ジア・リン監督・主演、ライ・チァイン(ハオ・クン)、チャン・シャオフェイ(妹・ローダン)、ヤン・ズー(従妹・ドゥドゥ)ほか出演の『YOLO 百元の恋』。

 

32歳の女性ドゥ・ローイン(ジア・リン)は無職で実家に引きこもる日々を過ごしていたが、実家に戻ってきた妹と大ゲンカしたことをきっかけに、家を出ることになってしまう。そんな折、偶然出会ったボクサーのハオ・クン(ライ・チァイン)に一目ぼれしたローインは自らもボクシングを始めるが、試合に負けたクンはジムを辞め、彼女の前から姿を消してしまう。すべてを失ったローインは「一度は勝ってみたい」という思いから、ボクシング大会への出場を決意する。(映画.comより転載)

 

ネタバレがありますので、これからご覧になるかたは鑑賞後にお読みください。

 

2015年に観た『百円の恋』の中国リメイク版。

 

 

 

今回、この映画のオリジナル版である『百円の恋』の武正晴監督と脚本担当の足立紳さんが来場されて映画の上映後にトークイヴェントがありました。

 

 

 

武監督はNetflixドラマ「全裸監督」を撮ってらっしゃるし(僕は観ていませんが)、足立紳さんは朝ドラ「ブギウギ」も書かれていますね。

 

僕は『百円の恋』はとても面白かった記憶はあるんだけど、劇場公開時に観て以来一度も観返していないので残念ながらオリジナル版とリメイク版を比べて語ることができないんですが、実際にオリジナル版を作られたお二人(リメイク版では監修)のお話で、リメイク版がいかにオリジナルの『百円の恋』をリスペクトしつつ、独自の作品になっているかを教えていただけたのでとてもありがたかったです。

 

チラシにサインをいただきました(パンフレットは販売されていませんでした)

 

「緊急公開」とあるから、公開が決まってからそんなに経っていないんでしょうかね。上映館数も多くないようですし。

 

ほんとはミニシアターで長めにやってておかしくないようなタイプの作品なのに、僕が住んでる地域ではシネコン1館で、しかも一日に1回しか上映されてない。そしてなんと、今月18日にはもう上映終了。えぇっ??いや、5日に始まったばかりですよ!?

 

だから、その貴重な機会に観にいけて幸運でしたが、しかしこれではあまりにもったいなさ過ぎ。

 

それぐらい面白いし泣ける映画でしたから。なんでこんな扱いなんだろう。

 

これから再上映とか拡大公開とかやらないかなぁ。

 

主演と監督を務めるジア・リンさんは2022年に日本で公開された『こんにちは、私のお母さん』でもやはり主演・監督をされてますが、とても評判がよかったにもかかわらず、残念ながら僕は観ていないんですよね。

 

 

 

中国映画の新作を観ること自体かなり久しぶりで、日本では2020年に公開された『薬の神じゃない!』以来じゃないだろうか。

 

普段はリメイク作品ってあまり食指が動かないんですが、でも、やっぱり『百円の恋』のリメイク、というところにそそられたのと、観たかたたちの評判がかなりよかったから。そして、評価の高かった『こんにちは、私のお母さん』の監督(&演じ手)の新作はどのようなものなのか、という興味もあって。

 

僕はこれまでジア・リンさんの出演作品を観たことがないけれど、あちらではとても有名な俳優さんだそうだし。

 

で、先ほど述べたようにとても面白かったし、主人公のローインが試合に出るためにトレーニングを続ける、『百円の恋』にもあったシーンで体重が100キロ以上あった彼女がどんどん痩せていく様子が映し出されると、なんか胸にこみ上げてくるものがあって思わず落涙してしまった。

 

 

 

 

 

今なら精巧な特殊メイクで太った身体も表現できるだろうに、それをわざわざほんとに100キロオーヴァーにまで増量したうえで50キロ代まで落とすという、なかなかにして壮絶な、というか、この時代にデ・ニーロ・アプローチですか?と。

 

いやほんと、お身体気をつけてくださいね、ジア・リンさん。トム・ハンクスさんもかつて無理な増減量で糖尿になっちゃったみたいだし。

 

だけど、オリジナル版『百円の恋』が大好きだというジア・リンさんは、リメイクするためにはそれぐらいやらなければ、という気概で臨まれたんですね。

 

トークイヴェントで武監督が話されてましたが、オリジナル版と人物配置や構図などほとんど完コピみたいなショットがたくさんあって驚かされたということで、そうやって見た目を似せつつもいい意味で別物になっているのが僕にもわかりましたから。

 

 

 

 

最初はかなりベタなコメディとして始まるんですよ。それこそチャウ・シンチーのコメディ映画みたいな感じの。オリジナル版とはテイストがずいぶん異なる。

 

 

 

特にオリジナル版にあった性暴力のように2024年現在観ると抵抗を覚えずにはいられない場面など(要するにクズ男に惚れちゃう類いの話なわけだから)、10年後だからこそこう描く、というふうにちゃんと考えられていて、ただオリジナル版の物語を表面的になぞっただけじゃないんですよね。

 

主人公が好きになる男の性格はオリジナル版よりもだいぶマイルドになっている

 

主人公がボクシングを始める動機は同じでも、そのあとは独自の物語になっていく。

 

親身になってくれていたはずのTV番組のディレクターの従妹(ヤン・ズー)が実は…という後半の展開や、大喧嘩した妹(チャン・シャオフェイ)の幼い娘のためにローインが必要な書類にサインしていたり、自分の彼氏を奪った友人の結婚式にもちゃんと花嫁の付き添いで参加していた、といった顛末が明かされるのは、一見蛇足にも思えそうだけど、つまりローインはやるべきことはしっかりやる人だったんですよね。ただだらしない人なんじゃなくて。

 

 

 

 

最終的にはオリジナル版の終盤の雰囲気に非常に近い、主人公が「勝つ」ために奮起して無謀ともいえる試合に臨み、やがて…というあの怒涛の展開に至るし、武監督は全体的に「オリジナル版にかなり似ている」と仰っていたけど、う~んと、僕はむしろだいぶ違うと思いましたが。

 

特にラストが決定的に違う。

 

さっき言ったように画の構図はわざわざ似せているんだけど、ラストで主人公が好きだった男に発する言葉も見せる態度も彼女の選択も違うんですよ、『百円の恋』とは。

 

オリジナル版にできる限り見た目を寄せたからこそ、その違いが際立つんですね。

 

なので、リスペクトしつつモノマネではなくて「リメイクではこうしました」というオリジナル版へのアンサーにもなっている。

 

もともとは男性の脚本家と監督が生んだものを、女性であるジア・リンさんが描くと納得がいく結末はこれだった、ということでしょうか。

 

そういえば、トークイヴェントで足立紳さんがアレクサンダー・ペイン監督の『サイドウェイ』(2004年作品。日本公開2005年)と日本でのリメイク版(『サイドウェイズ』。2009年作品)の違いについて語られていて、はっきりとは仰らなかったけど、明らかに『サイドウェイ』の邦画リメイク版にはご不満を持たれているようでした。思わず今回のリメイク版の出来と比べたくなっちゃったんだろうな。僕はあいにく『サイドウェイ』はオリジナル版もリメイク版も観ていないので、そこんとこは足立さんの無念さに共鳴できなくて残念ですが。

 

まぁ、要するにオリジナル版のクリエイターたちがわざわざ地方まで来てくださって絶賛するほど素晴らしいリメイク版だった、ということです。人によって好みはあるだろうけど、この映画の良さをあえて否定する人は少ないんじゃないかなぁ。もともとの作品と同じようなものを作っても意味はないし、別ヴァージョンとして充分な出来映えだと思いますが。

 

武監督も、主人公が試合の前に鏡を見るシーン(こちらではガラス窓)を例に挙げて、オリジナル版との解釈の違いに脱帽されているようでしたし。

 

過去の自分を振り切って新しい自分になったオリジナル版の主人公・一子に対して、リメイク版の主人公・ローインは過去の自分も捨てずに受け入れるんですね。映画全体でそういうことを語っている。

 

 

 

韓国でも現在『百円の恋』のリメイク版が撮影中だそうで、アメリカからもリメイクのオファーがあったとのこと。

 

足立さんは、このリメイク版を観て『百円の恋』を作っていたあの頃の自分に“ビンタ”されてるようだ、と仰っていました。

 

足立紳さんといえば「ブギウギ」が記憶に新しいし、あのドラマは大人気だったから脚本の依頼も引く手あまただろうと思っていたら、ご本人はそこまでではないようなことを仰っていて、そういうものなのか、と。

 

『百円の恋』の前は、武監督も足立さんも映画や脚本の仕事が全然なかったんだとか。しかし、あれからもう10年なんだなぁ。

 

オーディションに現われた安藤サクラさんを一目見て「一子がいた」と感じたという話や、わずか10日間で身体に筋肉をつけたあとで脂肪をのせて、その脂肪を燃焼させてボクサーの鍛えられた身体にしていったエピソードはとても興味深かったし(安藤サクラさんによれば「重要なのは体重の増減ではない」とのこと)、また映画のプロデューサーは、監督や脚本家から新しい企画の話を聞いてもいつも「…今じゃないんだよなぁ」と言う、というボヤキなど笑わせていただきました。武監督と足立さんのコンビぶりはお見事でした。お忙しい中、名古屋までお越しくださって楽しいトークイヴェントをありがとうございました。

 

“YOLO”とはアメリカでの公開時のタイトルで、“You Only Live Once”「人生は一度きり」の略。『007は二度死ぬ』の原題“You Only Live Twice”をもじったもの。

 

ここでも微妙に日本を絡めてますが(^o^)

 

 

 

 

主人公がダメな感じなのは最初だけで、実家を出たらわりとちゃんと一人暮らしをしているのはオリジナル版と同じだし(結構可愛い性格なのも)、あるボクサーの男性に好意を持ってジムに通い始めるのも一緒なんだけど、『百円の恋』の一子が結局は試合後にその男に「勝ちたかったよ…」と甘えた声を出して、この二人はまた腐れ縁が続くのでは…と思わせるのに対して、『百元の恋』のローインは自分を一度は捨てた彼から再び食事に誘われても「今日はやめておく」「気が向いたらね」と答えて一人去っていく。

 

もう、彼女にとっては男が目的ではない。

 

自分をとことん追いつめて闘ったあとには、大いなる自信がある。

 

もちろん、ハオ・クンとは今後も何かあるかもしれないが、どうするか決めるのは彼女だ。

 

僕はこのラストで、この映画はオリジナル版を超えたと思います。

 

エンドクレジットまで必見。ジア・リンさん、ほんとに凄い人だ。

 

無論、この映画が生まれたのは『百円の恋』が存在したから。それは間違いない事実。そしてこの映画を観終わって、また『百円の恋』が観たくてたまらなくなった。だから2本の映画はどちらも素晴らしい。

 

こんなに早く上映が終わってしまうのは本当に残念です。

 

 

関連記事

『ケイコ 目を澄ませて』

『ファイナル・ラウンド』

『レイジング・ブル』

 

 

 

↑もう一つのブログでも映画の感想等を書いています♪

 

にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ