特許翻訳 A to Z

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前回からの続きです。

特許権を利用した、先進諸国による伝統医療の「略奪」についての話でした。
逆方向の略奪つまり「インドによる先端医療の略奪」に関するコメントを頂戴しているのですが、この点は後に改めて扱うことにして、ひとまずこのまま進めます。

前回の最後に、日本の知財関連雑誌や新聞では、この話題がほとんど取り上げられていないことに言及しました。
このあたりについて、具体例を示します。

たとえば、国会図書館サーチで「生物多様性 特許」と検索すると、現時点で本が49、記事・論文が9、レファレンス資料1、立法情報161です。

記事・論文でヒットした9件の掲載誌とタイトルをあげると以下のとおりで、知的財産関連は、『発明』と『A.I.P.P.I.』のみでした。
 

・『獨協大学教養諸学研究』 生物多様性保全条約について

・『環境と公害』 環境条約

・『発明』 知財政策と環境の調和に向けて--生物多様性条約と特許法

・『人文社会科学研究』 バイオ特許における生物多様性問題に関する一考察

・『Bio industry』 バイオ産業と生物多様性条約解説シリーズ(8)
特許出願時の出所開示要件にいかに対処すべきか

・『A.I.P.P.I.』 議題159:生物多様性条約を特許法において履行する必要性及び可能性について (AIPPIメルボルン国際総会報告(1))

・『貿易と関税』 第1セッション TRIPS協定と生物多様性条約(バイオ技術と特許を含む) (WTO・TRIPS協定シンポジウム記録 WTOの貿易関連知的所有権(TRIPS)協定の諸問題(1))

・『熱帯農業研究』 食料農業植物遺伝資源条約の標準材料移転契約における金銭的利益配分に関する考察

・『熱帯農業研究』 食料農業植物遺伝資源条約への加入を可能とする条文解釈の提案

 

キーワードを「生物多様性 知的財産」に変更すると若干は記事・論文が増えますが、それでも誤差の範囲です。
「生物多様性」を「アーユルヴェーダ」に置き換えると、1桁になります。

それでは新聞はどうかというと、約150紙誌を全文検索できるG-Searchのデータベースで、「生物多様性 知的財産」がわずか282件。
収録期間は媒体にもよりますが、大手どころは30年分程度は入っています。
ところが、朝日新聞28件、読売新聞14件、毎日新聞8件、産経新聞5件・・・という少なさでした。

そもそも母数が非常に少ないのですが、その中で、「特許」「貿易」「WTO・TRIPS協定」「バイオ」「製薬」といった複数の視点から比較的バランス良く全体を見ているように思えたのが、上述の『人文社会科学研究』に掲載された記事です。

問題の所在として、米国におけるチャクラバティ判決(1980年)やハーバード大によるトランスジェニックマウス特許(1988年)をはじめとする複数の特許をあげた上で、世界の枠組みと日本の立場、南アフリカでのエイズ薬訴訟、生物多様性に関する条約など、産業政策の専門家らしい目で考察がなされています。

こういうものを読むと、それぞれの国や地域の思惑が複雑に交錯していることが、よくわかります。

一方、国際特許分類(IPC)に目を向けると、2001年から2004年にかけてA61K35/78がとりわけ問題になっていました。
A61K35/00が「構造未知の物質または反応生成物を含有する医薬品製剤」、35/78は「植物からの物質」です。

具体的には、世界知的所有権機関のIPC専門家委員会で、アーユルヴェーダの薬草があまりに多いことが問題になりました。
インドでは、アーユルヴェーダの薬草を「伝統的知的資源分類」に基づいて管理していますが、これをIPCと結びつけようとしたときに、2つの分類でバランスが取れなかったのです。

 

 

当時のIPCにあった薬草のサブグループが207、伝統的知的資源分類では30,000という圧倒的な数の差だけでなく、化学構造が特定されていないものも多いため、到底カバーしきれないのです。

このアンバランス問題は最終的に、「アーユルヴェーダのためにIPCに新たなメイングループ(A61K36/00)を作る」ことで一応決着しました。

IPCは2000年1月1日~2005年12月31日が第7版ですから、第7版と8版で該当番号の周辺を比較すると、「増分」がはっきりと見てとれます。

先進諸国による伝統医療の略奪なのかインドによる先端医療の略奪なのか、という方向の問題を抜きにしても、IPCにメイングループが新設されたことで、伝統医療が知的財産権の枠組みから逃れられなくなったのは、間違いないと思います。
 

■関連記事
「略奪」の手段として使われる、特許権

 

 

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インドを中心とするアジア地域には、アーユルヴェーダという伝統医療が存在します。
 


調べてみると紀元前から受け継がれているようですが、どうやら現代の「国際化」の波の中で、大きく変容しつつあるようです。
そのことを示す、非常に興味深い論文と出会いました。

  アーユルヴェーダは誰のものか -「伝統」医療・知的財産権・国家-
  『文化人類学』70(2), 157~176 (2005)


インドのケーララ州を例として取り上げて、アーユルヴェーダを取り巻く世界に何が起きているかを丁寧に分析・検討したもので、アブストラクトには、次のような文が含まれます。
 

海外でアーユルヴェーダが医療ではなく「癒し」術として広がり、その一方でアーユルヴェーダの生薬や治療法にたいしては先進国の企業によって特許が取られていく。このような状況は、インドのアーユルヴェーダ医師や製薬関係者の海外進出を阻み、アーユルヴェーダを彼らの関与できない方向へと転換している。

 

読んでみると、治療家たちの間で連綿と受け継がれた知識が製薬会社による生薬の開発により「無断で」商用利用され、知的財産権として独占される「バイオパイラシー(生物資源の海賊行為)」の問題が出てきました。


そして、「これまでに先進国の多国籍製薬企業によって多くの生薬資源調査がおこなわれ、既にいくつかは先進国で特許が申請され商品化されていった」とあります。

この論文では、ターメリックの特許にインド政府が異議を唱えて争いになり、最後は特許が無効になったことが、注釈で示されています。
加えて、一冊の書籍に言及がありました。


 バンダナ シバ 著・松本丈二 訳
 『バイオパイラシー:グローバル化による生命と文化の略奪』

読んでみると、知的財産分野にいる身として非常に考えさせられる内容でした。
同書から、一部を抜粋します(強調は、こちらで付しました)。

 

インドに自生する美しい樹木であるニームAzarichdita indica <<訳註:日本語ではインドセンダンと呼ばれる樹木>>は、生物農薬および薬用として何世紀間も使われてきた。(中略)薬用・抗菌作用による歯の衛生効果のため、毎朝ニームの歯ブラシ(ダツン)を使う地方がインドのいたるところにある。インドの地域社会は、野原や海岸、庭先、共有地などに生えているニームを繁殖させ、保護しつつ、利用してきたのである。(中略)

今日では、この伝統は知的所有権という形で略奪されつつある。西洋世界はニームの木とその性質を何世紀間も無視してきた。(中略)一八九五年以降、安定なニーム・ベースの溶液と懸濁駅の調合法に関する特許が一二以上も米国と日本の会社によって獲得された。ニーム・ベースの歯磨き粉の調合法さえ特許化されたのだ。(中略)

ニームの歯みがき粉は、地方の企業であるカルカッタ・ケミカル社から、何十年間も生産されてきた。それにもかかわらず、W・R・グレース社は、現代的な抽出方法は正真正銘の発明であるという主張を根拠として、その特許を正当化している。(中略)

簡潔に言えば、その過程はインドの方法の進歩した形にすぎないが、それでも十分に新しいと判断された。しかし、この「新しさ」は、西洋がインドの伝統技術を無視するという脈絡の中でこそ存在することができるのである。

『バイオパイラシー』 p.139~142から


翻訳本の刊行は2002年で、その同じ年に、インド政府は生物資源の略奪を防ぐ為に「インド生物多様性法(The Biological DIversity Act 2002)」を定めています。

 


『バイオパイラシー』には、米国のW・R・グレース社の特許が少なくとも4つ、ネイティヴ・プラント研究所が3つ、テルモが2つと書かれているのですが、テルモで「ニーム」を調べてみると、最低でも4件あることが判明しています。

 

 

特許第1384885号、同第1469708号、同第特許1469709号、同第1879663号


これ以外にも、検索対象を特許だけに限定し、「請求の範囲」に「ニーム」を含む出願を検索すると46件、「インドセンダン」でも17件ヒットします。

多くは翻訳出願で、たとえば特許第4443087号発明の名称「インドセンダン種子抽出物および糖類を含有する組成物」)は米国からのPCT出願です。
PCTだということは、指定国の数分だけ影響が及ぶことになりますよね。

翻訳者は基本的に、すでにある明細書を翻訳するだけです。

でも、間接的とはいえ、その翻訳が資源の「略奪」「搾取」に加担しているとしたら・・・・・?
・・・考えたこともありませんでした。

知ったからといって翻訳をしない選択肢はないですし、出願も権利化も翻訳者が口を出す範疇ではないのですが、こういうことが起きていると知っておくのは重要だと思います。

特に、このアーユルヴェーダ問題は、「国際特許分類を大きく変える」までに至りました。
そのわりに、日本の知財関連雑誌や新聞では、ほとんど取り上げられていないのです。

IPCがどのように変わったのか、そして日本の媒体がこの「略奪」をどう見ているのか、さらに翻訳という視点でのアーユルヴェーダについて、次回あらためて示します。

■関連記事
アーユルヴェーダと、国際特許分類
 


 

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先日、まっぷる『首都圏からの日帰り温泉 '13』というガイド本をパラパラとめくっていたところ、「"温泉の常識"にはウソ!?がいっぱい」というコーナーがありました。
温泉について誤解の多い事項が列挙され、本当はどうなのかということが、説明されています。

筆頭が「温泉とは薬効成分を含んだ熱い(温かい)湯が地中から湧き出しているものである」で、新聞に掲載された間違い記事まで取り上げられていました。「温泉に対する強い思い込みが記者に温泉法を読み違えさせ、"間違い記事"となってしまった」とあります。

問題となったのは、温泉法第2条。
条文には、次のように定められています。強調は、こちらで付しました。

 

(定義)
第二条  この法律で「温泉」とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。
2  この法律で「温泉源」とは、未だ採取されない温泉をいう。


まっぷるのガイド本にも同じ条文の第1項が掲載され、「温度および物質ではない」として条文の読み方が説明されています。
要点を抜き出すと、次のとおりです。

 ・温かい湯でありさえすれば、成分が真水同様でも温泉
 ・逆に、温かい湯であるとは限らない
 ・冷水でも、指定物質を1つでも一定量含んでいれば温泉になる
 ・「物質を有する」とあるだけで「薬効成分を含む」とは書かれていない
 ・「温水、鉱水及び水蒸気その他のガス」とあるように、液体であるとも限らない

温度は「湧出時の温度が25℃以上」で、日本最南端の年間平均気温をもとに定められたそうです。

「地中からゆう出する」とあるのは、海、川、池などの水を「温泉」と区別するためで、「炭化水素を主成分とする天然ガスを除く」とあるのは、燃料に使う天然ガスと区別するためとのこと。
噴気タイプの温泉の代表例として、大分の別府鉄輪温泉と栃木の塩原新湯温泉があげられています。

ここで、和英辞典で「温泉」を引いてみました。
古いものだとhot spring、新しいものはhot springspaが出てきます。
なかには不定冠詞付きで「a hot spring; a spa」としている辞書もありました。

それでは、英英辞典の定義はどうなっているでしょうか。

 

Webster
hot spring

:  a spring whose water issues at a temperature higher than that of its surroundings
spa
1 a :  a mineral spring   b :  a resort with mineral springs
2:  a fashionable resort or hotel
3 New England :  soda fountain
(以下略) 

Longman

hot spring
a place where hot water comes up naturally from the ground SYN  geyser
spa
1
a) a place where the water has special minerals in it, and where people go to improve their health by drinking the water or swimming in it
b) (also health spa) a place where people go to improve their health and beauty, especially through swimming, exercise, beauty treatments etc
2 (also spa bath) American English a bath or pool that sends currents of hot water around you SYN  Jacuzzi


以上のとおり、温泉法上の「温泉」とhot springやspaは、定義が明らかに異なるのです。

もちろん日常会話では法の定義など気にしませんから、英語の定義と一致する「温泉」も当然のこと含まれるとは思います。

 

ただ、たとえば次のような文を英訳するとしたら?

 

【従来の技術】温泉法によれば、「温泉」の定義として、源泉で採取されるときの温度が25℃以上であること、または25℃に達していなくても、イオウ、カルシウムなど、指定した19種類の成分のどれか1つが規定値以上含有されていることが要件とされている。しかしながら、浴用温泉として活用するには、42℃以上の温度が要求されるため、42℃未満の温泉は、ボイラーなどで加熱して利用されている。 (特許第3033046号

この特許は発明の名称が「温泉水汲み上げ装置」で、温泉は「液体」が想定されています。

 

湯の花は、地下から温泉水や温泉ガスが噴出したときに岩石や粘土表面に析出するもの、又は水中に沈殿する固体状のものであり、場合によっては水に不溶の成分を含有する場合もある。

特許第5500757号

こちらは、「温泉水」と「温泉ガス」に分けて扱っています。
だからといって、温泉水+温泉ガス=法でいう温泉かというと、そうとも言い切れません。

以上は一例ですが、「温泉」をいかに英訳するかは、簡単なようで非常に難しい問題だと思います。
それではどうするか?ということについは、後日あらためて扱います。

 

 


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