ドラマが好きなので、1月スタートのドラマを見ようと2つチェックしたが、2つともいわゆる「ジャニタレ」(当ブログで言う「ジャニタレ」とは、旧ジャニーズ事務所による脅迫営業、テレビ局による忖度営業によって作り出された虚像タレント、実力の伴わないタレントを指す)が主役で、どちらも見るのを断念した。私はジャニタレではなく、プロパーの俳優さんたちが演じているドラマを見たいので、個人的にジャニタレが出るドラマは見ないことにしているのである。

 今日の午後、以前に放送された「大奥」(フジテレビ)の再放送を見た。NHKの「大奥」と同じように面白かった。そして、来週から新たに新作の「大奥」(フジテレビ)が始まるという。「頼むからジャニタレが出ませんように」と祈りながら、番組のホームページでキャスト一覧が表示されるボタンを押してみた。「ガーン」。やはりジャニタレが1人くっついていた。

 秋スタートのドラマもジャニタレばかりであったが、それにもまして今年はジャニタレ優遇措置に拍車がかかっているように思う。

「メディア業界の解体的出直し」「圧力や忖度はやめる」「公平・公正な番組作り」などと言われ、全テレビ局、多くのテレビ出演者たちが反省の弁を述べたのは昔のことではなく、つい半年ほど前のことだ。やはりテレビは「なんでもあり」でできており、そもそも「重く受け止めてこれから変わっていきます」と言っても変わった物(理想形やゴール)が存在していなかったのだと思う。

 あれほど大きな事件が公になり、テレビ局やテレビ出演者たちが総ざんげしても、1年と持たなかった。変わるのは、永遠に無理だと思う。もし今後変わっていける時が来たとしたら、どんなターニングポイントの事件が公になった時なのか。今後、喜多川事件以上の事件は時代的(内容)にも時間的にもおそらく起きないだろう。

 羽田空港では、管制官から航空機に対して「ナンバーワン」「ナンバーツー」などの離陸順を表す情報の伝達をやめることになった。

 内部でのルールがどのように周知・共有されていたかわからないが、外部の素人からみると、「ナンバーワン」と言われれば、滑走路を利用できる順番が1番だと捉えるだろう。

 C滑走路が離陸専用、あるいは着陸専用の滑走路であれば、「ナンバーワン」「ナンバーツー」などと利用する順番を伝えてもよいだろうが、1つの滑走路で離陸と着陸の飛行機が入り混じっているのに、どちらか一方の順番だけを伝えるのはやめたほうがよい。どうしても言うのであれば、離着陸合わせて滑走路を利用できる順番として伝えるのであればわかる。

 今回の離着陸入り混じっている中での離陸だけの順番を伝えるというルールは、非常にまずかったと思う。

 能登半島地震が発生した1日、岸田首相が自衛隊派遣を決めたのはその日の夜で、その人数は千人だった。あまりにも少なすぎる。能登半島で倒壊した家屋は、おそらく数万軒である。十万人の間違いであろう(東日本大震災の時にも1週間後には十万人の自衛隊員が救助に当たったので、人数が足りないわけではないはずである)。この政府の初動ミスで、72時間以内に救出できる人数が決まってしまった。どんな政策、どんな対応でもそうだが、政府のメンバー(政治家)は専門家ではなく、いかに能力がないか(人気投票の選挙で選ばれた素人たちということを)自覚して職務に向かわないと、一般市民以下の判断、行動をとってしまうことになる。自覚することで、怖さのために様々な予防線を張ったり、あらゆる事態を想定して事前準備をしたりすることが可能となる。傲慢さがあれば、ゆがんだプライドがあれば、必ず抜け落ちが生じ、場当たり的で後手後手で不適切な対応しかできなくなる。

 初動の遅さと言えば、47都道府県のレスキュー隊や警察などもすぐに向かったのだろうか。崩壊した家では助けに来るのが順番待ちになっていて、今日現在でも300人以上が行方不明となっている。72時間を過ぎ雪も降った。これから救出しても生存は厳しいものがある。こうならないために、発災翌日には全国から自衛隊、消防、警察、土木会社などが向かうべきだった。

 通行できない道もあるが、遠回りをすればほとんどの地域には行けるようだし、孤立している集落へは、学校のグランドなどからヘリで向かえばよい。ヘリがなかったというのであれば、ヘリを用意しなかっただけである。全国には利用できるヘリは数百はあったであろう。様々な方法で72時間までは、日本全国の力を120%集中させれば、多くの命を救えたと思う。日本の国力を見ると、人材や機材が足りないということなどあるわけがない。情報収集能力の問題か、対応力の問題か、そもそも振り分け部署や災害統括が存在していなかったか、できる範囲でほどほどにやろうと思っていたかのいずれかであろう。

 5日目から大規模救助が始まったとか、今日から全力で救助に当たることになっているというが、すべてが遅い。5日目からであればむしろ倒壊家屋での救助活動人数を減らして、その人数を道路や電線の復旧や避難所の環境改善に向かわせる時期でなければいけない。いや、全国の各自治体から医師や看護師、役場職員、警官、機動隊などが数人ずつ集まり、倒壊家屋からの救助と並行して発災翌日から避難場所での対応をすることも可能であったはずだ。

 雪の中、必死になって少ない人数で救助に当たっているようだが、タイミングも人数も何か違う感じがして、もったいない思いである。

 数百人が避難をしている能登のある体育館では断水しており、仮設トイレも数個しかない。衛生環境が悪化し、発熱や腹痛を訴える人が増えてきているということだ。

 日本全国には、現在使われていない仮設トイレが数千個か数万個はあるのではないだろうか。その数十分の一でもよいので、3日後には断水している避難所に到着するようにしてほしかった。

 ガソリンはどうか。薪はどうか。飲み水はどうか。

 これから徐々にいきわたっていくのだと思うが、人命救助はもちろん、全てにおいてスタートが遅い気がする。例えば、発災の3日後に100個以上の仮設トイレの輸送(近くの役場まででもよい)を開始した県には十億円あげると言われれば、どこの県もかき集めて行動に移したであろう。物理的な問題ではないと思う。

 能登半島地震から7日たった今日の時点で、まだ200人以上の方が行方不明となっていて、救助も順番待ちになっているという。

 順番を待たずに救助してもらえるように、調整の上で石川県以外の46都道府県からヘリでレスキュー隊が能登半島各地に一斉に行けばよかったと思う。重機は周辺の県から自衛隊の大型ヘリが運べばよい。今からではもう遅いが、これをせめて発災の2日後には、物理的にはできたであろう(翌日は配置計画と準備)。

「現在、救助隊は頑張っています」というアナウンスが今日もテレビから流れてくるが、スピードやタイミング、方法を誤ると、必死の努力も無駄になることを認識したほうがよいと思う。わかりやすく言うと、1年後に救助を命がけで頑張り出しても意味がないということだ。

 今回も、初動対応があまりにも遅すぎた。大地震直後から全力で情報収集→救援・救助に向けて46都道府県が行動をスタートしなければいけなかった。72時間を過ぎてから全力を注ぐのではない。72時間まで120%の力を注ぐのである。72時間の間、倒壊した家屋からの救助に関して、おそらくほとんど何もしない県が多かったと思う。

 もちろん大規模土砂崩れなどで、実際はすぐに救出することが難しい個所もあるだろうが、せめて全国の自衛隊やレスキュー隊などは、72(+α)時間まではすべての地点において物理的に可能な限りの救助活動をするべきであっただろう。誰も助けに来ず、崩落した家の横で救助の順番待ちをしている家族の気持ちを考えると、悔しさがこみあげてくる。

 今日の能登は雪まじりの冷たい雨が降り、気温も低下している。200人以上の行方不明者の安否が心配だ。

 能登半島の地震の被災住宅に侵入してみかんを盗み、愛知県の大学生(21歳)が窃盗と住居侵入の疑いで現行犯逮捕された。住宅は地震で壊れ、住人が避難して無人だった。大学生は犯行を認めているという。

 ニュースでは、指名が公表されていない。これはどういうメッセージとなって予備軍に伝わるかというと「今は盗めるぞ。運悪く捕まっても名前は公表されないのでチャンスだぞ!。利益とスリルを味わえるぞ!」といったところだろうか。

 家が壊れ、避難所で大変な生活を送っている人に対して盗みを働くなど、とんでもない悪党だ。これまで義務教育や家庭教育を受けてきたのだろうか。

 警察は名前をすべて公表し、これ以上被災住宅からの窃盗事件が起きないようにしたほうがよい。

 能登半島の地震で道に亀裂ができ、孤立している集落に物資を届けられないらしいが、山小屋に荷物を運ぶように、大きな網で物資をくるんでヘリコプターでどんどんおろせばよいのではないだろうか。しかもヘリコプターであれば、近県の名古屋や大阪、京都、岐阜などから一気に短時間で物資を届けられる。

 数か所に救援物資がかなりたまってきている。道は寸断されている。それなら周辺の県から「ヘリコプターで、すぐに!」と私なら考えるが、できないことなのだろうか。それとも総司令の能力の問題なのだろうか。そもそも、今回の地震救援活動の総司令はいるのだろうか。各地の小さな地方自治体任せでは無理であろう。

 もし真剣に人命救助を考えるなら、自衛隊にあるような大型ヘリコプターで多くの自衛隊員やレスキュー隊員を運んで孤立集落での活動を行うこともできる。重機も自衛隊の大型ヘリで吊り下げて運搬が可能だ。飲料水やガソリン、ストーブ、薪なども、被害のない近県から能登の各集落にヘリでどんどん運べばよい。

 どこまで手間と金をかけてやるのか、何を切り捨てるのか、あとは命の選別(バランス)の問題なのだろうか。

 

 羽田航空での事故当時の機内の様子が、乗客のビデオなどで次第にわかってきた。

 8つのドア付近を8人のCAが担当していた。機長やCA同士の連絡は機材の故障で使えず、煙も充満してCAも機内の他のエリアが見えにくい状況だった。そうであれば、5分以上乗客をその場に座らせたり床に低くかがむように指示をして待機をさせておくのではなく、CAが担当の場所から外を見て炎が見えなければすぐにそのドアを開けて近くの人から、どんどん外に出すのが適切であった。全体を確認し全体で情報を共有しどこのドアを開けるか決めてから実行に移す必要はない。 煙や熱がやってきていつ爆発してもおかしくない状況下でそんなことをやっていてはいけない。実際、そんなことはできずに一番後方右のドア付近のCAは最後に自分の判断でドアを開けて乗客を外に逃がした。それができるなら5分以上も乗客を危険にさらしたりせず、すぐにやらなければいけなかった。

「どこのドアを開けられるか確認してからでないと、火が機内に入ってしまうからCAの行動は適切で素晴らしかった」とコメンテーター達は口をそろえて言っているが、それは論理的におかしいことだ。窓から外を見て近くに火がなければ開けられるのである。だからすぐにそこから降ろせばよい。それを各ドアのCAがやるしかないのだから。その情報をCAたちが全体共有するまで待っていることはないだろう。それをやっているうちに、開けられないドアの付近の乗客たちもやってきて逃げられるので混雑も防げ効率的である。

 映像や乗客の証言から、CAの良い働き掛けがあったこともわかっている。しかし、良い点がいくつかあっても、それによって効率の悪い危険な行動もあったことを否定することはできない。CAの動きについて十分検証し、今後同じことが起きた場合に備えてもらいたいと思う。

 あえて責任がどこにあるかを指摘するのであれば、CAはマニュアル通りやったのであろうからCAにあるのではなく、そのように指導したり訓練をしていた会社側にあるということになるのだろう。

 羽田空港での事故について、どの情報番組もニュースも専門家もCAをたたえている。

 なぜそうなるのだろうか。乗客全員が助かったからなのか。助かったのは、機体が一気に燃え上がったり爆発が起きなかった偶然による賜物である。それがCAの活躍が要因であるとはならない。

 結果的に乗客が偶然助かったかどうかで見るのではなく、もっと早く乗客を外に出すことができなかったかどうかで、CAの評価が下されるのが筋である。

 窓の外には炎が見え、機内に煙が充満してくる1分1秒を争う状況下で、乗客を席に座らせたり姿勢を低くさせたりすることが本当に適切だったのだろうか。もっと適切な行動が考えられるだろう。ドアを開ける前に燃料に引火でもして爆発していたら、CAに対するテレビ局の評価は180度変わっていた。「CAはすばらしかった。よかった、よかった!」ではなく、今後のためにしっかりとCAの行動について検証したほうがよい。良い材料である。

 あえて言うなら、乗客全員が助かったのは、少しハンディを与えられてしまったにもかかわらず、乗客たちの冷静さ、思いやり、見事な協力体制がよかったためである。もし私が搭乗していたら、今回の乗客のようにふるまえるか自信がない。

 能登半島地震発生から今日で72時間を迎える。

 日本各地からレスキュー隊がやってきて、今日から家屋の下敷きになった人たちの救助が本格的に始まった。この一連の動きに、私はどうも納得ができない。72時間たつまで、待っていたのだろうか。一昨日は来れなかったのか。昨日は来れなかったのか。嫌がらせではないと思うが、非常に腹立たしい。まさか、日本は地震災害な少ないから他県への救助活動の準備などは実際に発生してからでいいと思っていたのだろうか。とにかく救助の動きがスローだ。3日経ってから頑張り出すのではなく、3日まで全国のレスキューと自衛隊が命がけで頑張るのだ。そしてその間に物資や人材が集まり出すので、4日目から疲れた人々はバトンタッチをして休めばよい。

 今日は、意識不明の状態で次々に外に出され、近くで家族達が泣いていた。国か全国の自治体か消防隊かわからないが、私と考え方が全く異なる。