砂場

本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。


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あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)
長谷 敏司
早川書房
売り上げランキング: 37784


死を真正面から描いたSF小説。実験のためにつくりだした人工知能に小説を書かせる主人公。同時に、脳を改変する研究をしていくなかで、自らの余命が短いことをする。自らの脳神経を操作することによって、病の苦痛・死の恐怖に立ち向かうが……。

死を前にして悟りを開くということなど、まったくなく、どこまでも身勝手に悪あがきを続ける主人公に、なかなか感情移入はしづらい。人間よりも、実験のためだけにつくられた人工知能のほうが、感情移入しやすいという矛盾。生まれるからには誰かの「役に立ちたい」と思う人工知能。とにかく「苦しみたくない」「死にたくない」と回りの迷惑を顧みず、無謀な実験に突き進んでいく主人公。

そして、脳をどこまで改変しても自分は自分でいられるのかという問題も大きなテーマになる。痛みを取り去ることは許されても、死への恐怖を取り去ることはどうなのか。そこに明確なボーダーラインはないとしても、あきらかに超えてはいけない一線はあるように思える。

激痛に苦しみ、死の恐怖に怯え、それを克服できない現状に苛立ち、怒り、泣く。主人公にはどこにも救いが無い。死を前にして人はいかに無力かということが、どこまでも描かれていく。そのどうしようもない絶望を描きながらも、その事実を克明に徹底的に描くことで、全ての正面から受け止めている。

この小説を今回の本屋大賞一次投票に投票しております。
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マーティン・ドレスラーの夢 (白水Uブックス)
スティーヴン ミルハウザー
白水社
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柴田元幸訳。ピュリツァー賞受賞。

街の小さな葉巻屋の息子がホテル王として活躍するさまを、アメリカン・ドリームとして描きながらも、「夢=成功」ではなく「夢=夢」であるということをイマジネーション豊かな寓話的物語として読ませる内容になっている。

アメリカン・ドリームではなくとも、人生のなかで大切とされるのは「仕事」「結婚」。この2つを軸として物語は展開していく。

仕事。ストーリー仕立ては、日本でいうと松下幸之助であったり、今なら孫正義のような、自らの才覚だけで出世街道を駆け上がっていくのだが、そこに寓話的で幻想的な要素をふんだんに盛り込んである。それは主人公が思い描くホテルというものが、ただ利益を生み出す手段ではなく、ホテルのなかに世界をつくろうとするから。増築を繰り返し、そこに木や川などの自然も取り込み、客室も迷路のようなフロアにあり、何に出会うか起こるかわからない空間が演出されていく。ホテルという限られた空間に「世界」という現実をどこまでも取り込もうという試み。現実に現実を過剰に詰め込むと、それは幻想になるという逆説は、この物語の中心となる要素だ。

結婚。主人公は偶然知り合った姉妹と仲良くなり、美人だが気難しく夢見がちな姉と結婚するが、ビジネスパートナーとして優秀な妹とばかり行動を共にして、妻とは疎遠な関係になっていく。ここでも現実と夢が交錯する。現実に良好な関係が結べる女性には恋愛感情は抱かず、手の中をすりぬけてしまうような幻想的な存在の女性に心惹かれる。「恋愛=幻想」と「結婚=現実」という対立にさらに複雑な要素が絡んでくる。ビジネスではそれなりの成果をあげる主人公は、女性に対しては深い悩みを抱え込んでいく。

現実と夢。一般的には夢を実現させれば、それが成功であり幸福だと考えられる。だがここでは、夢を追い求め、夢を手にすることが、成功には繋がらない。夢は限りなく、現実には限りがある。だから夢は必ず挫折する。「信じれば夢は叶う」という人にぜひ読んで欲しい物語だ。夢は叶う直前に、夢ではなくなる。

けれど、それは決して不幸なことではなかった。幻想を求めて生きたようなその人生が、誰よりも充実したものであったということ。「もっと現実をみろ」という人にもぜひ読んで欲しい物語だ。「現実と夢」人はそのふたつが重なり合った世界を生きている。
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ビッチマグネット
ビッチマグネット
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舞城王太郎
新潮社
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メタ視点で自分を見すぎて時々混乱気味になるが、通常はいたって真面目で冷静な分析ができる姉が主人公。ビッチな彼女に振り回される弟との超仲良しな関係を縦軸、浮気をして家をでた父親を自分のなかでどう受け入れるかを横軸として描いた青春・家族小説。

全体を通して会話文が多く、何があったか、何が起こったかということより、主人公が何を思ったかということに多くのページが費やされる。それは、現実というのは自分が現状をどう認識するかという「言葉」の問題であるということ。だから何かの出来事が主人公を成長させるのではなく、主人公が思うこと=言葉を積み重ねることがそのまま主人公の成長ということになる。父親の不倫とか自分の失恋とか弟が騙されるとか、さまざまな要因はある。けれど、それをどう捉えるかという「言葉」の選び方によって、主人公の物語=人生が描かれていく。

今までの舞城作品と比べると、いたって普通の家族小説だ。過激で暴走する物語が特徴だったのに、何の変哲もない道具立て。だからこそ派手な展開に目を奪われて見落としがちな舞城王太郎が本来の魅力「文体」の力強さがよくわかる。どういう物語を書くかではなく、物語をどう書くか。この語り口の妙こそ、小説の醍醐味だ。
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SOSの猿
SOSの猿
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伊坂 幸太郎
中央公論新社 (2009-11-26)
売り上げランキング: 354

救急車が通るだけで「誰かがどこかで痛いと泣いている」と胸を痛めてしまう主人公。学生の頃に留学したイタリアで偶然にもエクソシストの助手を務めたことから、家電販売員のかたわら副業としてエクソシストをすることになる。幼馴染のお姉さんの依頼により、引きこもりの青年とかかわることになる。

平行して、ちょっと仰々しい口調で語られる物語。こちらは、株取引の入力ミスによって300億近い損害が起きた事故原因を究明することとなったサラリーマンが主役。全てを現実的・論理的に考えるクールな男。ときおり西遊記の物語が入り混じったような幻想的な世界に巻き込まれるが、それも何かの錯覚だろうと現実的に受け止めてしまう論理的人間。

感傷的にくよくよ悩む男と、論理的に全てを割り切る男。ファンタジー的な要素も交えつつ、「悪といかに戦うか」という最近の伊坂のテーマをまた違った角度から描いていく。伏線や洒落た会話・警句などは少なめで、特徴的な語り口や物語の構造自体をテーマに繋げていくなど、どうやら伊坂は「モダンタイムス」以降あきらかに別ステージに入ったような印象を受ける。旧来の伏線や洒落た会話が好きなファンには申し訳ないが、僕は今の路線はかなり好きなので、このまま突っ走って欲しいと思う。
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アンダルシアの肩かけ
エルサ・モランテ
河出書房新社
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20世紀イタリア最大の作家らしい。タブッキ(こちらもイタリア)に似ているようなと思ったら、やっぱり須賀敦子さんも好きだったそうな。カフカ的な不条理世界に近く、現実と幻想が繋がっていく。

どこか社会に適応できない人たち。彼らは現実と折り合いを欠いたまま、非現実の世界へと流れ込んでいく。そこには救いはない。人間は誰もが現実&非現実の世界を生きているということ。現実と夢が入り混じり、夢と夢が折り重なり、幻想が現実に打ち砕かれ、現実が非現実に支えられる。

三人称で書かれながらも、語り手は意思があるような奔放な口調で、やがてそのまま登場人物の意識のなかまで描きだす。主観と客観の区別も消えるその語りが、現実と虚構を描く物語とあいまって魔術的な効果を生みだしていく。ここには、小説でしか描けない世界、小説でしか味わえない魅力が溢れている。
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