仕事の効率化-(1) | 特許翻訳 A to Z

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1992年5月から、フリーランスで特許翻訳者をしています。

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復刻シリーズです。
前回までは第1回の記事の復刻で、順番どおりなら次は第2回なのですが、付加価値を加える関係で第9回を先に持ってきました。99年秋の記事です。

※小見出しは、99年当時『通訳翻訳ジャーナル』での掲載時に編集部で付けて下さったものをそのまま使います。

 

仕事の効率をいかに高めるか−翻訳者に限らず、仕事をしている人なら誰でも課題として持っていることの1つでしょう。
でも、時間あたりの処理量が増えた分だけ労力や手間が増えていては、本当の意味での効率化とは言えませんね。
あるいは、労力は同じで処理量も増えたけれど品質が悪くなったというのも本末転倒です。
負荷を減らして品質を高め、かつ時間あたりの処理量を増やすのが、理想的な効率化の形ではないでしょうか。
翻訳者であれば、パソコンを有効利用することでこのような理想的な形に近づけることができるのです。
今回はそのためのヒントをいくつかお話します。

 

原稿のデータ化がもたらす翻訳作業の効率化

フリーランスの翻訳者として独立して以来、翻訳会社で役員を兼務していた時期も合わせてかれこれ7年もの間、時には徹夜もやむを得ないというほど仕事の山。
そんな中、歩き始めた下の子の世話や家事に時間を取られる比率が次第に多くなり、おまけに30才を越えて無理がきかなくなったと感じ始めた昨年の秋、仕事のやり方自体を大きく変えてみました。
そしてその結果ですが、試行錯誤を経た後ほぼ半年で、それまでより何倍も効率よく高品質の翻訳文を生み出すことができるようになったのです。
仕事をこなすにつれて辞書を引く回数は大幅に少なくなり、訳語の不統一の問題もなくなりました。
おまけに、仕事をしながら自分専用データベースまで自動的に出来上がってしまうのです。
今ではすっかりこの方法に馴染み、どんなに短い仕事でも他のやり方を使うことはありません。
英文和訳であれば、1日あたり英文10,000ワード以上でも楽に処理できることすらあるからです。

この方法を編み出すきっかけになったのは、翻訳原稿をデータで下さるクライアントさんが出始めたことです。
データだと原稿と翻訳文の両方を同じ画面に表示できるため、紙と画面とを行ったり来たりするよりも効率があがります。
ところが、実際にやってみるとデータ原稿にはさらに多くの利点がありました。
これに気付いてからは、紙で受注したものも全てデータ化してから処理をするようになりました。

原稿のデータ化にはスキャナとOCR(optical character reader)ソフトを使います。
OCRというのは、日本語で光学文字読取と言われているもので、スキャナで読み取った画像データから文字を認識してテキストデータに変換してくれるものです。
専用のOCR装置もありますが、スキャナとOCR用のソフトとを組み合わせる方が手軽かつコスト安です。
ちなみに私はTextBridgeという外国語用のOCRソフトを利用しています。
今や英文OCRは識字率98%以上が当たり前という時代だそうですが、このTextBridgeも抜群の識字率です。
11カ国語対応である上に原稿のレイアウトもそのまま再現してくれるため、英語以外の言語が混在している原稿やレイアウトが複雑な原稿でも大丈夫。
ただ、OCRソフトを利用している人の中にはTextBridgeよりもPrestoというソフトの方が識字率が良いという声もあります。
Prestoはエプソンおよびシャープ製のスキャナでのみ動作する「スキャナ自動濃度調整機能」を持っているため、この2つのメーカーのスキャナではTextBridgeよりも識字率は高いかもしれません。
私はドイツAgfa社のスキャナを使っていて、評価版で試した限りはTextBridgeの方が識字率が上でした。

 

一方、分野によってはOCRを使わなくてもデータ化できることがあります。
私が専門にしている特許の分野では、米国特許明細書のみならず欧州の公開公報や国際公開(PCT)公報、裁判の判例など、仕事の半分以上は民間のデータベースから全文テキストのデータを取得できます。
中には有料のものもありますが、データ化による効率アップを考えると、多少の出費は全く気になりません。
いずれにしても、何らかの方法で原稿をデータ化できればよいわけですから、自分の環境と原稿に最も適した方法でデータ化してみて下さい。


【2016年の目線から】
TextBridgeは、日本国内では「メディアドライブ」という企業が扱っていて、確認できている範囲では56言語までカバーしていました。
メディアドライブは、日本のOCRソフトメーカーとしては老舗の域に入るほど昔からOCRを扱っています。

ただ、現在ではTextBridgeはメディアドライブに見当たらず、海外のダウンロードサイトにまだ残っている形跡があるくらいです。
(代わりに、メディアドライブに58言語対応のOCRが出ています。)

そして私の現在の作業端末に入っているOCRソフトは、「Abbyy Finereader」です。
最新版は48ヶ国の190言語に対応しています。
 

もっとも、翻訳をするときに以前のように用語の一括置換マクロを使うことは皆無に近いほどなくなっているため、OCRの用途も以前とは変わりました。
現在では主に、紙原稿やテキスト化できないPDF原稿での発注時に、作業量の見積をするためにOCRを使っています

おおよそどの程度の文字数なのかということさえわかればよいので、多少の誤認識が混じっても、そのままです。
このため、識字率に対する厳密な感覚は持っていないのですが、見たところ日本語も含めて非常によく拾ってくれています。
優秀なソフトだと思います。

もう一点。
長いあいだ親しんできて、ある意味では自分のトレードマーク的なスタイルにすらなっていたWordの一括置換マクロを使う翻訳を「しなくなった」理由は、私にとっての翻訳の位置づけと目的が、以前とは変わったことによるものです。

もともと、人間とコンピューターが、お互いに得意な部分を役割分担するという「二人三脚」的な考え方をしていましたから、ツールの使い方も、細かいレベルでいえば毎回(ほぼ一案件ごとに)少しずつ違っていました。

納期、分量、内容、発注元、訳文用途など、条件が違えば最適な作業工程も異なるのが普通ですので、そのつど目の前の原文に合った作業工程を考えていましたし、1件「だけの」ために簡単な使い捨てプログラムを書くことも、よくありました。
 

これらはいずれも原文&顧客中心の考え方で、そこに自分の勉強という視点は、入っていません。

それが最近は、仕事をしながら勉強するということを以前より考えるようになり、結果として、用語の一括置換マクロを使わなく(使えなく)なりました。
 

何がどう違うのかということは、復刻記事「原文理解に対する誤解」へのプラスαと合わせて、後日別記事で扱います。


■関連記事
翻訳さんぽみち

  ├原文理解に対する誤解-(1)

  ├原文理解に対する誤解-(2)

  ├原文理解に対する誤解-(3)
  │
  ├仕事の効率化-(1)
  ├仕事の効率化-(2)

  │        └用語一括置換マクロ誕生の舞台裏

  │
  ├「マクロ辞書」の作り方と活用法(1)
  ├「マクロ辞書」の作り方と活用法(2)
  │
  └作業効率化の目的
 


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