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3代目「特許翻訳の世界」 > 通訳翻訳ジャーナル連載「翻訳さんぽみち」 
 > 「原文理解に対する誤解」-99年1月号


復刻シリーズ「原文理解に対する誤解-(1)」からの続きです。

※小見出しは、99年当時『通訳翻訳ジャーナル』での掲載時に編集部で付けて下さったものをそのまま使います。
 

このように順送り方式で訳すスタイルは、通訳の業界でsight translation(通称サイトラ)と呼ばれている訓練方法に近いものです。
通訳のサイトラは一定の意味単位ごとに区切って頭から理解していく訓練ですが、これをもう一歩進めて翻訳文のタイピングにまで持っていってしまったのが上記の方法です。

実は私が仕事で翻訳をするようになった時に原文理解のプロセスはすでに順送り方式だったのですが、最初の数件だけは順送りに理解した内容を頭の中で和文にしてからワープロでタイピングしていました。
でも、この方式では気を付けているつもりでも意外と訳抜けが出てきます。
特に長文を訳していて疲れてくると、数字の抜けや冠詞の見落としなどケアレスミスが増えるので、理解するはしから順に文字にしていく方法に切り換えました。
以後、慣れるにしたがって速度と品質がアップしていったのは言うまでもありません。
 

サイトラ式翻訳を試してみよう!

それでは、ここで実際にサイトラを応用した翻訳の例をいくつかみてみましょう。
原文は米国特許第5,252,349号の特許明細書からの抜粋です。
 

[例題1] This invention relates to a process for extracting cocoa butter and cake from cocoa beans.

1) 本発明は、関する。
  ↓カーソルを戻して「方法に」を挿入
2) 本発明は、方法に関する。
  ↓
3) 本発明は、抽出するための方法に関する。
  ↓
4) 本発明は、ココアバターおよびココアケーキを抽出するための方法に関する。
  ↓
5) 本発明は、カカオ豆からココアバターおよびココアケーキを抽出するための方法に関する。


分かりやすくするために極端に細かく分けましたが、大切なのは原文から離れずに内容を理解していくということですので、それができるのであれば1)や3)は飛ばして2)の段階から4)の段階にいくことも可能です。
 

[例題2] Cocoa beans are produced by cocoa trees which are found in a warm, moist climate in an area about 20° latitude north and south of the equator.

1) カカオ豆は、生産される。
  ↓
2) カカオ豆は、カカオの木から生産される。
  ↓
3) カカオ豆は、において見られるカカオの木から生産される。
  ↓
4) カカオ豆は、温暖で湿った気候において見られるカカオの木から生産される。
  ↓
5) カカオ豆は、領域の温暖で湿った気候において見られるカカオの木から生産される。
  ↓
6) カカオ豆は、緯度で約20°北および南の領域の温暖で湿った気候帯において見られるカカオの木から生産される。
  ↓
7) カカオ豆は、赤道から緯度で約20°北および南の領域の温暖で湿った気候帯において見られるカカオの木から生産される。


例題2でも例題1と同じように分かりやすくするために極端に細かく切りましたが、慣れてしまえば以下のような3段階くらいに分ければ十分でしょう。

Cocoa beans are produced by cocoa trees/which are found in a warm, moist climate/in an area about 20° latitude north and south of the equator.

そして全体の翻訳終了後の読み直し段階で、「赤道から緯度で約20°北および南の領域」を「赤道から南北に緯度約20°以内の地域」とするなど若干の補正すればOKです。
この類の訂正・補正は、できれば翻訳対象となっている文書全体を訳し終わってからの方が良いと思います。
細かい単位で読み直すよりも全体を通して読むほうが日本語のおかしなところに気付きやすいのと、内容に対する理解度が高まっているため適切な訳語を導きやすいのが主な理由です。


【2016年の目線から】
いくつかありますが、まずは記事そのものから。
字数制限がある中で、「カーソルを動かしながら」訳すというプロセスを細かく例示することを重視しすぎて、順送りで訳したあとの微調整についてほとんど言及していません。

ただ、実際の翻訳工程では、たとえば

 ・豆が木になるときに「生産」とは言わない→どう表現すると、原語の語義から外れず日本語としても自然なのか

 ・「ココアバター」と「カカオバター」あるいは「ココアケーキ」「ココアケーク」「カカオケーキ」「カカオケーク」のどれが業界で最も多く使われているか

など、いろいろなことを考えたり調べたりしながら見直し・修正をしています。

こうした微調整的な修正までの全体が「セットで」はじめて、訳抜けを回避しつつ同時にスピードを上げる、ということが有効に機能する側面は確実にあります。

「生産」の例が典型で、厳密な意味では、「生産」と理解したというよりも、頭の中ではproduceのまま理解しています。

つまり、Cocoa beans are produced by cocoa treesという文に対して、

  【カカオ豆は、カカオの木から「produce」される】

と理解しているわけですが、これを
  【カカオ豆は、カカオの木からプロデュースされる】
と入力するのではなく、ひとまず「生産」とおいて、あとで修正しているのです。

理由は、このproduceは日本語だと何が最適だろう?ということを考えるプロセスを挟んでしまうと、そこで「読む」ことに集中していた思考が途切れてしまうからです。

実はこれが、非常に重要です。

私の翻訳方式は、独立した最初の最初つまり、マクロプログラムなどソフトウェアツールを駆使するようになる前の時代から、カーソルを動かしながら順送り方式的に入力するスタイルでした。

ただ、最初の最初からとはいえ、文字どおりの初仕事=1件目からそうだったわけではありません。
4件か5件か具体的な件数は全く覚えていませんが、2か月程度は、記事の中にあるように「順送りで理解したものを日本語にしてからアウトプット」していました。

そして、そのやり方では問題があると気づいたため、すぐに手法を修正しています。
この軌道修正のときに、思考を途切れさせないようにする、ということも考慮しました。

このあたりに全く触れずく、順送りだけにフォーカスして完結している『通訳翻訳ジャーナル』の記事は、穴があったら入りたいほど片手落ちだと思います。

当時はそこまで考えが至りませんでしたし、若かったので仕方がないという言い方もできますが、それにしても詰めが甘い……。
なので、2016年の視点から、なぜ思考を途切れさせないことが重要なのかということを、後日あらためて別記事で扱います。

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