答えが出ない問いに悩む代わりに…
テーマ:スキルアップ土調べに続いて、また昔の記事にコメントを頂戴しました。
2009年1月の「やってみること
」と同年2月の「成果とは何か
」です。
厳密にはどちらも2004年に書いたものですから、7年も前のこと。
こういうものを引いて頂けると、月日を経ても「公開しておく」ことの意義を実感します。
(ありがとうございます。)
さて。
今回はどういう形でプラスαを加えようかなと思いを巡らした結果、「やってみること」特集にすることにしました。
わたしはよく、「ひとまずやってみて、うまくいかなかったらそのときどうすればよいかを考える」ということを言います。
どんなことでも、やってみないと結果はわからないから。
たとえ過去に99回失敗したとしても、100回目もうまくいかない保証はないですよね。
だから、ひとまずやってみる。
(誤解のないように付け加えておくと、やりたくないことをしよう!という根性論ではありません。どちらかというと、越えたい壁があるのなら、ひとまずジャンプしてみたら?という話です。)
もちろん、成功が保証されているものだけに取り組むわけではないですし、現実問題として失敗することもあります。というか、そちらのほうが多いくらいかもしれません。
そんなとき、「やめておけばよかった」と後悔するケースが、わりと多いように思うのです。
でもね。
やめておけば「よかった」かどうかは、誰にも判断できないものですよ。
時間を逆戻しして別の道を試すわけにはいかず、だからといって他の手段で再現できるものでもない。
確実なのは、「わからない」というただその一点だけです。
だから、ひとまずやってみる。
このあたりについて、過去記事から関連しそうなものをいくつか拾います。
○ 『The 決断』
(2009/10/10)
○ 可能性にフタをしていませんか?
(2011/01/11)
○ 自分で自分の足を引っ張らないように
(2011/01/22)
○ 『とにかくやってみよう』
(2011/04/21)
○ 何から手をつけてよいかわからないときは…
(2011/11/19)
このうち、「自分で自分の足を引っ張らないように」では、後悔に絡む話を取り上げています。
実際、翻訳者・学習者のみなさまの悩みを伺っていると、かなりあるのですよ。
きっと読者のみなさまの中にも、同じように感じやすい方がいらっしゃるかと思います。
誤解のないように書き添えておくと、後悔するなと言っているわけではありません。
ときには、引きずってしまうことがあっても、それはそれで「あり」です。
ただ、「誰にもわからない」ことで悩むのは、時間とエネルギーのロスではないかなと。
その「よかったかどうか?」には、永遠に答えは出ないのです。
それなら、答えがないものを考える代わりに答えがあるもの-その先でどう対処してどう振る舞うか-を考えるほうが、現実的ではないかと思ってみたり。
結論。
「ひとまずやってみる」のは、とてもよいと思います。
そしてその場合、仮にうまくいかなくても「やめておけばよかった」という方向に考えないことが重要です。
どうやらこの方法ではうまくいかないらしいことが判明した→収穫ありという思考とセットにしておけば、ずっとずっと心が軽くてすむでしょうから。
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