オーストラリア旅行記 7:カムデン | 旅中毒

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2019/12/30

 

この日は、シドニー中心部で知人と会うことになっておりました。約束は午後からなので、午前中はHさんが近隣にあるカムデンという町に連れて行ってくれました。


これがまた、私好みの町でしてね…! 

 

ここは元々ガンダンガラ族の住む土地の端っこだったらしい。カムデンという名は、1805年にこの土地の測量を命じられたジョン・マッカーサーが、彼に土地を与えると約束したカムデン卿に因んでつけたんだって。1840年に町という行政区になったそうです。

 

このジョン・マッカーサーは、オーストラリアにおける農業の基礎を築いた人だそうで。もとは軍人でしたが、取得した広大な土地で羊毛産業を大成功させて実業家に。反乱を起こした咎で一時的に国外追放されている間にフランスでワインの作り方を学び、オーストラリアに戻ってからこの国で初の商業ワイン農家になったそうで。転んでもただでは起きない、実に精力的な人だな。建築家でもあり、彼の設計したお屋敷などは文化財として遺っている。各方面に影響力があったので、もちろん政治にも携わりました。他の人の10倍くらいの濃度で生きる人って、いるよね…。

 

彼が住んでいたコテージは補修されて保存されているよ。中には入れないみたいだけど、車で通りすぎる時に「あれだよ~」って教えてもらった。

 

カムデンは19世紀のコロニアルな街並みがよく保たれている、小さな可愛い田舎町。

 

Hさん夫婦のお気に入りのカフェは残念ながら1月半ばまでクリスマス休暇&サマーバケーション中。

 

シドニーから電車でも車でも1時間くらいなので、週末に遊びに来る人がたくさんいるんですって。ホテルもあるよ。シドニーにも古い建物は残っているけど、現代ビルとの混在って感じなので、こういう町ごと古い雰囲気を残している場所はまた別格なのでしょう。

 

 

これは銀行。現役です。Hさんが現金を下ろしに来るのはここですって。

 

鉄道駅や役所、学校、病院などと並んで立派な建物を作っていたのが銀行ですわね。私企業であっても公共性の高い施設は精一杯壮麗な建物にするものです。それがコミュニティの豊かさを表し、安心感にも繋がったのだろう。

 

これはアートギャラリーだって。

 

こちらは、お隣にあったイタリア料理屋さん。反対側から撮れば良かった。

 

上のアートギャラリーやイタリア料理屋さんがあるジョン通り。ここはお医者さんでした。

 

ジョン通りを南に向かって坂を上っていった突き当りにあるのが、聖ヨハネ教会。てゆか、聖ヨハネ教会があるからジョン通りって名前なんだろう。小さいけど雰囲気のある美しい教会。中に入ってみたい。

 

教会が建てられたのは1830年代だって。カムデンが独立した行政区になる前のこと。集落が大きくなれば、遠くの教会に行かずに済むよう自分たちの教会を建てたいと願うものよね。

 

この土地に最初に英国系の人々が訪れたのは1795年。ジョン・マッカーサーの羊毛事業の成功に連れて、この土地の人々はカムデンを町として設立させたいと願うようになった。ジョン・マッカーサーは土地の譲渡を拒否したけれど、彼が1834年に他界すると息子たちは土地を分割し、1840年に最初の分譲地が売りに出されたのでした。

 

墓地はさらに古いようです。ゆっくりは見ていないけど、近くにあった墓石には、その人が18世紀の終わりごろに亡くなったことが記されていた。初期の入植者の一人で、早いうちに亡くなったんだな。

 

ところで、見ておわかりの通りこの日も空が黄色い。晴れていれば遠くに山が見えるらしい。地図で見たところ、ヒースコート国立公園…? ダラウォール国立公園かな? ひとつのまとまった緑色にいくつもの国立公園の名前が入っていて、境界がわからん。広い、広いよオーストラリア…。