理由は、簡単なものから複雑なものまである。
◎労働人口の減少
◎会社が多すぎる
◎低待遇
◎従業員となりうる世代を理解できていない
◎政治も絡む(主婦の仕事と税金バランス)
などだ。
労働人口の減少や政治絡みも対策を講じようと思っても一筋縄ではいかないだろう。
でも、それ以上に理解しなくてはならないのは、
◎会社が多すぎる
◎低待遇
◎従業員となりうる世代を理解できていない
ということだ。
待遇でいえば、◎生活って大変すぎる。/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10067963320.html の通りだ。但し、現在は、更に物価高、原油高、株安や世界の景気低迷や政治の失策による様々な状況で国民生活は逼迫している。
それを考えると巷に流れる求人募集の賃金は、アルバイトにしろ、パートにしろ、契約社員にしろ、派遣社員にしろ、社員にしろ安すぎる。
それでなんで来ないんだろう?と頭を抱えている人がいるとすれば、呆れてモノも言えない。
また、さらに非正社員を構成する人々の変遷が見えてないのではないだろうか。
アルバイトといえば、仕送りや実家から通う学生というスタイルから今は大きく変わってきている。
それがわかれば、そんな低賃金で募集してくるわけないということが容易に想像できる。
生活を捨ててでもやってみたいと思うようなところならともかく、そんな事はまず有り得ない。
要するに調子が良すぎる企業が多いということだ。
逆にそうでないと雇えない実情があるのだとしたら、努力が足りない、努力しても無理なら、雇うことはあきらめるしかない。
雇わないと成り立たないなら、存在することができないということだから、淘汰されて然るべきである。
これまでの経済を肯定するために、存在意義があろうが、なかろうが、やたらと企業が増殖した。
その結果、元々存在意義がない企業体が生き残ることができないという現実を直視しなくてはならない。
そこに働く人にとっては、その会社がなくなることは死活問題ということになるだろうけど、社会からしてその会社がなくなったからといってさして影響ないというところが多いのではないかということだ。
その視点である時点でバッサリ合理的に集約してしまったら、実際数えるほどしか残らないのではないだろうか?
戦後日本の復興は目覚しいものがあった。
焼け野原からひもじい生活を余儀なくされた団塊の世代を含む以前の人たち。
集団就職などで地方から都心に労働力が集中し、中卒の人々は金の卵ともてはやされた。
核家族化のはじまりだ。
団塊世代の親世代が政界、経済界のトップを勤めていたとき、
「そうは言ってもみんな大変なんだ」
という気持ちと気概で団塊の世代が頑張った結果だ。
でも、団塊ジュニア時代は、そうした共通の認識はない時代だ。
団塊世代のおかげで豊かになり始めた頃に生まれたジュニア。
多様な思考や多様な行動が出てきた団塊ジュニアの時代。
まだまだ団塊世代には、気合だ!根性だ!仕事が優先だ!会社の為に働いて何ぼだ!金は後からついてくる!ガタガタ抜かしてないで働け!
という空気が蔓延していて、外資の流入が始まり、そこから脱皮しはじめている時期でもあった。
この時代錯誤に気づかなかった経済界は、団塊世代は、団塊ジュニアとの間に大きな溝を作った。
その後、外資やITの台頭で団塊世代は、自分の子世代であるジュニアたちに先を越される運命を辿ることも増え、年功序列が崩れた。
これまで時代錯誤な怒号を飛ばし続けてきた代償に団塊世代は、会社でも家庭でも良くも悪くも地位が低下してしまった。
逆に言うと家庭内で亭主以外の地位が上がった。
このため、知らず知らずに父は子に弱くなり、妻はかわいい子のいうことを聞き、父さえも説得し、甘え構造を生むこととなる。
若い世代がトップになるような時代になり、若い世代は、昔のように年長の大人から低姿勢で学ぶという姿が減り、学ぶにしても立場が逆転した中で上から目線で学ぶことも少なくない。
ここで団塊ジュニアの勘違いも始まる。
親をないがしろにする団塊ジュニアが激増した。妻も「亭主元気で留守がいい」というフレーズが的を射て心地よく感じていた。
さらに女性の社会進出も時を隔てながらも同時進行で実現しはじめていた。
こうして晩婚化も進んだ。
核家族化している上、女性が社会で活躍して家庭に収まるという概念が薄れ、既に家庭に収まっていた人々も亭主元気で留守がいい時代には、たとえ結婚して子作りをしても面倒を見てもらえる人がいない。
それ以前に結婚すると仕事が犠牲になるという女性が増えた。
産休制度など対応の遅れも致命的だった。
今でも体裁上、産休制度があっても取れない、取ると白い目で見られるところが多い。
休むのは悪だ。なんていってるあなたが悪だ。
スローライフという言葉も形骸化している日本では、「ワーク」&ライフバランスなどと言っているけど、「ライフ」&ワークバランスにした方がいいだろう。
ライフ優先だ。それくらいしても日本ではまともに浸透しないのだから。それくらい先見の銘がないのだから。
人は生活の為に仕事をしているのであって、仕事をする為に生活しているわけではない。
日本の政界も経済界もこれを逆に考えるから話がおかしくなる。
勘違い甚だしいけど、経済社会に生きていかなくてはならないとしたら働かなくてはならないので、そんなおかしな社会で過剰なストレスを抱えながら生きている人が多い。
そんなストレスを課される状況をわかっててもやらざるを得ない状態に置かれている。
そんなマイナス心理の中で仕事に取り組んでも、全体としてプラスにならない、プラスが小さい。
長い目で見ると、そんなおかしな環境で長年勤め上げることができる人が減る。
プラスが小さい上に損失が大きいのだから、長い目でみると大損害だ。
逆にいうと、自然とプラス心理になるような環境なら全体としてプラスは一段と大きくなる。
これを日本の経済界はさっぱり理解できない無駄な頑固者なわけだ。
政界はもしかしたら、自分たちの失態をさておいて、ゆとり教育で失敗したから、社会にゆとりをもたらすことをためらうかもしれないが、そうだとしたら、それも大間違いだ。◎木下優樹菜の日テレ太田総理での発言は正論/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10089542855.html
団塊世代がジュニアに先を越されたのとはまた別に男性が女性に先を越される状況も目立ってきた。
こうして実力主義が台頭する。
でも、この実力を把握、評価できる人々が余りに少なかった。
政界と似たように経済界には、「ごますり」などによる「えこひいき」、「Yesマン」などが地位を高めていく現状に変わりがないことも多く、管理職に勘違いさんが続出した。
勘違いさんたちは、そもそも勘違いしているので周囲と折り合いがつくわけがない。
でも経営陣からすると勘違いさんは、経営陣に対しては勘違いしていないので、経営陣に言われるままに下流に押し付けるようになる。
経営陣としては、こうした勘違いさんたちは、便利な使い走り、いわゆる「パシリ」としてうってつけだった。
そしてこの「パシリ」たちの中には、「ほんの少しだけ、あれ?もしかしてなんとなくおかしい?・・・かもしれない?」との思いが遅まきながら芽生える人も出てきた。
さすがに勘違いさんたちも、なんだか、部下から言われていることも一理あるような気がしてきたわけだ。
そこで勘違いさんたちは、経営陣と部下の板ばさみとなる。
要するに勘違いさんにとっては後の祭り。
そして、世の部下たちにとっては、不遇の世界が蔓延することとなる。
このため、◎現代日本経済の5つの弊害/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10079839112.html が生まれた。
そうこうしている間に団塊ジュニアのジュニアが社会人になり始めている。
ここ数年、3年程度で辞めてしまう、転職してしまう人が増加していた。
今年は、傾向が異なるようだ。
世界的な不景気と日本の政治の醜態と経済界のエゴが渦巻く世の中を背景に、将来に不安を感じた世代が、「終身雇用」を求め、「年功序列」も仕方なしという逆転傾向が表れ始めている。
政治の怠慢と経済のエゴにまんまと呑み込まれた形だ。
ただ、この団塊ジュニアジュニアたちは、そうした世相に沿って、団塊ジュニアのように超高級志向、とにかく金、金!という感覚ではなく、質素な気質を持った世代のようだ。
私の周囲を見渡しても確かにそれはある気がする。
でも、一方で「常識はずれ」「利己的」「無関心」「マナー、躾の欠如」が多い気もする。
自分のことはさておいて、他人のことが気になってしまうというタイプもいる。
要するに説得力の欠片もないタイプだ。
主張はあるんだけど、言ってることも尤もな事も多いんだけど、肝心な自分自身の実行が伴っていないタイプ。
それをやんわり指摘しても、さっぱり気づかず変わらない。
言葉の変化も著しい。
言語は文化という捉え方もある。
最近は、今の「ギャル言葉」や「ギャル男言葉」まで拡大解釈されて文化と捉える。
文化には違いないけど、後世に語り継がれて然るべきだけど、今もてはやすのは違うだろう。
日本のアメリカかぶれとしか言いようのないような短縮言葉も多い。
「KY」「SKY」、「空気が読めない」「スペシャル空気が読めない」・・・
それを誰の前でも使ってしまう若者、、よっぽど「空気が読めていない」
テレビでも本音か役作りか「バカキャラ」をもてはやす時代。
経済界も流行っていれば、それに乗れれば、なんでもありだ。
パチンコ台、消費者金融が異常繁殖しているCMにしても、節度がなくなっている気がする。
◎18歳成人議論/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10072700951.html
◎広告に見る経済の歪み/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10078299782.html
◎メディアに見る地に落ちた日本経済/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10087926718.html
◎芸能界とメディアと公務員にメス/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10079854340.html
出尽くした感もあり、次の策がないとも言える。
グローバル経済にも乗り切れない日本。
美味しいとこ取り、それによる弊害はシャットアウト。
それも考え方によってはありだけど、その弊害のシャットアウトが仇となる事も考えずに。
◎法人格の同属経営は同族経営と同じ事/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10086362385.html
こうした時代錯誤から生まれた弊害を是正するためには、
◎公務員と関連職員以外の国民の生活レベルアップと消費者生活の安心向上
◎経済社会の歪の排除
◎政治の正常化、良心に基づく政治運営
が急務だろう。
でも、経済社会の歪は、なかなか是正できないのではないか?
◎経済社会の不平等は必然/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10071417168.html
◎経済の最も醜い汚い一面/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10080114940.html
この仕組みが変わらない限り。この仕組みの中でもバランスを重視しない限り。
幸か不幸か、先進国に根付く資本主義と自由経済、そして競争原理が地球環境を破壊してきた、そして破壊し続けていることから、経済一辺倒という考え方は、大きく軌道修正せざるを得ない状況であり、軌道修正しなければならない。
世界はようやく思い腰を上げ始めた。でもまだまだ遅い。遅れを取り戻すためにも人類が地球で共存できるためにもスピードアップが必要だ。
経済にまみれ、利権にまみれ、金にまみれて猛スピードで市場を食い尽くした人類のその機動力があれば、地球回復、自然回復、生態系回復、食物連鎖回復の道のりもあっという間に実現できるだろう。
それができないとすれば、金銭に囚われない恵み豊かな地球に住み続けたいという欲求ではなく、
金銭に拘る金の亡者とならなければスピードアップできない◎心の渇き/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10080354613.html が蔓延した醜さしかない、◎頭良さそうで頭悪い人類/http://ameblo.jp/soboku-question/entry-10089784803.html だというなら、むしろ一日も速く先進国の人類は滅亡した方がいい。
もしそうなら、それが、世のため人のため、地球のため、自然のため、生態系のため、食物連鎖のためだ。
もしそうなら、それが、腐りきった人類が招いた代償の中に子孫を残さずに済む最良の策だ。