輪島市で、6~7階建てのビルが横倒しになり、押しつぶされた民家に人がいるようだ。男性が、女房が中にいるから助けてくれと訴えているが、自衛隊も手の施しようがなく、すでに撤収した。男性はビルの横に一人座って呆然と倒れたビルを見ている。男性の気持ちを考えると、とてもつらい。

 他の選択肢は本当にもうないのだろうか。それともクレーンなどの費用の関係なのだろうか。もしできることがあるのであれば、早くしなければ「72時間の壁」を超えてしまう。市や県ではたいしたことはできないと思うので、国が出て調整をしたほうがよいと思う。

 一般的に飛行機の着陸時に事故が発生し飛行機の停止と同時に避難をする際、CAはまず乗客に座るように指示を出すようだが、乗客の話によると今日の事故でもそのような指示だったという。停止後機内は煙が発生し炎の熱で熱さを感じ翼のあたりは真っ赤になっているのに、CAは「座ってください」「頭を下げて」という指示を出している。そのCAたちに対して、小さな女の子が「早く出してください」、「ドアを開ければいいじゃないですか」と繰り返し叫んでいる映像も公開されている。事故機の乗客の話によると、CAから「(入り口から)出て」とか「逃げて」といった具体的な避難指示は5~10分間はなかったという。あのような状況で何分間もだまって座って待っていた乗客たちはすごい。私だったら耐えられなかったと思う。私がその場にいたら、前の入り口を指さして「そこはまだ炎がきていないから、すぐに開けてどんどんおろして」「迷っている暇はない!」と叫んだかもしれない。

 欧米のテレビや専門家たちは全員が助かったのはCAの指示がよかったからというが、それは不適切だろう。結果がアンラッキーにならなかったからと言って、CAの行動がよかった、すばらしいなどとはならない。爆発が起きたり機内に火が入ったりするまでにたまたま時間があったため、運良く助かったに過ぎない。一気に燃え上がり火に包まれたら一人も出られなかっただろう。どちらに転んでもおかしくない結果だった。だから、このような場合にはベストな行動が必要なはずである。

 そもそもCAは若い女性が多く、40代~50代のベテランは少ない。しかも事故の経験などした者はほぼおらず、無経験で若いギャルがやっている印象だ。そのような人たちに数百人分の命を任せること自体、やってはいけないことだと思う。CAの重要な役目は、お茶くみではないはずだ。命をあずける相手として、外見のきれいさも年齢的な若さも、私はいらない。少なくとも10年以上(できれば20年以上)、全ての事態に対応できるように避難誘導の訓練を徹底的に受けてきた者だけが、数百人の命を預かる資格があると思う。CAの仕事はバイトでもできる「お茶くみ」のようなものではないはずだ。

 航空会社としても、とりあえず「座ってください」という指示ではなく、もう1度あらゆる状況のシミュレーションをして、ケースごとにCAの呼びかけや具体的指示内容、行動を検討したほうがよい。CAの研修についても、10年以上の長期にわたる厳しい脱出訓練や研修が必要であり、合格した者だけがCAになるようにしたほうがよい。

 個人的にはCAが女性である必要もなく、力や判断力、行動力もある男性(レスキュー隊やSPのような男性)でもよいと思う。とにかく数百人の命を任せられる能力のある人であれば、性別も年齢もどうでもよい。だって、誰も人災によって死にたくはないだろう。ターミナルの中を若い女性CAたちがランウェイを歩くようにさっそうと歩いているが、私はあまりいい感じがしない。身の程を知っているのだろうか。

 今日の事故から航空会社が学ぶ点は非常に多い。機械は必ず故障を起こし、人間は必ずミスをする。それに当たった時、死に直結してしまうのが飛行機だ。だから私は数十年前に1度しか乗ったことがない。その中においても、死亡する確率をできるだけ減らすために、これまでの常識を変えてCAの存在意義や位置づけを問い直したほうがよい。乗客も、きれいな人から飲食の提供をしてもらいたいのであれば、飛行機を降りて地上についてからキャバクラか高級レストランにでも行けばよい。命をかけてやってもらうことではないだろう。

 昨日の時点でCAができるベストな行動として、前方にいたCAが窓から外を見るとまだ横(飛行機の前方)には炎がなかったはずだ。しかも機内の後方から乗客がやってきている。機内には煙が発生し温度も上昇中だ。そうであれば、後方の状態や炎の全体状況がわからなくても、とりあえず前方のドアを開けて近くの人からどんどん降ろすのがよかったであろう。CAは分かれて機内にいると思うが、例えば右後方に炎がなければそこを開けておろせばよい。脱出スライドに炎が近づいてきたとしても、すでに機内が燃えて移動ができなければ降りなけばばいけない。つまり昨日のような1秒を争うような時には、その場所に応じたCA一人一人の的確な素早い判断と行動が必要だったと言える。

 繰り返すが、昨日は本当に運がよかっただけである。乗客が全員降りる前に、たまたま爆発や大炎上が起きなかっただけである。偶然の結果である。火の回りが遅くて本当に良かった。

 あえて言うなら、全員助かったのは乗客が自主的に落ち着き助け合って行動した国民性による要因も大きいと思う。乗客たちは、パニックになっている人に声をかけ、押し合うことなく順番にスライドから降り、地上に降りた者は次に降りてくる人の手伝いをしたという。欧米のメディアは、そこがわからず、CAをたたえている。今後のためにも、正確で詳細な検証が必要である。

 地震に伴う輪島市の火事であるが、3時間以上も消すことができず、どんどん広がっている。道路の亀裂などで消防車がたくさん集まれないようだが、水をかけて山火事を消すヘリコプターを出動させれば、海の水を使ってすぐに消せると思うのだが・・・。火災発生後、1時間で地上から消すのは無理だと素人でもわかった。あの時に出動すれば今頃は消えていた。今からでもヘリコプターを使えば消せる。木造家屋の多い地域で、これ以上広がったらヘリコプターでも消せなくなり、自然消火を待つしかなくなる。自衛隊などへの救助要請のための会議をしたり書類にサインを書いたりして出動手続きに時間をかけているのだろうか。大規模災害時における手続きや形式的要請は全部終わってからでよいから、とにかく急いだほうがよい。

 現在、多くの人が近くの公園や高台に避難している。倒壊家屋に押しつぶされている人も大勢いるようだ。自衛隊でも近くの金沢市などでもいいから、すでに毛布や食料をもって、救助隊が能登半島に向かっているのだろうか。ヘリコプターを使ったり船を使ったりしての救援活動計画などは無かったのだろうか。昨年から能登は地震が多発していた。県や地方自治体は、災害時における対応策を考えていなかったのだろうか。今夜は冷える。

 1つ1つが準備不足で対応がスローだ(追記:総理が自衛隊派遣を表明したのは8時間後の24時前)。これでは、南海トラフ地震が起きて広範囲に火災や家屋倒壊が同時に発生したら、何もできずに指をくわえてみているだけのような気がする。国は、事前にすべての状況を想定して対応策を考えておかなければいけない。

 特に南海トラフ地震に向けては、自衛隊によるすぐの救助の他に、想定被災地県とそこを専門に救助する安全な県(東北や北陸、九州などの県)を結び付けておいたほうがよい。国だけでは、手に負えないだろう。日本国民は災害に備えて、もっと真剣に具体的で完璧な計画(どの場面で臨機応変な対応に任せるか等も含め)や準備をしておいたほうがよい。そうでないと人災になる。

 年末年始は特番が多い。今日の午後は、テレビ朝日で「相葉ヒロミのお困りですカー?」がある。

 二人の活動時期を調べると、ヒロミ氏のほうが10年早く、先輩のようだ。芸歴に関係なく、個性や魅力、盛り上げ力、面白さなど、全てにおいてもヒロミ氏のほうが上だ。それなのに、なぜ「ヒロミ相葉の・・・」ではなく、「相葉ヒロミの・・・」と、相葉氏の名前を先につけたのだろうか。

 それは彼が「ジャニタレ」だからである。それ以外の理由を思いつく人は誰もいないだろう。テレビ局によるジャニタレ忖度は、半年も経たずに復活した。ジャニーズ問題について、テレビ局は第三者委員会による調査と結果公表をかたくなに拒み反省しなかったから、改善できなかったのである。「反省なしに進歩無し」である。そもそも、この番組で相葉氏以外の適任者(視聴者が見たいと思う芸能人)が芸能人にはごまんといると思うが、なぜ相葉氏になったのだろうか。それも「ジャニタレ」だからだ。

 半年ほど前には「メディア業界の解体的出直しが必要」などと言われたが、冗談にもほどがある。そろそろ国民も忘れてきた時期だ。来年からテレビ局は、能力や魅力、個性など実力に関係なく、ジャニタレ最優先のバラエティ番組、主演ドラマ、旅番組、ニュース(キャスターやコメンテーター)、情報番組作りに全力で突き進むのだろう。昨日は、東山氏が「必殺仕事人」に出演しており、びっくりした。あまり宣伝せず、不意打ちのように忖度番組を決行していた。彼のソーセージ疑惑をはじめとしたセクハラ、パワハラ行為疑惑は、テレビ業界によって完全に黙殺された。テレビ局の行動基準が、正義や社会常識、法、道徳から離れたものであることに、私は恐ろしさを感じる。

 おかげでテレビっ子であった私も、最近はあまりテレビを見たいと思わなくなってきた。CMを挟みながら同じ場面を繰り返し放送して前に進まなかったり、普通のセリフのバックに大勢の笑い声を挿入したりなど、不快になる程の過度な演出頻度も増してきた。歌手もお笑い芸人も偽物が多すぎる。

 今後、テレビ局はどうなっていくのだろうか。

 レコード大賞をやっていると思い、テレビをつけたら、ano氏が「ちゅ、多様性」と言う局を歌っていた。

 最近、昭和の歌の番組が増えたが、50年後に令和の歌特集として、レコード大賞特別賞の「ちゅ、多様性」や紅白にも選ばれた新しい学校のリーダーズの曲が流れるのだろうか。エロや不思議ちゃんで選ばれているだけで、曲として歴史に残るとは思えない。

 他に平成後期や令和の曲で、どの曲が50年後に選ばれて放送されるのだろうか。ジャニタレグループの曲か。それとも坂道の曲か。同じようなメンバー構成、同じような衣装、同じような振り付けで、同じような曲を歌っているが、それらが歴史に残る曲とは思えない。

 50年後、平成後期や令和の歌番組は無く、昭和の歌番組として100年前の歌を放送しているように思う。日本の歌謡文化を数十年間破壊し空白にしてしまったのも、やはり(出演歌手を選定してきた)テレビ局である。

 ジャニーズの次は、吉本とテレビ局の関係が問題になっていくだろう。吉本芸人達の過去のパワハラやセクハラ番組は、ユーチューブに証拠として残っている。松本氏の発言がどうこうといったレベルの話ではない。ジャニーズ問題では、テレビ局は逃げ切ったが、今度の吉本問題では絶対に逃してはいけないと思う。逃がしたら、何でもありの社会になってしまう。

 なんとかして、日本を支配している2大悪、つまり政治とテレビ局を180度変えなければいけない。ではどうするか。それは国民が途中でやめることなく、政治とテレビ局が変わるまで声を上げ続けるしか、他に方法はない。あとは国民が道を選ぶだけだ。

 今のような政治家とテレビ局に任せていたから、高齢化や非正規問題が手遅れになり年金などの社会制度も期待できず、莫大な税金を捨てるような事ばかりし、メディア業界はパワハラ、セクハラ、忖度営業がはびこり、歌謡文化やお笑い文化のレベルを地に落としめることになった。これを続けていけば、保身や利益に際限はないためにさらに悪化していくだろう。現状維持ということはない。日本社会も環境問題と同じく手遅れのような感じがするが、今からでも方向転換をしないよりはしたほうがよいのかもしれない。

 今年に懲りて、来年は政治とテレビ局は少しおとなしくしたほうがよい。そして国民は、両者の改革に向けて何とか声を上げ続けてほしいものである。そのリーダー、先導役が必要であるが、今回は政治とテレビ局はそれができない。誰か適任者はいないだろうか。よくわからないが、日本学術会議はどうであろう。政府の犬でなければ、何とか頑張ってもらうことはできないだろうか。

 来年は、日本社会にとって、国民にとって良い年になってもらいたい。自分たちの社会が健全で安心できるものになれば、海外の問題にも真剣に対処していけるだろう。

 夏休みや冬休みなどの長期の休みに入ると、成田空港の出国ラッシュの様子がニュースで放送される。

 それを見て毎回思うのであるが、なぜ空港ではキャリーバッグの上に子供を座らせて引っ張っているのだろうか。駅や街中、観光地など他の場所で目にしたことは1度もない。

 キャリーバッグのタイヤの劣化にもつながるだろうし、何よりも子供の教育によくないと思う。本来の使い方とは異なる使い方をしてまで座ることを教えると、手すりや机に座ったり電車内の床や渋谷の路上に座り込んだりするような学生や大人になっていく道筋をつけることになる。

 小・中・高校では先生に、大人になってからは警察や一般市民に迷惑をかけるので、空港に行っても周囲に流されず、責任をもってきちんと子育てをしてもらいたいと思うのである。

 大谷選手ともう一人の日本人がドジャーズに入団した。

 この一年、ニュースでも「大谷選手が2塁打を打ちました」、「先発投手で投げました」など、スポーツコーナーではなくメインのニュース枠で、彼の一挙手一投足が報道されていた。もううんざりといった感じだった。

 大谷選手が好きな人や野球ファンにとってはうれしいのかもしれないが、野球選手や野球全体に興味のない人は、日本にたくさんいる。野球が好きな人、関心のある人は、おそらく国民の半分以下~数割程度だろう。特に女性の多くは野球にそれほど関心がないと思う。少数派の野球好きのためにニュースで彼の日々の成績や所属チームの勝敗を報じるのは公平性に欠けるだろうし、そもそも毎日ニュースで報じなければいけないような重要度があるとも思えない。

 野球ファンのために伝えたいのであれば、スポーツコーナーや情報番組でやればよい。もちろんホームラン数でアメリカ一になったなど、歴史に残るようなことをやった時には報じてもよいと思うが。

 来年は、大谷選手が移籍して給料も上がり、さらに日本人ピッチャーがもう一人入団する。来年からは、今年以上にこの2人の日々の成績がニュースで取り上げられるのだろう。全く興味がない野球の一個人選手のどうでもいいような成績について、来年1年間毎日毎日ニュースで見せられるのかと思うと、とても苦痛で悲しい。

 特に年末年始のテレビ番組は、歌とお笑いがとても多い。

 この2つは、もう飽きた。テレビ局が作り上げた、個性も魅力も実力もない偽物ばかりだからであろう。

 吉本の問題も出てきた。メディア業界は生まれ変わるどころか、むしろエスカレートしているように感じられる。

 どんなに大きな事件が発覚しても、政治家とテレビ局員だけは、絶対に変わることはできない。ではどうすればよいのだろうか。国民一人ひとりが考えていかなければいけない。

 高島屋の「崩れケーキ」について、高島屋は「原因の特定は不可能」と発表した。

 このような終わり方はよくない。特定できなかったのは、調査においては素人の高島屋だからであって、専門家を参加させて調査・分析・再検証等をすれば、簡単にわかることだろう。みんなに嘘をつかれてわからないから「もういいや、高島屋が悪いことで終わりにしよう」といった安易であいまいな終わり方は非常によくない。被害者に対しても不誠実だし、今後の抑止にもならない。

 原因の特定を不可能にした製造者と配達業者にも、冷凍ケーキを溶かしたか嘘をついた責任がある。被害者がいる以上、加害者が逃れて終わり、ではいけない。

 高島屋の今回の短絡的な判断(「私たちがすべて悪い」)は、高島屋ブランドの信頼や好感度をおとしめると思う。普通にきちんと原因を調べて明らかにしたほうがよい。

 ラジオを聞いていると、ここ1週間ほどは日に複数回、山下達郎氏の「クリスマス・イブ」が流れていた。

 素敵な曲なのでうれしいのであるが、この曲を聞くたびに、ジャニーズ問題に絡んで「私の姿勢を忖度あるいは長いものに巻かれていると解釈されるのであればそれでも構いません。きっとそういう方々には私の音楽は不要でしょう」と捨てゼリフを吐いたことがよみがえり、気持ちよく聞くことができなくなった。彼は自分でも語っているように「縁」を大切にするので、ジャニーズに対しても忖度をするようになる(自然とそうなる)ので、私には彼の音楽は必要ないということだろう。しかし、音楽などは制作者から離れ、国民一人一人の人生の歴史、記憶となっており、それを否定することは、人生の一部分を消そうという恐ろしい行為だと私は思っている。「クリスマス・イブ」は山下氏が作り歌っていることに変わりわないが、だからといって人々の人生とリンクしている物を勝手に切り離したり人生の一部を奪うようなことはしてはいけないし、触れてはいけないことだ。

 山下氏には、「縁でつながっていた喜多川氏の行為を正当に評価しろ」とは言わないが、せめてこれまで出してきた自分の曲は、すでに多くの人々の人生の一部となっているのだから、それらを否定した発言(「私の音楽は不要でしょう」)だけは撤回するべきであろう。

 モヤモヤが残ったクリスマス期間であった。これから毎年続くのだろう。彼の誠実さを信じたい。