「EACH TIME」解説
序章 ソフトロックと大野雄二
第1章 サビとソフトロックと夏
第2章 Bメロとソフトロックと夏
第3章 Aメロとイントロと夏
「イーチ・タイム」の代表曲ともいえる「ペパーミント・ブルー」の解説をお届けします。
ちょっと長くなりましたが、ぜひ序章から順番にご覧ください。
今回の前編は、第1章までです。
序章 ソフトロックと大野雄二
「ルパン三世」の音楽でおなじみの大野雄二氏が大滝詠一さんと同様に、ソフトロックの影響も受け、そのエッセンスを巧みに取り入れていた…というお話をまず序章でお届けします。
それが大滝さんの「ペパーミント・ブルー」へつながっていきますので、“急がば回れ”で、どうか序章からご覧くださいませ。
不朽の名作アニメ『未来少年コナン』(演出:宮崎駿)の後番組として、NHKで1978年11月から'79年12月まで放映されたアニメが『キャプテンフューチャー』でした。
『キャプテンフューチャー』の音楽を手掛けたのはMr.大野雄二です。
彼は、以下に挙げるように大滝詠一さんと薄ーい接点があると言えなくもないのです(笑)。
彼のバンド You & Explosion Band でベースを弾いているのが長岡“ミッチー”道夫さんであること…、
大野氏が前田憲男先生の弟子筋であること…、
大野氏が売れっ子サウンドトラック・メーカーになるきっかけとなった、映画『犬神家の一族』の「愛のテーマ」のシングル盤のミキシング・エンジニアが吉田保氏だったこと…、などなど。
(↑クリック or タップしてお聴きください)
(皆さんがよく知るメロディは0:45から流れます)
大野雄二氏は、'79年12月公開の傑作映画『ルパン三世 カリオストロの城』の音楽でも、『キャプテンフューチャー』と同じモチーフをサウンドトラックで使い回していて、当時それを映画館で耳にした私は、子ども心に驚いたものです。
『キャプテンフューチャー』のエンディングテーマ、「ポプラ通りの家」も大野雄二氏が手掛けており、子ども向けアニメで流れる歌にしては、ノスタルジックでどこか大人びていて、コード進行も難しい曲でした。
次の第1章から始まる「ペパーミント・ブルー」の解説本編へつながる、この序章での重要曲ですから、
「キャプテンフューチャーのエンディング曲なんて知らないもん」
という方も、ワンコーラスだけですので、ぜひお聴きくださいませ。
「ポプラ通りの家」~『キャプテンフューチャー』より~
大野雄二氏は、「ポプラ通りの家」の下敷きソングとして、ハーパース・ビザールのアルバムの中の一曲「 I Can Hear the Darkness 」を用いているのだと思います。
ハーパース・ビザール( Harpers Bizarre )というのは個人の名前ではなく、グループ名です。
老舗ファッション誌『ハーパーズ・バザー( Harper's BAZAAR )』をもじって、名付けられたのですね。
大滝詠一さんは、'76年8月放送のラジオ番組『ゴー!ゴー!ナイアガラ』の「'60年代後半のさわやかサウンド特集」で、ハーパース・ビザールの曲をかけていました。
では、先ほどの『キャプテンフューチャー』の「ポプラ通りの家」と聴き比べながら、曲全体の元ネタになったと思われるハーパース・ビザールの曲をお聴きください。
Harpers Bizarre 「 I Can Hear the Darkness 」(1967年)
先にお聴きいただいた「ポプラ通りの家」の動画のヤマ場にあたる0:52~の
「♪ 木綿の服をなびかーせてー よく笑うあの娘もー 」
という4小節の部分は、このハーパース・ビザールの動画の0:47~の部分に重なります。
そして、さらにそれに加えて、「ポプラ通りの家」のそのヤマ場では、次に挙げる曲のエッセンスも盛り込んであると思います。
●ハプニングス 「 夏が過ぎて( When The Summer Is Through ) 」(1967年)
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この「夏が過ぎて」の動画の0:53~の部分(頭出し済)が「ポプラ通りの家」のヤマ場、つまりサビの部分に引かれたであろう該当箇所です。
「ポプラ通りの家」でもハプニングスの「夏は過ぎて」でも、ココは“曲の肝となる部分”といえます。
このハプニングスの「夏は過ぎて」は、先ほどのハーパース・ビザールの曲「 I Can Hear the Darkness 」と同じ'67年に発表されました。
大滝さんはハプニングスの曲もまた、'77年8月と'78年7月放送のラジオ番組『ゴー!ゴー!ナイアガラ』の「('60年代後半の)さわやかサウンド特集」でかけていたのですね。
ちなみに大野雄二氏は、「ポプラ通りの家」の
「♪ 木綿の服をなびかーせてー よく笑うあの娘もー 」
のところで、ハプニングスやハーパース・ビザールから引いた4小節をモチーフにして、直後に続く4小節ではそのモチーフをマイナー転換かつ臨時転調を絡めて独自メロディを展開しています。
そうすることで、大野氏なりのオリジナリティを加味しているようです。
4小節の引用とそれをモチーフにして、直後に続く部分をオリジナルに展開する…というパターンは、竹内まりやの「元気を出して」の曲中でも登場します。
このような作曲術は、いわゆる“パクリ”云々のレベルではなく、高尚でお上品な引用の仕方といえると思います。
大野雄二氏の話に戻って…。
ジャズロックやプログレ系のイメージがある大野雄二氏も、いわゆるソフトロック方面にもアンテナ拡げていたことが、「ポプラ通りの家」を聴くとあらためて感じられます。
その大野雄二氏の飛躍のきっかけになった、冒頭の動画『犬神家の一族』の「愛のテーマ」では、『犬神家…』とおなじく連続殺人をテーマにしたオードリー・ヘプバーン主演の映画『シャレード』(1963年)のサウンドトラックを下敷きにしているのですね。
(↑クリック or タップしてお聴きください)
『犬神家の一族』の後、大野雄二氏は多くの角川映画の音楽を手掛けていき、映画音楽に独特の世界観を持ち込みました。
大野雄二氏の作品を聴いて思うのは、良い音楽の作り手は良い音楽の聴き手でもある、ということです。
さて、大滝さんが「さわやかサウンド特集」すなわち、ソフトロックの特集回でかけた、ハーパース・ビザールのナンバーとハプニングスのナンバーは、それぞれ次に挙げる名曲でした。
これらの曲も、大野雄二氏が「ポプラ通りの家」へ引いた曲とおなじく'67年ごろの曲です。
当時のソフトロックの潮流が、少し世代の違う大野雄二氏と大滝さんの両方に大きな影響を与えていたのでしょう。
大滝さんは、'68年の年が明けてから細野晴臣さんと初対面を果たすので、'67年といえばまだ、中田佳彦氏を介して大滝・細野のお二人がニアミスしていた頃と言えるでしょう。
●Harpers Bizarre 「 Come To The Sunshine 」(1967年)
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●The Happenings「恋はくせもの ( Why Do Fools Fall In Love )」(1967年)
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●The Happenings 「 The Same Old Story 」(1966年)
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第1章 サビとソフトロックと夏
序章での助走が長くなりましたが、大滝詠一さんが「ペパーミント・ブルー」の下敷きソングの根幹として用いたのもまた、序章で挙げた曲「夏が過ぎて( When The Summer Is Through )」なのだと思います。
ところが、大滝さんは「夏が過ぎて」を引くにあたって、大野雄二氏とは異なるパートを「ペパーミント・ブルー」へ引用してきたようです。
大野雄二氏の場合は、「夏が過ぎて」のサビを「ポプラ通りの家」のサビへ…、というパターンでした。
大滝さんの場合、「ペパーミント・ブルー」のサビに引いているのは、「夏が過ぎて」のいわば“Bメロ”にあたる部分なのですね。
大滝詠一 「ペパーミント・ブルー」
「♪ 風はペパーミーント ブルーのソーダがー」
「♪ ゆびーさきに~ 揺ーれてい~る~」
「♪ ななーめ横の~ いーすを選ぶーのはー」
という、「ペパーミント・ブルー」のサビのメロディがどこで聞こえるのか、「夏が過ぎて」をあらためてフルコーラスでお聴きください。
ハプニングス「夏が過ぎて」(1967年)
0:23~のところで、聞こえましたね。
ハプニングスは、あのトーケンズの後押しを受けてデビューしました。
トーケンズのメンバーが制作に加わり手助けした時期のハプニングスの作品は、ソフトロック・テイストの名作ぞろいです。
大滝さんによる分類でも、ハプニングスは“さわやかサウンド”すなわちソフトロックの代表選手扱いのようで、それは序章の最後に紹介したように、ラジオ番組『ゴー!ゴー!ナイアガラ』での選曲に表れています。
トーケンズといえば、「恋するふたり」について知っている2、3の事柄 の回 で、彼らの曲を2曲とりあげていました。
「夏が過ぎて( When The Summer Is Through )」も、もともとはトーケンズの曲であり、ハプニングスは、兄貴分にあたるトーケンズの曲をカバーしたのです。
では、トーケンズのバージョンを聴いてみましょう。
'61年のアレンジですから、曲のイメージがソフトロックからは離れています。
●THE TOKENS 「 When Summer Is Through 」(1961年)
(↑クリック or タップしてお聴きください)
ハプニングスは曲名のSummerに“ THE ”がつきますが、トーケンズはつかないですね。
「 When Summer Is Through 」はトーケンズのシングルレコードのB面曲でした。
A面は「シンシアリー(Sincerely)」であり、'54年のザ・ムーングロウズの曲のカバーでした。
実は、ハプニングスのシングルレコードでも、「夏が過ぎて( When The Summer Is Through 」はB面の扱いでした。
ハプニングスのシングルのA面の方の曲、「恋はくせもの( Why Do Fools Fall In Love )」といえば、映画『アメリカン・グラフィティ』を思い出す方も多いかもしれませんね。
「恋はくせもの」は、ザ・ビーチ・ボーイズもフォー・シーズンズも、そして山下達郎さんもカヴァーした有名曲です。
序章で挙げたように、大滝さんはハプニングスの“さわやかサウンド”の代表曲として、このA面の「恋はくせもの」を選んでいました。
大滝さんは先述のように、「夏が過ぎて」のキャッチーな肝の部分ではなく、サビ前のBメロの部分を敢えて「ペパーミント・ブルー」のサビに引用したようです。
そして、そもそも「夏が過ぎて」は、トーケンズでもハプニングスでもB面扱いの地味目な曲です。
「ペパーミント・ブルー」は、「イーチ・タイム」の代表曲で、楽曲の完成度は非常に高いながらもシングル・カットされませんでした。
「ペパーミント・ブルー」は“B面のBメロ”にルーツを持つ渋めで地味な曲だ…と、大滝さんは認識していたのでしょうか…。
ルーツ曲の“地味さ”ゆえか、そういえば、序章で紹介したアニメ『キャプテンフューチャー』でも、オープニングでなくエンディング曲の元ネタに引かれました。
大滝さんや大野雄二氏が好んだのは、本家トーケンズでもシフォンズのカバー(1964年)でもなく、よりしっとりしたハプニングスのバージョンの「夏が過ぎて」ではないか…、そんな気がします。
4人組のハプニングスはポップ・コーラス・グループですが、大野雄二氏は、わざわざ雰囲気の似たコーラス・デュオ(※ ピーカブー)に「ポプラ通りの家」を歌わせているのですから。
(※)注 ピーカブー:藤島新と黒沢裕一のデュオ
'84年当時、初めて聴いたのになつかしさを感じたのが、「ペパーミント・ブルー」のサビでした。
その懐かしみは、「ペパーミント・ブルー」と同じ曲をルーツに持つアニメの歌を、'78年から'79年にかけて1年間聴き親しんだ私の個人的な記憶から、沸きあがったのかもしれません…。
長文をご覧いただきまして、ありがとうございました。
長くなり過ぎましたので、この続きは、「ペパーミント・ブルー」解説の後編でお届けいたします!