旅中毒

旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!


2019/8/13

 

7:50ごろ、クチャ駅到着。キャッキャ言いながら写真を撮っている人たちがいたので、私も撮ってみる。

 

駅の出口に向かう廊下の途中にお手洗いがあり、顔を洗いたい人が洗面所の前に並んでおりました。廊下にはみ出ている列に私も並ぶ。隣の人が床に座ったので私もバックパックを床に下ろしてその上に座ったところ、改札にいた職員のおじさんからビシビシと叱責が飛んできて、隣の人と一緒に慌てて立ち上がりました。はい、マナー違反ですね、すみません。それからすぐに洗面台が開き、洗顔して化粧して出てきたら、改札のおじさんに「さっさと出なさい」と𠮟られました。駅構内への出入りも管理されるし、改札内への出入りも管理されているんだね。

 

てゆか、改札を出た後でも待合室を使うことはできるのだから、待合室のお手洗いで洗顔すれば良かったのだった。

 

カシュガルの駅とは違って、クチャの駅は待合室と切符売り場が別の部屋になっておりました。

 

今度はこれ撮っといた。いざとなったらこれを見せれば、誰だって鉄道駅だとわかってくれるだろ。

 

カシュガルの駅前は大きなロータリーになっていたけど、クチャ駅の前はすぐ道でした。そこにタクシーが並んでいました。でも今回はホテルは駅からたった2.7キロの道のりなので、徒歩で行く。タクシーだとまた言葉(会話も文字も)が通じず苦労するだろうと思ってさ。40分くらいかかったけど、道がとてもわかりやすいので楽勝でした。

 

わかりやすいと言うか、何か、ガラーンとしていたなあ。駅が町の中心から離れた場所にあるのはカシュガルと同じでも、カシュガルと違って車や人の数が少なくて。町の規模がそもそも違うわけですが。途中、工事中らしい通行止めになっている大きな道の横を通った時、遠くの空き地に建築中の高層ビルが見えて、うんざりしたのはよく憶えている。

 

この歩道、ひどくない? 車いすの人はどうするの?

(右端に人が一人なら通れるくらいの余裕が。そこを入れて撮れって話ですね)

 

 

こういうの見ると「中央政府の厳格な管理下で民族意識を管理している。中央政府は民族の伝統は尊重しているとアピールしている」と感じてしまうけど、考えすぎかね。
 
若い女性なんだろうけど、顔がおじさんっぽい。
 

私の泊まったホテルはホテルを含め商業施設が幾つか集まっているけど、人が暮らしている地域って感じが希薄でした。さっきの高層ビルみたいに、何もなかった土地を無味乾燥な建物で埋めていって、道路で繋げるんだろうな。ま、日本にもありますけど。

 

これは、24時間営業の大浴場があるお宿なのかしら。こういうトコ泊まる方が楽しそうなんだけど、私は予約サイトでフツーのホテルを予約済みなのだ。


私が泊まったのは、上の写真のお宿の近くにある、庫車麗都大酒店(クチャ・リードゥ・ホテル)です。まだ午前中だったのに、すぐチェックインさせてくれました。

 

お部屋はカシュガルのホテルと似た感じ。特にバスルームが。

 

 

部屋から見える光景が醜いのも同じ…。

 

ロビーに降りましたところ、観光ツアーの案内を発見! この写真はロビーの華麗な階段を撮ったものですが、左下にツアーの案内が写り込んでいますね。

 

言葉が通じないので身ぶり手振りで明日ツアーに行きたいと訴え、自分の電話ではここでは通話できない(←本当)、代わりにかけてもらえませんかと図々しくお願いしました。で、ホテルのスタッフさんが電話をかけてくれまして、受話器を渡されましたら、英語を話せる人が。そしてその人が、「日本語を話せるスタッフがいますから」と電話番号を教えてくれたのでした。

 

で、その日本語対応可能スタッフに(ホテルの人がホテルの電話で)電話を(親切にも)かけ(てくれ)たところ、色々と情報を得ることができました。判明したのが、

 

1.明日出発する日本語ツアーは無い。

2.今は日本人と中国人は一緒のツアーには入れない。

3.なので、できるのは車のチャーターのみ。

4.さらに、個人ツアーで訪問可能な石窟寺院は1つだけ。

5.料金は500元。

 

他に選択肢があるわけでもないのでOKしました。そして、近くにある庫車飯店(クチャ・ホテル)の1階にある旅行会社にお金を払いに来てくださいと言われて赴きますと、そこにいたのが、さっきの日本語対応可能スタッフさんだったのでした。

 

ここぞとばかりにツアーやクチャについて相談させてもらいました。まずツアーについては、いくつかの見所を説明してもらい、自分の好みなどを伝えて、石窟寺院1つと大渓谷を見に行く独自のツアーを組んでもらいました。戻り時間が遅い方がありがたいので(夜行列車に乗るため駅に行くから)、ツアーの出発も9時から10時に変更してもらいました。こうなるとやっぱり個人のツアーって自由がきいて便利だなあと思ってしまう。

 

他の場所にも行けたらいいなと思ったので、今日出発する外国人が入れるツアーはないかと聞いてみたけど、もう11時になっていましたので、無理でした。そして「今日は旧市街を見てきたら?」と薦められ、そうすることに。8番のバスで行けると教えてくれ、更にタクシーを使う場合に備えて、クチャワンフー(クチャ王府)と発音の練習をさせてくれました。カタカナで書き留めておくと良い、と。さすがに観光客慣れしていて、よくわかってる人だな。

 

2019/8/12

 

カシュガル駅に着き、構内のベンチで例の串刺しパン(再掲)を食べておりましたら、

 

私と同じ年代のバックパッカーさんが何か話しかけてきました。言葉がわからないと伝えると残念そう。様子を見るに、おそらく、食べるものを買いたかったんだと思う。意外なことに売店もないのよ、ここ…。大きな駅なのに。

 

駅の構内の写真を撮っておけば良かったんだけど、この頃ってちょっと不安を感じておりまして。鉄道駅が撮影禁止の国って多いでしょ。準軍事下にあったりすると、軍事施設扱いだから。ググってもウイグルで鉄道駅を撮影禁止と言う話は目にしなかったんだけど、用心してしまった。撮ってから公安に詰め寄られたら嫌じゃん。

 

でもいま改めてググったら、駅の写真はいくらでも出てくるので、問題なかったみたいだ。行く前にこういう調べ方しときゃ良かったのか。

 

 

FOURSQUARE City Guide さんから。「人員出口」の後ろに見えているのが公安の手続きをしてもらうブース。その後、左の入り口で荷物検査をして制限エリア内に入る。

 

 

 

それから駅舎に入るの。同じく FOURSQUARE City Guide さんから。

 

22時46分発の列車なのに、22時03分にアナウンスがあって改札に人が並び始めました。改札上に出ている掲示板を見る限り次の列車は私らのだけど、いくら何でも早くないかと思い、列に並んでいる人に私のチケットを見せて、『不安そうに何かを問いかける表情』で無言で訴えかけましたところ、その人たちはニコニコと頷いて、ここに並んでとジェスチャーしてくれました。

 

FOURSQUARE City Guide さんから。この写真ではがらんとしているこのスペースに、奥に見えている改札に向かってずらっと人が並んだんだ。

 

やがて改札が開きましたが、次々に人が引っかかる。「その改札機は壊れている」みたいな空気になり、人々が隣の改札に移動しました。私は一応、試しにチケットを通してみましたところ、通れました。引っかかった人は、チケットがアカンのでは? しかし、この期に及んで「このチケットでは乗れません」だったら大変だな~。たぶんそんなんじゃなくて、その自動改札が通れない技術的な問題があっただけだと思うけどさ。

 

改札を出た後、お目当てのホーム行くために地下道を通る。その地下道で大渋滞。なるほど、こりゃ、40分前に改札を開くわけですわ…。ホームに着いてから別方向に行く人たちもいたんだけど、別の列車に乗る人たち? 私らの列車の次って午前3時くらいのだったけど…? まさか待合室は0時で閉鎖して、その人らはホームで待たせるとか、そんなん? 私、いざとなったら駅が24時間開いているから待合室にいればいいのではとか思っていたけど、そういうもんでもないのかしら?

 

旅行記を読んでおりますと、ホテルを決めずに町に着いてウロウロしていたら公安に引っ付かれて、強制的に指定されたホテルに泊まらされ、出かけるたびに尾行がついて、早く町から出ていかせようと圧力をかけられた、なんて話もありました。それを読んだ時には「宿が見つからなかったら公安が何とかしてくれるという構図にも見える」とか言って笑っていたけど(笑い事じゃないんでしょうけど)、駅に泊まるなんて無理なのかな?

 

ホームから列車に乗り込むところはGLOBALTIMESさんの Low-cost train service linking Kashgar, Hotan begins in Xinjiang の写真にある通り。(私は夜でしたが)

 

さて、列車は車両ごとに車掌さんがいます。乗り込む際には車掌さんにチケットを見せる。パスポートの提示も求められた。チケットにパスポート番号が記載されているから外国人だとわかるのかな。

 

これね(再掲)。

 

中は通路を挟んで2人掛け側と3人掛け側がありました。私の席は3人掛け側で、幸いなことに通路側の席でした。荷物は隣の席の男の子が網棚に上げてくれました。網棚はもういっぱいでしたが、こういう時は皆で協力し譲り合って何とかする空気。こういうのは残念ながら現代日本にはないなあ。

 

しばらくしたら公安の人が来たのでパスポートとチケットを出しましたが、話しかけられてもわからない…。小さくなって日本語で「ごめんなさい…」と言ったら、笑いながら手を振って、スマホの翻訳でやり取りしてくれた。「一人ですか?」「カシュガルの前はどこにいました?」「クチャには旅行?他の用事?」と。質問はこれだけでした。

 

左側は3人掛けです。

 

ウイグル独自の文化でゴミ捨てがどんなものなのか知らないんだけど、中国だと、列車内で落花生の殻とかのゴミは床に落としておいて、後でまとめて掃き清めるとか聞いたことがある。でもそんなの大昔の話らしいね。今はマナーが厳しい。車掌さんが恐ろしい迫力でゴミを回収していくのだ。

 

決して散らかしているわけではない、机の上にお行儀よく乗せてあるだけのカップラーメンの空き容器や空のペットボトルやお菓子の空き袋などを見ると車掌さんが「よこしなさいっ!」と回収する。親が座る座席の下の床に布を敷いて子どもが寝ていて、その奥に置いてあるゴミを見つけると、「どきなさいっ!」と子供を叩き起こして掃き掃除する。な、何もそこまで…。

 

でもおかげで車内は文字通りゴミひとつない。洗面台やお手洗いもとても清潔。皆きれいに使っているし、車掌さんがこまめに掃除しているんでしょう。こことは別に給湯コーナーもあるよ。カップラーメンを作ったりお茶を淹れたりで、お湯が必要なのね。

 

 

しかし硬座の夜行はちと厳しかった。椅子は硬いなりにOKなんですけど、若い男の子たちに囲まれていたのが致命的でした。荷物を上げてくれたりする親切で紳士的な良い子たちでしたが、何しろ若いから寝ないのよ~! 喋るし、笑うし、動き回るし、スマホでイヤフォンなしで音楽や映画を流すし。こっちの人ってイヤフォン使わない人も多いね。

 

それに、駅に着くたび車掌さんが駅名を大声で繰り返しながら巡回するのだ。寝過ごしちゃいけないからありがたいんだけど、寝ていたい人には…っ。そして、目を覚ました男の子たちがまた喋る、スマホで何か鳴らす、動き回る… やっと寝たと思えば無意識に寝心地の良さを求めてこちらのスペースを侵略する、足を乗せる、もたれてくる…。もうこっちが寝てらんない。周りの様子を見ていても、1人1席と言うより、3人がけを3人で使うとしか思っていないっぽい。

 

確か、この歩いている女性が車掌さんだったかと。右に写っているのが給湯機かな。

 

1つ前の新和駅で席から退散し、デッキに移動しました。床に座り込んでいる方がまだ楽だったわ。車掌さんに見とがめられたけど、チケットを見せて「次の駅で降りるので待機しています」的な身振りをしたら、「こっち側のドアが開きますよ」的なことを教えてくれました。

 

2019/8/12

 

ちょっとサボるとあっという間に日が開く。仕事が立て込んでいたのと録画がたまっていたのと玄関先&庭の整備に勤しんでいたのとで、つい…。ざっと下書きはしてあったんだから、仕上げるだけだったのに。書く馬力が落ちているなあ。

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コメントを頂戴したんですが、昔のカシュガル旧市街はやはり、路地裏まであんな風に華麗に装飾したり、していなかったそうです。素朴な雰囲気だったと。やっぱり路地裏まで歩き回る観光客用に演出しているんでしょうね。

 

ここら辺なんかはまだ普通かしら。(街灯は華麗だけど)

 

 

 

昔はこんなに緑もなかったらしい。

 

 

壁には何と書いてあるのかしら…。上は電話番号かな? 何かの店舗だったのかな。

 

この、2股に分かれているところが好きなんだけど、

 

こっち側の建物も撮りたい。お寺かな?

 

こんな標識はここでしか見なかった。他にもあったかもしれんけど。

 

ここら辺は迷路のようだったから、紛れ込んできてグルグル同じところを歩いているよそ者に道を聞かれるのも面倒くさくなったのかな。普通に住民が暮らしているんだものね。

 

さて、旧市街からホテルへ戻ります。またタクシーにしました。バスもあるんだろうけど、ハードル高いんで、気力ない。朝にホテルの人に頼んでホテル名「喀什深航国際酒店」をウイグル語で書いてもらった紙があるから安心です。それを見せたらタクシーのドライバーも即座に「OK」と言いました。

 

でも全然違うホテルに連れてこられたよ! 「〇〇国際酒店」の「国際酒店」の部分しか合ってない。この街はナントカ国際酒店だらけなんだから、〇〇の部分が重要なんですけど! 彼が知っている国際酒店はそこだけだったのか? (日本もやたらに「〇〇国際ホテル」って名前が流行った時代がありましたね)

 

で、次に連れていかれたのがここ。(柵の上に鉄条網が)

 

絶対、外国人が泊まりそうなホテルに適当に来てみただろ。当てずっぽうせずちゃんと探してくれ! ここで降ろすなら金払わんからな。

 

「ここも違う」と言ったらドライバー氏、私のメモをもって、ラディソンの駐車場入り口のスタッフに道を聞きに行ってくれました。そして車をUターンさせて走り出す。そこからは割と近かったです。ホテルの人はやはり、よそのホテルもよく知っているんだね。タシケントでタクシーにタタ・ホテル(シングル150ドルから)に連れていかれた時も、ホテルの人がタクシーに説明してタラ・ホテル(ドミ60円くらい)の場所を教えてくれたっけ。
 

てことで無事に喀什深航国際酒店に戻ってきました。少し遠回りになったかもだけど、全額払ったよ。往きのタクシー代とそんなに大きくは違わなかったし。さて、シャワーで汗と埃を洗い流し、ちょっと休んでからチェックアウト。これから夜行列車に乗りに行くのです。

 

そのチェックアウト時に、受付の女の人に頼まれたことがありました。彼女は最近、日本に遊びに行ったみたい。ヤマダ電機で買ったレシートを見せて「値段を教えてください」と言ってきたの(例によってスマホ翻訳で)。どの部分が金額の表示なのかわからなかったらしい。本体の値段と税金とに分けて教えてあげました。免税のお金がどれだけ戻ってくるか知りたかったのかな?

 

チェックアウト後、ホテルのすぐ近くにカフェベーカリーを発見。夕食用にパンを買って支払いも済ませてから、そこがファストフード屋さんでもあると気づく。イートインでハンバーガーや焼きそばをいただけるのだ。前夜に食事を食べるところを探している時は、こっち側に来なかったんだよなあ。失敗した。まあ、ホテルのレストランも楽しかったけどさ。

 

と言うか、その時だって、そこで夕食を食べてから駅に行くこともできたのに。もうパンを買っちゃったからなあとその時は思ったけど、パンなんだからカバンに入れて取っておけるし、やっぱり焼きそばを食べれば良かった。

 

私が買ったのは串焼きみたいな形のパン。おかずパンはそれだけだったみたい。あとはケーキやドーナツやクッキーでした。

 

駅に行くに当たり、今回は、タクシーのドライバーに駅の写真を見せる作戦を試みました。しかし「わからん」と首を傾げられました。上手くいかぬのう…。ホテルの人に「駅」の発音でも聞いてくるか…。しかし、中国語は世界で最も発音が難しい言語。同じ音でも高さによって意味が違ったりね。こちらの意味するところが伝わらないのはまだいいけど、別の単語と間違われて全然違う場所に連れていかれる危険性もあるよな。ある日本人が中国語で「私は栄養士です」と言うたびに「まだそんな職業があるの!?」「先祖代々やってるの?」と戸惑われるので不思議に思っていたところ、発音が悪いせいで「陰陽師です」と自己紹介していると指摘されたって話もある。

 

でも、ホテルに戻りかけたところで、昨日も助けてくれたホテルのスタッフが出てくるのにばったり。また助けを頼みまして、今度は30元で決着しました。彼女は最初はメーターでと言ってくれていたけど、途中からドライバーが「メーターは壊れている」と言い出した模様。まあ外国人ですし、これくらい舐められるのはしゃーない、言葉ができない私が悪いってことで、OKしました。彼女にめっちゃお礼を言ったら、これまでニコリともしなかった彼女が初めて笑いましたよ。
 

2019/8/12

 

こういう帽子をかぶっているのはもうお年寄りだけだね。

 

カシュガル旧市街、とにかく子供が多かった。日本も昔はこうだったのかなあ。あと、晴れ着を着ている女の子がたくさんいました。親子でお出かけも多かった。犠牲祭のシーズンだったから何か特別の祝日だったのかな? あ、もしかして宿をキャンセルされたのもそのせいとか…?

 

 

 

よそいきの服を着ているのは女の子だけでしたね。ティアラまでつけている子たちもいたよ。親戚のお姉さんの結婚式に参列してる子供のようだと思っていたら、本当に結婚式の写真を撮ってるカップルが何組もいた。犠牲祭のシーズンには親戚を訪問したりするそうだから、ちょうどいいから結婚式もやっちゃうのかしら?

 

ここ、写真スタジオなのかしら。

 

ここ、標識には日本語もあるよ。

 

そろそろお腹が空いたのでお昼にします。適当に入った定食屋。
 

ラグマンを食べたかったんだけど、店先で作っているプロフしかないと言われた。お昼の閉店間際だったからかな。他のお客さんはもう食べ終わるところでしたからね。

 

プロフも食べたかったのでOKです。食べ切れないのではと思ったけどペロッと完食。

 

とかやってたら、さっき私がたいそう邪魔に思った自撮り命の女の子がお店に入って来た。その後でも町の中でまた見かけたよ。帽子がオレンジで目立つから気づいただけで、他の人とも何度もすれ違っているのかもしれない。

 

これは路地の奥の静かな一角。何かの博物館らしい。この日は入れなさそうだった。展示よりも建物に興味があって入りたかったなあ。少し覗かせてもらったら、中庭がきれいだった。

 
別の、歴史博物館には入ったよ。展示品は少なかったけど、昔の算盤やアイロンが面白かった。
 
公衆浴場。旧市街の小さい家だとお風呂がないことも多いのかもしれないね。
 
こっちも公衆浴場。マッサージ、鍼、吸引カップなどもご用意しています。
 
こういう、家と家の間に渡り廊下的なものが通してある場所が多い。飛梁みたいなもん? これがあるから建物が傾かないっていう、あれ?
 
それとも単に、長屋のような大きな建物が基本で、道を通すために一部だけこうなってるの?
 
この鳩、なんだろ…?
 
こっちは籠に入ってる。違いは? 上の鳩は飛べなくしてあるとか? そして後ろの鶏の自由さよ。
 

それにしても暑い! こまめに水分を取っていましたが、唇がカサついてきたよ。思っているより汗をかいているらしい。お手洗いはたくさんあるし、けっこうきれい。なので安心してどんどん水を飲みました。小さな売店が街角のあちこちにあります。住宅街の中にも、その地域の万事屋的なお店がぽつり、ポツリと。

 

ある売店で水を買った時のこと。そのお店では何元なのかわからなかったので(微妙に違うことがある。外国人だから?)、手持ちの1元札を何枚か差し出した上で水を1本手に取り、「いくらですか?」と語尾を上げて聞いた。要るだけ取ってくれという意味のつもりでしたが、おじさんは私の手から1元札を全て取って、数えて、それから袋に水を3本入れて渡してくれました。なるほど、そりゃそうか。出したのが5元札とかならお釣りをくれたと思うんですが、1元札を複数枚出して、それが単価のちょうど倍数だったら、「これで買える分」と解釈されるのも無理はないですね。まあ、どうせ飲むからいいや。

 

2019/8/12

 

毎日更新するぞ!と思ってたけどアッと言う間に挫折しました。気を取り直して、カシュガル旧市街散策の続き。

 

メインストリートがテーマパーク化しているのも雲南省の麗江と同じだったけど、メインストリートから奥に入った民家のある辺りはまだマシなのも同じ。そして住民は、普通の生活を送っていながらも観光客慣れしているらしくて、不審がられることもないのも同じ。でも観光客が自分の住んでいる通りを見物して写真を撮っていくって、どんな感じなのかな…。(私も世界中の旧市街で撮っちゃってるけど…)

 

 

なるべく人が写らないようにとは思うけど、後ろからも人が来ていたもので…

 

 

なんだかこの子たちを追いかけているかのような連続写真に… (路地にも監視カメラがいっぱい)

 

 

この家のガスメーター(推測)もきれいに隠されている。

 

 

ところで、ガスメーター同様パイプを装飾で隠してある家も多い。隠しきれていない例 ↓

 

 

こちらはパイプは隠しているけどワヤになっとる例。

 

 

ここからの道が好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

他にも楽しい通りや素敵な通りがたくさんあったけど、私が通った範囲ではここが一番美しかった。今やカシュガル旧市街は大きな観光資源だから、きっと行政からもお金を出して街並みをきれいに整えているものと思われます。外ではガンガン町を壊して現代的な大きなビルに建て替えて行ってるけど。

 

路地裏で小事件にも遭遇。棒の付いた輪っかを片足にはめ、棒をクルクル回転させて、もう片方の足で飛び越えるおもちゃで遊んでる3歳か4歳くらいの男の子たちがいました。

 

こういうやつ。彼らのは木製でもっとゴツかった。

 

とても狭い路地だったので、お互いにぶつけそうだなと思ってたら、本当に一人の子がもう一人の脚に結構な強さでぶつけてしまったのだ。被害者坊やの大きな悲鳴に驚いて加害者坊やは逃走。被害者坊やは追いかけたけど、加害者坊やは逃げ切って家の中に駆け込みました。被害者坊や、その家の前に座り込んで当てつけのようにギャン泣き。これは、誰かが可哀想だと言ってあげないと… と思って、隣に座り込んで(日本語で)声をかけて慰めました。被害者坊やは私をチラッと見ましたがよそ者だからか何も言わず、そのまま訴えるようにワンワン泣き続ける。

 

そのうち、向かいの家のおばさんが「一体何を騒いでいるの」みたいなこと(←推測)を言いながら出てきました。一瞬、『私が泣かせたわけではないと言い訳が必要?』と思ったけど、そうするまでもなく、被害者坊やがすぐ加害者坊やの家を指さしながら激しい怒りに満ちた泣き声で糾弾。おばさんは、目が笑っていたけど、うんうんと話を聞いてあげていました。

 

2019/8/12 

 

幹線道に出まして、反対側にモスクが見えるので道を渡りました。エイティガール・モスクです。中国内で最大級のモスク。地図を良く確かめずにフラフラ歩いていたけど、旧市街随一の観光名所に出たわけだ。

 

この門は1798年に建てられ、1832年に増築されたもの。中国国旗がはためく…。


 

金曜日には今も礼拝がある。閉鎖されるだけで礼拝が行われている気配はなかったと書いている人もいたけど。それにしたって、本来なら、私みたいな異教徒の、それも女は、入れるはずのない場所なんだよね。(なら入るなと言われそうだけど) 礼拝はできるんだから宗教施設として機能していると言う建前の陰で観光施設にしてしまうことに、政治的な意味があるんだろうな。

 

でも実際、ウイグルではモスクがどんどん壊されたり、改造されたりしている。モスクが商業施設にされることも増えているって。下記、有料記事なので途中までしか読めませんが、割とたくさん読めます。去年の記事だけど。(書き始めたのが一昨年なもので!)

 

中に入ると、監視カメラがびっしりと取り付けられていてエグかった…。至るところこんな風。街中にもカメラはあるけど、ここまですごかったのはエイティガール・モスクだけ。

 

このモスクは、歴史的にも、現在進行形の問題としても、思想や宗教において象徴的な場所らしい。1933年や1934年にウイグル族と中国軍との武力衝突の際、ウイグル族のリーダーを殺害した中国軍の司令官が、リーダーの首を斬ってこのモスクの門に晒しものにしている。

 

最近でも2014年7月30日に、エイティガール・モスクのイマーム(宗教指導者)であるジュメ・タヒール氏が礼拝を終えた直後に刺殺される事件がありました。こちらは犯人は、ウイグルの分離独立を目指す過激派、東トルキスタン・イスラム運動に影響を受けた男たちだって。東トルキスタン・イスラム運動は犯人への支持を表明したそうです。

 

ここで起きる出来事に大きな意味を与える力のある場所なんだよね。

 

上の道を奥に進むと寺院がある。

 

 

現存する建物は1442年のもの。996年に建てられたモスクを包むように建てられたんだって。

 

 

 

礼拝時にはここにも信者がびっしりと並ぶのでしょうね。上の写真は、正面入り口に向かって右側。下の写真は左側。この階段の下にも、信者が持参した絨毯を敷いて並ぶんでしょう。ほかの国のモスクで、よく、中に入り切れない人たちがそうしているのを見た。

 

 

中の礼拝堂。

 

 

人がいなくなった瞬間に急いで撮ったので斜めってる。

 

ここは僧房だったのかな?

 

前述のように観光客はたくさん来ていましたが、たまに人がいなくなる瞬間があり、それを狙って撮っております。

 

しかし、自撮りに命をかけている女の子がいて、この子だけはどうしてもいなくならなかった。

 

この子、サッと写真を撮って終わるわけじゃなく、ポーズをつけて自撮りして、チェックして、違うポーズで自撮りして、チェックして、同じポーズで自撮りし直して、チェックして、角度を変えて自撮りして…、と、延々と、延々と、延々と撮り続けていました。ほかの観光客が来ると隅で待ち、いなくなったらすぐ自撮り再開。彼女の写っていない写真が欲しくて、いっぺん外に出て庭を見てから戻ったりしたけど、30分経ってもまだ自撮りしていました。諦め。つか、あの情熱が理解できない。

 

この子は極端でしたが、デジカメが普及してから今のスマホ時代に至るまで、写真スポットで延々と写真整理する人が増えたよねえ。撮影が終わったら写真スポットから立ち去ってほしいよ…。写真の整理はもっとどうでもいい場所でやって。

 

ところで、この美しいモスクのあちこちにデジタル時計を設置した理由は!?

 

 

庭には池や木立があるせいか、驚くほど涼しかった。敷地の外は酷暑なのに、ここだけひんやり。

 

 

これはアザーンを流す場所だよね。

 

 

2018年の記事。

 

2019/8/12

 

カシュガルで初めての朝ごはん、と言ってもただのホテルのビュッフェですが。軽めにしておきました。特に理由はない。軽いと言うか、普通に量があるな、今見ると。

 

 

今朝は受付に英語を喋る人がいたので、いろいろ教えてもらいました。「ホテルには昨夜と今夜の2泊を予約してあるけど、夜行列車に乗るので夜にチェックアウトする」と伝えることができて良かった。更に、タクシーに乗る時に困らないように、「旧市街」という言葉とホテル名を、ウイグル語で書いてもらっておきました。言葉が通じると楽だなあ。

 

おかげで無事にタクシーで旧市街へ到着。例の大きな門のところで降ろしてくれました。これね。

 

 

しかし、昔ながらの町を見に来ているのに、なんでいちいちこういう張りぼてみたいなの新たに作ってテーマパーク宣言せずにいられないんだろう。クソダサいと思うんですが。

 

そして、門のところはえらい人混みで全然通れない。何かショーをやるらしく、通行止めになっている模様。たぶん、音楽とダンスとか、そんなんでしょう。ショーなんか見たくもないのになあ、邪魔くさい…と思っていたけど、まあ、城塞都市ってわけでもないので、門からしか入れないってわけじゃないのだ。 てことで壁に沿って道を歩いて行き、別の小さな道から入りました。

 

さて、旧市街の中。

 

 

なるほど、テーマパークと化していると言われるのもわかる。雲南省の麗江でも見た光景。大通り沿いの家屋はピカピカに修復されて(建て直されてるのもあるかも)、土産物屋と飲食店がずらずら並んでいる。もちろん昔も商店街だったのだろうけど、それはあらゆる種類の生活のためのお店だったはずだ。

 

こう言っては何ですが、最近インスタグラマーとかが「ウイグルって思っていたよりずっとおしゃれで可愛い💓」なんて書いてキラキラした写真を上げているのをよく見まして、少々イラッとしてしまう。地元民から土地家屋を取り上げて追い出し、商業施設にしてしまったのに、それを「きれいになって良かった💓」とか思ってるなら、どうなんそれって。

 

屋台の横に、監視カメラのポール。まあ、繁華街の監視カメラは先進国でもよくあることですけど。日本にだってある。

 

こういう道って素敵。私、段差に弱いのよね。階段とか崖とか。

 

この地にウイグル族が到来したのは9世紀のことだって。モンゴル高原から、キルギス族に追われたウイグル族が大挙して逃げてきて、当時この地にあった熾俟国を飲み込んで定着。その後、この地の支配者は次々に代わっていきますが、その流れの中でカシュガルがこの地方のイスラム教系ウイグル族の中心の町となっていったそうな。18世紀、清の時代に皇帝の直隷州となり、19世紀にはこの地方に置かれた疏勒県の一部になり、中華人民共和国の設立後にカシュガル市になっている。(書いていないだけで、この間にものっそい色んな出来事が)

 

先日、40年前に放映されたNHKのドキュメンタリー「シルクロード」の再放送を見ていたら、ウイグルも出てきましたよ。あの頃はまだまだ緩くて、ウイグル族の人たちが独自文化を守って生活していたのに、今では強制収容所が建てられ、強制不妊治療が行われ…。

 

私はもう本当にただの観光客なので、深いところまで見ることもなく物見遊山に終始しましたけど、いろんなこと、心に留めておくのは必要だと思う。

 

で、観光客としては、あちこちに地図が立っていて現在地も示してあるのはありがたかった。旧市街らしく迷路なもので。

 

 

ところで、雰囲気の大事な旧市街だからってことなのか、家の外にはきれいな目隠しが。

 

ガス管とかメーターとか、そういったものを隠しているのね。蓋が割れてむき出しになってるけどw

 

 

 

ホテルで一息ついた後は、まずは鉄道駅へ参ります。Trip.comで予約してあったカシュガルからクチャへ行く夜行電車のチケットをさっさと引き換えておきたかったの。

 

ホテルから駅までは遠いのでタクシーを使います。宿の外でタクシーは街中をバンバン走っているから流しのを拾いました。ちゃんとメーターで走ってくれて、運賃が18元。それに加えて、駅敷地内へのタクシーの入場料が2元。

 

しかしここで大ポカが発覚。ホテルのチェックイン時にパスポートを受付に預けたままだ…。パスポートがないと駅舎にすら入れないこと、知ってたのに。「電車に乗るわけではなくチケットを引き替えたいだけなので、カラーコピーではダメか」と駅舎入り口の公安に掛け合ったけど、ダメでした。

 

仕方なくホテルに引き返す。駅前のタクシーに乗ろうとしたら、若いドライバー(ウイグル人らしい)が漢字が読めないらしく、『ちょっと待って』と身振りで伝え、仲良しの漢人ドライバーに読んでもらっていました。その漢人ドライバーが冗談で私に「そいつはダメなドライバーだから俺のタクシーに乗れ」みたいなこと言って、二人でキャッキャふざけ合ってて微笑ましかった。ちなみにぼったくられました。40元も請求された。事前交渉すべきですね。

 

さて、パスポートを引き取って再びタクシーに乗ろうとしたところ、今度のドライバーも漢字は読めないからと去ってしまった。そこにホテルの受付の人が出てきて(シフト上がりらしい)目が合い、寄ってきてくれました。で、彼女が別のタクシーを呼び止めて説明してくれて、「25元だそうですけど、いいですか?」って。最初の18元よりは高いけど、助けてもらいながらごねるのも気が引けて、OKしました。

 

駅の公安受付でパスポートを提示したら、スマホで写真に撮ってたよ。入場許可証をもらって、駅構内へ。チケット売り場には行列もできていたので、やはり事前に来て良かったと思いました。引き換えは、スマホの予約画面とパスポートを見せればいいだけ。ここも、カラーコピーではだめなんだろうな。試してないけど。現地の人も身分証を提示するのかしら?

 

これがスマホの予約画面。

 

発行された乗車券(指定席)。改札を通った後のものです。氏名とパスポート番号入り。


 

またタクシーでホテルに帰るぞ。このタクシーもメーターがない。25元でと交渉したら30元と言われ、面倒くさくてOKしちゃった。15元くらいから始めたら良かったわ。途中で他にも客を拾っていき、乗合タクシーになりました。他の人たちを先に下ろしていったので私は遠回りになったけど、おかげで他の通りの様子を見ることができた。生きた羊をスクーターの足元に横倒しに置いて走っていた人もいたよ。

 

ホテルに戻った後は夕食にしようと外に出かけて歩き回りましたが、ホテルの近くでは食事できる店が見つからない…。もっと歩けばどこか見つけられたかもしれないけど、夜になるのにあまり遠くに行くのも嫌だったので、ホテル隣の食料品店で水とお菓子だけ買って戻る。

 

結局、ホテルのレストランに行きました。ここも英語は通じません。英語メニューもないよ。新市街だから観光客は来ないのかも。でもメニューは写真入りだし、漢字だから、何となくわかる。

 

最初に若いウェイターくんがレモン入りのお湯を持ってきてくれました。そしてスマホの翻訳機能で「レモネード」と説明してくれました。その後、彼がカウンターに戻ると、若いスタッフたち一同でキャーキャー言って笑っていました。あれは「外国人に英語で説明した!」みたいな盛り上がり…?

 

それから果物が。

 

エビの炒め物にも激しく惹かれたけど、ここは山の中だしということで猪肉の炒め物に(よく考えたら淡水エビの可能性も)。美味しかったけど食べきれかった。ごめんなさい。

 

 

やがて若いウェイトレスちゃんたちによるショーが始まりました。お客の小さな女の子がお姉ちゃんたちの真似してノリノリで踊っていたよ。手前に写っている黄色いワンピースの子ね。

 

 

 

カンボジアのシェムリアップの北朝鮮政府直営レストランで見たショーを思い出しちゃった。あのショーに比べると、今回のは音楽もダンスも今時な感じだったけど。

 

 

このピョンヤン・レストラン、2019年の年末に、閉鎖されたそうです。

 

 

2019/8/11

 

朝は6時半に起き、シャトルバスに乗って8時前には空港に着きました。11時の便なので少し早いと言えば早いけれど、きっとものすごく並ぶのだろうと思ったから。ウイグル旅行した人たちの旅行記に、そういう記述もありましたし。

 

自動チェックインを試みましたが機械操作が上手くいかなくて、結局カウンターに。私の前に並んでいた客の荷物、計ったら23キロ。重量超過です。どうするのかと思ったら、係員が荷物を指さして客に何か言い、客は荷物を手で持ち上げ、計りが15キロを示してOKとなりました。計る意味ないやん!

 

結局、手荷物検査で30分ぐらい並びました。それでもゲートには9時には着いちゃった。空港の無料Wi-Fiを使うべく頑張ったけど、全然ダメ。これね、帰国する際に北京の空港で知ったんだけど、先に自動Wi-Fi登録機で手続きしなきゃいけなかったんだと思う。インフォメーションで聞けば良かった。

 

 

飛行機は定刻に離陸。しばらく飛ぶと、窓からは美しい山並みを堪能できるように…。

 

それにしても、日が差し込んで暑かったわ…。

 

お昼ごはん。あとパンも付きます、もちろん。

 

 

 

さて、カシュガルの空港に着きますと、成都空港とはまるで違う。小さいのは当然として、建物の中もエアコンが効いていないし、ターンテーブルも1つしかないし、お手洗いも全て伝統的なスタイルで洋式のはなかったし。

 

空港の中の写真を撮りたかったけど、撮ってもいいのかわからなかったからやめておきました。鉄道駅や空港の写真を撮ると怒られる国もあるからさー。(着陸後に自分の乗った飛行機を撮ってて注意されたことがあったなあ。どこの国だったっけ。飛行機を撮ったのがダメだったのか、そこで撮影する行為がダメだったのかは、わからんのですが。

 

一枚だけ、建物の窓越しにそっと。

 

外に出たところにエアポートバスが待っております。ミニバスですが。空港から出てくる人に客引き係が声をかけてくる。私が言葉が不自由であるとわかると、客引きのお姉さんがスマホの翻訳ソフトを使ってどこのホテルに行くか聞いてくれました。で、彼女に私がスマホでホテル名を提示したら、「OK」と。大きな通り沿いにあるホテルなので、そのすぐ前で降ろしてもらえました。運賃は15元。

 

後で知ることになりますが、この、スマホで翻訳ソフトを使って外国人と話をするってやり方、どこでも誰でも普通にやってくれました。日本もこうなればいいね。いつかインバウンド客が戻ってきた時にさ。

 

空港で待っている間にバスの写真も撮りたかったのに、なぜか気後れしていて、撮ってない。この頃ってちょっとビクビクしてたのよね、公安絡みの怖い話も聞いていたからさあ。

 

出発を待つ間の内側と…

 

私を下ろして去っていく姿のみ。

 

泊まったのは、カシュガル深圳エア・インターナショナルホテル(喀什深航国際酒店)。深圳航空の系列ホテルです(後で知ったわ)。大きなビルがたくさん並ぶ新市街のど真ん中にあります。ロビーには空港にあるような金属探知機の機械がありました。どう考えても荷物に色々入ってて引っかかってると思うけど、係りの人は何も言いませんでした。よほど怪しいものが写らない限りは調べないのかも。

 

受付の人は英語は通じませんでした。チェックインだけなら言葉が通じなくても大丈夫なんだけど、Wi-Fiとかについて教わらねばならない。で、英語のわかる人に電話してくれたけど、出ない。ということで、結局ここでもスマホの翻訳ソフトで対応してくれました。

 

ところで、部屋でWi-Fiに繋げようとしたら、パスワードの前に、ずらーっとネットワークが出てきて、どれに繋げるべきなのかわからないの。再度受付で教えてもらったことには、ネットワークは部屋ごとに違うんだって。要は部屋番号に対応しているんだけど、番号が飛び飛びすぎて、更に部屋番号そのまんまの数字でもなかったもんで、ネットワーク名になっていたのに気づかなかったわ。部屋番号=ネットワーク名なのはクチャやウルムチのホテルでも同じでしたから、中国のシステムには多いのかも。


そして、デジタル時代ですから各部屋にこの通り充電器が用意されております。が、こっそり持ち帰っても使えないようにするためか、何やら特殊な仕組みになっている…


 

この充電器を使うには、まずWeChatを通して登録する必要があるのだそうな。てことでWeChatアプリをダウンロード&インストールしたのですが、スマホに送られてくるはずの認証コードが届かなくて開始できないのだった。やっぱり中国では何か通信に規制がかかっているんでしょうかね。WeChatが必須だなんて知らなかった。ちゃんと調べないから、こう言うことになるのだ。日本でスマホにインストールしてアカウントを作っておけば良かったわ。まあ、自分の充電器があるので問題ないんですけどね。

 

部屋の窓から見える光景もつまんない。古い街をどんどん壊して、無個性なビルがどんどん増えていってるんだろう。

 

部屋も無個性です。でも広くてきれいだよ。

 

ホテルのバスルームはどこもこんなタイプだったな。

 

 

ウイグル人が経営している民宿とかに泊まりたいと思っても、たぶん、簡単な問題じゃないんだろうな。それがOKの宿には何かしら理由があるんじゃないかな。さもなきゃ、もっと色んな安宿が見つかるはずだと思うし。

 

まだ日本にいた頃、クチャの宿がなかなか取れなくて(宿は見つかるけど予約できなかった)、冗談で「駅や町で公安に目をつけられて、指定のホテルに連れていかれ強制的にそこに投宿させられた日本人旅行者たちがいる。逆に考えると、泊まるところがなくて駅にいたら、公安が宿を手配してくれるってことでは」とか言ってたんですが、さすがに本当に試す気にはなれん。

 

2019/8/10

 

ウイグル旅行、出発前からトラブルが発生いたしました。

 

まずは宿。

 

いつも通り、Booking.comで宿を手配していたのです。が、関空で搭乗待ちしている最中にBooking.comからメールが届きましてね。旅行全体としては2泊目となる、ウイグル内では最初の宿泊地となるのはカシュガル。旧市街にあるホステルを予約してあったのですが、宿側の都合でキャンセルされたとの知らせ。ええ~、この段階でってもう、面倒くさいなあ…。

 

で、『代わりの宿を紹介するので、問題なければこのURLから予約してください』と貼り付けてあるリンク先は、Trip.comでした。ウイグルの宿はBooking.comにはほとんど登録がないんですよね。だからよそのサービスで探してくれたらしい。もっとも、その新しい宿は私もTrip.comで宿を探していた時に見つけてあったところです。ウイグルの宿、Trip.comにさえ登録は少ないんですよ。そして、Trip.comで見つかる宿よりもBooking.comで見つけたホステルの方が素敵だし場所もいいから予約したのにさ。まあ、仕方ないので、その紹介された宿を予約しました。新市街の普通のホテル。つまんないわね。

 

そして成都行きの飛行機の出発がかなり遅れました。乗り継ぎはないからいいんだけど、ホテルがね。

 

その晩に泊まることになっている成都のホテルのチェックインタイムは22時で、元々間に合わないので0時まで待つと言ってもらってあったのですけど、飛行機の遅れ具合によっては0時にも間に合わんのでは。てことで電話して、2時までなら待つと言ってもらいました

 

飛行機は懐かしいような設備。天井から下がるモニタって久しぶりだわ。

 

ごはんは、まあまあでした。

 

日が暮れてきたよ。

 

さて、飛行機は遅れを取り戻して当初の時間より早く成都に着いちゃいました。しかしその後が長い! 入国審査もだけど、税関を通るにも、すごい人の列。夜遅いから人手が少ないの?

 

空港ではWi-Fiを遣えると聞いていたけど、繋がらず。「空港に着いたら電話をください。迎えのシャトルを回します」と言ってもらってたんだけど、ホテルに電話もかけられないよ。simの入れ替えをしてくれるショップも見当たらんし(あったとしても深夜だからもう閉まってたかも)。後で知ったけど、中国で使うsimカードは日本で買っておくべきらしいわ。ちゃんと準備していないからこうなる。インフォメーションで相談したところ、親切にも代わりに宿に電話をかけてくれました。

 

無事に迎えのバスに乗ってホテルに到着。どうせ寝るだけだからと空港の真向かいにあるホテルの一つにしました。新しくてピカピカ。

 

現金で払うというと驚かれました。今時は皆スマホ決済ですものね。せめてクレカ。現金なんて時代遅れよね。中国は特にキャッシュレスが徹底しているそうです。上海に留学している男性が、友達と食事に行って現金で払おうとしたら仰天されて、「現金なんて不潔よ! 誰がどんな風に触ってきたかわからないのに!」と注意されたって。もうそんな時代なんだよね。現金主義の日本にいるとわからないけど。

 

エレベータもキラキラしてた。ルームキーカードをかざして、目的の階のボタンを押す。自分が泊まる階にしか行けない仕組みですけど、そこまでできるならボタン不要にはできないのかなあ。

 

最近は日本でも、自分が泊まる階にしか行けないホテルも増えているのかな? あまり新しいホテルって泊まらないからよく知らないんだけど、こんな私でも5、6年前から2回くらいはそういうホテルに当たったことがありますわ。

 

寝るのが惜しいような立派な部屋でしたよ。特にバスルームが。

 

バスタブにゆったり浸かって楽しみたかったけど、朝が早いのでやめておきました。寝なくちゃ。

 

 
翌朝。窓から見える景色。
 
朝ごはんのビュッフェもめっちゃたくさん種類があって超豪華だった。
 
お粥も何種類もあったし、麺も好きなものをその場で作ってもらえる。麺が欲しかったけど「言葉が通じないし…」とヘタレて諦めました。
 
 
個人的な好みとしてはそそられるホテルではないけど、評価は高くしておきました。この手のホテルが目指すものとしては充分なはずだから。
 
自分の好みと違うと言う理由で低評価する人ってどうかしていると思うわ。歴史的建造物の宿に泊まっておいて「施設が古い」と文句をつける奴とか。たぶん、外観だけ残して中身は完全に現代の建物に入れ替えてある、張りぼてみたいなホテルを期待していたんだろうな。でもそれは私が現代的なホテルに泊まって「歴史を感じない」と文句をつけるのと同じことだ。