安倍派も解散することになった。安倍派の議員たちは、ここでいったん区切りをつけたほうがよいということで解散になった、と口々に話していた。

 ということは、国民が忘れた頃に、「〇〇勉強会」とか「〇〇研究会」などと名前を変えて、同じメンバーが集う約束をしたと私は捉えた。そうだとしたら、それが実現されないようなルールを今のうちに作らないと、派閥の解消にはならない。今回の派閥解散劇は国民に対する「ごまかし」「うそ」で、今回解散しないより悪質でたちが悪い行いになってしまう。

 しっかりとルールを作らなければいけない。

 さらに言うと、金がかかると言われる選挙活動も無くしたほうがよい。国民による国政選挙は、頭を下げ握手をしながらお願いして投票してもらうものではない。親時代からのコネで投票してもらうものでもない。選挙演説は自分が必ずすることを言うのではなく、すべての人が願っている当たり前のことを言うだけで意味がない。力強く話すなどの演技力で投票してもらう仕組みもおかしい。知識や経験、思考力や想像力、実行力や表現力、リーダー性等々、政治家としての資質のある人が国会議員になるべきなので、立候補者のこれまでの経歴や実績を新聞なり広告で国民に伝えて、それで国民一人一人が自宅で決めるのがベターであろう。当然復活当選などのおかしな仕組みも、なくさなければいけない

 それから、国会議員の年収を国家公務員と同じにすることも重要だ。それによって、ゆがんだ目的で政治家になる人をふるいにかけて、誠実で真に国家国民のためになりたいと思う人が集うようになる。態度が悪く地位にあぐらをかいて豪遊ばかりしている政治家達も、安い給料であれば自然といなくなるだろう。

 派閥解消と選挙方法の改善と政治家の給料を上級公務員と同じにするという3つを、十年以上前からこのブログで訴えてきたが、何とか1つ目について動き出したようだ。元に戻れないようにすることが大事だ。

「ちゅ、多様性。」という曲が、レコード大賞特別賞を受賞した。紅白でも歌われたらしい。

 この「ちゅ、多様性。」という曲名・表記は、法や秩序、規範意識、文化、人権、ジェンダー等々、今の行き詰った混沌とした世界情勢、日本情勢そのものだと思う。

 違法行為や口喧嘩、戦争が蔓延している世の中を見事に表している表記で、私は感動すら覚えた。

 これは過程である現在を表現しており、仮に結果を曲名で表現するとどうなるだろうか。

 小泉今日子氏と有働アナウンサーの対談を見た。

 小泉氏は、「バラエティには絶対に出たくない」という。理由は「くだらないから」だそうだ。

 それに対し、有働氏も「私もほとんど見ない」と応じていた。

 小さいころからテレビっ子だった私も、数年前からバラエティは見なくなった。理由は、素人の大学生が身内だけでバカ騒ぎをしているように見えるからだ。普通のセリフでものけぞって大笑いし合うなど傷のなめ合いばかりで、視聴者は引いてしまうし哀れに感じてしまう。ほとんどが吉本芸人なので、吉本興業が要因なのだろう。

 歌番組も見なくなった。同じようなメンバー、同じような曲、同じようなダンスばかりで、昭和と異なり個性的な曲がほとんどなくなった。これは、ジャニーズ事務所と秋元氏が要因だと思われる。

 ドラマも半分以上は見ていない。半分以上のドラマに本物の俳優ではなく、力不足のジャニタレが出演しているからだ。これはジャニーズ事務所が要因だろう。

 テレビ文化が年々衰退している感じがする。本当におかしいから笑う、いい曲や魅力的な曲を聞く、俳優さんたちのドラマを見る、ということができなくなりつつある。

 原因を書いたが、おおもとの原因はテレビ局にある。バラエティにしても歌番組にしてもドラマにしてもニュースキャスターやレポーターにしても、出演者の最終決定をくだすのはテレビ局だからだ。魅力や実力ではなく、すべてが「忖度」によって出演者が決まる。歴史に残る大事件(ジャニーズ事件)が公になり、テレビ局が総ざんげした後でさえ、ジャニタレ最優先の姿勢は全く変わらない。政治とテレビ局は倫理や恥のかけらもなく、「何でもあり」となっている。やはり日本は、精神的にはアジアの三流国家だと認識させられる。古臭い悪習が厳然と存在し、それを壊すことができない。

「テレビ局」と「政治家」、この2つを解体的に改善しなければ日本社会は衰退する(悪い規範を示しながら、社会や国民を望ましくない方向へ導いてしまう)一方だと特に最近強く感じる。

 世界大戦になり、北朝鮮、中国、ロシア、イランなどが負けそうになった時、これらの国々は核を使わずに持ったまま降伏するだろうか。

 おそらく自国が破滅しようとも、先進国である相手国を道ずれにできれば満足に思う国のように私には見える。そもそも、これまでも人命をあまり尊重しない国なので、核使用にそれほど抵抗はないのかもしれない。むしろ、戦争が起きなくても自国より発展している国が存在すること自体プライドが許さず、消し去りたいと思っているのかもしれない。

 今後を見通すと、希望は見えない。どちらの陣営も核を放棄するはずもない。しかし、ロシアや中国はやりたい放題やるようになった。「赤信号、みんなで・・・」なのだろう。これをどうやって止めるかが大きな課題だ。「核抑止力」という言葉がある。これは本来戦争が起きることを抑止するという意味であるが、残念ながら西欧諸国がロシアや中国の自己中な行動を止めることを抑止するものになってしまっている(核で脅しながらやりたい放題やってくる)。

 世界大戦を回避するためには、まったく新しい発想で取り組む必要があるのかもしれない。例えば悪の枢軸の要求をすべて認め、そのかわりにその後は国際法で細かく禁止事項を定めてどの国もその法律に従うことを誓い、理由に関わらずそれを破れば国連でその国を攻撃することにすることも一つの選択肢であろう。もちろん、ロシアや中国、北朝鮮などの世界征服が際限のないもので、それを阻む国際法は認めないというのであれば、この選択肢も不可能なのであるが。そうなれば、道は一つしかないのかもしれない。

 

 旧帝大には、防災研究所、災害研究所、減災センターなどのような、災害に関する研究を行っている所がけっこうある。地震のメカニズムや災害時の避難、人の行動、支援などについて総合的に研究をしているようだ。しかし、それらは実際の災害に対して何らかの役に立っているのだろうか。地震の予知もできず(地震後にデータを見て仕組みを説明するだけで、これなら気象庁だけで充分である)、迅速な救助や避難所環境の在り方などについて前もって指導や準備をしたり、発災後も現場に対して的確な指示や支援をしたりすることも一切ない。現場で奮闘しているのは、消防や自衛隊、NPO、専門ボランティア、医師や看護師などである。実質的な総司令担当がいないために、それぞれが現場で臨機応変に頑張って何とか乗り切っている状況だ。後手後手の場当たり的な対応ではあるが、それしかないのだからできる範囲で頑張ってくれている。事前予知も事前準備や現場対応(状況把握の方法、命令系統の確立、救助活動計画、避難所運営計画、復旧計画、現場での臨機応変な総合的な対応等々)も実際にできないのであれば旧帝大災害研究所は不要だろう。実際、今回もまったく目にしない。いったいどこで何をやっているのだろうか。本当に存在しているのかとさえ思えてくる。次に大災害が起きた時もこうなるのだろう。

 旧帝大の災害関連の研究所の研究者たちは、地位にあぐらをかき、お金をもらいながら無意味なことをだらだらと研究しているのではないことを祈りたい。災害研究は、基礎研究や開発研究ではないのだから、実際の災害に対して役に立たなければいけない。何人かの教員は現地に行ってるようだが、それは指示をしたり支援をしたりではなく、本当の災害には役に立たないであろう自分の研究論文執筆のためのような気がしてならない。

 南海トラフで大地震が起きた時、被害地域があまりにも広範囲のため、今回のように後手後手の場当たり的な対応では通用しないだろう。そこで、綿密な計画を立てておいてほしい。東南海地震が起きたら、素早い被害状況把握の方法(セスナ?ヘリ?ドローン?誰が?など)、海外からの救援計画をどうするか、電気と水とトイレをどうするか、避難所などはどうするか(入りきれない人をどこで受け入れるか。大学、公園、運動施設、大型客船、他県?)、食料やごみの循環計画(道路を使えない時はどうする?)、風呂などの衛生面や感染症対応(夏なら海に入る?)、各地の火事はどこの県の消火ヘリがどの地区を担当するかなど、あらゆることを想定して、今のうちから準備をしておかないと大変なことになる。もちろんこの通りに行かなくても、基本計画や準備を土台に臨機応変に変えていくのがよいだろう。

 地震予知や防災を研究している先生方は、直接的に役立つ実践的研究に切り替えないといけない。

 土曜日の楽しみが、朝の「旅サラダ」と「ぶらり途中下車の旅」を見ることだったが、「旅サラダ」はジャニタレが入ってきたりメンバーが減ったり司会者の1人が不在のままだったりして、最近見なくなっていた。

 今日は、唯一の楽しみとなっていた「ぶらり途中下車の旅」からテレビをつけたが、なんと旅人がジャニタレだった。急いでテレビを消して悲しんでいたが、もしかしたら上手にレポートができる人なのかもと思いテレビをつけて5分くらい見てみた。間があくことがなくずっと見たままを説明する感じで、見ていて疲れるし一緒に旅をして楽しむ思いにはなれなかったので、「旅サラダ」同様に30年以上見続けてきたこの番組も、今日初めてテレビを消してぼーっとしていた。とても悲しい。

 ジャニタレは、ドラマやキャスター、歌謡祭の司会、旅番組のゲスト、レポーターなど、ジャニタレ以外の芸能人でもっとうまく楽しく魅力的にできる人がいるのに、個性や魅力に欠け、下手でつまらないものをあえて見たいとは個人的には思わないのである。歌にしても、皆同じようなメンバー構成(人数)、曲、ダンスで、ファンでなければ違いもよくわからない。これは客観的なことなのかどうか私にはわからない。ジャニタレが好きで見たいと思う人がいるなら、その人たちは見ればよい。私はこのように思っているということである。そのような私が、なぜそのようなジャニタレがどんなジャンルの番組にも出演するのか考えると、やはりジャニーズ事務所だからであり、ジャニタレだからなのだろうと思う。それしか理由が私には考えつかない。1月スタートの新ドラマもジャニタレ主演のものが多い。

 テレビ局によるジャニタレ優遇措置は、喜多川氏事件を受けてなくなるものだと勝手に思っていたが、そうではないようだ(NHKだけは、「公平・公正」な営業方針に切り替え、現在も維持している)。記者会見から半年ほどが過ぎて国民も忘れてきた頃なので、テレビ局もまた以前のジャニタレ一択の方針に戻しつつある。今後さらにエスカレートしていくのだろう。私の見る番組がどんどんなくなっていく。

 ジャニーズ問題が公になった昨年、もう一つの大きな忖度問題を放置したままで業界改善はできないと、このブログで繰り返し述べてきたが、松本氏問題によってようやくテレビ局と吉本の忖度癒着関係にもメスが入りそうだ。

 日本テレビ関係者によると、「ゲストを出演させる際にお伺いをたてるのは当たり前、局から帰るときには幹部局員とスタッフ総出でお見送りする」らしい。これは、テレビ局は松本氏や吉本に言われた通りに動くしかない上下の関係だ。テレビ局は他の芸人に対する態度と同じでよく、松本氏の才能については大金で対価を払っているだろう。テレビ局が率先して彼を持ち上げているのか、テレビ局が暗黙の脅迫を受けているのかわからないが、いずれにせよここにも「忖度・脅迫関係」はあると言わざるを得ない。

 ジャニーズ問題の時、テレビ局は忖度をやめて「公平・公正」な番組作りを社会に誓ったのではなかったのか。テレビ局は、信用できないただの「嘘つき会社」ということか。

 吉本芸人についてさらに言えば、ネット上にも映像が残っているが、女性芸能人に対するセクハラやパワハラが過去にあった。むりやり胸をもんだり口にキスをしたりと、やりたい放題だ。バックには大笑いの声が入っている。お笑いということにすれば何でも許されるという思いなのだろうが、これは性犯罪の可能性が高い。そして、被害者が訴えたら芸能界で生きていけないということを利用した「パワハラ」でもある。テレビ局は反省せず、訴えもせず(すでに時効であったとしても道義的・社会的制裁は受けなければいけない)、大問題になるまで息を殺して沈黙している。どこかの雑誌か新聞が取り上げたら吉本もジャニーズ事務所のようになると思う。やっていたのは、今活躍している吉本芸人達なのだから。いつか、これも大きな問題になるのだろう。

 政治家達とメディアの影響力は、社会において最も大きいものであるが、日本ではこの二つが大問題であり、ここの不適切さや何でもありの姿勢が国民の規範を作っている。だから、世の中には自己中の人や悪い人が増え、いろいろな問題も起きやすくなっているのだと思う。この二大巨頭の悩ましい問題に終止符が打たれ、社会が混沌から抜け出せる時が、いつかやって来ることを期待したい。

 今回の能登半島地震における初動対応が遅いし不適切だし、一体どこが総司令を担っているのかと当ブログで疑問を述べたが、危機管理を統率する立場の内閣危機管理監が発災当時入院しており、そのことが翌日の2日に公となって問題となり、3日から官邸に出勤しているという。

 入院をするくらいだから本当に体調が悪かったのだと思うので入院したこと自体は悪いことではないが、その間は同程度の能力のある者を代行者として置いておかなければいけなかった。危機管理の経験もない人が代行していたようだが、それでは担当がいないことと同じである。いや、むしろ悪化させた可能性もある。岸田氏による当初の1000人の自衛隊派遣発表も岸田氏本人の単なる思いつきではないだろう。

 政府(政治家)は一つ一つのことがきちんとできず、能力がないゆえに(人気投票の国政選挙で選ばれるしくみなので)、国民に迷惑をかけながら失政を繰り返したり、悪事を働いたりしているように感じられる。

 ダウンタウンの松本氏の問題について、各テレビ局の情報番組でも取り上げられている。ジャニーズ問題があったため、取り上げないわけにもいかないのだろう。しかし、取り上げたからと言って忖度がないわけではない。番組を見ていると、どの番組、どのコメンテーターや司会者、どの芸能人が吉本興業や仲間に忖度しているかがよくわかる。

 次の5つのタイプに分かれている。

①まだ明らかになっていないことで、自分が知っているまずい情報でも話す「正義型」

②両方の立場から客観的に話す「公平・公正型」

③何の意味もないことを話す「素人型」

④松本氏の良い部分を紹介してフォローするようなコメントを話す「忖度ストレート型」

⑤これまで仲間以外の芸能人や一般人の同じような問題について、番組内でずっと自分の考えや批判的なことを話してきたのに(情報番組とはそういうものであるため)、仲間や利害関係者になると「裁判前だから、まだなにもわからない」「今の時点では何も言えない」といって初めから逃げる「忖度狡猾(こうかつ)型」

 今回の松本氏の問題は、ジャニーズ問題以降に忖度をやめられた人か続けている人かを分別する試金石となっている。視聴者にとって、多くのコメンテーター達や司会者をふるいにかける良い機会だ。

 ここ数日の情報番組のコメンテーター達を見ていると、当時、喜多川氏事件から逃げ回っていたニュースコメンテーターのジャニタレの態度が思い起こされて、嫌な思いになってしまう。 

 志賀原発で、電気系統のトラブルがあった。揺れが、想定を上回ったためという。

 東日本大震災以降、原発のトラブルにおいて「想定外」という言葉は禁句になったはずではなかったのか。

 原発事故は、取り返しのつかない被害を及ぼす可能性が高い。あとで、「想定外だったあ」と言えば許されるものではない。