旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!



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2018/1/7

 

朝には水も出るのではと期待したけど残念ながら一滴も出ない。前夜と同じくペットボトルの水で歯磨きと洗顔だけ済ませました。この日は帰国の途に就く日だったので、シャワーしておきたかったんですがね。ま、リスボン空港にはシャワールームがあるから、何だったらシャワーしてから乗ってもいい。

 

せっかく早起きして時間もあることですので、最後の街歩きに出よう。カルダス・ダ・ライーニャから出たバスがオビドスを通ってリスボンに行きます。私は8時15分のに乗る。てことで、またしても朝食は諦めました。8時からだそうでして。

 

薄暗いと言っても、朝の色はやはり夕方とは違うねえ。

 

ディレイタ通りもいいけど、こういう外れた場所で寛ぐのがいいよねえ。

 

ポルタ・ダ・ヴィーリャから入った眺め。雲がきれい!

 

城壁の外側。東側はこのようにライトアップされております。

 

こういう小さい門もあった、そう言えば。

 

さあ、明け切った。

 

洗礼者サン・ジョアン教会と南端の見張り塔。まだライトアップが続いているね。

 

これは城壁の外にあったカフェのドア。パンが取っ手に掛けてあるのが面白くて撮っておきました。パン屋さんが朝配達に来て、こうして置いていくんだな。

 

そして、水道橋。

 

水道橋は1573年ごろ、ジョアン3世の妃だったカタリナ・デ・アウストリアにより建てられました。代々の王妃は領主としてオビドスの町を発展させる義務を負っていましたので、カタリナ妃は安定した水供給システムを町に提供したのですね。資金捻出のため、カタリナ妃はオビドス周辺に持っていた土地を一部売却したそうです。

 

もともとここにはローマ時代の水道橋があったんだって。全長6キロあり、地上で水道橋になっているのが3キロと、地中部分が3キロ。水源はオビドスの南にあるウセイラと言う町で、オビドスのサンタマリア広場まで水を引いていました。ウセイラをググってみたら緑色のきれいな水に石橋のかかった写真が見つかったけど、地図で見るかぎり川があるようには見えないので、泉でもあるんですかね…?

 

今は、水道橋の北の端は、ポルタ・ダ・ヴィーリャの手前で途切れている。ちなみにこの写真の左端の階段を降りるとバス停があります。

 

昔は城壁内のサンタマリア広場まで水道橋が伸びていたんだって。

 

 

前日の雨は残念と言えば残念でしたが、雲があるからこそ見れる美しい光景もあるね。

 

ここがバス停です。私が昨日降りたところ。同じ場所からバスが出ます。リスボンへは1時間。

 


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2018/1/7

 

雨も降ってるし暗くなってきたのでいったん宿に撤退し、ちょっと休憩…

 

…したら、眠っちゃって、起きたら9時を回っていました。あー、なんかまた具合悪いような気がするなあと思ったんですが、よく考えたら脱水気味なのかもと。朝から水を200mlくらいしか飲んでいないんですよね。昼食時もワイン一杯しか飲んでいないし、それは水分にカウントされないし。街歩き中にお手洗いに行きたくなったら面倒くさいと思っちゃったのもある。まだ残っているミカンを食べて、お出かけしましょう。

 

でもその前にちょっと洗濯しておこうと洗面所に行きましたところ、水が出ません…。受付に行って水が出ないと訴えると、町の水道システムに問題があって、今、作業員の方々が懸命に復旧工事中だとの返事。古い町だから仕方ないんだろうけど大変だな。客は気楽に待ってりゃ良いけど、飲食店とかは商売上がったりじゃないの? とりあえず受付で1.5リットルのボトルで水を買っておきました。

 

雨は上がっておりましたが、昼はあんなに賑わっていたディレイタ通りにも人影はない。

 

と言ってもレストランやバーは開いており、繁盛しておりました。水が出ないのに普通に営業できてるんだねえとか思ってたんだけど、後で改めてBooking.comで泊まっていたホテルをチェックしたら、「水圧が低すぎてシャワーは諦めた」という口コミがいくつもあるんだよね。それも2年も前から…。町の問題ではなく、ホテルの問題なんだろうな。復旧作業中ってのも本当かどうか。こっちを黙らせるための嘘では…。めったにこういうことは書かないけど、ホテル・ ライニャ・サンタ・イザベルはお薦めできないです。古い建物だから水回りで不具合が出ても驚かないし諦めもするけど、こんな状態が改善されず何年も続いていて、おそらくは嘘をついてごまかしているようでは…。部屋は素敵だったんですけどね。

 

さて、再度城壁を歩いてみよう。歩哨の気分でパトロールだ。お城の側から始めよう。

 

今はマグライトがあるから不安もないけど、中世の頃なんて大変だったろうな。松明やランプじゃ遠くに光が届かないもの。ブダペストの地下王宮で灯りを落とされてランプで見て周った時、自分の袖ばかり見る羽目になって、ランプは近くを照らすものなんだなとしみじみ思ったよ。

 

アルバラナ・タワーとブリッジ、夜に撮った写真の方がよく見えるな。

 

やっぱこの位置からの眺めがよろしい。

 

マグライトで照らすと他の部分が赤っぽく写るねえ。

 

町の西側の城壁はこんな風に真っ暗なの。東はもっと明るくしてある。

 

ここ、直角に曲がってるんだ。マグライトがなかったら気づかず真っ直ぐ進んで転落しそうだよ。

 

南端の見張り塔に来た。

 

オビドス旧市街の夜景。

 

では東側を通って戻っていきます。

 

ポルタ・ダ・ヴィーリャの上に座って休憩…。してたら、お城の方からなんか勇ましい音楽が聞こえてきた。お城かどうかはっきりわからないけど、もしお城なら、何か中世の宴イベントでもやっていたのかもしれない。でも、こんな街の反対側まで響く音を出すって、ちょっと迷惑だよねえ。夜の10時だもの。もう寝ている人だっているでしょうに。

 

サンタ・マリア教会の辺り。

 

お城が近づいてきたよ。

 

これはお城の側の見張り塔から。東側の城壁が明るいのは、こういうライトアップをやってるからもある。オビドス旧市街の西側は畑が広がるだけだけど、東側は町がある。それに、よその町と繋がっている道路も東側にあるからね。東側だけ飾っているのだ。そういう飾りはむしろ無い方が私は好きですが。

 

青く光っているのはディレイタ通り。青と言うか白くライトアップされてるんだけどね。なんか青く写る。

 

撮ったままの写真は、夜景にありがちなんだけど、どれもオレンジっぽく写っている。PC上で「自動調整」ってボタンを押すと、オレンジが消えて白っぽくなる。この白っぽい方が実際に自分で見た色に近いから、オビドスの夜景写真はすべて自動調整してみた。ソルテーリャとかの歴史村の夜景はオレンジのままにしてあるけど。オレンジのままでも上の写真のディレイタ通りは青く光ってるよ。そして自動調性したら青が更に濃くなるのだった。

 

街灯はオレンジ色なので、自動調整するとちょっとオレンジじゃなくなりすぎる気もする。でももうどうしたらいいかわかんない。自分で実際に見た色なんて思い出せないし、その色に近づける技術もない。

 

また南の方に戻ってきたよ。

 

この写真は自動調整してもオレンジ色のままなんだよな。何が違うんだろう。ちなみにこれが私が泊まっていた宿です。3階の手前の部屋。横長の窓がバスルーム、その向こうの窓が寝室です。

 

お散歩の最中、また雨が降り始めました。城壁を歩いている時は星がきれいに見えていたのに。ちょうど宿の近くを歩いてた時に本降りになってきたので、夜歩きを切り上げて部屋に撤退しました。結局1時間半しかお散歩できなくて残念。でも、もう濡れて寒い思いをするのはこりごり。 


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2018/1/6

 

じゃあ今度は城壁の下と言うか街を歩き回りましょう。アルバラナ・タワーのブリッジの下を通って街の西端に出てみる。

 

細い路地に入ってお城を振り向く。

 

青く塗っている家と黄色く塗っている家って何か区別があるのかな…。

 

ここら辺にも宿があるらしく、バックパックを背負った旅行者が出てきたわ。民泊だろうね。民泊っつってもAirbnbに登録されている宿は1万5千円前後が多いようだ。Airbnbでそれって、さすが人気観光地だな。でもこの通りなど端の方の細い路地にある宿なら少し安いんじゃないかしら。

 

通りをまたいで両脇の建物を繋いでいるブリッジ、あれ、何のためにあるんだろう。古い町でよくこういうの見かけるけど…。

 

西橋の道を通って北から南に歩いてきまして、ここはもうかなり南の方。

 

ここみたいに、一本の道が三本に分かれ、かつ、その三本の道がすべて高さが違うの、大好物。

 

右側の家が異様に平べったいわけではなく、道の高さが違うせいでこうなってるのだ。

 

ポルタ・ダ・ヴィーリャまで戻りました。で、ディレイタ通りのお隣の筋を行ってみる。ここが2番目に賑やかな通りです。つっても、ディレイタ通りに比べたら静かなもの。手前に写ってるのは私がお土産を買ったお店のおじさんだ。

 

この通りにあったレストランに入って遅いお昼にしました。もう3時に近かったよ。10時半には町に着いていたのに。頼んだのは牛肉のキノコソースかけです。美味しかった!

 

食べている間に外では本格的な雨が降り始めました。昼食を後回しにして城壁に上っておいて本当に良かったわ。トマールからオビドスに来るためには朝7時発のバスに乗るしかなかったの、「もうちょっと遅いのがあればいいのに」と思っていたけど、結果的にはあれで本当に良かったよね。到着が2時間遅かったら、雨の中で城壁を歩く羽目になっていたよ。

 

食べ終わって外に出るころには雨は一応は上がっていました。が、一気に寒くなりました。そしてしばらくするとまた、しとしとと小糠雨が降り始めたのでした。

 

ここは城壁内の東側です。こういうくぼみは何に使っていたの?

 

 

 

上の写真の奥をズームアップ。奥の右側の建物の壁が好きなの。

 

 

これはポルタ・ダ・セニョーラ・ダ・グラサの門楼の中です。写真左から説明しますと、門楼内から見る城壁の内側、その正面の壁にある聖堂、外から見た門楼の中。

 

これは城壁から見下ろした門楼。この中が上の3枚の写真ね。

 

ここはかなり北に近づいてきた辺り。

 

観光客もあまり通らない外れに良さげなバー・レストラン。晩ごはんはここに来ようと決め、中に入って閉店時間を聞いたら、返事が「午前2時」。さすがに観光客が多い町は違うわね。山村ではどこも7時とか8時とかで閉まっちゃいましたよ。

 


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2018/1/6

 

見張り塔は3面が壁になっており、正面の壁には窓があって外が見えるほか、階段もある。

 

洗礼者サン・ジョアン教会と墓地、そして水道橋が見える。

 

この水道橋は、1573年頃にジョアン3世の妃カタリナ・デ・アウストリアが建築させたもの。カタリナ妃は狂女王フアナがフィリップ美公との間に産んだ末っ子です。

 

見張り塔の上から北を向く。この尖った一角は家もなく空き地になってる。兵隊さんたちの宿舎でもあったのか、わざと空き地が作ってあったのか。ほら、攻められた時に武器を置くとかさ…。ガイドさんでもいれば何か聞けたかもしれないね。

 

階段はこんな風になってます。

 

お城をアップで撮ってみる。城壁の上を歩いている人がいるよ。

 

では戻っていこう…。オビドスで見かけた猫はこの子だけだったな。日向ぼっこしてお昼寝してる。

 

洗礼者サン・ジョアン教会と東側の城壁。

 

この頃になるとお腹が空いてきましたが、一周を済ませるまで城壁から降りるわけにいかないのだ。

 

お城に戻ってきた。

 

同じような写真ばかり載せてしまうけど、上の写真は城壁の歩廊を入れているとこがポイントで、この写真は城壁から降りる階段を入れているのがポイントなの。

 

お城だけをポイントにするならこれくらいの角度がいいと思うんだけどね。

 

これはアルバラナ・タワーと城壁と、それを繋ぐブリッジがポイント。

 

アルバラナ・タワーとは12~15世紀にイベリア半島に居住していたムスリムが持ち込んだ様式の塔。城壁から離して塔を建ててブリッジで連結するんだって。城を攻められた時の最前線となります。塔が敵の手に落ちた時のため、いざとなったら落としてしまえるように木製のブリッジも多かったとか。ポルトガルやスペインの南部でよく見られるとのこと。ヨーロッパも北部だと、城壁から突き出た形の脇塔がこれと同じ働きをするのだそうです。

 

これは町とお城を隔てる城壁をお城側から撮っているのがポイント。白い建物はサンティアゴ教会。

 

そしてこれはアルバラナ・タワーへのブリッジから、町とお城を隔てる城壁と町側を撮っているのだ。名もなき小さな門が見える(ホントは名前あると思うけど)。ここから出て歩いたりもしてみたかった。

 

城壁はお城の敷地内に続いていきます。

 

ここら辺が城壁の南端。振り返ってみるとお城の敷地内にも結構長く城壁が続いているのね。

 

お城を裏側から。泊まるなら塔の部屋でなくちゃ意味がない、ピカピカの現代的な部屋なら別に泊まらなくてもいいやとは思いましたが、泊まっていればお城の中も探検できたと思うと少し残念ではある。そしてコートヤードにある赤や緑の楽し気な小屋が雰囲気を壊していて残念ではある…。

 

お城のコートヤードが遊園地になっていたのよね。季節的なものみたい。クリスマスシーズンだからか、移動式遊園地が来ていたの。その日はもう6日でしたので、遊園地も終わりらしくて、小さな回転木馬も解体中でした。

 

日本の回転木馬にあるのは馬と馬車くらいですけど、こっちは鹿や子豚や自転車などもありました。コーヒーカップやアスレチックフィールドもあったよ。オビドスや近郊の子供たち、オビドスを訪れた観光客の子供たち、楽しい休日を過ごしたことでしょうね。今は日本も常設の遊園地がすっかり減ってしまったので、こういう移動式遊園地があればいいのになと思ったり。商売としては不安定でしょうけど…。

 

こ…、この緑の可愛い小屋さえなければ… 涙

 

頑張ってお城だけ入るように撮ってみる。(これより少しでも左に寄せると小屋が入る)

 

お城と町を繋ぐ門がサンティアゴ教会の横にあります。その門のとこから撮った図。一度カメラを構えて「ま、撮らなくてもいいかな…」とか思った時に、通ろうとした10歳くらいの男の子がハッとして足を止め、私が撮り終わるのを待とうとしてくれたので、せっかくだから撮っておきました。お礼を言っておいたよ。その子の背丈ではこのアングルで邪魔になるわけもなかったんだけど、気遣いのある優しい子だね。

 

これはウィキペディアから。この方角から撮るのがきれいだな。やっぱり城壁を出て歩くべきだった。

By Jean-Michel Brunet - IMG_6709, CC BY 2.0, Link

 

このウィキペディアの写真の部分、つまりお城の北東側で城壁が途切れるわけで、城壁を完全に一周できるわけではない。でもほぼ一周できるね。城壁散歩はオビドスのメインアクティビティです。

 


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2018/1/6

 

これもグーグルのストリートビューです。私が城壁を歩き始めたのはお城からですので、北(写真の右側)の下側の「ここから北がお城」と書いてある辺り。まず東側(写真の下側)を通って南端まで行って、西(写真上側)を通ってお城まで戻るルート。南東(写真左下)にある門が私が入ってきた門。

 

城壁は、写真を撮ったり景色を眺めたりしながらのんびり一周して約40分。ソルテーリャだと20分だったから、やはりこっちの方が大きい。まずは、はるか遠くに見えている南端の塔まで行こう。

 

でもその前にお城の門の上を歩いておく。正面に見えるのはサンティアゴ教会と鐘楼。右側がお城の敷地内です。

 

お城の門の上から見るオビドスの城下町。

 

東周りで行くわね。角に見張り塔があって、そこからグッと下り坂になる。逆に周ってきた人がここを上がるのにゼエゼエ言ってたわ。西側の城壁は全体的に緩やかな上りで勾配が急な箇所はないから、しんどいのが嫌な人は東周りで行くといいのではないかな。

 

 

同じような写真ですが、城壁の内側と外側の両方を撮ったのがポイントなの! 見張り塔から撮ったんだと思う。下りの急なとこも写ってるの、ご注目いただきたい。

 

これも見張り塔から、お城を振り返ったところ。

 

急な下りのところ。

 

私が入ってきた門、ポルタ・ダ・ヴィーリャの他にもいくつか門がある。これは ポルタ・ダ・セニョーラ・ダ・グラサです。ポルタ・ダ・ヴィーリャと同じように門楼があるのはここだけでしたね。

 

正門じゃないからか、中はアズレージョもなくシンプルです。

 

ここからお城を撮るといい感じ。ここまでアップにせず、もうちょっと左に寄せて撮れば良かった。

 

見張り塔を振り返る。

 

お城まで入れてみる。

 

聖マリア教会がある辺りだね。

 

 

こういう階段がいくつかある。

 

ポルト・デ・ヴィーリャの上。

 

ポルト・デ・ヴィーリャまでは緩いカーブだったけど、ここでグッと湾曲して狭くなり…

 

この尖がった南端に至ります。半分歩いたね。

 


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2018/1/6

 

オビドスはソルテーリャと同じく、城塞都市です。町の規模はオビドスの方がずっと大きい。やっぱ平地だからですかね。と言っても周囲1.5キロの小さな町です。

 

町に入る入口はこんなに小さいの。防衛力が高かったでしょうね。古代にはフェニキア人、その後にはケルト、ローマ、西ゴートの人々がこの土地に住み、今のような城塞都市になったのは、アラブ人がこの土地を支配した8世紀だって。この門もイスラム時代のもの。

 

門の中にある聖堂の周りは18世紀にすばらしいアズレージョで飾られました。

 

このスペースを通り抜けて目に入る光景がこちら。「谷間の真珠」と呼ばれる可愛らしい村です。(でもここ平地だから谷なんかないのに、なんでこんなニックネームがついたのだろう)

 

1210年にアフォンソ2世がウラカ王妃にこの町を贈ったと書いてあります。その子供たちの世代になると、聖職者の権力を弱めようとしたサンチョ2世から、聖職者サイドの支援を受けた弟アフォンソ3世が王位を奪うという争いが起きました。その際オビドスはサンチョ2世への忠誠を保ち、「いと気高く、とわに忠実」という言葉が現代に至るまで残っている。その後、アフォンソ3世の息子ディニス1世が1282年にイザベルを妻に迎えた際に、この町に魅了された王妃にこの町をプレゼント。それ以降オビドスは代々の王妃個人の領地となり、1834年まで、王妃たちがこの村を直轄していたそうです。

 

この小さな通りが村のメインストリート、ディレイタ通りです。若い王妃様が惚れ込むのもわかるわ。ホント可愛らしいよね。サイズだけではなく、何と言うか、雰囲気が…。

 

私が泊まったホテルはこのディレイタ通り沿いにあります。立地の割に安かったんで予約したけど、ちょっと問題もあるお宿でした。

 

部屋は素敵でしたし、バスルームもアズレージョで飾られていて美しいんですけどね。

 

窓からの眺めも良い。旧市街の中に宿を取る醍醐味です。左を向けばメインストリートが見えるよ。

 

さっそく街歩きに。これはディレイタ通りをお城に向かって歩いていく途中にあった聖マリア教会。中には入らずじまいだったのですが、アズレージョに覆われた内壁が息を呑むほど美しいと評判。

 

メインストリートよりやっぱこういう路地がたまらないよね。

 

中世の町並みがよく保存されており、リスボンから1時間ちょっとと言う好立地もあって、ポルトガル屈指の観光名所に。おとぎ話のようだと大人気です。狭い路地にひしめく白い壁とオレンジの屋根ってとこはモンサントも同じなんだけど、何でしょうね、オビドスのこの可愛らしさは。

 

脇道からお城を臨む。オビドスの町はレコンキスタの最中である1148年にイスラム勢力から初代ポルトガル王アフォンソ1世の手に渡りましたが、お城が完全にポルトガル王国に明け渡されたのはサンチョ1世の治世である1195年だったとか。

 

サンチョ1世が城壁を作り直したり、ディニス1世が外堡や門を増築したり、マヌエル1世の時代には立派な城館も増築したりと巨大化。居心地の良い居城となっていたのですが、1775年の大地震で城館は崩壊してしまいました。廃墟となっていたこのお城を修復したのは20世紀に入ってからで、目的はポサダの建築。ポサダと言うのは国営ホテルのことです。ポルトガルで歴史的建造物の中にポサダを作った第1号がこのオビドスなんですって。

 

グーグルのストリートビューで見るオビドス城。

 

私、10年以上前にテレビで見て以来このポサダに泊まるのが憧れだったんですよね。塔の中に中世そのままの内装と調度品を使っている部屋が1室だけあるらしい。狭いから、ベッドルームとバスルームは別の階にあるそうです。テレビで見た当時で1万5千円くらいで「そんな金額でいいの!?」とびっくりしたよ。今はいくらするんだろう。Booking.comで調べてやろうとしたけど、その部屋は載っていない。人気が高いそうだから、予約サイトには載せないのかもね。かなり前から予約しないといけないらしいので、私は最初から諦めておりました。今や塔の部屋でなくても2万近いから、予算的にも無理だろう。

 

てことで中には入れないので(レストランやバーなら使えるけど興味ない)、さっそく城壁に上がろう。城壁に上れる階段は何ヶ所かあるけど、王道でお城の横から上がるわね。

 


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2018/1/6

 

トマールでバスに乗り込む時に「チケットはファティマで買って」と言われた、そのファティマに着きました。もうバスターミナルも開いていたよ。ファティマよりトマールの方が大きな町なのにな。ここで「トマールからレイリアまでです」と申告してチケットを購入。ファティマからレイリアまでは20キロです。走っていくうちに夜が明けてきました。

 

予定通り1時間10分で8時10分にレイリア到着。奥にある白と水色の建物がバスターミナルです。

 

レイリアはトマールよりもさらに大きな町です。人口で言うと、ファティマが1.16万、トマールが4.068万、レイリアは12.69万(いずれも2011年)。この像は法王パウロ6世だって。法王が1697年にファティマを訪問した際にレイリアを通ったのを記念して建てられたそうです。通っただけなのにと思うかもしれないけど、通っただけでも大事な思い出になるほどの出来事だったんだよね。

 

トマールからオビドスに行くにはバスを2回乗り継ぐ必要があります。レイリアの次はカルダス・ダ・ライーニャに向かうの。レイリアでのバスの接続待ちは35分。ターミナルの中にカフェもあるので時間をつぶすのは簡単ですが、もったいないからやっぱり街に出よう。しかしこのカフェ、ネイティビティ・セットを飾っていたり、空手教室のポスターが貼ってあったりと、なかなか趣がある。

 

それにしても寒かったなあ。後で調べたらレイリアはむしろ温暖な気候の町だそうですけど、この旅行で一番寒かったのがレイリアでしたよ。

 

ターミナルから出てすぐのとこに何やら良さげな建物が見えているではありませんか…。

 

こんな古いものも少し残っている。中世の頃の壁かしら。もっと古い? 説明を読んでくれば良かったわ。

 

この赤い建物がなかなか。格子や窓枠の意匠が美しいね。2014年のストリートビューを見ると壁がハゲハゲなので、近年に塗り直したらしい。一部だけ緑なのは、古いタイルを保存しているから見たいよ。お向かいは大聖堂の敷地です。

 

上の通りを抜けると、こんなちょっとした広場っぽいとこに出ます。丘の上の方だけ朝日が当たっている。丘の上にちょこっと見えているのはレイリア城です。丘の下にある塔は教会の鐘楼?

 

この広場に面しているのが16世紀半ばに建てられた大聖堂。17世紀初めに回廊やチャプターハウスが増築されたんだって。17世紀半ばの大地震でファサードが崩壊し、すっかり新しくされたそうです。

 

お城まで上ってみたかったけど、さすがに時間がない…。

 

歩いた中で一番気に入ったのはこの角。アズレージョで飾られた優美な建物も素晴らしいし、お向かいの建物も、壁は少し古くて汚れているけど美しい。下手に真っ白けに塗りつぶされるより味がある。

 

もうそろそろ戻らないと、てことで、上の写真の路地を抜けてバスターミナルの方に進む。と、開いているお店を発見。ここで朝ごはんのパンを買いました。

 

ズームを寄せてレイリア城を少しでもアップで…。ここも見学したかったなあ。ネットで見てみると、まあ、廃墟ではあるのですが、楽しく見学できる場所がたっぷり残っている。テラスが素晴らしいね。

 

お城の初期の情報は残っていないんだって。1135年に初代ポルトガル国王アフォンソ・エンリケスがイスラム教徒から奪い取ったところから記録は始まる。その後、まだイスラム圏だったリスボンなどに対しての防衛拠点となりましたが、1147年にそれら南の町が奪回されると軍事的意義を失って放置される。そして14世紀に農業王ディニス1世とイサベル妃が修復して、居城としたそうです。

 

さて、レイリアからカルダス・ダ・ライーニャに向かうバスに乗りこもう。……って。さっきと同じバスじゃん。あれ、ドライバーさんまで一緒じゃん。なんだ、トマールからカルダス・ダ・ライーニャまで通しでチケット買えば良かったわ。ちなみにこのバスはリスボン行きです。

 

で、9時45分に着きました、ここがカルダス・ダ・ライーニャのバス停です。人口5.173万人なのでトマールより少し大きい程度。だけどバスターミナルはレイリアより立派だ。新しいからかしら。

 

 

ここでは乗り換え時間が15分。余裕がないのでバスターミナルの周辺だけ見てこようと出て行きましたら、すぐ近くにこんな通りがありましたよ。エロイス・ダ・グランデ・ゲーラ通り。

 

でもこの通りで古い美しい建物が残っているのはこの一角くらいで、後は現代ビルばかりらしい。

 

この町には15世紀の終わりごろにジョアン2世の王妃レオノールが作った鉱泉病院がある。カルダス・デ・ライーニャって「王妃の温泉」て意味なんですって。バスターミナルから徒歩10分だし、バスは30分おきに出ているので、1本遅らせて見てくるのも良い。…けど、そこまでは…。由緒ある古い町だけど、建物は割と新しいのが多いみたいだしな。

 

さて、次はいよいよオビドスに向かいます。ちなみに、左がトマールからカルダス・ダ・ライーニャまで乗ってきたRede社の大型バス。右が、カルダス・ダ・ライーニャからオビドスまで連れて行ってくれたRodoviaria do Tejo社のバス。

 

カルダス・ダ・ライーニャとオビドスは7キロくらい。ちょっと走ったら見えてきましたよ、城壁が…。朝早くに出発しただけあって、10時17分にオビドス到着!

 

 


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2018/1/5

 

修道院の閉館が5時でしたので、のんびり街に戻ってきてちょっとウロウロしていたらすっかり夕暮れの景色になってしまいました。レプブリカ広場も街灯がきれい。頭に鳩を飾っていないグアルディン・パイスの像を撮りたいと思っていたけど、これでは真っ黒になるなと諦めました。

 

洗礼者サン・ジョアン教会の中を少し覗いてみました。夕方のミサが終ったところらしく、まだ少し人がいたので、さらっと見せてもらうだけで退散。

 

トマールでもそこそこ猫を見かけましたが、どの子も警戒心が強く、遊んでくれませんでしたわ。それにしても、この子ってば黒タキシードを着ているかのようだ。きれいな子。

 

とかしばらく歩いていておりましたが、とりあえず一旦宿に戻りました。昼の豪雨でブーツがぐっしょり濡れておりましてね。足が気持ち悪くて、とにかく裸足になりたい。一応は防水なんですが、あんな川の中を歩いているような雨の中じゃ、さすがに…。部屋でブーツを脱ぎ、紙を詰め込んで水分を吸わせ、エアコンの風が当たる辺りに紙を敷いてブーツを置いて乾燥を試みる。その間、ありがたいことにバスタブ付きなので、冷えた体をお湯でゆっくり温めました。

 

1時間くらいしても乾いたとは言えませんでいたが、諦めて食事に出かけることに。あんまりお腹は空いていないんですけどね、修道院でスープとパンを食べてるし。でももうポルトガル旅行も終盤ですし、色んなものを食べておきたい。どうもモンサントからこっち、汗や雨に濡れた後に冷えたせいで体が万全とは言えず、予定していたほどポルトガル料理を堪能できていないのでなおさら。ネットでトマールのレストラン情報を調べ、検討に検討を重ねて店を選びました。

 

で、ホテルを出て歩き出したら隣に食堂があったので入っちゃった。湿った靴で10分も歩くのめんどい…。

 

その食堂 Cervejaria A Casa da Vera はどちらかと言うと地元民向けのようでしたが、英語メニューもありました。その中で牛フィレ肉のコーヒーソースがけと言うのに激しく興味を引かれ、注文してみる。付け合せはお米にしました。

 

コーヒーソースは生クリームとコーヒーを併せている模様。日本人からするとコーヒー味のお肉ってあまりなじみがない組み合わせですけど、コクがあって悪くない。しかしやっぱり雨に濡れた上着をずっと着ていたせいか体調が今一つ優れず、なんとビールを飲むのがしんどく感じられると言う…。本当は夜の街歩きも楽しみにしていたのですけど、食事が済んだらすぐホテルに戻りました。早めに就寝。

 

で、翌日は5時起き。この日はトマールからオビドスに移動で、バスが午前7時発なのだ。地図上では遠くないけど、公共交通機関的にはこの2都市間の移動は想定されていないみたいで接続が悪いの。ホテルは元から朝食付きでしたが「朝食は8時からなんで無理」であっさり終わってしまいました。B&Bとかならサンドイッチくらい作ってくれたりしますけど、まあ、仕方ない。

 

昨夜できなかった街歩きを楽しみつつバスターミナルに向かう。早朝なのでまだ夜景です。

 

これはメインストリート。やはりこの通りは大きな建物が多い。朝6時ですでに営業しているカフェもありましたよ。そこで朝食を食べる誘惑に駆られましたが、街歩きを優先。

 

メインストリートから一本横道に入るとこんな小さな道になります。左の写真の手前左の建物は、教会の続きだったような気がする。この道を進んでいったら、パンが焼けるいい匂いがしていたっけ。どの国もパン屋さんは本当に朝早くから働いているねえ。

 

添てんさんのブログでトマールの旧市街が私好みだと知り、楽しみにしていたんだよね。期待を裏切らない素晴らしさだった。昼間にもっとたくさん歩いてみたかったなあ。けど、トマールに着いたのが昼だったし、とにかく修道院を見に行きたかったからどうしようもないのだ…。やっぱり2泊はするべきだったなあ。

 

これは劇場らしい。赤と黒のポスターは催し物の告知です。てゆかなんで建物の上んとこ見切れてるの。どこを入れようと思ってこうなったの私…。

 

メインストリートよりこれくらいの通りの方が好きだわ。小さな商店と住宅が並んでいるような通りがいい。ここで写真を撮っていたら、早朝から出勤していくらしき男性が「おはよう!」と声をかけてくれたよ。

 

ここはそろそろ旧市街が終る辺りなの。通りの突き当りはもう大きな道路です。

 

未練がましく振り返ってみたりして。ああ、シナゴーグも閉まっていたし、水道橋も見れなかった。お城のある丘の下あたりの住宅街が面白そうだから戻ってこようと思いながら戻れなかった。心残りすぎる…。なんで半日観光なんかにしちゃったんだろう…。

 

大きな道路の歩道。テンプル騎士団印のこの石畳は、昔からあるものなのかしら…。

 

駅の近くにあるサン・フランシスコ教会と修道院。ここも古くていい感じですねえ。

 

てな感じに楽しく歩きながらバスターミナルに到着しました。バスターミナルは鉄道駅に隣接しています。この時点で6時35分くらい。このバスを逃すと後がないので早めに着くようにしたの。バスターミナルにカフェでもあればそこで落ち着いてパンとコーヒーくらいいただけるかもと思っていたのもあり。

 

が、駅はもう開いていたけれど、バスターミナルは閉まっていました。ええ~? 出発時刻の25分前でまだ開いていないなんて、あり? てゆか、ホントにここでいいの? トマールはそこそこ大きな町だし、もしかして他にもバスターミナルがあるとか? 焦ってネットでバス会社のウェブサイトも調べてみたけど、トマールのバスターミナルとしか書いていないし、トマールにバスターミナルが他にもあるのかと検索してみたけど他にはないようだし、やっぱり場所はここで合ってるっぽい…。

 

駅前に泊まっていたタクシーの運転手さんに尋ねてみると、「そこから出るよ」とバスターミナル(の門)の前を指さされました。そこって。ターミナルって意味? あ、ターミナルの前にバスの停留所がある。そこのこと? 停留所にはいくつかのラインの時刻表と路線図が貼り出してあります。暗い中で頑張ってそれを読んでみる。けど、該当するものが見当たらない…。

 

本当にここでいいの!? いいんだよね!? タクシーの人がここだって言ってるんだから、ここでいいんだよね!? 不安で仕方ないけど、不安がったって何にもならないので、自分を宥めつつ待つ…。いざとなったらタクシーで行けばいいよね、ええ。1時間くらいですからね、山間部で3回もそういうのやったよね。

 

しかし無事にバスはやってまいりました! タクシーの人が言った通り、ホントにバスターミナルの門の前の道路に停まったわ。まだターミナルが開いていないので、こうなるんでしょう。バスの運転手さんに「レイリアに行きます」と言ってチケットを買おうとしたら、「ノー、チケットはファティマで買ってください」と言われました。バスの中では購入できないシステムなのか。長距離バスだから? ちなみにトマールのバスターミナルのチケット売り場は土日祝は閉まっているとトリップアドバイザーに書いてあります。

 

トマールは心残りで去りがたい町でしたが、去る時には別の意味で嬉しく思っておりましたよ…。

 


テーマ:

2018/1/5

 

南側の2つの回廊である主回廊とカラスの回廊の間に、この食堂があります。

 

真ん中にあるここは何? 教会の説教台みたいなもの? 食前のお祈りの時とかに使うの?

 

この説教台の裏側はこんな風になっています(写真左)。右の写真で、窓に近いとこに入り口がある。ここから壁裏に入れるのだ。さらに裏に部屋もあるよ。右の写真は説教台からの眺めです。

 

食堂の反対側の端は厨房に繋がっています。この窓からどんどん食事を出していったんだな。今も社員食堂とかによくあるシステムよね。

 

窓の奥にはお鍋を置くための台がある。お鍋を置くための上辺の丸穴の他、手前にも四角い穴がある。これは火を使うための穴だよね? ここで煮炊きしていたのかな? あるいは保温のため? 人数が多いからお鍋も大きいだろうし、冬なんてあっという間に冷めちゃうだろうから。

 

ええ、大所帯ですから、厨房もこの大きさ。

 

かまどは3つも並んでいたよ。それぞれに使い道が違っていたんだろうな。煙突は真ん中の一番大きなかまどの上だけについているんだ。両側のかまどの天井部分を真ん中のかまどに繋げて、煙を集約できるようにしてあるの。

 

ここは流しです。

 

これは厨房からは少し離れた、パンの回廊に面したパン焼き釜。貧しい人たちにここでパンを配っていたので、パンの回廊と呼ばれるようになったらしい。ここは北側の門に隣接しているので、北側から貧しい人たちが列を作って入ってきたんだろうな… と当時の光景が目に浮かぶ…。ガイドブックにはミシャの回廊と書いてあるんですが、ミシャってのがパンと言う意味なんだって。パンってポルトガル語だけど、ミシャは古語なのかしら。

 

ところで、トマールでは4年に一度タブレイロス祭という大きなお祭りが開かれます。タブレイロスとはお盆の意味。慈悲深いイサベル王妃様を記念するお祭り。イサベルはアラゴンからディニス1世に嫁いだ信心深い女性。常日頃から民に施しをしていました。しかし度が過ぎるとして王は気にしていて、ある日パンを詰めたかごを持って出かけようとする王妃を見咎めました。王妃は「このかごに入っているのはパンではありません。薔薇です」とごまかす。そして王がかごの中を改めると、そこには真紅の薔薇があったのです…。いや、パンのまま王を納得させる奇跡にしてあげてよ神様…。

 

ディニス1世は、解散を命じられたテンプル騎士団をキリスト教騎士団として存続させてくれた王様よ。 「我々は騎士であるとともに、領地の耕作者であることを名誉とすべきである」 と説き、農業王と呼ばれるほど農地の開拓・整備に力を注ぎ、漁業、商業・貿易、海運も大いに発展させ、文学の手厚く保護した有能な王様。その妻は慈悲深く民に慕われた聖女。最強カップルやん。

 

パン焼き釜の中をマグライトで照らす。去ろうとした時に小さな息子を連れたお父さんが来たので、「見ます?」と中を照らしてあげました。ブラジルから来ていると言ってましたわ。

 

ここはパンの回廊とカラスの回廊の間から突き出たとこにあるお手洗い。こんな開けっぴろげな!? 昔は仕切りか何かあったのかも。

 

この穴に大きい方を落としたとか、そういうこと…? もしそうなら、下は下水システムになってるの? そうでなかったら積み上がってはみ出てくるよね? (そういう状態のウズベキスタンで見たことある)

 

とかやってるうちに閉館時間になりました。一応お土産屋さんも覗いてみたけど、買いたいものが見つからなかった。テンプル騎士団やキリスト教騎士団についての資料はガチなのから絵本まで揃っておりましたし、騎士グッズもありましたが、あとはワインとか蜂蜜とかクッキーとか…(ある意味、伝統的ですが)。こういう施設だとよくTシャツとかマグネットとか模型とか売るのにね。

 

北側の城壁。お城部分の見学が全くできなかったなあ。お城は廃墟らしいけど、塔や城壁が残ってるんだから見ておきたかったわ。これだけの巨大修道院、たったの3時間半じゃ、一通り見て周るだけで精一杯でした。ここまで私好みだと思ってなかったのが誤算か。ざっと見て周る1周目、間取りを確認しながら回る2周目、好きなところを重点的に楽しむ3周目で、各3時間としても最低9時間は必要だわ…。

 

名残を惜しみつつ外門へ。

 

未練がましく振り返ったりして。てゆか、来た時に撮れば良かった… じゃない、来た時は雨が降っていたんだった。雨は機動力を奪うのよ。幸い、帰る時には上がっていました。

 

やっぱりお城の見学もしたかった! 修道院だって、屋上にも上っていないし、見習いの僧房も見ていないし、ここはまた来なくちゃいけないわ!

 

それにしても、こんなとんでもない観光資源があると言うのに、おまけにリスボンから電車で1時間半で来れるのに、あんまり人がいませんでした。真冬と言ってもさ…。別の人の旅行記にも「これだけの修道院が有名でないのはなぜか」と書いてありました。ポルトガルの観光名所としてはよく名前は上がるけど、ルートに必ず入っているって程でもないみたいだし、もっと広く周知されるべきだ。あ、でも、日本人の団体さんを見かけたよ。

 

あとね、トマールと、私がモンサントに行く途中で車窓から見たアルモウロル城は、車で30分くらいなんですよ。観光局もセットで薦めている。テンプル騎士団名所巡りとして、リスボンからトマールとアルモウロル城を見て戻る一日ツアーなんかもあるらしい。私は次に行ったらトマールで2泊して丸一日修道院とお城の見学に使うわ。旧市街ももっとじっくり見たい。それで次の日にタクシーでアルモウロル城に行く。1泊してもいいな。アルモウロルからはエントロンカメントが近いので、そこから電車でリスボンまで一本だ。逆ルートでもいい。

 


テーマ:

2018/1/5

https://pt.wikipedia.org/wiki/Convento_de_Cristo

 

 

宿泊所の回廊は主回廊に比べるとシンプルだと思いましたが、建設当時は主回廊と同じ装飾があったんだって。外部からの訪問客を泊める場所だったこともあって、優美に飾り立ててあったらしい。

 

でも北側(この↓写真の右側)にのっぺりした棟が付け加えられたり、南側1階の回廊が改築でぶっ壊されたりして、美しい調和が失われてしまったんだそうな。残念ね。

 

回廊のオリジナル部分はリブ・ヴォールトもコラムもこんなに優雅なのに。

 

これは3階の西側の床をぶち抜いた階段。これって後から作ったんだよね? 下りると2階の部屋の中に出る。2階の回廊は3階より部屋が手前に出てるから。

 

 

3階の手すりが見えてるトコ、そこが階段の入り口ね。

 

上の写真の2階の向かって右側の部分。従者が使っていた部屋だって。

 

同じ写真、同じく2階の左側のとこは登記簿保管室みたいな意味のことが書いてある… あれ、この写真、逆だったっけか? この修道院は巨大すぎて、色んなものがありすぎて、2階建てや3階建ての回廊が4つくっついてて… 見て周っているうちに混乱してくるんだよ! 最高でしょ!

 

んで、次に西側の2つの回廊を見る。図の左上のピンクがパン(ミシャ)の回廊、左下がカラスの回廊ね。

 

これはパン(ミシャ)の回廊。西側2つの回廊は見習い修道士や従者たちが使う回廊だったから、東側にある主回廊や宿の回廊に比べるとスペース的にも小さめで、装飾もシンプルなんだって。

 

シンプルっつっても充分に美しいわ… 

 

井戸かと思ったら地下室への入り口? 下りたかったなあ。柵がしてあるからやめておいたけど…。

 

カラスの回廊は修道僧の読書や祈りの場だったそうです。…が、撮るの忘れてたみたい…。ミシャの回廊とカラスの回廊は、1階しか見学できなかったし。なんか一時的に非公開の部分が多かったから、そのせいかな。

 

パン(ミシャ)の回廊とカラスの回廊は、3階は回廊になってないらしい。僧房があるから。Tの字の廊下に40室が並んでいて壮観です。

Por Manuelvbotelho - Obra do próprio, CC BY-SA 4.0, Hiperligação

 

遠近法の勉強に使えそうな…

 

部屋の中はこんな感じ。一部屋に4人とか6人とかで住んでたんでしょうね。

 

真冬だし雨に濡れた上着がなかなか乾かないしで、震えながら見学しておりましたが、当時のお坊さんたちはもっともっと寒かったでしょうね…。真ん中に暖房室があります。ここで火を焚いて、暖かい空気を他の部屋に送っていたんだって。セントラルヒーティングシステムだ。院長の部屋は端っこにあったそうだけど、暖かい空気が届かなくて寒かったんじゃないのかしら…?

 

この時、半袖で歩いている17歳くらいの少年を見かけ、仰天した私が思わず自分の両腕をこすって『寒くないの!?』とジェスチャーで聞きましたら、彼は照れ臭そうに笑って「No」と答え、彼の両親やお姉さんらしき方々(フツーにダウンジャケットとか着てた)は爆笑しておりました。

 

Tの字の真ん中にはチャペルがあります。

 

あまりにも冷えたので、カラスの回廊の1階にあるカフェに避難。でも昔の広い広い部屋を使っているので暖房なんか入っていなくて冷え冷えとしておりました。でも熱々のスープとバタートーストをお腹に入れて温まったよ。隣のテーブルの若い男性はアイスクリームを食べていました。

 

カップが修道院印だね。

 

 

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