従来「先生」と呼んでいた人を「氏」と呼ぶことは、私の中で格下げしたことを表していたが、適菜収氏の扱いに困ってしまった。
私は適菜氏を批判する記事を書いたが(http://ameblo.jp/bj24649/entry-11973655399.html)、いまだ信頼する部分は大きい(音楽について挑発的なことを述べたそうだが。http://ameblo.jp/khensuke/entry-11976801727.html)。
敬称の使い方をどうしたものかと思ったが、今後は「氏」を使う割合を増やすこととする。
従来は「先生」を使っていた人でも「氏」を使うことが多くなる。
適菜収氏は昨年から「三橋貴明の「新」日本経済新聞」で連載を開始した(http://www.mitsuhashitakaaki.net/category/tekina/)。
三橋貴明氏は、昨年から「移民ガー」「実質賃金ガー」「安倍総理は偽装保守」などと騒ぎ、的外れな安倍批判を展開している。
三橋氏は、安倍総理の著書「新しい国へ 美しい国へ 完全版」(文藝春秋、2013年)244ページ以下に書かれた「「瑞穂の国」の資本主義」を引いており、安倍総理の発言を確認しているように見えるが、同書をきちんと読んでおれば「移民ガー」などと軽々に安倍批判をすることなどできず、また、この批判を取り下げないわけで、安倍批判に前のめりになっていることが明らかになった(http://ameblo.jp/typexr/entry-11828351303.html、http://ameblo.jp/bj24649/entry-11801805726.html参照)。
私のようなアマチュアならばまだしも、プロの言論人、それも安倍総裁擁立を応援した者として(http://abesouri.com/menber.html)、この時点でかなり問題があった(「移民ガー」が始まったのは昨年3月。「実質賃金ガー」が始まったのは昨年4月。「安倍総理は偽装保守」は昨年7月)。
三橋氏は、最近は「供給制約はデマ」という妙な主張をしており(http://ameblo.jp/akiran1969/entry-11976407044.html、http://ameblo.jp/khensuke/entry-11976801727.html)、もはや中小企業診断士として信頼できるかどうかも怪しい域に入ってきたのではないかと思う。
三橋氏が人気を得た要因は、「わかりやすさ」と「一次資料に当たったグラフ」だった(http://ameblo.jp/um-cachorro/entry-11975766171.html参照)。
「デフレ期にはデフレ対策。インフレ期にはインフレ対策。」。
デフレ脱却に効果があるかどうかで経済政策の是非を判断する二元論はわかりやすかった。
民主党政権下ではこれが見事にハまった。
民主党政権の経済政策のダメなところをズバズバと斬っていく三橋氏は痛快だった。
また、従来の自民党政権がデフレ脱却に失敗した要因について、竹中平蔵教授を悪者扱いする善悪二元論もわかりやすかった。
しかし、安倍政権が発足し、政府がデフレ脱却に向けて政治力を動員し、金融政策を転換すると、三橋氏の言論がおかしくなってきた。
民主党政権ではダメなところ批判して政権打倒に結びつけられればよかった。
しかし、安倍政権では、建設的議論が求められるし、デフレ脱却過程ではインフレデフレ二元論が妥当しにくい。
その上、三橋氏は近年の金融政策の研究についても理解がないので、リフレ政策についても的確に議論することができない。
三橋氏は、「デフレ対策には公共事業」という狭隘な考え方をゴリ押しし、「疑惑のグラフ」を出してしまった(http://ameblo.jp/akiran1969/entry-11877853353.html)。
三橋氏は「インフレ期にはインフレ対策」が持論だったが、インフレが近づいてきたならば、インフレ対策ばかり主張していると従来認定していた竹中教授の論も採り入れていくべきことになる。
しかし、今まで散々竹中教授を悪者扱いしてしまい、読者の間に「竹中=売国奴」の認識が広がってしまい、今さら竹中教授の論を採ることは難しい。
そこで、「規制緩和・グローバル化と安全保障の強化は、両立しえない」という第一原則を打ち出したのだと思う(http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11955827441.html)。三橋氏は安全保障を重視するのだから、規制緩和にもグローバル化にも反対するということであり、とどのつまり、竹中教授の論は採り入れないという宣言ということになる。
とすれば、「インフレ期にはインフレ対策」がどこかに消えてしまった(またはトーン・ダウン)ということになる。
三橋氏の言論はわが国がデフレであり続けた方が都合が良い。公共事業をデフレ対策に位置づけてしまったため、インフレになるとこれを主張しにくくなる。そのせいか、三橋氏は日本はデフレに逆戻りしたと、前のめりになって言ってしまったようだ(https://twitter.com/akichi_3kan4on/status/552992511036112897)。
三橋氏こそ、「偽装」を行っているのではないか。
ケインジアンを装いながらケインジアンではないようだし(https://www.youtube.com/watch?v=1p7Qh-bsSkA、http://ameblo.jp/bj24649/entry-11963742550.html)。いわば偽装ケインジアンだ。
三橋氏はわかりやすい言論を売りにして今の地位を築いたが、安倍政権になってそのわかりやすさが裏目に出てきていると思われる。
しかし、わかりやすい経済解説を求める読者たちは、なかなか三橋氏から離れない。
三橋氏はいまだに政治経済ブログランキングで1位である。
ところで、適菜氏と言えば「B層」論である。
適菜収「日本をダメにしたB層の研究」(講談社、2012年)46ページ以下
「B層とはなにか?
B層とは、大衆社会の成れの果てに出現した、今の時代を象徴するような愚民です。
(中略)
最初にB層の定義を確認します。
B層とは「マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち」です。
これは私の造語ではありません。
二〇〇五年九月のいわゆる郵政選挙の際、自民党が広告会社スリードに作成させた企画書「郵政民営化・合意形成コミュニケーション戦略(案)」による概念です。
この企画書は、国民をA層、B層、C層、D層に分類して、「構造改革に肯定的でかつIQが低い層」「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層」をB層と規定しています(※http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/0/3/600/img_038bacbc64d039e72c782695debaa167334170.jpg)。
郵政選挙では、このB層に向けて「改革なくして成長なし」「聖域なき構造改革」といった小泉のワンフレーズ・ポリティックスが集中的にぶつけられました。
「郵政民営化に賛成か反対か」
「改革派か抵抗勢力か」
このように問題を極度に単純化することにより、普段モノを考えていない人々の票を集めたわけです。小泉自民党はマーケティングの手法を駆使することで圧勝しました。
大衆は気分で動きます。
そこで短いセンテンスを繰り返すことにより、気分を醸成していく。これはナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)のヨーゼフ・ゲッベルス(一八九七~一九四五)が体系化した手法であり、土井たか子の「ダメなものはダメ」みたいなものです。
「おいしいものは旨い」と同じで、論理では批判できない構造になっています。
B層は単なる無知ではない
この企画書は「国民を愚弄している」と批判されましたが、私は今の時代を分析する上で重要な意味を含んでいると思います。
縦軸(IQ)は説明するまでもありませんが、横軸(構造改革に対する姿勢)は「日本固有のシステムを国際基準に合わせることに対する是非」「グローバリズムに対する姿勢」と捉えることもできます。
さらに深部を読み取れば「近代的諸価値を肯定するのか、警戒するのか」と読み替えることもできる(※http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/8/5/600/img_85c46e4de421abcc14636f0c17417ff5152567.jpg)。そうすると、B層は<<近代的諸価値を盲信するバカ>>ということになります。
平等主義や民主主義、普遍的人権などを信じ込んでいる人たちですね。
重要な点は、B層が単なる無知ではないことです。
彼らは、新聞を丹念に読み、テレビニュースを熱心に見る。そして自分たちが合理的で理性的であることに深く満足している。
その一方で、歴史によって培われてきた<<良識>><<日常生活のしきたり>><<中間の知>><<教養>>を軽視するので、現代イデオロギーに容易に接合されてしまう。
なにを変えるのかは別として、<<改革>><<変革>><<革新>><<革命>><<維新>>といったキーワードに根無し草のように流されていく。彼らは権威を嫌う一方で権威に弱い。テレビや新聞の報道、政治家や大学教授の言葉を鵜呑みにし、踊らされ、騙されたと憤慨し、その後も永遠に騙され続ける存在がB層です。」
※ 図に関しては、「現代ビジネス」の記事のURLに差し替えた(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40442)。
日本をダメにしたB層の研究/講談社
¥1,404 Amazon.co.jp
「B層とはなにか?
B層とは、大衆社会の成れの果てに出現した、今の時代を象徴するような愚民です。
(中略)
最初にB層の定義を確認します。
B層とは「マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち」です。
これは私の造語ではありません。
二〇〇五年九月のいわゆる郵政選挙の際、自民党が広告会社スリードに作成させた企画書「郵政民営化・合意形成コミュニケーション戦略(案)」による概念です。
この企画書は、国民をA層、B層、C層、D層に分類して、「構造改革に肯定的でかつIQが低い層」「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層」をB層と規定しています(※http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/0/3/600/img_038bacbc64d039e72c782695debaa167334170.jpg)。
郵政選挙では、このB層に向けて「改革なくして成長なし」「聖域なき構造改革」といった小泉のワンフレーズ・ポリティックスが集中的にぶつけられました。
「郵政民営化に賛成か反対か」
「改革派か抵抗勢力か」
このように問題を極度に単純化することにより、普段モノを考えていない人々の票を集めたわけです。小泉自民党はマーケティングの手法を駆使することで圧勝しました。
大衆は気分で動きます。
そこで短いセンテンスを繰り返すことにより、気分を醸成していく。これはナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)のヨーゼフ・ゲッベルス(一八九七~一九四五)が体系化した手法であり、土井たか子の「ダメなものはダメ」みたいなものです。
「おいしいものは旨い」と同じで、論理では批判できない構造になっています。
B層は単なる無知ではない
この企画書は「国民を愚弄している」と批判されましたが、私は今の時代を分析する上で重要な意味を含んでいると思います。
縦軸(IQ)は説明するまでもありませんが、横軸(構造改革に対する姿勢)は「日本固有のシステムを国際基準に合わせることに対する是非」「グローバリズムに対する姿勢」と捉えることもできます。
さらに深部を読み取れば「近代的諸価値を肯定するのか、警戒するのか」と読み替えることもできる(※http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/8/5/600/img_85c46e4de421abcc14636f0c17417ff5152567.jpg)。そうすると、B層は<<近代的諸価値を盲信するバカ>>ということになります。
平等主義や民主主義、普遍的人権などを信じ込んでいる人たちですね。
重要な点は、B層が単なる無知ではないことです。
彼らは、新聞を丹念に読み、テレビニュースを熱心に見る。そして自分たちが合理的で理性的であることに深く満足している。
その一方で、歴史によって培われてきた<<良識>><<日常生活のしきたり>><<中間の知>><<教養>>を軽視するので、現代イデオロギーに容易に接合されてしまう。
なにを変えるのかは別として、<<改革>><<変革>><<革新>><<革命>><<維新>>といったキーワードに根無し草のように流されていく。彼らは権威を嫌う一方で権威に弱い。テレビや新聞の報道、政治家や大学教授の言葉を鵜呑みにし、踊らされ、騙されたと憤慨し、その後も永遠に騙され続ける存在がB層です。」
※ 図に関しては、「現代ビジネス」の記事のURLに差し替えた(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40442)。
三橋氏の読者の多くは保守的な政治信条を持つ人たちだと考えると、彼らはB層ではないだろう。
まさに竹中教授を嫌い、小泉政権も嫌っている。
では、何層なのだろうか。
適菜収「日本を救うC層」の研究」(講談社、2013年)62ページ以下
「B層とはなにか?
(中略)
A層は、「構造改革に肯定的でかつIQが高い層」です。
財界勝ち組企業、大学教授、マスメディア(TV)、都市部ホワイトカラーが挙げられています。
B層は、「構造改革に肯定的でかつIQが低い層」です。
(中略)
C層とはなにか?
ーC層とはなんですか?
C層は「構造改革に否定的でかつIQが高い層」です。その説明としては、ごく簡単に「構造改革抵抗守旧派」とあるだけです。簡単にいえば、C層とは頭のいい保守です。ここは大事なところなので、第四章でまとめて説明をします。
D層は企画書にはアルファベットの表記さえなく、「既に(失業等の痛みにより、)構造改革に恐怖を覚えている層」とだけ書かれています。」
日本を救うC層の研究/講談社
¥1,404 Amazon.co.jp
「B層とはなにか?
(中略)
A層は、「構造改革に肯定的でかつIQが高い層」です。
財界勝ち組企業、大学教授、マスメディア(TV)、都市部ホワイトカラーが挙げられています。
B層は、「構造改革に肯定的でかつIQが低い層」です。
(中略)
C層とはなにか?
ーC層とはなんですか?
C層は「構造改革に否定的でかつIQが高い層」です。その説明としては、ごく簡単に「構造改革抵抗守旧派」とあるだけです。簡単にいえば、C層とは頭のいい保守です。ここは大事なところなので、第四章でまとめて説明をします。
D層は企画書にはアルファベットの表記さえなく、「既に(失業等の痛みにより、)構造改革に恐怖を覚えている層」とだけ書かれています。」
三橋読者は構造改革に肯定的ではないので、A層でもB層でもない。
では、C層なのだろうか。
ここでB層の特徴を見てみる。
適菜「B層の研究」51ページ以下
「B層は陰謀論が好き
B層はジャンクな情報に流されます。
たとえば陰謀論です。
陰謀が存在するのは歴史的事実ですが、私は陰謀論・陰謀史観には与しません。
陰謀論は最初に結論があるので、容易に情勢を説明することができる。要するに、B層の「世界をわかりやすく理解したい」という欲望、あるいは「世界はわかりやすく理解できるはずだ」という妄想が、陰謀論の土壌になっている。
(中略)
裏を取ることができない情報を、圧倒的な自信を持って主張するのがB層です。
検証可能なものと不可能なものを峻別する。
わからないことに対しては態度を保留する。
それが正常な人間ですが、B層は大手メディアが報道しない「真実」を知っているという。ネット上には「真実の情報」が流れているそうです。
(中略)
B層は、自分の世界観を肯定するために本を読みます。簡単に理解できるもの、自分の世界をあたたかく包んでくれるものしか受け付けない。
それが目的化しているので、都合の悪い情報は目に入ってきません。そこで必然的に発生する矛盾は、陰謀論に回収させるというわけです。
繰り返しますが、陰謀は存在します。CIAの公開文書を読むと、謀略が歴史を動かしてきたことがわかります。証拠と論理を積み重ね、それを追及するのがジャーナリズムの仕事です。
しかし、陰謀論者は結論から原因を演繹する。
つまり思考回路がおかしいのです。」
「B層は陰謀論が好き
B層はジャンクな情報に流されます。
たとえば陰謀論です。
陰謀が存在するのは歴史的事実ですが、私は陰謀論・陰謀史観には与しません。
陰謀論は最初に結論があるので、容易に情勢を説明することができる。要するに、B層の「世界をわかりやすく理解したい」という欲望、あるいは「世界はわかりやすく理解できるはずだ」という妄想が、陰謀論の土壌になっている。
(中略)
裏を取ることができない情報を、圧倒的な自信を持って主張するのがB層です。
検証可能なものと不可能なものを峻別する。
わからないことに対しては態度を保留する。
それが正常な人間ですが、B層は大手メディアが報道しない「真実」を知っているという。ネット上には「真実の情報」が流れているそうです。
(中略)
B層は、自分の世界観を肯定するために本を読みます。簡単に理解できるもの、自分の世界をあたたかく包んでくれるものしか受け付けない。
それが目的化しているので、都合の悪い情報は目に入ってきません。そこで必然的に発生する矛盾は、陰謀論に回収させるというわけです。
繰り返しますが、陰謀は存在します。CIAの公開文書を読むと、謀略が歴史を動かしてきたことがわかります。証拠と論理を積み重ね、それを追及するのがジャーナリズムの仕事です。
しかし、陰謀論者は結論から原因を演繹する。
つまり思考回路がおかしいのです。」
適菜収「ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒」(講談社、2012年)151ページ以下
「B層が求める「わかりやすい敵」
(中略)
ニーチェは、ルサンチマンと同情の二つがキリスト教の原理であることを指摘しましたが、これは政治にも応用されています。
要するに既存の統治機構に対するB層の不平・不満を煽ることにより、革命を起こすわけです。
郵政選挙の際には、「抵抗勢力」という「わかりやすい敵」が設定され、そこに正義の味方である「刺客」が送り込まれました。あるいは参院選において「姫の虎退治」のようなB層向けの紙芝居が用意される。
「敵」は状況に応じて官僚や公務員などに変化します。B層政治家は「公務員の数が多すぎる」「公務員の人件費が高すぎる」などとB層のルサンチマンを煽ります。
もちろん完全なデマゴギーです。日本は先進国では異常なほど人口比の公務員数が少なく、GDP(国内総生産)に対する公務員の人件費比率はフランスの半分以下です。
しかし、B層にとっては事実は重要ではありません。
B層は理解したいことしか耳に入らないからです。
彼らに必要なのは薄汚いルサンチマンをぶつける対象としての「敵」です。」
ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒 (講談社+α新書)/講談社
¥905 Amazon.co.jp
「B層が求める「わかりやすい敵」
(中略)
ニーチェは、ルサンチマンと同情の二つがキリスト教の原理であることを指摘しましたが、これは政治にも応用されています。
要するに既存の統治機構に対するB層の不平・不満を煽ることにより、革命を起こすわけです。
郵政選挙の際には、「抵抗勢力」という「わかりやすい敵」が設定され、そこに正義の味方である「刺客」が送り込まれました。あるいは参院選において「姫の虎退治」のようなB層向けの紙芝居が用意される。
「敵」は状況に応じて官僚や公務員などに変化します。B層政治家は「公務員の数が多すぎる」「公務員の人件費が高すぎる」などとB層のルサンチマンを煽ります。
もちろん完全なデマゴギーです。日本は先進国では異常なほど人口比の公務員数が少なく、GDP(国内総生産)に対する公務員の人件費比率はフランスの半分以下です。
しかし、B層にとっては事実は重要ではありません。
B層は理解したいことしか耳に入らないからです。
彼らに必要なのは薄汚いルサンチマンをぶつける対象としての「敵」です。」
保守派であることを自認する人の中にも陰謀論に溺れる人はたくさんいる。
また、竹中平蔵教授というわかりやすい敵を欲する人もたくさんいる。
これが「頭のいい保守」なのだろうか。
日本を救うC層なのだろうか。
B層の要素が多分に見られる。
三橋氏の「供給制約はデマ」にしても、「正しい政策」を掲げる自分を妨害する悪い奴がいるという、陰謀論めいたところがあると思う(http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11974169635.html)。
三橋氏は「「供給制約」とは何でしょうか。定義を聞いたことがない」という(http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11973771704.html)。
しかし、これはウソだ。
なぜなら、「三橋貴明の「新」日本経済新聞」に、
「供給制約状態(需要に対して供給が追いつかない状態)」
と書いてあるからだ(http://www.mitsuhashitakaaki.net/2014/02/25/fujii-77/[藤井聡教授執筆])。ここで飯田泰之准教授がかかる定義をしていることがわかる(他に、http://synodos.jp/economy/7198/2)。そして、三橋氏はこの藤井・飯田の公開討論について、
「我が国に相応しい経済政策について、藤井聡先生と飯田泰之先生のインターネット上の「討論」が続いています。わたくしは、これは素晴らしいことだと思います。」
と言って自身のブログでも紹介している(http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11781642766.html)。
供給制約の定義を聞いたことがない?そんなはずはない。
三橋氏は飯田准教授に反論すればよい。供給制約を言う人は定義も数値も示さない卑怯者で「正しい政策」を阻害する悪い奴という、陰謀論・印象操作を言うのではなく、それこそ数値に基づいた議論をすればいい(なお、供給制約についてはhttp://youtu.be/OJS0k1-Y8EA?t=1h4s参照)。
ていうか、定義を聞いたことがないのであれば、調べるのがプロの経済評論家なのではないか。私ですらGoogle検索で上記の定義をすぐに見つけられたわけで、三橋氏にできないはずがない。むしろ、皆がこの定義を忘れた頃合いを見計らって、このようなウソをついたのではないかと勘繰る。
三橋氏は供給制約の定義について、
「恐らく「公共事業のやりすぎで人手不足となり、事業を遂行できないか、もしくは民間の建設が進まない」といった話だと思います。」
と言う。飯田准教授の定義と似たようなものに見えるかもしれないが、「公共事業のやりすぎで」という文言が付加されているところに意図を感じる。飯田准教授の定義は民間需要が高まって供給が追いつかない場合も供給制約にあたるが、三橋氏の定義ではあたらないこととなる。つまり、アベノミクスによって民間の建設需要が高まり、公共事業も拡大すると供給力が不足する場合、飯田准教授の定義だと供給制約にあたるが、三橋氏の定義だとあたらない。飯田准教授が民間の経済活動を重視するのに対し、三橋氏は政府のそれを重視するという価値観の対比もできるかもしれない。三橋氏は素知らぬ顔をして飯田准教授の定義を参照しつつ、結論から逆算して定義し直しているのではなかろうか。
三橋氏は従来、小泉政権以来、公共事業を削減して建設企業が大幅に減ったことを指摘しており、建設業の供給力の減少を指摘してきた。ならば、供給制約を肯定した方が従来の主張と整合性があるように思う。三橋氏は
「・・・と出鱈目を撒き散らしながら、いきなり、「建設業界の供給能力不足で、復興が困難に陥っている。人件費上昇圧力もかかる」と、正論を言い出す。」
「建設業界が供給能力不足に陥ったのは、あなた方が出鱈目な「公共事業不要論」を撒き散らし、土建業者を叩きまくったせいでしょうがっ!自分たちで「土建業者の供給能力不足」を引き起こしておきながら、「土建業者の供給能力不足のおかげで、アベノミクスはうまくいかないから(笑)」と言ってのけるわけです。信じられますか、彼らが「日本国民」であることを。あるいは「人間」であることを。」
と朝日新聞の二枚舌を批判をしているが、かつては一応供給能力不足の事実はあることを認めていたのではないか(http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11441106390.html)。
なお、三橋氏の思考回路は「結論から原因を演繹する」ところが多分にある(http://ameblo.jp/bj24649/entry-11894544941.html)。
学問や政治に真摯に向き合う態度ではない。
三橋氏やチャンネル桜に煽られて、「ケケ中は新自由主義者で売国奴」と竹中叩きに狂奔するネット保守はたくさんいる。
朝日新聞のように売国紙であることが公知の事実であり、また社会的影響力も大きく、抹殺することが喫緊の課題である場合は、いちいち調べたり考えたりせずに、売国新聞と罵ってしまってもよいとは思う。
他方、竹中教授はそうではない。竹中教授は、小泉政権に入って金融緩和を積極的に行ったし、消費税増税にも反対している。構造改革にはうまくいかなかったところもあるかもしれないが、貧困率は改善しており、トリクルダウンを狙って金持ちを優遇して格差が拡大したというわけではないようだ(https://twitter.com/bobbygetshome/status/553802431482454018)。
竹中教授は、「日本文化振興のために補助金を増額すべき」「公共事業の減らし過ぎはダメ」などと言っている。民主党政権によるTPP参加交渉にも不安を述べている(http://ameblo.jp/bj24649/entry-11846191732.html)。
「ケケ中は新自由主義者で売国奴」と狂奔している人たちは、そういう思い込みに反するこれらの「事実」を見る気はあるのか。
本当はルサンチマン感情をぶつける「わかりやすい敵」を欲しているだけなのではないか。「ケケ中は新自由主義者で売国奴でなければならない」という考えに陥っているのではないか。
いろいろと考えた上で「ケケ中は新自由主義者で売国奴」という結論に達するのならば、それはそれで1つの意見なのだろうが、竹中叩きをしている人を見ていると、そういう形跡が見られることは稀だと思う。
いまだに三橋氏を信じている人たちは、C層ではなく、D層だと言うべきだろう。
残念ながら、適菜氏は三橋氏の「移民ガー」に乗っかって安倍総理を偽装保守扱いしてしまった(https://www.youtube.com/watch?v=6k2SE1lGsj0)。
適菜氏は専門家を尊重するため(適菜「B層の研究」171ページ以下)、プロの経済評論家である三橋氏を尊重したのだろう。
しかし、三橋氏と立場の異なる他の専門家の解説と比較すると、三橋氏の解説は説得力を欠く(念のため述べておくと、私はもともとは三橋氏を信頼しており、本ブログも三橋氏を応援するべく始まっている。)。
というより、他と比較するまでもなく、自身の主張の整合性すら保てていない(http://ameblo.jp/bj24649/entry-11909293500.html)。
適菜氏は三橋氏を過大評価しているのではないかと思う。
反竹中・反小泉の態度がすなわち衆愚から脱した賢い保守かと言うと、私はそうは思わない。
反竹中・反小泉の人の中には、「騙された」という「騙されたかった」人がいるだろう。
適菜「ニーチェの警鐘」34ページ以下
「日本人の人生観
わが国のB層社会は、どこに突き進んでいくのでしょうか?
結論から言えば、明るい展望はありません。ソフトランディングを目指すのなら<<民主化>>の流れを食い止める必要がありますが、近代イデオロギーは擬似宗教なので、あらかじめブレーキが失われています。社会のB層化はますます進行していくはずです。
B層は絶対に反省することがありません。無制限に拡大した権利意識と被害者意識がB層の行動を規定します。郵政選挙で騙され憤慨し、再び民主党のマニフェスト詐欺に騙され失望し、将来にわたり「騙された!」と喚き続ける存在がB層です。
より正確に言えば、B層は民主党に騙されたのではありません。
騙されたかったのです。
耳当たりのいい理念、<<進歩的>>なイデオロギーを掲げた集団に盲目的にしがみつきたかったのです。
山本七平(一九二一~一九九一年)は『日本人の人生観』で次のように述べます。
===
戦争直後にも「騙された」は流行語だったんですが、私はフィリピンから復員して内地の土を踏み、この言葉を聞いた瞬間、実に変な気持ちがしたわけです。というのは「騙された」という以上「騙した」人間がいるわけです。とすると、日本を徹底的な敗戦に導いて破滅さすため、全日本人を「騙す」という大陰謀に成功した超人的人間がいたはずなんです。
===
もちろん、そんな人間は存在しません。
===
ですから別に騙されたわけじゃないですね。騙されたとすれば、騙された本人が自分を騙していたわけで、結局騙された人が騙されたかっただけなんだと言うことになります。
===
B層は何度でも同じ詐欺に引っかかります。DV男やヒモから離れられない女と同じで、別れても別のDV男やヒモを見つけてきます。B層とはそういうものです。
よって、B層を説得、あるいは論破しても無駄です。われわれが行わなければならないのは、B層、B層政治家、B層知識人の生態と行動パターンを分析し、狂気の時代において正気を保つ努力を怠らず、来るべきカタストロフィに備えることだと思います。」
「日本人の人生観
わが国のB層社会は、どこに突き進んでいくのでしょうか?
結論から言えば、明るい展望はありません。ソフトランディングを目指すのなら<<民主化>>の流れを食い止める必要がありますが、近代イデオロギーは擬似宗教なので、あらかじめブレーキが失われています。社会のB層化はますます進行していくはずです。
B層は絶対に反省することがありません。無制限に拡大した権利意識と被害者意識がB層の行動を規定します。郵政選挙で騙され憤慨し、再び民主党のマニフェスト詐欺に騙され失望し、将来にわたり「騙された!」と喚き続ける存在がB層です。
より正確に言えば、B層は民主党に騙されたのではありません。
騙されたかったのです。
耳当たりのいい理念、<<進歩的>>なイデオロギーを掲げた集団に盲目的にしがみつきたかったのです。
山本七平(一九二一~一九九一年)は『日本人の人生観』で次のように述べます。
===
戦争直後にも「騙された」は流行語だったんですが、私はフィリピンから復員して内地の土を踏み、この言葉を聞いた瞬間、実に変な気持ちがしたわけです。というのは「騙された」という以上「騙した」人間がいるわけです。とすると、日本を徹底的な敗戦に導いて破滅さすため、全日本人を「騙す」という大陰謀に成功した超人的人間がいたはずなんです。
===
もちろん、そんな人間は存在しません。
===
ですから別に騙されたわけじゃないですね。騙されたとすれば、騙された本人が自分を騙していたわけで、結局騙された人が騙されたかっただけなんだと言うことになります。
===
B層は何度でも同じ詐欺に引っかかります。DV男やヒモから離れられない女と同じで、別れても別のDV男やヒモを見つけてきます。B層とはそういうものです。
よって、B層を説得、あるいは論破しても無駄です。われわれが行わなければならないのは、B層、B層政治家、B層知識人の生態と行動パターンを分析し、狂気の時代において正気を保つ努力を怠らず、来るべきカタストロフィに備えることだと思います。」
大東亜戦争を経験した日本人の多くが、「政府に騙された」と感じた。
しかし、その実態はと言えば、「騙されたかった」のである。
「騙された」と自分を騙し、自分を被害者の立場に置き、善良なる自分を保とうとした。
終戦直後の混乱した時期はやむを得なかったかもしれない。
しかし、その後も現実を受け容れることなく、「軍国主義の政府に騙された」という自らにかけた洗脳が肥大化すると、今度は真逆のイデオロギーに騙される。
反戦平和主義、軍隊保持反対という極論である。
「B層は何度でも同じ詐欺に引っかかります。」とのことだが、イデオロギーに騙されるという意味では同じでも、そのイデオロギーの中身が真逆になっている場合があると思う。
「中間の知」をすっ飛ばす。
※ 私自身が戦前の日本が軍国主義だったと考えているかどうかは話は別。
小泉竹中路線を盲信し、その後に何からのきっかけで「騙された」と思った人たちが、反小泉・反竹中という真逆の立場に極端に振れてしまった部分があると思う。
そして、反小泉・反竹中を煽る新たな詐欺に引っかかる。
おそらく、「小泉竹中に騙された」と思っていないB層は、適菜氏の指摘するように、小泉的なB層向け手法を使う橋下徹大阪市長に再び騙されるということになるのだろう。
他方、「小泉竹中に騙された」と思ったB層は、逆に、根拠がない、または薄弱な小泉叩き・竹中叩きを盲信し、反対方向で騙されるということになろう(倉山満「増税と政局・暗闘50年史」(イースト・プレス、2014年)268ページ以下、https://twitter.com/bobbygetshome/status/553802431482454018)。
構造改革に嫌気が差し、規制緩和に極端に反対する。また、極端な復古主義に陥る(倉山満「保守の心得」(扶桑社、2014年)39ページ以下、http://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594070038)。
こんな日本人がいくら増えたところで日本は救われない。
むやみやたらと改革して日本をぶち壊そうとするB層に比べれば、D層の方が現状維持を認める分ましではあるが。
※ 私自身が小泉・竹中が「騙した」と考えているかどうかは話は別。
「騙された」という立場を標榜することによって、「騙した」側よりも道義的に高みに立てる。
また、自身を被害者とすることによって、意思決定の失敗の責任を加害者側に押しつけて、責任を逃れることができる。
他人を見下したい、他人に責任を押しつけたい、そういう卑しい感情、弱い心の表れのように思える。
三橋氏の「安倍総理は偽装保守」というレッテル貼りも、中野剛志氏の安倍叩きも、一見、保守層の反発を招くように見えて、その実、「騙されたい」保守には「安倍に騙された」という心地よさがある。
適菜氏の論考ではないが、上記引用部分に土井たか子が出てきたので参考までに。
大野敏明「不都合な日本語 土井たか子」(正論2014年12月号、産経新聞社)369ページ
「 「ダメなものはダメ」というのも、土井さんのキャッチコピーだそうだが、民主主義というのは「何がダメで、何がいいのか」を審議、検討するところから始まり、それを衆議で決め、決めたら従うというルールがある。それを「ダメなものはダメ」と言ったら、審議はできない。それを権力者が言ったら独裁になる。「ダメなものはダメ」と言うこと自体が「ダメ」なんだよ。ま、土井さんが首相にならなくてよかったけどね。
土井さんという人は、戦前は軍国少女だったそうだけど、戦後は社会主義の闘志になった。要するに戦前は軍国主義にだまされ、戦後は社会主義という全体主義にだまされたわけ。イズムにだまされ続けた人生だったんだ。」
正論2014年12月号/日本工業新聞社
¥780 Amazon.co.jp
「 「ダメなものはダメ」というのも、土井さんのキャッチコピーだそうだが、民主主義というのは「何がダメで、何がいいのか」を審議、検討するところから始まり、それを衆議で決め、決めたら従うというルールがある。それを「ダメなものはダメ」と言ったら、審議はできない。それを権力者が言ったら独裁になる。「ダメなものはダメ」と言うこと自体が「ダメ」なんだよ。ま、土井さんが首相にならなくてよかったけどね。
土井さんという人は、戦前は軍国少女だったそうだけど、戦後は社会主義の闘志になった。要するに戦前は軍国主義にだまされ、戦後は社会主義という全体主義にだまされたわけ。イズムにだまされ続けた人生だったんだ。」
三橋氏は、安倍政権に「構造改革内閣」のレッテルを貼り、殊更に「構造改革に恐怖を覚えている層」の恐怖心を煽る。
構造改革(規制緩和を含む)が「わかりやすい敵」として利用されている。
たとえば保守派の重鎮の一人であり、三橋氏との共著もある日下公人氏にしても、農協改革の必要性を言っているわけで(http://youtu.be/vDgmnwd6Kek?t=31m34s)、構造改革がすなわち悪というのは短絡だと言える(https://twitter.com/akichi_3kan4on/status/556314821524594688)。
三橋貴明、渡邉哲也「日本人はこうして豊かになればいい」(ビズ・ジャパン vol.1、オークラ出版)8ページ
「渡邉 第二次安倍内閣がスタートし、臨時国会も始まりました。この新しい陣容、率直に言ってどうですかね?
三橋 一言で言うなら「構造改革内閣」ですね。」
Biz JAPAN (ビズジャパン/It’s KOREAL 2014年11月号増刊)/オークラ出版
¥1,000 Amazon.co.jp
「渡邉 第二次安倍内閣がスタートし、臨時国会も始まりました。この新しい陣容、率直に言ってどうですかね?
三橋 一言で言うなら「構造改革内閣」ですね。」
見ようによっては、マルクスとエンゲルスの「共産党宣言」は資本主義が有する構造改革の側面への恐怖を殊更に煽り、人々の保守感覚に働きかけてD層ウけをよくするところがあったと言えるかもしれない。
三橋氏に影響を及ぼしていると見られる中野剛志氏に通底するものを感じる(http://ameblo.jp/bj24649/entry-11892907483.html)。
B層とD層は明確に区分しがたく、D層が何かに煽動されてB層の如く振る舞うことがあるかもしれない(たとえば、資本主義という構造改革を恐れて、体制転覆というもっと大きな抜本的構造改革、グレート・リセットをしてしまう。)。
B層が「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層」ならば、D層は「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持しない層」であり、構造改革についても具体的にその適否を考えず、十把一絡げに悪としてしまう。
さらに言えば、「具体的なことはよくわからないが三橋貴明のキャラクターを支持する層」も、これはこれで問題だ。
適菜収「バカを治す」(フォレスト出版、2012年)100ページ以下
「B層から脱出すると人生はどうなりますか
洗脳が解けかかるというのは、自分を守るための理論武装に矛盾ができて、世界観に亀裂が入った状態ですね。
たとえば、ソ連に幻想を抱いていた戦後左翼の場合、フルシチョフのスターリン批判、アフガン侵攻、ゴルバチョフのペレストロイカ、冷戦構造の崩壊など、いろいろな段階で「やっぱり変だな」と気づく人もいわわけです。
大きな事件が洗脳が解けるきっかけになるわけですね。
オウム真理教だったら、麻原彰晃の逮捕や地下鉄サリン事件の報道で気づいた信者もいる。
逆にいえば、大きな外圧がないかぎり、簡単には洗脳は解けません。
それに、洗脳が解ければそれでいいかという簡単な話ではありません。
洗脳が解けるということは、別の洗脳にかかるのと同じであるからです。
社会に害を及ぼすものでないかぎり、特定の狭い信仰の中で暮らすことは、外部からケチをつけるようなものではありません。B層が目を覚ませば理想の社会がやってくるわけでもない。
大衆が発生したのは、前近代の崩壊にともなう歴史的必然です。よって、大衆の最終的な姿といえるB層の問題は簡単に解決することはできません。
B層はブロイラーの鶏や牧場の羊のようなものです。
汗水垂らして働いて、稼いだカネはA層に吸い取られる。家畜の餌を食べて、家畜の餌みたいな音楽を聞いて、家畜の餌みたいなテレビ番組を見て、そこそこ安定した生活に満足しているわけです。
それはそれでいいんです。
彼らには彼らなりの幸福がある。
でも、本書を手にとった「いまの世の中に疑問を感じている人」は、もっと別の場所に幸福があるのではないかと考えているはずです。
一回しかない人生なのですから、目を覚ますべきです。」
バカを治す (フォレスト2545新書)/フォレスト出版
¥972 Amazon.co.jp
「B層から脱出すると人生はどうなりますか
洗脳が解けかかるというのは、自分を守るための理論武装に矛盾ができて、世界観に亀裂が入った状態ですね。
たとえば、ソ連に幻想を抱いていた戦後左翼の場合、フルシチョフのスターリン批判、アフガン侵攻、ゴルバチョフのペレストロイカ、冷戦構造の崩壊など、いろいろな段階で「やっぱり変だな」と気づく人もいわわけです。
大きな事件が洗脳が解けるきっかけになるわけですね。
オウム真理教だったら、麻原彰晃の逮捕や地下鉄サリン事件の報道で気づいた信者もいる。
逆にいえば、大きな外圧がないかぎり、簡単には洗脳は解けません。
それに、洗脳が解ければそれでいいかという簡単な話ではありません。
洗脳が解けるということは、別の洗脳にかかるのと同じであるからです。
社会に害を及ぼすものでないかぎり、特定の狭い信仰の中で暮らすことは、外部からケチをつけるようなものではありません。B層が目を覚ませば理想の社会がやってくるわけでもない。
大衆が発生したのは、前近代の崩壊にともなう歴史的必然です。よって、大衆の最終的な姿といえるB層の問題は簡単に解決することはできません。
B層はブロイラーの鶏や牧場の羊のようなものです。
汗水垂らして働いて、稼いだカネはA層に吸い取られる。家畜の餌を食べて、家畜の餌みたいな音楽を聞いて、家畜の餌みたいなテレビ番組を見て、そこそこ安定した生活に満足しているわけです。
それはそれでいいんです。
彼らには彼らなりの幸福がある。
でも、本書を手にとった「いまの世の中に疑問を感じている人」は、もっと別の場所に幸福があるのではないかと考えているはずです。
一回しかない人生なのですから、目を覚ますべきです。」
D層向けに記事を書くD層ビジネス。
そのDは、「デフレ」かもしれない。
「ダメ」かもしれない。
はたまた、「デマゴーグ」かもしれない。
適菜「B層の研究」141ページ以下
「橋下徹というデマゴーグ
橋下はなぜ短期間に勢力を拡大したのか?
私は「無構造性」にあると考えています。
方向性を明確にしないところ、明らかに実現不可能な政策を打ち出すところ、批判されても喚いたり恫喝したりしてごまかすところ、矛盾する意見を同時に唱えるところに橋下の強みはある。
(中略)
言っていることが論理的でないので、なかなか論理では批判できない。
アレントは、全体主義の特徴を「無構造性」であると喝破しました。
全体主義は、巷で誤解されているように一枚岩のイデオロギーによるものではありません。非現実的なプロパガンダにより社会不安を煽り、その中で既成の権力を解体していく大衆運動としてあらわれます。
そういう意味で、橋下は天性のデマゴーグです。
(中略)
平気で嘘をつく人たち
われわれ日本人は、いかにして橋下および大阪維新の会に立ち向かえばいいのか?
一番大事なことは橋下と同じ土俵に乗らないことです。
テレビで注目を浴びた橋下が一番恐れていることは、テレビの視聴者に飽きられることです。B層に見放されることです。
大衆運動は飽きられたらそこでストップするので、自転車のようにこぎ続けるしかない。それを熟知していたナチスの宣伝相ゲッベルスは、メディアを最大限に利用し、次々と新しいトピックを打ち出していきました。
橋下がやっていることは、要するにそれだけです。」
同182ページ
「全体主義のロジック
(中略)
歴史的に見て、全体主義政党は同じ道を辿ります。
彼らは社会不安に乗じてデマを流し、大衆のルサンチマンに火をつけることで権力を収奪します。国民に薔薇色の未来を約束し、愚民の権力を集中させることにより、革命を引き起こすわけです。」
「橋下徹というデマゴーグ
橋下はなぜ短期間に勢力を拡大したのか?
私は「無構造性」にあると考えています。
方向性を明確にしないところ、明らかに実現不可能な政策を打ち出すところ、批判されても喚いたり恫喝したりしてごまかすところ、矛盾する意見を同時に唱えるところに橋下の強みはある。
(中略)
言っていることが論理的でないので、なかなか論理では批判できない。
アレントは、全体主義の特徴を「無構造性」であると喝破しました。
全体主義は、巷で誤解されているように一枚岩のイデオロギーによるものではありません。非現実的なプロパガンダにより社会不安を煽り、その中で既成の権力を解体していく大衆運動としてあらわれます。
そういう意味で、橋下は天性のデマゴーグです。
(中略)
平気で嘘をつく人たち
われわれ日本人は、いかにして橋下および大阪維新の会に立ち向かえばいいのか?
一番大事なことは橋下と同じ土俵に乗らないことです。
テレビで注目を浴びた橋下が一番恐れていることは、テレビの視聴者に飽きられることです。B層に見放されることです。
大衆運動は飽きられたらそこでストップするので、自転車のようにこぎ続けるしかない。それを熟知していたナチスの宣伝相ゲッベルスは、メディアを最大限に利用し、次々と新しいトピックを打ち出していきました。
橋下がやっていることは、要するにそれだけです。」
同182ページ
「全体主義のロジック
(中略)
歴史的に見て、全体主義政党は同じ道を辿ります。
彼らは社会不安に乗じてデマを流し、大衆のルサンチマンに火をつけることで権力を収奪します。国民に薔薇色の未来を約束し、愚民の権力を集中させることにより、革命を引き起こすわけです。」
安倍政権を続けてはいけないと言いながら他の選択肢の方向性を明確にしない(http://ameblo.jp/bj24649/entry-11891064050.html)。
供給制約のために実現不可能な大規模公共事業を打ち出す(上記、https://twitter.com/akichi_3kan4on/status/556289885535883264)。
批判されると「直接言え」「法的措置を辞さない」と恫喝したり(http://ameblo.jp/bj24649/entry-11771268906.html[奇しくも記事題名が「全体主義の影」]、http://ameblo.jp/bj24649/entry-11823481223.html)、ごまかしたりする(https://twitter.com/akichi_3kan4on/status/555360867340935168)。
共産主義の傾向を示しながら共産主義は嫌いだと矛盾する意見を同時に唱える(http://ameblo.jp/bj24649/entry-11892907483.html、https://twitter.com/hirosno/status/547195345906569216)。
「実質賃金ガー」などの非現実的なプロパガンダをして、安倍政権に対する不信感を煽る大衆運動を行う(http://youtu.be/A6nyyNdSNuI?t=3m56s)。保守的な大衆であるD層は、安倍総理の靖国参拝を待てず、TPP交渉参加の不安に耐えきれず、ちょっとしたきっかけで安倍政権に対するルサンチマンに火が付く。
三橋氏は「無構造」で、「天性のデマゴーグ」なのではないか?
適菜氏に従うと、そういう結論になってしまいそうなのだが。
適菜「C層の研究」201ページ
「 「保守」を偽装する全体主義の正体を見抜き、本来の意味における保守を復権することが大事だと思います。
日本を救うのはC層です。」
「 「保守」を偽装する全体主義の正体を見抜き、本来の意味における保守を復権することが大事だと思います。
日本を救うのはC層です。」
こういう警告を発してきたからこそ、適菜収氏が三橋貴明氏と組んでしまっているのが残念だ。
本来であれば、適菜氏は三橋氏を警戒すべきなのではなかろうか。