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旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

2019/12/31

 

ひと泳ぎした後は楽しいランチタイム。私が子供の頃の浜辺でのお昼はおにぎりなどでしたが、この日はフィッシュ&チップスよ。浜辺沿いのカフェで買える。ハンバーガーやパスタもあったよ。

 

この後は、ビーチを少し散策。ベルズ・ポイントへ…


ベルズ・ポイントにはベンチも置いてある。南にはオースティンマー・ビーチ。ライフガードが守ってくれている真ん中辺にしか泳ぐ人がいないのがよくわかる。

 

そして北にはリトル・オースティンマー・ビーチ。こっちはライフガードもいないので泳ぐ人もいない。

 

リトル・オースティンマー・ビーチの端まで、歩いていきました。岩場みたいになっているところで砂浜は途切れている。そこまで来ると、泳ぐとか論外ってくらい波が立つ時もありましたよ。

 

 

動画も撮ってみましたので見てみて~。

 

 

さて、ビーチから引き上げ、帰途に就く… 前に、いいものを見ちゃった。車を停めていた場所の近くにある、ビーチのお向かいともいえるグラストンベリー・ガーデンの辺りに、鳥がいっぱいいたの。こういうのを一つ一つ、Sさんが見つけては教えてくれるんだよ。さすが、プロの教師だけあって面倒見が良い。大変ありがたかったです。

 

この写真の範囲だけでも白いインコが4羽いる。同じ木の他の枝に、もっといました。

 

こちらは民家のお庭。この木はバンクシア、和名ブラシノキ、だよね? 見たまんまの名前だな。特に試験管ブラシを思い出す形状ですわね。

【Triple Dさんからが教えてくださいました】

ようめさん、これバンクシアじゃないです。
そしてBanksiaとBottlebrushは別物です。
バンクシアは筒状だったり、コーン状だったりします。
それでよく分からないけど
ひょっとしたらこれはBanksiaでもBottlebrush でもなく、
Grevilleaかも?
鳥はレインボーロリキートだと思うけど。
ちなみにバンクシアはキャプテンクックの船に乗ってた植物学者の名前です。

 

緑と黄色のインコがたくさん止まっていた。

 

 

車に乗り込み、ローレンス・ハーグレーブ・ドライブを北上。ここにも大きな見どころがあるのだ。

 

シー・クリフ・ブリッジ(Sea Cliff Bridge)。海の断崖橋。ちなみに命名者は、地元の小学校で開かれたコンペで優勝した11歳の女の子だって。

 

車の後部座席からはあまりいい写真が撮れるとも思わなかったので、撮ってない。すべてグーグルさまのストビューです。歩道もあるから、素敵な写真を撮りたい人はそこから撮るとよろしいよ。
 

 

元々は崖の断面に道路があったんだけど、地盤の緩さを懸念されて閉鎖となり、代わりにこの橋が2005年に開通したんだって。岸と平行に架けた橋はこれを含めて世界で7つしかないそうな。…というか、その条件で数えるのもなんか細かくない? 建築的には大きなポイントなのかしら?

 

自分でスクショしといて、1つ上の写真と同じかと思ったw 少しずつ移動する感じを味わってください。

 

橋は全長665メートル、一番高いところで41メートル。外洋に面しているので激しい波に晒される時もあり、メンテにお金はかかるけど、観光名所になったので地元の観光産業に寄与しているらしい。

 

反対向きに戻っていく眺め。

 

Sさんが言うには、この橋で車のCMの撮影がよく行われるそうです。なるほどね 笑

 

 

また同じような写真だけど、上の写真のカーブを回り込んだら下の写真になる、その臨場感を!

 

 

ここを見るとこの橋のきれいな写真をいっぱい見ることができますよ。

 

 

この道を北に進んでいった場所にあるのがボールド・ヒル展望台。ここの眺めは素晴らしかった!


またちょっと、煙で黄色くなっちゃってるけどね。この写真を撮った向きの反対側は、少し青空が見えるくらいだったんですが。

 

ここは国立公園の一部である大きな展望台で、駐車場も広いし、きれいで大きなお手洗いもあります。アイスクリームバンが出ていたので、おやつにアイスクリームを購入。何しろ気温が46℃ありまして、絶好のアイスクリーム日和…。オースティンマー・ビーチではそこまで暑くなかったんだけど。

 

Eちゃんが「何がいい?」と問われて、「イチゴ」と答える時の口調が、「なんで聞くの、イチゴに決まってるのに」くらいの勢いだったので、可愛くて笑いそうになっちゃった。

 

親戚3家族で海水浴に行っていた頃、夜に親たちがアイスクリームを買ってきてくれてましてね。いとこたちは全員が子供ながら、まず幼い子に選ばせてあげるという貫録は身に着けておりました。で、一番小さな子2人がじゃんけんして、勝った子が1つしかなかったイチゴを選び、負けた子はオレンジ入りのバニラにしたんだけど、泣いちゃいましてね。年かさの子たちは泣く子を囲んで、オレンジがマーブル状に入っていて美しい、バニラとで2種類の味、いや、混ざるから3種類の味を楽しめる等と盛り上げておりましたら、イチゴを取った子が「これ要らない」と拗ねちゃって、今度はそっちを盛り上げるのに必死に。我ながら愛しい時代でありました。(この2人は大人になってもこの時の話をされて苦笑しています)

 

ボールド・ヒル、晴れているとこんな感じらしい。まあ、同じものを見たと言えますよ私も。

By strata8 - Own work, CC BY 4.0, Link

 

ボールド・ヒルはハンググライダーやパラグライダーが盛んなんだって。残念なことに私が行った時には見かけなかった。単に見たかったの、やりたいわけじゃなくて。私、高いところに上るのは好きだけど床が透明な遊歩道や展望台は苦手なくらいで、まして足元が無い空中の遊びはちょっと、ねえ。パラセイリングなら若い頃にアカプルコで一度やったけど、あれはロープで繋がってるし高さも知れてるから、まあ大丈夫でした。

 

 

念のため、ハンググライダーはこれで(By Audrey from USA - Just Hanging Around, CC BY 2.0, Link

 

パラグライダーはこれで(Subhrajyoti07 - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, リンクによる)

 

パラセイリングはこれね(By Fred Hsu on en.wikipedia - Own work, CC BY-SA 3.0, Link)。

 

2019/12/31

 

さて、2010年代最後の日。この日は遠足です。海水浴に連れて行ってもらいましたー!

 

の前に。

 

何の話の流れだったか忘れたけど、エスプレッソの話になったんだ。「ポルトガルのカフェとかベーカリーで、よくエスプレッソをちょいと立ち飲みして去っていく人がいた(こんな風に)。エスプレッソも100円くらいで手頃だったし、ああいうのが日本にも定着せんものやろうか」 …なんてことを私が言ったら、カフェに寄ってくれたのだ。ええ、エスプレッソをいただきましたよ。

 

そのカフェに、すごい名前のセットがある。思わず写真に撮っていたらSさんが「これ食べたい?買おうか?」と言ってくれました。いえいえいえいえ! 無理!

 

以前に書いた、アメリカの有名なレストラン、ハートアタック・グリルについての記事を思い出したよ。オーストラリアでも「心臓発作」ってジョークにできるネタなんだねえ。日本ではちょっと難しいかな。若者向けのお店ならありかしら。ちなみに隣のピデってのはピザのトルコ版です。

 

道中に「コアラ注意」看板が! これもまた「さて、私は今どこにいるでしょう?」の露骨なヒントね!

 

コアラ横断注意ってくらいだから、ここら辺にはコアラがたくさん住んでいるのだ。どこかにいないかしらと目を配っておりましたが、やっぱ車の中からではよくわかんなかったです。


さて、到着しましたよ、オースティンマー・ビーチに。シドニーの南にあります。

 

拡大図。リトルじゃない方、南側の「オースティンマー・ビーチ」とだけ書いてあるのが遊泳区域。こっちだけパラソルマークが出ているでしょ。


 

パラソルマークが意味するところをこの写真で確認できる。赤と黄色の旗が2本立ってるでしょ。

 

オーストラリアの海水浴では憶えておくべき重要ポイント。この2本の赤と黄色の旗の間が安全に泳げる区域なのですって。海底の岩の形とかで波の大きさも変わるし、潮の流れや強さも違ってくるもんね。この2本の旗の間は比較的穏やかだし、何より、ライフガードが監視してくれている区域なのです。
 

安全に海水浴を楽しむための動画。

 

実はオーストラリアの海岸って離岸流(リップ・カレント)が結構発生するそうで、毎年犠牲者が出ているらしい。そのため、離岸流についての動画も作られているほど。Sさんからも離岸流については詳しく注意を受けました。

 

ちなみにワタクシもう水着は持っておりませんので(15年前にメキシコで買ったビキニはもう着れない)(あっちではビキニしか売ってないんですよ基本的に)、Tシャツと夏の寝間着に使っているショートパンツで代用。Hさんは泳がないとのことですので、SさんとEちゃんと一緒に海に入りました。ちなみに視力0.03のド近眼なので、メガネはつけたままです。潜るつもりはないしね。

 

…が、残念なことにEちゃんが波を怖がってしまいまして、ほどなく撤退。確かに結構な大きさの波がドッパンドッパン押し寄せて迫力ありますしね。慣れたら楽しいと思うけど…。もっと小さな子でも、楽しんでる子はいましたけど。波に巻き込まれてローリングしながら私にボディアタックしてきて、「だ、大丈夫?」と抱きかかえたら、完全にハイになっててゲラゲラ笑いながら謝ってくれたり。まあ、Eちゃんもそのうち慣れますわね。

 

私、中学までは毎年、母方の親戚3家族で海水浴に行ったものです。今思うと、スケジュール調整だけでも親は大変だったろうな。ありがたいことです。おかげで何十年も経った今でも、どんなに楽しかったかありありと思い出せる。朝食の後、海に入っていいと許可が出るまでトランプなどしながら待つもどかしさ。浜辺で食べる甘いおやつに手の塩水が付いてしょっぱくなる、あの感じ。夕方になり「帰るよ」と呼ばれた時の名残惜しさ。晩ご飯の後の花火。細かいことなど忘れてしまっても、楽しかったという思いだけは一生の宝物です。Eちゃんにも海水浴がそんな思い出になる日が来ることでしょう。

 

さて、このビーチの端っこには、プールが作ってあるの。写真の一番奥にもかすかに見えてるけど…
 

グーグルさまの航空写真の方がわかりやすい。一番下に見えているとこ。

 

これね。すべてというわけじゃないかもだけど、他のビーチにもあるようなので、オーストラリアでは一般的みたいよ。小さな子も安全に泳げるよう、壁で囲って海水プールにしてあるのだろう。

 
このプールの近くにあるお手洗いにHさんが行っている時、Eちゃんがマミーのところに行きたいと言うのでSさんと一緒にHさんを探しに行きまして。で、Sさんがプールに入ってくればと言ってくれたので、Sさん&Eちゃんと離れて、一人でプールに入りました。
 
壁に囲まれた中でも、一番海に近い、波がザブンザブンと入ってくるところは白く泡立っている。「やっぱあそこ行かなきゃね!」と、どんどん泳いでいきました。で、そこまで行くと波がドッパンドッパンぶち当たってきて頭から水をかぶりまくる。うっぷうっぷともがくうち、「これ以上は無理やな」と諦めまして、波の穏やかな陸の近くに戻ろうと波に背を向けました。
 
これが失敗だった。
 
ドッパンと次の波に背後からどつき倒され、うっぷうっぷと水の上に顔を出しますと、なんか視界がおかしい…
 
あ、メガネないわ。
 
波に向かっている間は良かったんですが、後ろから波がぶつかってメガネが外れちゃったらしい。反射的に水底に目を向けるも視力0.03で何が見えようはずもなくドッパンと次の波に巻き込まれ、うっぷうっぷ潜って手探りででも探すべきかしらでもそんな深くまでちゃんと潜れるかしらドッパンうっぷうっぷちょっと待って無理でも眼鏡ドッパンうっぷうっぷアカンわとりあえず陸にドッパン
 
といった具合に陸に向けて泳ぎ出したのですが、波が荒い分、引き波もきつくってね。いざ陸に向かい始めますとドッパンと波に押されて陸に近づき、引き波でスススーと沖側に戻り、またドッパンそしてスススーと、なんか同じ場所で行きつ戻りつしておりまして。
 
心の余裕がないのになぜほぼ同じ場所から移動していないかわかったかと言いますと、私、プールの壁沿いにおりまして、私のすぐ上に、若者が2名、腰かけておったのです。彼らが目印に。
 
で、彼らは足もとでドッパンスススーと振り子運動を繰り返す私を見かねたらしい。
 
若 「手を貸しましょうか?」
私 「あ、だいじょ(ドッパン) (スススー)やっぱりお願いします」
 
屈強な若者2名によって壁の上に引き上げてもらい、波ってあんなに強い力で押す癖になんで踏むと固くないんだろうとか思ってるところにSさんが駆けつけてくれました。
 
S  「大丈夫?」
私 「大丈夫。…だけどメガネなくしちゃった」
若 「大丈夫。僕もなくしてるから」
 
『大丈夫』 とは。
 
Sさんは、EちゃんをHさんに預けるまでは身動き取れないし、うっぷうっぷとなっている私を見てハラハラしていたらしい。すみませんすみませんすみません…
 
ちなみに、このプール、沖側の本当にごく一部だけ波がきつかったの。あとは静かでした。あの荒い部分は、むしろ壁に囲まれているせいで部分的に、そして一時的に特殊な流れが生まれていたのかも。深さはわからんかった。底に足がつくか試してないし、波があるから足がつく時とつかない時があったかも。
 
グーグルマップにたくさん写真が載っていますので、ご参考までにご覧ください。ひとつ、スクショで載せさせていただいちゃうと、こんな感じ。時間帯や天候にもよるでしょうけど。
 
なお、メガネは予備を持ってきていたので、生活にも観光にも支障はありませんでした。もし予備がなかったら、メキシコシティで眼鏡を作った時みたいなことになっていたかもだ。
 

2019/12/30

 

さて、そのまま友人Hさん宅に帰ろうと思っていたのですが、ふと思い立って、またシドニーの中心に行ってみました。レッドファーンからは、Hさん宅がある方向とは逆向きの北に行くことになりますが、絵葉書が欲しかったので。観光地でないとなかなか絵葉書なんて手に入らないからさ。

 

絵葉書はいつも年賀状代わりに書いているのだ。(でも来年からはもう、普段の交流がある人には出さないようにしようかと思っている… 写真をLINEとかで送ればいいのではと…)(郵便局に行けなくて切手がなくて出せず、日本に持ち帰ったことも何度かある)

 

ところでこの中心部、Sydney Central Business District、日本語では「シドニー中心業務地区」って正式名称があるんですね。スマホで撮った写真の位置情報に「シドニー中心業務地区」って出てきた時は、変な直訳かと思っちゃった。英語では略してシドニーCBD。でも地元の人は「シティ」と呼んでいるって。

 

 

しかしシティも観光客が押し寄せる場所ではあるけど、絵葉書を売っている場所となると「はて?」でした。大阪の街中でだって、絵葉書を売っているところはと聞かれたら「さあ…?」てなっちゃう。観光案内所になら大抵置いてあるから、観光案内所に行こうかな? すべてHさん夫妻に案内してもらって自力で何もしていないので、観光案内所がどこにあるかも知らんけど。

 

とか思っているうちに、クイーン・ヴィクトリア・ビルディング(QVB)の道路を挟んだお向かいに、大きな土産物屋を発見。絵葉書を買うついでに友人・知人用のお土産もいくつか購入しました。ついでにEちゃんへのお土産として、可愛いコアラのパッケージのチョコレートを買った。…けど、後でよく見たら「Koala Poo(コアラのウン〇)」と書いてあった。(一応、Eちゃんにあげる前に両親の許可をもらっておきました)

 

私が買ったウ〇チはこれですがこちらのサイトから拝借)、定番ネタらしく、いろんな会社のがあります。カンガルーのもあったし。(奈良の鹿のフンのお菓子みたいなもんね… あれも各種ある)

 

余談ですが、以前、私の職場の近くに「Poo」という名前のカレー屋さんがありました。よりにもよってカレー…。わざとなのか、意味を知らずにつけたのか。タイ語ならpooは蟹を意味しますが、そこは普通の日式カレーだったし。(ちなみに廃業済みです。美味しかったけど、カレー激戦区なので)

 

さて、もう一度ゆっくり見たくてQVBに入り、ステンドグラスなどを堪能。それから地下に降りていきました。この地下がタウン・ホール駅に繋がっていると表示が出ておりましてね。本当はセントラル駅の方がタウン・ホール駅より南で、私の目指す方向には近かったんですけど、まあ一駅のことです。

 

…が、なぜか地下で「駅はこちら」の表示を見つけることができず…。「歩いていればどこかには出る」とテキトーに地下通路を歩いていったら、大きな地下ショッピング街に出ました。でもどこにも駅の表示がない… けど、ほうほうこんな店が、へえ大きなフードコートだな、と楽しく歩いていきまして、まあ、そのうちどこかの駅の表示が出てくるでしょ?とか思ってたんですけど、全っ然なくてですね…。

 

なんか大きな階段があったので、地上に上がってみました。私は大阪の梅田では主に地下を歩いておりますが(その方がわかりやすいから)、よその土地の人が「地下じゃ今どこにいるかわからない」と地上に出たがるのはこういうことなんだろうな… と理解しました、はい。で、後から知ったところによると、ピット・ストリート・モールってとこから地上に出たのでした。
 

QVBから南に行かなあかんのに北に行っとるがな。ものを考えずに目の前に出てきた道を歩くから…

 

フツーの地下街だったので写真も撮っていません。留学センターのブログで見れますよ。

 

さて、グーグルマップで位置を確認しつつ、ここからならセント・ジェームズ駅が近いわね… ってことで駅に向かって歩き始めました。で、しばらく歩いて「もうそろそろ知っている景色が出るはずだけど」と思いグーグルマップを見たら、なぜか通り過ぎて(?)南に向かって歩いていたのでした。ほら、グーグルマップってよく嘘をつくじゃない…?(通りの名前を確認すれば大抵は防げます)

 

ここからならもうタウン・ホール駅の方が近いわ! まあ、どうせ南に向かうんだからいいよ! てことで、南に歩く… で、まあ、タウン・ホール駅には着いたんですけど、私が思っていたのとは違う場所に出て「えっ、ここ!?」てなりました。今となってはどこをどう歩いているつもりだったのかも思い出せない。

 

えっ、ここ!?てなった場所。QVBとトラムで、近代と現代を1枚に!(背後のビルも現代だけどさ)

 

昔、旅先でやたらと迷い狂っていた頃に「なぜグーグルマップを使わないのですか?」とフォロワーさんに問われ、そうですね、そういうものもあるのですよね… と、しぶしぶ難しそうな現代文明の最新技術を使い始めたのでした。で、「なんだ簡単じゃん、これでもう道に迷わないわ。それはそれでちょっと寂しいような気もしちゃうけどね」なんて思っていたけど、大丈夫。ちっとも寂しくない。

 

ちなみにこれが1920年の同じジョージ通り。

 

さて、タウン・ホール駅に無事に着きまして、今回の旅行で初めて自力での公共交通機関利用に挑む。鉄道アプリは昨晩インストール済みだし、時刻表もちゃんと調べたし、不安はありません。

 

が、不安に思っていないことは正しい行動を取っていることと同義ではない。

 

なんで電車が北に進んでいくんだよおおおお!!!

 

「シティサークル」に乗って、サークルを一周してから郊外に向かいました。一周した後に正しい方向に進むならもうそれでいいと思って乗り換えるのはやめておいたの。また間違えたら嫌だし。私の報告を受けたHさん夫婦は「あーあ 笑」ってなってたらしい。きっとこれは外国人観光客あるある。

 

さて、この日の晩ごはんは、私のリクエストによりHさんがラム肉をお料理してくれました。

 

オーストラリアで感動したものの一つはラム肉の美味しさですね…。もとから羊肉は好きですけど、オーストラリアで食べたラム肉はホンットに美味しかった! オーストラリアに来て羊肉にハマる日本人は少なくないらしい。Hさんもそうだったって。日本(本州)ではあまり羊肉って食べないものね。日本で羊肉というと、中央アジア料理屋さんなどを除いてはジンギスカンくらいだし。

 

でも最近、羊肉が日本でも人気が出ているそうじゃないですか。1月22日のニュースで、サイゼリヤで出していたラム肉の串焼きが人気のあまり品切れ続出で、一部店舗を除いてはメニューから外す事態になったと読みましたよ。この流れを受けて、羊肉が日本でももっと一般的になるといいね!

 

ガーリックブレッド。これも美味しくいただきました。

 

野菜の味がしっかりしているからシンプルなサラダが美味しいのだ。そしてもちろんチーズとアンチョビが絶妙なのだ。

 
あと撮るのを忘れてたけどHさんお手製のローストビーフもありました。これがもう、ふんわりと焼けていて、すっごく美味しくて! Sさんが「これは美味しい! お手柄だ」と繰り返しHさんを褒め称えておりましたわ。
 
誰かがうちに来てくれた時に、私こんなにちゃんとおもてなしできるかしら。
 

2019/12/30

 

この後、Gさんの愛犬が入院している病院までくっついていかせてもらいました。シドニー大学付属のペットクリニック。面白いことに、犬病棟と猫病棟に分かれておりました。スタッフさん曰く「犬と猫を分けておけると本当に本当に仕事が楽なんですよ。特に、怒り狂った猫を犬から離しておけるのは…」 

 

ペットクリニックで怒り狂う猫というと、これを思い出すなあ。怖がっているんだろうけど。

 

こちら、クリニックの外にあるオーストラリア独特の植物(名前忘れた)とGさん。

 

無事に退院できたマックス君。なつっこいの。私の足元でくつろいでました。

 

それにしてもシドニー大学って広いね! 日本だって山を一つ越えちゃうような広大な0キャンパスがある大学もあるけど、シドニー市街のど真ん中にあれだけ広々とした敷地を持つってすごい。

 

大学の町ってわけでもないシドニーのど真ん中に、こういう建物がたくさんあるんだよねえ

By Toby Hudson - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

 

 

病院の後は、Gさんにレッドファーン駅まで送ってもらいました。ここから電車で郊外にあるHさん宅の最寄り駅へと帰っていけます。

 

セントラル駅のすぐ隣の駅だし、シドニー大学の学生たちが大勢利用する駅だし、そこそこ大きいとも言えるけど、どこかのんびりした雰囲気ですね。

 

古い雰囲気を残している、お手洗いの扉。

 

このレッドファーンも、古い町並みが残っている。何年か前までは荒れていて、絶対に近づいたらダメと言われるほど治安が悪い通りもあったんだって。今は政府の主導による開発が進められていて、安全になったらしい。ただ、そのせいで地価が高騰し、家賃が払えなくなって追い出される住民も多くいたそうでうです。ジェントリフィケーションってやつね。

 

駅の北側のローソン通りで降ろしてもらったところ、素敵な通りでしたので、少しだけ歩いてみました。

 

この1階はグレンガリー・キャッスル・ホテルという名前のパブ。休暇中らしく閉まってて残念。

 

ローソン通りには昔の労働者階級の人たちのおうちが並んでいる。労働者と言っても、たぶんここもミラーズ・ポイントと同じように、そこそこ余裕のある人たちの居住区だったんでしょうね。

 

 

長屋状態なので、リズムがある街並みです。ここも今では高値がついているんだろうなあ。シドニーの町なかだし、駅近だし、美しい古民家だし…。

 

 

上の写真の反対側。こっちの方が、少し大きい家が並んでいた気がする。

 

レッドファーンは、アボリジニなど原住民の人たちが移住して住んでいた時代もあり、そんな経緯から原住民の権利運動の発祥の地ともされているそうです。貧困に陥りがちな彼らを支えるサービスが提供されていたり、アボリジニのシンボルである「赤・黄・黒」のペインティングを見かけたりもするんだって。私はほぼローソン通りしか歩いておらず、そういうのは目にしなかった。

 

 

もうちょっと歩き回ってみれば良かったなあ。あとから界隈をストリートビューで確認したら、他にも古い家が並ぶ通りがいくつも残っている。どこの古い通りもよく似たデザインの家が並んでいるのは、当時流行っていたってことなんだろうか。こういうのを説明してくれるガイドさんと街歩きしたいなあ。

 

こういう、家の正面にきれいな柵のついた2階テラスがあるデザインね。

 

 

 

 

 

 

 

2019/12/30

 

この日はダーリング・ハーバーで知人と落ち合いました。シドニーの港湾は広くて、それぞれの地区が観光名所となっていて正直どれが何やらよくわかっていなかったんですが、前日には行っていない場所だということだけは判明しており、HさんやSさんからも薦められたので。

 

さて、ダーリング・ハーバーも広いので、最寄り駅がどこになるかはハーバーのどこに行くかによる。私は待ち合わせ場所に水族館前を指定されておりましたので、例の私のお気に入り、セント・ジェームズ駅で降りました。そこからなら水族館まで道が真っ直ぐだから。とにかく道に迷わんようにせんとね。

 

ところで、この水族館もすごいらしいね! 南半球最大級で、すべてを見て回ったら丸一日かかるって。

 

無事に知人Gさんと落ち合い、ごはんはGさんがご馳走してくれることに。何が食べたいか聞かれたので、遠慮なくシーフードと言ってみました~。注文は地元民であるGさんにお任せ。

 

カニ。

 

ホタテ。このソースの作り方が知りたいと思うほど好みだったあああああ…。

 

私は飾りの野菜も残さず食べちゃうけど、あちらで見ていたら、食べない人も多いような気がする。これはオーストラリア的なものなのか、たまたまなのか。あるいは日本でも付け合わせの野菜を食べない人は珍しくないのか。私は彩りのパセリも敷いてあるレタスも残さず食べてしまうのですが。食えるものはとりあえず腹に入れる。

 

ロブスター。

 

エビ。

 

イカ。どうやったらこんな風に身をふんわりと揚げられるのかな~。

 

デザート。

 

Sticky Date Pudding というお菓子。ペトペト・ナツメヤシ・プディングね。これ、『オーストラリアのスイーツは』と聞いて挙げてもらったうち、食べたことなくて想像がつかなかったから注文したの。美味しい~。ただ、後で「冬のデザート」と聞いて「なるほど」と思いました。こってり濃厚なプディングにバタースコッチソースがかかって更にこってり濃厚に…。

 

Gさんの、ムースやシャーベットの盛り合わせ的な何か。そう、夏のデザートはこうだよね。

 

ところで、私が前日のシドニー観光の話をしていて、AC/DCのThunderstruckをリクエストした話をしたら、Gさんは大変喜んでくれました。大好きなんだって。年齢は私より少し上ではありますが、ロックファンとしては被る世代。と言うか、AC/DCなら親子で楽しんでもおかしくないくらいのキャリアだけどさ。

 

そして聞かせてもらった愉快な話。Gさんが若かった頃、よく幼い姪御さんを幼稚園に車で送り迎えしていたのだそうです。姪御さんはカソリック系の小学校に上がることになりまして、その際に親御さんがくれぐれもと注意なさったのが、「学校では、Highway to Hell とか、おばちゃんの車でいつも聞いている歌を歌ってはいけません」。姪御さんは良い子でしたので言いつけに従いましたが、送り迎えでおばちゃんの車に乗るたびに禁止された歌をリクエストして熱唱するようになったそうです。(そりゃやっぱり、ダメと言われるほど…)

 
ほかに印象的だったお話。Gさんは交換留学生をホストするプログラムに携わっているのです。それで聞いた、彼女の家ではなくよその家にお世話になっていた、とんでもない学生のお話です。
 
イタリアから来たその男子学生(仮にネロとする)は代々お金持ちの家庭のボンボン。オーストラリアのホスト家庭にお世話になりつつ、ことあるごとにイタリアの素晴らしさ、特に食の上質さを語り、そこまではいいとして、そのたびに「オーストラリアでは食べることのできないものですよ」と見下した発言をしていたとのこと。不愉快に思ったホストファーザーはネロ君をマーケットやレストランに連れていき、イタリアで食べられている食材は何だってオーストラリアでも手に入るし、大都会シドニーには素晴らしいシェフが大勢いて美味しい料理だっていくらでも食べられるのだと教えたのだそうです。するとネロ君
 
「それはそうかもしれないけど、オーストラリアの問題は、文化と呼べるものが何もないことだね」
 
ホストファーザーは黙って一人で家を出て、外から留学生プログラムのコーディネータに激怒の電話をかけたとのこと。
 
こういうアホな子って、留学を何だと思っているんでしょうね?よその文化を知り、理解し、尊重するという気持ちを持つ気がないなら、観光旅行で満足していればいい。いや、他国にお邪魔してお世話になりながら自国の文化にしか目を向けないなら、他国に来ることそのものが無駄じゃん。イタリアだって広いんだから、イタリアをずっと探求していればいい。
 
というか、この子の定義では文化って何なんだろう。
 
イタリアやローマは確かにすごいけど、オーストラリアだってもちろん先史時代から続く豊かな文化があり、植民後の文化だって、独自に発展したものも含めて、住んでいる人々が祖先から受け継いだもの全てを内包しているのだ。

ついでに言うと、イタリアやローマはすごいけど、彼自身は別にすごくない。
 

2019/12/30

 

この日は、シドニー中心部で知人と会うことになっておりました。約束は午後からなので、午前中はHさんが近隣にあるカムデンという町に連れて行ってくれました。


これがまた、私好みの町でしてね…! 

 

ここは元々ガンダンガラ族の住む土地の端っこだったらしい。カムデンという名は、1805年にこの土地の測量を命じられたジョン・マッカーサーが、彼に土地を与えると約束したカムデン卿に因んでつけたんだって。1840年に町という行政区になったそうです。

 

このジョン・マッカーサーは、オーストラリアにおける農業の基礎を築いた人だそうで。もとは軍人でしたが、取得した広大な土地で羊毛産業を大成功させて実業家に。反乱を起こした咎で一時的に国外追放されている間にフランスでワインの作り方を学び、オーストラリアに戻ってからこの国で初の商業ワイン農家になったそうで。転んでもただでは起きない、実に精力的な人だな。建築家でもあり、彼の設計したお屋敷などは文化財として遺っている。各方面に影響力があったので、もちろん政治にも携わりました。他の人の10倍くらいの濃度で生きる人って、いるよね…。

 

彼が住んでいたコテージは補修されて保存されているよ。中には入れないみたいだけど、車で通りすぎる時に「あれだよ~」って教えてもらった。

 

カムデンは19世紀のコロニアルな街並みがよく保たれている、小さな可愛い田舎町。

 

Hさん夫婦のお気に入りのカフェは残念ながら1月半ばまでクリスマス休暇&サマーバケーション中。

 

シドニーから電車でも車でも1時間くらいなので、週末に遊びに来る人がたくさんいるんですって。ホテルもあるよ。シドニーにも古い建物は残っているけど、現代ビルとの混在って感じなので、こういう町ごと古い雰囲気を残している場所はまた別格なのでしょう。

 

 

これは銀行。現役です。Hさんが現金を下ろしに来るのはここですって。

 

鉄道駅や役所、学校、病院などと並んで立派な建物を作っていたのが銀行ですわね。私企業であっても公共性の高い施設は精一杯壮麗な建物にするものです。それがコミュニティの豊かさを表し、安心感にも繋がったのだろう。

 

これはアートギャラリーだって。

 

こちらは、お隣にあったイタリア料理屋さん。反対側から撮れば良かった。

 

上のアートギャラリーやイタリア料理屋さんがあるジョン通り。ここはお医者さんでした。

 

ジョン通りを南に向かって坂を上っていった突き当りにあるのが、聖ヨハネ教会。てゆか、聖ヨハネ教会があるからジョン通りって名前なんだろう。小さいけど雰囲気のある美しい教会。中に入ってみたい。

 

教会が建てられたのは1830年代だって。カムデンが独立した行政区になる前のこと。集落が大きくなれば、遠くの教会に行かずに済むよう自分たちの教会を建てたいと願うものよね。

 

この土地に最初に英国系の人々が訪れたのは1795年。ジョン・マッカーサーの羊毛事業の成功に連れて、この土地の人々はカムデンを町として設立させたいと願うようになった。ジョン・マッカーサーは土地の譲渡を拒否したけれど、彼が1834年に他界すると息子たちは土地を分割し、1840年に最初の分譲地が売りに出されたのでした。

 

墓地はさらに古いようです。ゆっくりは見ていないけど、近くにあった墓石には、その人が18世紀の終わりごろに亡くなったことが記されていた。初期の入植者の一人で、早いうちに亡くなったんだな。

 

ところで、見ておわかりの通りこの日も空が黄色い。晴れていれば遠くに山が見えるらしい。地図で見たところ、ヒースコート国立公園…? ダラウォール国立公園かな? ひとつのまとまった緑色にいくつもの国立公園の名前が入っていて、境界がわからん。広い、広いよオーストラリア…。

 

2019/12/29

 

さて、ミラーズ・ポイントから西へ戻って、ザ・ロックスへ。シドニーで一番古い建物が集中している旧市街です。1788年にヨーロッパからの入植が始まってすぐに作られた町。元はアボリジニの人たちの集落がありました。


船が着く場所に宿や商業施設ができて、働く人たちのための住居も増えていって…と町が大きくなっていった。つまり囚人や水夫、港湾労働者たちの町として始まったの。

 

ところで、囚人と言うと刑務所という閉鎖空間に監禁されて暮らしているイメージがあると思いますが、オーストラリアに送られた囚人は開拓民なので、昼間は割り当てられた仕事を行って、定時になったらフツーに自分の家に行って飲みに出かけるような生活だったそうですよ。

 

それなりに荒っぽくはあっても無法地帯ではなかったザ・ロックスですが、19世紀後半にはギャングの町となって荒廃したこともあるそうです。そして20世紀を迎える頃には老朽化を理由に何百軒もの家屋が解体撤去され、1920年代にはハーバーブリッジ建設のため更に何百軒もが壊されちゃったのだ。

 

 

1968年には一帯を更地にして集合住宅を建てる計画が持ち上がりましたが、住民は立ち退かず反対運動を開始。多くの逮捕者も出した長い闘いの果てに、建物は解体ではなく補修されることになったとのこと。そうやって残した街並みが今では観光客を惹きつける資源となっています。

 

週末にはマーケットが開かれる。衣服や雑貨やアート作品や食料品など、色々なものを売っています。私が行ったのは日曜日だから賑やかにお店が並んでいた。何やらペーストっぽいものを購入したよ。試食させてもらって、ガーリック&ラムのとグリーントマトのを。めっちゃ美味しい。ポークソテーに付けて食べると最高だし、そのまま舐めてもワインの肴になるくらい。

 

 

白ワインで休憩するワタクシ。…この写真を見て気付いたんだけどさ、

 

ひとつ前の記事でビールを飲んでいる時の写真もそうなんだけど、何この左手…。「あー美味しい」と目を閉じて堪能する時こうなるらしいな…。ひとり旅だったら気づくことのなかった癖だ。

 

ハーバーブリッジの根元辺りから見た図。超大型豪華客船が入港していた。化け物みたいだ…。

 

有名なこのヴェネツィアの写真を思い出したよ。宇宙人の襲来としか思えん。

 

ハーバーブリッジに登るアトラクションもある。やってみたかったけど、予約制だし、結構時間も取られるようなのでやめておきました。

 

これは旧税関です。国のビジネスの玄関口だった場所。

 

今では税関と港は鉄道の駅舎と高架で隔てられている。でも、そんなものがなかった時代は、港に入った船から真正面にある税関にすぐ行けたのだった。…と友人夫氏Sさんが教えてくれました。

 

そのすぐ近くにあるシップ・インと言う名前のバーでまた休憩。いそいそとビールを運ぶ私。

 

ここでSさんとカンパーイ!

 

この写真を、Hさんとの共通の友人Mちゃんに送りました。Mちゃんの返信 「Hさんとじゃなくて旦那さんとツーショットなんですか」  いや、Hさんはあまり飲まないので、後半もう撮影係になってくれてて…。

 
ちなみにMちゃんは、私とHさんが出会ったトルコツアーに一人参加し、同じく一人参加だったHさんとホテルで同室になっていた人。私はMちゃんとはエジプトやモロッコに一緒に行きましたわ。懐かしい。

 

こちら、シップ・インの本日のタップ。

 

その後、どこに入ろうかね~とぶらぶら歩きながら、今度はザ・オリエント・ホテルのパブに入りました。知らんかったけど、有名なパブなのね。「The pub that rocks the rocks」って名前のパブ。

 

何やら聞き慣れたフレーズが、と歩みを進めると、バンドがU2の「With or Without You」をやり始めるところでした。Hさん曰く「ああ、今日の客層がね」。見ると、50代以上の方ばかりでした。他にも 「Where the Streets Have No Name」とか、GN'R の「Sweet Child O' Mine」とかの懐メロヒットナンバーを。出るのが惜しくてしばらく滞在しました。

 

後に友人に「ようめさんだけ周りの人とノリ方が違う」と言われた写真。

 

ステージ前で楽しむ私に時々友人夫妻がビールを運んでくれると言う至れり尽くせりぶり…

 

バンドの人に「何かリクエストある?」と聞かれましてね。「えっ、好きな曲と言っても… 誰でも知っていて、明るくて楽しい曲でないと!」みたいにグルグルっと急いで考えて、AC/DCの「Thunderstruck」をリクエスト。この曲は2年くらい前まで10年近く、最繁忙期になると200回くらい聞いていた曲でして…(当時、最繁忙期の深夜残業や休日出勤の際には、これをかけて「サンダー!」と絶叫しないと呼吸ができなかった)(今は職場の事情も変わりまして、そこまで忙しくなくなりました)

 

ビデオはいくつも上がってるけど、これが一番好き。ああ、私もこの米粒の一人になりたい。

 

で、イントロをギタリストが弾き始めたら、隣にいた女性が私の腕をつかんで「これは素晴らしい歌よ」と真剣な顔で言ってくるのでした。ええ、はい… ??? 大いに同意ですが、とても真剣なお顔なので、ちょっと戸惑ってしまった。後に聞いたところによると、この女性は、私にビールを運んでくれたSさんにわざわざ「素晴らしいリクエストだ」と伝えに行ったそうです。

 

それでやっと気づいたんですが、ほら、AC/DCってオーストラリアのバンドだから! その代表曲だから! Sさんにも「ベストチョイス」と褒められました。そして、あまりに楽しんでいたのでと、思い出のためグラスをお土産に買ってくれたのでしたw

 

さてさてさて、そろそろ晩ごはんの時間。サーキュラーキーに面したレストランに入りました。私たちの次のグループから並んだので、ちょうどいいタイミングで滑り込み。

 

最初に、前菜的にこちらを… 私が注文したのは右だったかな。ジンとピリ辛ソースに漬けた牡蠣。Hさんのはノンアルコール。こういう食べ方もあるんだね…。

 

そんで、オーストラリアの色んな湾で採れた牡蠣を。さっぱり系からこってり系まで各種楽しめる。

 

そしてフワフワのフィッシュとカリカリのチップスを。

 

そしてガーリックブレッドを。

 

お飲み物は白ワイン。何もかもが素晴らしく美味しかった…!

 

非常に濃密な一日を過ごしたよ。Sさんも、「一日でこなした内容としてはかなりのものだ」と笑っていました。満喫、満喫。

 

帰宅後はHさんと12時くらいまでお喋りしました。SさんとEちゃんは朝型だそうで、早寝早起き。でもHさんは夜型で、普段から寝るのが1時くらいだって。私もなのよね~。

 

2019/12/29

 

次はオペラハウスへ。植物園のすぐ北にあるの。植物園の中からも、オペラハウスとハーバーブリッジを良いアングルで撮れますよ。それにしても、この日は大聖堂以上に空の色に溶け込んでいるな…。

 
あの!シドニーの!オペラハウスの前に!自分がいる! なんだか不思議な感覚でした。「私がどこにいるかわかる?」とやって、一番正答率が高い場所の一つだろうw 匹敵するのはローマのコロッセオやマチュピチュ、自由の女神、タージマハル、万里の長城くらいかな? あとグランドキャニオンとか?

 

オペラハウスの内部。見学ツアーもありますよ。いつか参加してみたい。

 

サーキュラーキーを歩いていたら観光客が1本の木の下に集まっていた。何かと思ったらインコが。

 

さて次は、サーキュラーキーからザ・ロックスを通り抜け、更に西にあるミラーズ・ポイントへ。お昼を食べるお目当ての場所がありましてね。西へと簡単に言うけど、ここら辺は「ロック」と地名が付くほど岩だらけの土地で、そこに無理くり通した道がアーガイル・ストリート。

 

アーガイル・カットと呼ばれる巨大なトンネルは観光名所でもある。1843年から24年の歳月をかけて囚人たちがノミとハンマーのみで作ったんだって。(もうちょっと下に向けて撮ればいのに)

 

オーストラリアは砂岩で有名でして、セント・メアリー大聖堂など昔の大きな建物は大抵は砂岩で作られているらしい。このトンネルも砂岩だから時間を書ければ何とか掘れたってことなんでしょう。

 

トンネルを抜けたところにある聖三位一体教会。英国の植民地だったころの駐屯兵のために建てられた教会で、ギャリソン教会と呼ばれているそうです。横にくっついているのは軍の博物館だって。

 

この辺りには昔の家が残っているよ。当時の労働者階級の住居だけど、その中でもそこそこ余裕のある人たちの住む界隈だったから、きれいな家が並ぶ。今となっては古めかしさが優雅とすら写るので、お金持ちが住んでいるらしいわ。

 

さて、お目当てのロード・ネルソン・ホテル。

 

1836年に裕福な塗装業者が住居として建てたもの。後に人手に渡り、1841年にパブが開かれた。シドニーが市という行政区になったのは1842年だから、シドニー市より古い酒場なのだ。オーストラリア最古のパブの一つだって。ビールもこの場所で作っているそうな。いいわねえ。

 

中の写真も撮れば良かったな~。ちょっとだけ、気後れしちゃったの。でも、ここはどうせ観光名所と化しているんだし、気にしなきゃ良かった!

 

友人夫氏Sさんのご友人のお薦めだというビーフパイをいただきました。メチャクチャ美味しかった!

 

友人Hさんはエビのフライを。オレンジを焼いて添えてあるのが良い!

 

満喫…。メガネがずり下がってても気にならないほどに。ところでこのサングラスね、普通のメガネの上から装着するようになっているの。今回の旅行のために購入しました。

 

お向かいにあるビルも素敵。2階のテラス(と言うのか、これも?)が特に。こういう建物を残してくれていて本当にありがたい。それがまた人を呼びお金を呼ぶのだよ。だから古いの壊さんといて!

 

昼食の後は、更に少し海側に下ってホテル・パリセードへ。これも面白い形をしている。この最上階にバーレストランがありましてね。(下の階にもレストランやパブが)

 

最上階のテラス席で良い風に吹かれながら、ウォルシュ湾ごしにハーバーブリッジを眺め…

 

キリッとした白ワインをやりつつ美味しいティラミスを分けっこして食べました。

 

階下のバーも良いね。

 

 

お手洗いもなかなか。きれいに水洗化されていても、こういう古い雰囲気を大事にしている。シドニーの古い建物は、こういう心遣いをしているところが多いね。嬉しい。

 

その後は天文台へ。 1857年に天文台として使われるようになったオーストラリア最古の天文台。1982年からは博物館として一般公開されています。入場無料。

 

天文台は当然ながら丘の上にあり、眺めが良い。ギャリソン教会とハーバーブリッジも一望の元。

 

この一番上の黄色いボールは、タイムボール。日本語で言うと報時球。要するに時報。

 

19世紀から20世紀初頭にかけて、世界中の港で船に時間を知らせるため使われていたそうです。ここのタイムボールは役目を終えた今でも稼働していて、午後1時には一番上から下へと動くんだって! 見たい!次に行ったら絶対に1時にここに行くわ!

 

ここに詳しい説明があります。すごく面白いよ! タイムボール(報時球)の歴史とその意義

 

「船の航海士は、正午(または午後1時)の数分前から引き上げられたボールを見てストップウォッチを押し、船のマザークロックの前に行きボールが落ちた瞬間に針を合わせた。 」

 

エディンバラ城にあったワンオクロック・ガンと同じ用途なのですが、「 午砲には欠点があった。海上にいる船に音が届くまでに時間がかかるため、正確な時刻を知ることができないのである。(中略)また大きな音がするため大砲の近所では迷惑がられたりもした。そこで作られたのがタイムボールである。」

 

博物館の中には地球儀や天球儀など様々な道具があります。天文の道具はどれも本当に美しい。小さな博物館だけど展示は充実しているし、プラネタリウムもあるし、建物そのものが素晴らしいし、外にはお庭もあるし、じっくり楽しもうと思ったらここだけで午後いっぱい必要だね。

 

1874年に金星の太陽面通過を観測するために設置された、オーストラリア最古の望遠鏡。現役。

 

ツアーだと策の中にも入れてもらえるらしいわ。写真では全然見えないけど、望遠鏡に隣接してブースみたいなのがあった。その中でどんな作業をするのか気になる。ぶっちゃけ、望遠鏡で見える天体よりも、望遠鏡の使い方の方に興味がある…。

 

対物レンズを通して届いた光が像を結び、接眼レンズがそれを拡大して…を説明している。

 

これは確か、キャプテン・クックが乗ってきたエンデバー号の模型。

 

四分儀。…これはキャプテン・クックが使っていた本物?

 

原住民からは見れば侵略者ですから別の評価があると思いますが、能力的には稀代の傑物であったことに疑いはない。死亡時50歳だったと知ってちょっとビビった。それまでにあれだけのことを為したとは。やる人はそんなもんかな。

 

2019/12/29

 

この日はEちゃんを父方のおじいちゃん、おばあちゃんに預かっていただき、友人夫妻がシドニーの観光に連れ回してくれることになりました。列車に乗ってお出かけです。

 

…が、列車の中でトラブルが。突然、目が開けていられなくなったの!

 

開けることはできる。けど、開け続けていることができない。痛みや異物感などは一切ないんだけど、とにかく、目を開けてもすぐ閉じずにいられない。乾いている感じでもないし、涙が出てくるわけでもない。眩しいとも感じないし、痙攣するわけでもないし… 何これ。

 

目を開けられなかったら観光も何もあったもんじゃないぞー!と焦りましたが、友人Hさんがくれた薬を飲んだら、じきに収まってしまいました。すごい効き目。持っておけばとワンシートくれました。ニューロフェンという薬です。後で調べたら、オーストラリアではどの家庭にも必ずあるほどの常備薬だそうな。非ステロイド系消炎鎮痛剤ですって。抗炎症作用があるってとこが良かったのかな?

 

症状が出た理由は結局わからんかった。最初は、煙のせいかとも思ったんですがね。でも薬も、この日と翌日は飲んだけど、翌々日(12月31日)は朝に1錠飲んだだけで後は忘れちゃってて。忘れてしまえたってことは、症状も出なかったわけだ。で、1月1日が一番ひどく煙に晒された日だったと思うけど、薬を飲まずにずっと過ごせてしまった。単に体が慣れたのだろうか。

 

追記:眼球使用困難症というものがあるそうです。私、これじゃなかったのかな…?

 

さて、降りたのはセント・ジェームズ駅。私のお気に入りの駅です!

 

映画「マトリックス」でロケに使われたって。わかるわー。独特の雰囲気がある。

 

マトリックスはほとんどをシドニー中心部で撮影したそうです。知らんかったわ。セントラル駅も使われているって。そのうち映画を見直してみよう。

 

この窓口が使われていないのは何とも残念だわ。残してくれているだけでも良い方だけど。

 

駅を出たところに公園があります。と言うか、シドニーは、あんな大都会なのに町中の至る所に公園があり木が植えられている。Hさんのお父さんも、日本から来てシドニーを歩いた際に、緑の多さに驚いていたそうです。

 

公園を挟んだところにあるのがセント・メアリー大聖堂。(空と色が似ていて保護色みたいだ)

 

1832年に教皇によりバシリカ(一般の教会堂より上位と、あるいは特別の役割があると認められた教会堂)と認められています。オーストラリアにバシリカは5つしかないんだって。ここ、最初の教会堂(1821年建設)はもっとシンプルだったけど1865年に焼けちゃったそうで、再建の際にゴシック・リヴァイヴァル運動に乗ってネオ・ゴシック建築として甦ったのだ。ちなみに、右端の2基つの尖塔は、2000年に付け加えられたそうですよ。それまでは天辺は平たかったの。

 

上の写真の左下に小さく写っている像は、聖メアリー・マッキロップ。アップの写真を撮り忘れたわ。子供たちと一緒にいる姿なのは、、聖ヨセフ聖心修道会を設立して恵まれない子供たちに教育を施したから。オーストラリアで初めてカソリック聖人となった人なんだって。

 

中の様子。前の方にたくさん人が座っていたから、これからミサがあるのかも…

 

さて、大聖堂は道すがら訪れたようなもので、目指していたのは王立植物園です。これもねえ、こんな都会のど真ん中にあんな広さの植物園があるって、すごいことだよ…。植物園の外にある木ですら見事な大木で、思わず写真を撮ったら、友人夫婦が二人して不思議そうに「ここで撮らんでも。今から中を見るのに」って。ええ、ホントにそうですね… 笑

 

そんで、中はもっとすごかったわけ。見てこれ。

 

上と言うより横に広がっていく木。こういう木に登って遊びたい。子供の頃、友達とよく近所の斜めに伸びている松の木に上って遊んだっけなあ(松の木にしてみたら迷惑な話ですが)。

 

木の枝から垂れた蔓が地面に届いたらそこでまた根を張るんだって。本体がどれかわからん。

 

「植物園に行く」と言われて地元の植物園をイメージして、『きれいなお花が咲いていてー、温室に熱帯の植物があってー』とか想像していたら、なんかもうスケールが違ったわw もちろん、きれいなお花も咲いていましたけど! (花の方がうまく撮るの難しいよね)

 

 

 

なんて言う鳥か知らない。あんまり怖がらないので近くで見れる。

 

これも全然怖がらず足元まで近寄ってくるねと言ったら、Hさん「人間の方が怖がってるよ」。人間の食べ物を強奪する勢いだそうです。カモメみたいなもんか。カモメの恐ろしさは知っている

 

コメント欄でTripleDさんに教えていただきました。

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上のがマグパイmagpieで下のがアイビスibis
でも今までずっとアイバスと思って表記して来ました。
アイビスは町中どこにでもいる写真映えのしない鳥です。
マグパイはカササギ、こちらはきれいだけど賢くて怖い鳥。
子育ての時期は空から急降下して来てアタックして来ます。
自転車用のマグパイが来ないように角みたいなものをつけた特別のヘルメットもあります。

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おとぎ話では、森で迷った子供がこんな木の根元のくぼみに身を潜めて夜を過ごしたりする。

 

大きさ比較のため私を配置します。ああ、このまま「じゃあねー」とか言ってひだの間に入っていって、「それきり彼女の姿を見た人はいませんでした。おしまい」とか語られそう…。

 

久しぶりにお伽話を妄想したくなりましたよ。

 

2019/12/28

 

夕方に友人宅に向かいました。列車は2階建てで、こんなやつ。

Gareth Edwards - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

 

私も自分で列車を撮ろうとしたんですけど、今だ!とシャッターを押す度にフッと他の人がカメラの前に出てきたりして、全然いい写真が撮れなくてさー。ホームに入ってくるところを撮ろうとするから難しいんでしょうけど。せめてホームの端っこでトライすべきであった。

 

これは別の日に撮ったものですが、車内の2階はこんな風。1階はベンチシートで、立ち乗りの人がたくさん乗れるようになっていました。電光掲示もアナウンスもあるから安心。

 

シドニーは青空でしたが、友人宅の最寄り駅に近づくにつれ、こんな空に…。曇りではなく煙ね。

 

最寄駅の改札は扉が無く、カードをタッチする機械があるだけです。タッチすると、今回の乗車で何ドル使って、残金が何ドルになったか、表示されます。

 

日本でもこういう、扉なしの自動改札あるよね。喜多方がそうだったな。他でも見たけど、どこだったかすぐには思い出せない。シドニーのこの列車では車内検札も行われています。こういう改札もあるからだろうね。オパールカードはすぐ出せるところにしまっておきましょう。

 

さて、日本にも何度か来てくれたことのある友人夫氏Sさんと娘のEちゃんに出迎えられました。Eちゃんは私のこと憶えてなかっただろうけどw 前に大阪に来てくれた時は4歳だったっけ。今は7歳。

 

前にも記事に書いたように、煙があると空と太陽がオレンジ色っぽく見えるの。

 

友人の住む町は大きく開けた土地にあるので、森林火災が間近に迫る危険はありません。でもこうやって煙が空を覆っている様子を見ると、巻き込まれていないとは言えない。

 

煙と共に運ばれてきた、焼け焦げた葉っぱ。

 

一休みした後、近所にあるレストランに歩いて行きました。大きなレストランで、スロットマシンのあるコーナー、スポーツバーのコーナー、子どもが遊べる遊具コーナーなど、基本的にここで飲食・娯楽が完結できるようになっている。小さな子供には塗り絵とかをくれます。料理を待っている間や食べ終わった後に退屈しないようにね。食事は大人の方が時間がかかるもんなー。

 

このずらりと並ぶタップに感動するよね…。(ご近所なので一応、お顔にぼかしを) 

 

日本ではクラフトビアバーでもなかなかここまでのは見かけないよな。ちなみにあちらではアサヒは結構、人気があるらしい。

 

オーストラリアでの本格的なお食事、まずはステーキにしておきました。私は霜降り肉が苦手でして、こういうしっかりと赤身のお肉が嬉しい。ジューシーで、大満足! こういうのを期待していたのだ!

 

私は普段の食事では圧倒的に魚が多いし、お肉を食べるにしても100グラムくらいなんですけど、美味しいステーキって倍は軽く入るね。私って意外にお肉好きだったらしい。

 

友人が食していたのはサーモン。今回は食べる機会がなかったな(選ばなかったと言う意味で)。

 

帰宅途中、Sさんが指さすのを見るとインコが! 夕方で、更には遠くて全然わからんと思うけど、これ、色鮮やかなインコなんですよー!

 

こんなインコが野生で住宅地を飛び回っているのだった。友人が聞いたところでは、日本だったらペットショップで50万とか60万とかするようなインコらしい。

 

ご近所の前庭の、クリスマスの飾りつけ。これぞオーストラリアのクリスマスですわね。

 

トナカイが橇を引くのではなく、ペンギンが水先案内人を務めるボートでサンタさんがやってくるのねw サンタさんが左手にプレゼントの袋を持っていると思ったけど、もしかして瓶ビールも持ってる?

 

ちなみに、娘ちゃんがスノーマンのぬいぐるみを見せてくれたので、特に何も思わず「可愛いねー」とか言っておりましたところ、Sさん「ここではクリスマスに雪だるまと言うコンセプトはないんだが」。そう言えばそうでしたね…w

 

こちらが用意してくれたゲストルーム。快適でしたわ~。