2/26と3/4の記事では、『カルニチン欠乏症の診断・治療指針 2018』で挙げられております以下の4つのカルニチンの生理・生化学的作用のうち、(1)と(2)について調べてきました。
(1)長鎖脂肪酸のミトコンドリアマトリックス内への輸送に必須で、長鎖脂肪酸のβ酸化によるエネルギー代謝(ATP産生)を促進する。
(2)細胞内のアシルCoA/CoA比率の調整により、種々の代謝に重要な遊離CoAプールを維持する。
(3)有機酸代謝異常症や種々の病態で蓄積する有害なアシルCoAのアシル基と結合し、アシルカルニチンとなって細胞外、尿中へ排泄する内因性解毒剤として作用する。
(4)スーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)、グルタチオンパーオキシダーゼ、カタラーゼなどの抗酸化酵素の発現増強作用、アポトーシス抑制作用などにより、抗酸化作用、抗炎症作用、生体膜安定化作用、線維化抑制作用などを発揮する。
その結果、(1)からは
・カルニチンが欠乏すると、動物細胞が脂肪酸からエネルギーを取り出すための重要な代謝経路が障害されるため、特に脳 にとってダメージが大きいらしい
ということが、また(2)からは
・カルニチンが欠乏すると、CoAという補酵素が枯渇する。その結果、三大栄養素(ブドウ糖、アミノ酸、脂肪酸)からエネルギーを取り出す重要な経路すべてが障害を受けてしまうため、ますます脳 にとってダメージが大きいらしい
ということが分かりました。
今回は引き続き(3)と(4)について調べてみたいと思います。
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●(3)有機酸代謝異常症や種々の病態で蓄積する有害なアシルCoAのアシル基と結合し、アシルカルニチンとなって細胞外、尿中へ排泄する内因性解毒剤として作用する。
前回の記事では図表を用いて、
「何らかの原因で長鎖アシルCoAがミトコンドリア内に蓄積した場合(*下図の太い紫の□内)、不要な長鎖アシルCoAを細胞外へと輸送・排泄するシステムが働きます 」
という説明をさせていただきました。
その際、
不要な長鎖アシルCoAを処理するためには遊離カルニチンが必要で、遊離カルニチンが不足すると長鎖アシルCoAの処理ができず、結果としてCoAが枯渇してしまう
というのが(2)の内容でした。
ですが今回重要なのは、
実は長鎖アシルCoAは細胞にとってめちゃめちゃ有害な物質
だということなのです
(*下の図表の💀マークにご注目↓↓)
細胞内で産生されるのに細胞にとって有害なのは、このアシルCoAだけではありません。
アシルCoAを含む「アシル化合物」と呼ばれる物質すべてに細胞毒性があることが分かっています。
この「アシル化合物」は、生体内での各種反応の途中で産生される、いわゆる"代謝中間体"です。
"代謝中間体"はいったん産生されても次の反応へと進む際にすぐに分解されるため、細胞内に蓄積することはありません。
ですが『先天代謝異常症』のような疾患では、生まれつきの酵素の欠損によって本来蓄積するはずのない「アシル化合物」が大量に蓄積してしまい、その結果さまざまな障害が引き起こされることがあります。
たとえば上の図表でいいますと、紫の□内の長鎖アシルCoAは、本来はβ-酸化と呼ばれる反応によって、どんどんアセチルCoAへと変換されていきます。
しかし、もしβ-酸化に関与する酵素の欠損がある場合、長鎖アシルCoA→アセチルCoAへの反応進まないため(図表の茶色の×部分)、長鎖アシルCoAがミトコンドリア内に大量に蓄積してしまいます。
そして蓄積したアシルCoAは、ミトコンドリア内のさまざまな酵素を阻害することによって細胞毒性を発揮します
ただその場合でも、もし遊離カルニチンが十分な量あれば、CATの作用によって蓄積した長鎖アシルCoAから長鎖アシルカルニチンを生成して、ミトコンドリア外、さらには細胞外へと排泄することができます。(※上の図表中の、一連の上向きの青色の矢印の部分です)
このように、生体は遊離カルニチンを利用して蓄積した有害なアシルCoAを細胞内から除去し、最終的には尿中に排泄させることから、
遊離カルニチンは内在性の解毒剤の役割をもっている
と表現されることもあります。
その結果、蓄積したアシルCoAによる細胞毒性や、アシルCoA→アシルカルニチンの解毒が進まずCoAが遊離されないためのCoAの枯渇によって、さまざまな症状や病態が発症してきます。
カルニチン摂取量の低下、吸収の低下、遊離カルニチンの尿からの排泄増加、体内での遊離カルニチン消費量の増大などで、カルニチンの量そのものが不足している状態を 《遊離カルニチンの絶対的欠乏(carnitine deficiency)》
と呼ぶのに対して、
先天代謝異常症などで遊離カルニチンが大量に消費され、蓄積したアシルCoAに見合った量の遊離カルニチンが足りなくなってしまった状態を 《遊離カルニチンの相対的欠乏(carnitine insufficiency)》
と呼びます。
先天代謝異常症で生じる病態は、最初は 《遊離カルニチンの相対的欠乏(carnitine insufficiency)》 ですが、さらに病態が進むとアシルCoAの解毒のために遊離カルニチンが消費されつくしてしまい、遊離カルニチンの量そのものが低下してくる 《遊離カルニチンの絶対的欠乏(carnitine deficiency)》 へと陥っていきます。
その段階になりますと、アシルCoAの解毒(=(3)=今回の記事の内容)だけでなく、遊離CoAプール維持(=(2)=3/4の記事の内容)やカルニチン本来の重要な役割であるエネルギー代謝(=(1)=2/26の記事の内容)の機能が十分果たせなくなり、さまざまなカルニチン欠乏の症状やデータ異常が認められるようになります。
この状態を 《 二次性カルニチン欠乏 》 と呼びます。(このあたりの主な参考文献:ガイドラインp.26)
↓
「遊離カルニチン アシルカルニチン ・・・なんか知らんけど、カルニチンにもいろいろあるわけ」
とサッパリ意味が分からず、単純に診断基準に当てはめて、
たとえば:
・遊離カルニチン(FC): 16.0↓ ・・・明らかに異常なのは<20または>74の場合
・アシルカルニチン(AC): 6.8 正常 ・・・明らかに異常なのは≧20の場合
ですが特殊な場合を除いて、血中と細胞内では各カルニチンの間に非常に遅い平衡関係が成立しているとされているため、血液中の値を測定することによって細胞内の状況を推定できると考えて良いようです。(参考文献:ガイドラインp.24)
娘の検査結果では、アシルカルニチン値は正常 です。
と考えられると思われます。
「相対的欠乏からさらに病態が進んで 《遊離カルニチンの絶対的欠乏(carnitine deficiency)》 にまで陥っている」
ということだけではなく、
↓
だから遊離カルニチンを用いてアシルカルニチンへと解毒している
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そのために遊離カルニチンが消費されてしまい、結果的に遊離カルニチンが足りなくなってしまっている
↓
しかも、完全に解毒・排泄しきないアシルCoAが蓄積して、細胞毒性を発揮しているのでは(特に脳 で)
という怖ろしい状況が隠されていたのではないでしょうか・・・
カルニチン欠乏=低血糖の原因、なんて軽いものではなく、多岐にわたる機序で脳の神経細胞にダメージを与えているらしいことを知って震えております