用語一括置換マクロ誕生の舞台裏 | 特許翻訳 A to Z

特許翻訳 A to Z

1992年5月から、フリーランスで特許翻訳者をしています。

翻訳さんぽみち」復刻バージョンのプラスαです。

原文理解に対する誤解-(1)」で、記事の中に、現役の会議通訳者に憧れて情報を得たものの1年で挫折したことを書いています。
挫折した理由はいろいろあるのですが、なかでも大きかったのは、単語や表現を「覚えられない」ということです。
その覚えられなさ加減は半端なく、信じられないほど、見事に忘れます。

ただ、このときに訓練した技術が、翻訳者という道を選んだことで、通訳とは違う形で役立ちました。
その具体例が、「原文理解に対する誤解-(2)」で示した手法です。

これに対して、2016年の目線からのプラスαで、次のことに言及しています。

 

つまり、Cocoa beans are produced by cocoa treesという文に対して、

  【カカオ豆は、カカオの木から「produce」される】

と理解しているわけですが、これを
  【カカオ豆は、カカオの木からプロデュースされる】
と入力するのではなく、ひとまず「生産」とおいて、あとで修正しているのです。

理由は、このproduceは日本語だと何が最適だろう?ということを考えるプロセスを挟んでしまうと、そこで「読む」ことに集中していた思考が途切れてしまうからです。

 

頭の中で翻訳文を組み立てるのではなく、理解する端からそのまま日本語にしてカーソルのほうを動かしていましたから、
 ・ここでは、どういう日本語が適切だろうと考える
 ・未知語の辞書を引く
などの作業が入ると、そこで読む思考が途切れます。
そうすると、もう一度文頭に戻って読み直さないといけなくなることもあるため、できるだけ止まらずにすませていました。

これは、母語と同じように英語を運用できる人なら、おそらく考える必要のないことでしょう。
読む流れを止めるか止めないかで、理解はそんなに変わらない。
でも、英語力が決して高くなかった当時の私にとっては、途切れると、訳抜けの確率が上がりました

できるだけ止めないのは、抜けを回避するために必須だった、ということです。
訳し方のほうを、自分のスキルに合わせています。

なお、上の例ではproduceに「生産」を仮においていますが、未知語の場合は英単語のまま入力し、一文が終わってから辞書を引くということもしていました。

極端な例で言えば、Cocoa beans are produced by cocoa treesという文を読んで、
 カカオbeansは、produceされる

   ↓ カーソルを戻す

 カカオbeansは、produceされる

   ↓

 カカオbeansは、カカオtreeによってproduceされる

 

と入力していくといった具合です。
さすがにbeansやtreesは未知語ではないですが、ようするに、こういうことなのです。

辞書を引くのも、訳文をきれいな日本語に整えるのも、後回し。

ただ、訳抜けはゼロに等しい代わりに、修飾(係り受け)の解釈ミスが出やすい問題がありました。

これもおそらく、原文の技術分野に精通した人であれば起きないミスだろうと思います。
ところが、文系短大出身で専門知識が皆無に等しい私が修飾の解釈ミスによる誤訳をなくすには、
 ・見直しの時間をしっかり取る、
 ・調査の時間を確保する
ことが必須です。次に必要になったのは、「時間」だということです。

ここで、単語を覚えられない私には、辞書の二度引き、三度引きは当たり前でした。
知らない単語のつもりで調べると、以前に調べたことがある語だった、というパターンです。
複数回引きは相当なロスで、これをなくすだけでも、調査の時間を捻出できます。
 

実は翻訳者になって最初のうちは、「辞書を早く引くにはどうするか」ということを考えて、ゼムクリップを使って「インデックスタブ」のようなものを作っていました。

ABCDE・・・と並んでいる辞書で、Aの最初の数ページ、Bの最初の数ページという具合に、クリップを挟んで区切りをわかりやすくしておいたのです。
ときには、色や形も変えていました。


でも、二度引き問題は、いくら早く引けるようになっても解消できません。
そこで考えたのは・・・

  【課題】 辞書を引くための時間が、とられすぎる
     ↓
  【解決策】 それなら、引かなければいい


でした。
1回調べた用語は次回からコンピューターが自動で入力してくれたら、文字を入力する時間を大幅に節約できます。
あとは、「どうすれば」それができるか、ですね。

こういうことを考えるようになった頃、「仕事の効率化-(1)」で書いたように、データ発注の取引先が出始めました。
さらに、複数のクライアントから指名で仕事を打診され、「普通に処理していたら片方しか受けられない、でも両方を受けてあげたい」という場面が生じることも、増えていました。

自分のスキル不足を補い、時間を捻出し、品質を落とすことなく(あるいは品質を上げて)処理量も上げるには、どうすればよいか?

辞書を引かないことに加えて、さらに品質と速度を同時にあげるには、文字入力を減らせばよいですね。

原文理解に対する誤解-(1)」への補足でも書いたように、中学の時から英文タイプライターを使っていましたので、日本語も仮名入力ではなくローマ字入力です。
そうすると、たとえば「炭酸水素ナトリウム」と一語を入力するために、TANSANSUISONATORIUMUの20文字+変換の1回で、キーを21回叩くことになります。

同じ語が20回あれば、420回のキーストロークです。

  【課題】 文字入力する量(入力にかかる時間)を減らしたい
     ↓
  【解決策】 入力しなければいい


こうした諸々を考えている中で、「どうすれば実現できるか?」を求めて出てきた解決策のひとつが、用語一括置換のWordマクロであり、「仕事の効率化-(2)」で示したカット&ペーストによる翻訳手法です。

(1)とにかく単語を覚えられない、(2)日本語はローマ字入力、(3)もともとカーソル移動式に翻訳をしていた当時の私にとって、自分に「あるもの」と「ないもの」に合う最適な手法だった、ということです。

ただ、一括置換マクロを使い始めたのは98年頃ですが、雑誌媒体やウェブサイトなどで一般公開してからも、10年以上、そのデメリットにはほとんど目が向きませんでした。

自分の条件と前提にピッタリ合わせた問題解決だったことで、逆に、他者が使うときのデメリットに気づきにくかったという言い方もできると思います。

追々、このあたりについてもフォローします。

■関連記事
翻訳さんぽみち

  ├原文理解に対する誤解-(1)

  ├原文理解に対する誤解-(2)

  ├原文理解に対する誤解-(3)
  │
  ├仕事の効率化-(1)
  ├仕事の効率化-(2)
  │       └用語一括置換マクロ誕生の舞台裏

  │
  ├「マクロ辞書」の作り方と活用法(1)
  ├「マクロ辞書」の作り方と活用法(2)
  │
  └作業効率化の目的
 


インデックスへ