▷結婚3年目、2人の天使ママ。 -5ページ目

▷結婚3年目、2人の天使ママ。

授かった命は、
お空に帰ってしまいました

2022.04.25 9w稽留流産
2023.06.05 18w中期流産



2人の天使ママです

こんばんは


明日から実家に帰る予定なので

朝から少しバタバタしていましたアセアセ


帰るのも少し辛い事もあるけれど

1人でいる方が今はすこし辛いし、

旦那も行っておいでと背中を押してくれたので

行くことを決めました新幹線後ろ新幹線真ん中新幹線前



 



タイトルにあるとおり、次に進むには

どうしたらいいか全く見えていません悲しい

悲しみに暮れて1ヶ月が経とうとしていますが

まだ私の頭の中はぐるぐるしていますうずまき


悲しい 悔しい 苦しい 辛い

ずるい どうしてわたしばっかり

旦那への申し訳なさもしっかりあります



ずっと悲しいままだと
赤ちゃんも悲しむよ

1人目の子を流産した時からよく聞くワードです
少なからず私を励まして言っているのは
わかっていますが、そんなこと言われても
悲しいものは悲しいし、
腹の中ではあんたになにがわかる
と攻撃的な気持ちになります

カウンセリング等受けたことがあるのですが
感傷的になったり攻撃的になったりする
状況になるのは鬱傾向が強く出ている
可能性があるそうですが、
いやいやこの気持ちは誰しも持つものでは?
とは思っていますが
私と同じ境遇の知人などがいないので
なんとも言えないですけどね




染色体異常

もうこの言葉が怖くてたまんない
もしかしたら私に劣勢遺伝子があるのかもしれない
もしかしたら旦那にあるのかもしれない

検査ができなくて、2人目の子の染色体が
どうだったのか分からなかった。
赤ちゃんの染色体異常での流産という
可能性があった というはなしで終わったけど

何もかも良く分からない状況で
3人目!なんてまだ考えられなくて

でも、妊娠したくないわけでもなくて
だってあんなに幸せな時間をくれたんだもの

悲しい気持ちを上書きしたい
少なからずその気持ちはある
2人目を忘れるためじゃなくて、
そうじゃないんだけど
そう捉えられてしまうかもしれないけど
なんて言ったらいいんだろうなあ
言葉って難しいね


前向きな気持ちはある。
でもまた大きくなる前に別れなきゃいけなくなるかもしれない
私たち夫婦2人に原因があるのかどうか
お医者さんは後押ししてくれたけど
夫婦の染色体検査をしないで3人目を考えていいものか


うーーーーん



 

 こんにちは

 

昨日、病院に行ってきました病院

赤ちゃんの染色体と胎盤の検査をしていたのでその結果を聞きに行きました

 

 

 

結果:検査できませんでした

 

 

なんかショックが少しあるのでなんて言えばいいのかわからないんですけど、

検査に出したんだけど、細胞がうまく採取できなくて見れなかったそう。

その結果で何を言いたいかというと赤ちゃんがお腹の中で亡くなっていたみたいなの

 

数日経過してしまうともちろん、細胞は死んでしまう

 

お医者さんが言うには、

染色体の検査はできなかったけれど、

羊水を作ることが出来ない染色体異常(調べたらいろいろ出てくるね)の赤ちゃんだった可能性が高い

受精するときにマイナス因子が出来てしまったんだと思う。

とのことでした。耳の位置も低い子だったのでなんとなく納得はした

妊娠時も母体側には異常はなかったから、また妊娠を考えてもいいとは思うとのことで

でも3人目とか考えたいけどどうしたらいいかわからないから旦那とも話し合ってない

 

胎児の染色体異常はさ、

確率論だよね、どこまでその確率論に納得できるか。

60%は大丈夫 なのか 40%はダメ なのか

↑これは例えばの話なので、染色体異常が6割の確立というわけではないです。

でも、どう考えるかって難しくて。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この苦しみや悲しみを何一つ知らずに生きて、子どもを授かって産んでいる人が憎くなる

当たり前のように過ごしていること 当たり前じゃないからね

年齢的にも「子どもは?」とかうかつに聞いてくる人はこの気持ちを知らない人だと思って距離を取ってしまう

 

自分の心を保つために 攻撃的になってしまう

 

 

この考え方しても自分が苦しくなるだけなのわかっているけど

そこからどう好転させていけばいいか分からない

気力がなくて 体が動かせないから 頭も動かない

 

ああ お空にいる二人に会いたい

お空にいたほうが 私はしあわせなのかもね

 

 

 

 

 

 

こんにちは。

きょうの晩御飯の決定権を旦那に託したので、旦那からの連絡待ちな私です看板持ち

午後からやることを詰め込みました。

 

 

結婚式に参列してきました

 

まあこれがしんどい案件だったわけですよ。

旦那と私の共通の友人で4人仲良しって感じなわけです

招待状をいただいた段階で安定期だったので、旦那経由で「妊娠しているから」と

話をしてもらっていました。

なので「流産した」と連絡もしないといけなくて、旦那にしてもらいました

本当は行きたくなくて2日前から鬱になっていました

でも旦那には「行きたくない」なんて言えなくて、雰囲気は感じ取ってくれてたと思うけど

あえて何も言わずにいてくれていました

 

まあでもね、あれなんです

子どもが一緒にいる結婚式だったんですよ

生後半年になる乳児がその夫婦に入るわけでまたその事実も私にはつらいわけです

1人目が生まれていたら月齢の差があまりないため

ああどこまで私のメンタルをボロボロにすれば気が済むのよ、となるわけです不安

 

 

 

結果 行ってよかった

 

 

www掌返しすぎないか?

私だってそう思いましたわ。

正直、式の内容とかはトラウマでしかないよ?

子どもメインの演出が多かったし、モニター最前列でエコー写真うつったり

無意識だったのかもしれないけど、旦那も下向いて見てなかった

 

流産して悲しい気分なのは私たち夫婦だけだったので配慮なんてないわけですよ

披露宴ではひたすら酒をあおり、高砂に行かないという最低な参列者でした

(お酒の力で、乳児がいないタイミングで4人で写真は撮りました)

そのタイミングで私は涙腺崩壊。

私の悲しさをわかってくれる人が目の前にいたから

「なんて声かけてあげたらいいかわからなくて、ごめんね」って言ってくれて

数時間の辛さがなくなったわけではないけど、少し楽になった。

 

 

そして2次会は久しぶりに会った知り合いと行くことになって

1人と同じ帰り道だった。最近どう?なんて話をしていくとその子が子どもの話をしてきてさ

「俺もさ、なかなか二人目が授かれなくてさ、最近ダメになっちゃったんだよね」って

ああ、悲しい気持ちになっていたのは私たちだけじゃなかったんだ

「そうだったんだ、つらかったね・・・実は…」

と私たちの話もしました。

「いや、それは悲しいよ、かなしいね」って泣いてくれた。

飲み会行ってなかったら話すことなかったし、帰り道一緒じゃなかったら話さなかったから

行ってよかったって心の底から思った

 

 

旦那とは2次会は別だったので旦那にその話をしたら

「そっか、でもそうやって話せてよかったよ、ほんとによかった」

ってしみじみ話してきた

 

私の性格をよく知っているから、

悲しい事があるとなにもかもできなくなるから

私の気持ちを考えると「結婚式は行かなくていいんじゃない」って気持ちは少なからずあったんだと思うけど

それじゃあ悲しい気持ちは無くならない、何もしなかったら何も生まれないってわかってるから

私の背中を押してくれた。

2次会も「せっかくだから行ってきなよ」って言ってくれて

結果として行ってよかったってすごく思った。

 

ほんと、無口だけど私のことたくさん理解して

私のためになるように動いてくれる いい男だ目がハート

 

 

 

 

 

 

こんにちは

今日は旦那が美容室に行っていて家で一人です

(平日も今は産休をもらっているため、家で一人過ごしています)

 

さて、二度の流産経験がある私ですが、どうしても「なんで私だけ」と常に思っています

乳幼児と関わる仕事をしているので、

「変な体勢になっていたから?」「通勤時のバスの揺れ?」「腰がすごく痛かったから?」

「心配しすぎてしまった?」「毎日思えてあげてなかった?」

自分を異様なくらい責めてしまったりしているわけですが、、、

 

「ママのせいじゃないよ」そう言われても納得なんてしないですよね。

だって現に私のお腹のなかで生まれて、旅立ってしまったんだから

 

 

 

 

いろいろ期待しすぎると、万が一の結果になった時につらいから

という理由で、二人目を授かった時は妊娠の例のアプリはインストールしなかったり、

某ベビー用品店でのプレゼントなどの登録も一切しませんでした

浮かれすぎると、反動がつらいから

この気持ち、理解してくださる方はいるんでしょうか?

でも、浮かれてないわけではないんですよ?

本当はすぐにでも知り合いに報告してのろけたかったです。

名前を考えたり、キャンペーンサイトとか登録してたくさんプレゼントもらいたかったです

ベビー用品店に行って旦那とたくさん話をしたかったです

 

でもどうしてだろう、また私より先に旅に出てしまった。

子供たちの事、考えてなさ過ぎて寂しくなったのかな?

「僕の事、思ってくれてないのかな」って思っちゃったのかな

そうなんだとしたら 母親失格だな

 

お腹にいるときからちゃんと行動に移して息子に会いたいんだよって

表現してあげなきゃいけなかったのかな

いまからじゃ もう遅いんだよね

 

時間が巻き戻れるのなら

自分の保険なんてもうかけないで 目の前にいる我が子のために

たくさん たくさん愛を注いであげたかった

 

 

 

 

火葬が終わり、翌日には納骨だった。

 

本来であれば旦那の方のお墓に入れてもらうのが一般的なのかもしれないが、

少しややこしい家庭なので、そこに入らなかった。

家から少し距離はあるけど、車でも電車でも行けるところのお寺に納骨することにした。

1人目ちゃんとは違うお寺になった。

引っ越しなどと相まって旦那と相談した結果。

 

 

雨の予報だったのに、その時間だけ晴れた。

いやはや、どこまで持っているんだろうね

 

受付などを済ませて、供養をしてもらった。

お経を読んでいる間、私たちの周りに蝶がやってきた。

ぐるっと回ってその場を去ったと思ったら またやってきた。

 

 

ずっと見守っていてくれるよね

 

 

22週未満の死産の場合は、出生届の提出は必要なく、死産届のみになる

要するに息子には戸籍がない。

生まれた記録がない。

 

でも、私たち夫婦に会いに来てくれた。

病院では看護師さんに「お名前は決めているんですか?」と聞かれた。

 

 

名前を付けてあげたい気持ちと

名前は付けられないな という気持ちが入り混じった。

 

付けてあげたいけど 息子に対して呼んであげられない悲しさ

付けてあげたいけど ただ悲しさを助長するだけなのではないか

旦那に相談してみたら

 

 

名前はつけない

 

 

そう決まった。

名前はじっくり考えて息子の未来のために、未来を願うようにつけてあげたい

急いでつけるのはかわいそうだし、俺たちが思い続けていればいいんじゃないかな

 

私は愛称でたくさん息子を呼んであげています

それで喜んでくれるかな?

 

 

火葬当日。

雨の予報だったのに晴れ間が見えた

持ってる子である。

 

受付まですこし時間があったので車内で棺を開けて息子と三人で過ごした。

「晴れたね」なんて会話をしたりした。


 

焼香もさせてもらって

最後の別れをした。

ちいさい ちいさい棺の中に眠る 可愛い可愛い息子の顔を忘れないよう 目に焼き付けた

パパに似た顔を撫でて ありがとうって言った

最後って分かると余計に離れたくなくて、ずっとその場にいてしまった

最後、棺を閉めることが出来なくて 

離れたくなくて 

でも お空いる最初の子が待っているから と自分に言い聞かせて

旦那と泣きながら棺を閉めた。

 

 

 

小さい赤ちゃんは火葬すると骨を残すのは難しいって言われていて

専門の斎場があったりするんだけど、私たちは一般的な斎場にお願いした。

運よく、なのか斎場の気遣いなのか定かではないけれど、

朝一番の中央の炉に入れてもらうことが出来た

 

40分ほどで呼ばれた。

 

ちいさいながら しっかりと 骨になって のこっていた

 

 

斎場の人も「綺麗にしっかり残ってくれましたね」ってお話してくれた。

ほめられたようで嬉しかった。

 

最初に出会った時と同じ

両手にすっぽりと収まる大きさ。

 

さて、少し曇った空を見ながら、ママに抱かれて ママの膝の上で帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


数日前に再開したブログ、たくさんの方に見ていただいたようでびっくりしています。

ありがとうございます。



退院して市役所に死産届けを出しました。

火葬と埋葬許可証をもらって火葬の手続きをしました。


ああ、悲しい

死んでしまったんだ、とより思ってしまって

市役所で泣いてしまった




数日間はいっしょにいれることがわかった。

お葬式は執り行わないで3人で過ごしてから

火葬してもらい、私たちが決めたお寺に埋葬してもらうことにした。


3人で過ごす数日間。

買い物などをしなきゃいけない時間は

退院する時からずっと一緒にいてくれている

ぬいぐるみをそばに置いて一緒にいてもらうようにした。


「いってきます」

「ただいま」って言った



火葬の数日前「布買いに行こう」と旦那に言われ

布を買いに行った。何を作るのかは教えてくれなかった。

こっそりリビングで何かを作っている様子をみまもりながら、我が子の眠るリビングで寝た。


朝起きたら可愛い洋服が出来上がっていた。


旦那に「おはよう」という前に泣いてしまった

新生児のサイズよりもちいさい ちいさい

息子にぴったりの あおい洋服だった



ああ、旦那はこうして息子に贈り物を自分で作ることで落とし込もうとしているのかなと思った

悲しいけど浸っていたら息子が悲しむから

息子にあげられるものを 父親として作ったんだな


「見て見て」と小さい棺を開けて

眠る息子の体の上に洋服を重ねてあげた


「ほら、いい男だろ?」




ああ、父は強いな

私が惚れた人だけあるよ


旦那に似てほんといい顔してるよ

かっこよくて 離したくないよ


注意多少、省略して書きます注意
出血や処置などの話があります





入院当日、発熱して入院時間が変更になった
時間が変わり、病院に向かう時車内で出血した。

焦っていた。
もうダメかも知れない、と思いながらも
浅くなる呼吸の中、病院に電話をした。

血はだらだらと流れ、ズボンに滴るくらいで、
少し吐き気もあったので持ってきてたタオルを
あてて病院に向かった。

そのあとすぐにありえないほどの腹痛
耐えられなくて、叫ぶほど。

「もうちょっとだからね、がんばってね」

旦那に言われたけどそれどころじゃなかった
痛いし、気持ち悪いし、出血してるし
体をどうしてるのが楽なのかわからないほど。

そしてそのあと、どろっとしたものが出た感覚があった。

病院について車椅子で救急のところに入り、
分娩室にそのまま入った。

結果として、
赤ちゃんが出てきていた。

どろっとしたものが出た感覚というのが
赤ちゃんが出てきた ということだったようだ
お腹が痛かったのは 陣痛だったみたい


「赤ちゃん、出てきてたからきれいにしてもらってきますね」って看護師さんに言われた

そのまま、胎盤を出す処置をしてもらった
まあそれが痛い。痛かった
でもそんなことより、左手に点滴入れたんだけど
その針の方が痛かったんだよ。採血よりも。
「痛ったぁ〜〜!!」とか言ってた
そして右手は血圧測ってるのよ
私の体忙しすぎた。

「痛いね~ごめんね」とか言われたけど
1番痛いの結局どれかわかんなかったな
点滴一回で入らなくて2回やり直しだったよ



なんとか処置が終わって、旦那同室の許可が出た



赤ちゃんにあった。



可愛い籠に入った ちいさな ちいさな 我が子
両手で抱いたら全てがおさまってしまうほど



正直、最初は見るのが怖かった。
でも、ちゃんと見ることができた時、
「すごいなぁ」って言った
本当はラミナリアを入れて子宮口を広げてから陣痛を起こす薬を入れてもらって産む予定だったのに

この子はそれを望まなくて自分のタイミングで
パパとママが一緒にいる時間で
痛いのが苦手なママのために
1番ママが苦しくない手段で
自分の意思でこのせかいにやってきたんだ

旦那がそう言ってくれて涙が止まらなくなったし
親孝行な我が子を誇りに思った

18週4日の命を 一生懸命 生きて
会いにきてくれた
愛しい 愛しい 私たちの息子



入院予定までいろんなところへ行った
自分の悲しみを少しでも忘れるために
そして少しでも3人ですごした思い出を残すために。

死産になるため、さまざまな手続きが必要らしい
それは旦那が調べてくれていた。

入院前日に旦那からそれについて話があった
「どうして生まれてないのに、
死んでしまった時の話をしなきゃならないの」

辛すぎた。
死ぬために 生まれてくるのか
摂理としては最適解かも知れないけど
生まれてきても自力で過ごせない数週で
外の世界に出さなきゃいけないなんて
そんな辛いことないよ。