街を歩いている外国人旅行者を見ると、中国人は体操ズボン、それ以外の外国人はハーフパンツにTシャツ姿が目立つ。

 ハーフパンツにTシャツというのは、部屋着ではないのだろうか。部屋ではもっとラフな格好だというのであれば、あとは下着しかない。部屋着で国内旅行や海外旅行に行く感覚、習慣は日本にはない。街に買い物に行く時でさえ、家での服装では行かない。

 人の自由だ!という言い方もできるが、人に迷惑をかけない(不快な思いにさせない)、郷に入っては郷に従え、ということのほうが、集団や社会の中で生活するためには大事であろう。

 個人的には、例えば新宿や銀座、京都のお寺などに行った時、あまりにも粗末な格好や体育着で観光している人を見ると、あまり良い気持ちにはならない。わかりやすく極端なことを言うと、レストランにサンダル姿の人がいる感じだろうか。違法ではないし人の自由なのかもしれないが、他のお客さんやレストランのことも考えないといけないだろう。

 良い悪いは別にして、少なくとも日本の習慣とは異なるので、海外からの旅行客は日本の習慣、やり方、感覚に合わせてもらいたいとも思うのである。

 

 投資に関するユーチューブやブログが非常に多い。過去の傾向から「これからこうなる」という大変悪質なものから、「今後も平均利回り〇%だとするとこうなっていくからやりましょう(○○に積立投資しましょう)」と前提条件を付けたほどほど悪質なものまで様々だ。

 経済は様々な要素が流動的で、今後も過去と同じパターンで繰り返えされる保証なんてまったくない。成功した人は、ビギナーズラックで勝っただけである。そのような人が、成功するための本をだしたりユーチューブやブログで自慢をしているのである。次やっても(本やブログ、ユーチューブで主張している方法で)ゼロから再び同じように大勝できるだろうか。プロ集団の銀行でもつぶれるし、大手投資会社もマイナスを出す。ファンドマネージャーやヘッジファンドも予想がいつも当たるわけではない。プラスになるかマイナスになるか、当たるのは半分程度ではないだろうか。適当にサイコロで決めても半分の確立で当たる。素人にいたっては何ができるというのか。おそらく当たる確率は半分も行かないだろう。逆逆と予想するはずだ。おかしな心理や情報の波があって、みんなが期待したり信じたりしている方向と逆に行くことのほうが多いのである。だから、サイコロで決めたほうが当たる確率は高くなる。「相場を読める人は一人もいない」のである。

 私の知り合いで、ある投資ブログ(元機関投資家を謳って信じ込ませている)を信じて、1年程で数千万失った人もいる。投資にはリスクを伴う。お金を絶対に失いたくない人はやらないほうがいいし、もしやるとしたら失っても後悔しない程度の金額でやったほうがよいだろう。将来のことは誰にも分らない。本やSNS上で確信ありげに予想している人々は詐欺に近いと思う。当然、お金を保証してくれない。だまされないように。

 五輪女子バスケもうまくいっていない。いままで3ポイントシュートが入っていたから、背が高くて技術も優れている外国チームに勝つことができてきた。

 パリ五輪の試合を見ていると、ほとんど3ポイントシュートが入らない。これでは絶対に勝つことはできない。以前は入っていたので、入れる技術はあるのだろう。ということは、心が平常心ではなくなっている可能性が高い。

 前にもこのブログで書いたが、スポーツ競技においての真の実力者とは、技術の高さだけではないのである。それだけでは勝てない。選手たちの気持ちを整え、高めるのも監督の仕事だ。彼はよくわかっていないように見える。

 エースがケガで帯同できなくなった。チームのテンションも下がるだろうなあ。

 試合に出なくても、ベンチにいて応援してくれると、メンバーも心強いだろうし、「よし、頑張るぞ」と気持ちを高めて試合に臨めるのだが。突然来てすぐ帰る、では選手達も気持ちの整理ができず一体感もつくれず、混乱させられただけではないだろうか。

 早期治療が必要とのことだが、本当に緊急を要するのであれば、パリの病院でもよい。パリの医療レベルがアメリカ(?)より低いとは思えない。日本代表として参加した以上、アメリカの所属チームよりも五輪を優先させてほしかった(1週間程度)。五輪出場を決める大会時も彼は参加していなかったし、普段はアメリカにいるので、あまり日本に思い入れがないのかもしれない。

 五輪への参加は、最初から断ったほうが、彼のためにも日本チームのためにも良かったのかもしれない。

 女子バレーが散々だった。平凡な選手たちが、努力をしてなんとかここまでやってきた感じである。やはり、素質が重要だと思った。本当に実力があるスター級が日本にはいなかった。実力のある国々に力を発揮されると、日本はコテンパンにやられてしまう。

 日本でも女子バレー部は中学や高校にもあるし、春高バレーなどで盛り上がってもいる。バレー人口はかなり多いと思う。それなのに、優れたバレー能力を持った光るような人材は日本に一人もいないのだろうか。それとも、バレーボール協会が発見できない(素質を見抜けない)のだろうか。

 それぞれの競技に、役員のようなおじさん、おじいさんたちが大勢くっついているが、過去に良い成績をおさめた人だから採用するのではなく、人材発掘の目が優れていたり国際大会における誤審への抗議能力が優れていたり選手の総合サポート能力が優れていたりなど、何らかの役に立てる人が役員として採用されなければいけないだろう。

 最近、このブログでテレビ局(局アナレポーター)が動くと五輪出場選手に迷惑がかかるから、静かにしておくようにと書いてきたが、女子バスケのハーフタイム中に日本の主将にテレビ朝日がインタビューをするという事件が起きた。ハーフタイムは、選手たちにとって休憩したり作戦を練ったりする重要な時間である。それを奪うのは、勝敗に直結する行為である。

 試合後、エブリン選手に対しても、泣くように泣くようにとインタビューをしていた。テレビ局の社員は、選手に寄り添うふりをしながら人の心をもて遊ぶ。本当に気持ちが悪い。

 テレビ局はもう張り切るな、動くな、日本に戻ってこい。選手の成績を落とし、負けた選手の悲しみを深くして(視聴率を上げて)喜んでいるだけであろう。世界共通の放送は日本でも見られるし、それを見ながら実況や解説も日本でできるはずだ。そうすることで、テレビ局員が現地で選手たちに接触することも防げる。

 パリ五輪では、誤審が相次いでいる。日本も結構被害にあっている。

 スポーツ競技においては、地域の大会や市の大会程度であれば審判員が誤審をしても大きな影響はないかもしれないが、全国大会や世界大会といった大規模で選手達の人生にも大きく関わるような試合においては、人である審判員の判断のみではなく、機械(映像やレーザーなど)などで厳密に判断したほうがよい。特に4年に1度しかないオリンピックでは、小さい頃から目標にし長期にわたってものすごい努力をしてきたことをムダにし、その後の人生を大きく変えてしまう誤審は、絶対にあってはならないことである。とりかえしのつかないことで、責任を取れないだろう。金メダルの数は、国のイメージまで変えてしまう出来事だ。

 日本も、柔道や男子バスケで被害にあっている。柔道では日本が抗議をしたら審判団が笑っていたという。男子バレーでは、抗議を続けたアルゼンチンの選手がレッドカードになり、そこから日本が逆転した。やはり機械による監視、及びそれらを見て分析・判定する複数による公平な専属専門家グループが必要だ。

 パリ五輪を見ていると、試合後に局アナがレポーターとして選手にインタビューをしている。

「今日の試合、いかがでしたか?」

「試合を振り返ってください!」

 本当に聞きたいことがあるのだろうか。選手まかせの手抜きで投げやりな質問だ。選手側にしてみれば、試合後のつかれた状態ですぐこのようなことを言われ、「えっ、何?。どういうこと?」「あなた、誰?」と思うだろう。局アナは、このフレーズだけ覚えておいてどの選手にも同じように使ってやればいいと決め込んでいる。このような質問なら小学1年生でも言える。テレビ局員は、パリに観光気分で行っているのだと思う。少しは事前に勉強(仕事)をしろと言いたくなる。

 競技の興味や知識も、そしてアドリブ力も、対応力も、魅力も、オーラもない、原稿を読むだけの地味な局アナを、大きな大会のレポーターにしてはいけない。いや、プロパーのレポーターだとしても、テレビ局社員なら同じことか。視聴者をバカにしている。能力が劣る上に勉強不足のため、仕事が雑だ(質が悪い)。プロの仕事をしよう。

 ニュースや情報番組での野球情報は、主要ニュースもスポーツコーナーも大谷選手のことのみで、国内のプロ野球情報がほとんどなくなってしまった。おかげで、国内プロ野球の勝ち負けや順位はもちろん、選手名までよくわからなくなった。最近は、試合自体をやっているかさえわからない。

 テレビ局は、似たようなメンバー、似たような曲、似たような踊りのジャニーズグループばかりを歌番組に出演させ、多様化の時代に日本の歌謡文化を画一化・硬直化させて破壊した。皆が口ずさめるような記憶や後世に残る歌が無くなったために、昭和の歌を振り返る番組ばかりやっている。自業自得だ。ドラマの主人公も俳優を使わず演技を学んでこなかった素人のジャニタレばかりを使い、半分冗談のようなドラマを作って日本のドラマ文化をおとしめている。そして、日本のプロ野球までつぶした(国民から興味や記憶を消し去った)。

 テレビ局はこれで満足だろうか。私は、今のテレビ局の存在は日本の社会や文化にとって悪(マイナス)だと思うが、間違っているだろうか。

 政治家や有名人が、他人に対して不適切なことを口走り、後に謝罪するということがたまにある。

 秋田県知事もよくやってしまう。彼がまずいことを言ってしまった時、情報番組のコメンテーターなどは、「自分で思っていないことを言うのはできないんだから、言い間違いやミスではない」と非難していた。

 しかし、この非難は適切ではない。思ってもいないことを口にすることなんて、人間にはたくさんある。例えば、Aという質問に対して、Bという回答をバラエティや日常などでよく耳にしていると、自分がAの質問をされた時にBというフレーズを反射的に発したとしてもおかしくない。むしろそのような場合のほうが多いかもしれない。小学生が親と大喧嘩をした時、「お母さんなんて死んでしまえ」などと言うこともあるだろう。もちろん、子どもは本音でそんなことは思っておらず、どこかでそのフレーズを何度か聞いて覚えており、喧嘩をした時に発する一つの道具(フレーズ)として反射的に口から出たのだろう。

 あらゆることは、単純な話ではない。コメンテーターや芸能人たちが意見を言う時には、よくよく考えてからにしてもらいたい。もちろん考えるだけ無駄な人もいるだろう。考えることで適切な意見に集約できる人は、幅広い教養と専門的な知識、思考力、判断力が必要であるが、大丈夫だろうか。