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旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

2020/1/3

 

滞在期間中、HさんとSさんが毎日何度も、天候、火災の状況や風向きをチェックし続けてくれておりました。そのおかげで、なんとこの日、諦めていたブルーマウンテンズ国立公園に行くことができたのです!当然のことながら国立公園も広いので、その日にどこが危険になるかなんて前もって知りようもないわけです。ライブで情報をチェックし続けてくれたからこそ、このチャンスを掴めたのでした。

 

先に書いちゃうけど、帰国後にブルーマウンテンズに行けたことを友人に報告していて、「ダメだろうと思ってたんだ。ラッキーだったよ!」と言ったら、「あのねえ、お友達ご夫婦がこまめに調べてくれていたからでしょ? 『ラッキー』じゃないでしょ、まったくもう」と窘められました。返す言葉もございません… そもそも車を出してもらえたから行けたようなもんだし。Hさん、Sさん、Eちゃん、本当にありがとう!

 

そして毎朝のエスプレッソタイム、この朝はマキアートを。もともとの意味のマキアートですから、スタバとかの出すキャラメル風味の甘いやつじゃなく、エスプレッソにちょっとだけミルクを入れたやつね。

 

お菓子がたくさんあった。Eちゃんはマカロンを1つ買ってもらっていました(もちろんピンクの)

 

ここら辺、ドーナツ。

 

その下にチョコレート類…? しかしこの陳列は、と謎に思っていたら、

 

トッピングでした。異文化を感じる瞬間ですね。1個でおやつ3回分くらいありそう。

 

食べたいなら買うよとSさんが言ってくれたけど、朝ごはんにマフィンもいただいていたので、ちょっと、入りそうになくて。8分の1くらいなら味見してみたかったけど。

 

で、やってまいりましたよ。ブルーマウンテンズ国立公園。

 

まずは上の赤い印、ウェントワース滝に。車を停めて、森の中を歩いていくよ。

 

 

こっちの松ぼっくりは長細いな。じゃなくて、

【追記】 triple D さんに教えていただきました。これはバンクシアです!

 

これは何かしら? 【追記】 バンクシアだよ!

 

ハリネズミみたい。【追記】 最初はタワシ型。

 

ブルーマウンテンズの最高峰は標高1,100メートルのヴィクトリア山。ここからはかなり離れております。こういう山岳地帯を4本の大きな川が流れ、谷を作っていったらしい。Sさんが「この渓谷ができた頃、アメリカのグランドキャニオンはまだ小川だったんだよ」と言っていました。

 

 

 

森の下にすごい崖が見えているでしょ。

 

そういう崖の間を流れ落ちる滝を見に参るのです。

 

やがて滝となる、ジェイミソン川。

 

 

2020/1/2

 

さて、帰宅の途に就く頃には22時半を回っておりました。電車もまあまあ空いています。2階席に並んで座ってHさんとお喋りしていて遭遇した変な人のお話を。

 

私たちはセント・ジェームズ駅で乗り込んだのですが、彼(【1】とします)と彼の連れ(【2】とします)は少し後の駅から乗り込んできたと記憶しております。で、私たちの斜め後ろくらいの向かい合わせの席に陣取りました。

 

その時点でもう既に、【1】はまともではなかった。お酒に酔っていたのだと思いますが、別のものもやっていたかもね。まず、とにかく、うるさい! 声がめちゃくちゃ大きいの。で、その大きな声でぎゃあぎゃあと叫ぶようにまくしたてるので更にうるさい! そして話の内容がひどい! 正直、私の英会話力ではあまり聞き取れなかったんですが、それでもはっきりと、【1】が下品な単語で卑猥なことをがなり立てていることがわかる。時々、思わずHさんと顔を見合わせてしまいました。

 

【2】は最初は【1】に調子を合わせて相手をしていましたが、徐々にトーンダウンしていきました。「ちょっと騒ぎすぎ」と思ったのか、【1】の態度がどんどんひどくなるので付き合いきれなくなったのか。

 

私も含め周りの人は気になっていないわけがありませんでしたが、一目でわかるチンピラ(それも泥酔中)に文句を言うのは危険すぎるので、全員が見て見ぬふりと言うか聞いて聞こえぬふり。

 

写真は本文とは関係がありません。1932年のハーバーブリッジ。

By E. W. Searle - The National Library of Australia, Public Domain, Link

 

 

そのうち【1】は自分の背後に座っていた真面目そうな大学生っぽい男の子にも声をかけて話し相手にしてしまいました。学生くんは無視することもできず、仕方なく楽しそうに笑って相手をしていましたが、怖かっただろうなあ。

 

車両を移りたいと思ったんですけど、【1】が嫌だから逃げるのがあからさまにわかるようだと、それに対していちゃもん付けられるのではと妙な心配も出てきまして、ちょっと様子見。

 

しかし【1】が機嫌良さそうにしている間は良かったのですが、ある駅に停車した時、【1】は何やら怒鳴り始めたかと思うと席を立ちました。そして2階から1階に降りていきまして、下からガシャーン!とガラスの砕ける音が。おそらく【1】が持っていたビール瓶か何かをホームに叩きつけたのでしょう。

 

これはアカンと私も思いましたし、Hさんも「今のうちに車両を移ろう」と声をかけてきて、【1】が戻ってくる前に車両の反対側から1階へ、そして離れた別の車両へと逃げました。

 

やがて電車は私たちの乗換駅に到着。降りながら、「あいつらもここで乗り換えだったら嫌だなあ」とか言って笑っていたら、ホントにあの2人が降りてくる姿が…。「うへえ」と思いましたが、幸いにも2人はすぐにホームでは姿が見えなくなりました。2階のコンコースに上がっていったんでしょう。良かった、この駅で降りるんだね、ここでサイナラできるのね。

 

さて、乗り換え時間が20分もあったので、お手洗いに行くことに。が、お手洗いは2階のコンコースにあるのでちょっと時間をおいて、奴らがもうとうに改札を出て行ったであろうタイミングで、階段を上がってまいりました。

 

そして目にしたものは。

 

By Cgoodwin - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

 

いえ、馬はいませんでしたけどね。5人のお巡りさんが【1】と【2】を取り囲んでおりました。

 

たぶん、ビール瓶をホームに叩きつけて割った時点で、通報があったんでしょう。駅員か、乗客から。で、次の停車駅で警官が待ち構えていたのでしょう。ホームで捕まえたのかしら。
 

【1】は、車内での威勢はどこに行ったのか、俯いてシュンとしておりました。かっこわる。いえ、もちろん、抵抗して暴れたりするよりずっと良いですよ。【2】は70%くらいは自己責任、30%くらいはとばっちりと言ったところでしょうが、仕方なく隣に立っておりました。

 

彼らをよけてお手洗いに行き、やれやれと出てきましたら、お手洗いに入ろうとする【1】が向かってくるところで、すれ違う羽目になりました。【1】は元気を取り戻しておりまして、【2】に対してだかお巡りさんに対してだかわかんないけど、何やら大声で悪態をついておりましたよ。警察の対応が思ったより穏やかだったのでしょうかね。で、これなら大丈夫と踏んで改めていきがってる、と。バーーーカ。

 

 

Hさんによると、オーストラリアは日本に比べるとやはりこういうことには厳しいらしい。すぐ通報があって警官が来てくれるって。

 

そもそも、オーストラリアでは飲酒自体に対して、日本よりずっと厳しい。お酒は専門の酒屋でしか売れないし、購入の際には年齢確認のため身分証提示が必須。また、路上や公園など、公共の場での飲酒は違法です。

 

更に、泥酔した客にはお酒を売ってはいけない。だからバーは泥酔者の入店を拒否できるし、店内で客が泥酔したら追い出すこともできる。酔ってウトウトしているだけで退店を命じられたりするって。つまり自分で自分をコントロールできていなわけですから。

 

つまりオーストラリアには、酒場を含めて公共の場では潰れるほど酔ってはいけないという社会規範が強いのでしょう。日本は酔っ払いに甘いよね。でも日本でも最近の若い人はめちゃくちゃな飲み方をしない傾向にあるそうだから、変わりつつあるのかも。

 

ところで、路上で寝込む泥酔者などで言えば英国が世界最悪と聞きましたが、本当だろうか。

 

ポート・ジャクソンの水上警察。さすが海の町。シドニーって、湾口から奥まで19㎞あるってよ。

By Adam.J.W.C. - Own work, CC BY 3.0, Link

 

 

そしてもちろんオーストラリアでも、めちゃくちゃに飲んで狼藉を働く輩はいる。

 

シドニー・ロックアウト法という法律があります。この法律では、シドニーのCBD(シティ)の特定地域において、酒類を提供するお店への午前1時半以降の入店を禁じている。ラストオーダーは午前3時です。2014年にこの法律が施行される前は24時間OKでした。

 

2013年の大晦日の晩21時ごろ、シティのキングス・クロスで18歳のダニエル君が通りすがりにいきなり殴られ転倒して頭を打ち、昏睡状態のまま11日後に亡くなりました。泥酔した武道家が、たまたまそこにいただけの少年を次々に5人も殴ったのだそうです。それは、2012年に別の18歳の少年が同じように酔っ払いに殴り殺された場所から1メートルしか離れていない場所だったとか。

 

ダニエル君のご両親の働きかけがきっかけとなって、飲酒を規制するこの法律ができたんだって。効果は目覚ましく、ロックアウト地域ではお酒が原因の傷害事件が大幅に減ったそうです。キングス・クロスにおいては何と32%も。しかし、ロックアウト地域隣接のある地区では12%増加したり…。それでも医療機関は、この法律には効果があると主張しています。救急車で運び込まれて死んでいく怪我人が明らかに減った、と。そしてもちろん、警察などもこの法律を支持しているらしい。

 

しかし世間ではナイトライフの活気がなくなったことが問題視され、ついに2020年1月14日からこの法律を撤廃することになったのです。しかし、キングス・クロスだけは今でもこの法律が適用されています。

 

ちなみにこの法律でシドニー(法を制定したNSW州かな?)は、ライバルのメルボルンから、グランマ・ステートとか呼ばれてからかわれたりしたらしい。早々に就寝するお行儀の良い老人たちの町、て感じ?

 

しかし、午前1時半までに入店、ラストオーダーが午前3時って、「シティのナイトライフを壊滅させた」と言われるほど早い時間なのね。私も夜型で、午前1時半なら起きていることも珍しくないけど、少なくともそれは「寝る前の時間帯」だわ。私は所詮は寝るのが遅いだけで、夜に起きている人間ではないのだな。

2020/1/2

 

ミルソンズ・ポイントの波止場からミルソンズ・ポイント駅までのんびり歩いていきました。

 

ストビューですが、ここが駅の下。ハーバーブリッジに繋がっていく様子が見える。

 

そして、この↑写真に写っている階段ね、これ、真ん中に自転車を乗せるための坂になってる部分がありますが、ここを自転車に乗ったまま走り降りてくる若者がいて肝を潰しました。Uber Eats のデリバリーか何かだったみたい。私のママチャリとは違うとは言え、よくこんな急な坂を自転車で降りられるわね。ちなみに反対側の階段には、こういう坂の部分がありませんでした。

 

その反対側の階段からハーバーブリッジに上がってみた。何やらランニングの大会に参加したと思しき、ユニフォームに身を固めたチームがいらっさった。走っていても楽しい、眺めの良いコースね。

 

 エレベーターもあるから、車椅子の人でも橋を渡れるよ。私たちも、このまま橋を渡って南側、ザ・ロックスやタウン・ホールがある側に戻っても良かったのですけど、食事を北側、キリビリで済ませてからということになりました。キリビリって閑静な高級住宅地なんですって。首相官邸があるのもここです。見に行って来れば良かったかしら。

 

ハーバーブリッジの上から撮ったキリビリの町。橋の南側に比べたらホント落ち着ている。

 

ところで、この↑教会、「橋のそばの教会」って名前なんだって。それが正式名称。建物がとても私好みなの。後で調べたら、1884年に建てられたネオ・ロマネスク建築とのことです。

 

さて、駅の近くには飲食店もたくさんある。この日はイタリアンレストランに入りました。ちょうど晩ごはん時に入りましたもので、店員さんはもうてんてこ舞いでしたが、慣れた様子でもありました。ドラマで見るレストランの厨房もランチ時とか凄まじい忙しさですが、あの大変さを日常としているのってすごいよねえ。

 

この日って、お昼は中華だったし夜はイタリアンで、偶然にも外れのない線を選んでる感じが。短期旅行者としては「どうせならオーストラリア料理を」と思いがちですが、そもそも移民国家なので、それぞれの先祖の料理はすべてオーストラリア料理とも言える。それに、以前にカナダに行った時に現地ガイドさんに言われたんですが、特徴ある現地料理を無理に探そうとせず、地場の名産食材や、日本では見かけないアレンジを試す方が賢い、って。で、日本人から見ると一風変わった感じのお寿司を食べたのだった。シドニーのこの日は、昼は牛肉、夜はエビでしたから、名産路線で攻めてきました。

 

Hさんが食べたもの。当然のことながら、昨日のミートボールスパゲティとはまるで格が違う美味しさだったらしい。

 

私が頼んだ、プリップリのエビの間にパスタがあるみたいな一皿。ビールも最高。

 

食べ終わって外に出ることには日も暮れておりました。ハーバーブリッジを渡って南側に戻っていくぞ。

 

橋の上からならオペラハウスも見下ろせるのだった。夜景を見ることができる時間にハーバーブリッジを渡ったのは正解だな。私は大都会はさほど好きでもないんだけど、こういうのは都会ならではだ。

 

キリビリ方面を振り返ってみる。商業地区である南側と違ってキリビリは住宅街だからか、なんか光が多くても落ち着いた感じがするね。

 

 

橋の上の遊歩道はこんな感じです。ランプが古風で良いねえ。

 

北側まで戻ってくればそこはザ・ロックスです。ここで一杯飲もうかって話に…

 

でも、通りすがりに見たお店はどこも混んでいたり、異様に音楽がうるさかったりで、結局、Hさんがシティで働いていた頃に通っていたというバーに…。

 

エスタブリッシュメント・ホテルの1階にある、エスタブリッシュメント・バー。

 

この写真を見ると落ち着いたバーのように思ってしまいますが、これは1月2日でシティがまだお休み中の期間だったかららしい。普段は人で埋め尽くされているそうな。Hさん、このバーで店の反対側まで見通せるとは!と変なところに感心していました。

 

でもやっぱりパブに比べたら何となく高級な雰囲気ですわね。

 

ちょっと思ったんだけど、こういうスタイリッシュなお店って、何がどこにあるのかわかりにくいよね? 昔ながらのお店とか、庶民的なパブとかなら、『お手洗いはここら辺にあるに決まっている』と見当を付けやすいし、入口も見てすぐわかるけど、こういうオサレなお店は「お手洗いどこ???」ってウロウロして、常連らしき人が「そこだよ」って指で示してくれても「どれがドア???」ってなって… みたいなことが…。

 

帰りに通った、ウェストフィールド・シドニーとかいうショッピングモールのクリスマスの飾り。これ、明滅しているの。パーッと全部点いた瞬間を撮影しました。

 

2020/1/2

 

Gさんに日本へのお土産として多様なフレーバーのティムタムや半年は保存できるというクリスマス・

フルーツケーキをいただき、タウン・ホールまで送ってもらいました。

 

タウンホールの近くを歩いている時に、道路を電動カートで疾走するおじいさんを見ました。結構スピード出るのね。そして、私は電動カートっていうと原付バイクの3または4輪版みたいなものをイメージしていましたが、そのおじいさんが乗っていたのは、オフィスチェアにハンドルが付いたみたいなやつでした。いろいろあるんだな。

 

さて、今日はこの後、Hさんと二人でハーバークルーズすることになっていましたので、ダーリング・ハーバーへ。クルーズまで少し時間がありましたので、ピルモント・ブリッジ・ホテルのパブに入りました。お手洗いの辺りとか、なかなかクラシカルな感じで良かった。

 

外観を取っていないのでグーグルさまのストビューから。なかなか素敵。

 

Hさんはノンアルでしたが、私はもちろんビールを。

 

窓の外には、湾の反対側へと続くピルモント橋。この眺めだとフツーの現代ビルが林立するフツーの大都会にしか見えないな。こんな素敵な近代建築のバーで飲んでるとは思えないほどに。

 

ところで、「近代的」と言うと、「現代的」とほぼ同義として「今、現在の」って意味にも使えるのに、「近代建築」だと18世紀半ばから20世紀初頭くらいまでの建築を指すんだよな。そして、このまま時代が進んでいったら、18世紀や19世紀って「近代」ではなくなっちゃうよね。もう建築用語として特別な用語になってるからいいのかな。と言うか、あと200年くらいしたら、21世紀も「近世」に入るのかね)

 

ちなみに日本の近代建築って、外国で言うところの近代建築とは意味合いが違うんだって。日本においては、開国して入ってきた西洋の技法で建てた建築が近代建築とほぼイコールになるので、基本的には近代建築と言えば19世紀半ば以降に建てられた洋風建築を指すことになるわけだ。しかし、その時代に作られた西洋建築であっても、デザインが伝統的な様式だと近代的ではないので、東京駅(ルネッサンスやバロックやヴィクトリアンの折衷)は、文明開化の結果であっても建築用語でいうところの「近代建築」ではないそうな。そういうのはモダニズム建築と呼ぶそうです。つまりモダンとは近代的を意味しないという… 言葉遊びのような…

 

ピルモント橋から見下ろすダーリング・ハーバー。なんか海軍の船みたいなんがおるな。

 

キャプテン・クックのエンデバー号のレプリカ。これ動くの?これを背景に、係船柱に片足乗せの定番ポーズで写真も撮ってもらったけど、お腹が「わあ」と思うほどデップリなので見せない。痩せねば。

 

私が今回乗ったのはこういうフェリー。楽しいぞ! 大はしゃぎしている写真もあるけど見せないw

 

船の上からたくさん写真も撮ったけど、私が座っていた席はちょうどエンジンの上くらいにあったのか、暑い空気が下から立ち上っていたようで、写真の中のものがゆらゆら揺らめいているのだった。惜しいw 目で見ているとわからなかったんだけどなあ。風があるから?

 

遊覧船ではなく通勤にも使われるフェリーだから、オパールカードで乗れますし、どこで降りてもいい。我々はピルモント・ベイから乗り込み(Hさんがちょうど良い時間を調べてくれまして)、ミルソンズ・ポイントで降りました。(下の赤星から上の赤星まで)

 

ハーバーブリッジ。なんか頂上辺りがささくれ立ってると思ったら…

 

上に登ってる人たちらしい。すごいなー、見るからにスリリングだ。

 

これは降りてから撮ったんだっけ。巨大な橋と、オペラハウスと、帆船。我ながら良い場面ね。

 

宇宙にロケットが飛ぶ時代だって、帆に風をはらんで進む船の美しさは人を魅了し続けるさ。

 

橋そのものよりも、この橋塔に惹かれるのだった。

 

2020/1/2

 
Gさんの車に乗せてもらって、シドニーの海沿いのビーチをめぐるドライブに出発!
 
まずはボンダイの隣のタマラマ・ビーチ。ボンダイ・ビーチからのフットパスがあるよ。

 
車の窓から。停めてもらえば良かったよねw
 
念のため、Gさんはどちらかと言うとこまめに車を停めて記念写真を撮ってくれたのです。ただ、私の写真ばかりここに貼りたいとは私が思わないので!
 
Gさんは外国人留学生のホストファミリーもやっています。そして同じようにシドニーをあちこち連れて回ってあげている。中には日本人学生もいるのですが、たまに「写真を撮ってあげるからそこに立ちなさい」と言っても「自分の写真は要りません」と拒む子がいるのだとか。で、Gさんはオカンなので「地球を半分も回ってきて何を言ってるの。さっさとスマホを貸しなさい」と写真を撮ってあげちゃうのだそうです 笑  私も自分の写真を見ては「うへえ」と思うからそういう子たちの気持ちはわかるけど、誰かと一緒の時は自分も撮っておいてもらうと良い思い出になるよとお伝えしたい。
 
一人旅でも、よその人が気を遣って「写真を撮ってあげようか」と声をかけてくれることがあります。年配の団体さんが多いね。グァテマラでは、よその国の団体のガイドさんが声をかけてくれました。
 ガ 「写真を撮ってあげようか?」
 私 「いえ、いいんです。ありがとう」
 ガ 「かっこつけないの。自分の写真が欲しくないわけないさ」
で、せっかくだから撮ってもらいましたわ。
 
前にも書きましたが、自分を写すかどうかは、意見の分かれるところではありますわね。
 
さて、シドニーでは、オースティンマー・ビーチの辺りもそうだけど、こんな感じの小さなビーチがいくつも隣接しているの。一つ一つに名前がついていていてね。大変眺めの良いドライブルートでした。
 
走りながらGさんに面白い話をたくさん聞かせてもらいました。学生時代、大学のキャンパスでメル・ギブソンを見たことがあるとか。めっちゃハンサムだったそうです。オーストラリアには、国営の演劇学校があるんですよね。オーストラリア国立演劇学院。役者はもちろん、照明とか演出とか、とにかく映画・舞台を問わず演劇に関するすべてのコースがある。メル・ギブソンのほか、ケイト・ブランシェット、ヒューゴ・ウィーヴィングなど、そうそうたるメンバーがここを巣立っております。国立ってとこが素晴らしい。
 
さて、上の地図の一番南にあるクッジー・ビーチのすぐ隣にあるランドウィックでGさんにお昼をご馳走になりました。Gさんが子供のころから通っているという中華料理屋さん。
 
牛肉の炒めものとチャーハン、美味しかったー! 飲み物はもちろんライム・レモン&ビター。
 
デザートはマンゴープリン。
 
スーパーマーケットにも寄りまして、そこで印象的なことがありました。買い物をしていた親子連れが、裸足だったんです。そう言えば、Hさんがオーストラリアに移住したばかりのころにもらったメールに、「裸足で道を歩いている人がいる」とあって、「へー、文化というか、習慣ってやっぱり国によって違うんだな」と思った記憶が…。
 
そして更に南にドライブ。
 
マルブラ・ビーチ。ここも大きいね。
 
更にさらに南に下り、ここはラ・ペルーズです。キャプテン・クックが初めてオーストラリアに上陸したところで、このブイは彼が錨を下した場所を示しているんだって。
 
右に見えるのはベア島。キャプテン・クックが「小さなむき出しの島(a small bare island)」と日誌に書いているそうです。ツアーでないと渡れないらしいよ。1880年代に作られた要塞は、1908年に役目を終えた後、この国で最初の退役軍人施設に活用されたそうな。

 
結婚記念の写真を撮る人気スポットなんだって。ストビューで見ても↓きれいだもんね。この崖がドラマチックだからか、ミッション・インポッシブル2のロケにも使われたって。
 
ところで、ラ・ペルーズと言う地名は、フランスの海軍士官で探検家のラ・ペルーズ伯爵の名前が由来だそうです。この人、蝦夷やサハリンにも来ているんだって。ラ・ペルーズ伯爵の率いる探検隊は1788年にここに到着。先に上陸していたイギリス軍に迎えられ、6週間をここで過ごした後に更なる探検にと出航して、消息を絶ったとのこと。、
 
ラ・ペルーズ伯爵の記念碑。

 

もう一つ人気の結婚記念写真スポット。おそらく1821年か1822年ごろに建てられた塔。


マコーリー見張塔。別名、バラック塔。ランドウィックで一番古い建物だって。何の用途のために建てられたかは不明。マコーリーってのは当時の知事だけど、彼の命令で建てたとする記録もないってさ。最初は軍隊が詰めていて、軍隊が去った後も、遠隔地だったので見張り役が残ったらしい。1831年からは税関として使われ、1868年からは内部に学校もできたそうな。いろいろ増築されたりしていたらしいけど、1950年から文化財となり、1957年の火災を機にほぼ昔の形に修復されたんだって。(一番最初はてっぺんが平だったらしいが)


その後、Gさんのご自宅に及ばれ。マックス君との再会!

 

 

カメラの方を向かせるためにクッキーで釣りましたので、撮影の後はちゃんとご褒美を…。

 

もうひとりお嬢さんがいたのですけど、お名前を忘れてしもうた…

 
ところで、友人Hさんの夫氏Sさんも、Gさんの夫氏も、イタリア系なのです。で、Sさんのおじいさまも、Gさんの夫氏のお父様も、軍人としてエジプトなどに赴任していたんですって。どこかで一緒に働いていたかもしれないねえ。そして、どちらの方も、数ヶ国後を操ったそうですよ。でもSさんのおじいさまは、オーストラリアに移住した際に、「もうこれ以上新しい言葉を習う気はない」と、英語はおぼえなかったって 笑
 

2020/1/2

 

この日は、日本に帰る前にもう一回くらい会いにいらっしゃいと知人Gさんが言ってくれていたので、再度シティへ。お昼を食べる約束です。この日の予定はビーチ巡り(巡るだけ)なので、ボンダイ・ビーチに面した通りで落ち合うことになっておりました。


再度、「ひとりでできるもん」の試練が来たわけです。まあ、電車の乗り換えは教えてもらったし、鉄道アプリもあるし、ボンダイ・ジャンクション駅までは何とかなるでしょう。問題は駅から待ち合わせ場所に行くバスだわ…。私、バスは苦手なんですよ。長距離バスはいいけど、市バスが。

 

が、Sさん「心配ない。ボンダイ・ジャンクション駅で降りたら、他の人についていけばいい。みんなボンダイ・ビーチに行くから」。…この私が、そんな大雑把な認識でいても良いのだろうか…?

 

結果から言うと、大丈夫でした。ほんの少しの例外を除いては、みんなビーチ行きのバスに向かって行ったもの。念のために乗る前に確認はしましたけど、何しろ、駅のホームにいる間にもうシャツを脱いでタオルを首にかける若者がいるくらいでした。気が早いけどわかりやすいな兄ちゃん!助かるわ! 後でSさんにそれを言ったら、「きっと英国人だ」と言っていました。英国人ってそうなのか。


Gさんが連れてきてくれたボンダイ・ビーチの写真スポット。湾を挟んだレイ・オキーフェ保護区から。

 

水に入っている命知らずがおるな。潮の加減とかもよく知っている地元民なのかもしれないけど… 赤と黄色の旗の間の、ライフガードが見ていてくれる場所でないと危ないってば!!

 

 

 

実は私、前の晩にボンダイ・ビーチの予習をしていたの。

 

 

大人気シリーズ、「ボンダイ・レスキュー」。私が見たエピソードでは、若い女性が水に沈みかけているところを助けられていました。浜に連れ戻されてからも、はっきり見えるくらいガタガタ震えて、顔が真っ青で引きつってて。まだ泣く余裕もない感じ。そりゃ、文字通り死ぬところだったんですから。

 

あと、助けられている最中も、サーフボードに乗せられてからもサングラスを握りしめて離さない若い男性がいました。「どんな大事なサングラスなんだ」と笑われそうだけど、きっと本人は握っている自覚もなかったんじゃないかな。パニックになっていて。

 

ハイシーズンだと、1日で300件を超えるレスキューが行われた記録もあるそうな。一人を助けて浜に戻って振り返ると別の人が溺れているといった状況だったと。と言うようなことが書いてあるのがこちら。

ボンダイ・レスキュー2009 RESCUE最前線、ライフガードに迫る

10年も前の記事ですが、参考になるのでどうぞ。『日本人は助けを呼ばず静かに沈んでいく』だって。「迷惑をかけるとか気にしないでいいから、すぐ助けを呼んで」とのこと。言われてみれば私も、オースティンマー・ビーチでうっぷうっぷしてた時、「手を貸しましょうか」と言われて最初は「大丈夫です」って言おうと思ったもんなあ。溺れてはいなかったにしろ、水から出たかったくせに。なんで大丈夫って言っちゃうんだろうね。

 

ボンダイ・ビーチのライフガードは世界でもトップクラスだそうです。レスキューのプロ中のプロですが、技術とは別の問題もある。番組では、新人の若いガードが浜辺で観光客たちに拡声器で移動を呼びかけても全然気にしてもらえない様子を、ユーモラスに映し出しておりました(やめてあげてw)。途中でベテランのガードが「ほら、貸して」と拡声器を受け取って代わりに呼びかけたら、スッと人が動き始めましたよ。声に権威の響きを持たせるのって、やっぱり経験が必要なのかな。

 
シドニー市街に面しているってところが便利だな。

 

Hさんは、結婚する前にボンダイ・ビーチのすぐ近くに住んでいたこともある。で、一度はボンダイ・ビーチで泳いだのですって。けど結構波が荒くてもみくちゃにされて首がおかしくなりかけて、それ以来二度と泳がず、浜で本を読んだりするだけになったそうです。本人曰く「私は山間部で生まれ育ってるし」。
 
一方Gさんは、ボンダイ・ビーチに面した町で生まれた海の子。「生まれて潮に浴(ゆあみ)して 浪を子守の歌と聞き 千里寄せくる海の気を 吸いて童となりにけり」を地で行く人。その後、シティの中でももう少し南の別のビーチに近い地区に引っ越したそうですが、「子供の頃は夏休みになると、起きている間中このビーチで泳いでいた」と笑っていました。ボンダイ・ビーチで「ここに最高に美味しいフィッシュ&チップス屋があったのよー」と懐かしそうに言うそこは、今はカフェになっていましたわ。

 

自分のはあんまりきれいな写真がないのでこれ貼っとくね。

Athena Lao from Cambridge, MA, USA - IMG_1057Uploaded by berichard, CC 表示 2.0, リンクによる

 

 
ところで、バスの話に戻りまして…
 

日本国内でも同じことですが、長距離バスはわかりやすいんですよ。でも都会の街中を巡る路線バスって、ホンットに難しいよね!? 路線が多くて、ルートが細かく分かれていて! 実は先月も京都でバスに乗り間違えたし、去年の秋に広島に遊びに行った際にも間違えたし! 外国でも散々やった。ブカレストで乗り間違えたバスで運ばれた先がどこの村だったのか、未だにわからないや…(面白かったけど)。

 

日本の大都市の市バスは、同じ停留所に複数の路線のバスが来るのが私を混乱させる気がする。アプリを使っていても、時刻通りに来るとは限らない上に次々にバスが来るし、「目的地ではないけど近くまでなら行く(からそこから歩ける)」バスもあるしさ。お目当てのバスをおとなしく10分でも20分でも待てばいいのでしょうけど、私を「これに乗ればいいのでは」と誤解させる何かが、あのシステムの中にあるのだ。だから地元でも市バスを使わないで済む移動ばかり選ぶし、大阪や神戸や京都でも目的地がよほど駅から離れていない限りは市バスには乗らない。きっとバスに慣れないまま生涯を閉じることになる。

 

2020/1/1

 

この日は、帰り道の途中でレストランに寄りました。入口でパスポートを見せて登録した記憶がある。どういう理由だったか忘れちゃったなあ。


【追記】

Hさんから教えてもらいました。

パスポートを見せたのは、このレストランがRSL(退役軍人用慰安施設)内にあり、RSLの決まりで、身分証明提示が必要だからだそうです。


 

面白かったのは、降りた時に「さむっ」と思ったこと。すごく涼しかったんですよ。半袖じゃ肌寒く感じるほどに。キャンベラではフツーに暑かったんだけどな。

 

メニューを見て悩みまくって「お先にどうぞ」と何人かを前に送って、ポークソテーのアップルソースがけとすっごく迷ったのち、ラムを選びました。ラムはいっぺん食べてるけど、日本で食べる機会が少ないのはラムの方だろうし、ミントジェリー添えってとこがさ! ラムとミントは最強の組み合わせよね!

 

そしてレジで小か大かと問われて、「……大!」と答えてしまった。(レジの人は親指を立ててくれた)

 

お肉を大盛りって、この私が! 普段は魚ばかり食べている、肉はせいぜい100gで満足するこの私が! 焼肉でもタン塩と上ミノを少し食べたら冷麺に移行してお終いの今の私が!

 

ちなみに、お肉をあまり食べないのは、お肉が嫌いだからではありません。理由は下記の通り。

① スーパーマーケットでは魚はよく半額まで行くけどお肉は1割引きがせいぜいで、つまり魚の方が安く手に入る

② 我が父が「肉は食べすぎると体に悪い」信者で、週に3日ペースで肉メニューを出していたある日、「背中にできものができた。肉を食べすぎたからだ。肉を使う日を減らしてくれ」と言ってきたから。(ちなみに数年後、親戚と話している時に父は「うちは娘が魚が好きで魚ばかり料理するから、肉はめったに食卓に上がらない」と言いやがりました)

③ 焼肉でも、昔はもっと食ったけど、最近、あまり量が食べられない。

 

さて、これが私の注文したラム大盛りのグレービーソースがけ、ミントジェリー添え!(とビール)

 

一気食いの勢いで完食しちゃったわ。

 

前にも書いたけど、オーストラリアに来て羊肉にハマる日本人は多いらしい。日本だと「羊肉は臭い」と思っている人が少なくないのだとか。きちんと料理すれば臭いなんてことはないので、単に羊肉の香りに慣れていないってだけなのではとも思うのですけどね。「鶏肉は臭くて嫌い」とか「豚肉は香りがダメ」って人もいるくらいだし、それぞれの肉に固有の香りはある。

 

だから、羊が苦手って人が多いのは、料理方法が合わなかっただけかもって思ったりもする。日本だと一般的にはジンギスカンか、インドやパキスタン、ネパールなどの料理屋さんのマトンカレー等くらいでしょう。本当に羊肉の香りが合わない人だけでなく、その料理では羊肉を美味しいと感じられなかったってだけの人が、「羊肉は臭い」と思っちゃうのかも。

 

嬉しいことに日本でも最近どんどん増えている中東や中央アジアのレストランでも、羊肉を堪能できるようになってきましたよね。東京に集中していますけど、メソポタミア、アロヒディン、シルクロード・タリム、ヴァタニム、シリンゴル 等々…。関西ならムカーム、こぺん、スピリット・・・

 

それに、これも前に書いたけど、最近、日本での羊肉の人気が上がっているからサイゼリヤでもラムの串焼きを提供するようになったとか。そして大人気で品切れ続出、一部店舗を除いてはメニューから外されたとか。機は熟しつつある…!

 

でもまだ、中央アジアや中東のレストランのメニューやサイゼリヤのラムの串焼きが人気なのって、既に羊肉が好きになっている人にアピールしている段階だって気もするんだよね。既に羊肉の美味しさに目覚めている人が身近で手軽に羊肉を食べることができるようになったという朗報。

 

だからね、ご新規開拓のためには、こういうメニューもどんどん出したらいいと思うのよね!

 
最近、ウェールズやアイスランドも、積極的に日本で羊肉を宣伝している。羊肉を食べる文化を日本に定着させたいんでしょう。もちろん輸出のためにね。ヨーロッパからなら、この写真みたいにラムソテーのグレイビーがけとか、アイリッシュシチューとか、ラムチョップの香草焼きとか、洋食屋さんで出せそうなメニューも広まっていくのではないかと…。
 
羊肉に塩とクミンをまぶして串焼きにするとか、塩茹でにするとか、そういうモロに肉の味や香りを堪能する系の肉々しいメニューも大好きだけど、そういうメニューにはまだ慣れていない人でも手を出しやすい、洋食っぽいメニューもどんどん食べられるようになってほしいものです。
 
今でも、あることはある。東京にはアイスランドのラム肉専門の、ジンギスカン系ではない羊料理レストランもいくつかある。OZとか、仔羊こだわり屋とか。アイリッシュパブならアイリッシュシチューやラムステーキを出す店もあるし。

 

15年くらい前だっけ。ギネスを買ったので何となく「じゃあ今晩のおかずはアイリッシュシチューに」と羊肉を買おうとしたら、近所のどのスーパーにも売っていなくて、大変驚きました。自分自身もそれまで買おうと思ったことがないのだから、驚くようなことではないのでしょうけど。結局、ちょっとお高いスーパー(いかり)で香草焼き用の骨付き肉を見つけましたが。

 

今ではずっと楽に手に入るようになりました。

 

日本への輸入解禁で注目されるウェールズの極上ラム肉(2019.03.25)

アイスランドラム協会 日本事務所

そして昨年で6回目を迎えた 羊フェスタ などという面白いイベントも。

 

このフェスタのウェブサイトで知ったけど、ラムバサダーって言葉があるんだって。

「LAMB(羊) + AMBASSADOR(大使)を組み合わせた造語。オーストラリアの食肉生産者集団を代表する組織、MLA豪州食肉家畜生産者事業団によって立ち上げられた、羊肉大使のことを指します」

 

事程左様に、オーストラリアにおいては羊肉が大切な食文化なのでありました。

 

建国記念日には、皆でラムを食べるために外国にいるオーストラリア人は帰国せねばならぬ。

 

これが昨年のCM。

 

 
余談ですが、私がこの日ラムを堪能した翌週、このレストランがある一帯に森林火災が迫り、避難指示が出されたそうです。あのレストランが避難場所に指定されたんだって。大きなレストランですが、人がいっぱいで入りきれず、ほかの施設に回った人たちもいたそうです。

 

2020/01/01

 

国会議事堂の見学ツアーの時間待ちの間に、お向かいにある旧国会議事堂の見学をしてくることになりました。

 

国会議事堂から旧国会議事堂を見た図。距離は650メートルとのことです。

 

こうなるはずだったんですがw  (Googleから

 

手前の池の周りのモザイクはアボリジニの伝統的意匠だそうです。

 

で、これがアップで見た旧国会議事堂。背景と同じ色だから保護色になって余計見えにくいのかも。

 

いや、建物ももっと白いのかも…。 By Bidgee - Own work, CC BY-SA 3.0, Link

 

クラシカルで良いねえ。1927年から1988年まで使われていたんだって。たった60年かー。

 

新庁舎の大理石の階段もいいけど、こっちの木造階段もいい~!

 

階段を上がったところにあるのが、英国王ジョージ5世像が設置されている「王の間」。

 

ジョージ5世の在位は1910年~1936年だから、この国会議事堂ができた頃の王様なわけだ。オーストラリアは事実上は英国から独立しているけど、形式上は英連邦王国の一員です。ニュージーランドやカナダ、ジャマイカ等と同じね。

 

これは廊下のあちこちにあるランプ付き時計。休憩時間中、再開5分前になるとアラームが鳴って皆に戻るよう促したそうです。赤ランプが点いちゃったら議場のドアは閉じられ、もう入れてもらえません。

 

 

これは上院の議場か。この男性がツアーガイドさんです。ガイドさんなら顔出しOKやろう。

 

ここで「質問のある人?」に対し手を挙げたのが、うちのEちゃんです。各席に付いているボタンは何のためのものですか?って。ガイドさん、「よく気が付きましたね。そのボタンで、スタッフを呼ぶことができたんですよ。書類を持ってきてもらったり、コーヒーをお願いしたりね」とのこと。

 

なんでこんなに紫色っぽいだろ、ここの写真。

 

これは確かメールボックスだったと思う。

 

ここは何だったっけ~。大統領執務室のすぐ近くの部屋だったと思うが。

 

この部屋での「質問のある人?」には、Eちゃんより3、4歳ほど年上と見られる女の子が挙手しました。で、質問は「各席に付いているボタンは何のためのものですか?」   ………それ、さっきうちのEちゃんが聞いた質問と全く同じやんw あなた、さっきの部屋にも一緒にいたやんw でもガイドさんはそつなく「いい質問ですね。このボタンは」と、ほぼ同じ内容の回答を、言葉を変えて伝えていました。さすがの応用力です。

 

で、うちのEちゃんも新たに、ガイドさんの後ろに並んでいる本について質問していました。(答えは丸っと忘れましたw) ひいき目抜きで、うちのEちゃんはかなりインテリジェントです。

 

こちら、大統領執務室です。「おそらく世界で唯一、窓に背を向けている大統領席」とのこと。なんでかというと、外がひたすら続くだだっ広い空き地で、角度的に狙撃できないらしいw

 

他にも、当時実際に使われていた職員のオフィスがたくさん、当時の様子を再現して展示してあったよ。これがタイムスリップみたいで面白かった! 全然写真を撮ってないの、今にして思うと残念だw 連れがいるとお喋りしながら見て回るから、つい写真を撮るのを忘れちゃうんだよねえ。

 

エクスペディアから借りちゃった…、ぜひ、リンク先のエクスペディアのページへ!

 

学生時代、必死にタイプライターでタイプの練習したっけなあ。電動タイプライターが出た時は「おー」って思ったけど、結局、学生のうちにタイプライターの時代は終わり、ワープロに切り替わった。そして社会人になったら既にPCの時代だった。今みたいに一人一台なんてなくて、順番で使ってたけどね。

 

「この通路はどこに繋がってるのかな?あれ、階段があるね…」 とか上っていった先には、下院の議場を見下ろすテラスみたいな場所に出たよ。

 

各席に電話がついていた。秘書とかが控えている場所かしら???

 

他にも、この国の歴史や民主主義についての展示がありました。ここは今では民主主義博物館という名称ですのでね。

 

お手洗いも良い感じだ。クラシックと言うほどではないのかもしれんけど、最先端の建物にありがちなピカピカでのっぺりした無機質さからは離れたデザインです。

 

ここにもカフェがあって、時間があればお茶の一杯でも飲みたいところでしたが、この後は現役の方の国会議事堂のツアーに参加することになっていたので、無理でした。現役の方の国会議事堂のカフェに比べたらシンプルで、簡単なものしか出さないようでしたけど、雰囲気はこっちの方がいいよね~。

 

この旧国会議事堂が使われなくなって今の国会議事堂に移転したのは、手狭になったからとのこと。見てみると、むしろ「なぜこれで事足りると思ったんだ?」ってくらいでした。もちろん、建物としては大きいんですけど、オーストラリアの国会議事堂としては小さいのではって気がする。

 

2020/1/1

 

元日はキャンベラの国会議事堂の見学に連れて行ってもらいました。

 

いきなり余談ですが、友人夫妻宅に滞在中、私はいつも朝食にミルクティーとマフィンをいただいておりました。このマフィンは夫氏Sさんのお母様のお手製。たっぷり焼いて持ってきてくれたので冷凍保存してあるとのこと。それをレンチンして朝ごはんに。しっとりした美味しいマフィンでしたわ。お菓子を作らない私としては、お店で売れるようなお菓子を作れる人って不思議…。(市販品では有り得ないほど豪勢にフルーツ入ってたし)

 

さて、この日もまた、まずはカフェでダブルエスプレッソを買ってもらいました。カフェは元旦からやってるんだな。……けど、やっぱり大抵のお店は元旦は閉めているんだって。と言う話をしていたら、マクドナルドが開いているのが目に入りまして。やっぱりファストフードは年中無休か。

 

ワタクシのiPhoneでEちゃんが撮影した、運転するダディと助手席のマミー。

 

燃えちゃった木。(これは私の撮影です)

 

何が撮りたかったのか記憶にない写真。Sさんが以前に野生のカンガルーを見たと言っていたっけ。それがここら辺だったのかな。木がめっちゃ斜めに生えてるのは風が強いせい?

 

上記のような風景が延々と続き、窓の外はさほど変化がないため、Eちゃんが幻獣を操る様子を10本くらい動画撮影して暇つぶししました。この幻獣、フワフワの毛が生えた紫色のぬいぐるみで、腕に軽く叩きつけると巻き付くようになっている。後で調べたところスラップ・ブレスレットと言うそうです。日本ではパッチンブレスという名称も広まっているらしい。両方とも「なるほど」なネーミング。

 

こういうやつね。こちらのサイトから拝借。「80年代風」て書いてあるけど、こんなの流行ったっけ?

 

で、キャンベラに到着いたしましたが、煙ってる、煙ってる…。ベージュの闇に突き進みながらSさんが「普段ならこの道を走っているうちに正面に国会議事堂が見えてくるんだよ」と残念そうに言っていました。

 

宇宙船みたいなデザインがかっこいい。4500もの部屋がある、巨大建造物なのだ。突き出している国旗ポールは101メートルもあるそうだよ。


 

キャンベラは集落が発展して都市になったわけではなく、「ここに新しく街を作る」と決めて設計された、完全に計画的に作られた町です。だから、町を象徴する建造物である国会議事堂は周りからすぐ目に入るように、特に外部から来た人が必ずまっすぐ前に見ることになるように計算されている。

 

こんな風に。(丸いところにあるのが国会議事堂)

 

その大いなる設計による演出も、煙が立ち込めていたら力を発揮できないのであった。

 

なんで計画的に都市が作られたかと言うと、オーストラリアが国として独立する際、首都をどこにするかで、2大パワーであるシドニーとメルボルンがお互いに譲らなかったから。で、真ん中辺の土地に新しい街を作って首都にしたという…。

 

 

なんか、グラスゴーの人たちがウォレスの記念塔を建てようとしてエディンバラの人が「はあ?建てるんならエディンバラだろ」と横槍を入れて、グラスゴーの人が「はあ?こっちが始めた計画に口出すなや」と言い返して、事を収めるために両市から同じくらいの距離にあるスターリングの郊外に建てたって話を思い出しました。(ウォレス・モニュメントのお話はこちら

 

オーストラリアの国章。カンガルーとエミュー、どちらも前進しても後退はしない(できない)生き物です。

 

入口の壁の下の方にもあった。

 

地下の巨大駐車場も、この日は割と空いていた模様。やっぱり森林火災の影響があるのかなあ。観光客が減っているとのことでしたから。

 

入館して、次のツアーの時間までまだ間があったのでカフェテリアで先にお昼。ローストビーフ・サンドウィッチを注文。日本ならまず頼まないメニューだわ。期待を外さず美味でした。

 

が! ツアーの時間に行ってみたら、満員だと言われてしまった。定員制だから予約しないとダメだって。それならそうと、ツアーの時間を尋ねた時に教えておいてよ…。

 

仕方がないのでそのまた次のツアーを予約して、先に旧国会議事堂を見に行きました。が、ややこしいので、この記事では先に現役の国会議事堂の話を書いてしまおう。

 

なりきり偉人コーナーでお約束の写真を…。ビアラオのTシャツでは今イチ貫禄が出ませんな。

 

英国の植民地だったので、オーストラリアも議員さんはカツラをかぶっていた。てゆか、今でもかぶってるよとSさんが言ってはりました。上院だけかしら?

 

アボリジニの方々への、国家としての謝罪の文書。

 

ここが議事堂の中心、議員ホール。この屋根の上に国旗ポールが聳え立っている。

 

水は動いていないのに、水が流れる音だけが聞こえる不思議さよ。(少し位置を変えて見たらカラクリがわかりましたが)(てゆか、この写真でも注意深く見ればわかる人がいるかな)

 

上2つの写真は同じ場所でして、壁には歴代の総督や首相の肖像画がずらりと並んでいます。首相のお一人は任期中に日課の海水浴に出かけたまま戻らなかったと聞いて「ひえええ」ってなりました。泳いでいる最中に心臓発作を起こしたか、サメに襲われたかだろうって。ひえええ。

 

大ホールにある巨大タペストリーは13人がかりで2年かかったって。オーストラリアの森林を表現。

 

本当は上院・下院の議場にも入れるはずなんですけど、この日は煙がひどいからと閉鎖されていました。匂いが付いたらいけないからかなと思ったんですが(屋内でも煙の匂いがしていたから)、一番厳重に警戒されている区域だろうから、火災報知器が敏感に異常を捉えてしまうからかも、との意見も。一旦警報が鳴ったら屋内にいる人間は全員が即刻屋外退避するのが法律で決まっているんだって。

 

定番の全体模型はなんとレゴで作ってあったよ!

 

芝刈り機に追い立てられる動物たち。可愛い。

 

カフェテリアで寛ぐ人々とフライパンでカモメを追い払うシェフ。

 

お巡りさんとお仕事中のワンコと、飼い主さんにホットドッグをもらっているワンコ。可愛い。

 

48本の大理石の柱が並ぶロビー。

 

緑の大理石はイタリア産で、森林を表している。ピンクの大理石はポルトガル産。床はベルギー産の白大理石と黒い石灰岩です。石灰岩にはたくさんの化石が埋まっておりまして…

 

中でも有名なのが “エビのショーン”。

 

ショーンくんを見つけることができた子は、手にスタンプを押してもらえるよ!

 

Eちゃんと、「 ♪ I found Shawn the Prawn ♪」と何となく韻を踏む感じに歌って遊びました。実際にはショーンくんはエビではなく、エビっぽい形のサンゴなんだって。でもショーン・ザ・コーラルじゃ語呂が良くないからショーン・ザ・プロウンと呼ばれるそうな。

 

上の写真でEちゃんが手にしているのは子ども用のブックレット。見学して学んだことを書き込めるようになっているの。たぶんEちゃんにはまだ全部は読めないと思うけど。

 

 

本来は自分なりの都市計画を書く欄なんだけど、その日に見たものを書いておきました。そして見たものの最初が「煙」ってとこが、生々しいのだった…。

 

2019/12/31

 

さて、気温が46℃にもなったのでお庭で飼っているウサギのピーターくんは大丈夫かと皆で心配しておりましたが、風通しの良い小屋の中で元気に過ごしていた模様。お水はお湯と化していたそうですが。

 

涼しいおうちの中に入れてもらい、よく冷えたニンジンをもらっているところ。

 

帰った時間が割と早かったので、晩ごはんまでの時間を、Eちゃんとゲームをして過ごしました。すごろく系のボードゲームや、ジェンカみたいなやつとか、いろいろ。クリスマスにもらったばかりだというモノポリージュニアが今Eちゃんの一番のお気に入りだって。私、モノポリーで遊んだの初めてなんだ。不動産投資って難しいね!

 

あと、「Guess Who(貴方は誰?)」ってゲームがありまして、これがなかなか面白かった。札の中から「自分が誰か」を決め、顔のついたカードの背を相手に向けて立てて、質問して絞り込んでいく。質問は5回まで。1~3回目までは「男の子ですか?」とかの絞り込みの質問で、4・5回目は「ジョンでしょう?」とか、名指しで当てていく。24人いるけど、性別と肌の色を聞くだけで25%くらいまで絞り込めるw 

 

写真はこちらのサイトから拝借しました。

 

この日の晩ごはんは、Hさんが和食にしてくれました。散らし寿司に…

 

豚のしゃぶしゃぶ…

 

そして年越しそば!

 

Eちゃんは海苔が大好きなのだそうです。渋いわね。本当はお土産に海苔を持っていくはずだったんですが、空港で買おうと思っていたら見当たらなかったのだ。海苔くらいは食品売り場にあると思っていたわ。準備はぎりぎりにしてはいけませんね。

 

しかしこんなことなら、最近めちゃくちゃお気に入りの(有)いずし麺業のさらそばを持っていけば良かった。お蕎麦ももちろん美味しいし、なんとなくスモーキーな香りのするつゆがまた美味しくってねえ。お米の代わりに毎日お蕎麦を食べてもいいと思うくらいハマっている。皆にも食べてもらいたいものです。次の時には持っていこう。

 

この出石そばは知人から季節のご挨拶として何度か頂戴したものなの。ある日、私がその人を数年来の知り合いのように語っていたら、別の人から「ようめさん、まだ彼と初めて会って1年ちょっとだよ」と指摘されまして。思わず記憶を辿って確認したよね…。「もらったお蕎麦が好きすぎて記憶が改変されているのでは」と言われました。楽しい記憶は何度も反芻するので印象が更新され続けて、結果、昔のことを昨日のことのように思い出せる… と心理学の授業で習いましたが、最近のことを昔のことのように思い込むパターンもあるのだろうか。

 
話を出石からオーストラリアに戻しまして…
 
ところで、前にも書きました通りSさんとEちゃんは朝型なので夜も早く寝ます。しかしHさんは私と同じく夜型です。まずEちゃんをSさんが寝かしつけて、次にSさんがオヤスミーと寝室に消えた後、Hさんと私がソファでつけっぱなしのテレビを眺めながら深夜までお喋りするというパターンが出来上がりました。
 
念のために現代の最新情報を載せておきますね! 「朝型・夜型は単なる生活習慣。早寝早起きの癖をつければ誰でも朝型になれる」と思い込んでいる方々への啓発の意を込めて!

Genome-wide association analyses of chronotype in 697,828 individuals provides insights into circadian rhythms
 

さて、Sさんは、ビールでもワインでも何でも好きに飲んでねと言ってくれていまして、ではとこの晩に頂戴したのがこちらのワイン。開栓して4日目だとのことでしたが、めっちゃ美味しかった。


 

あまりにも美味しかったのでお土産に1本買って持って帰ったよ。14ドルとお手ごろ価格。1000円くらいでこれが飲めちゃうのは素晴らしいな!

 

ちなみにこのワインのラベルには騎士道と高潔さを身に着けるための手ほどきが印刷されています。このラベルは「その3:避けるべき話題」。「紳士たるもの、避けるべきは宗教の話に政治の話。殊に、宗教じみた政治の話や政治じみた宗教の話は避けるべきである。紳士とはこのような刺々しい話題を回避して会話を操る達人なのである」  後に酒屋さんで確認したところ、確か、「その10」まではあったような。

 

 

この日は大晦日でしたので、つけっぱなしのテレビから流れてくるのはシドニーからのニューイヤーズ・イブとカウントダウンのための特番の生中継です。著名人を集合させて懐メロを歌わせて、その間に募金を募るというのは、どこの国も変わらんようです。Sさんも寝支度の合間に「あれ、この人出てるの」とか「この歌、本人?」とか言ってました。

 

シドニーの年越しの花火は、開催を反対する人も多かったようです。森林火災で人間にも動植物にも甚大な被害が出ている真っ最中に何を浮かれているのかという非難が飛んだ。そんなお金があるなら被災地に回してもらおうという署名には26万を超える人が賛同した。でも、15ヶ月も前から準備が進められているイベントですから、650万ドル(約4億9600万円) の費用のほとんどは支払い済み。直前にキャンセルしても被災地にはお金を回すことはできません。それに、このシドニーの花火は世界的に有名で、世界中から集まる観光客が落としていくお金は1億3000万ドル(約99億円)にも上るとのこと。

 

 

テレビで見ていただけですけど、すごかったわー! こりゃ全世界から人が集まるのもわかるわ。個人的には、ハーバーブリッジから水平方向に発射される花火が印象に残りました。そうか、海の上だから水平発射もありなんだ。たくさんのクルーズ船が出ていましたけど、入っちゃいけない水域の通達を事前に受け取ってるんだろうね。「ここまでは火が飛ぶから」って。

 

花火の後は、ミュージッククリップが次々に流れ始めましたが、これがなぜか70年代~90年代前半くらいの曲ばかりで。私やHさんにはツボなんですけど、なぜあの年代に特化していたのだろうか? もしかしたら、そこから始まって段々に年代が新しくなっていったのかもしれんけど、寝てしまったのでわからない。