武正晴監督、安藤サクラ新井浩文早織稲川実代子坂田聡沖田裕樹松浦慎一郎重松収伊藤洋三郎根岸季衣出演の『百円の恋』。2014年作品。R15+。





32歳で無職、実家で親に寄生しながら家業の弁当屋の仕事も手伝わずTVゲームと間食ざんまいの怠惰なニート生活を送る一子(いちこ)は、妹との大喧嘩をきっかけに一人暮らしをすることに。百円ショップでのバイトをみつけた彼女は、帰り道にあるボクシングジムで汗を流す青年・狩野のことが気になっていた。


作品や主演の安藤サクラがさまざまな賞を獲っているし、ちまたでの評判に釣られて観にいってきました。

昨年からそのタイトルは耳にしていたけれど、実はあらすじを読んであまり気が乗らずギリギリまで迷っていた。

ほんとにダメな三十路女子を描いた映画らしいんで…いろんなとこがイタそうで観終わったあとに暗澹たる気分になるようなショボくれた映画は観たくないなぁ、と思って。

また、安藤サクラという女優さんがその演技力や存在感を高く評価されてることも主演映画が何本もあることも知ってたけど、脇でイイ味出してる何本かの作品以外では彼女の主演映画をこれまで1本も観たことがなかった。

なので、映画館に行くまでかなり半信半疑だったのです。

それが、すでに1日に1回の上映ということもあってか平日の夕方にもかかわらずお客さんはけっこう入ってて、制服姿の女子高生の二人組もいた。

これって以前同じ映画館で観た『先生を流産させる会』もそうだったけど、女子高生が学校の帰りにミニシアターに立ち寄るような映画はきっと期待できるだろうと思った。

そしてその予感は大当たり。

よかったです!!

映画観終わって思わず拍手したくなっちゃったよ。作品に、そして主演の安藤サクラさんに。

武正晴監督の『イン・ザ・ヒーロー』を昨年劇場で観て、そこそこ楽しめはしたもののいろいろ引っかかっちゃってわりと辛めの感想を書いてしまったんですが、あの映画よりもさらに小規模な作品であるこの『百円の恋』はまさしく日本女子版『ロッキー』のような快作で、ラスト15分に打ち震えました。

僕のように「どうなんだろ?」と躊躇してる人は観にいった方がいいですよ。お薦めです。


パンフレットも買っちゃった


ではこれ以降、内容について述べていくのでネタバレが嫌なかたは映画をご覧になってからお読みください。



映画が始まってまもなく、安藤サクラ演じる主人公の一子がタバコの吸殻や空のビール缶などで埋め尽くされた部屋で甥と一緒にTVゲームに興じる姿が映しだされる。

後ろからの、一子の部屋着からはみ出たふてぶてしいばかりのウエストの肉。

死んだような目と何事も億劫そうな重い足どり。

目指すものも自分への自信も何もない。

30越えて親や妹が必死で働いた稼ぎで毎日ぐーたらと惰眠を貪っている。

それらは明らかに「ダメな人」の「ダメな姿」だった。

もうここでの一子は顔だけじゃなくてすべてが完全に“ブサイク”。

 
ダメな人のいる風景


そして、ここで早くも客席で観ていた僕はこの映画の作り手に問われたのだ。

「あんたもいつもこういう目してんじゃない?」「夜中にチャリンコ漕いでコンビニで買ってきたポテチやソーセージ貪ってブクブク太ってんじゃねぇの?」と。

妹と一子の大乱闘とか、僕は男ですがちょっといろいろ自分に重なるものがありすぎて、あの母親の悲鳴と「出ていって!」という叫び声が耳から離れなかった。

この家には父親はいるもののほとんど空気のような存在で、実質的に母親と離婚して子ども抱えて出戻ってきた妹が店を切り盛りしている。

本来ならば姉の一子も手伝うのが当然だが、ほとんどひきこもりだった彼女は妹との大喧嘩の末、家を飛びだす。

母は長女におそらくアパート代やら当面の生活費が入っているんだろう封筒を渡す。「甘いねぇ」と呆れる妹。




姉妹喧嘩の場面は真に迫っていたしバツイチの妹・二三子役の早織さんは好演してたけど、ところどころ台詞廻しが説明っぽかったかな。

暴力的な門出はちっとも褒められたものではないが、それでもこれは一子が自立への道を踏みだす一つのきっかけでもあった。

それから彼女はアパートで一人暮らしと百円ショップでのバイトを始めるのだが、ここでの店の店員たちや廃棄処分の食品を盗みにやってくるホームレスのおばちゃんなど、何かヒドく無残な気持ちにさせられるのであった。

いや、ハッキリ言ってあそこで描かれる人間模様よりも、もっとしょーもなかったり困った人々を僕は知ってますが^_^;

でもそういう「底辺」がフラッシュバックしてきて観ていてなんともツラかったです。

正社員のバイトに対する態度とか、「うちは小さい子どもがいるから疲れてるんだよ」「営業以外に店も手伝わされて…」などと愚痴ばっかこぼしやがるとこなんかも「知るかボケ、死ね!!」って思ったし。

40代半ばで薄らバカみたいなバイト店員とか(しかもセクハラののち強姦)、優しかったのにいつのまにかウツになって辞めちゃった人とか。

人によっては沖田裕樹が演じるフルポン村上にクリソツな正社員のあの人に同情するかもしれない。




あの正社員の描写はとってもリアルでした。いるもん、ああいう奴。

「マジっすか」としか言わないバイト君なんかもw

必要以上に薄暗くて狭すぎる休憩室とか、あるある、って。

ただ、使えないバイトの指導とか店の運営とかいろいろ頭を悩ませる問題があって正社員には正社員の苦労があるのもわかるんだけど、使われる立場からすればエラソーにグダグダと文句垂れたり人を見下すような態度とったり(コツコツ蹴り入れてくるとか)ウザいことは確かで。

だから最後に彼が一子にぶっ飛ばされるのは、まぁ当然かな、と思いましたが。

でも、だったらむしろあの強姦野郎をボコってほしかったなぁ。警察呼んだ描写はあるけど、とっとと帰ったりせずにあそこはちゃんと警官に引き渡さないと。百円ショップの社員があいつの犯罪を知らないってことは捕まってないわけでしょ。




あの処女喪失の場面はちょっと可笑しく演出されてたけど、一線を越えた者にはせめて映画の中では制裁を加えてくれないとモヤモヤが残ってしまう。

僕はあのどうしようもない中年店員は、初めのうちはちょっと同情的に見てたとこもあるんですよね。

ヘラヘラしながらみんなに頭下げたり、でも空気は読まないとか人間的にはちっとも尊敬できないんだけど、いい年コイて中身空っぽな感じとかどこか自分に重ねてしまうところもあったので。

根岸季衣が演じる、もともと店員だったけどレジから金盗んでクビになり、その後はしょっちゅう廃棄の食品をバックヤードからパクってくババアはこの映画の中では一子がちょっと共感をおぼえる人物として描かれていて、現実にいたら迷惑だけど根岸さんはそういう人をちょっとお茶目に演じてるので憎めない。「バ~ハハ~イ♪」とか言ってケリンチョに乗って去ってくし。




最後の強盗はやりすぎだったけどな。あそこは一気にリアリティが消し飛んでマンガみたいになってしまっていた。

観客に対するちょっとしたサーヴィスだったのかもしれませんが。


あと父親役の伊藤洋三郎が母親役の稲川実代子よりもかなり若く見えてしまっていて(妻の方が年上という家庭だってあるでしょうが)、30代の娘がいる人のように見えなかった(伊藤さんは今年60歳だそうだから年齢的にはおかしくはないのだが)。ショボくれ感がちょっと足りなかったような。

 


「お前、変わったな」という父の言葉や試合会場での姉の呟きとか、正直ちょっとこれみよがしな感がなきにしもあらずだったけど、でも『イン・ザ・ヒーロー』の時のような違和感はあまりなくて入りこめました。

実はすごく小さくて狭い範囲での物語なんだけど、出演者たちの「こういう人いる」感によって映画が豊穣なものになっていた。


安藤さんはわずか10日間で身体を絞ったそうで、二重あごだった映画の冒頭から見事にパンプアップされたクライマックスの試合シーンの体型の変化がスゴいんだけど、実際には順撮りではないので減量前と後のシーンが入り混じっている時もあったんだとか。


 
before → after すげぇ。


安藤サクラの何がスゴいって、もちろんデ・ニーロ・アプローチみたいな体型変化もだけど、特にが。

もともと目力がある女優さんだが、試合の時の目は完全にイッてしまっている^_^;

髪の毛を短く切り、見開いた目が怖すぎ。

マットに倒れた時のあんなおっかない白目剥いた顔、ホラー映画以外で久々に見たよ(;^_^A

僕は普段格闘技を見ないのでよくわからないけど、彼女がほんとの格闘家だといわれれば信じてしまいそうなほどでした。




バイト先でステップを踏む安藤さんがほんとにカッコよくて、あの場面を観るためだけにもう一度映画館に行ってもいいぐらい。

一子が本気で試合を目指しだすとこは燃えた。

空振りばっかりしていたパンチングボールをリズミカルに叩く彼女に萌えた。


この映画は一子とボクサーを引退した狩野の関係が物語を推進させていくんだけど、なんていうんですか、特にインディーズ系の邦画には無口で無表情、あまり自分の考えをハッキリと表現しない狩野みたいなキャラの男性って多くないですかね。

狩野を演じてる新井浩文は、まるでやさぐれた安住紳一郎みたいに片時も目が笑っていない。




この俳優さんって、わりとこういうタイプの男を演じることが多い気がするんだけど。『クヒオ大佐』の時なんかもそうだったし(『クヒオ大佐』には安藤サクラも出演している)。

一子がいつもジムの前で立ち止まって自分を見ているのに気づいた狩野は、ある日いきなり彼女を動物園に誘う。

 


でも誘っといて自分から全然喋らないし、「どうして私なんかを」と尋ねる一子に「断られないと思ったから」と失礼な返答。

風邪引いて百円ショップでゲロ吐いたり、その風邪を移された一子が寝込んでるのに部屋の窓全開にしてたり、馬鹿デカくて硬い肉を焼いて病人に食わせたり(消化にいいもの作ってやれよ)と、36にもなっててんで常識がない。

おまけに「今夜はあたしが料理するから」と言う一子に「女房にでもなったつもりか?」と吐き捨てる。

狩野はなりゆきで一子と同居してほぼ恋人みたいな関係になるんだけど、「男なら豆腐、女ならなお豆腐♪」という謎の謳い文句の豆腐の量り売りのおねぇちゃんとつきあい始めて一子のアパートを出てしまう。

再会して「試合観にきてよ」と言う一子にも彼は返事をせず、一子が手渡した弁当を投げ捨てて立ち去る。

マジでこいつは最低。クズ野郎だ。

「頑張ってる奴見ると嫌になる」みたいなこと言ってるし。

でも彼は悪者としては描かれていない。

正直、現実の世界ではこの手の男が大の苦手なんだけど、映画の中だと興味をそそられもする。

こういう人ってどういう家庭環境で育ったんだろう、って。

試合中にノックダウンされた一子に客席から声援を送っている狩野が映しだされるんだけど、一子があそこでついに立ち上がることを諦めたのは、試合を観にきてくれた彼の姿に満足したからかもしれない。

試合には負けたけど、好きな男が自分の試合を観にきてくれた。

ある意味、彼女の目標は達せられたともいえる。

それでも全身全霊をこめて臨んだ試合で負けた一子は、待っていた狩野の前で泣く。

「勝ちたかった…勝ちたかったよ」と泣きながら立ち尽くす一子は明らかに狩野が抱きしめてくれるのを待っているのだが、狩野は以前のように彼女を抱きしめずに「勝利の味は甘いからな」などとホザくのだ。

なんなんだ、このサディスティック野郎は。

でもここでこれまでずっと無表情だった彼がかすかに笑顔を見せる。

これで一子ちゃんはまた彼から離れられなくなるんだろうな。ムカムカしてきますが。

一子がボクシングを始めるのもギリギリの年齢である32歳で試合に出ようとするのも、そのきっかけを作るのはすべてこの男なわけで。

確かに一子は目つきがよくないし映画の最初のあたりはいつもやる気なさげで気だるそうにしてるんだけど、彼女よりももっとダメ人間である狩野を好きになってしまったばかりに見違えるほど変わっていく。

思ったんだけど、安藤サクラさんは喋り方がカワイイんだよね(あと笑顔も)w

役柄的にはどんなにダメっぽくても、あるいは凶暴そうに見えても彼女の時々ちょっと舌っ足らずになる台詞廻しが希少な動物を見てるような、守ってあげたくなる雰囲気を漂わせている。

試合後の狩野との会話シーンでも、一子の顔の表情は短く切った髪と夜の暗闇に隠れてまったく見えない。

でもその前のシーンで鏡に映ったまぶたの腫れたその顔は、以前のように“ブサイク”ではなく戦いのあとの手負いの動物のような美しさがあった。

だからいつまでたっても彼女を抱きしめてやらない狩野に「早くギュッとしてやれYO!」とやきもきしたほど。

安藤さんのこの可愛さと“本気出したらスゴいんだオーラ”が、一子をほんとに救いようのないクズになることから救っている。

一子は自分のポテンシャルを証明した。

客席で観ていた両親や妹にもそれは伝わっただろう。

でも、相手選手は若く、そしておそらく一子よりもはるかに長く厳しいトレーニングを積んできている。

これは『ロッキー』の1作目やピクサーアニメの『モンスターズ・ユニバーシティ』のように、最後に主人公が勝負に勝てない物語である。

世の中には頑張っても手に入れられないものがある。

でもその一方で、死に物狂いで努力したあとには絶対に何か得るものがあるということ。

これらの映画はそれを語っている。


僕はこの映画を観て、安藤サクラさんにみぞおちに一発軽いパンチを食らって咳き込んでるような気分になりました。

「あんたは悔し涙を流せるほど本気で頑張ったこと、ある?」って。

努力して本当に頑張った末に負けた人間のことを、普通は「負け犬」とはいわない。

「負け犬」というのは、勝負から逃げて最初から腹ばいになって降参している者や、戦わずに遠くで負け惜しみを言ってるような奴のことをいう。

だから一子はけっして負け犬ではないのだが、それでも「正しい負け方」を見せてくれていた。

一子が相手選手に食らわせたパンチは決定打にはならず、その直後に反撃にあって彼女はリングに沈む。

それでも彼女の渾身の一撃は、最後ではなく、彼女にとっての「はじまりの一打」だったんだろう。

これからすべてが始まるのだ、と。

一子には「自信」がついたはずだ。私はこれだけ頑張ったんだ、という自信が。

それは何ものにも代えがたい財産になると思う。

あれだけ頑張れたのだから、これからだってきっと、と。


この映画はすべての「負け犬」たちへの応援歌、叱咤激励だ。

きっかけがなんであれ、踏みだせばその一足が道となる。迷わず行けよ、行けばわかるさ!

ジョギングはしんどいからせめてちょっと歩こうかな…(;^_^A



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