3代目「特許翻訳の世界」 > 通訳翻訳ジャーナル連載「翻訳さんぽみち」
> 「仕事の効率化」-99年9月号
復刻シリーズ、仕事の効率化-(1)からの続きです。
※小見出しは、99年当時『通訳翻訳ジャーナル』での掲載時に編集部で付けて下さったものをそのまま使います。
データ翻訳<基本その1> 原稿のデータを一括変換 原稿をデータ化することに成功したら、次にオリジナルの英文ファイルをコピーして翻訳用のファイルを用意します。 つまり、同じ内容のファイルを2つ用意するわけです。 翻訳用のファイルができあがったら、この英文データに対して「マクロ辞書」を使って自動的に翻訳をします。 この「マクロ辞書」は、MS-Wordや秀丸エディタなどの「マクロ機能」を利用して仕事をしながら自分で作っていくもので、翻訳をする件数が増えれば増えるほど充実したものとなり、仕事の効率がアップしていきます。 自分で作るといっても、仕事をしながら半ば自動的に生成されていくため大した手間にはなりません。 紙面の関係もありますので、この辞書が一体どういうものなのかとその簡単な作り方については、来月号でお話します。
「マクロ辞書」による翻訳は見ようによっては機械翻訳に似ていますが、機械翻訳との大きな違いは原文の構文が損なわれないことと、自分で辞書に入れた用語しか和訳されないことです。 機械翻訳では常に正しい構文解析がなされるとは限らないため、翻訳後の編集作業には結構な手間がかかります。 用語についても、中途半端に使うと「どの語が正しくてどの語が不適切か分からない」という結果になりかねません。 怪しい用語は結局調べ直して修正しなければならず、ソフトが訳した結果を生かして作業時間を短縮できることは案外少ないものです。 もっとも、機械翻訳には機械翻訳なりのちょっと変わった活用法もあるのですが、それはいずれ紹介することにして、ここでは語句のみの自動変換を念頭において下さい。
まず、データ翻訳の基本その1は、原稿のデータに対して一括変換をかけることです。 これによって訳語の不統一やタイプミスの問題を回避できる他、同じ用語を2回以上辞書で引くこともなくなります。 さらに、1件の翻訳に必要なタイピングの量も少なくなるため、結果として大幅に時間を短縮できます。 具体的に言うと、例えば次のようになります。
<原文> First, a fatty acid and methyl or ethyl alcohol is reacted in the presence of sulfuric acid catalyst to produce a fatty acid ester and water. これに対して、
fatty acid=脂肪酸、methyl=メチル、ethyl alcohol=エチルアルコール、sulfuric acid catalyst=硫酸触媒、ester=エステル、water=水 を一括変換すると、 First, a 脂肪酸 and メチル or エチルアルコール is reacted in the presence of 硫酸触媒 to produce a 脂肪酸 エステル and 水.
といった具合になります。 この状態で翻訳をスタートし、ワープロのカットアンドペースト機能も活用して訳文を作っていきます。
[2016年注:紙面と旧ウェブサイトでは、上の文のままで説明したのですが、折り返してしまうとわかりにくいため、横幅の関係で後ろを少し削ります。]
第1に、脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコールを反応させる in the presence of 硫酸触媒 ↓下線部分のカットアンドペーストによる移動 第1に、in the presence of 硫酸触媒 脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコールを反応させる ↓下線部分の翻訳 第1に、硫酸触媒の存在下で脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコールを反応させる ↓微調整 第1に、硫酸触媒の存在下で脂肪酸とメチルアルコールまたはエチルアルコールとを反応させる
この方法では、一組になるものを出来るだけスペースのない「まとまり」にしていくことで誤訳をなくし、効率アップにつなげることができます。 翻訳を開始する前に原稿を上から下まで目でざっと追い、主な専門用語(名詞を中心にすると良いでしょう)を最初に一括変換した上で実際の翻訳作業に入りますが、翻訳の途中でも訳語を決めたらどんどん和文に置換していけば効率はさらにアップします。
私はandやorといった接続句、特許明細書によく出てくるselected from the group consisting ofやU.S. Patent No.といったフレーズも全て最初に一括変換しています。 また、定冠詞theも最初に〆などの記号に置き換えています。 定冠詞は場合によっては訳出しなければならない上に、有無によって意味が変わるのが普通ですから、単純に最初から全部削ってしまうわけにはいきません。 ただ、翻訳作業の過程で1つずつ削るのは手間なので、最後にまとめて消すことができるように「冠詞があった」ことが分かる記号に置き換えるというわけです。 もちろん、カットアンドペーストの移動によって〆を削っていける時は途中で削り、残った場合は最後にまとめて一括で消してしまいます。
こういった一括変換による辞書引きにはもう1つ利点があり、原文自体の用語の不統一やスペルミスを拾い出すことができます。 統一されていない箇所や綴りに誤りのある箇所は一括変換の対象にならないからです。 目視で原稿を追っていると見落としがちな綴りのミスや、esterとetherなど似たような単語の誤訳も全て排除できます。
この方法の難点は、英日混在の文章を「英文」として読まなければならないということです。 これは、普段から頭の中でパズルの並べ換え的な翻訳の仕方をしている人には少々大変かもしれません。 一方、英文を英文のまま順送り式に理解できる人であれば、一部の単語が日本語に置き換わっているだけで理解の妨げにはならないと思います。 |
【2016年の目線から】
紙面文字数の関係で最初が少し、飛躍しています。
ここで、プロセスを補足します。
First, a 脂肪酸 and メチル or エチルアルコール is reacted
↓「First」の訳を入力
第一に、First, a 脂肪酸 and メチル or エチルアルコール is reacted
↓英単語を削る
第一に、脂肪酸 and メチル or エチルアルコール is reacted
↓「and」の訳を入力
第一に、脂肪酸および and メチル or エチルアルコール is reacted
↓英単語を削る
第一に、脂肪酸およびメチル or エチルアルコール is reacted
↓
第一に、脂肪酸およびメチルまたは or エチルアルコール is reacted
↓
第一に、脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコール is reacted
↓
第一に、脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコールを反応させる is reacted
↓
第一に、脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコールを反応させる
別例として、andやorも用語辞書を使って一括置換し、カンマ+半角スペースも読点に事前に置換しておくようにすると、次のようになります。
First、a 脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコール is reacted
↓
第一にFirst、a 脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコール is reacted
↓
第一に、a 脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコール is reacted
↓
第一に、脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコール is reacted
↓
第一に、脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコールを反応させる is reacted
↓
第一に、脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコールを反応させる is reacted
このあと、記事にあるカットアンドペーストになります。
実用上は、下のような手順のほうが現実的です。
第1に、脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコールを反応させる in the presence of 硫酸触媒
↓下線部をカット
第1に、 in the presence of 硫酸触媒
↓カットした内容をクリップボードに保持したまま、ハイライト部分を削除。
第1に、硫酸触媒
↓削除した内容を翻訳
第1に、硫酸触媒の存在下で、
↓クリップボードに保持しておいた内容をペースト
第1に、硫酸触媒の存在下で、脂肪酸およびメチルまたはエチルアルコールを反応させる
「第1に」ではなく「まず」にするとかいったことは、最後の見直し時に全体の流れを見ながら調整します。
私は定冠詞theを「〆」に置き換えていましたが、訳文中で絶対に使われることのない「全角」文字であれば、他の記号でも構いません。
全角文字を使う理由は、Deleteキーを使って不要な部分を削除していくときに、theだと3文字分を削る必要があるのに対し、全角記号なら1回で削除できるためです。
当時の記事中にもあるように、定冠詞は原文の理解のために必須なので、事前にまとめて消してしまうわけにはいきません。
よって、作業時には残す、でも最小限のキーストロークで削除できる文字にしておく必要がありました。
3ストロークと1ストロークは誤差の範囲ではないかと思うかもしれませんが、定冠詞というのは意外と多く含まれます。
例)
米国特許第6,666,666号 要約と請求項を除く明細書語数 6,937語 うち定冠詞 484語
米国特許第7,777,777号 要約と請求項を除く明細書語数 4,156語 うち定冠詞 197語
国際公開第WO2014012051号 要約と請求項を除く明細書語数 12,747語 うち定冠詞 843語
無作為抽出ですが、4,000語程度の短い原文でも、約200語つまり5%は定冠詞です。
長くなると約6~7%、多いと9%前後が定冠詞になりますので、翻訳速度を考える時、定冠詞というのは侮れないのです。
削除のために1冠詞あたり2ストロークの差だと、事前に記号に置き換えておくか否かで、843語ならキーを叩く回数が約1700回変わります。
全角文字1文字にして削除しやすくすることの意味が、お分かり頂けると思います。
他にも補足できることはありますが、長くなりましたので、続きは次回に。
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