ウェン・ムーイエ監督、シュー・ジェン、ワン・チュエンジュン、ジョウ・イーウェイ、タン・ジュオ、チャン・ユー、ヤン・シンミンほか出演の『薬の神じゃない!』。2018年作品。

 

2014年の上海。男性用回春剤の店を営むチョン・ヨン(シュー・ジェン)は、家賃が払えず年老いて病気の父も抱え、また再婚相手と海外移住を考えている元妻によって8歳の息子からも引き離されそうになっていた。そんな中、慢性骨髄性白血病患者のリュ(ワン・チュエンジュン)から持ちかけられた国内では認可されていないインドのジェネリック薬の密輸を請け負うことにする。リュを含め白血病の娘を持つポールダンサーや英語が喋れる牧師、屠畜場で働く若者など、それぞれ患者や彼らとかかわりのある者たちと組んで、高価な薬を買えない人々にインドで買い付けた薬を安価で提供していく。しかし、当局に目をつけられ、また悪質なニセ薬の販売業者の密告もあって窮地に立たされていく。

 

ネタバレがありますので、これからご覧になるかたはご注意ください。

 

 

実話をもとにした映画で、とても評判がいい作品なので観てきました。

 

同様に実話の映画化で、やはり主人公が大勢の患者たちのために不認可の薬を密輸する『ダラス・バイヤーズクラブ』を思い出すんですが、あちらはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の薬で主人公自身もエイズ患者、こちらは白血病の薬で主人公やその家族は病気には罹っていない、という違いはあるものの、実際よく似ている展開や場面があります。

 

 

 

 

その一方で、『ダラス~』が実話の映画化作品らしく抑えたトーンであえて劇的に盛り上げるような演出を避けていたのに対して、この『薬の神じゃない!』の方はしっかり泣かせどころがあったりバックに流れる音楽も情緒的で、これは韓国や日本の映画にもしばしば言えることだけど、なるほど、東アジア的だなぁ、と。インド映画やタイ映画などでもわりとこういう演出は見かけますが。

 

ポールダンサーの女性との関係とか、仲間の壮絶な死、あるいは主人公の元妻の弟が刑事でニセ薬の捜査をしているなど、お話がうまく出来過ぎててどこまで史実なのか知りませんが、映画としてはすこぶる面白い。

 

 

 

 

このあたりは、ちょうど現実の社会問題をエンタメの中に巧く取り込んでいた韓国映画『ベテラン』などを思わせるし、本作品の主演のシュー・ジェンが演じるチョンは『ベテラン』のファン・ジョンミンとか他にもソン・ガンホがよく演じてるような愛嬌があって言葉よりも先に手が出るような「おっさん」入ってる人物で、キャラが立ってる。映画も仲間たちとの「チーム物」のノリなんですよね。

 

 

 

 

僕が観た映画館ではこの映画の劇場パンフレットは扱っていなかったので作品についての詳しいことはわからないんですが、どうやら主人公のチョン・ヨンは名前は本人と似せてあるが架空の人物で、映画の中では白血病だったリュが実際の人物に近いようだし(下に張ったリンク先を参照)、そうなるとそれ以外の登場人物たちだって同様に映画のために創作された可能性が高い。まぁ、実話の映画化作品というのは往々にしてそういうものだったりもするし。

 

ニセ薬を売りさばいている悪徳業者の集会に仲間たちと乗り込んでいって暴れるとか、ほんとだったら面白過ぎるしw

 

でも、ここで描かれた密輸事件がもとで中国の医療業界ではさまざまな改革が進んで国内で合法的に薬が安く手に入るようになって患者の生存率が劇的に上がったそうだから、仮に細かい設定や物語は創作であってもおおもとの一番重要な部分は事実なんですよね。そここそが心に留めておくべきところで。

 

 

 

『ダラス~』ではHIV感染者の主人公が最初は自分のために海外から薬を密輸し始めたのが、やがて同じ病いに苦しむ人々を放っておけなくなって大量の薬の密輸を儲けを度外視して続けることになるんだけど、この『薬の神じゃない!』でもチョンは初めは金儲けのための密輸だったのが、高価な正規の薬が買えずニセ薬を掴まされて命を落とす人たちが出てくるに及んで儲けどころか持ち出しも行なって、大切な息子とも別れ、ほとんど慈善事業のような形で逮捕される危険を冒して密輸を続ける。

 

 

 

『ダラス~』では裁判での訴えが棄却されたあとでそれまで主人公に救われた多くの人々が彼を祝福するが、『薬の神じゃない!』では逮捕されて護送されるチョンを大勢の人々が見送る。その中には亡くなった仲間の姿もある、というのがまたなかなか映画的ではあるんだけれど、グッときましたね。

 

「実話」と断わりを入れているからにはその重みを利用しているわけだから作り手にはある程度の責任があると思うんだけど、でも何よりもまず映画は「面白いかどうか」なんですよね。あとはバランスの問題で。

 

この題材にはどれぐらいの「ウソ」なら許されるのか、という倫理的な部分と、もう一つは映画としての「リアリティ」の部分。どこまでもっともらしく感じさせて、どのあたりに飛躍やドラマティックな要素を込めるのか、ということ。

 

それが巧くいってる映画は面白いし、そこが微妙だとすべてが嘘くさく感じられてしまって鼻白む。

 

この映画はそこんところがとても巧くいってると思う。

 

『薬の神じゃない!』という邦題(原題は“我不是藥神”。英語タイトルは“Dying to survive”)はなんだかユニークだなぁ、と思ったんだけど、劇中でチョンが密輸した薬を提供した患者たちから感謝の意を込めて掛け軸というかタペストリーのようなもの(あれ、なんて呼ぶんだっけ。ペナント?中国の人たちって、感謝の気持ちを表わして相手にストラップを贈る習慣があるようなことを以前聞いたけど、あのチョンへの贈り物もそういう感覚なんだろうか)を贈られて、そこに漢字でいろいろと書いてあったんだけど、要するにそれに対してチョンが「俺は別に“薬神”様じゃないよ」と言ってるような意味なのかな?

 

それにしても、事件があったのは2014年で、そのわずか4年後にはこうやって劇映画化しちゃうんだから、たくましいですよね(^o^)

 

ちょっと細かいことなんだけど、映画の途中で急に映像がヴィデオのような画質になった気がしたんだけど(“黄毛”が車を暴走させてパトカーとチェイスするところから、彼が事故死して病院に遺体が安置されているあたりまで)、あれはなんだったんだろう。撮影の都合であそこだけ別のキャメラを使ったんだろうか。それとも僕のただの目の錯覚?

 

この映画が描いているのは白血病だけど、劇中でマスクをしたり咳をしてる人たちが大勢出てきて、タイミング的にどうしても現在のコロナ禍を重ねてしまう。

 

 

 

もしかしたら、そういう意味合いも込めてのこの時期での日本公開だったのかもしれないけれど(※当初5月に公開予定だったのが、コロナ禍で延期の結果)。

 

僕たちは誰だって病いで倒れる危険があるし、その時大事なのは金儲けじゃなくて人の苦しみを想像して命の尊さを想い、互いに助け合うことなんだ、っていうごく当たり前の事実をあらためて痛感させられましたね。

 

公開開始から結構経ってますが、笑えて泣けて考えさせられもするこの映画、なかなかお薦めですよ(^-^)

 

 

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