• そりゃ「礼儀の教育」というモノだ。ー【東京社説】半旗掲揚の依頼 弔意の強制は厳に慎め

 「安倍元首相の国葬に反対しているヤツバラは、真面な人間ではないのではないか?」っていう疑義は、以前から在る。典型的なところでは「原爆忌」とも呼ばれる8月6日の「広島原爆投下被害者を追悼する式典」に対し、式場への乱入こそ(流石に)しなかったモノの、付近で大音声で「国葬反対」を唱えたデモがあげられよう。同デモは、「国葬反対」をとなえるばかりか、安倍元首相(*1)は、殺されて当然。とまで公言・断言してしまう愚挙にして暴挙を為している。人非人の所業であり、普通の人間では無さそうだ。

 私(ZERI)が、かかる所業を「人非人」「真面な人間ではない」と断定断言するのは、以下の理由による。

 ① 被爆者を追悼する式典を妨害し、「目立つための手段」として利用しているから。
 式典そのものに賛否があるのは構わない。が、同デモは、「追悼式典に反対すら表明せず、タダ妨害して、目立つための手段としている。」
 諄いようだが、追悼式典である。死者を追悼する式典である。式典に反対の者であっても、歌舞音曲は遠慮するのが常識というモノで在ろう。そんな追悼式典を、「自分たちが目立つために」大音声で妨害して見せているのである。人非人の所業以外の、何であろうか。

 ② 死者としての安倍元首相を、冒涜しているから。
 安倍元首相に賛否があるのも構わない。同デモは「明確に安倍元首相を否定している」ので、その点は上記①よりは「マシ」ではある。
 だが、「死んでしまえば仏様。」ってのは、普通の日本人の感覚である。憎き政敵であろうと親の仇であろうと、「くたばったぜ!やった!!ラッキー!!!」とは、少なくとも公言しないのが「真面な人間」であり、「普通の人間」だ。それを、殺されて当然」と明言断言する。それも、実際に「殺された」安倍元首相の、個人的葬儀こそ済んでは居るが、非業の死から一月も経ないうちに、だ。
 無論、上記①の所業は、「死者としての被爆者すら、冒涜している」のだから、「憎き政敵」であるらしい安倍元首相の死を冒涜するぐらいは、朝飯前なのだろう。

 つまりは人非人の二乗だな。

③ 間接的に(でも無いか)テロを肯定しているから。
 我が国の歴史を紐解けば、2・26事件、桜田門外の変(井伊大老暗殺)、大化の改新等、「テロで時代が動いた」事例は相応に在る。が、そのテロが肯定されたのは、井伊大老暗殺の桜田門外の変と・・・「忠臣蔵」となった吉良上野介暗殺、ぐらいだろう。あ、お隣の韓国は、伊藤博文暗殺犯の安重根を英雄扱いしていたりするが、それは「韓国人は今や日本人ではないから」であろう(*2)。
 さはさりながら、21世紀の今日において、「テロの肯定」と言うのは、まっとうな人間の所業では無かろうし、それを公言するとは、論外に近い。

 以上①から③の理由がある「安倍元首相国葬反対デモ」にしても、先行記事にもしている「安倍元首相国葬反対論の杜撰さ」からしても、「安倍元首相国葬に反対を唱える者」は、「人間じゃぁ無い」と言うと言い過ぎかも知れないが(言い過ぎでは無い、可能性も、勿論あるだろう。)、「ろくなモノじゃぁ無さそうだ。」とは、断言出来そうだ。
 ああ、「ろくなモノじゃぁ無い」には、色々レベルはありそうだがな「タダ単に、ロクに考えもせず流されているだけ」の奴から、「安倍元首相を悪魔か何かだと信じ込んでいるアベガー信者」まで、な。

 喩え、「世論調査によって、過半数が”安倍元首相国葬に反対”と回答した」とて、「世の中の大多数が"ろくなモノじゃぁ無い"可能性」だってあるのだから、大して説得力は無い。

 話が大部脱線したが、下掲するは東京新聞社説。国葬反対」も「国葬を国会で説明しろ/追及させろ」も、殆ど不発に終わってしまったようなので、今度は弔意を強制するな!にした、らしいんだが・・・ 


 

  • <注記>
  • (*1) なぁんて、ご丁寧な呼び方は、していないだろうな。 
  •  
  • (*2) 所謂「日帝強占期」には、韓国含む朝鮮半島は日本の一部であり、それ故に帝大たるソウル大学も設立された。 




(1)【東京社説】半旗掲揚の依頼 弔意の強制は厳に慎め

  • 【東京社説】半旗掲揚の依頼 弔意の強制は厳に慎め

  • 半旗掲揚の依頼 弔意の強制は厳に慎め

https://www.tokyo-np.co.jp/article/194708?rct=editorial

 

 

2022年8月9日 07時11分

 

 七月十二日に行われた安倍晋三元首相の葬儀に合わせ、東京都など八つの教育委員会が国旗の半旗掲揚を学校に求めていた。政治的中立が求められる教育現場への弔意の強制にほかならない。政府が九月二十七日に予定する「国葬」では、各学校に対して弔意を強制しないよう重ねて求める。

 都教委は半旗を求める文書を都立学校全二百五十五校に送り、複数校が掲揚した。東京に加えて山口県や川崎市、仙台市、北海道帯広市、大阪府吹田市、兵庫県三田市、福岡市の合わせて七教委が同様に半旗の掲揚を促していた。

 都の担当者は本紙の取材に「事務連絡をしただけで、掲揚は各校校長に任せた」と弔意の強制を否定しているが、こうした依頼は子どもや教師の内心の自由を侵す行政手法と言わざるを得ない。

 人の死をどう悼むのかは、憲法が保障する思想や良心、信教、表現の自由に基づいて強制されるべきではない。行政の上位機関が半旗の掲揚を依頼すれば、半ば強制と受け取られて当然だ。安倍氏の業績に対する評価は歴史的に定まっていないにもかかわらず、学校で半旗が掲揚されれば、安倍氏を支持する人たちの価値観が子どもや教員らに刷り込まれかねない。

 教育基本法は一四条二項で政治的中立性を求め、特定の政党を支持したり、これに反対するための政治教育、その他の政治的活動を禁じている。

 半旗の依頼など弔意の「強制」は、内心の自由を侵すばかりか、学校現場の政治的中立性も傷つける。ましてや家族葬という私的な葬儀ですら半旗を依頼した経緯からすれば、「国民を挙げて冥福を祈る」国葬に当たっては、今以上に弔意を強要する傾向が強まるのではないかと懸念する。

 教育委員会は本来、教育と政治を切り離し、教育現場で政治的中立が守られるよう努めるのが役割のはずだ。学校を特定の政治家を権威づけるために利用することは権限の乱用にほかならない。

 子どもたちを、時の政権の思惑に巻き込むような振る舞いは、厳に慎むべきである。

 

  • (2)タイトルでネタばらししているようなモノだが、「半旗を掲げて見せる」のも、「教育の一環」である。半旗の掲揚をを「依頼した」だけなのに「弔意の強制」なんぞに、なる訳が無い。

 そもそも、「どんな行為ならば、"弔意の強制"となるか?」には、相当に「解釈の幅」があろう。「国民を動員して葬儀に参列させ、、マスゲームだのご焼香だのを強制する」ぐらいのレベルならば「衆目の一致する”弔意の強制”」ではあろうが、今回の事象は「教育委員会が学校に対し、半旗の掲揚を依頼した。」だけである。依頼を受けて、半旗を掲揚した学校もあれば、しなかった学校もある。「半旗を掲揚しなかった学校」の存在が、「当該依頼の強制性」を、事実実績を以て否定している。であると言うのに、「強制力があるも同然」だの「学校の政治的中立性」だの「子供達への刷り込み」だの「特定政党への支持」だのと・・・・よくもまあ、これだけ屁理屈がこねられたモンだ。感心するぞ。

 「半旗を掲げる」なんて機会は、滅多に無い。半旗を掲げ、その意味を教えるのも、教育の一環だ。その教育に、安倍元首相の功罪も所属政党も、関係ない。「子供達への刷り込み」と言うならば、在学中に数度掲げられるか否かの半旗なんぞより、連日連夜で10年ばかり続けている「モリカケ桜追及」の方が、余程影響は大きかろうよ。

 要は、イチャモン。「国葬反対」にも「国葬の国会での説明/追及=国会ワイドショー実現」にも、ほぼ完全に失敗したから、「腹いせの嫌がらせ」って所、だろうか。

  • 中国弾道ミサイル5発、我が国の排他的経済水域EEZに着弾、に対する、朝日他社説


 少なくとも、挑発。ヘタすりゃそのまま開戦と言うこともあ、ありうる事態である。中国軍弾道ミサイルが我が国のEEZ排他的経済水域に着弾した、と言う事態は、左様な異常事態である。
 
 無論、EEZ排他的経済水域は、「我が国の領海」ではない。だが、我が国の領海に隣接した海域であり、なればこそ「排他的」経済水域と称されるのである。そこにミサイルを5発も着弾させるとは、「我が国の排他的経済水域を狙った」と言うこと。諄いようだが、立派な挑発。下手すれば開戦理由ともなり得る。

 なればこそ、「少なくとも挑発」って認識は、大方のアカ新聞どもも「共有」し、我が国の相当な広範囲(何しろ、私(ZERO)のような「殆ど生まれながらの右翼」から、朝日新聞まで包含するのだから。)での共通認識であるようだ。

①【朝日社説】中国軍事演習 無責任な威嚇やめよ

②【毎日新聞】台湾情勢と日本 偶発的衝突避ける外交を

④【沖縄タイムス社説】[中国軍大規模演習]度が過ぎる「台湾包囲」
 

  • ①【朝日社説】中国軍事演習 無責任な威嚇やめよ

  • 中国軍事演習 無責任な威嚇をやめよ

 

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S15381008.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 

2022年8月7日 5時00分

 

 

4日、中国人民解放軍東部戦区が公表した同戦区ロケット軍部隊による台湾東沖の海上に向けた通常ミサイルの発射訓練の写真。撮影場所は不明=ロイター

 

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 自らの意に沿わぬ言動に接すると、武力で威嚇し、外交の扉も閉ざす。こんなふるまいでは、平和発展を志向する大国とは誰も認められない。

 

 中国が台湾周辺の区域で、大規模な軍事演習を続けている。ペロシ米下院議長の訪台に抗議し、「結託する米国と台湾を震え上がらせるものだ」と、中国国防省は公言している。

 

 区域は台湾を囲み、まるで封鎖するかのようだ。艦船や戦闘機多数が参加し、複数の弾道ミサイルが発射された。うち5発が日本の排他的経済水域内に落下した。台湾本島上空を通過したものもあったという。

 

 演習名目とはいえ、危険極まりない。地域の安全保障環境を揺るがす無謀な行為である。

 

 日米など主要7カ国の外相は緊張悪化を懸念する共同声明を出した。これを中国外相は「紙くず」と呼び、予定された日中外相会談を取りやめた。米国に対しては、軍同士の協議や気候変動問題を含む多分野の対話を取りやめると発表した。

 

 中国からすれば、事前の警告に耳を貸さなかった米台の側に非があり、日本も突き放すということのようだ。

 

 しかし、議員外交をめぐる摩擦を理由にこれほどの軍事力を動員するのは、明白な過剰反応だ。異論があるからこそ対話で意見をぶつけ、打開を探るのが責任ある国家の態度である。

 

 中国外務省は「台湾問題で日本は歴史的な罪を負っており、とやかく言う資格はない」とする。台湾の植民地支配という過去が日本にあるのは事実だが、自国と近隣を脅かす現状を座視できないのは当然だ。

 

 中国メディアは大々的に軍事演習の様子を報じている。秋の党大会を前に、共産党政権は軍の動きを国威発揚に利用し、求心力を高めたいという内向きの狙いがあるのだろう。

 

 だが、ゆがんだナショナリズムを増長させる恐れはないのか。国民感情が高まれば、逆に中国指導部が外交の幅を狭められはしないか。危うい動きと言うしかない。

 

 日中関係は今年9月に国交正常化50周年の節目を迎える。

 

 これに向け、両国は岸田首相と習近平(シーチンピン)国家主席の首脳協議を模索してきたが、その先行きも不透明になってしまった。日中関係の今後の行方を憂慮せざるをえない。

 

 日本も米国も冷静な対応に努めるべき時だ。来日したペロシ氏と岸田首相は会談し、台湾海峡の平和と安定のための日米の連携を確認したという。

 

 これ以上の情勢悪化は誰の利益にもならない。その現実を日米はくり返し中国側に説き、強く自制を促したい。

 

  • ②【毎日新聞】台湾情勢と日本 偶発的衝突避ける外交を

  • 台湾情勢と日本 偶発的衝突避ける外交を

 

 

https://mainichi.jp/articles/20220807/ddm/005/070/109000c

 

注目の連載 

オピニオン

 

朝刊政治面

毎日新聞 2022/8/7 東京朝刊 English version 1633文字

 台湾を巡る緊張が高まっている。偶発的な軍事衝突を避けるためにも、米中両国は対話の道を閉ざすべきではない。

 

 ペロシ米下院議長の台湾訪問への対抗措置として、中国は台湾を取り囲む空海域で実弾射撃を含む軍事演習を続けている。

 

 

 4日には弾道ミサイル11発を発射し、一部が台湾本島上空を飛び越えたという。沖縄県の波照間島に近い日本の排他的経済水域(EEZ)内にも5発が着弾した。前例のない事態である。

 

 台湾では航空会社が一部の運航を取りやめた。与那国島の漁協は漁業者に対し、演習終了までの操業自粛を要請した。

 

 

 ミサイル落下を受け、日本政府は中国に抗議し、演習の即時中止を要求した。岸田文雄首相は「日本国民の安全に関わる重大な問題だ」と懸念を表明した。

 

緊張高める中国の行動

 国際社会の安定に責任を負う大国として、中国は地域の緊張を高めるような軍事的威圧をただちにやめるべきだ。

 

 

 他国のEEZ内で演習を実施すること自体が国際法に違反するわけではない。しかし今回は、1996年に起きた台湾海峡危機の際を上回る演習規模である。

 

 中国は台湾統一を、譲ることのできない「核心的利益」と位置付け、対外政策の基礎に据える。

 

 世界第2位の経済大国であり、米国に迫るほどの軍事力を手にしている。今回、それを見せつけ、台湾問題への米国の介入を阻もうとの思惑がうかがえる。

 

 

 ただし米中両国とも、これ以上事態をエスカレートさせることは避けたいのが本音だろう。

 

 中国は演習計画を事前に公表し、船舶などの航行に注意を呼びかけた。演習を本格化したのはペロシ氏が台湾を離れてからだ。

 

 バイデン米政権は、台湾の独立を支持しない「一つの中国」政策に変更はないと強調し、対話で事態を沈静化させたいとの考えを示した。予定していた大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験も延期した。

 

 それでも、緊張状態が続けば、米中の偶発的な衝突が起きる危険性は否定できない。日本にも、地域を安定させるための外交戦略が求められる。

 

 浮き彫りになったのは、米中対立が激化した場合、台湾から地理的に近い日本が巻き込まれるというリスクがあることだ。沖縄県・尖閣諸島を巡る対立にも波及しかねない。

 

 日本の安全保障は日米同盟が基軸である。だが米国と違い、日本にとって中国は歴史的なつながりが深い隣国だ。経済面でも相互に依存しており、安定的な関係を築くことが欠かせない。

 

 9月の日中国交正常化50年を控えて、両国とも関係改善に動き出そうとする矢先だった。

 

 ところが今回の事態を受け、中国は、4日に予定されていた日中外相会談を突然キャンセルした。日本を含む主要7カ国(G7)の外相が共同声明で演習に懸念を表明したことを理由に挙げている。

 

対話探る努力を今こそ

 しかし情勢が厳しさを増している時こそ、打開に向けた対話が必要となる。

 

 松野博一官房長官は「わが国は中国との対話については、常にオープンだ」と述べ、日中関係を安定させる努力を続ける姿勢を示している。

 

 岸田首相は、中国に「言うべきこと」を主張しつつ協力も模索する「リアリズム外交」を掲げる。

 

 ただ、近年、日中間では首脳や閣僚同士の対話が停滞している。危機管理のために必要な防衛当局間のホットライン開設も実現していない。

 

 米中は火種を抱えながらも、バイデン大統領と習近平国家主席が過去1年半で5度の対話を重ねている。対照的に、岸田首相は、昨秋の就任直後に習氏と電話による協議を1回行っただけだ。

 

 岸田政権は防衛費の大幅な増額を検討している。今後、自民党内からの増額圧力が強まることが予想される。

 

 防衛力の見直しは必要だが、周辺国との対話が不十分なまま、際限のない軍拡競争に陥れば、かえって地域の緊張を高める。

 

 米中対立が続く中、求められるのは独自の対中戦略である。中国の強硬姿勢には毅然(きぜん)とした対応を取ると同時に、対話を通じて建設的な関係の構築を探る。したたかな外交を展開すべきだ。



 

  • ④【沖縄タイムス社説】[中国軍大規模演習]度が過ぎる「台湾包囲」

  • [中国軍大規模演習]度が過ぎる「台湾包囲」

 

 

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1004124

 

2022年8月7日 06:50

 強大な軍事力による、あまりにも露骨な威嚇である。

 

 米国のペロシ下院議長の台湾訪問に対抗し、中国軍は4日から7日までの日程で、大規模な軍事演習を始めた。

 

 台湾を取り囲むように6カ所の演習区域が設定されており、「台湾封鎖」を想定した演習だとみられている。

 

 各演習エリアに中国本土から弾道ミサイルが発射され、その一部は台湾上空を通過した。日本の排他的経済水域(EEZ)にも5発が着弾した。

 

 台湾の国防部によると、中国軍の航空機や艦船は頻繁に台湾海峡の中間線を越え、台湾側に進入した。

 

 6日の演習では台湾本島を攻撃する模擬演習も実施された。

 

 このような演習が実際に行われること自体、東アジアの安全保障環境が極めて危険な水準に達しつつあることを物語っている。

 

 台湾に近い沖縄県にとっては、看過できない深刻な事態だ。実際、与那国町漁協は、旧盆前の書き入れ時に周辺海域への出漁自粛を余儀なくされた。

 

 琉球海運の貨物船も、石垣島沖で停泊し、台湾到着を遅らせるなどの影響を受けた。 

 

 「台湾を孤立させない」というペロシ氏の強烈なメッセージは、中国による武力統一を警戒する台湾の人々を勇気づけたかもしれない。

 

 その一方で、東アジアの軍事緊張を著しく高め、米中関係や日中関係を悪化させたことも確かだ。

 

 台湾を巡る問題は、新たな局面に入ったというべきだろう。

 

■    ■

 

 事態の展開が予測されていながら、ペロシ氏はなぜ、訪台を強行したのか。

 

 米議会の空気を反映した行動だとしても、その理由がよく分からない。

 

 同じ民主党に属していながらバイデン大統領との「すきま風」も表面化した。

 

 米国の中には、台湾問題を巡ってこれまで堅持してきた「あいまい戦略」では中国を抑止できない、との声が広がりつつあるという。

 

 強硬策には強硬策で対応するしかないとの空気が米側に広がれば、中国側は中間線を越えた軍事行動を常態化させ、軍事的な揺さぶりを強めるはずだ。

 

 ロシアによるウクライナ侵攻で、「武力による威嚇」や「武力の行使」に踏み出す心理的な垣根が低くなってきているのではないか。

 

 中国が台湾封鎖を想定した大規模な軍事演習を行ったのも、その表れなのではないか。そんな懸念が拭えない。

 

■    ■

 

 1995~96年の台湾海峡危機の際は、軍事力に勝る米国が空母を派遣し、力を誇示することで中国軍を抑え込んだ。

 

 あれから四半世紀あまり。中国の軍備増強は著しい。その自信が今回の対応にも表れている。

 

 米国の凋落(ちょうらく)と中ロの接近、権威主義国家の台頭によって世界の混迷は深まるばかりである。

 

 緊張緩和に向けた外交努力が今ほど必要な時はない。防衛力の強化だけでは、危機は回避できない。

 

  • 朝日だけ「弾道ミサイルは落下」している。

 毎日も、沖縄タイムスも、「着弾」と明記しているのに、朝日は「落下」で、事故か何かで「間違った落ちた」かの如き表記をしている。

 1発や2発ではない。5発の着弾だ。「間違って落下」などでは無く、「我が国の排他的経済水域を、狙った」のであり、「着弾」か「命中」と、表記すべきであろう。

 「着弾」と「落下」の違いこそあるものの、上掲アカ新聞各紙の主張は、大凡一致している。即ち、

(1) 対中対話継続・重視 特に、今秋の「日中国交回復50周年」に悪影響を与えるな。

(2) 日本の防衛費増額に対する婉曲的非難


 これらに加えて、上掲沖縄タイムスでは、

(3) ペロシ米下院議長訪台への批判 

が付け加えられている。詰まるところ、上記(2)も(3)も、中共にとっては誠に好都合な主張であり、上記(1)もある意味「中共にとって好都合な主張」である。

 平たく言えば、「中共の我がEEZへの弾道ミサイル発射は、非難する」モノの、「対話は続けろ。防衛費増額は慎重に。」ってのが、上掲アカ新聞の主張。「対話継続」に「日中国交回復50周年」は必須では無かろう。寧ろそんなモノを「記念する」事こそ「誤ったメッセージを、中共へ送りかねない。」と考えるのが、普通・常識的であろうに。まあ、そこは、アカだから、ある意味「非常識なのは当たり前」で、「中共を非難しただけ、上出来」とさえ、言えるかも知れない。
 
 と言うのも、「上には上が居る」というか、「下には下が居る」というか、イヤ、「左には、左が居る。」と言うのが、正しそうなのだが・・・

 一方その日の東京新聞&琉球新報の社説は・・・


(1)③【東京社説】週のはじめに考える 謝ろう 誤ったのなら

  • ③【東京社説】週のはじめに考える 謝ろう 誤ったのなら

  • 週のはじめに考える 謝ろう 誤ったのなら

 

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/194427?rct=editorial

 

2022年8月7日 07時31分

 

 六月に出た一冊の漫画が話題を呼んでいます。「刑務官が明かす死刑の秘密」(竹書房)。日本の拘置所で、実際に死刑の執行にも携わる刑務官に一之瀬はちさんが取材して描く、重い内容です。

 死刑囚の首にロープの輪をかける動作と似ているため、自動車のハンドルを握れなくなり、心身を患った同僚など、想像もできない絞首刑の実情を伝えています。

 刑務官がこうした過酷な任務に就けるのも「死刑判決は裁判所の厳密で間違いない判断による」という前提があればこそでしょう。

 でも実際には、全く無実の人が死刑を宣告されるという驚くべき事態も起きています。例えば。

 今から六十年前の一九六二年。名古屋高裁で、殺人事件の再審が始まりました。再審を求めたのは一三年に現在の名古屋市内で人を殺したとして、一審で死刑判決を受けた吉田石松さん。二審で無期懲役に減刑されても、吉田さんはひたすら無実を叫び続けました。

 その声はフランスの文豪デュマの名作「巌窟王(モンテ・クリスト伯)」になぞらえて報じられ、真相究明の声が高まります。また吉田さんが罪をなすりつけられていたことも明らかになります。

◆死刑から完全無罪へ

 六三年、名古屋高裁は吉田さんに完全な無罪を言い渡しました。吉田さんは何度も「バンザイ」と叫びましたが、逮捕から半世紀も後の名誉回復でした。

 死刑と無罪。その恐ろしい差を考えると、つい言葉を失います。吉田さんの生涯をかけた訴えは、裁判所の判断も時には大きく誤るものだと、世に示したのでした。

 ですが当時、この判決で司法が国民の信頼を失ったかといえば、それは少し違います。その理由は裁判長たちの言動にありました。

 裁判長は、当時八十三歳になっていた吉田さんに「被告人と言うに忍びず吉田翁と呼ぼう」と語りかけ、「我々の先輩が翁に対して冒した過誤をひたすら陳謝する」と謝罪しました。さらには、陪席裁判官二人と頭を下げたのです。

 この対応を、当時の新聞は特筆しました。また吉田さんの冤罪(えんざい)を報じてきた記者青山与平さんは、著書「真実は生きている」の中で閉廷後の傍聴席に「感動の拍手が起こった」と書いています。

 以来六十年近く。この裁判長の潔い姿勢がしっかり受け継がれているかといえば、少し疑問です。

 今年に入ってからも「名張毒ぶどう酒事件」「大崎事件」の再審請求が裁判所に退けられました。ともに確定判決には疑問があり、事実の再検討が必要ではないかと思われるケースですが、裁判所の「重い扉」は開かないままです。

 ごく率直に言って、刑事裁判の「疑わしきは被告人の利益に」という鉄則を司法が軽んじ、再審を拒む理由がよく分かりません。

 人を裁く裁判官もまた人であるからには、誤りもあるでしょう。他者を裁く者こそは自らや先達の過ちにも敏感であり、改めるべき点は改めてほしい、と言いたい。もし誤ったのなら謝ろう、きっとその方が信頼されますよ、と。

 こうしたことを書くのは、今の司法のあり方を批判するためだけではありません。私たちもまた、先人の過ちを素直に認められない心情を持つように思うからです。

 その端的な例は近ごろ、戦前や戦時中の日本の侵略行為を否定し「日本は悪くない」と言い募り、逆に、過去の過ちを直視しようとする人たちを「自虐的」と責める風潮が強まっていることです。

 自分の生きている国を立派だと思いたい気持ちは、本来は自然な感情でしょう。だからといって、この国の父祖が犯した過ちに目をつぶり、見過ごしていては、同じ失敗の道を歩みかねません。

 さらに最近、日本の戦争などを巡る諸外国からの批判を「不当な反日攻撃」と見なして、積極的に反撃をしようとする「歴史戦」という考えも広まっています。先月亡くなった安倍晋三元首相もまたこの言葉を使った一人でした。

◆「歴史戦」への違和感

 しかし、違和感が消えません。国際情勢が混迷する中で、日本も主張するべきことは主張するべきです。けれども日本が戦争をした結果、国民も諸外国の人も多くが傷つき、亡くなりました。そんな重い戦いの歴史を、新たな戦いの火種にするのは愚かなことです。

 ウクライナへのロシアの蛮行を見るにつけ「戦い」という言葉がいつか、スポーツやゲームだけの用語になるよう祈ります。戦争で殺された人のためにも「歴史戦」などと言い立てるのは慎みたいと思う敗戦の月、八月です。

 

  • ⑤【琉球新報社説】最低賃金中央審答申 賃上げ伴う経済好循環を

  • 最低賃金中央審答申 賃上げ伴う経済好循環を

 

 

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1562427.html

 

2022年8月7日 05:00

社説

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 厚生労働相の諮問機関「中央最低賃金審議会」は、2022年度の最低賃金について全国平均31円引き上げ全国平均961円を目安額とする答申を決めた。ロシアのウクライナ侵攻や円安の影響に伴う急激な物価高を重視した。

 

 最低賃金は人を雇う際の一般的な金額ではなく、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するセーフティーネットである。新型コロナウイルス拡大による経済の落ち込みも加わって、深刻な経済情勢が続く中、過去最大の上げ幅となったことは一定の評価をしたい。

 しかし物価は急激に上昇しても賃金が上がらない構造的問題は改善していない。官民が協力し合いながら、市場の力を効率的に使い、持続的な賃上げが伴う経済好循環をつくっていく必要がある。今回の賃上げはその一助となってほしいが、まだ課題山積だ。

 日本の労働者の所得水準は、先進国の平均値より低い。経済協力開発機構(OECD)加盟国中22位で、1位の米国の6割に満たない。最低賃金を含む全体の賃上げが大きな課題となっている。

 中央審では物価高の評価が焦点となった。直近の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は3カ月連続で2%超上昇し、生計費が家計を圧迫している窮状が浮き彫りになった。また、厚生労働省は従業員30人未満の企業の賃金上昇率が1・5%と、24年ぶりの高水準だったと明かし、最大増額幅とする流れとなった。

 物価上昇を懸念する労働者側に対し、企業側も「去年とは状況が変わってきた」との認識で、2年連続据え置きを訴えてきた姿勢を一転、一定の増額を容認する構えだった。

 ただ、資源・原材料の高騰を価格転嫁しにくい中小零細企業もあり、そのような企業にとって賃金上昇は厳しさを増すばかりだ。

 政府は賃上げ政策に力を入れ、賃上げを実現した企業には最大40%の税控除を打ち出している。しかし原料高などコスト面で収益を圧迫された中小企業に賃上げの余裕があるか、不透明だ。しかも2年間の時限立法であり、将来も人件費を負担する企業にとって魅力的な制度かどうかを実態に照らして検証する必要がある。特に中小零細企業に対して、賃上げにつながるきめ細かな支援を実行してほしい。

 一方の企業側には、物価を上げるに伴い、労働者への賃上げも担保することが求められる。人材に対して積極的に投資し、社員の生産性を長期にわたって高めることも重要だろう。このような経済合理性に基づく賃金アップにも取り組まねばならない。

 今回の最低賃金引き上げで沖縄は30円の引き上げ目安通りなら850円となる。ただ県民所得全国最低水準で、産業の柱である観光はコロナ禍で非常に厳しい。非正規雇用の割合も全国で最も高い。こうした地域事情を踏まえた企業努力と政策が必要だ。

(

  • 両紙とも、「中国軍弾道ミサイルの我が排他的経済水域への着弾」よりも重大関心事が「歴史戦」や「最低賃金」であった、らしい。

 「地方紙なんてそんなモノ」って考え方もあるが、⑤琉球新報こそ「沖縄という、かなりマイナーな地方を、更に二分している片割れ(*1)である地方紙」でしか無いが、③東京新聞は「首都圏ではかなりマイナー」では在るモノの(それでも、首都圏ではある。)、日本第三の都市である(多分)名古屋圏では「独占状態」である中日新聞と同じ経営母体&紙面&社説であり、「地方紙だからと、軽視もし難い」地方紙である。
 
 ま、弊ブログでもたびたび取り上げる通り、どちらも「朝日よりも左」であるだけで無く、「朝日以上に気違い」なんだけどね。上掲社説も、その「気違いぶり」の一端を示している、気がするぞ。
 

  • <注記>
  • (*1) でも、もう片割れの沖縄タイムスも、大差ないんだよなぁ。 




 

  • 経済学的狂人ー【AERA】浜矩子「『経済安全保障』によって経済の円と安全保障の円が交わってしまう」

 敢えて断言しよう。「日本の憲法学者は、半分気違いだ。」と、私(EROはほぼ確信している。『日本の憲法学者の半数が気違い』なのか、『個々の日本の憲法学者が全員半分気違い』なのか、或いはその中間(即ち、「完全に正気の日本の憲法学者も、存在する。」可能性がある、のか。)なのかは、議論の余地があるが、『日本の憲法学者は、半分気違いだ。』とは、断定断言出来てしまう。

 そんな断定断言を確信を持って出来てしまう理由は、日本の憲法学者が、日本国憲法を、学問の対象では無く、信仰の対象にしている(としか思えない)から。自分の倫理は合憲だ。」とか断言してしまうヤツバラを、「憲法学者として正気」とはとても思えない。如何に崇高な理想が日本国憲法に描かれていようとも(*1)、たかだか法律の親分で国家の骨格を決める規定でしかない憲法如きが、個々人の倫理を規定するなんざぁ、正しく「国家による内心の自由の侵害」である。それを嬉々として受け入れるなんざぁ、気違いとしか言いようが無い。ああ、「信仰」って言い方もありそうだが、信仰ってのは一面ある種の「気違い」だから、大差は無い。

 大体、憲法学に限らず、「人文科学は、何処まで科学か?」と言うのは、私(ZERO)のような理系人間が抱かざるを得ない「大いなる疑問」なのである。であるならば、「経済学者が、学者として胡散臭い」のも、異とするに足らない。下掲するAERA巻頭エッセイを書いている浜矩子女史って経済学者も、また一段と胡散臭いエッセイを書いている。

  • <注記>
  • (*1) 無論、私(ZERO)のような「異教徒」は、日本国憲法に「崇高な理想」なんて、全く見出せない。 



 

  • 【AERA】浜矩子「『経済安全保障』によって経済の円と安全保障の円が交わってしまう」

  • 浜矩子「『経済安全保障』によって経済の円と安全保障の円が交わってしまう」

 

 

https://dot.asahi.com/aera/2022072500050.html?page=1

https://dot.asahi.com/aera/2022072500050.html?page=2

 

 

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

 

*  *  *

 

 

 5月11日に日本の「経済安全保障推進法」が成立した。「経済安全保障」とは一体何だろう。様々な定義があちこちから提示されている。だが、何とも判然としない。

 

「経済安全保障」は「経済の」安全保障なのか。「経済による」安全保障なのか。上記の「経済安全保障推進法」は、その正式名称が「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律」である。この名称からすれば、「経済安全保障」は明らかに「経済による安全保障」だ。これで本当にいいのか。

 

 安全保障は基本的に軍事外交上の概念だ。このような概念のために経済を手段化していいのか。筆者には強い違和感がある。経済の円と安全保障の円が重なる部分が経済安全保障領域なら、そこには何があるのだろう。何かがあっていいものだろうか。

 

 第2次世界大戦が終結した時点で、国々は、二度と再び、経済取引と経済関係の世界に戦略性を持ち込まないことを誓ったはずである。領土拡大のために経済同盟を締結する。天然資源確保のために経済協定を取り交わす。市場の囲い込みのために経済連携関係を形成する。こうしたやり方が排他的経済ブロックの出現につながり、この展開が武力衝突をもたらす緊張関係の温床となる。この道には決して再び踏み込まない。そう決意したはずである。

 それなのに今、戦略的観点から経済を手段化する方向に動いていいのか。「相互依存の武器化」などという何とも陰惨で物騒な言葉まで、飛び出すようになっている。相手が我が国からの物資の供給に依存しているなら、そのことを恫喝(どうかつ)材料にして、相手から譲歩をもぎ取る。それが「相互依存の武器化」なのだという。なんとも悍(おぞ)ましい話だ。

 

「経済安全保障」という言葉を我々の会話の中から追放したい。つくづくそう思う。経済活動は人間の営みだ。経済活動は人間を幸せに出来なければならない。その状態を保つために全力を傾ける。そのことを「経済安全保障」というなら、まだいい。それでも、経済を軍事用語と結びつけることには抵抗がある。経済の円と安全保障の円は、やはり交わってはいけないのだと思う。

 

 

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

 

※AERA 2022年8月1日号

 

 

  • 2.馬鹿げた「経済学」。いや、学問と言うより、宗教。

 単刀直入に言おう。上掲コラムを書いた浜矩子女史も、矢っ張り「気違い」なのでは無かろうか。何故ならば、「経済学を、学問の対象では無く、信仰の対象としているから。」。

 先ず、タイトルからして奇妙である。「『経済安全保障』によって経済の円と安全保障の円が交わってしまう」と言うタイトルの前提は、「経済の円」と「安全保障の円」が別物であり、「交わってはならない。」という考え(思想と言うよりも、信仰)である。

 円は、円である。日本の通貨だ。円は、円であって、「経済の円」も「安全保障の円」も、日本通貨たる円の一側面を表す言葉。言うなれば、「経済の円」と「安全保障の円」とは、「コインの両面」であり、「交わってはならない」どころか「一体不可分」と考えるのが、普通だろうに、上掲コラムで浜矩子女史は、

1>  「経済安全保障」は明らかに「経済による安全保障」だ。これで本当にいいのか。
2> 安全保障は基本的に軍事外交上の概念だ。
3> このような概念のために経済を手段化していいのか、筆者には強い違和感がある。


と先ず、「安全保障の円」という「円の一側面を否定」してしまった上で、

4>  第2次世界大戦が終結した時点で、国々は、
5> 二度と再び、経済取引と経済関係の世界に戦略性を持ち込まない(*1)ことを誓ったはずである。

6> 領土拡大のために経済同盟を締結する。天然資源確保のために経済協定を取り交わす。市場の囲い込みのために経済連携関係を形成する。
7> こうしたやり方が排他的経済ブロックの出現につながり、この展開が武力衝突をもたらす緊張関係の温床となる。
8> この道には決して再び踏み込まない。そう決意したはずである。


と言う、私(ZERO)に言わせれば「驚天動地」に近いユニークな「歴史観」を開陳している。そりゃ、「歴史観は、人の数だけある」ってのは、私(ZERO)の持論ではあるが、それにしても「彼我の歴史認識の乖離」は、目も眩むばかりである。
 何方かご存知、ないし心当たりでもあれば伺いたいのだが、「国々が二度と再び、経済取引と経済関係の世界に戦略性を持ち込まないと誓った。」というその「誓い」とは一体何で、何時、どの国々が「誓った」モノなのか?それは、条約なり合意なり共同宣言なりに成文化されているのか?その「誓い」が為されたのは「第2次大戦終結時点」らしいが、その後に国となった国も数多ある(大きな所では、中華人民共和国がある)。そうした「後発新興国」は、何時どの時点でどうやってその「誓い」に賛同・参加したのか?ああ、「第2次大戦終結時点」では「連合軍占領下に在りそうな我が国・日本」が左様な「誓い」に参加した時点も、是非にも御教示願いたいな。

 左様な「誓い」が、第2次大戦の遠因ともなったブロック経済を否定し、ある種の理想を目指している、と言うのは理解出来る。だが、その「誓い」に従うならば、ありとあらゆる経済制裁は禁じられるはずだし、政治的・戦略的意図を持った「戦略的」貿易規制も、出来ないはずだ。だが、対北朝鮮をはじめとして経済制裁は数多実例があり、対共産圏貿易規制たるCOCOMなども厳然として存在する。蛇足ながら付け加えるならば、対北朝鮮経済制裁も、COCOMも、我が国は参加している。まさか、経済学者の先生が、知らぬ訳ではあるまい。

 寝言は、寝て言え。
 
 通貨について寝言を公言出来てしまうような経済学者は、「経済学者としては気違い」とでも、評する他に、何が出来ようか。
 何しろ上掲AERA誌コラムは、経済学者・浜矩子女史が、時事問題に経済学的視点で切り込みますと(いつも通りに)銘打たれて書かれた「巻頭コラム」なのである。

 まあ。こんなコラムが巻頭を飾っているようでは、そりゃAERA誌は、売れんわなぁ。


<注記>
(*1) って
事は、「経済戦略」とか「経営戦略」って、言葉自体が「御法度・ご禁制の品」の筈、なんだが・・・ 

  • 風評に阿るは、風評を認める、人非人の所業である。-【琉球新報社説】原発処理水の海洋放出 保管・分離技術の確立を

 沖縄二紙の気違いぶりは、チョウセンジンの気違いぶり共々、格好の弊ブログネタとなっているのだが、「単に気違いである」だけならば、「大した実害は無い(*1)」から、放置しておくことも出来よう。バカがバカを晒しているのを、傍から見るのは、楽しいモノだ。

 だが、斯様な「気違いぶり」は、実害を伴うから、看過もなるまい。下掲社説で琉球新報が題材にしているのは、福島原発事故後の処理水放出である。

  • <注記>
  • (*1) 新聞を「社会の木鐸なるべき、公器」と考えるならば、一地方紙とは言え新聞社が「気違いだ」というのは由々しき問題なのだが。私(ZERO)はそんな期待はとっくの昔に放棄しているので、「大した問題ではない。」と言おう。 

 

  • (1)【琉球新報社説】原発処理水の海洋放出 保管・分離技術の確立を

  • 【琉球新報社説】原発処理水の海洋放出 保管・分離技術の確立を

原発処理水の海洋放出 保管・分離技術の確立を

 

 

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1556105.html

 

2022年7月27日 05:00

社説

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 原子力規制委員会は東京電力福島第1原発のトリチウム汚染水の海洋放出計画を認可した。

 

 安全性に問題はないというのが理由だが、果たしてそうなのか。疑問は尽きない。海に流してしまうということには地域、漁業者らに加えて国際社会にも批判がある。

 そもそも政府と東電は「関係者の理解なしには、いかなる処分水の処分もしない」と約束したはずだ。現時点で果たして「理解が得られた」と言えるだろうか。このまま海洋放出計画を進めるのは無責任である。放出以外の方法を引き続き検討すべきだ。

 放出ありきの審査になってはいないか。東電は来春にも放出すると説明するが、身勝手である。漁業者の理解は全く得られていない。

 全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長は計画認可で「断固反対であることはいささかも変わらない」との声明を発表した。

 福島県の漁業者約千百人のうち7割が所属する相馬双葉漁協(相馬市)は沿岸漁業が主で、風評被害があれば大きな影響を受ける。

 今野智光組合長は「何をもって漁業者側が『理解した』となるのか国に聞いても答えてもらったことがない」と語る。風評対策などで具体策が示されないまま事態が進みつつあることを懸念している。

 規制委の認可原案には約1200件の意見が寄せられた。「安全性の根拠を国民に分かりやすく発信するべきだ」「タンクの大型化や敷地の拡大などまだまだ検討の余地がある」などだ。一つ一つに丁寧に答えてもらいたい。

 トリチウムは放射性物質である。トリチウムが残る限り「汚染水」である。トリチウム汚染水を保管するタンクが来秋には満杯になることから、政府は昨年4月、トリチウムの濃度を国の基準値の40分の1未満にして海に放出する方針を決定した。

 いくらトリチウムの濃度を下げるといっても、これを海洋に出すことの影響はどうなのか。それ以外の放射性物質は完全に除去できているのだろうか。

 規制委は、人体などへの影響は小さく、安全性に問題はないと判断した。しかし、国民の理解は広がっていない。

 復興庁の調査では、希釈する政府方針を知っているのは国民の43・3%にとどまった。韓国では約8割が「福島産食品を購入しようと思わない」と答えている。

 政府は基金を創設し、買い取りなど風評対策を講じる方針だが、究極の風評対策は流さないことだ。宮城県の村井嘉浩知事は海洋放出以外の処分方法を継続して検討するよう、繰り返し求めている。隣接県の知事の発言は重い。

 既にトリチウムの分離技術がいくつか提案されている。海洋放出ありきではなく、放出以外の長期保管と分離技術の確立に全力を尽くすべきである。

 

  • (2)人非人の所業

 基本的な事実の確認から行こうか。トリチウムが含まれているとは言え、福島原発事故後の処理水は、無害である。上掲琉球新報社説にもトリチウムの濃度を国の基準の40分の1未満にして海に放出する方針を決定した。と明記されている。「国の基準の40分の1未満にして、更に海洋に放出される処理水」が有害になんぞ、なる訳が無い。

 更に言えば、トリチウムとは別名三重水素。水素の同位体であり、確かに放射性物質ではあるが、原発処理水に限らず水中には(ごく微量ながら)ある割合で含まれている。放射性物質ではあるが、同時に「水素でもある」が故に除去が困難である、と言うだけ。水道の蛇口を捻って出て来る水の中にも、ペットボトル入りミネラルウオーターの中にも、トリチウムは含まれている・・・・と言うより、「水素あるところにトリチウムあり」で、貴方や私の体細胞を為すタンパク質の中にも水素の代わりに三重水素がくっついている所も、ある。それは、「炭素14計測法で、貴方の死後貴方の遺体の年代が(遺体が一定程度完全に保存されれば(*1))測定できるであろう」事と同じぐらいに確実だ。

 であると言うのに、琉球新報は、「処理水放出が科学的に問題ない」事に対し、「国民の理解は広がっていない」と否定する。「国民の無理解を、盾に取った」形だが、大衆迎合的ではあっても科学的ではないな。そりゃ国民が「科学的とは限らない」のだが、そんな無知蒙昧な国民の蒙を啓くのも、本来は報道機関の役割の筈だ。

 が、琉球新報は、そんな'無知蒙昧で無理解な”国民”'を盾にとって、

 

1>  政府は基金を創設し、買い取りなど風評対策を講じる方針だが、究極の風評対策は(処理水を)流さないことだ。

等と、尤もらしく抜かしていやぁガル。

 違うな。間違っている。

 風評とは、粉砕すべきモノだ。「処理水を放出しない」、特に、「科学的には無害であること明らかな処理水を、放出しない」と言うことは、ある意味「風評の裏書き/お墨付き」を与えることになろう。「政府が処理水を放出しないのは、処理水放出が危険だからだ。」と、誤解する輩も、煽る輩も、ヤマと居ろうが。

2>  既にトリチウム分離技術がいくつか提案されている。
3> 海洋放出ありきではなく、放出以外の長期保管と分離技術の確立に全力を作るべきである。


 無害な処理水を、放出せずに保管するのは、最早限度である。新技術も結構だが、未だ提案段階の新技術が、確立され実用化され工業化されるのに、何年かかると思ってやぁがるンだ。オマケにこの新技術も、ある意味「風評に対するお墨付き」である。更に言えば、タダ海中に放出して問題ない処理水を、何やら新技術で処理しろというのだから、新技術の開発にも余計な処理水処理にも、無駄な金がかかることになる。
 
 風評とは、正面から叩き潰すが上策。そんな風評を気にする「地元」や「国民」の「理解」なんぞ、求めても無駄で、不要無用というモノだ。そんな「地元」や「国民」は、琉球新報含めて、何をどう何度幾ら丁寧に説明したところで、決して「理解」なぞするまい。説明するだけ、時間の無駄だ。精々、「一回だけ説明してお終いにする」だけで、十分だ。

 原発処理水は、断固放出すべきであり、以て風評を粉砕すべき、なのである。

 どうせ何をやっても、何もやらなくても、文句言う奴ぁ文句を言うんだ。下掲のチョウセンジンのように、な。

  • <注記>
  • (*1) コレ重要。そんな保存のされ方は、滅多にしない。 

 

  • (3)【ハンギョレ】日本の放流する放射能汚染水、韓国の海にどのように影響?・・・伊政府は回答なし

日本の放流する放射能汚染水、韓国の海にどのような影響?…尹政府は回答なし(ハンギョレ新聞) - Yahoo!ニュース

 

 

 

「分析モデル高度化未完で…分析結果は年内に」 汚染水131万立方メートル中のトリチウムは変わらず 来春の海洋放流が視界に入ってきたが 韓国への影響を分析するモデル・情報の不足は依然 

 日本が福島原発事故の汚染水を海に放流すれば、韓国にはどのような影響が及ぶのか。日本の東京電力による汚染水海洋放流計画が22日に日本原子力規制委員会の認可を受け、来春にも実施される可能性が高まり、韓国国内に及ぶ影響に再び関心が集まっている。

 

 原子力規制委はこの日、東京電力が昨年12月に提出した「福島第一原発特定原子力施設に係る実施計画変更認可申請書」を正式に認可した。日本のマスコミ報道によれば、原子力規制委は5月にこの実施計画を承認し、国民の意見聴取の手順を踏み、この日「安全性に問題がない」として認可手続きを終えた。

 

 2020年末までに設置された福島第一原発敷地の1060個の貯蔵タンクには、14日現在で各種の放射性物質が含まれた130万7811立方メートルの汚染水が保管されている。

 

 2011年の事故発生後に溶融し熱を出し続ける核燃料を冷やすために注入した冷却水、原発敷地に流れ込む雨水や地下水などを多核種除去設備(ALPS)で処理し、保管しているもの。

 

 汚染水の増加スピードは鈍化しているが、昨年新たに発生した汚染水の量は一日平均130立方メートルにのぼる。この状態が続けば、貯蔵タンクの容量137万立方メートルが満杯になるのは時間の問題だ。

 

 この汚染水を、トリチウム(三重水素)以外の62種の放射性物質が排出基準値を超えないよう浄化した「処理水」と規定し、来春から海に放流するというのが東京電力の計画だ。ここで問題は、ALPS設備で浄化できないトリチウムだ。

 

 東京電力は、浄化できないトリチウムは海水を引き込み濃度を排出基準の40分の1未満になるまで薄めて排出することにした。その場合、海水中に入るトリチウムの総量は変わらない。汚染水中のトリチウムの放射能総量は約860兆Bq(ベクレル)と推定される。

 

 これは韓国の原発全体で年間に排出するトリチウムの約4倍を超える量だ。昨年、月城(ウォルソン)原発で流出の物議を醸したトリチウムは、汚染された水産物を通じて人体に入り、有機結合トリチウムに転換されれば、内部被爆を起こすことが知られている。

 

 このように日本が海に放流する汚染水の中の放射性物質が、隣接する韓国にどのような影響を及ぼすのかという質問に、韓国政府は答えを出せずにいる。

 

 韓国政府は22日に関係省庁会議を開き、「原子力研究院と海洋科学技術院がシミュレーションの正確性向上のために(分析)モデルを高度化中であり、日本との二者疎通・協議チャンネルを通じて、安全性の検討に必要な十分な情報提供と原発汚染水の安全な処理のための責任ある対応を持続的に促す計画」だと付け加えた。

 

 結局、放流状況を仮定し影響を分析する上で必要な情報を日本から提供されずにいるだけでなく、情報が提供されてもまともに分析する放射性物質の海洋拡散シミュレーションモデルも完成していないという話だ。

 

 福島原発汚染水の海洋放出影響分析が遅れていることについて、海洋水産部の関係者は「今でもシミュレーション分析をすることはできるが、モデルの正確度が下がる問題点があるため実施していない」として「分析結果を国際社会に発表しても、論理的に対応可能な水準までモデルの正確性を引き上げて実施しようということ」と話した。科学技術情報通信部の関係者は「モデルの高度化は当初計画した日程どおりに推進されている」として「計画どおり終えられれば、年内に最初の分析結果が出せるだろう」と話した。

 

キム・ジョンス先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

 

  • (4)チョウセンジンと沖縄二紙の類似性

  「沖縄は、強請の名人だ。」とは、ある米軍高官の発言。この発言に対して沖縄二紙は大いに反発し、抗議していたが、少なくとも沖縄二紙に関する限り、この発言は「一面の真理」だろう。典型的なのは、先頃弊ブログで記事「疑惑の銃弾」で取り上げた、「民家に投げ込まれたか、自作自演らしい、古錆びた銃弾」を根拠に「実弾訓練中止」を強請り取ろうとした沖縄二紙社説が、上げられよう。

疑惑の銃弾ー【沖縄タイムス社説】[金武町民家に「銃弾」]危険な実弾射撃やめよ & 【琉球新報社説 | 日出づる処の御国を護り、外国までも率いん心 (ameblo.jp)

 「国を挙げての強請タカリで、気違い揃い。」と言うのは、私(ZERO)の個人的な韓国評。「強請タカリ」の実例は、自称「徴用工」問題から自称「慰安婦」問題。最近は関東大震災の際の「朝鮮人虐殺」とかも言い出している様だな。どれも、強請タカリだ。

 沖縄二紙とチョウセンジンが、「強請タカリ」と言う点で類似しているのは、「反日」繋がりだからか、「左翼」繋がりだからか、或いは、その両方か。

 まあ、何にせよ、「強請タカリ」て共通点なのだから、ろくな繋がりではないよな。

  • 朝日も遠吠え-【朝日社説】臨時国会 首相は「国葬」の説明を

 安倍元首相の国葬を巡るアカ新聞どもの反対論の悲惨さは、既に弊ブログ記事としたところ。(安倍首相、国葬至当、反論惨)安倍首相、国葬至当。反論惨。ー「安倍元首相国葬」決定に対するアカ新聞ども反論社説の悲惨さ。 | 日出づる処の御国を護り、外国までも率いん心 (ameblo.jp)

 その先行記事にて、朝日社説が4日遅れで一番遅かったことと、毎日社説が「明白には国葬反対では無かった」ことも書いた。
 更に追加記事で、毎日が新たに「安倍元首相の国葬に対し、国会での説明を求める社説を掲げた」事も記事とし、毎日が(未だ明白に国葬反対とは表明しないモノの)矢っ張り「国葬反対」なのだろう、と推定した。

毎日の遠吠え―【毎日社説】安倍氏「国葬」を決定 なぜ国会説明しないのか | 日出づる処の御国を護り、外国までも率いん心 (ameblo.jp)

 で、そんな毎日新聞に対抗したのかは知らないが、今度は朝日が「安倍元首相の国葬を、国会で説明しろ。」って社説を掲げた。そりゃまぁ。安倍元首相国葬は既に閣議決定され、日付も場所も「今秋9月27日 武道館」と諸外国へ通知公知周知されている。各種世論調査結果は「国論二分」ながら「国葬賛成がやや有利」の様だし、何より「国論二分」ながら60年安保のような「革命前夜の洋装」には到底なりそうに無いから、「国葬反対」から「国葬を説明しろ」に「方針転換」した、らしい。
 

 

  • 【朝日社説】臨時国会 首相は「国葬」の説明を

  • 臨時国会 首相は「国葬」の説明を

 

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S15370474.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 

2022年7月28日 5時00分

 

 

 政府が閣議決定した安倍元首相の「国葬」について、世論の賛否は割れたままである。

 

 社説は、極めて異例の追悼の形式が、社会の溝を広げ、政治家の業績に対する自由な論評を妨げる恐れを指摘した。

 

 来週、召集される臨時国会では、国葬を決めた岸田首相自身が、数々の疑問や懸念に直接、答えねばならない。説明責任も果たさず、わずか3日の会期で閉じるなら、国葬に対する違和感を強めるだけだろう。

 

 参院選直後の臨時国会は、参院の新しい正副議長と常任委員長らを決めるために開かれる。会期は数日で、首相が答弁に立つ機会はないのが通例だ。

 

 与党は今回も同様の方針で、野党に提案した会期は3日間である。現職の国会議員が亡くなった際の習いで、衆院本会議で安倍氏に対する追悼演説は行われるが、国葬をめぐる質疑に応じる考えはない。

 

 戦前の国葬令は失効し、国葬を直接定めた法令はない。首相経験者の葬儀は、政府と自民党の合同葬が定着しており、国葬は半世紀以上前の吉田茂の1例のみだ。政策への評価が分かれ、森友・加計・桜を見る会をめぐる問題も未解明の安倍氏を特例扱いすることに、疑問を抱く国民がいるのは当然である。

 

 にもかかわらず、自民党の茂木敏充幹事長は「国民から『いかがなものか』という指摘があるとは認識していない」として、国葬に反対する野党の主張は「国民の声とかなりずれている」と述べた。これでは、政権が国葬を通じて安倍氏への政治的評価を定めようとしていると疑われても仕方あるまい。

 

 吉田の国葬では、黙祷(もくとう)を促すサイレンやアナウンスが全国各地で流れ、官公庁や学校の多くが午後は休みとなった。今回、政府は「国民に喪に服することを求めるものではない」(松野博一官房長官)としているが、忖度(そんたく)や同調圧力による事実上の強制とならないよう、首相の口から明確に語るべきだ。

 

 臨時国会で議論すべき喫緊の課題は他にもある。新型コロナの第7波への対応だ。

 

 新たな行動制限は「考えていない」とする政府方針は理解できる。ただ、それは一人一人が感染リスクを避ける行動を取ることが前提だというのに、現状は「これまでと同じでよい」というメッセージとして受け取られているとの指摘がある。

 

 夏休みやお盆で人の移動や接触が増え、さらに感染が拡大しかねない。国民に危機意識を共有してもらうためにも、国会質疑を通じた発信は重要である。

 

 岸田政権は野党各党が求める十分な会期を確保して、一連の課題に真摯(しんし)に向き合うべきだ。

 

  • 単なる「違和感」と「説明しろ」への「後退」

 上掲朝日社説の行間に垣間見える(と、私(ZERO)には思われる)のは、「国葬に賛成する(私(ZERO)のような)国民」という事実であり、認識である。何しろ先行する7.24社説では、「安倍氏を悼む 「国葬」に疑問と懸念」という婉曲表現のタイトルで(毎日社説とは事なり)明白に「国葬反対」を打ち出していた、朝日だ。
 
 弊ブログの先行記事では、安倍元首相国葬に反対するアカ新聞五紙からその理由を7つ抽出し、「各個撃破した」心算だが、その抽出された理由の内、朝日社説が掲げたのは、以下の6つである。

<理由1> 国民を分断するから

<理由2> 内心の自由に抵触するから/弔意を強制するおそれがあるから

<理由3> 異例の扱いだから

<理由4> 法的根拠が無いから

<理由5> 政治指導者に対する冷静な評価を妨げるから

<理由6> モリカケ桜など安倍政治批判があるから


 アカ新聞五紙の掲げた7つの理由の内、6つという大半(残りの一つ<理由7>は「費用を全額国が負担するからだが、コレはトートロジー同義反復で、反対理由失格 )を駆使している他、<理由5>「冷静評価妨害朝日独自の「安倍元首相国葬に反対する理油」であることは、特筆して良かろう。流石に「4日間遅らせた後出しジャンケン」と言うべきかも知れないが、「4日間かけて捻り出した屁理屈が、<理由5>”冷静評価妨害”かよ!」とも思う。まあ、モリカケ桜であれだけ騒いで、安倍元首相の現役首相時代に再三「冷静な評価を妨害し続けた」朝日が、何を抜かすか、って所なんだが。

 ああ、上掲する新たな「国葬を国会で説明しろ」社説にも<理由1>~<理由6>は繰り返されており、「安倍元首相国葬に犯来する理由」に「ブレが無い」点は、評価して良かろう。
 
 だが、先行する7/20社説では、

1>  自由な論評を許さぬ風潮が生まれれば、それこそ民主主義の危機である。

と、民主主義の危機」をほぼ断定し、明らかに(明らか、だよな。)「安倍元首相国葬に反対」を表明していた朝日が、上掲社説では、「岸田首相は国会で(十分な会期をかけて)説明しろ。」としか主張していないことには、相当な「違和感を覚える」ぞ。「民主主義の危機」は何処へ行ったんだ?その危機は、岸田首相が国会で説明すれば、去るような危機なのか?去るとしたら、そもそも、危機なのか???

 いや、違うな。朝日が求める「国会での説明」には、「違和感」と共に「既視感」がある。他でも無い、モリカケ桜の「モリ」事「森友学園問題」では、森友学園に対する不正不当な国有地廉売について「安倍昭恵夫人の国会招致&喚問」を社説で求めたのが、他ならぬ朝日だ。

 十分な会期をかけての説明ってのも、ある種の「罠」だろう。朝日はじめとするアカ新聞どもも、野党(の一部)も、岸田首相が国葬の意味と意義等について何をどう幾ら何回懇切丁寧に説明したって、「理解」も「納得」もしないだろうよ。

 で、またぞろ、「質問に答えてない!」とか「疑問はさらに深まった!!」とか延々と繰り返すのだろうさ。時間と国費の無駄だ。

 ああ、そうか、上掲朝日社説が終盤で、今次臨時国会では「武漢肺炎対策も議論しろ」と付け足しのように書いているのは、「安倍元首相国葬に対する追及」だけでは「国費の無駄」と言われるから、「付加価値を付けよう」ってことか。
 
 だが、「国民に(武漢肺炎に対する)危機意識を共有してもらう」ために「国会質疑を通じての発言」なぞ不要無用だ。国会も質疑も介さずに、「発言」だけあれば、事足りる。
 国会質疑を通じたとは、野党にも絡ませて、出番を作れ。の意味だろう。その野党の「絡み」や「出番」に意味/意義があればそれも良かろうが、「ワイドショーの実演」ぐらいの期待できず、「真摯な議論を通じて建設的な意見集約が出来る」なんて、想像することすら難しくなっている。

 言い替えようか。立憲民主党なんてのが野党第一党である限りは、国会質疑は「ワイドショーの実演」以上のモノとなるとはとても思えない。「そんなことは無い」と実績を持って示さない限り、今次臨時国会の会期は、三日もあれば十分釣りが基そうだぞ。

  • 反アベ芸人・古賀茂明の「嫌み」かな。ー【週刊朝日】米国激賞の安倍外交の意味

 古賀茂明と言えば、元は結構な地位にあった高級官僚。高級官僚という身分を捨てるだか追放されるだかして、「反アベ芸人」になったと、私(ZERO)は認識している。一発芸は、I am not Abe.」で、この英文で私は、安倍首相(当時)に反対する。って意味、らしい。
 
 そりゃこの英文を左様に解釈することも出来ようが、「この世のアベ(安倍、阿倍、安部、阿邊 etc)姓以外の人は、全員(古賀茂明氏含む)”I am not Abe”だろう。」とも突っ込めれば、「喩え安倍晋三首相(当時)に心酔していても、”I am Abe.”と言うのは非常に強力な肯定で、相当に無理がある。であるならば、その非定型たる”I am not Abe.”と言うのは、”強い否定”ではあり得ない、のではないか(*1)。」とも言えそうであり・・・要は「一発芸としても、つまらない。」。まあ、受ける人には、受けるのだろうし、受けたのだろう。
 
 だが、「反アベを売り物にしている高級官僚」ってのは朝日好みであるらしく、週刊朝日に長いことコラムを連載している。(その割には、似た様な境遇の前川喜平は、朝日好みではないらしいが・・・前川喜平が朝日の嫌いな麻布出身だから、かなぁ。)

 で、今回は、安倍元首相暗殺を受けて、「米国が激賞する安倍外交」について、何やら言いたい、らしい。

  • <注記>
  • (*1) この辺は、文法と習慣に依るだろう。「強い肯定、の否定」には「弱い肯定も、含まれる」と考えたから、斯様に表記した。 




 

  • 【週刊朝日】米国激賞の安倍外交の意味

  • 米国激賞の安倍外交の意味 古賀茂明

 

 

https://dot.asahi.com/wa/2022071300071.html?page=1

 

政官財の罪と罰

古賀茂明

2022/07/19 06:00

 

古賀茂明

筆者:古賀茂明

 

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古賀茂明氏

古賀茂明氏

 参議院選挙終盤に安倍晋三元首相が殺害され、日本全土に大きな動揺が広がった。

 

 

 安倍氏は毀誉褒貶の多い政治家だが、銃による殺害という悲劇的な最期を遂げたことで、世の中は安倍氏に同情的な雰囲気に支配された。

 

 

 そのため、臆病な大手メディアの記者たちにとって、安倍氏に批判的なコメントをするのはかなり難しくなり、安倍氏に好意的な報道が圧倒的に多くなったようだ。

 

 例えば、最近かなり広がっていたアベノミクスの失敗、北方領土と拉致問題解決の失敗などへの批判は、今回は触れられても形だけ。全体としてはより前向きなトーンで伝えたいという偏ったメディアの姿勢は明らかだ。

 

 中でも特に気になったのは、「安倍外交」に関する報道だ。北方領土や拉致問題以外については、ほぼ無条件の「礼賛」状態である。日米同盟の強化、集団的自衛権の行使容認、防衛費の増額などの防衛政策の大転換について、批判的な論調は見られない。また、「自由で開かれたインド太平洋構想」を最初に提唱したのは安倍氏だとして、今日のクアッド(米豪印日4カ国の協力の枠組み)や最近発足した新たな経済協力とルール策定を目的とするインド太平洋経済枠組み(IPEF)なども安倍氏の考えが反映されたと喧伝された。

 

 こうした評価の信憑性を高めるために使われたのが、米国政府高官や米国有識者たちのコメントだ。彼らは安倍氏を卓越した国際社会のリーダーだと持ち上げた。これらの報道を見て、安倍氏が世界の中での日本の立場を高め、列強の仲間入りをさせてくれたと誇らしく思った国民も多いだろう。しかし、そこには大きなリスクが潜む。

 

 世界では、普段のニュースに日本が登場することはほとんどなく、日本に関心を持つ記者は極めて少数だ。したがって、安倍氏の評価を書くには、米国政府やいわゆるジャパンハンドラー(知日派と言われるが、その実態は米国が日本を飼いならすことに貢献している人々)が流す最大級の安倍氏への賛辞に頼ってしまう。もちろん、米政府などの安倍氏の評価基準は米国の国益であって日本の国益ではない。

 

 さらに、日本の大手メディアの記者の多くは独立の気概に乏しく、安倍氏殺害事件の直後に安倍氏を批判する勇気はない。また、彼らは米国コンプレックスが強く、米国発のニュースの反対の論を書く勇気もない。逆に、今回のように米国に褒められると、劣等感の裏返しで舞い上がり、安倍礼賛の記事にそれらを引用する。安倍氏の外交・防衛政策は米国から見たら素晴らしい。それを米国の主要メディアが礼賛するのは当然だろう。

 

 以下の点は別の機会に論じることにしたいが、安倍氏のインド太平洋戦略は、米国の対中封じ込め政策と同じ意味を持つ。米中対立の狭間でバランスに腐心するASEAN(東南アジア諸国連合)との連携をより重視する、米国一辺倒ではない戦略もあり得るのだが、安倍氏の政策は無批判のまま高く評価された。

 

 

 米国から異常なまでの賞賛を受ける安倍外交の継続が、本当に日本の国益にかなうのかどうか。安倍氏が亡くなった後だからこそ、今一度立ち止まって冷静に考えるべきだ。大きな間違いを犯したと後悔することにならないように。

 

※週刊朝日  2022年7月29日号から

 

古賀茂明

古賀茂明

古賀茂明(こが・しげあき)/古賀茂明政策ラボ代表、「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣審議官などを経て2011年退官。近著は『官邸の暴走』(角川新書)など

 

  • (2)「安倍首相(当時)が、トランプ大統領の誘いに乗って、対北朝鮮先制攻撃する。」と、この週刊朝日コラムで断定断言していたことを、私(ZERO)は忘れないぞ。

 上掲週刊朝日コラムは、要は「安倍外交を米国が激賞するのは、米国の利益だからで、日本の国益にかなっているかを検証しろ。なのだが・・・どうも、安倍外交を激賞しているのは、米国ばかりでは無さそうだ。インド、台湾、英国、豪州などが、強い弔意と共に安倍外交を(少なくとも)肯定している。これら各国の「強い弔意」が「各国の利益だから(そうである可能性は、当然、ある。)」とするならば、少なくとも安倍外交は「相当の範囲の西側諸国の利益となっている」とは言えそうだ。

 無論、外交の目的は国益の追求であり、安倍外交に限らず、外交は、「我が国益にかなうか」と、常に検証吟味するべきである。短期的評価ばかりでは無く、長期的評価を含めて、だ。

 で、だ。「反アベ芸人」古賀茂明氏は、安倍外交について安倍首相現役時代にから随分と批判的であり、章題にした様な安倍首相(当時)は対米追従で対北朝鮮先制攻撃する!」なんて断定断言さえしていた。

 更には、その対北朝鮮先制攻撃で我が国は「勝利はするが、損害を被り」、その結果「漸く日本国民は安倍政権の危険に気付くだろう」なんて架空戦記じみた「予言」までなしていた。

 言うまでも無かろうが、その「予言」は、「尽く」と言って良いぐらいに外れた。安倍首相(当時)は対北朝鮮先制攻撃なぞしなかったし、「トランプ大統領による米軍の対北朝鮮先制攻撃」すら実現しなかった。
 別に古賀茂明氏の「架空戦記じみた予言」が「大外れに外れた」とて、大して気にする話では無い。だが、そんな「大外れに外れた予言」までして「安倍外交を非難批判」していた古賀茂明氏が、「米国が安倍元首相を追悼し、安倍外交を激賞するのは、安倍外交が米国の利益だからだ。」と主張するのは未だしも(*1)、「安倍外交が日本の国益に沿ったか、検証すべきだ。」と主張するのは、かなり奇妙だ。前述上記の通り「対米追従の危険な安倍外交」とほぼ断定断言していた、古賀茂明氏が、だぞ。

 そんな「気違いじみた」とも言えそうな「安倍外交批判」が、今回の古賀茂明氏記事では随分となりを潜めて、精々が米中対立の狭間でバランスに腐心するASEANと表記することで「ASEANに代弁させている」だけなのは、何故かね?

 大外れに外れた「架空戦記じみた予言」を、「無かったこと」にしたい、からかね?

 そんなことでは、立派な「反アベ芸人」には、なれないぞ。

 ッてぇか、今週に安倍元首相の国葬が済んでしまった後までも、「反アベ芸人」で売れるつもりかね?

 ああ、まあ、その時は、「反岸田芸人」だか「反自民芸人」だかに、宗旨替えするのか。売れると、良いねぇ。
 

  • <注記>
  • (*1) その主張は、少なくとも部分的に正しいだろう。米国益に反する外交を、米国が褒める謂われは無い。 
  • 閑話休題(それはさておき。)

 「安倍外交は、日本の国益から検証すべきだ。」と主張される古賀茂明氏は、あるところまで高級官僚だったのだから、高級官僚時代には、さぞや我が国益を追求されて、いたんだろうなぁ【修辞的疑問文】。
 

  • 先ずやることやってから、だ。ー毎日、東京、沖縄タイムスの「日韓関係改善社説」妄想に、その正気を疑う。

 なんでも、日韓外相同士が会談したんだそうな。で、案の定「ロクに進展もないまま平行線に終わった」ってぇのに、アカ新聞各紙は勝手に「日韓関係改善の妄想を、大いに膨らませている、らしい。

 「正気かね?」と聞きたくなるが、「気違い当人は、自分が気違いとは気付かない」のだろうな。「キャッチ22」って奴だ。

 ②【毎日社説】韓国外相の来日 信頼関係結び直す契機に
 ③【東京社説】日韓外相が会談 関係改善へ共に行動を
 ④【沖縄タイムス社説】[日韓「徴用工」問題]首脳会談で和解の道を

 

  • ②【毎日社説】韓国外相の来日 信頼関係結び直す契機に

  • 韓国外相の来日 信頼関係結び直す契機に

 

 

https://mainichi.jp/articles/20220720/ddm/005/070/143000c

 

朝刊政治面

毎日新聞 2022/7/20 東京朝刊 English version 853文字

 韓国の朴振(パクジン)外相が来日し、林芳正外相と会談した。岸田文雄首相とも面会した。

 

 韓国外相の来日は約3年ぶりである。5月に発足した尹錫悦(ユンソンニョル)政権の対日関係改善への意欲を示すものだ。閣僚レベルで具体的な懸案を協議した意義は大きい。

 

 喫緊の課題は、元徴用工の訴訟で差し押さえられた日本企業の資産が売却される「現金化」への対応だ。そのための司法手続きは今夏にも終わる可能性がある。

 

 

 「現金化の前に望ましい解決策が出るよう努力する」という朴氏の発言は、切迫した状況にあるという認識を示したものだろう。

 

 日韓間では、文在寅(ムンジェイン)前政権下で2015年の慰安婦合意が事実上ほごにされ、関係悪化を招いた。朴氏は今回、その合意を尊重すると表明した。

 

 

 合意は、両政府が共同で「元慰安婦の名誉と尊厳の回復を図る」という内容だった。その原点に立ち返ろうというのなら、日本は協力を惜しむべきではない。

 

 関係改善には韓国側が取るべき措置が多い。尹政権は懸案の解決を目指して動き始めた。日本がどのような姿勢を取るかも、取り組みの成否に影響を与える。

 

 

 日韓関係は、国際情勢の変化を色濃く反映してきた。

 

 冷戦時代には、厳しい安全保障環境の中で両国関係の重要性が共有されていた。歴史認識を巡る対立が起きても、深刻化させてはいけないと双方が自制した。

 

 1990年代以降の緊張緩和でそうした歯止めは弱まった。近年は韓国の経済成長もあって、競争意識が相互に高まった。

 

 

 両国を取り巻く状況は再び厳しさを増している。

 

 ロシアのウクライナ侵攻で国際秩序は大きく動揺した。長期化する米中対立と北朝鮮の核開発への対応は、日韓が直面する共通の課題だ。共に米国の同盟国である両国には連携強化が求められる。

 

 関係改善が両国の国益に資するのは安全保障面に限らない。中国やインドが経済的に台頭する中、国際競争力を保つためには協力が重要だ。

 

 まずは政治レベルで信頼関係を結び直すことが必要だ。今回の本格的な対話再開をその契機とすべきである。

(2)③【東京社説】日韓外相が会談 関係改善へ共に行動を

  • ③【東京社説】日韓外相が会談 関係改善へ共に行動を

日韓外相が会談 関係改善へ共に行動を

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/190946?rct=editorial

 

 

2022年7月21日 08時04分

 

 韓国の朴振(パクチン)外相が来日し、林芳正外相と会談した。日韓関係の改善に向けた具体的な合意はなかったものの、韓国新政権は対日関係の重視を一貫して表明している。日本側も静観せず、この機会を生かして、韓国と共に行動すべきだ。

 関係悪化の要因は、元徴用工への賠償と元慰安婦の問題にある。

 特に元徴用工問題は、日本企業の韓国内資産が近く現金化されるとの見通しが強まっており、実行されれば両国関係は危機的状況になりかねない。

 外相会談でもこの問題が取り上げられ、両外相は早期解決を目指すことで一致している。今後の取り組みに期待したい。

 韓国では元徴用工問題を巡り関係者も参加する官民協議会が設置されたが、現金化を避ける方法などを巡り議論が噴出し、短時間での意見集約は容易でない。

 加えて、支持率が低迷する尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が前政権の政策を転換するには、大義名分が必要だ。日本政府は尹大統領への支持を表明し、協力すべきではないか。

 外相会談に続き岸田文雄首相が朴外相に直接面会したことは、関係改善の兆しとして歓迎したい。

 朴氏は外相会談で、一九九八年に当時の金大中(キムデジュン)大統領と小渕恵三首相が発表した「日韓共同宣言」の精神と趣旨に基づき、両国関係を発展させようと呼びかけた。

 宣言には過去の植民地支配に対する日本の「おわび」が盛り込まれ、未来志向の関係発展がうたわれている。両政府はこの宣言を、新時代にふさわしい内容に発展させることも検討してほしい。

 ロシアのウクライナ侵攻が長期化し、北朝鮮も核やミサイル開発を進めるなど世界情勢は緊迫の度を増している。海洋進出を強める中国への対応は、日韓双方が直面する課題だ。両国政府がこうした問題に協力して取り組むためにも関係改善を急ぐ必要がある。

 年間約一千万人もあった日韓間の往来はコロナ禍で途絶えていたが、先月、金浦(ソウル)?羽田間の航空路線が再開された。人的交流を再び活発にすることで、関係改善の機運につなげたい。

 

  • ④【沖縄タイムス社説】[日韓「徴用工」問題]首脳会談で和解の道を

  • [日韓「徴用工」問題]首脳会談で和解の道を

 

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/994244

 

 

2022年7月20日 06:53

 

 長く冷え切っていた日韓関係を改善するきっかけにしてほしい。

 

 韓国の朴振(パクチン)外相が初来日し、林芳正外相、岸田文雄首相と相次ぎ会談した。

 

 18日の林外相との会談で、朴氏は両国関係の悪化を招いた元徴用工問題を巡り、訴訟で差し押さえられた日本企業の資産が現金化される前に望ましい解決策を見いだせるよう努力すると表明。両氏はこの問題の早期解決を図るため協議を加速させる方針を確認した。

 

 また19日の岸田首相との会談では、同様の考えを伝えた朴氏に対し、首相は「日韓間の懸案解決に向けて引き続き尽力してほしい」と述べた。

 

 元徴用工が起こした戦後補償裁判で、韓国最高裁は2018年、日本企業2社に賠償を命じる判決を出した。これが日韓関係を冷え込ませる原因となった。

 

 日本政府は、元徴用工を巡る問題は1965年の日韓請求権協定で解決済みだと反発し、企業側も賠償に応じていない。これに対し、韓国地裁では2社が韓国国内に持つ資産を差し押さえ、売却して現金化する手続きが進められている。

 

 今年5月発足した韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)政権は核開発を進める北朝鮮に対する強硬姿勢で知られ、対日関係を重視する立場だ。朴氏の訪日は、徴用工問題で悪化した日韓関係打開へのシグナルとも言える。

 

 韓国政府には国際法上の枠組みを尊重する責任がある。徴用工問題の解決に向け、その責任において主体的な対応を求めたい。

 

■    ■

 

 韓国は今月、政府関係者や元徴用工訴訟の原告支援団体も加わった官民協議会を開き、一致点を探り始めた。

 

 韓国内ではこれまでも、日本企業の代わりに韓国側が賠償金を支払う「代位弁済」による解決案などが議論されている。だが日本企業による賠償を求める一部の原告は不参加で、先行きは不透明だ。

 

 一方で、韓国最高裁は早ければ8月にも資産売却命令を出すのではといわれている。実際に売却されれば日本は対抗措置に踏み切る可能性があり、泥沼化が避けられない。残された時間はあまり多くない。

 

 徴用工問題は、日本の植民地支配から引き起こされた。

 

 双方が感情的にならず対話を継続することが大切だ。日本としても歴史から目をそらすことは許されない。元徴用工が現在も抱く傷をどう癒やすか、真摯(しんし)に考えるべきだろう。

 

■    ■

 

 冷え込む日韓関係は、対北朝鮮を念頭にした日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA=ジーソミア)継続問題など北東アジアの安全保障環境にも影を落としてきた。

 

 多岐にわたる問題解決にはトップによる膝詰めの協議しかあり得ない。だが多国間交渉の場での「立ち話」や電話での会談を除けば、2019年12月以降、対面での首脳会談は行われていない。

 

 両国首脳による率直な話し合いの場が必要だろう。その上で、徴用工問題のほかシャトル外交再開なども含めた関係改善策を探ってほしい。

 

  • 条約も合意も平気で破る相手と、「首脳会談」した所で、ナンになるんだぁ?

 条約も合意も平気で破る相手とは、「和解」どころか、そもそも「国交が成り立たない」。「国交が成り立たない」のだから、「信頼」も「連携」も、あり得ない。そもそも、「付き合えない」。これは、日韓の外相同士が会談しようが、首脳会談が実現しようが、変わりようも変えようも、無い。

 であると言うのに、「信頼関係を結び直す契機(②毎日新聞)」だの「関係改善へ共に行動(③東京新聞)」だの「首脳会談で和解の道を(④沖縄タイムス)」だの、よくもまあ言えたモノだな。条約も合意も平気で破る様な韓国と外相会談したぐらいで「信頼関係を結び直す」なんて出来ないし、「行動すべき」なのは韓国であって日本ではない。そもそも国交が成り立たない相手と「首脳会談」を何十回やろうが、意味が無い。

 先ず、約束を守れ。日韓基本条約と日韓慰安婦合意を遵守しろ。と言うことは、自称「徴用工」問題も自称「慰安婦」問題も、韓国国内で韓国政府が解決しろ、と言うことであり、この件に関して日本は、鐚一文も出さないし、隻言半句も発しない、と言うことだ。

 而して、日韓機許雄条約と日韓慰安婦合意の完全遵守が、日韓国交再開の最低条件である。言っておくが、この二つを韓国政府が完全遵守したとしても、高純度フッ化水素の輸出管理は現状のままで変える必要は無いし、我が海自哨戒機に対する韓国軍艦の射撃管制レーダー照射という「開戦理由ともなり得る不祥事」も、前大統領の文や大統領ではない文やらの我が皇室に対する数多の非礼・無礼も、何ら解決していないのであるから、「日韓友好」なんてのはその「解決」の先だぞ。

 一方その頃チョウセンジンは・・・

 

  • 【ハンギョレ】韓国外相「強制動員賠償、日本も韓国の努力に前向きに応じる用意があると感じた」

韓国外相「日本も韓国の努力に誠意をもって応える勇気があると感じた」

 

https://www.wowkorea.jp/news/korea/2022/0720/10356724.html

 

 

 

韓国のパク・チン(朴振)外相(画像提供:wowkorea)

韓国のパク・チン(朴振)外相(画像提供:wowkorea)

 

 20日、韓国のパク・チン(朴振)外相は「元徴用工への賠償問題などを解決するための韓国政府の努力に対し、日本政府も誠意をもって応える考えがあるとみられる」という見解を明らかにした。

 

 日本を訪問中のパク外相は「今回の訪問を通じて、日本側もわが政府の努力に誠意をもって応える勇気を持っていると感じた」と、この日東京のホテルで開かれた韓国メディア特派員懇談会で語った。

 

 パク外相は「日韓関係の改善を希望する両国政府の意志を確認した」とし「特に日本側も、ユン・ソギョル(尹錫悦)政府が日韓関係改善のために強い意志をもっているという点を今回確認しただろう」と語った。

 

 また「何よりも4年7か月ぶりに日韓外相による公式会談が行なわれたこと自体が、日本側の真剣な対応の一環だと考える。これは、日韓関係の変化のシグナルだとみてもよい」と強調した。

 

 パク外相は「来月カンボジアで開かれるASEAN(東南アジア諸国連合)外相会談で林芳正外相と会うことを期待し、日韓間のシャトル対話を続けていく」と明らかにした。

 

 パク外相はさらに、国連総会・G20首脳会議・APEC(アジア太平洋経済協力体)首脳会議など年内に予定されている首脳会談などを通じて「互いに望ましい時期に、自然なかたちで日韓首脳会談が行なわれることを期待する」と付け加えた。

 

2022/07/20 17:33配信  Copyright(C) herald wowkorea.jp 96

 

  • ダメだ、コリア。

 オイオイ、「これで未だ未だタカレルニダ」って「報告」してやぁがるよ。これだからチョウセンジンは、「国を挙げての強請タカリで、気違いだ。」ってんだよ。

 

 そんなチョウセンジンを甘やかし、育てているのが、上掲アカ新聞ども、だけどな。
 

  • 「片手落ち」かと思いきや、「無責任」らしい。ー【ハフポスト】銃による犠牲者は10年前から約4割増。なぜアメリカの銃規制は進まないのか

 銃乱射事件がまた起きたアメリカに対し、「銃規制しろ!」としか言わないアカ新聞各紙社説の「アメリカの歴史と伝統(*1)、及び治安状況を無視した、無責任さ」は、既に何度か弊ブログの記事にしたところ。諄い様だが、私(ZERO)の主張を掻い摘まんで繰り返すと、以下の様になる。

① アメリカは既に、日本とは大違いの銃社会である。

② アメリカに限らず銃規制は、「合法的に所持されている銃」「合法的に取得される銃」を規制するモノであり、「非合法に所持されている銃」や「非合法に取得される(*2)銃」は、「規制出来ない」乃至「規制出来るとしても限定的」である。

③ アメリカ合衆国憲法は、国民の武装権・革命権を明記しており、アメリカ国民には「銃を所持し、武装する権利がある」と、相当広範に考えられている。

④ アメリカの治安状況は、「一般市民の武装化」を不要と出来る程、良好では無い。

⑤ アメリカを、「(日本の様な)銃無き社会」に近づける様な銃規制には
、「合衆国憲法に明記された武装権・革命権との何らかの妥協(*3)」と、「一般市民の武装化を不要とする治安の良さ」が、必要条件である。

 で、上掲⑤の2つの必要条件を丸っきり無視して、「銃乱射事件は悲惨だぁぁぁぁ!米国は銃規制すべきだぁぁぁぁ!!!」と喚くだけの「アメリカ知らずの日本新聞社説」は、日本の新聞だから、(ある程度)仕方が無い(*4)。とも言い得よう。
 
 だが、ハフポストって「アメリカのリベラル系オンラインメディア」(byウイキペディア)であっても、「この程度の記事」だったりする、らしい。 
 

  • <注記>
  • (*1) ったって、独立して200年かそこらの「歴史と伝統」なんだが、左様な「薄っぺらい歴史と伝統」なればこそ、重視されることもあるのだろう。 
  •  
  • (*2) 窃盗、強奪、密輸入含む 
  •  
  • (*3) 「改憲による武装権・革命権の弱体化乃至剥奪」を含む。合衆国憲法は、日本国憲法とは異なり、改憲された実績がある。 
  •  
  • (*4) 少なくとも全国紙なら、アメリカに常駐記者が居そうなモノなのだが。 




(1)【ハフポスト】銃による犠牲者は10年前から約4割増。なぜアメリカの銃規制は進まないのか

  • 【ハフポスト】銃による犠牲者は10年前から約4割増。なぜアメリカの銃規制は進まないのか

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_62b26c25e4b06169ca9f41a4

 

 

銃による犠牲者は10年前から約4割増。なぜアメリカの銃規制は進まないのか

 銃による悲劇が毎日のように起きているにもかかわらず、銃規制が一向に進まないアメリカ。その理由を知るには、アメリカという国の成り立ちと文化を知る必要がある。

ライアン・ゴールドスティン

 

ライアン・ゴールドスティン

2022年06月23日 6時0分 JST

カルフォルニア州ロサンゼルスで行われた行進の様子(2022年6月11日撮影)

カルフォルニア州ロサンゼルスで行われた行進の様子(2022年6月11日撮影)Citizens of the Planet Citizens of the Planet/UCG/Unive

 6月11日。また、アメリカで銃撃事件が起きた。

 

 それは私の故郷であるシカゴでのことである。NBCによると、シカゴでは週末だけで銃撃事件によって少なくとも6人が死亡、26人が負傷したという。

 

 アメリカにおける銃の犠牲者は、2020年の時点で10年前と比べて43%増加している(米国疾病予防管理センター調べ)。2020年の銃による死亡者は4万5222人で、前年比14%増、5年前と比較すると25%増えている。とくに銃による殺人事件は近年、急激に増加して10年前から75%増、そして、自殺者も増加の傾向にあるという。

 

 アメリカ全土でこうした悲劇が毎日のように発生し、増加傾向にあるにもかかわらず、銃規制は一向に進まない。その理由を知るには、アメリカという国の成り立ちと文化を知る必要があるだろう。

 

自衛、独立、内戦、奴隷制度

 1776年に独立を宣言し、アメリカはイギリスから独立した。詳細は大きく省くが、独立以前、ヨーロッパから新天地を目指してアメリカへ移住した者たちが自衛や狩猟のために銃を使っていた。

 

 また、奴隷貿易によって連れてこられた多くの黒人奴隷が存在した。この奴隷制度を維持するために銃が使われていたという。

 

 イギリスの植民地下にあったアメリカではイギリス政府による税徴収の重圧に苦しめられ、反対運動が起きた。これに端を発し、各地で地域の自衛をしていた民兵が結集し、イギリス軍に対抗、アメリカの独立に至るのである。

 

 

 さらに、1861年から65年の南北戦争も経験した。自衛、独立、内戦、奴隷制度といった背景が今のアメリカ人の意識を形成しているのではないかと私は思う。事実、アメリカ人の自衛意識は高く、政府に対する不信感は未だ拭えない。

 

 2019年の調査では、銃を所持する理由として63%が身の安全や保護を理由として挙げている。これは前回調査(2017年)と同様の結果で、狩猟と回答した40%よりも多かった。

 

また、成人の68%が連邦政府に対する国民の不信感を修復することが非常に重要であると回答し、58%がアメリカ人同士の相互の信頼を向上させることも非常に重要だと回答している。

 

憲法による保障

 成人の約半数にあたる48%が銃による暴力を今日のアメリカにおいて非常に大きな問題とみなしているにも関わらず、なぜ銃規制が進まないのか。

 

 それは銃を所持する権利が憲法によって保障されているからである。修正第2条武器保有権は1791 年に成立。「規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は侵してはならない」とある。

 

 憲法を修正するのは簡単なことではない。上下両院の議会において3分の2の賛成を獲得し、さらに50州の3分の2が同意する必要があるからだ。これがいかに難しいことであるかは銃に関する各党の支持者の意識調査にも如実に表れている。

 

 2021年の銃規制に関する意識調査において、共和党支持者の72%は銃をより多くの場所に持参できるようにし、66%が教師や学校関係者が幼稚園から高校までの学校に銃を持参することを支持している。同じ項目に関して、民主党はそれぞれ20%程度である。

 

 

 現在、上院議会の議席数は民主党50、共和党50。下院議会は民主党222、共和党210である。両党、ほぼ半数の議席ではあるものの、上記の乖離を鑑みればそう簡単にはいかないと思ったが、アメリカが動いた。

 

最高裁がこの10年で最も重要な判決を

 先に発生したテキサス州ユバルデとニューヨーク州バッファローの銃乱射事件が銃規制改革への新たな関心を呼び起こし、6月12日、米国上院の超党派グループが銃規制法に関する原則合意を発表した。

 

 この合意には、危機を経験した人々が銃を入手することを防ぐための条項、DV被害者の追加保護、子どものための精神保健サービスの充実が含まれている。あくまで、連邦法、州法の話であるし、個人的には始まりに過ぎないとは思いつつも、超党派の合意は喜ばしい。

 

 そして、今、最高裁判所は憲法修正第2条において、この10年で最も重要な判決を下すと報じられている。

 

 ライフル協会がニューヨーク州を相手に訴訟を起こし、最高裁においてニューヨーク州が銃を携帯することに厳しい制限を課しているのは憲法違反であると主張、憲法修正第2条について争われている。憲法修正第2条では、銃を所持をする権利については触れられているものの、どのような銃をどれくらい所持してよいかといった具体的なことには触れられていないため、解釈は様々でグレーである。このグレーな部分の解釈に最高裁が触れることとなるのだ。

 

 9人の最高裁判事の構成は保守派6人で、うち3人はトランプ前大統領(共和党)の指名であることから、ニューヨーク州の規制が憲法違反だという判決が下される可能性は高いだろう。

 

 おそらく、この判決の影響は大きく、各地の銃に関する厳しい取り締まりが問い直されることになるかもしれない。とはいえ、共和党(70%)と民主党(92%)と両党が銃の販売には身元調査などを実施するなど慎重な姿勢を見せていることから、憲法改正の可能性は低いが、何らかの新たな抜け道は模索されるだろう。はなはだ皮肉ではあるが、前回取り上げた中絶問題を思い出してほしい。

 

「連邦法が発効されないのであれば、各州が独自の法律を制定し、認める、限定的に認めるという判断にゆだねることである。ただし、銃刀法のごとく、住む地域によってさまざまな法律が存在することになる」と指摘した通り、各州が独自の法律を制定して限定的ではあるが銃規制は可能だからだ。

 

 銃を所持することに重大な危機感を覚え、その目的が自衛であるならば、銃を所持する以外の方法を検討することはできないのだろうか。社会、文化が変化するには長い時間を要するかもしれないが、私たちはその変化をもたらす力も権利もあるのだと思いたい。

 

(文:ライアン・ゴールドスティン 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)

 

  • 「銃を持たねばならない治安状況」について全く触れていないのは、何故だろう。

 既に米国の治安は十分良好で、市民の武装化(銃携帯)は不要である。(即ち、私(ZERO)の「米国治安状況認識」は、誤っている。)か・・・「米国の治安を、米国市民の武装化を不要とするレベルにする目処が立たないため、頬被りして知らんふりしている。か、何れかであろう。
 
 でまあ、「実際にアメリカに行ったことすら無い」私(ZERO)だが、前者である可能性は到底信じられないから、上掲ハフポスト記事を書いたライアン・ゴールドスティン記者は「米国の治安を、米国市民の武装化を不要とするレベルにする目処が立たないため、頬被りして知らんふりしている。」と思えて、仕方が無いのだが、如何であろうか。

1>  銃を所持することに重大な危機感を覚え、その目的が自衛であるならば、
2> 銃を所持する以外の方法を検討することはできないのだろうか。
3> 社会、文化が変化するには長い時間を要するかもしれないが、
4> 私たちはその変化をもたらす力も権利もあるのだと思いたい。


と、上掲ハフポスト記事は「しめる」のだが、上掲記事で縷々述べられているのは、冒頭の③「合衆国憲法明記の武装権・革命権」とその時代的・歴史的背景、及びそれらが成す「米国の伝統・文化」ばかりであり、上記1>~4>の「しめ」にしても「米国の伝統・文化を変革する可能性」を「信じている」ばかりである。
 
 どうも、上掲ハフポスト記事には「米国の治安状況は、市民の武装化を必要としている。」って認識・意識が、皆無乃至極めて希薄な、様に思われる。(*1)

 で、チョイと「ライアン・ゴールドスティン」で検索をかけてみたら・・・

> ライアン・ゴールドスティン(Ryan Goldstein 1971年ー)は米国人弁護士
> クイン・エマニュエル・アークハート・サリバン外国法事務弁護士事務所東京オフィス代表で、
> カリフォルニア州の弁護士資格を保持


と、ウイキペディアに出て来た。この「ライアン・ゴールドスティン弁護士」が上掲ハフポスト記事を書いた「ライアン・ゴールドスティン氏」と同一人物かには疑義の余地があるが、もし同一人物ならば(*2)、「東京オフィス代表」って肩書きは「日本に定住している」事をかなり強く示唆しており・・・・銃無き社会で治安も良く、市民の武装化も不要である日本に定住している米国人弁護士が、米国の治安状況を無視して、"米国の社会も文化も変えて、銃規制すべきだ。"と、主張している。」って構図になりそうだ。
 
 かかる構図=情景は、「シュール」と言うよりは、「唾棄すべきレベルの無責任さ」と言うべき、では無かろうか。

 上記2>にある「銃を所持する以外の方法での自衛(*3)ってのも、普通に考えれば「ボディガードを雇う」であり、「自分は銃を持たず、ボディガードに銃を持たせる」であって、これまた「無責任」と言えそうだし、「相当な金持ちしか、できそうに無い、自衛法」である。

 斯様に考えてくると、上掲ハフポスト記事は、矢っ張り「相当に無責任な主張」であり、銃無き社会で治安も良く、市民の武装化も不要である日本に定住している米国人弁護士が、米国の治安状況を(知っていながら)無視して、"米国の社会も文化も変えて、銃規制すべきだ。"と、主張している。」って構図が、現実味を増してくるんだが。

  • <注記>
  • (*1) ああ、上記3>で言う「社会、文化の変化」に、「治安の(劇的な)向上」が包含されている、可能性が、一応はある。が・・・そうだとすると、上記4>「治安を(劇的に)向上する力が、米国民にはあると、信じたい。」とも主張していることになる。
  •  そりゃ「信じる」のは勝手だけどさ。「何を根拠に?」と聞きたくなるし、「米国民に治安を(劇的に)向上する力がある」ならば、「治安は直ちに良くなる」様な気もするんだが。 
  •  
  • (*2) ハフポスト紙(電子版)には、上掲記事寄稿者のプロフィールがあり、どうも、同一人物で間違いないようだ。同年生まれ同姓同名同職業、まではありえても、肩書きも同じって事は、あるまい。 
  •  
  • (*3) あれ?「自衛を目的とした銃の所持」って事象を認めている、じゃぁないか。
  •  って事は、「アメリカでは、自衛のため、市民が銃を所持する」と言うことを、ひいては、「市民の武装化が必要な治安状況」を、ライアン・ゴールドスティン氏も「知っている」と言うことであり、「既に米国の治安は十分良好で、市民の武装化(銃携帯)は不要である。」って事は、「矢っ張り、無さそう。」ってことだ。 



 

  • 寄稿者
  • https://www.huffingtonpost.jp/author/ryan-s-goldstein
  •  

     

  • ライアン・ゴールドスティン
  • クイン・エマニュエル外国法事務弁護士事務所 東京オフィス代表
  •  
  • 1971年シカゴ生まれ。 2010年よりクイン・エマニュエル外国法事務弁護士事務所東京オフィス代表。主要取り扱い業務はホワイトカラー犯罪/FCPA、特許や知的財産訴訟、反トラスト、クラスアクション、製造物責任、犯罪捜査、名誉毀損、契約/詐欺紛争などの複雑なビジネス訴訟など多岐に渡る。また、訴訟業務に基づいた最新情報やアドバイスを、日本経済新聞、産経新聞、弁護士誌、日経ビジネス誌、およびビジネス・ロー・ジャーナルの特集記事を含めラジオ番組等、50超の媒体に提供している。 2016年からはCNNサタデーナイトのレギュラーコメンテーターを務めている。
  • 毎日の遠吠え―【毎日社説】安倍氏「国葬」を決定 なぜ国会説明しないのか

 先行記事「安倍首相、国葬至当。反論惨。ー「安倍元首相国葬」決定に対するアカ新聞ども反論社説の悲惨さ

 

 

https://ameblo.jp/zero21tiger/entry-12755035944.html」では、朝日、毎日、東京、沖縄タイムス、琉球新報の「アカ新聞五紙の安倍元首相国葬反対社説」を取り上げ、その「安倍元首相の国葬に反対する理由」を抽出し、「尽く粉砕した」と思っている。結論だけ再掲するならば、以下の通り。

<理由1> 国民を分断するから :既に「分断」されている。後は、先鋭化させないだけ。その為に、国葬の実施ないし中止は、ほぼ無関係。そもそも、「大した分断にはならない」と、私(ZERO)は考えて居る。

<理由2> 内心の自由に反するから/弔意を強制する恐れがあるから:「弔意を強制しない国葬」は可能。「内心の自由に反する国葬」は、一寸想像を絶し、何を言っているのか判らない。

<理由3> 異例の扱いだから :安倍元首相自身が、異例なので、問題ない。

<理由4> 法的根拠が無いから :吉田茂の先例通り、閣議決定で可能。

<理由5> 政治指導者に対する冷静な評価を妨げるから/政権批判を封じる恐れがあるから :意味不明。これも吉田茂の先例から、問題ない。

<理由6> モリカケ桜などの安倍政治批判があるから :「批判の無い政治」なぞ、無い。「賛否が分かれる」のは極普通のこと。

<理由7> 費用を全額国が負担するから :同義反復であり、反対理由失格


 で、先行記事で取り上げた毎日社説は、「安倍元首相の国葬に直接的には反対していない」点を特筆大書もしておいた。が、左様な「特筆大書」は、毎日新聞にとって不都合だった、らしい。「安倍元首相国葬反対社説」の「第2弾」が、7/23づけ毎日社説となった、様である。

 「様である」と、婉曲表現なのは・・・まあ、実物をご覧いただくが、早かろう。

 

  • (1)【毎日社説】安倍氏「国葬」を決定 なぜ国会説明しないのか

https://mainichi.jp/articles/20220723/ddm/005/070/137000c

 

 

注目の連載 

オピニオン

 

朝刊政治面

毎日新聞 2022/7/23 東京朝刊 English version 828文字

 

【1】 銃撃事件で死亡した安倍晋三元首相の「国葬」を9月27日に行うと、政府が閣議決定した。

 

【2】 岸田文雄首相が先週、方針を発表して以来、賛否両論が噴出している。だが、なぜ国葬なのか、説明が尽くされていない。

 

【3】 共産党は「安倍氏の政治姿勢を国家として全面的に公認することになる」と反対し、立憲民主党や日本維新の会は国会で経緯と予算などを説明するよう求めている。

 

 

【4】 NHKの世論調査では、国葬実施について「評価する」が49%だった一方、「評価しない」も38%に上った。

 

【5】 自民党の茂木敏充幹事長は「国民から『国葬はいかがなものか』との指摘があるとは、私は認識していない」と述べた。異論に耳を傾けようとする姿勢が見えない。

 

 

【6】 今回の決定を巡ってはさまざまな疑問がある。

 

【7】 まず、首相経験者の国葬に法的根拠がないにもかかわらず、国会に諮ることなく政府の独断で決めたことだ。

 

【8】 1967年に行われた吉田茂元首相の国葬では、手続きが問題視された。当時の政権の判断に委ねる閣議決定だったことから、国会で法整備するのが筋だとの声が上がった。

 

 

【9】 75年の佐藤栄作元首相の葬儀では、法的根拠がないことを理由に国葬が見送られた。今回は内閣府設置法に記された「国の儀式」として行うというが、政治家の葬儀に適用されたことはない。

 

【10】 弔意の示し方は個人の内心の問題だ。押し付けにつながらないかとの懸念もくすぶっている。

 

【11】 吉田氏の国葬では、政府が官公庁などに黙とうを指示し、民間にもイベントなどの自粛を求めた。

 

【12】 今回、松野博一官房長官は「国民一般に喪に服することを求めるものではない」と語った。学校や自治体、企業などに対する同調圧力が生まれないよう、配慮しなければならない。

 

 

【13】 首相は国葬とすることによって「暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜くという決意を示す」と強調している。

 

【14】 日本の民主主義の基盤は、国民の代表で構成する国会である。国民の疑問に答えるには、政府が国会で説明し、議論することが欠かせない。

 

  • (2)日本政府に代わって答えようか。「説明するだけ、無駄だから。」

 さて、如何だろうか。

 まず第一に、上掲毎日社説もまた、先行記事で取り上げた毎日社説と同様に「安倍元首相の国葬に、直接には反対していない。」事を、改めて特筆大書すべきだろう。ずいぶんと否定的な表現はあるが「疑問がある」などの婉曲表現ばかりで、「明確に反対」は表明していない。ひょっとして、それこそが、「毎日新聞社の、新聞社としての主張」なのかも知れない。
 
 第二にその「安倍元首相国葬に対する否定的表眼」の「理由/根拠」に「特に真新しいモノがない」事を指摘すべきだろう。


 【パラグラフ7】にあるのは、先行記事で言う<理由4>「法的根拠がない」だ。此に続く【パラグラフ8】「吉田茂元首相告訴の際にも、異論があった。」と書いているのは、幾分かの「進歩」ではあろうが、森羅万象ありとあらゆる事に「異論はつきもの」だから、「異論があった」事は「吉田茂国葬という実績を否定するモノではない」。
 更に【パラグラフ9】「佐藤栄作元首相の国葬が見送られた」事をあげているのも、ある意味「進歩」ではあるが、「国葬を見送った事例がある」と言うだけだ。大半の元首相の死は「国葬可否の議論すら起こらない」のだから、「国葬を見送った佐藤栄作の事例」も「参考にはする」であり、拘束条件ではない。
 ああ、「ノーベル平和賞受賞者の佐藤栄作でさえ、国葬にはならなかった。」とか言う議論が、一部にはあるようだが、韓国でも受賞できるような、あるいは「調子の良い演説」だけで受賞できてしまうよな「ノーベル平和賞」なんぞ、「孔子平和賞よりはマシだろう」程度で、少なくとも「国葬になんぞ値しない」。
 と言うより、「佐藤栄作如きで、国葬かよ?」ってのが、正直なところだ。安倍元首相に実績で匹敵しそうな戦後首相ったら、吉田茂と60年安保闘争を戦い抜いた岸信介、ぐらいしか私(ZERO)には思い浮かばない。

 更に【パラグラフ10】~【パラグラフ12】では、先行記事で言う<理由2>「内心の自由侵害/弔意の強制」に触れてはいる。「安倍元首相国葬に対する、否定的印象を与える表現」ではあるが、ここでもやはり「国葬を直接否定はしていない」し、この<理由2>も先行記事で「撃破済み」だ。

 で、【パラグラフ13】は「岸田首相の、テロの屈しない宣言」をただ伝えるだけで、最後の【パラグラフ14】は岸田首相の宣言を「民主主義」つながりで引用しての国葬と決定したことを、国会で説明しろ。」って結論だ。

 言うなれば、上掲毎日社説は、安倍元首相の国葬に、特に反対はしないが、国会では説明しろ。」という主張。言うなれば、「国葬の手続き論」・・・って形で「国葬反対を、事実上表明している。」と、見たぞ。

 ま、安倍元首相の国葬はすでに閣議決定され、日時も場所も決まって諸外国に通知もされている。「安倍元首相国葬反対者」としては「遅滞戦術に切り替えた」ってところ、だろう。何やら「国葬に反対し、国葬予算の執行を差し止める訴訟」なんてのもあるそうだから、「裏で繋がっている」と考えるべきかも、知れない。

 まあ、そんな「裏つながり」があろうがなかろうが、日本政府が「安倍元首相国葬の説明を、国会で行う」事は、先ず無いだろう。

 理由は、章題にした通りだ。「説明するだけ、無駄だから。」

 先ず、先行する吉田茂元首相は、閣議決定で実行された。従って、今次の安倍元首相の国葬をするのに、閣議決定以上のモノは必要ない。「国民に対する説明が必要」ならば、別に国会を介さずとも、声明でも出せば良かろう。大体、どれほどの「国民に対する説明が必要」なんだか。

 次に、「国会での説明と議論」に、多大な疑問符がつく。「国会での説明」と言うと、どうしても連想されるのが「モリカケ桜」追求で、再三再四再五再六「説明を求め続けてきた国会」で、どれほどの議論が為されたかというと・・・皆無に近い。毎回のように「疑惑は更に深まったぁ!」と繰り返すだけ。此が、「モリカケ桜」追求限定ならば、「今回の国会で、国葬については真摯に建設的な議論をする」と期待も出来るかも知れない。が、以前弊ブログで記事にした「辺野古地盤軟弱説」に対する共産党の質疑からすると、「モリカケ桜」追求以外でも、類似の「政府説明と野党の対応」が、少なくとも「見られる」のだから・・・とてもじゃないが「今回の国会で、国葬については真摯に建設的な議論をする」とは、想像することすら難しい。

 言い換えるならば、「国会で安倍元首相の国葬決定を説明しても、建設的な議論にもならない、と予想される。」であり、恐らくは(9/27に国葬実施、ってのは決まっているのだし)、ある時点で「説明打ち切り」なり「国葬成否の決議」なりを実施する他なくなる。そうすると野党共は「横暴だ!」「独裁だ!!」とか言い出すことも、目に見えている。

 だから、「国葬議論国会なんて、開催されないだろう。」と、私(ZERO)は予想する。構想実施まで、もう2ヶ月しかないってこともある。

 唯一、「国葬議論国会を開催する、意味/意義がある」としたら、「国葬令の審議」ではなかろうか。いくら国会で議決しても、9月の安倍元首相国葬に「新・国葬令の執行」は間に合わないだろうから、「次の国葬へ向けての準備としての、国葬令」を議論するならば、その材料として今次の安倍元首相国葬決定を説明するならば、意味のある国会となる、かも知れない。

 それでも、怪しいけどなぁ。