詳説ロンバケ40th No.10

 

 

「恋するカレン」篇の第2回をお届けします。

 

プロローグ

第1章 前奏とボブ・クルー

前回までをご覧になる方はクリックしてください。

 

第2章 ジュリエット と 幻のポール版ロミオ と 忌野清志郎

“ナイアガラ一般教養”というのがありまして…。
その一つに、
大滝詠一さんが他人へ提供する曲は“詞先”で、自分が歌う曲は“曲先”
というのがあります。

「風立ちぬ」「冬のリヴィエラ」「Tシャツに口紅」…。
これらは確かに、“ナイアガラ詞先メロディ”の特徴が聴いて取れます。
ただ、例外はあって、アルバム「風立ちぬ」への「風立ちぬ」以外の「一千一秒物語」などの大滝さんの提供曲はおそらく“曲先”でしょう。


●スラップスティック 「星空のプレリュード」(1979年)(クリックしてお聴きください)

 

スラップスティックへの提供曲について見てみると…。
「風立ちぬ」の元曲「星空のプレリュード」や、後に「スピーチ・バルーン」となる「デッキ・チェア」は、モチーフが明確な“曲先”のメロディ。
他人への提供曲ながらも“曲先”です。
他方、コミカルな「われらラップスティック!」や「スラップスティック見参!」は、典型的な“ナイアガラ詞先メロディ”です。

 

唯一「海辺のジュリエット」だけは、“詞先”なのか“曲先”なのか、かつては、判断に迷うところがあったのです。
それは結局、2011年に「 Road to A LONG VACATION 」を聴いたことで、“曲先”だと判明しました。

“詞先”と“曲先”のどちらなのか、と迷ったのには理由がありました。

 

「海辺のジュリエット」のAメロとBメロは、日本で言うところのリバプールサウンドで固められている…。
それはなぜだろうか?と考えていた頃があったのです。

 

ジュリエットといえば、「ロミオとジュリエット」を書いたシェイクスピアはイングランドの作家です。
同作は幾度となく映画化もされましたが、オリビア・ハッセーがジュリエットを演じた1968年版が大ヒットしました。
彼女は1980年の映画「復活の日」で草刈正雄と共演、同年に布施明と結婚したことで日本でも有名です。

ロミオとジュリエット「愛のテーマ」(1968年)

 

この映画の監督・ゼッフィレッリ自身から最初にロミオ役の出演オファーを受けたのは、ビートルズのポール・マッカートニーでした。
しかし、ポールが辞退したためポール版ロミオは実現しませんでした。

ただ、ポールとオリビア・ハッセーはナイトクラブでデートしたことがあったそうです。
デートの後日、ポールから「きみは美しいジュリエットだ」と電報を送ると、彼女から「あなたも最高のロミオになるわ」という返事が来たのだそうです。

 

ちなみに、映画の翌年、1969年にはヘンリー・マンシーニ楽団で再録された「ロミオとジュリエット 愛のテーマ」がビルボードのチャート1位を記録し、ビートルズの「ゲット・バック」の5週連続トップを阻止しています。

「ゲット・バック」といえば、ポール・マッカートニーによって書かれた曲です。
シングル版のプロデュースはご存知、ジョージ・マーティンですが、アルバム『レット・イット・ビー』バージョンの「ゲット・バック」は、フィル・スペクターのプロデュースですね。

 

そんなこんなをふまえて、かつての私は想いを巡らしていたわけです。
“ジュリエット”の歌詞が先にあって、大滝さんがそれにブリティッシュ・ビートを被せたのかもしれない…、と。


「1964年は、エルヴィス蒐集を友達に任せて、私はリバプール勢をせっせとコレクトしていた時期だったのです」(by 大滝詠一)

 

高校1年生の当時に大滝さんが聴き込んだ“リバプール勢”のお気に入りのメロディを、時を経て純粋に紡いでみせたのが「海辺のジュリエット」だった…。
それが2011年の「 Road to A LONG VACATION 」から導かれた結論というわけです。

となると、森雪之丞さんが歌詞に“ジュリエット”を登場させたのは単なる偶然だったのか…。
あ、これも“必然”だったのかもしれませんね。
 

追補
森雪之丞さんといえば、実弟はピカソ(バンド)のメンバーで作・編曲家の森英治さん。
森英治さんがストリングス編曲を手掛けた名曲といえば、ヒルビリー・バップスの「真夜中をつっぱしれ」で、作曲は、Mr.忌野清志郎(肝沢幅二名義)。(Wikipediaでは誤記されています。念のため)
ヒルビリー・バップスのボーカル・宮城宗典は、映画「微熱少年」にも出演していました。

 

ヒルビリー・バップス 「真夜中をつっぱしれ」(1987年)

 

私はなぜか今でも「真夜中をつっぱしれ」が大好きなのです。
他人の作品は分析しておきながら、なぜこの曲に惹かれるのか自分ではよく分かりません…。

忌野清志郎といえば、1989年の映画「ジュリエット・ゲーム」(脚本・監督:鴻上尚史)で、
彼の歌う「スタンド・バイ・ミー」が挿入曲として効果的に使われていました。

 

忌野清志郎 「スタンド・バイ・ミー」

 

 

第3章 Aメロと“悲しみこらえて”

大滝さんは1997年のシングル「幸せな結末」のイントロで、デイヴ・クラーク・ファイヴの曲の一節を引用しています。

デイヴ・クラーク・ファイヴ「悲しみこらえて」(1965年)

 

彼らの「悲しみこらえて( Hurting Inside )」の動画の0:010:04の前奏の部分が「幸せな結末」のイントロに用いられています。
 

●大滝詠一「幸せな結末」 (クリックしてお聴きください)


動画の0:220:26のところが、「悲しみこらえて」です。
鈴木茂さんのエレキ・ギターのフレーズの、バックの演奏に“注耳”してご確認ください。

 

デイヴ・クラーク・ファイヴは、コンボ編成でもスペクター・サウンドの雰囲気を醸し出す、というスタイルを目指してきました。


具体的には…、高音から低音までバランスよく鳴らしたり、クリスタル風のシャッフル・ビートの曲やキャロル・キング風のコード進行の曲を作って演奏したり、音の太さや音圧感だったり、キャッチーなポップス寄りの仕掛けがあったり…。

 

当然ながら…、大滝さんは「大のデイヴ・クラーク・ファイヴ・ファン」なのだそうです。

そして。
デイヴ・クラーク・ファイヴは、まさに第2章末の大滝さんの言葉のとおり“リバプール勢”のバンドです。

 

よく言われるところのリバプール・サウンドというのは日本独自の呼称で、海外ではマージービートと呼ばれます。
ややこしいことに、デイヴ・クラーク・ファイヴはトッテム出身なので厳密に言えばマージービートのバンドと断言しづらいものです。

というわけで、 大滝さんの“リバプール勢”というボカした言い方は、ある意味適切といえるのですね。

 

ところで、デイヴ・クラーク・ファイヴの「悲しみこらえて」は、「恋するカレン」のAメロの歌い出しの部分でも下敷きにされています。

 

●大滝詠一 「恋するカレン」 (クリックしてお聴きください)

 

第3章冒頭の「悲しみこらえて」の動画の0:050:11の部分が「恋するカレン」の
「♪ キャーンドルを~暗くしーて~
の部分に引かれています。

 

いや、元をたどれば、スラップスティックの「海辺のジュリエット」の
「♪ 東の空~ 朝焼けにー
の部分に引かれている、と言うべきでしょうか。

 

デイヴ・クラーク・ファイヴの大ファンである大滝さんは、自身の多くの曲で“DC5エッセンス”を振りかけています。

 

ハートじかけのオレンジ」では、、、

●「ビッツ&ピーセス」(1964年) (クリックしてお聴きください)

 

恋のナックルボール」では、、、

●「グラッド・オール・オーヴァー(Glad All Over) 」(1964年) (クリックしてお聴きください)

 

1969年のドラッグレース」では、、、

●「I Know 」(1966年) (クリックしてお聴きください)

●「Try Too Hard 」(1966年) (クリックしてお聴きください)

 

Happy Endで始めよう」では、、、

●「オーバー・アンド・オーバー(Over and Over) 」(1965年) (クリックしてお聴きください)

 

特筆すべき曲を1曲…。
1964年のシングル「Thinking Of You Baby」のB面曲「 Whenever You're Around 」では、0:30~のところから、「のコード」で“ナイアガラ的クリシェのコード進行”が聴かれますが、繰り返しの0:36~の部分では「Fmのマイナー・コード」になるという変則技を見せています。

 

The Dave Clark Five「 Whenever You're Around 」(1964年)

 

“ナイアガラ的クリシェのコード進行”の曲は1960年代以降に数多くあれど、繰り返しの2回目でマイナーに転じるのはレアです。
大滝さんはこれを見逃さず、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の曲中に活かしています。

 

きのうは近所  (D メジャー)

明日は砂漠  (Dm マイナー)

という具合に。

 

以下の動画の0:30~0:34 0:50~0:54の部分ですね。

●大滝詠一「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」 (クリックしてお聴きください)

 

 

第4章 Bメロとエンディングと“恋は何処”

「恋するカレン」のフックと言えるのは、Bメロの頭の部分です。


“フック”とは曲を聴いていて、トコロテンのようにスルーっとは流れずに、一瞬「ん?!」と引っかかるところです。
フックはヒット曲には必須の仕掛けです。

 

「♪ だーれーか はーな しかけーてーもー

 

Bメロの頭の、この部分を音階で記すと、たった2音のメロディです。

 

「♪ ファ#ーファ#ーミ ファ#ーミ ファ#ミファ#ーミファ#ー

 

ここのところのコード表記は、ギターやピアノの楽譜、それに絵本「ナイアガラ・ソング・ブック」の譜面を見ても、「  (ラ・ド#・ミ)  」とだけ記されているのがほとんどです。

 

しかし、実際に鳴っている楽器やメロディの構成音からすると、「 A6 」であったり、もっといえば「F#m7 onA」の響きになっています。

 

ベースの音が「 ラ = A 」を弾き続ける上で、
「♪ ファ#ーファ#ーミ ファ#ーミ ファ#ミファ#ーミファ#ー
というメロディが静かに歌われることで、“切なさ”が、ぐーーーーっと押し寄せてくるのです。

 

その辺りはテレビCMでも効果的に用いられていて、「君は天然色」のCMでは必ずイントロから始まっているように、「恋するカレン」のCMはBメロの頭から流れます。

 

「恋するカレン」(トヨタ アリオン CM )

「YouTubeで見る」をクリックしてご覧ください。

 

ただ、この“切なさ倍増”効果は、音楽的な構造によるものだけではないのかもしれません。
歌詞も、やはり重要です。

 

海辺のジュリエット」では当該のBメロ部分の歌詞は、こうなっています。
「♪ 今 君の細い指が
「♪ 海の底 泳ぐたびに
「♪ 明日 僕は 白い船で

 

うーん、フック効果が弱いですね…。

一方、「恋するカレン」では、切なくおいしいメロディのところに絶妙な歌詞が配されています。
「♪ 君が彼の背中に
「♪ 誰か話しかけても
「♪ かたちのない優しさ

“切なさ倍増”どころか “切なさ×4” くらいになっていますね。
 

 

さて。
「恋するカレン」のBメロの部分で下敷きになっているのは、サーチャーズが歌う「Where have you been 」です。
恋は何処」という邦題で知られている曲を彼らのサード・アルバム「IT' S THE SEARCHSERS 」(1964年)でカヴァーしているのです。

 

The Searchers 「 Where Have You Been 」

 

彼らのバージョンは、ほどよい余韻を伴ったカスタネットが“音場感”を演出しており、大滝さんの心をとらえたことでしょう。
 

動画を最後まで聴いていただくと、「恋するカレン」のエンディング(コーダ)が、サーチャーズのバージョンの「 Where Have You Been 」に影響されているのがお分かりいただけると思います。

 

このサーチャーズのプロデュースを1960年代に手掛けていたのは、イギリスのバカラックと評されるトニー・ハッチでした。

トニー・ハッチが、妻のジャッキー・トレントの曲をフィル・スペクター的な味付けで料理した手さばきは、見事なものでした。

●Jackie Trent 「 If You Love Me (Really Love Me) 」(1964年)(クリックしてお聴きください)

 

トニー・ハッチがあのペトゥラ・クラークと作った曲「You Are the One 」は、1965年にザ・ヴォーグスがシングル曲としてリリースして、北米でヒット。
ペトゥラ・クラーク自身も同年にシングルでリリースし、英仏でヒットしました。


 

●Petula Clark 「 You're The One 」 (クリックしてお聴きください)

 

●The Vogues 「 You're The One 」 (クリックしてお聴きください)

 

そして、この曲「 You're The One 」の歌い出し4小節のコード展開が、「幸せな結末」の歌い出しの「♪ 髪をほどいたー 君の仕草が~ 」の部分のコード進行の下敷きにされているのですね。

 

大滝さんが往時、「『幸せな結末』の出だしを“ソ”から始めたかったけどうまくいかなかった」と
語っていたように、展開は同じですが完全一致ではなく、「幸せな結末」は よりシンプルなコード進行に落ち着いています。
 

デイヴ・クラーク・ファイヴ と サーチャーズ(トニー・ハッチ)との双方の曲が、「恋するカレン」と「幸せな結末」との両曲の前奏、歌い出し、エンディングに影響を与え合っており、“ナイアガラ界隈”でも密接なグルーピングで仕分けされそうです。

 

思えば、大滝詠一さんが選んだ『アメリカン・ポップス! 私の100枚』(サウンド・レコパル1981年6月号掲載)で、75枚目のデイヴ・クラーク・ファイヴと76枚目のサーチャーズは、肩を並べていました。

 

 

APPENDIX(オマケ)  フォロワーズ(その2)

皆さん、ナイアガラっぽさを意識すると「恋するカレン」タイプの組み立てになるようです。

 

●ラッツ&スター 「真夜中のダイヤモンド」(1983年) (クリックしてお聴きください)

井上大輔が思いっ切りナイアガラっぽさを狙って作った曲。

トランペットの響きがあまりにも美しい。

 

 

●堂島孝平 「だまって俺についてこい」(2008年) (クリックしてお聴きください)

「君は天然色」「ペパーミント・ブルー」「座 読書」をカバーした彼が、ナイアガラっぽさを意識した提供曲をセルフ・カバー。
 

 

●福山雅治 「明日の☆SHOW 」(2008年) (クリックしてお聴きください)

キリンビバレッジ「FIRE」のCMソングとしてナイアガラ風味に書き下ろされた曲。
ご本家筋の井上鑑も編曲に加わっている。

 

 

※次回は、「恋するカレン」のサビについて、5月29日に亡くなったB・J・トーマスを追悼しつつお届けします。