旅中毒

旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!


2019/12/27

 

記憶が新鮮なうちに、ウイグルより先にオーストラリアを書いちゃいます。息切れしませんように…。

 

関空を出発するのは19時。丸1日のお休みを取っているのにもったいない気もするけど、これはこれでいいですね。出発当日に荷造りできるし、何より、家の掃除を朝に済ませて出かけられる。(年末年始は姉や弟が家族連れで泊まりにに来るので、さすがにいつも通りのカオスを残していくわけには) 深夜出発だと、そこら辺が気忙しいのよね。

 

チャイナエアラインで台北経由となります。関空にてカウンターが開いた16時半直後に行きましたところ、すでに長蛇の列ができておりました。少しでも早く済ませたかったのでセルフチェックインしようとしたのですが、ビザ情報を入れろとメッセージが出たところで断念。だってモニタ上に入力欄が出るわけでもなし、スキャナにビザの書類をかざしても何も反応しませんし。何をすれば良かったのだ。

 

(台北行き便での夕食)

 

てことで仕方なく普通の列に並んでいたのですけど、ホンットに遅々として列が進まないの! やっとこさ自分の番が近づいてきて気付いたことにはですね、カウンターは全部でたぶん5つ。そのうち、ビジネスとかプレミアムクラスの人たち用が1つ。セルフ組の荷物預かり用が2つ。私らみたいなエコノミーで普通のチェックイン用が2つ。

 

…なんですけど、普通のチェックイン用2つのうち1つは、私達とは違う、何やら特別な列に並んでいる人たち専用となっていました。つまり、最も数が多いと思われる我々のためのカウンターは1つだけ。更には荷物の重量超過か何かで男性が15分以上も膠着状態に。この調子ではそりゃ列も進まんわ。

 

17時半を回ったところで不安になって、係員にチケットを見せて「私この便に乗るんですが、大丈夫でしょうか」と確認しちゃったよ。係員に「今受け付けているのはすべてこの便のお客様ですので大丈夫です!」と言われてホッとした。置いていかれることはなさそうだ。私の後ろにまだ100人くらいいたし。

 

(シドニー行き便の夕食… 本日2回目の夕食です)

 

どう考えたってセルフ組の方が手続きが早く済むんだから、あっちが1つで私らが2つでもええやん、とかも思いましたけど、セルフの方が早いからこそさっさと済ませていくのかな。てゆか、セルフでできた人たちはビザが要らん国ばかりだったのかなあ。

 

後ろにいた女性とお喋りしていたら、少しイライラが軽減されました。偶然にも彼女も台北経由でオーストラリアに行くところ。でもシドニーではなくブリスベン。シドニーに行きたかったけど、火事のことがあるからブリスベンにしたんだって。ブリスベンも煙の影響はそんなに変わらない気もしたけど、どうだろ?

 

さて、15分占領青年がやっと去り、列が動き始めました。その後すぐ、何やら別の列を作っていた人たちが完了して1つカウンターが空いて我々用のカウンターが2つになると同時に、プレミアム用のカウンターからも「こちらにどうぞ」と声がかかった! 一挙に2つ、カウンターが増えた! それは正に私の番が来た時だったので私には恩恵ゼロだったけどねー!

 

(シドニー行き便の朝食。黒い丸は卵です)

 
台湾行きの便の中では大学生くらいの男の子(アジア系外国人らしい)の隣でした。入国カードが配られた時、私は受け取らず、彼は受け取りましてね。しばらく経ってから彼は日本語で「すみません」と声をかけてきました。
 
「これは何ですか?」
「台湾に入国しますか?」
「えっ…?あの…」
「ええと、(英語が読めていない以上英語で言ってもアカンしな… でも) トランジット?」
「はい」
「だったら、それ、書かなくていいですよ。要りません」
「はい、ありがとうございます」
 
英語わかんなくても「トランジット」くらいなら通じますね。
 
クイーンズランドのポーキュパン上空Triple D さんがお住まいのボーウェンのほぼ真っ直ぐ西ね。

 
最初、「ボーウェンのすぐ西」と書きかけたんですが、600キロくらい離れているw オーストラリアの地図を見ていると距離感がおかしくなるわ。オーストラリア行きを決めた時に、「Triple Dさんにお会いできないかしら」とか考えたのですが、シドニーからは約2,000キロあるのだった。
 
北海道の人が「本州の人から『1日目に函館を観光して、2日目に小樽によってから札幌に来て、3日目は札幌を観光した後に知床に移動して』みたいなプランを聞かされるけど、距離をよく見ろと言いたい」などとおっしゃってますが、きっとオーストラリアの人たちも同じような経験をしていることだろう。

 

ふと気づけば森林地帯。シドニーのすぐ北にあるマラマラ国立公園だって。

 

シドニーのブレークハースト上空。空港より南にあるから、これから旋回だな。

 

てゆか更に南下し、シドニー市街のすぐ南にあるロイヤル国立公園の辺りでUターンした模様。

 

 

2020/1/20

 

この日のメインの用事とは、「文学フリマ」への一般参加です。前々から気になっていたので、コストマリーさんがご参加と聞き、良い機会だから行ってみることに。会場は平安神宮のお隣、京都みやこメッセ。16時までやっていたけど、人気のある本は売り切れちゃうからねえ。

 

で、コストマリーさんのトコにお邪魔しまして…。実を言えば昨晩の中世の音楽・語り・食事会の会場でも売っていたのですけど、どうしようか迷っていたものを、買ってしまった。
 

中世ヨーロッパのレシピ

私 「私、あんまり料理しないんですよね…」

鳳花さん 「創作の資料に使ってくださる方もいらっしゃいますよ」

 

創作なんて、料理よりもっとやらないですw 

 

まあ、料理は基本毎日しているんですけどね。同じようなメニューしか作らないの。材料と調味料と調理方法の組み合わせを変えているだけで、材料も調味料も調理方法も限られているのだった。

 

でも創作に役立つってことはつまり、読んで楽しい情報の宝庫だってこと。形にはしなくても妄想は激しい私。お城に行って何度も同じところを見て周るのも、頭の中で物語が展開しているから。その妄想の材料のためにも城内の細かいところを見ておきたかったりするわけ。それと同じで、お料理も妄想に役立ってくれるのだ。

 

先日、とある豪華客船の1等船室を何百円かで見学できるという情報がツイッターで流れてきましてね。ツイ主さん「どうしてもキャラを一等船室で旅させる必要がある作家さんは、参考になるので是非」とか書いていて笑ってしまった。でもそういうことなの、そういうことなのよ!

 

さて、他に買った本。「基本的に現代の日本のスーパーで買える材料で作れるレシピばかりです。豚の丸焼きとかは別ですけど」とのこと。まだパラ見しかしてないけど、私にもできそうだよ。香草&香辛料編やタルト編もある。自信がついたらそっちにも手を出すかも。

 

 

で、鳳花さんに「他のブースでは旅行記も見ました。旅行が好きだから、気になります」みたいなことを言ったら、「だったら、ぜひ見てみなきゃ!」と薦められたのがペレグリノスさん

 

自分ではまだやってないんだけど、巡礼路を歩いて旅するの、憧れなんだわ。私の知っている中では、イクラちゃんとホタテくんがやっている。 

 

こちらは巡礼路の写真&エッセイ。

 

この方は何年もかけて色んな巡礼路を歩いている人。著書にはフランス、スペイン、ポルトガルの情報が載っている。私が「去年行ったイタリアにも「フランス人の道」がありました。イタリアは?」と伺いましたところ、一緒に歩いているのがイタリア人なので、そのうち必ず!とのこと。著書も「その3」以降が確実に出るとのこと! ちなみに「イタリアでフランス人の道を歩きたい」と言ったら、あれはちょっと上級者向けの部分もあるとのこと。で、よく整備されていて歩きやすく、人が多くて安心できる、見どころが多くて楽しい、つまり初心者向けのルートをいくつか紹介してくれました。旅行相談にも乗ってくださるのだ!

 

そして究極の相談。

 

サラメシならぬサラカミ(サラリーマンのカミーノ)。短い休みしか取れない日本の勤め人がカミーノを楽しむための指南書。すごいな。これガイドブックとして一般に流通させたいくらい貴重じゃない? 

 

私が巡礼路を歩いてみたいのは、一つには、歩きでないと見えない風景ってあるよなあと思うから。そして、歩き旅となれば最も安全で便利なのが巡礼路だから。

 

19世紀には巡礼が激減して巡礼路も寂れ気味だったみたいですが、20世紀に入ってから観光開発されて人気が出たのだ。私にしても宗教性ゼロの単なる物見遊山。真剣な巡礼さんには失礼かもしれんけど… と以前に友人に言ったら、「巡礼だって昔から同じようなノリはあったよ。お伊勢参りもそうでしょ」と言われました。まあ、確かにw

 

奇祭を特集した本、めっちゃ面白かった。もはや由来も目的も歴史に埋もれ、当事者たちにさえ何のための行事かわからなくなった謎のお祭りもある。各お祭りの物理的危険度(!)も載っています。

 

本の流通観察者」さんによる、台湾の書店を紹介する本。「行ったところで売り物が読めないんですが」と言ったら、「行くだけでも楽しいじゃないですか!」て。そう言えば確かに結構よその国で本屋に入ってるわ私w そしてこのガイド本、異国の街角の風景を捉えた本としても魅力的なのだった…。

 

青奇家さんのこちらはスタンダードな旅行記で楽しい。モルドヴァとグルジアを買ってみました。懐かしい。他にもポルトガルやミャンマー、久留米や宮崎なんかのもあったよ。

 

 

NORTHERN SPIRITさんの中世前期のブリテンを舞台にした小説。背景も詳しいし面白くて長く人気があるそうで、名前だけは前から知っていたの。ついに買ってしまったわ。新刊もついでに。


こういうジャンルの本は特に、一般に流通している作品よりも同人界隈で売られている作品の方がツボにはまったりするものです。先日、プロの編集者さんが、将来的に自分たちの仕事がどうなるか、真剣に考える時期に来ていると書いていらっさいましたな。出版社や編集部というものを必要としない作家がどんどん増えているって意味で。

 

 

あああ~、ホンットにめっちゃ買ってしまったでしょ…。当初の予定の3倍くらいお金を使ってしまった。価値のある出費ですので構いません…!

 

お昼過ぎにはもう会場を出るから、京都をもう少し見物して周ろうと思っていたけど、荷物が重くなりすぎて無理になっちゃった(翌日筋肉痛になったよ!)。一息ついたらすぐ帰ることにしました。

 

クラフトビールの飲み比べセットで一息。

 

名前がわかんないわと思ったら、反対側に書いてあった。客のためにはカップの手前に書く方が良いんじゃないかしら。お店の人用のメモなら、どっちでもいいでしょうけど。

 

ところで店員さん。飲み終わっているか確認もせず、下げて良いかと聞きもせず、黙っていきなり持ち上げて、「あ…」と呟きながらも、そのまま持ち去ろうとするのやめてw 問題から目を逸らすんじゃないw  この台に入れてると、底の方に残っていても見えづらいのね。「ごめん、まだ飲んでるの」とビールが入っているカップを取り返したら、「あ…」と言いながら、残りを持って去って行きました

 

フライドポテトのチリコンカンがけを注文。べちゃべちゃになるのが嫌だったので、なるべく脇に置く感じでと面倒なことをお願いしたところ、わざわざ別の器に入れてくれたよ。すみません、ありがとう。

 

ビールを飲みながらカミーノの本をゆるゆる読み、京都の一日は終わっていったのでした。

 

最後に、ついでに。

 

こちらが今回泊まった鴨川東ハウス。まだ新しいみたい。

 

神宮丸太町駅から徒歩3分。もちろん各線のバス停も近くにある。その立地でいながらとても静か。で、専用バスルームがついて、ツインで6,200円くらい(市税込み)。お得ねえ。エアコンの風が頭に当たるのと、タオルやシーツから柔軟剤(たぶん)の匂いがするのがちょっと気になったけど、後は満足。

 

お風呂は洗い場とバスタブに分かれている。私はシャワーしか使わんけど、このタイプは体を洗う時に使いやすいので好きだ。

 

 

私は阪神間住まいなので京都は基本的に日帰り圏内。でも2日続けて行ったり来たりするのは少々面倒くさいし、今回、1日目の用事が夜、2日目の用事が午前中でしたのでね。今後も機会があれば泊まることでしょう。今は女性も泊まれるカプセルホテルや安宿が便利なところにたくさんできている。一昔前なら考えられなかったよね。安宿ばかり増えるのも良くないかもしれないけど、個人的には助かる。

 

2020/1/19

 

さて、翌日は11時から同じく京都で用事。行ったり来たりが面倒くさいので用事のある場所の近くで一泊してしまったわ。で、チェックアウトは10時だったから、時間つぶしにご近所の平安神宮へ。

 

 

前に来たの、3~4年前かな。やはり時間つぶしに来てみたものの、大嵐でねえ。傘をさしてみたけど30秒くらいで破壊され、邪魔な荷物と化しました。拝殿の扉をお坊様たちが閉めていくのをずぶ濡れで眺めていただけの訪問の記憶。

 

本当はこの神苑に入りたかったのよ。でもあの時は悪天候により閉鎖されていた。この日は600円を払って中へ…!

 

日本最古の電車が飾られていたよ。1895年(明治28年)に日本で初めて交通輸送業として運行されたのが、京都電気鉄道のこの列車なんだって。1961年(昭和36年)に引退し、ここで余生を送っている。

 

さて、肝心のお庭ですが、冬枯れと言うほどでもない。常緑樹も多いしね。お天気も良かったから雰囲気も明るいのだ。

 

西神苑の白虎池が水鏡になっていましたわ。池の反対側を通る道もありまして、そっち側を通る人に「こっちの方が眺めがいいですよ」と声をかけたくなってしまった。

 

中神苑の蒼龍池も水鏡。これも反対側を通って行く人の方が多くてね…。まあ、そっちだと蒼龍楼という建物や臥龍橋という飛び石みたいなのがあるから楽しそうだけどさ。

 

東神苑の泰平閣。栖鳳池にかかる橋殿です。京都御所から移築されたんだって。

 

神苑見学のハイライトですわね…。暖かかったので、ここで日向ぼっこする人たちが何人も。

 

これは松の木だからあまり関係ないけど、冬のいいところは葉っぱが落ちている木も沢山あること。

 

春~秋だと木の葉で見えないものが、冬だと見えたりします。(アルバニアの田舎でもそんなことが

 

 

お庭は、歩きながらたまに写真を撮りつつざっと見て周って1時間ってトコ。もっとゆっくりしたかったけど、次の用事に早く行きたくもあり、さくさくと一周しただけで出てきました。

 

上の橋殿でもそうだけど、こういうピシーッと並んでいるものって惹かれるよね…。

 

では、次の場所へ…

 

2020/1/18

 

京都で参加してきた中世の音楽・語り・食事の会について記録しておきます。

 

以前はこういう日常の日記もよく書いておりましたが、最近全然でしたわ。余裕がなくて書かなくなると、ホンットに何も書かなくなっちゃって。一泊や日帰りの小旅行も全然書いていないの、もったいないよなあ、と。老後に読み返すのが楽しみなのに。

 

さて、この楽しい会は、コストマリー事務局さんの主催。中世ヨーロッパにまつわる様々な催しを企画・実行していらっしゃるの。たまに関西にも遠征してくれる。

 

食事のご担当がコストマリー事務局の 繻 鳳花さん

語りのご担当が西洋音楽美術などがご専門の 白沢達生さん

演奏のご担当が古楽器演奏者の Sally Lunnさん

 

み、見えるかな~… この写真で…? バグパイプを吹きながら螺旋階段を下りてくる楽師さま。バグパイプは非常に古い楽器で、中東やヨーロッパの各地で使われてきました。

 

 

中世ではガラスは貴重で高価なものでしたから、庶民のおうちには窓ガラスなんてありません。寒い冬に防寒のため窓の木戸を閉め切れば、家の中はもう洞窟も同然の暗さに。(窓を開けたところでせいぜい月明かりしかないわけですが) 

 

このイベントでは蜜蝋(蜜蜂の巣から蜂蜜を取った後に残るワックスを溶かして作る蝋燭)を使っていますが、これも修道院など比較的裕福な場所で使われていたもので、庶民のおうちではせいぜい獣脂だったのではないかと…(相当臭かったはず)。日本で化け猫が行燈の油を舐めていたのも、魚油を使っていたからだとか。

 

ハープに持ち替えて…

 

北の国々の冬は殊に長くて厳しい。これほど灯りや娯楽の発達した現在でさえ、北欧では、日が昇らない日々の続く冬の間に鬱を発症する人が少なくない。冬に色々なお祭りがあるのは、この厳しい季節を生き抜くための工夫でもあったのでしょう。

 

クリスマスは「イエス・キリストの生まれた日」と勘違いしている人も多いけれど、正しくは「イエス・キリストが生まれた事をお祝いする日」です。ミトラ教の冬至のお祭りをキリスト教の布教のために利用したとか。庶民に根付いているお祭りをやめさせるより乗っ取る方が楽だったわけですが、他の季節にだってお祭りはあるのに冬至祭をクリスマスにしたのは、つらい季節に最大の楽しみを与えてくれる一大イベントとして性格付ける狙いもあったのかもしれない。

 

中世のフランスでは、降誕祭(クリスマス)から公現祭(三博士が貢物を持ってきて、救い主が夜に現れた事が公になったお祝いの日)までの期間に、愚者祭という無礼講のどんちゃん騒ぎが開かれていたそうな。その期間だけは賢い者ほど愚か者として扱われ、愚鈍の象徴であるロバが崇め奉られる。恐らくは冬至を境とする死と再生を、価値や秩序の逆転を通して表したのではないかとのこと。

 

これは古い絵画から復元した古楽器、プサルテリウム。鳥の羽で弾いたりもする。

 


 

リチャード獅子心王が第3次十字軍遠征の帰途の1192年、遺恨からオーストリアで捕虜とされたのは有名な話。莫大な身代金が揃うまでの2年にもわたるつらい日々、彼は歌を作って自らを慰めました。そして、リチャードの居場所を探しに来た騎士たちも、主君が囚われている塔の下で歌い、味方が来ていると知らせて励ましたとか。騎士道的美談として有名ですが私はこのリチャード嫌い。

 

でもリチャードのお母さんはあの「ヨーロッパの祖母」アリエノール・ダキテーヌ。リチャードの父親違いの姉のマリーこそは、クレティアン・トロワを自分のお城に招き、アーサー王伝説を今の時代にも伝える力となってくれたパトロンなのだ。お姉ちゃんの功績により許してやらんでもない。

 

楽師に演奏させながらご馳走を食べる、中世の宴会スタイル。(食いかけです)

 

さすがに配膳(と休憩)の際には現代文明による灯りを点けました。これはパルマタルト。14-15世紀ごろのフランスのレシピで、鶏ムネ肉とベーコン、松の実、カレントレーズンをラードで炒めてある。

 

こちらは15世紀イングランドのお料理。チキンと洋梨、ブドウを、セボリー、シナモン、生姜、クローブ等を使い、赤ワインで煮込んである。

 

爆裂に美味しいこの14世紀イングランドのスープは、クミンとキャラウェイと言う、私の大好きなスパイスを使ってある。

 

ジンジャーチーズタルトは、15世紀のイタリアのレシピから。

 

日本でも再現できるようアレンジしたレシピ本もあります。(アマゾンでも買えるよ

 

さて、我々が舌鼓を打っている間も楽師は仕事をせねばならない。吟遊詩人が作った古い歌の中に、やたらと食べ物の名前が登場する歌があるそうです。お金持ちの家に冬の間じゅう雇ってもらってご馳走を食べる(という夢を語る)歌だそうで。泊めてくれる家が見つからなければ命にも関わる危険な生き方でしたのよね、吟遊詩人。

 

2本の笛を同時に吹き鳴らしてテーブルを巡る楽師がご馳走のプレートを覗き込み、皆大笑いに…。

 

白沢さん「僕もこれやってみたけど、笛を吹けば太鼓の手は止まりますね。両方は無理でした」。

 

とある冬の暗い夜の事、村に一人の楽師がやってきた。彼がフィドルを弾くと、聖母マリア様の恩寵により、火の灯った蝋燭がポッ、ポッと現れた。それを見た修道士は仰天し、「魔術を使っただろう」と楽師を責めて蝋燭を取り上げて消してしまった。しかし楽師は気にせずフィドルを弾き続けた。するとまた蝋燭がポッ、ポッと現れる。修道士は「悪魔と契約したな」と叫んで蝋燭を消す。…てなことを繰り返すうちに民衆は修道士に怒るし、修道士はやっと間違っているのは自分の方だと気付いて、蝋燭を消すのをやめ、皆と一緒に音楽を楽しんでマリア様に祈ったのでした。

 

 

中世グッズの販売もありました。蜜蝋とか、羽ペンとか。右の方にあるフワフワしたのはコットンとスピンドル。これで糸を紡ぐのよ。

 

水ランプ。水を通すことで光を集める。虫眼鏡と同じ理屈だよね?一部だけに強力な光が当たっているのがおわかりになりますでしょうか。

 

全体を写したけど、ちょっとブレてたな。フィドルを弾いて蝋燭が現れるお話の6コマ漫画です。

 

それにしても、光を集めてもせいぜいこの程度なんだよねえ。写字生が「寒くて手はかじかむし、目も見えなくなってくる」と泣きながら実家に手紙を書き送ったとかいうのもわかる。こんな仕事をしてたらあっという間に視力が落ちたことだろう。窓を閉め切らないといけない冬に、暗い室内でこんな細かい仕事をしないようにできたら良かっただろうけど、そうもいかなかったんでしょうし。

 

ちなみに、水を使った光の使い方は、現代でも災害時に重宝されているよ。ペットボトルに水を入れてライトで照らせばランタンになるの。

 

 

Sally Lunn さんの古楽の楽譜とCDを買いました。まだティン・ホィッスルもまともに吹けないっつーに。

 

 

こんな風に受ける日は一生来ないかもだけどw いいの、自分の手の中から音がするのは楽しいよ。

 

白沢さんの著書2冊も。

 

CDは2枚買いました。ラメント・ディ・トリスターノ… 嘆きのトリスタン。ええ響きですな…。それと、ある中で一番古い辺りをとお願いして選んでもらった、1000年ごろの英国のポリフォニー楽曲集「ウィンチェスター・トロッパー」。

 

 

今見つかっている一番古い楽曲集は900年ごろのドイツのものだと読んだことがある。これね。これも手に入らんかしら。

 

海外旅行でのネット環境についてつらつら書いてきて思い出したこと。

 

昨今、ひとり旅に出かける若い子が『スマホを使わない旅』をアピールしているのをたまに目にします。今時の子にとってネットに頼らないってのは相当な覚悟の要る冒険なのかも。隔世の感がありますわね。

 

旅先において、「ネットを使わない」に匹敵するものって私らの世代で言ったら何かしら。電話? でも私が若い頃のバックパッカーは電話だってあまり使っていなかった気が。そろそろ夏だしと、次に訪れる町の宿を電話で予約して、「バックパッカーが宿を予約するなんて」と日本人の女の子に笑われたこともありました。宿をネットで手配する人も多い今となっては、これも隔世の感がありますね。

 

当時だって、「夏に予約なしで来るなんて」と叱られたり呆れられたりしましたけどね…。

行きずりの男と泊まる その5(クロアチア・ドブロヴニク)

旅先で命をつなぐスイカ(スロヴェニア・ボヴェツ)

 

バックパッカーはこれをしたらダメ、バックパッカーはあれをしなきゃダメみたいなのは、今でもあるようです。きっと百年後にも、何のかんのと講釈を垂れる奴らがいることでしょう。そして百年前もきっと同じような連中がいたに違いない(それ読んでみたいな)。

 

ところで、今の時代にネットを使わず旅するというのは、ネットがなかった時代にネットがない状態で旅するのと意味合いが違うはず。昔は全員がネットを使っていなかったわけだけど、今は、例えば他の子がエアビー等で宿を手配済みの町で自分だけ飛び入りで宿を探すわけで、不利とも言える。(今でも予約なしで宿を探す人は決して珍しくはないでしょうけど)
 

それに、環境が今とは異なるとは言えネット無しの旅がどんなものか知っている私ら世代とは違って、デジタルネイティブ世代にとってはネットはあって当たり前の生活インフラ。きっとオフライン旅は不思議な冒険なのだろうと思います。

 

私は、ネットがなかった時代の旅とネットがあって当然の時代の旅、その両方を経験できた。それは幸運だったと思います。でも同時に、若い人たちの不思議なオフライン旅の冒険を、私は絶対に体験できないのだ。残念と言うより、想像すると楽しい。

 

どんな時代にも「あったもの」「なかったもの」「あったけどなくなったもの」等があるのでしょう。マルコ・ポーロと同じ経験なんて、もう誰にもできない。それぞれの時代の感覚を、せめて想像だけでも楽しみたいものです。

 

あやあやさんが、e-simとデュアルsimについて、更に詳しく書いてくださいました!


これで何となく具体的なイメージがわいてきましたよ…。今後、海外旅行勢としては避けて通れぬ道となっていきましょうから、これで勉強いたしましょう!

 

e-simでも、まずは物体のsimカードが必要だってところが面白いですね。なかなか技術者や使用者の願うようには事が進まないのだろうなあ、と。でもいずれは、日本に居ながらにしてネットを介して現地のe-sim情報を自分のスマホに登録することができるようになるかも。

 

あるいは、いちいちsim情報なんて登録しなくても現地の通信網を使えるような、何と言うんですかねえ、互換性のある認証方式に変わるかも… あるいは、Wi-Fiがもっと発達して、simなんて気にしなくてもどこでもネットに接続できるようになるとか…。

 

私、タイムマシンで100年前か100年後かどちらかに行けるとしたら、未来を選ぶかも。技術の進歩が生活をどのように変えるのか見てみたい。1日だけとかの超ド短期なら過去にするけど。何がどう変わっているのか予備知識さえないようでは、未来で変化を感知するのに1日じゃ無理でしょ。それなら過去の世界で「あれって本当にこういう風だったのかな」と確認して周る方が楽しそうだもの。

 

(全然関係ない写真。昼も人が少ないけど夜になると静まり返る、大阪ど真ん中の地下道)

 

さて、

 

思えば私の海外でのスマホやケータイにまつわる悪戦苦闘は、この記事が最初の記録のようで。

海外パケット死放題

 

ところで、今の若い人が言うパケ死って、昔とは意味が違うんですってね。当時は、 定額制にせずに大容量データを利用したユーザーが高額な通信量を請求されることを「パケ死」と呼んでおりました。でも今は 、契約している通信量の上限に達して通信速度が遅くなることを「パケ死」と呼ぶらしい。

 

「パケ死」の意味が変わった? 「高額請求」ではなく……」(これも3年以上前の記事ですが)

 

技術が変わり制度が変わるにつれ、言葉の意味も変わっていくのだ。

 

2010年6月の台湾旅行でも無料でPCを使ってネット接続できるとか書いているし(この記事をそのPCで打った)、年末の蘇州・上海でもWi-Fiを使うという発想すらなかったみたい。まだガラケーだったしね。

 

2011年の年末は東北に行ったので関係ない。気仙沼でガラケーを水たまりに落としたんだった。海水で塩分があるし、いつ壊れるかわからんからとスマホに買い替えたんだよな。(ここに記録がw

 

2012年の年末のベルギー旅行では当たり前のようにWi-Fiがどうしたとか書いている。けど、まだ宿のPCをありがたく使っている(アフリカで開催されたラリーを追っていて、スマホでは見づらかったのもある)。っそして、ブリュッセルでネットカフェを探している。(もうすべて廃業済みでしたね

 

2013年の年末のハンガリー旅行以降はもう、PCが欲しいとも思わなくなっていますね。ここからは公共Wi-Fiに頼ったり、それがなければ泣く泣く現地の提携通信網に接続したり、大枚をはたいてモバイルWi-Fiをレンタルしたりの生活が。

 

 

そして、1年前に、ついにsimカードを入れ替えて使うという新境地に踏み出したのでした。
simフリースマホ デビュー

 

 

ところで、改めてこれ読んで驚いたんだけど、イタリアで買ったスマホ、デュアルsimだった! 笑  

全っ然おぼえてないわ!

 

「 なんでも、新しく買ったこのスマホ、SIMカードが2枚入るんですって。 」とか書いたの誰! 書いていてもほぼ他人事みたいに考えていたんでしょうな。お金は自分で出したけど、買うのも、設定も、全て現地在住の野本さんにお任せだったもんね。しかし今回のあやあやさんの記事を読んだ時には、自分が取り組むべき問題と認識しながら読んでいたのだろう…。


それにしてもですね、私のこの新スマホ、simカードの取り換えのために毎回すごく苦労してこじ開けなきゃいかんのですけど、あやあやさんのスマホには差し込みスロットがあるんですよ。どうしてこんな程度の工夫を、もっとさっさとすべての機種に反映させないのかしらね…。

 

ここのところよそのブログを読んでいて、旅行や生活で使いこなしていくべき技術についてしみじみと考えました。

 

実は私、SIM カードを入れ替えて外国でスマホを使うようになったのはたったの1年前なのです。

 

セルビア(2016)やポルトガル(2017)には海外用のポータブルWi-Fiを持参しましたが、お金もかかるし重たいしで、イタリア(2018)には持っていかなかったの。で、現地のWi-Fiに頼っておりましたところ、ブラッチャーノで野本さんが「毎年外国に行くのならSIMフリーのスマホを1つ買えば」とご提案くださり…

 

そうですね… 私が目をそらし続けてきた、SIMカード入れ替えってやつね…

 

で、ブラッチャーノのスマホ屋で野本さんに助けていただいて一番安いスマホを購入し、日本語に設定していただき、快適なネット環境を手に入れたのでした。おお、これからはこの新技術を…

 

(全然関係ない、大阪の写真)

 

が、なぜかスコットランドではうまく使えず(単に私が画面のメッセージの意味を誤解していたのではないかと今にして思いますが)。せっかくJaneさんが私と同じ日に同じ町(インヴァネス)にいらっしゃったと言うのに、連絡が上手く取れなくて会えず仕舞い… 今はJaneさんはロンドンにお住まいだから、ハイランドで会えるなんて得難い機会だったのにー!

 

ウイグルではSIMカードを入れ替えてくれる店を見つけられなくて断念。でもオーストラリアでは空港でやってもらえて快適なネットライフを手に入れました。やっぱ、鉄道アプリとか使えないと不便だしさ。ちなみに日本のスマホも持って行っており、Wi-Fi環境でアプリを入れようとしたけどできなかった。現地の通信システムに乗っかってないとダメなのかな。

 

とか何とかやっていて、すっかり先端技術を使えている気でいたのですが、あやあやさんのカンボジア旅行記を読んでいたら… (以下、引用させていただきます)

 

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e-simとは、物理的なsimカードではなく、スマホの本体に登録を行う仮想的なsimカードのことです。

物理的なsimとこのe-simの2枚が入っている状態をデュアルsimと言いますが、メリットは 2つの携帯電話回線を1台のスマホに登録して、2つの電話番号を使い分けたり、データプランを選んで使ったりすることができます。
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字は読めるけど文が読めない… 仮想的って… デュアルって…

 

(全然関係ない、大阪の写真)

 

きっとそのうち、「え、今時まだスマホをこじ開けてカードを入れ替えてるの? まだそんなサービスやってくれるところあるんだ」とか言われる日が来るんだろうな。というか、SIMというコンセプトがなくなる日も来るのかもしれないし。技術はまさに日進月歩で、何かを知って使い始めても、どんどん進化して新しいやり方に代わっていく。当たり前だけど終わりはないし、新技術はこれまでのやり方とはかけ離れた発想になるのかもしれない。

 

怖いのは、自分が新技術を使えていないことより、新技術があることを知らないことだと思うのです。知りながら目をそむけて使わないのはまだマシ。その気になれば使えるから。でも知らなかったら、不便だったり費用がかさんだりする方法しかないと思い込んで延々と無駄な時間や労力やお金を使い続けることになるのでしょう。そしてある日、自分が使っているサービスが終了することになって、はるか先に進んでしまった技術を前に途方に暮れたりしてね。

 

進歩には少しずつでいいので触れておかないと、いきなり大きなギャップに直面することになって、余計についていけなくなると思うのですよ。

 

(全然関係ない、東京の写真)

 

お金のことにしたって、ストックホルムの空港バスのチケットは、ネット上で購入するのが一番安かった。現場でもチケットを買えますが割高で、更に、クレジットカードより現金で買う方が高い。もう、現金を含め物体を使う環境の維持費として手数料を取られる時代が来ておるのですな。

 

今では電子マネーがすっかり定着していますし、これも使うようにしてかねば将来的にアワアワすることになりそう。日本みたいに現金社会ならいいけど、外国ではそうも言っていられない。てゆか日本もどんどん電子マネーでの決済が広まっているよね。何とかペイ、私もそろそろ使いましょうかねえ…。わからないことがあればダニーさんに聞くから。ダニーさん、もう使いこなしてるもんね。店員よりも。

 

最近の子らは飲み会の割り勘もLINEペイとかで済ませるんだって?「今持ち合わせがないから」は通用しないの。(踏み倒されたことがあります 「金返せ)  ああ、でも、踏み倒す人は「俺LINEやってないから」とか「ちょっと不具合があってアプリ削除してるから、後で送るわ」とか、言うのかもねえ。

 

とにかく私はこれで勉強するか…。

Payサービスの種類はこんなにあった!QRコードスマホ決済の一覧と比較表まとめ

 

オーストラリアへ森林火災に関して支援したい方向け、現地の組織に寄付する方法を日本語で解説してくれているページがあります。

オーストラリア山火事の寄付・募金方法を日本語で画像解説

 

私のブログを見に来てくださっているのは旅好きさんだと思うし、現地に旅行に行くと言う支援も大いにありですよ。SNSでは「 #GoWithEmptyEskies (空っぽのクーラーボックスを持っていこう)」というハッシュタグが使われています。火災が収まった地域へ遊びに行こう。空っぽのクーラーボックスを車に積んでいって、現地で買った食べ物、飲み物を詰め込もう。

 

さて、1月5日には少し雨が降って火の勢いが落ち着いた地域もありますが、まだまだ予断を許さない。コメント欄でもお話ししていたんですが、熱波による自然発火での森林火災はオーストラリアで特に顕著なんだそうです。

 

 

気温が高くなると植物の水分が失われ、ユーカリのような油分が強い植物は油の濃度が高くなります。そこに猛烈な太陽光が当たると油分が熱せられて発火する。天ぷら油をコンロの火にかけっぱなしにして火事になるのと同じ理屈です。だから、熱波が去るまでは、いつ、どこで新しい火災が発生するかわからないのですって。そして一度燃え始めたら周りがすべて燃えやすいものだからどんどん広がっていくわけで。本当に、手が付けられないですね。何とか収まってほしい…。

 

旅日記を始めちゃうと、あまり火災について書くのも変なので、別記事で書いちゃっときます。

 

シドニーに到着した12月28日のお昼は、こんな青空だったんですよ。(セントラル駅)

 

でもその日の夕方に友人の家にお邪魔する頃、シドニーから1時間ほどの距離にあるその町は、煙のせいで空も太陽もオレンジ色。煙は、ちょっと甘いような匂いがしました。

 

 

黒い鳥の羽かと思ったら、煙と共に飛んできた焼け焦げた葉っぱなのだった。

 

そして翌日の29日に改めてシドニーを案内してもらう時には、こんな空に。1枚目の写真のセントラル駅からこの聖メアリー大聖堂まで徒歩20分ほど。どちらもシドニー中心部です。

 

青空に映える白いオペラハウスの美しさは有名ですが、この通り。

 

テレビで、メルボルンが町ごとすっぽり煙に包まれて外からほとんど見えなくなっている映像も見ました。衝撃的でしたわ。メルボルンに住む友人夫氏のご兄弟は「とにかく、こっちに来るな。外を歩ける状態じゃない」と言っていたそうで。でもシドニーも同じようになる日がある。他の町も。煙が流れてくる町では、子どもや老人、妊婦は家から出るなと言われるそうです。煙を吸わずには息ができないもの。

 

翌日の30日もこんな空でしたね。そして12月31日に海水浴に行った帰り、展望台から。

 

青空なら、海岸に突き出す山が延々と続く素晴らしい眺めを楽しめるらしい。この時も、この方角は黄色が濃くて、反対側は少し青空に近いような感じもしました。風向きのせいね。

 

ちなみに、この海岸に行くのに使ったハイウェイはその後、私の滞在中に封鎖されていました。

 

元日にはキャンベラの国会議事堂へ。

 

現役の国会議事堂から、650メートル先の正面にある旧国会議事堂が見えるはずなのに、この通りです。国会議事堂に向かう道から「いつもならここからもう国会議事堂がドーンと見えるんだよ」と友人夫氏が言っておりましたわ。この日は煙が濃くて、建物の中まで煙の匂いがしておりました。

 

 

いつもなら現国会議事堂の上院・下院の議場も見せてもらえるそうだけど、この日は閉めきり。煙の匂いがついたらアカンからかと思ったけど、議場は一番警備も厳重だろうから、火事の煙と間違えて警報が鳴ったりスプリンクラーが作動したりしたら面倒なことになるからではないかとの説もあり。オーストラリアでは、一度警報が鳴ったら職員も誰も彼も屋外に退避するルールだそうです。

 

なおキャンベラでは1月6日に、 内務省が職員らに対し出勤しないよう指示を出したり、保健省が一部施設での業務を禁止したりという事態に。国立美術館も閉鎖されました。「空気質指数(AQI)」は340を超えていたそうです。

 

 

その翌日の2日は、シドニーでは多少は日差しも届く時もあり、眩しいと感じることもありました。

 

 

そしてその翌日、3日は晴れました! ピーカンとまではいきませんが、風向きも問題なしとのことで、諦めていたブルーマウンテンズ国立公園に連れて行ってもらえたのです!

 

上の写真、赤茶けているところは火事で焼けたところだって。稜線の向こうまで続いているね。

 

そして、こちら、赤丸で囲っているところ、見えづらいと思いますが、遠くに火事の煙が見えている…。

 

そして最終日の1月4日。この日も朝から晴れました! 近隣の町に連れて行ってもらった。

 

晴れは嬉しいんだけど、もう暴力的なほどの日差し。気温は49℃をマーク…。

 

でも午後に帰宅して「何か暗いね」と外を見たら、煙がまた空を覆い尽くそうとしていました。

 

風向きひとつでこうなるのです。庭に、焦げた葉っぱが散らばっていました。

 

 

毎晩、寝る前にはテレビでニュースを見ていました。当然ながら火災のニュースで持ちきり。

 

煙もですけど、火も広がる方向も、風向きで変わるわけでして。友人は、夜の間に火の手が迫るのが一番怖いだろうと言っていました。寝ていたら対応が遅れるし、逃げるにも暗いしね。道路が火で塞がれて逃げることもできなくなったら、なんとか自分のいる場所を火から防いで助けを待つしかない。だから、火が近くなった場所からは、前日の夕方のうちに避難が始まっていました。
 

避難指示が出ていても家に留まる人たちもいましたよ。本当に火が来るかどうかわからないからと。いや、本当に来たらどうする気なの。貴方たちを助けるために消防士がまた危険な目に遭うのに…。何とか家を守ろうとして、燃える隣家や樹木に水をかけて火を食い止めようとする人たちの映像もありました。それで命を落とした父子のニュースもありました。風向きが変わって際どいところで燃えずに済んだ家もあるから、諦められずに残る人たちもいるんでしょうね。

 

消火活動を撮影しているカメラマンに気づいた消防士が「Go! Go!」と、去れと怒鳴る映像が何度もニュースで流れていました。その映像にこうして価値が出てしまうのがアカンわけですが。

 

町全体が焼失して、自宅も職場も失くした人たちもいる。生活が丸ごと消えたんです。それに、たとえ燃えてしまっていなくても、火災現場に近い土地には観光客が来なくなってしまった。何ヶ月も収入が断たれることになってしまった業者さんの悲痛な声も聞きました。 #GoWithEmptyEskies!

 

モリソン首相が被災者の避難先で握手を拒まれている映像も見ました。大勢から罵られて被災地視察を切り上げた映像も。首相はクリスマス休暇で家族とハワイに出かけたのがバレましたからね。 慌てて帰国した首相、「大勢が気分を害したのはわかる」と言っていましたが、そういう問題じゃなくて、非常事態宣言が出るような災害の最中に国のリーダーが外国で遊んでたらアカンやろ…。きちんと対応しても事態が収束しなかったら非難の矢面に立たされる身なのに、何やってるんですか。

 

有名なシドニーの年越しの花火にも批判が出ました。「花火大会の資金を火災の対応に回して」という署名には27万筆が集まったそうです。結局、花火は決行されました。そもそも準備は15ヶ月前に始まっていて、年末が近づく頃には予算の大半を消化済みだから、中止しても資金を被災地に回せるわけではないのですね。それに、シドニーの年越しの花火は世界中から人が集まる大イベントです。 650万ドル(約4億9600万円) の予算に対し、1億3000万ドル(約99億円)の経済効果をもたらすとのこと。

 

ちなみに首都のキャンベラでも花火大会が予定されていましたが、全面的な火気禁止の命令により中止になっていました。シドニーの場合は気温などの天候面でもOKが出たと言う事ですね。

 

1月7日には南米のチリやブラジルで太陽が赤く見える現象が発生。オーストラリアの森林火災の煙が流れてきたためと見られています。煙が地上まで下りることはなく、健康被害はないとされています。でも、これでわかるように、一国のみの問題ではないのです。国際的な大災害なんですよね。

 

そういう視点から離れて、現地で会う人たちには、「今のこれは、いつものオーストラリアじゃない。本当のこの国を見に、またおいで」と言われました。皆さん、火事が落ち着いたらぜひオーストラリアに行きましょうね! いや、落ち着く前でも、場所を選べば楽しめることが沢山あると思いますが! 宿の人に相談したりしつつ、その日に行ける場所を選べばよろしいよ。旅好きの我らは、彼の地の観光業や旅インフラを維持する支援ができるのよ。 #GoWithEmptyEskies!

 

最後に、もういっぺん貼っておきますね。

オーストラリア山火事の寄付・募金方法を日本語で画像解説

 

開けましておめでとうございます。新年の挨拶って、15日までは言っていいんだよね。って思ってたら、これ、関西だけなんですか? 全日本的には7日までなの?

 

まあ、今日はギリ、セーフってことですね。

 

最高に楽しかったオーストラリア旅行から戻って、まだ仕事はリハビリ状態です。好きな仕事のはずなのに、やりたくない。そもそも、働きたくない。

 

今回は友人宅に泊めてもらって、何もかも面倒を見てもらったので、ただひたすら楽しむだけでした。たくさんお喋りもできたし、最高に楽しかった! 添乗員付きツアーは2回(ロシア、トルコ)、現地ガイド付きツアーは2回(タイ、ペルー)行ったことがあるけど、それは団体ツアー。今回はもう、すべて私のためにカスタマイズされた旅行なのですから。

 

報道されているように現在オーストラリアでは史上最大規模の凄まじい森林火災が継続しております。

 

私がオーストラリア旅行を決めたのは8月のことで、現地がまだ冬の頃でした。それから友人夫妻が色々と提案してくれて、洞窟探検や山歩き、ワイナリー巡りなどに連れて行ってもらうことになりましてね。それはそれは楽しみにしていたのです。が、火災の拡大により洞窟はとりあえず1月3日まで閉鎖と出発前に発表。ワイナリーのある地区は被災はしていなかったけど、いつ道路が封鎖されるかわからない状態では危険だと言う事でキャンセルされました。

 

でも私の好みをよく把握している友人夫妻は、毎日こまめに天候や風向きなどをチェックして安全を確保した上で、様々な楽しい場所に連れ出してくれたのでした。ホントにホントにありがたい。

 

火災から流れてくる煙が空を覆って、晴れた日の方が少なかったけど(滞在8日のうち3日)、それはそれで狙ってできる経験ではない。そんな経験をするような事態には心が痛むばかりですが。

 

煙ってるシドニー。

 

オーストラリアの森林にはユーカリの木が沢山植わっている。ユーカリはご存じの通り、油分の多い木です。そしてその樹皮はベロベロとめくれるようになっている。めくれた樹皮は根元に堆積しており、もう、燃やすための準備ができているようなもの。夏には自然発火で必ず森林火災が起きるのだそうです。

 

でも今年は火災がかつてない数、あちこちで発生し、どんどん燃え広がっていく。これほどの面積でこれほどの期間火災が続くのは前代未聞とのことです。2017年から、数百年来と言われる干ばつが続いていて、そこに観測史上最高の酷暑が重なってしまったためらしい。

 

つまり、火災は森林のどこで、いつ発生するかわからない。今はまだ燃えていないところでも、燃え始める可能性があるのですね。そして、今燃えている火がどこまで広がっていくかわからない。消防士が懸命の消火活動を続けて人々を守っていますが、全体的には、夏が終わって雨が降る季節(3月か4月)が来るまで収まらないだろうと聞かされました。

 

せっかくオーストラリアに行くのだから、何かお手伝いできることはないかなとも思いましたけど、Triple Dさんが「こちらではボランティアさんは普段からやっている人たちだから、観光客は観光でお金を落としてくれたらいい」とおっしゃるのも正論だと思うし、言葉もおぼつかない外国人が飛び入りしたところでかえって面倒をかけるだけですしね…。現地のボランティア団体の人にそんな話をしたらやはり同じことを言ってました。

 

ということで、最強アイテム「現金」を発動するぞ。

 

シドニー在住のジャーナリスト平野美紀氏が、寄付の送付先を一覧にしてくださいました。記事の一番下に載っています。

https://australia-now.info/archives/8156

 

被災した人や動物への支援はもちろん、消防への支援も募っています。と言いますのも、消防士の大半は無償のボランティアなんですよ。仕事を休んで消火に当たっています。そして火災が長引き、仕事に戻れず、生活に必要な収入が得られない状態に。現地にいる時にも何度も、無償で働く消防士たちの生活を政府が保障するべきだと言う意見をテレビで耳にしました。アメリカからは消防士が派遣され、 隣国ニュージーランドやカナダ、パプアニュ-ギニアからは軍隊派遣の申し出があるって。フランスも支援を表明していたね。まだまだ続くからこそ、長期的視野の支援が必要。

 
日本で起きた地震や津波、豪雨災害と同じ、大災害です。助け合いが必要なのだ。

 

 

 

涼しいスコットランドのお話もやっと終わりましたので、次の旅行の話を。

 

今年の冬休みは、オーストラリアに行くことにしました!(到着したら夏休みだけど)

 

と決めたのは秋でしたので、まさかこんなことになるなんて思ってもみませんでした。

 

山火事続く豪州、2度目の非常事態宣言 (BBC、2019年12月20日)

 

シドニー近郊に住む友人が「うちに泊まりにおいで」と言ってくれているので、お言葉に甘えることにしております。秋に話した時には「日焼け止めとサングラスは忘れないでね」とのことでしたが、この度「マスクも持ってきてね」と言われました。燃えていないところでも、煙が流れてきて大変らしい。シドニーも煙ってるって。

 

友人の一家は街中に住んでいるので火災の被害には遭っていないのですが、彼らのお友達一家は森の中に住んでいて、避難済みなんだそうです。物理的に家を失うかもしれないと思いつつの避難… ちょっと気持ちの想像がつきませんわ…。

 

最近、こんなアプリケーションもできたそうです。

 

ウェブサイトはこちら。

https://www.rfs.nsw.gov.au/fire-information/fires-near-me

 
現在火災が発生している場所や危険度、避難などについて情報などが得られるようだ。

 

Triple Dさんが「大変な年に来ることになってしまいましたね」と言ってくださいましたが、ホンマにねえ。そんな大変な時に呑気に遊びに行っていいものだろうかとも思っちゃいがちですが、変に気遣って経済を停滞させるのも良くないんだろうなとも思いますしね。

 

日本でも、台風19号の影響で、千葉の被災していない観光施設までが大打撃を受けているそうで。「交通機関も問題なく動いていますし、飲食店や宿泊施設も通常通り営業していますから、来てください」って悲鳴のようなお願いを読みました。私も国内旅行のための積立しなきゃ。千葉も行ったことないんだ。(たぶん。幼児の頃は定かではない) 次は佐渡島か隠岐の島にと思っていたんだけどさ。それか郡上八幡か高地の仁淀。

 
とりあえず、そろそろ荷造りをはじめなければね~。今夜からやります。