、バックで流れる演奏の大きなコード展開に身をゆだねると…。
まさにこのトレイドウィンズの「 The Girl From Greenwich Village 」の歌い出しのメロディの流れになっているのですね。
そして…。
その「 Velvet Motel 」のコード展開って、「ペパーミント・ブルー」のイントロにも使われているのです。
※青色の○で囲ったのはカポ1でコードが表記されています。
「 Velvet Motel 」と同じキーなので、両曲が“同じ”だ、と分かりやすいです。
つまり、「ペパーミント・ブルー」のイントロをバックにして、そのイントロの冒頭から「 Velvet Motel 」を歌えるのですね。
「♪ グリーンラーイト ほーのかにー あーめーにーひーかるー」
という具合に。
大滝詠一 「ペパーミント・ブルー」
すぐ歌えるように、「ペパーミント・ブルー」の動画も再びご用意しました(笑)。
はい!歌えましたね♪
「EACH TIME VOX」のDisk-3の「EACH TIME Sessions」に収録されている「ペパーミント・ブルー」のような、“骨組み”の演奏をバックに歌ったほうが、より実感しやすいかもしれません…。
「ペパーミント・ブルー」のイントロのコード展開の美しい流れは、「ペパーミント・ブルー」解説前編 の「序章」 で取り上げた、ハーパース・ビザールの「 I Can Hear the Darkness 」のオーギュメントコードを用いた麗しいイントロにも通じると思います。
そして、そして…。
「ペパーミント・ブルー」のイントロで鳴るオーボエに、大いに注目していただきたいのです。
●大滝詠一 「ペパーミント・ブルー」(オーボエの箇所の頭出し済み)
(↑クリック or タップしてお聴きください)
「ペパーミント・ブルー」解説の序章 で紹介した、『キャプテンフューチャー』の「ポプラ通りの家」でも、その元ネタでハーパース・ビザールのソフトロックの名曲「 I Can Hear the Darkness 」でも、イントロではオーボエが鳴っていました。
本ブログの 「夏のペーパーバック」解説の回 で紹介した、下敷きソング「Please Don't Ever Leave Me」でも、チャ―リー・カレロが手掛けたザ・サークルの名曲「Turn Of The Century 」などのソフトロックの曲でも、やはり、イントロでオーボエの響きが聴けましたが、お気づきになっていただけたでしょうか!?
「ペパーミント・ブルー」のイントロの“歌い出し”直前で、3小節だけ演奏されるオーボエのフレーズ…。
これは、まさに「ペパーミント・ブルー」の出自を表す “ソフトロック宣言” のようなものだと思うのですね。
さて。
ここまで、「ペパーミント・ブルー」について、パーツごとに述べて参りました。
「ペパーミント・ブルー」全体をまとめて一言でいうと…。
「 NIAGARA TRIANGLE Vol.2 」から引き継いだフトロックの世界を発展させ、究極の音の厚みとエコーの響きとを伴ったナイアガラ・サウンドを聴かせるのが、「ペパーミント・ブルー」である…。
さらに、こうも言えるかもしれません。
爽やかな夏のイメージと印象的なコーラスから、ザ・ビーチ・ボーイズやフォー・シーズンズを思い浮かべそうだけれど、実はそれは、“ソフトロック風味”を加味したしっとりと落ち着いたコーラスなのではないか…。
“ナイアガラ界隈”では、端的に言えば、 “アメリカン・ポップス” の「ロング・バケイション」と “ブリティッシュビート” の「イーチ・タイム」という仕分けになっています。
そんなアルバム「イーチ・タイム」のコンセプトを体現するという点では、その座を「1969年のドラッグレース」や「恋のナックルボール」などに譲ります。
ですから、ソフトロック系統の「ペパーミント・ブルー」は、アルバム随一の完成度を誇りながらも、「ロング・バケイション」における「君は天然色」のようなポール・ポジションを獲得できなかったのかもしれませんね…。
【付録】40th記念バージョンの「ペパーミント・ブルー」のポイント
「ペパーミント・ブルー」のイントロのコーラスは、「♪ アー 」ではなく、終始「♪ ン~ 」です。
それは、なぜでしょうか。
「ペパーミント・ブルー」の曲中の
「♪ ふるーい歌の~ 低いハミングにー 」
という歌詞のとおりに、ハミング(口を閉じたままメロディを歌う)で「ペパーミント・ブルー」は始まるのですね。
“旧い歌”って、「 Summer Breeze 」なんでしょうか…。
さらに…。
「♪ ふるーい歌の~ 低いハミングにー 」
に続く歌詞はといえば、
「♪ 口笛でハーモニー 重なる音が溶けて消え~るー」
ですね。
●「ペパーミント・ブルー」の間奏(頭出し済)~「NIAGARA SONG BOOK 2」より~
「NIAGARA SONG BOOK 2」でのナイアガラ・フォール・オブ・サウンド・オーケストラルの演奏では、間奏でまさに“口笛”がメロディを奏でているんですよね…。
上の動画(頭出し済)でご確認ください。
これは、大滝さんが実際に吹いた口笛をサンプリングして、サンプラーで音階をつけた上で、井上鑑氏が鍵盤で弾いているそうです。
松本隆氏の「♪ 低いハミングに 」、「♪ 口笛でハーモニー 」という歌詞を得てからのー、大滝さんのアイデアが冴え渡っていることに感心しますね。
今回の「EACH TIME 40th Anniversary Edition」では、「ペパーミント・ブルー」のイントロの頭に、その「NIAGARA SONG BOOK 2」のインスト・バージョンが足されています。
その足されている演奏は、「NIAGARA SONG BOOK 2」や「B-EACH TIME L-ONG」のインスト版「ペパーミント・ブルー」の冒頭とまったく同じアレンジのものですが、ドラムやベースのリズム隊が抜いてあります。
●大滝詠一 「ペパーミント・ブルー」~「B-EACH TIME L-ONG」より~
さらに、さらに…。
「EACH TIME 40th Anniversary Edition」で足されているインスト・バージョンは、テンポが遅いんですよね。
“リズム隊抜き”で“テンポが遅い”という、そのインスト版「ペパーミント・ブルー」は、「ペパーミント・ブルー (Promotion Version)」でしか聴けないレアなものでした。
近年では、「ペパーミント・ブルー (Promotion Version)」は、「NIAGARA CD BOOK Ⅱ」収録の「Niagara Rarities Special」や、配信の「Singles & more」でも聴けるようになっていました。
今回の「EACH TIME 40th Anniversary Edition」の「ペパーミント・ブルー」は、そのインスト版「ペパーミント・ブルー」と歌唱版「ペパーミント・ブルー」のつなぎ方が、既出の「ペパーミント・ブルー (Promotion Version)」とは違うバージョンです。
つまり、初お披露目のバージョンなのですね。
今の時代にしては、大滝さんの歌が始まるまでイントロが長~いのですが、落ち着いて聴ける「ペパーミント・ブルー (40th Anniversary Version)」を、私はとっても好きです。
この40th記念バージョンは、決して、今回のリリースに際して勝手に制作されたものではなく、大滝さんが残した2ch-Mixマスターテープによる音源ですので、ご安心を…。