映★画太郎の MOVIE CRADLE

映画について綴ったり屁理屈コネたりします。

映画を観終わって呑みながらダベっている感覚で書いています。そのため毎回異様に長ったらしく要領を得ない文章になって誠に申し訳ありません。読んでくださってありがとうございます。
なお、コメントは承認制ですので、書き込まれましてもすぐには表示されません。ご了承ください。

★DVDで観た作品やアメブロ開始以前に書いた感想はこちら→ 映★画太郎の MOVIE CRADLE 2


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監督:ロン・クレメンツ、ジョン・マスカー、声の出演:アウリイ・クラヴァーリョ、ドウェイン・ジョンソン、レイチェル・ハウス、テムエラ・モリソン、アラン・テュディックのディズニーのアニメーション映画『モアナと伝説の海』。2016年作品。

 

 

 

大昔、半神半人の伝説の英雄マウイが命の女神テ・フィティの“心”である緑色の石を盗んだために世界に闇が生まれ、テ・フィティの“心”は海に没して長らく失われた。時が経ち、モトゥヌイの島に住むモアナは幼い頃から海に惹かれていたが、村長(むらおさ)である父によって島の者は外洋に出ることを禁じられていた。しかし島に異変が起こり、ココナッツの実は枯れ魚も獲れなくなる。不思議な海の力によって運ばれたテ・フィティの“心”を手にしたモアナは祖母から先祖たちの秘密を教えられ、マウイを見つけだしてテ・フィティの“心”を返しにいくために珊瑚礁を越えて空と海の出会うところを目指して旅に出る。

 

ストーリーの中身について書きますので、まだご覧になっていないかたはご注意ください。

 

 

2D吹替版で鑑賞。

 

監督は『リトル・マーメイド』や『アラジン』、『プリンセスと魔法のキス』のロン・クレメンツとジョン・マスカー。

 

吹替版の声は、モアナが屋比久知奈、マウイは尾上松也、モアナの祖母を夏木マリ、デカい蟹の“タマトア”をROLLY(ローリー寺西)が担当。

 

ズートピア』の感想で「次回作はぜひミュージカルを」とリクエストしたら、ディズニーが応えてくれた(^o^)♪(妄想)

 

だからそれだけでも嬉しかったし、作品の公開が告知されてからずっと楽しみにしていました。

 

 

 

しかも「海洋版マッドマックス」という評判を聞いたら、もう期待しないわけにはいかないw

 

主人公のモアナはポリネシア系で、白人以外の有色人種がヒロインになるディズニーの長篇アニメは『プリンセスと魔法のキス』から7年ぶり。

 

そして、『塔の上のラプンツェル』の原題は“Tangled”だったし『アナと雪の女王』の原題は“Frozen”だったけど今回の映画は原題は“Moana”で、ヒロインの名前がタイトルに付くのは90年代の『ポカホンタス』や『ムーラン』の頃以来。

 

女の子の名前をタイトルに付けると男の子が観にこないから、と『ラプンツェル』の時にはわざわざ外したのが、今回は堂々と女の子の名前。

 

『ラプンツェル』も『アナ雪』も好きな映画だけど、前作『ズートピア』で動物たちの姿に託して人間の世界の“多様性”の大切さを訴えたあとだけにディズニーの意気込みが感じられて、ここ最近公開される映画の中では一番観たかった。

 

 

同時上映はレオナルド・マツダ監督による短篇『インナー・ワーキング』。

 

 

 

やりたいことやろう、生きてるうちに。って話。

 

全員が同じ動きで覇気もなく機械的に働く職場で、それまでいろいろと我慢していた主人公が自分に目覚めて我が道を行くことにする。そしたらみんなもハッピーに、という結末。

 

 

 

 

サラリーマンの悲哀みたいなものも感じさせるし、『インサイド・ヘッド』みたいな脳みそと心臓、肺などがキャラクターとして描かれていてリズミカルで楽しいんだけど、内容は正直かなり薄っぺらい感じも。

 

名前の通り、監督さんは日系アメリカ人。黒髪で七・三に眼鏡の主人公は監督の分身か。

 

ビーチで出会ったサングラス売りの赤毛の白人女性と結婚するのは監督自身のことなのかもしれないけど、なんとなくアメリカにおけるアジア系の人たちの劣等感がバリバリで大いにモヤる。

 

劣等感にまみれてるのはお前だろ、と言われそうですが。

 

好きな女性と一緒になってハッピーエンドって短篇、一体いくつ作れば気が済むんだディズニーは、とかなり食傷気味。ちょっとワンパターン過ぎないか。

 

普通に愉快な内容だけど、主人公のデザインと卑屈なキャラがちょっと苦手でした。

 

 

で、『モアナ』の方だけど、こちらも普通に楽しんだんですが、先に申し上げておくと、観終わったあとに「期待以上だった!」という『ズートピア』の時のような高揚感はなかった。

 

う~ん、僕が期待してたような作品ではなかったなぁ、と。

 

世間では自分が観た映画について「期待していた作品と違った」という批判をする人に対して冷ややかな反応もありますが、いや、もしも期待してた「以上」だったら文句はないし、作品としてほんとに面白かったんなら別に何も言うことはないんですよ。

 

モアナをはじめマウイ、そして島の人々が唄い踊る場面は観ていてとても気持ちよかったし、モアナが海に導かれて旅に出る場面やおばあちゃんとの別れにはウルッときたし。

 

 

 

特に映画の前半では、幼少期にモアナが“海”によって選ばれたり、遠い祖先がたくさんの船で大海原を渡り長い旅の末にモアナの故郷のモトゥヌイにたどり着く場面など、かなりワクワクさせられもした。

 

ディズニーヒロイン史上初めてトップレス姿を披露したモアナw

 

 

 

これは海洋冒険映画で、モアナは島を救うために英雄マウイとともに困難と闘う。

 

相手は海賊だったり巨大モンスターだったりして、まさしく「マッドマックス」な場面もある。

 

 

 

そこだけとれば文句のつけようがない作品にも思えるんだけど、僕にはお話の方が少々間延びして感じられてしまって。


上映時間は113分で、100分前後の作品が多いディズニーアニメとしては比較的長いこともあって、どうも中盤あたりでちょっとウトウトしちゃったんですよね。

 

まぁ、トロピカルな音楽が心地よすぎたから、ってのもあるんだけど。

 

たとえばモアナとマウイが敵と戦ったあとに唐突に仲違いして船の上でしょんぼりする、という展開が何度か続いてそのたびにお話が停滞してしまう。

 

特にこの映画では後半はほとんどモアナとマウイ二人だけで話が進んでいく。彼らの前に難関が待ち受ける、という具合に。

 

でも彼ら二人の会話が僕には単調に思えてしまったのです。

 

モアナは確かに勇敢な少女として描かれてはいるけれど、彼女の心の内側はどうもよくわからないし、何かといえば「私はモトゥヌイのモアナ」と繰り返すだけで(それが繰り返しのギャグになってるのはわかるんですが)、頭を使って問題をこう切り抜けていこう、という具体的な考えが伝わってこない。いつもマウイ頼みの成り行き任せ。

 

時々ジェスチャー交じりに軽口を言ってるのがこれまでのラプンツェルやアナっぽいんだけど、特に面白くはないので空回りしている。

 

なんかキャラが時々ブレるんですよね。真面目な性格なのかちょっと軽めのユーモラスなキャラなのかよくわからない。

 

一方のマウイも単純な筋肉バカにしか見えないので、たとえば『ラプンツェル』のユージーンのように軽薄な風来坊のように見えて実は誠実な男性だった、といった深みがない。

 

モアナは聡明で頭のよい女性のはずだし、テ・フィティから“心”を盗んだマウイもほんとは複雑な内面を持ったキャラクターのはずなんだけど、いずれもそういうふうには描かれていないから、ぶっちゃけ二人ともあまり賢そうに見えないのだ。

 

だからこの二人の掛け合いには『ズートピア』のジュディとニックの会話みたいな軽妙な可笑しさもあまり感じられない。

 

それにしても、ニワトリのヘイヘイの役立たずっぷりがスゴい^_^;

 

 

 

普通なら、そういう役に立たなかった奴が最後に活躍したりするものだけど、ヘイヘイは最後まで特に何もしない。

 

これは「動物キャラだからって必ずヒロインのために健気に働くと思うなよ」というメッセージだろうかw

 

子ブタのプア(モアナが子どもの頃からいたからミニブタかもしれないけど)がすっごく可愛かったんでてっきり彼がモアナのお供で一緒に旅をするのかと思ってたら、あまり出番がなかったのが残念。

 

 

 

巨大な蟹のタマトアがエンドクレジットのあとにひっくり返って起き上がれないままで「俺がもしプリンセスのお供の赤い蟹(『リトル・マーメイド』のセバスチャン)だったら助けるんだろ」って捨て台詞を吐くのはちょっと可笑しかったけど、思ったほどキャラは立ってなかったなぁ。

 

 

 

「傑作!」と絶賛している人も大勢いるので、これはあくまでも僕の意見であってそれが正解などと言い張るつもりはありませんが、個人的な好みの問題とは別にモデルになったポリネシア系の人たちの中からも批判は出ている模様。

 

ディズニー新作映画「モアナと伝説の海」に批判の声 ねこのつめ合わせ

 

 

モアナはこれまでの白人女性キャラのようにほっそりとした身体ではなくて腕や足がむっちりした肉感的な体型で髪も美しいキュートな美人に描かれているけれど、さすがにマウイは男前とは言いがたいし、彼はモアナとは恋をしないのでイケメンである必要がないと判断したのかもしれないが、いくらなんでも顔がブタゴリラ過ぎだろ^_^; そりゃポリネシアの人たちだって怒るよ。

 

マウイに関しては、顔の表情が豊かで(オリジナル版で声を担当している“ザ・ロック”ことドウェイン・ジョンソンの表情の作り方を模してもいるのだろうし)愛嬌があるから、見ているうちに愛着も湧いてくるんだけど。

 

 

 

この作品に限らないけれど、ディズニーアニメでは白人のキャラクターはラプンツェルもアナもエルサもバービー人形のような整った美人だしユージーンもクリストフもハンスもみんなイケメンに描かれているのに、有色人種の場合はアジア系なら目が細めでツリ気味だったりアフリカ系やポリネシア系は鼻が横に広がってたり唇が厚めだったり、なんで人種的な特徴をことさら強調して描くのか前々から疑問だった。

 

敢えて人種の特徴をわかりやすく描くのなら、白人だって鷲鼻でケツアゴじゃなきゃおかしいだろ。

 

なんか不公平感があるんだよね。

 

いろんな国が舞台になってさまざまな人種や民族が描かれること自体には賛成だし、まだまだ舞台になっていない世界各地が今後も取り上げられたらいいな、とは思う。

 

だけどそれがただ白人の観客の優越感やエキゾティシズムを満足させるためだけだったり、他民族の文化の搾取や改ざんに利用されたんでは困る。

 

僕たちだって、ディズニーアニメで日本と中国と韓国の服装や風習がちゃんぽんになってて漠然とそれを「東洋のどこか」とか言われたらイラッとするだろうし、キアヌ・リーヴス主演で柴咲コウや菊地凛子も出演していた『47RONIN』なんてまさしくそういう映画だったけど(舞台は江戸時代の日本でした)、ほんとにこういうのやめてくれよ、と思うもの。

 

お断わりしておきますが、僕は『モアナ』という作品の存在そのものを否定しているのではなくて、ここからはいろいろな問題を提起できるということが言いたいだけです。

 

こういうこと言うと、「そうやってすぐに人種問題とか持ちだす人間の方がむしろ人種に囚われている」という反論が出てくるんだけど、そうだろうか。

 

ポリネシアの人たちが白人やディズニーを警戒するのは、実際に侵略されて自分たちの文化を破壊された歴史的事実があるからだ。

 

加害者としての白人を描かずに、他の民族とその文化を勝手に都合よく使われたんでは当事者としては納得いかないのも無理はない。

 

またかつてディズニーは『ポカホンタス』で実在の人物であるヒロインに史実にはない白人との恋をさせたりして、ネイティヴ・アメリカンの人たちの顰蹙を買ってもいる。

 

とても無神経なことをやってきているわけです。

 

実在の国やそこに住む人たちをモデルにしてフィクションを作り上げる場合、そこにはとても繊細な配慮が必要なのだ。

 

ましてやディズニーアニメは世界中で上映されているのだから。

 

ちょっと前にファッション誌「ヴォーグ」USA版で白人のモデルが日本の着物姿で写っている写真が問題視されたけど、あれもただ白人女性が日本的な服装をしたことが云々されたのではなくて、特集で“多様性”をテーマにしていたにもかかわらず日本人や日系人のモデルではなく白人モデルが使われていたことが批判されたのだった。これのどこが「多様性」なんだ、と。

 

白人モデルのゲイシャ写真が炎上した本当の理由~「文化の盗用」と「ホワイト・ウォッシュ」

 

 

気を緩めると白人たちはこういうことをしょっちゅうやらかす。

 

『ズートピア』はキャラクターを動物化するという手順を踏んでいたおかげで、どの種族がどこの国の人を意味するのか、などと気にする必要もなくて今回のような問題を考えなくても済んだけど、あれを人間のキャラクターでやってたら反発も招いたでしょう。

 

興味深いことに、あれだけ多種多様な動物たちが溢れていたように見えた『ズートピア』では、ゴリラやチンパンジー、オランウータンやマンドリルなどの類人猿はまったく登場しない。人間に近い種族を敢えて出さなかったのか、たまたまなのかわからないけど、特定の人種や民族と動物たちとを結びつけられないように配慮した結果なのかもしれませんね。

 

ともかく、『ズートピア』では刑事アクションという娯楽映画の中で差別問題を扱ってなかなか画期的なことをやっていた。

 

だからその次の作品にはそれと同等か、さらにつっこんだテーマを期待してしまってもしょうがないじゃないですか。

 

でも、『モアナ』では命の女神テ・フィティや、“心”を奪われて彼女が変身した溶岩の魔物テ・カァなど、神話的な世界が描かれる。

 

“マウイ”は実際にポリネシアの島に伝わる伝説の英雄からとられている。

 

以前観たアニメーション映画『ソング・オブ・ザ・シー』もまたアイルランドのケルト神話から題材をとっていたけれど、ディズニーが神話の世界を描くとこういうアドヴェンチャー映画になる、というのは面白いですね。


 

 

でも、『ソング・オブ・ザ・シー』でも僕は途中でちょっとウトウトしちゃったように、神話の世界というのは僕たちが住むこの世界とは次元が違うから、観ているうちに飽きてきちゃうんです。

 

だから眠くなる。

 

テ・カァ(ちょっと前に小栗旬が桃太郎を演じていたペプシのCMの巨大な“鬼”みたいだった)は火山などの自然の猛威を象徴しているのだろうし、島の危機も災害や飢饉、疫病など人々を脅かすものを神話的な話法で語ったものだと捉えることもできる。

 

敵を打ちすえて勝利を収めるのではなく、乙女が女神に“心”を返すことでその怒りを鎮める、という結末も自然やポリネシアの文化、伝承への敬意を感じる。

 

だからけっして「無神経」な映画などとは思いませんが、やはり僕は『ズートピア』の延長線上の物語を観たかった。

 

ロン・クレメンツとジョン・マスカーの両監督はこれまでにも『アラジン』や『プリンセスと魔法のキス』で白人以外の主人公を描いているけど、アラビアンナイトの世界が舞台の『アラジン』はともかく、1920~30年代のアメリカを舞台にした『魔法のキス』ではヒロインのティアナはアフリカ系だが白人の親友がいて、彼女のまわりには人種差別は一切存在しなかった。

 

第二次世界大戦前のまだ人種差別が堂々と行なわれていた時代を、まるで理想の世界のように描いていた。

 

同じく、今回の『モアナ』でも(舞台が白人たちがやってくる以前の時代だからというのもあるが)そういう侵略や民族差別についてはまったく触れられることはない。

 

モアナたちが対峙するのはあくまでも自然の脅威であって、外敵、侵略者である白人たちは不在のまま。

 

ちなみにロン・クレメンツもジョン・マスカーも白人。

 

無論、有色人種が主人公なら必ず差別問題を扱わなければならないルールなんてないし、せっかく美しく雄大な風景の中でヒロインが唄って冒険しているのにそこを評価しないのはどうなんだ、という意見もあるでしょうが(『ポカホンタス』ですでに異人種間の争いを描いたから、というのもあるかもしれないし)、それでも何か現実の世界の一番の問題に目を瞑ってエキゾティックな神話の世界に浸ってるような、釈然としない気分になるんですよね。

 

まるで『パイレーツ・オブ・カリビアン』でも観ているような空しさを感じる。中身が何もないような。

 

「中身が何もない」は言い過ぎですが、でも「海洋版マッドマックス」っていうけど、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』では敵は女性たちを搾取する男たちで、そこには明確に女性差別への反発があった。

 

『ラプンツェル』では娘を支配しようとする母親(偽の母)の姿に現実との接点があったし、『アナ雪』のエルサの描かれ方はそれまでのディズニーアニメのヒロインから一歩進んだものだった。

 

では『モアナ』はどうだろう。

 

戦うヒロインはすでにこれまでに描かれているし、恋をしないプリンセスというのもすでにエルサが実現している。

 

プリンセスではない、とはいっても村長の娘、というのは要するにお姫様みたいなもので、実際モアナはやがては父の跡を継ぐような描かれ方をしている。

 

「恋をしないお姫様」というのはピクサーの『メリダとおそろしの森』を思わせるけど、『メリダ』が歌までも排除してしまったためにヒットしなかったのに対して、『モアナ』は歌のおかげでヒットしたともいえる。

 

モアナの唄う主題歌は耳に残るし、最初に書いたように思わず涙ぐみそうになる場面もあった。

 

ただ僕はそこに何か新しいものを見出すことはできませんでした。

 

魅力的なヒロインの要素を持ちながらもモアナがどこか空虚にも感じられたのは、『魔法のキス』でもそうだったようにヒロインが本当に戦うべき相手と戦っていないからかもしれない。

 

お話に不満がある、というのはそういうこと。はるか昔を舞台にしながらも現実の世界と繋がる、“もっと遠くへ”“どこまでも”旅立つヒロインを見たかった。

 

どこか一箇所でもいい、現実の切実な問題を彷彿とさせる要素を盛り込んでくれていたら、モアナの歌声や冒険はさらに深い感動を呼んだだろうと思います。

 

ずいぶんと酷評しているように思われたでしょうが、僕はこの映画を観られてよかったし、二度目の方がより楽しめることも多いので近々字幕版を観たいと思っています。

 

 

追記:

 

その後、字幕版をDOLBY ATMOSで鑑賞。

 

…いやぁ、楽しかったです。

 

予想してたことだけど二度目は最初の時よりも抵抗なく観られて、途中で眠くもならなかった。

 

ブサイクでもマウイは面白いキャラクターで台詞をちゃんと聴いてると(字幕を読むと)彼の「人間に愛されたい」という気持ちは語られていたし、モアナも最後は頭を使ってテ・カァに立ち向かっていた。

 

タマトアの歌も好きだなぁ。しっかりキャラも立ってたし。

 

それからヘイヘイはラスト近くで一度だけ役に立ってましたね。失礼いたしました。

 

僕は一回目の時にはほんとに居眠りしていたんだろうか。

 

吹替版の歌もけっして悪くはなかったけど、エンディングの主題歌も含めて全体的に今回のオリジナル版の歌の方により一層聴き入りました。

 

結論。他のディズニーアニメ同様にこの映画も好き。

 

エンドクレジットの最後に『シュガー・ラッシュ』の主人公ラルフが映ってたけど、来年には続篇が公開されるんですね。楽しみ!

 

 

 

 

 

 

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