横綱豊昇龍が立ち合いで変化し、はたき込みで勝ち、千秋楽での優勝に望みをつないだ。横綱らしからぬ逃げの相撲で、観客もテレビで見ていた国民も、がっかりしたことだろう。

それについて、高田川審判部長は、「あっけない相撲だったが、最初から狙ったわけじゃなく・・・」と擁護した。審判部長以外は、誰もそう思っていない。こういう特別に能力のない人が選ばれて審判部長をやっていることが、とても残念である。個人的には、八百長、ハラスメント、いじめなど、大相撲のダークなイメージと一致する。

試合後、豊昇龍は「今日は勝ちに行きました」と正直に述べ、審判部長に赤っ恥をかかせていた。相撲協会の管理職は、元関取に限らなくてもよいだろう。管理・運営経験が全くない元関取たちが、相撲協会メンバーとしてすべてを仕切るには、荷が重すぎる。

先の東京世界陸上について、ジャマイカの名将が「これまで見てきた中で最悪の世界陸上だ」と、運営・環境面をバッサリ切って捨てた。サブトラックからのバス移動や、大型ホテルの一か所に選手や関係者を集めたために起きた大混雑など、複数の海外選手が、最悪の大会だったことを、自身のインスタなどで述べている。

日本がひどかったのは、運営・管理面だけではない。日本のメダル数は、銅メダル2個に終わった。100mリレーのバトンパスも、次の走者とかなりつまってしまい、いつも通り失敗していた。世界規模の大会で、日本チームがバトンを成功させた記憶が私にはない。選手に任せ過ぎである。国として取り組み、専門家などが選手を指導、管理したほうがよい。

最悪の運営、最悪の実力であった。誰が責任をもって、何をやっていたのだろうか。一から、組織のシステムや体制、選手の練習計画や管理の在り方を見直したほうがよい。

自民党総裁選に立候補した小泉氏が、会見において記者から「昨年は『知的レベルが低い』と、今年は『詐欺師』だというふうに、直接ご指摘を頂きましたが、今の論理で私を詐欺師というならば、今回の候補者も含めて全て当たってしまうのではないでしょうか」と反論した。

チンピラが速度違反で警察に止められた時、「俺だけじゃないだろう。他の車もオーバーしてるだろう」と開き直って逃れようとする。小泉氏の論理や思いつきは、小学生やチンピラと同じだ。彼の知的レベルは、まだ去年のままのようである。

彼は、経済も外交も防衛も専門的なことは何もわからない。具体的な議論になると、一般論と感情論で話をそらす。これが通用するのは、愚かな日本国民に対してのみであり、百戦錬磨の中国やアメリカ、ロシアなどと対等に話し合いなどできるはずもない。すべてを譲歩し、日本に戻ってから国民に対して、「利益を勝ち取った」と嘘を言うのが精いっぱいであろう。彼が首相になれば、今後数年間、派閥同士で仲良しごっこはできても、日本の政治はマイナスになる。停滞で済んでくれれば御の字であろう。

韓国に利用されるだけ利用され、中国に尖閣諸島を奪われ、ロシアから北方領土交渉を完全に打ち切られて実効支配され、アメリカにお金をすべて搾り取られるのが先か、あるいは彼が1年程で首相をやめて新しい首相が誕生するのが先か、日本にとっては厳しい期間となる。

知識も経験もリーダーシップも交渉力も、全てにおいて弱い小泉氏の実力は、外国には完全に見透かされているだろう。彼が首相の間に、中国やロシア、アメリカ、韓国などは、「今のうちに日本から取れるだけ取ってやれ」と、手ぐすねを引いて待っている。取れるのに取らないバカはいないのだ。

知識も経験もない首相は、官僚や派閥の長、党の実力者の言う通りに動くしかない。そうなれば、口のうまい選挙応援要員だった彼は、首相ではなく真の自民党のスポークスマンとなる。

麻生派の研修会において、麻生氏が「前倒しを要求する書面に署名し、提出する」、「党一丸となってまい進できる体制を整えるにはどうすればいいか。一人一人が判断してほしい」と訴えた。

この研修会が党内の意見交換の場ではなく、事実上、麻生氏が国会議員に対して強い指導権を発揮する場となっていることが明らかになった。研修会での発言内容や指示に従わなければならないという立場に立たされる議員たちは、まるで「俺様の言う通りに動け」と強制されているかのようだ。これは、民主的なプロセスや議論を経るべき政治の現場において、到底容認すべき事態ではない。

民主主義国家において、政治家はあくまで民意を代表する存在であり、その意思決定過程には十分な議論と透明性が求められる。しかし、麻生氏が権力を一手に握るこの研修会の状況は、まさに権力の偏重を示しており、民主主義を支える基本的な原則に反するものだ。このような状況において、政治家たちは個々の判断力や自主性を失い、指導者の意向に従うことを強いられる。それは、民意や自分の考えを無視することに他ならない。そして彼の地元民は、解散総選挙をしても彼を確実に当選させてくるだろう。日本の政治を悪くしているのは麻生氏なのか。

さらに、この問題を指摘するメディアの姿勢にも疑問を抱かざるを得ない。政治家たちの権力の行使を監視し、批判的な立場を取るべきはメディアの責任である。しかし、現在の日本のメディアはこの問題を十分に取り上げていない。報道の自由と責任が軽んじられ、政治家たちに「何でもできる」と思わせる温床となっているのではないか。

今後、政治家とメディアが自らの責任を再認識し、民主主義を守るために果たすべき役割を自覚することが求められる。特に、情報の取扱いに関しては、テレビ局やメディア各社が持つ役割を再定義し、バラエティ番組と権力監視の機能を担う番組の分別を含めた改革が必要である。

政治家たちが民意を無視して自己の権力を強化し、メディアがそれを黙認する現状は、いかなる民主国家にも許されるべきではない。今こそ、日本の政治とテレビ局における透明性と公平性を確保し、権力の監視とバランスを重視した社会を築くべき時であろう。

しかし、全てが小泉氏によるいつもの安易で感覚的発想によって砕かれた。それにやられる石破氏も、すでに弱っていたのだろうか。野党も再び多党化してきた。政治とは、前に進まず、自然と過去に回帰する。不思議である。何度繰り返したら、理解し学ぶのだろうか。

 

「日本政府は、パレスチナを国家として承認することを当面、見送る方向で最終調整に入った。」(朝日新聞)。アメリカとの関係を考慮した判断とみられるということだ。

日本は、アメリカの州のひとつなのか。到底、独立国家とはいえない。次の首相が小泉氏や茂木氏、高市氏になったら、トランプ氏と対等にやりあえるだろうか。へらへらしてすべて要求をのみ、逆に日本の国民には強気でその説明や言い訳を言うのだろう。強いものにはへいこらし、弱い者には強気にでる。日本の政治家の特徴である。

そう考えると、唯一林官房長官が少しはまともに交渉ができそうでもあるが、しかし彼も未知数だ。

総裁選に名乗りをあげた茂木氏が、地元に戻り、エプロンを身につけて焼きそばを焼いていた。

かつて東京都知事選で、元NHKニュースキャスターの磯村尚徳氏が銭湯でお客さんの背中を流すパフォーマンスをやっていたことが思い出された。

これが日本の政治家の感覚なのだろう。政治家としての経済や外交、社会制度などの能力に関係なく、国民に「あの人は、いい人だなあ」と思わせると、国民は投票してくれると思っている。程度の差はあれ、選挙活動になると立候補者はほぼ全員が、選挙区において、これまで見たことも無いような満面の笑顔を振りまきながら、頭を下げて願いと握手攻撃をする。「お願い」や握手で投票するはずもない。国民をバカにしすぎだ。

国会で、足を引っ張ってばかりいる自己中の麻生氏や高市氏が、いくら地元に帰って作り笑顔を振りまいてみても、当選しないではないか。あれっ、当選するのか・・・。

政治家は、狡猾で利益の匂いを嗅ぎつける能力に長けている。国民の心理を、本当に熟知している。

石破首相は、派閥政治と裏金問題にまみれた旧来型自民党の力によって、何の不正もないまま引きずり下ろされた。国民が否を突き付けたはずの派閥の論理が再び支配し、良識ある少数の議員は抗しきれなかった。

「党を分断させてはならない」、「自民党を一つにまとめねばならない」との言葉は美辞麗句に過ぎない。実態は、派閥政治を温存し、数の力で物事を決する古い自民党の姿への回帰にほかならない。本当に必要だったのは「党の分断」、すなわち派閥政治の解体であった。

政権交代を経ずして、自民党一党支配の腐敗政治を改め、二大政党制を根付かせることはできない。野党に政権を任せる不安はあろうとも、何事にも始まりはある。目先の利益に飛びつき、子や孫に再び旧来の政治を押し付けることは避けるべきだ。

石破首相は、裏金議員や派閥政治を担う当事者たちに責任を取らせた上で、思う存分に改革を断行し、その後に解散総選挙を行うべきだった。それこそが国民に判断を委ねる王道であっただろう。結果として派閥の残党が選ばれるのであれば、それは民意である。あとは、石破氏も、政治を浄化したいと考える国民も、深く関わらなければよい。

石破氏は最後の最後まで、自分の信念を貫くことが一度もできなかった。派閥議員たちの顔色をうかがいながら、全てが妥協であった。最後の解散総選挙も途中で萎えた。中途半端こそ最悪の結果をもたらすことを、彼は最後まで悟れなかった。

バレーボール男子世界選手権が行われ、日本は初戦から1セットもとることなく2連敗で、1次リーグ敗退が決定した。

日本がまずやることは、女子チームも男子チームも、重要な場面、流れを左右する場面で、高確率で相手に点数をやってしまうような選手を使わないことである。時々なら仕方のないことだが、相手チームのスパイなのかと思ってしまうほど、確実にミスをしたり、かんたんなボールをとれなかったり、トスを上げる人にうまく返せなかったり、まともにブロックを食らって自爆したりする選手がいる。

普通の場面では、ちょくちょく点数を取ることができるから採用されているのだと思うが、重要な場面では、高確率で失敗する。能力なのか、不器用なのか、心配性で精神的に不安定になるのか、あるいはそのすべてをもっているのか、いずれにしても結果的に足を引っ張る担当となっている。その選手が中心となってやっている間は、日本がメダルを取ることなどできない。流れを断ち切ることばかりしている国が勝てるほど、世界のレベルは低くない。

しかし、日本はこれまでずっとそのような選手を中心に据えて、自爆してきた。この選手がいなかったら勝っていたと思わせるような試合が多かった。協会や指導陣は、そろそろ気づき、学んだほうがよい。しかも、そのような選手をキャプテンにしてしまう。他の選手は不安であろうし、頼りにすることもできず、チームに安心感やまとまりを作ることができない。キャプテンには、実力とリーダーシップが必要である。向き、不向きがある。

男女の両キャプテンは、インタビューなどから自分のことをよく知っていると思われる。日本のために、自分の立ち位置や役割を自ら選ぶ勇気が求められている。

島根県の小学校教員が、子ども達が作ったコメを渡し忘れたまま年度を越してしまい、気まずくなって渡さなかった(自分で食べた)。

教育委員会は停職3カ月の懲戒処分とし、この教員は同日に依願退職した。

教員だって、家庭への手紙を子供たちに渡し忘れていたということは、数十年の教員生活の中で1度ぐらいあってもおかしくないことである。ただ、そうなった場合でも、気が付いた時点で、遅れたことに対する謝罪文と共に手紙を渡すだろうが。

この教員は、自分で食べたというが、食べたくて子どもたちに渡さなかったわけではない。もったいなくて捨てることもできなかったのだろう。確かに、捨てるよりも食べたという方が印象は悪いが、退職するほどのことなのか。まだ、教員生活(対応の仕方)に慣れていない誠実な人が1度忘れただけのように見えるのだが。

 

イスラエルによる過激な軍事行動が国際的な非難を浴びる中、欧米諸国は長年イスラエル擁護を続けてきた。だが、民間人への無差別攻撃が常態化するにつれ、さすがに擁護の論理が破綻し、欧米の一部ではようやく批判の声が漏れ始めた。日本はこの問題に対し、沈黙と曖昧な中立を繰り返すばかりで、仲介役としての機能は皆無だ。外交的責任を果たす気概も戦略もなく、国際社会における存在感は限りなく希薄である。

日本が仲介に動けない理由は、地理的距離やエネルギー依存などの構造的要因だけではない。むしろ、国内政治の劣化こそが最大の障壁だ。首相候補として注目される小泉進次郎氏は、発信力ばかりが先行し、制度設計の理解も乏しく、現実の利害調整や交渉に耐えうる政治的胆力を欠いている。抽象的な言葉を並べて話をそらす姿は、政治家というより広告塔に近い。こうした人物が「次期首相」として語られる現状は、日本政治の深刻な空洞化を象徴している。

かつて構造改革を掲げた橋本龍太郎氏も、結果で見れば失政の連続だった。消費税増税によって景気は急速に冷え込み、金融ビッグバンは市場混乱を招き、国民生活は疲弊した。政治は意図や努力ではなく、目に見える結果で評価されるべきであり、橋本政権はその意味で明確に失敗だった。

外交も内政も、言葉ではなく行動が問われる。日本が国際社会で信頼を得るには、政治家の資質と国家の意思決定能力を根本から問い直す必要がある。さもなければ、日本は世界の舞台でただの傍観者として埋没し続け、世界から失望と不信感を買うだけであろう。