「パリ五輪、止まらぬ誹謗中傷 柔道に始まり男子バレーにも…もはや無差別状態、“引退して”と侮辱も」(スポニチアネックス)

という記事をヤフーニュースが紹介していた。選手に対して「ご苦労様」という人もいれば、重要な場面で賭けの攻めるサーブをしてはいけないのにやって自滅したたために批判をする人もいる。当然である。また、批判の程度も人それぞれで、熱心に応援していた人は怒り心頭だろう。これも当然だ。選手に対して「バカ」というかもしれない。もちろん、本物のバカなどとは思っておらず、これは日常表現である。選手に対して「死んでしまえ」といったとしても(SNSに書いたとしても)本当に死を望んでいるのではないことは常識でわかるだろう。

 このヤフーニュースの問題点は、なぜ批判をしている記事だけを取り上げて全国に紹介しているのかという理由である。国民の8割ぐらいは、選手達には「お疲れさまでした。ゆっくり休んでください」という気持ちであり、2割くらいの熱心な応援者は悪口を言ったりするだろう。そのごく少数派の誹謗中傷だけを取り上げて、8割の意見は紹介しない。おそらく、ごく少数派による悪口をとりあげて、多くの国民から反論(誹謗中傷?)を引き出し、最終的には社会的に炎上させるのが目的なのだろう。悪いのは一生懸命応援し、悲しくて悪口を言ったごく少数の人々でもないし、その記事を知って再反論(再誹謗中傷?)をする人々でもない。悪意をもって(炎上狙い)、ごく少数派の怒った投稿のみを多くの国民が目にするヤフーニュースで紹介しているヤフーという会社だと思うが、皆さんはどう思うだろうか。

 パリ五輪、男子バレーが逆転負け

 日本が2セット先取し、3セット目もリードしてあと1点というところまでいったが、大事な場面で日本はタッチ狙いの無謀なアタックをうち、はずれて相手の点数になった。それまでと同じように相手コートにアタックすればよかったのに、賭けに出てしまった。外れたら致命的になる場面だったので、3セット目は逆転されてイタリアに取られた。

 それからは負けまで一直線だろうと思いテレビを消した。終わった頃にネットニュースを見たら、やはり大逆転でイタリアに負けていた。

 バレーだけではないが、日本は「ここが分岐点」という重要な場面で、変な考えを起こしまずい攻撃をして失敗し、そこから大逆転で負けるというパターンがあまりにも多すぎる。卓球でも、試合を左右する重要な1本の場面になると急に無理な台上払いをしてミスをし、4年に1度のオリンピックを負けにもっていく。私には、意図がわからない。日本選手は、現実を早く理解しなければ、いつまでも続けてしまう。

 勝敗を左右する重要な場面では、正攻法で最大集中が基本である。日本選手は肝に銘じたほうがよい。

 医者(特に関東の医者)には、なぜ年上の患者さんにため口をきいたり、命令口調で威圧したりする人が多いのだろうか。日本で社会生活を送っている人の中で、年上の人に敬語を使わない人は、チンピラと不良と医者ぐらいであろう。

 医者は、礼儀やマナー(思いやり)、社会常識に欠けている。原因は、医学部に入るために高校まで勉強ばかりしてきたので、こういった当たり前のことを教わったり学んだりする機会が、他の人に比べて極端に少なかったためだと思われる。

 医学部では、医学の前にまず社会人としての常識やマナーを教えたほうがよい。

 日本には、よくわからない論理がたくさん存在する。

・福一原発近くの農産物や水産物は放射能が心配で敬遠している→首相や大臣などが現地に行って食べて見せ「おいしいから皆さん食べてください」と言う→おいしそうだから食べてみよう(国民は味がまずいから食べなかったのではないのだが)

・政治家や医者、研究者の女性の割合が少ないから強制的に〇割にしよう→質が落ちるし不公平だから、選挙、試験等で男女平等に採用するべきだ→男女の能力に大差はないと研究結果が出ているから、女性〇割にする女の比率を強制的に(女性枠を設けてでも)同じにしていく(だれも女性は学力や能力が低いと思っておらず、採用方法に不正・不公平があるということだが)

・政治家の悪事がばれ、役職の辞任などを要求される→「逃げることなくこのまま仕事を続けることで責任をとる」と言う→それなら、責任を取ったことになりますね(なるか~!)

 

 オリンピックのサッカーでは、最初に両キャプテンの目の前で審判がコインを上に投げ、裏表で場所取りをする。なぜ、両キャプテンがいないところでコインを投げて決めないかというと、不正を防ぐためである。多くの競技では、このように公平公正にやっている。

 しかし柔道の団体戦では、コインやくじ引き、じゃんけんなどではなく、選手や監督の目の届かないところで、誰かがかってに決めたものを画面に写して、このように決まりましたと発表するだけの形だった。パソコンのルーレットを使って誰かがスイッチで止めたのだと思うが、その公平性は調べようがない。スイッチを押すタイミングを知っている者は誰だったのだろう。代表選は、フランス開催でフランスに有利な選手に決まった。だれにも(選手にも監督にも観客にも視聴者にも)全く見えないところで、何の保証もない道具を使って決められた。これでオリンピックの柔道はいいのだろうか。そんなことは許されないから、他の競技では皆の目の前でコインで決めているだろう。次の世界大会から、闇だらけの陰でのルーレットは廃止しなければいけない。できれば、今回の不正めいた決め方で行われた決勝の代表選をもう一度公平公正にやってもらいたい。

 あのルーレットは、陰で誰かによって何が行われても、誰にもわからない仕組みだ。世界中の人が疑っているだろう。少なくとも、決め方が誰の目にも分らないようになっていた。よくできたなあと思う。

 パリ五輪の100メートル決勝に進んだ8名は、全て黒人だった。柔道団体優勝のフランスメンバーも全員黒人だ。日本でもハードルなど活躍している選手を見ると、黒人とのハーフが目立つ。傾向として、白人や黄色人種など黒人以外の人種と比べて、黒人の運動能力は一般的な傾向として高いように感じられる。

 柔道団体決勝の組み手争いなどを見ていると、フランス選手の攻撃性や素早さに驚かされた。私はボクシングのように感じた。SNSでは、「ラグビーのタックルのようだ(阿部一二三選手との試合)」などの反応があった。

 なぜ、黒人の運動能力が高いのだろうか。DNAに、他の人種と違いがあるのだろうか。あるとしたら、他の人種の選手たちは、後天的な練習によってその違いを補うことはできないのだろうか。

 スポーツ競技で勝つためには、根性論だけで練習しても勝てない。様々なことを科学的に分析し、根拠をもって効果的な練習をすることが重要であろう。

 柔道の阿部兄弟は次のオリンピックでの金を目指すという。今後の4年間これまでの練習を繰り返したり、練習時間を延ばしたりするだけでは勝てない可能性がある。私だったら、今回負けた時の技も含め、過去に負けた選手達はどのような珍しい攻撃で負けたかを可能な限り多く分析し、あらゆる攻撃に対応する練習を徹底的にするだろう。それと同時に、ともえ投げで勝つ女子選手のように技で安定的に勝つ選手の技も練習していく(試合で使う使わないは別にして)。今回柔道を見ていて、組み手争いも非常に重要のように見えたので、ここも徹底的に練習する。また、誰もやらないような技を、柔術や合気道、ボクシング、レスリングなど他の競技から学び、身に付けるだろう。勝つための練習を心掛けてほしいものである。

 朝の番組を見ていると、幼稚園の子供がやるような踊りやじゃんけんぽん、気まずくするような不自然な突然のポーズなどが目立つ。だれがやりたいだろうか。だれが見ていたいだろうか。「次は○○」というテロップが出ても、次を見るとテロップとは違う天気予報やニュース。アナウンサーが食事をする姿だけをじっと見せられたり、ピアノ演奏を聞かされたり・・・(ピアノ演奏を聴きたいから朝のテレビを見ている人はいないだろう)。

 もうめちゃくちゃで、見ていてとても疲れる。最近は、NHKしか見なくなった。数十年前は、こんなバカげたことはなかった。時代の流れで、あえてそうしているのではない。世代交代した無能な若者たち(プロデューサーや演出家など)が、視聴者の興味関心を無視して、自分が面白いと思う短絡的で幼稚で低俗な番組を、身内だけで盛り上がって作るようになったのだろう。朝の情報番組だけではなく、バラエティ番組もそうだ。

 テレビ局は、事務所との癒着関係によって、歌番組でジャニーズと坂道(秋元氏関係)ばかりを取り上げてきたため、ここ20年位は後世に残るような歌、誰もが口ずさめるような歌があまり出てこなかった。だから、昭和の歌を振り返る歌番組しかできない状態だ。

 ドラマは、俳優経験のない表現力に乏しいジャニタレが主人公の番組が多い。今朝、声(発音や発声など)で批判を集めている相葉氏が声優をするという。事務所との癒着関係によって、能力のない者でもできる時代である。オーディションや過去の作品などで高評価を受けたから採用するということがテレビ界にはなくなってしまった。このような判断をしているのは、人選の権限を持つ今のテレビ局だろう。

 パリ五輪の女子バスケでは画面に時間も点数も表示されず、子供達などから集めた大切な募金を横領していた24時間テレビも、自粛することなく格好をつけた理由でやり通すようだ。

 すでに退職した昔のテレビマンたちが、非常勤としてテレビ局に広く入り、指導することも大切だと思う。 

 パリ五輪の柔道団体決勝では、フランス応援団は響く狭い体育館で拡声器を使って多くの観客の応援を誘っていた。室内会場で拡声器を使っていいのだろうか。それだったら、日本の応援団が少ないとしても100人位はいたであろう。全員が拡声器を使って応援すればよかった。

 女子バスケットの日本対ベルギー戦は、会場全体がベルギーの応援で、ものすごいことになっている。しかし、応援の仕方を見ていると、いかに相手国である日本の邪魔をするかに全力を注いでいる。観客の応援が相手国選手の邪魔を主眼としている国は中国だけだと思っていたが、ヨーロッパの国民も同じような応援の仕方のようだった。

 こうなると、純粋に力を競い合うスポーツ競技ではなくなる。お互いに力を出し切って戦い、勝敗を決めるのが国際大会でありオリンピックである。いや、国内大会でも市町村のあらゆるスポーツ大会でも全てのスポーツ大会においてもそうであろう。外国の観客は相手国選手に実力を出せないような変な大声やブーイングが多く、自国選手の「応援」ではなくなっている(相手国の「邪魔」をしに集まっている)。こんなのは、まともスポーツ競技ではない。

 相手国や相手選手への敬意がない国々は、こうなるのだろう。

 パリ五輪卓球女子の3位決定戦で、早田選手に負けた韓国の選手が試合直後に早田選手に近寄り笑顔で抱擁したり言葉をかけたりして祝福していた。年齢は早田選手より4つ下だ。

 日本の卓球女子選手たちには、このような振る舞いができるだろうか。早田選手は、注射をうって臨んだとか、言う必要もないことばかり言っている。「それでも勝ってすごいね」とほめてほしかったのだろうか。自慢したかったのだろうか。

 このブログでもずっと言ってきたが、日本の卓球女子が中国に勝つためには、他人に対する敬意、誠実さ、謙虚さを身に付けて練習や試合に臨むことが重要だと思う。他人をバカにしたり(試合中にニヤニヤしたり日常で他人をからかったりなど)、自信過剰になったりしていると(自信過剰は練習の仕方を誤らせ試合でのプレッシャーを大きくする)、頂点には届かない。

 それにしても、韓国にこのような素晴らしい人がいるとは思ってもいなかった。この若い選手も韓国の公教育を受け(教科書や教師から)、自国のマスメディアに接しながら成長してきたはずだ。事実を知らず嘘をたくさん植え付けられ、恨みを学んだ。それにもかかわらず、影響を受けなかった人もいることがわかりよかった。韓国ではなく、海外で長く卓球を学んでいたのだろうか。

 パリ五輪卓球の早田ひな選手が準決勝で負け、3位決定戦に回ることになった。準決勝戦では、腕に黒のテーピングをたくさんつけて試合に臨んだ。黒のテーピングは初めて見た。なぜ一般的なベージュではなかったのだろうか。

 それはさておき、彼女は敗戦の弁を「コンディションが100%ではなかった。どこまで勝負するかっていう感じでしたけど、さすがに限界を感じた」と語った。コンディションというのは、おそらく黒のテーピングのことだろう。しかし、負けた原因をコンディションのせいにしてはいけない。私は実力の差で早田選手が完敗したと思うが、万が一コンディションのせいで負けたとしても、言い訳を口にすることは恥ずかしいことである。

 先日のブログにも書いたが、実力のある選手というのは、技術だけではなくスタミナや丈夫な体作り、健康管理、セルフコントロール等々、多くの点において優れていなければ、本当の実力者とは言えない。世界一にはなれない。彼女はこれまでもケガなどで棄権をする時があったが、強い肉体も実力の要素の一つである。例えば、足腰が弱くて力が入らない選手がいたとして、技術が最高に優れていても、フラフラしたり試合後半から下半身の動きが鈍くなったら、勝つことはできない。足腰に問題があって負けたのであって、実力ではないというのはおかしいことだ。また、怪我ばかりをして、試合そのものを棄権したりなかなか出場できないような身体の選手であれば、試合の勝敗以前の問題である。負けることさえできない選手は、代表失格であろう。

 腕が痛くなったから自分の力を発揮できなかったというが、試合をして(準々決勝)痛くなるような腕を持っているのもその選手であり、健康管理をしていたのもその選手である。すべてを含めてその選手の力、「実力」なのである。実力の一部の要素を切り離して、これのせいで負けたというのは、おかしな論理だ。

 日本卓球が世界一になれないのは、精神的な面が大きいと思う。試合中も自分でうなずいて見せたり、天を入れるたびにニヤニヤしたり、心の不安定さが垣間見える。女子卓球メンバーは誠実さと真剣さ、冷静さの3つを獲得しなければ、順位はずっとこのままだろう。今回五輪には出ていないが、伊藤美誠選手がチームの在り方(雰囲気や取り組む姿勢)に与える影響はとても大きい。果たして日本女子卓球が世界一になる日はやって来るのだろうか。