「EACH TIME」解説
第1章 ペーパーバックと「座 読書」とAメロ
第2章 ソフトロックとチャーリー・カレロとBメロ
第3章 スカっとさわやか「針切り男」
付 録 40th記念バージョンのポイント
第3章 スカっとさわやか「針切り男」
ウェブで読める大人の音楽誌『otonano』で、柴崎祐二氏が「夏のペーパーバック」について、以下のように表現していて、興味深かったです。
スカ・リズムを刻むヴァースもとても可愛らしい。
洋楽では曲のワンコーラスの構成を「コーラス(サビ)」と、サビに至る過程の部分の「ヴァース」とに、区別したりします。
「夏のペーパーバック」で “スカ・リズムを刻むヴァース” というのは、、、
「♪ 白い寝椅子の上にー うーすいpaperback~ 」
の箇所での、バックの演奏を指しているのでしょう。
以下の動画の0:47~の部分ですね。
(私は、ココの部分はむしろ「夏のペーパーバック」の“サビ”だと思っていますが…。)
大滝詠一 「夏のペーパーバック」
“スカ・リズム”の分かりやすい例といえば、やはり、東京スカパラダイスオーケストラを挙げておくのがよさそうです。
なにしろ、グループ名に“スカ”が付いているのですから。
東京スカパラダイスオーケストラ 「めくれたオレンジ」
この動画のメロディのバックで流れる
「♪ ンパッ パッ パッ パッ」
と裏打ちし続けるリズムが、“スカ・リズム”ですね。
では、大滝詠一さんは、
「♪ 白い寝椅子の上にー うーすいpaperback~ 」
でのバックのリズム・パターンで何を意識していたのか、それは、はたして“スカ・リズム”だったのか、私なりに考えてみました。
本ブログの 解説#1「夏のペーパーバック」 の回で記したように、「夏のペーパーバック」のモチーフになったのは、大滝さんがCM用に作ったもののボツになった「悲しきWalkman '81」だと思います。
そして、その元を辿ると、フォー・シーズンズの「Walk Like A Man」に行きつくのだと…。
この「Walk Like A Man」は、日本でもシングル曲として発売されました。
その邦題は、「恋のハリキリ・ボーイ」。
大滝詠一さんは、アルバム「GO! GO! NIAGARA」の中の一曲、「針切り男」へと発想を飛ばし、
「♪ 針切り男(ボーイ)、針切り男(ボーイ)…」
と気持ちよく歌ったのですね。
大滝詠一 「針切り男」
この「針切り男」をよーく聴くと、バックの演奏のリズムは、先に例示したような
「♪ ンパッ パッ パッ パッ」
というリズムになっているのですね。
つまり、そのリズムは「夏のペーパーバック」の
「♪ 白い寝椅子の上にー うーすいpaperback~ 」
のバックのリズムに引く継がれていると…。
大滝さんの頭の中では、「恋のハリキリ・ボーイ」~「針切り男」~「悲しきWalkman '81」~「夏のペーパーバック」というようなイメージの連鎖があったのではないか、と想像できるのですよね…。
ちなみに、ビートルズの有名な曲、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ(Ob-La-Di, Ob-La-Da)」も、ポール・マッカートニーが “スカ・リズム” のレコードを聴き、感化されて作曲したと伝えられています。
The Beatles 「 Ob-La-Di, Ob-La-Da 」
「夏のペーパーバック」解説の第2章 で述べたように、
「♪ 白い寝椅子の上にー うーすいpaperback~ 」
の箇所の元ネタ曲は、ザ・サークルの「ドント・リーヴ・ミー」であると思います。
そのザ・サークルはビートルズのマネジャーに見出されてデビューして、ザ・サークルのアルバムの中ではそのマネジャーがタンバリンを叩き、そしてビートルズのアメリカ公演にザ・サークルが帯同していたことなども、大滝さんは熟知していました。
そんなアレコレもまた、先ほどの「針切り男(ボーイ)」から連なるイメージの繋がりの中に内包されていたのかもしれませんね。
付録 40th記念バージョンの「夏のペーパーバック」のポイント
40th記念バージョンの「夏のペーパーバック」では、「ビーチ・タイム・ロング」や「コンプリート・イーチ・タイム」などで聞き慣れた、いわゆる“ベース抜き”のイントロが聞かれます。
40th記念バージョンでは、過去の“ベース抜き”のイントロと比べても、チェンバロのフェーダーを上げているのか(?)と思ってしまうほど、従来よりも格段に情報量の多い、リッチなチェンバロ・サウンドが聞こえます。
今回の「イーチ・タイム」40th記念バージョンのマスタリングの特徴として、中音域がリッチになっているので、その影響でチェンバロが“ふくよか”になっているのかもしれませんが、それだけでは説明のつかない“謎”です。
本解説の第3章で述べたように、「夏のペーパーバック」のイメージの繋がりの中にあったであろう「針切り男」で、曲のサウンドを特徴づけるメインの楽器はサックスでしたが…。
40th記念バージョンの「夏のペーパーバック」の間奏のサックスは、久々に「ファースト・イーチ・タイム」のときのテイクが復活しています。
'84年版の初代「イーチ・タイム」を、私、「ファースト・イーチ・タイム」と呼んでいます。
“ファースト”といえば「ファースト・ガンダム」と呼ばれる初代のガンダムが、時代を経て2024年になってもなお、横浜で実物大で展示され、多くの観客を集めました。
「ファースト・ガンダム」が今もなお支持され続けるのは、決して、数十年分の未来を先取りしたハイカラな作品だったからではなく、一本、筋の通った古典的で骨太な何かが内在していて、それが揺るぐことなく時代を超越してきたからでしょう。
「ファースト・イーチ・タイム」にも、同じことが言えそうです。
「ロング・バケイション」のサウンドのインパクトのせいか、その直後から、日本の歌謡界のサウンドは急速に進化して、「イーチ・タイム」の頃には世の中が、ナイアガラ・サウンドの熟練度に追いつきつつありました。
さらに、「フィヨルドの少女/バチェラー・ガール」のシングルが出た'85年末ごろには、そのナイアガラ・サウンドを聴いても、新鮮味や感激度合が薄れているのを感じるくらい、歌謡界のサウンドは急激に進歩していました。
当時、決して超ハイカラではなく、ギリギリ先進的と言える風合いだった「イーチ・タイム」が、これまで長く支持されてきたのは、「ファースト・イーチ・タイム」に古典的で骨太な一面があったからなのでしょう。