• 説明さえすりゃ、充分だ。「疑念解消」の必要はない。多分、その可能性すら、無いだろう。ー【毎日社説】「国葬」の閉会中審査 首相は疑念解消できるか

 今月27日に実施される(*1)安倍晋三元首相国葬について、国会の閉会中審査が始まるッってんで、毎日新聞が「張り切っている」らしい。

 ま、結果は目に見えているがねぇ。どうせ、疑惑ハサラニ、深マッター!」になることに、一万ゴールド賭けても良いな。
 

  • <注記>
  • (*1) 天変地異でもあれば別だが、首都圏直下型地震級の天変地異でもない限り、安倍晋三元首相国葬は、実施される。【確信】
  •  会場は武道館で屋内だし、台風直撃ぐらいは、しのげるだろうよ。つまり、「神風」は、吹かないってことだ。 



 

【毎日社説】「国葬」の閉会中審査 首相は疑念解消できるか

「国葬」の閉会中審査 首相は疑念解消できるか

 

 

 

https://mainichi.jp/articles/20220906/ddm/005/070/054000c

 

オピニオン

 

朝刊政治面

毎日新聞 2022/9/6 東京朝刊 English version 839文字

 安倍晋三元首相の葬儀を、なぜ「国葬」とするのか。実施を決めた岸田文雄首相は、国民の疑問に真摯(しんし)に答えなければならない。

 

 近く開かれる国会の閉会中審査に首相が出席し、説明する。当初は松野博一官房長官が出席する方向だったが、反対論の広がりや内閣支持率の急落を受けて、方針を転換した。

 

 

 そもそも、明確な定義や法的根拠、対象者の基準を欠いたまま、政治家の国葬を実施することには問題が多い。本来なら法整備が必要なはずだ。

 

 少なくとも、国会で議論した上で合意を得るという手続きが必要だった。にもかかわらず政府は、国会審議を経ずに閣議決定だけで済ませてしまった。

 

 

 国葬の実施について首相は「時の政府が総合的に判断するのが、あるべき姿だ」と述べた。だがそれでは、恣意(しい)的な運用につながる恐れがある。

 

 安倍氏の首相在任期間が憲政史上最長だったことや、「歴史に残る業績」が、国葬の理由に挙げられている。しかし、安倍政権の評価は定まっておらず、説得力に乏しい。

 

 

 それ以上に、国民が疑念を募らせているのは、安倍氏と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の深い関係が指摘されていることだ。

 

 安倍氏の他界を理由に、「把握に限界がある」と首相は消極的だが、自民党総裁として、実態を解明する責任がある。

 

 

 国葬にかかる費用も不透明だ。

 

 政府が発表した会場設営費などの約2・5億円は、今年度の予備費から支出される。だが、予備費は災害対応など緊急時のための財源だ。

 

 予算は国会の議決を経て執行するのが、財政民主主義の原則である。国葬についても補正予算を編成し、国会に諮るのが筋だ。

 

 参列のため各国から来日する要人の警備・接遇などを含めれば、費用はさらに膨らむという。政府が全体の概算を事前に示すことが国会での議論の前提となる。

 

 首相は先の記者会見で「初心にかえり、国会で丁寧に説明する」と強調した。しかし、世論が割れる中、肝心なのは説明の中身だ。これまでの発言を繰り返すだけでは、信頼回復はおぼつかない。

 

  • バカ野党は、理解も納得もしないだろう。理解/納得したら、「存在意義が失われる」から、な。

 

1> これまでの発言を繰り返すだけでは、信頼回復はおぼつかない。


即ち、これまでの説明は、理解できないし、理解しようともしない。ってことだな。そんなヤツバラ相手に、何をどう幾ら懇切丁寧に説明したって、無駄だろうぜ。
 
 839字と言う上掲毎日社説だが、言っていることはほぼ国葬について国民の理解を得ろ。に尽きる。しかし国民の理解を得ろ」とする論拠根拠は、上掲毎日新聞社説を読む限り、「毎日新聞社説担当記者の意見」でしかない、らしい。そりゃぁ「吉田茂国葬は、閣議決定だけで、国会審議も経ず、国民投票も実施せずに、実施された。」って史実・事実・実績があるモノだから、国葬について国民の理解を得ろ。」という主張には何ら「法的根拠」が無い。世論調査結果を盾に取る阿呆も掃いて捨てるほどあるが、毎日新聞社説担当記者は、「そこまで阿呆では無かった」らしい。

 だからって、何の根拠も示さぬまま、「国民が納得していない」などと「国民の名を勝手にかたる」のも「報道機関としては失格」だと思うが、毎日新聞なんざぁとうの昔に「自他共に認めるプロパガンダ機関」なのだろうぜ。

 であるならば、「プロパガンダ機関の主張である上掲毎日社説」は、プロパガンダ以外の何かには、なりそうに無い。実際、プロパガンダだ。
 基本的な事実と史実改めて整理すると、以下の様になる。

 (1) 吉田茂元首相の国葬は、国葬令廃止後20年を経ていたが、閣議決定で決定され、閣議決定のみで実施された。

 (2) 安倍元首相国葬は、「国の儀式の一つ」として実施すると、現・岸田首相が相当早期に表明し、閣議決定した。「国の儀式の一つ」であるから「閣議決定のみで実施できる」ことも、閣議決定のみで予算執行できる予備費から国葬費用を出すことも、早期のウチに公表された。

 (3) 従って、現・岸田首相が既に発表し、説明したロジックに基づけば、「安倍元首相国葬は、吉田元首相国葬と同じく閣議決定のみで決定できるし、国葬費用も閣議決定で執行できる予備費で賄える。」ことは、「既に説明されている」。


 法的根拠が無い/弱い(*1)」「国葬は弔意の強制だから憲法違反(*2)」「国葬の費用は国会を開いて補正予算から出すべき(=国会審議で「追及」させろ。)」「国会審議を経ずに予算執行するのは、財政民主主義に反する(*3)等、今まで弊ブログで記事にして来た数多の「安倍元首相国葬反対屁理屈(「理由」にすらなっていないから、「屁理屈」で沢山だ。)に比べれば、国葬を、国民に納得させろ=国会で説明しろ(=「国会で追及させろ」)」は、未だ「俗耳に入りやすい主張」であろう。

 恐らくは、幾つかの世論調査結果で「国葬賛否に調査結果が二分されている」とか、「国葬反対の方が多い」なんて結果もあるから、プロパガンダ機関社説担当記者にとっては「心強い」こと、なのだろうさ。

 だが、有り体に言って、国葬にも国葬への予算支出にも、「国民の納得」なぞ、必要ない。タイトルにもしたが、「野党との約束もあるから」閉会中審議で一回だけ、今までと同じ説明で構わないから「説明する」だけで良い。それで、充分だ。

 章題にもした通り、どうせ立憲民主津はじめとするバカ野党共は、何を幾らどれだけ懇切丁寧に繰り返し説明した所で、「理解も納得もしない」であろうから、「説明するだけ、無駄」だ。バカ野党は、「政府に対し、理解納得できる様な説明を求めている」のでは無く(表向きは、そう言うだろうがね。)、「政府を"追及"し、罵倒し、”正義の味方”パフォーマンスを実施できる場を求めている」だけだから、理解や納得したら、「追及」出来なくなるから、「バカ野党の存在意義が、無くなってしまう(*4)。」。故に、「理解も、納得も、する訳が無い。」

 まあ、国民の方は、「バカ野党ほどにはヒドくないだろう(*5)。」から、説明し説得する価値はあるかも知れない。今次閉会中審査が、そんな「未だ安倍元首相国葬に反対する/納得しない(一部)国民に対する、説明と説得の機会」とするのは、別に悪いことではないだろう。

 だが、事実として、今次の安倍元首相国葬に限らず、「国葬に、国民の理解は、(あるに越したことは無かろうが、)必要ない。」。前述の通り国葬は「閣議決定のみで決定される」からであり、改憲と違って「国民投票にかけてその成否を決める」モノでは無いから、だ。

 誰やらは、「国民全員が反対しても、閣議決定で決まれば、国葬は実施される。」と発言して袋だたきに遭ったそうだが、その発言は、「法的/実務的には、完全に正しい」のである。

 逆に上掲毎日社説はじめとする国民が納得していないから、国葬反対と主張するヤツバラにお尋ねしたいんだが、国葬に、国民の理解/納得が必要だ。」と考える根拠は、何かね?

 国民の理解/納得が無いのに、国葬=国の葬儀とは、ケシカラン!ってロジックもある様だが、「国民投票で国葬を決める」なんて悠長な国がこの世にあるとも思えないから、「国葬そのものに反対」なのだろう。つまりは、「国民の総意に基づかなければ、国葬まかりならん!」ってロジックの「国葬潰し」だ。
 「国葬潰し」は良いけどさ。吉田茂国葬について今まで何か言ってきた、やって来たのかね?

 諄い様だが繰り返しておこう。現行の法体系には、「国葬の賛否を国民に問う」なんてプロセスは無い。従って、「国葬には国民の理解納得が必要だ!」ってのに、法的根拠は無く、良い処、浪花節の人情論でしか無い。
 

  • <注記>
  • (*1) 法的根拠なんてのは、普通「ある」「無い」の二元論である。「強い/弱い」なんてのは「ある」ってことだ。
  •  「法的根拠が弱い」なんてあやふやな「国葬反対理由」もあるってことが、現今の「国葬反対論」が如何にイチャモンだらけかを、示していよう。 
  •  
  • (*2) このロジックに従うなら、吉田茂国葬っていう60年前に既にあった「憲法違反」に対して殆ど誰も何も言って来なかったし、今も「言っていない」のは、何故かね? 
  •  
  • (*3) この二つの「国葬反対論」は、「予備費というモノの本質も意義も全く理解していないバカ」で片付けられそうだ。 
  •  
  • (*4) 馬鹿げた「政府追及」だけが「存在理由になっている」って惨状には気付いているのだろうさ。だが、それを、「惨状なんて思っていない」のだろうよ。 
  •  
  • (*5) と、思いたいが、余りアテにはならない。
  •  その日本国民が、憲政史上最多の衆院議席数(当時)を以て民主党を衆院選に大勝させて政権与党の座に据え、あ・の・鳩山由紀夫を日本国首相にして自衛隊三軍最高指揮官としてしまったことを、私(ZERO)は決して忘れないぞ。 




 

  • 行動すべきは韓国であり、日本ではない。QEDー815韓国大統領会見で騒ぐ朝日、毎日、東京社説

 アカ新聞どもの日韓関係改善要求(=日本の対韓譲歩要求)社説」にも、いい加減飽きてきたな。何しろ、言っていることが毎回殆ど変わらない。何か一寸でも韓国に「日韓関係改善に繋がりそうな動き」が見えると、日韓協力して関係改善しろ。と言うばかり。実質は日本は韓国に譲歩しろ。」と言う主張だ。

 「バカじゃ無かろうか」と言うよりは、ハッキリとあからさまに「バカだな。」としか、一寸評しようが無いな。何がどうなって「戦後最悪の日韓関係」となったのかのすら覚えていない、チョウセンジン並みの鳥頭、ってことかな。

  • ①【朝日社説】伊大統領会見 日韓の行動で打開を
  • ②【毎日社説】日韓関係と徴用工問題 事態打開へ双方が動く時
  • ③【東京社説】元徴用工問題 日韓連携で打開策探れ
     
  • ①【朝日社説】伊大統領会見 日韓の行動で打開を

  • 尹大統領会見 日韓の行動で打開を

 

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S15390473.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 

2022年8月18日 5時00分

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就任から100日を迎え、韓国大統領府で記者会見する尹錫悦大統領=8月17日、東亜日報提供

 

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 高いレベルの対話が機能すれば、懸案を乗り越える道筋も開けるだろう。日本と韓国の両政府はともに努力し、関係修復に全力であたるべき時だ。

 

 就任100日を迎えた韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が、初の記者会見をした。そのなかで徴用工問題について、日韓双方に受け入れ可能な方策の捻出に力を注いでいることを明らかにした。

 

 韓国の司法では、被告の日本企業に賠償を命じた判決が確定している。一方の日本政府は法的に解決済みとしており、もし企業の資産が現金化されれば、厳しく報復する構えだ。

 

 その事態を避ける狙いを念頭に、尹氏は演説で「日本が憂慮する問題と衝突せず、債権者が補償を受けられる案を今深く講じている」と述べた。

 

 この発言は、日本企業に損害を与えずに被害者の救済にあたる考えを示唆しており、これまで以上に踏み込んでいる。

 

 元徴用工や遺族らは依然、日本企業の謝罪などを求めて反発している。尹政権には難題に違いないが、被害者らの声にできるだけ誠実に応えつつ、外交問題を打開するための具体案を早期に示してもらいたい。

 

 尹氏は植民地支配からの解放を祝う光復節でも、日本を「力を合わせていかなければならない隣人」と評した。また、「普遍的な価値を基盤に未来に向かって進む時、歴史問題も解決できる」とも述べ、関係改善の必要性を訴えた。

 

 日本に複雑な感情が残る韓国社会で、政治指導者が直近の政権より強いトーンで未来の大切さを説くのは勇気を要する。発足直後から支持率の低迷に苦しむ尹政権としては、なおさらだろう。一連の発言からは、それなりの覚悟が伝わってくる。

 

 歴史に責任を持つ当事者である日本の側も、呼応した動きをみせるべきである。

 

 歴代政権は談話などで、植民地支配に対する謙虚な思いを表明してきた。その姿勢を再確認するとともに、3年前に実施した韓国向けの輸出規制強化措置の解除に向けた手続きを始めてはどうか。

 

 もともと徴用工問題で動かない韓国政府への報復として実行した措置だ。完全な撤回には時間を要するが、尹政権の韓国内での調整を後押しする前向きなメッセージとなりうる。

 

 アジア太平洋の情勢が複雑さを増すなか、日韓には多くの共通課題があることを忘れてはなるまい。ともに安全保障で米国と同盟関係にある一方、中国経済との結びつきが強い。台湾海峡や北朝鮮問題は、協調対処することが理にかなう。


 日韓に今必要なのは、大局を見据えた関係づくりである。


 

  • ②【毎日社説】日韓関係と徴用工問題 事態打開へ双方が動く時

  • 日韓関係と徴用工問題 事態打開へ双方が動く時

 

 

chi.jp/articles/20220822/ddm/005/070/016000c

 

https://mainichi.jp/articles/20220822/ddm/005/070/016000c

 

朝刊政治面

毎日新聞 2022/8/22 東京朝刊 English version 859文字

 韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が、日本との関係改善に取り組む意欲を繰り返し表明している。

 

 植民地支配からの解放を記念する15日の演説では、日本を「自由を脅かす挑戦に立ち向かい、共に力を合わせていかなければならない隣国」と位置付けた。

 

 共通の同盟国である米国を加えた日米韓の連携強化が安全保障上、重要だという立場だ。文在寅(ムンジェイン)前政権下で悪化した対日関係を立て直そうとしている。

 

 

 最大の障害は徴用工問題だ。差し押さえられた日本企業の資産売却が実行されれば、日本政府は対抗措置を取らざるをえない。

 

 尹氏は就任100日の記者会見で、「日本政府が憂慮する主権問題と衝突せず、債権者も補償を受けられる解決案を検討中だ」と述べた。外交問題にしない決意を示したものと言え、評価できる。

 

 

 韓国の政権にとって、日本との歴史問題は慎重な対応を要する課題だ。世論の理解を得られなければ政権批判の材料とされる。尹氏は支持率が低迷する中、徴用工問題の解決を図ろうとする姿勢を変えていない。

 

 気掛かりなのは、呼応する動きが日本政府に見られないことだ。

 

 韓国への深い不信感が背景にある。しかし徴用工問題の解決案が日の目を見なければ、日本にとっても大きな損失となる。

 

 

 事態打開のため、日本としてできることを探る必要がある。まずは、韓国の貿易管理体制に不備があるとの理由で3年前に導入した半導体関連の輸出規制の見直しに取り組んではどうか。

 

 韓国は、徴用工問題に対する不当な対抗措置だと世界貿易機関(WTO)に提訴したが、実質的な審理は始まっていない。一方で日本の要求を受け入れ、貿易管理体制を強化した。

 

 

 韓国の提訴取り下げと引き換えに、日本が韓国の体制強化を正当に評価すれば、こう着状態を脱する糸口になるのではないか。

 

 米中対立の激化やロシアのウクライナ侵攻で、国際情勢は厳しさを増している。日韓の協力強化が必要なことは論をまたない。

 

 極度に悪化した国家間の関係を一方の努力だけで改善するのは難しい。両国が歩調を合わせ、動く時である。

 

  • ③【東京社説】元徴用工問題 日韓連携で打開策探れ

  • 元徴用工問題 日韓連携で打開策探れ

 

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/197541?rct=editorial

 

2022年8月23日 08時02分

 

 元徴用工訴訟を巡り、韓国の地裁が賠償を命じた日本企業の韓国内資産の売却可否について、最高裁が判断を先送りした。日韓両政府はこの機を逃さず、協力して打開策を探るべきだ。

 

 三菱重工業は四カ月前、地裁の売却命令を不服とする再抗告を韓国最高裁に行った。十九日にも何らかの決定が出るとみられていたが、動きはなかった。ただ、担当判事が九月退官予定で八月中に決定が出るとの観測もある。

 

 五月に就任した韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領は日本との関係改善で一貫している。就任百日の記者会見でも、元徴用工訴訟に関して日本側と債権者(原告)双方に配慮した方策を検討中と明らかにし、韓国外務省も「外交的努力」を訴える意見書を最高裁に提出した。

 

 韓国政府は、日本企業の賠償金を肩代わりする「代位弁済」などを検討していると伝えられ、「官民協議会」を発足させ、関係者の意見集約を進めてきた。

 しかし、原告側代表は韓国政府の姿勢に不満を表明して協議会を離脱した。元徴用工問題は、政府レベルでしか解決が図れない。原告側は協議会に復帰してほしい。

 

 一方、日本政府も「韓国側の問題」と突き放すのではなく、韓国政府に協力姿勢を示すべきだ。

 

 日本政府は元徴用工問題について、両政府が一九六五年に結んだ日韓請求権協定で解決済みとの立場だ。ただ、尹政権は支持率が低下しており、対日関係で思い切った対応を打ち出しにくいことにも配慮する必要があるだろう。

 

 日本政府が二〇一九年に行った輸出規制強化はすでに外交的意味を失い、撤回も検討に値する。撤回が表明されれば、協議会の議論促進につながるのではないか。

 

 資産現金化が決まり、日本政府が報復すれば、問題がこじれて多方面に悪影響を与えるだけだ。

 

 日韓の連携にひびが入れば、被害者が求める名誉回復は遠のく。さらに、双方で数兆?数十兆円に上るビジネス機会が失われるとの指摘もある。

 

 安全保障を巡る日米韓三カ国の協力関係にも深刻な打撃を与え、海洋進出を強める中国や、核ミサイル開発を加速する北朝鮮に誤ったメッセージを与えかねない。

 

 自国の正当性を押し通すことだけが外交ではない。尹大統領、岸田文雄首相の双方に、総合的かつ賢明な判断を求めたい。

 

  • (4)四の五の言わずに、やることやれ。

 「話がある」としたら、その先であって、そこに至らない/至れないならば、そもそも「話にならない」。条約も合意も平気で反古にする相手とは、そもそも外交関係が成り立たない。だから、「条約と合意を守れ。」と、日本は言っているだけだ。具体的には、日韓基本条約と日韓慰安婦合意。この二つを守らない/守れないのならば、粛々と日韓国交断絶へと至る、ばかりだ。他に道など、ありはしないし、あってはならない。

 「双方で努力」だの「連携」だの、好き勝手なことをアカ新聞どもは宣っているが、今回の事態=「戦後最悪の日韓関係」をもたらしたのは、徹頭徹尾完全無欠完璧無瑕疵に、一点の疑義の余地無く、一片の情状酌量の余地無く、韓国の責任だ。従って、何らかの行動だの対応だのアクションだのをとるのは、韓国であって、日本ではない。

 その「韓国の為すべきアクション・行動」は、既に何度も日本政府が韓国政府に伝えている通りだ。「先ずは、日韓基本条約と日韓慰安婦合意を、遵守しろ。」であるし、「条約や合意は遵守するのが当たり前であり、遵守されるのが前提である。」という常識を弁えろ、と言うことだ。

 「日韓基本条約と日韓慰安婦合意の遵守」が出来ないならば、話はお終い。それだけの話だ。ああ、対中国だとか対北朝鮮だとかその他諸々で「日韓協力が重要」とか抜かしている様だが、大統領の命令で(って事は、韓国が国として、政府として、)韓国軍艦が我が海自哨戒機を射撃管制レーダーで照射してしまうような国との「協力」なんぞ、当てにならないし、当てにすべきでもない。

 ああ、「協力する姿勢」だの「総合的かつ賢明な判断」とか言う婉曲表現の「日本の一方的譲歩」も散見されるが、左様な「一方的譲歩」がチョウセンジンをつけ上がらせて、今のような「国を挙げての強請タカリで気違い揃い」って状況を現出させたんだぞ。

 「朝鮮人は、先ず殴れ。」ってのが、「正しい接し方」らしいぞ。

 更に言っておくべきだな。「日韓基本条約と日韓慰安婦合意の遵守」は、「日韓対話を始める条件」であり、入口にしか過ぎないから、な。

 大統領では無いインスマス面の文の度重なる我が皇室に対する不敬も、先に触れた韓国軍艦による我が海自哨戒機に対する射撃管制レーダー照射も、その先であるし、「日韓友好」なんてのは更にまた先だ。そこまで行って、10年ほどキッチリ実績を積めば、「ホワイト国再指定」も、あり得ないことではないぞ。せいぜい、頑張るんだな。

  • 凄まじい屁理屈と矛盾ー【東京社説】国葬 予備費から 財政民主主義に反する

 下掲東京新聞のタイトルを見たとき、「あ、屁理屈だな。」とは思った。

 だが、社説の中身を読んで、その余りに凄まじい屁理屈ぶりに、しばし言葉を失った。

 アレかな。以前の弊ブログ記事で纏めた、下掲する「アカ新聞社説に見る、安倍元首相国葬反対論の流れ」に対して、「新たなアプローチを試みた」ってこと、なのかな。

 


<1> 「安倍元首相国葬には法的根拠が無いから、中止しろ。」
⇒ 結果:粛々と国葬準備が進む。なお、法的根拠については、「吉田茂国葬の前例」でほぼQED

<2> 「安倍元首相国葬について、国会で説明しろ。」
⇒ 結果:臨時国会開催されず。

<3> 「弔意を強制するなー!」

<4> 「国民が納得していないー!」

<4-1> 「安倍元首相と統一教会の関係が怪しい-!」

<4-2> 「国の重要事項を閣議だけで決定して良いのか-!」

<5> 「疑惑は更に深まったー!」


 では、その「東京新聞の新たなアプローチ」を、篤と御照覧あれ


(1)【東京社説】国葬 予備費から 財政民主主義に反する

  • 【東京社説】国葬 予備費から 財政民主主義に反する

 

2022年8月30日 08時10分

 

【1】 政府が閣議で、安倍晋三元首相の国葬に予備費から二億四千九百万円を支出することを決めた。

 

【2】 災害などを想定した予備費は国会審議を経ずに使途を決められるが、国葬は法的根拠や緊急性に乏しく、予備費の使用は財政民主主義に反するのではないか。

 

【3】 国葬に支出される予備費の内訳は、会場となる日本武道館の借り上げ料や設営費、参列者の送迎バス代など。警察による警備費や海外要人の接遇経費は含まれていない。政府は警備費などを「通常発生する業務の延長」(鈴木俊一財務相)としており、全体の予算規模は明らかにしない方針だ。

 

【4】 財政法は自然災害など不測の事態に備えるため、毎年度の予算編成であらかじめ使途を定めない予備費の計上を認めており、その使途は国会審議を経ず、閣議決定のみで決めることができる。二〇二二年度当初予算では一般予備費五千億円が計上されている。

 

【5】 しかし、安倍氏の国葬は亡くなってから二カ月半後に行われる予定で、災害などと比べると緊急性が高いとは言えない。

 

【6】 憲法は「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない」とする。この規定が財政民主主義の根拠であり財政の基本原則だ。

 

【7】 国葬に法的根拠はなく、国民の賛否も割れている。こうした状況下で国会審議を経ず、予備費を使って国葬を強行すれば、財政民主主義を破壊する行為と言わざるを得ない。

 

【8】 さらに看過できないのは、国葬にかかる費用の全体像を明示していないことだ。国葬費用は国民から徴収した税でまかなわれるにもかかわらず、規模や詳しい使途を国民に伝えないのは到底納得できない。国葬への逆風が強まる中、意図的に予算規模を小さく見せようとしているのではないか。

 

【9】 各省庁は近年、予算要求を野放図に膨らませている。その上、国会の監視を逃れる形で予備費が乱用されれば、財政規律は失われ、財政破綻に向かうのは必定だ。

 

【10】 岸田文雄首相は、野党が求める国会召集に直ちに応じ、国葬の是非を含む全体像について徹底的に審議すべきだ。特に費用については補正予算案を編成し、使途を細かく点検する必要がある。

 

【11】 法的根拠や予備費支出に国民の理解が得られなければ、国葬を強行すべきではない。

 

  • (2) 屁理屈なること、「統帥権の干犯」以上。

 一読後の感想。有り体に言って、”統帥権の干犯”以上の屁理屈だ。

 「統帥権の干犯」ったって、今時の若いモンは知らないだろうから、チョイとネット検索をかけると、

> 統帥権干犯問題
> とうすいけんかんぱんもんだい
> 1930(昭和5)年、ロンドン海軍軍縮条約調印に関しておきた政府と軍部・右翼との対立事件
> 1930年4月に調印されたロンドン海軍軍縮条約に対して、海軍軍令部は、軍令部の承認なき調印は天皇の統帥権を犯すと非難、野党立憲政友会(*1)もこれに同調し立憲民政党の浜口雄幸内閣を攻撃した。
> 内閣はこれを押し切って同年10月批准したが、右翼青年による浜口首相狙撃事件に発展。軍国主義化の材料となった。
> 出典 旺文社日本史事典 三訂版


等が出て来る。が・・・「判りやすい」とは言い難い、と思う。
 
 チョイと私(ZERO)流に解説すると・・・戦前戦中の大日本帝国憲法下では「陸海軍(当時、空軍は無い(*2)。)は天皇陛下が統帥する」事になっていた。これが「(天皇陛下の)統帥権」である。逆に言えば、「政府や国会如きが、陸海軍を統帥する権限は無い。」と言うことだ。
 だが、政府には外交権がある。その外交権で海軍軍縮条約を結んだ。「戦艦の新造を原則禁じる」などして「海軍休日 Naval Holiday」を招来した海軍軍縮条約は、別の一面「条約により、艦艇が制限される」と言うことであり、我が国で言えば戦艦として建造中の加賀や巡洋戦艦として建造中の赤城が空母に改設計(*3)されたり、進水までした(即ち、艦体は大凡完成し、艦名も付けられた)戦艦・土佐(*4)を標的艦として廃艦にさせられた。
 斯様に「艦艇を制限するような条約」を、「軍令部の承諾無く政府が結んだ」事は、「天皇陛下の陸海軍統帥権を、犯した(干犯した)モノである!として「政府を批判・追及・糾弾した」のが「統帥権干犯問題」。シビリアンコントロールなんてモノがなく、軍縮条約も黎明期の頃、と言う時代背景を考えても、「矢っ張り屁理屈」だよなぁ。特に、「軍令部の承認があれば、”統帥権の干犯”とはならない」って所が(*5)。

 だが、今回の東京新聞社説の屁理屈には、「統帥権の干犯」も裸足で逃げ出しそうだ。
 


  • 注記><
  • (*1) なーんか、何処かで聞いたことのあるような野党名だな。 
  •  
  • (*2) 当時、「空軍が無い」のは珍しいことでは無かった。今では世界一の空軍である米空軍も、当時は未だ「米陸軍航空隊」だった。米空軍として独立した軍になるのは、第2次大戦後である。 
  •  
  • (*3) された上に、空母として完成するまでに未だ未だ色々紆余曲折がある、のだが。
  •  
  •  「最後まで、空母としては完成しなかった。」って見方も出来てしまいそうだな。「完成した空母」と言い得るのは、戦後の超大型米空母フォレスタル級まで待たねばならない、のではなかろうか。 
  •  
  • (*4) 加賀級戦艦の二番艦だから、「ビッグ7」筆頭・長門以上の大艦だった。合掌。 
  •  
  • (*5) 「軍備を制限する条約を、政府が勝手に結んだのは、統帥権の干犯だ!」とするならば、その条約に必要な承認は、軍や軍令部のモノでは無く、統帥権を有する天皇陛下の「勅許」の筈だ。
  •  まあ、「政府批判・攻撃のための屁理屈」は、今も昔も「イチャモンである」ってこと、らしいな。 


 

  • (3) 「国会の議決が必要な予備費」では、予備費として活用出来まい。

 さて、気を取り直して、上掲東京新聞社説を見ていくとしよう。原則毎日2本掲載される社説の片方で、大凡千字なのは、「いつものフォーマット」なのだが、その千字余りの一文を、良くもまあこれだけ矛盾させられるモノだと、逆に感心してしまうな。

 大体、上掲東京社説【パラグラフ4】に、

1>  財政法は自然災害など不測の事態に備えるため、
2> 毎年度の予算編成であらかじめ使途を定めない予備費の計上を認めており、
3> その使途は国会審議を経ず、閣議決定のみで決めることができる。
4> 二〇二二年度当初予算では一般予備費五千億円が計上されている。


と、ハッキリクッキリ明記されている。尚且つ冒頭の【パラグラフ1】にて、

5> 政府が閣議で、安倍晋三元首相の国葬に予備費から二億四千九百万円を支出することを決めた。

ともあるのだから、「政府が発表した国葬費用約2.5億円」であり、「一般予備費五千億円」の「千分の一の半分」0.05%、と言うことである。
 上記1>~4>の前段である【パラグラフ3】において、「政府が発表した国葬費用約2.5億円」に対して上掲東京新聞社説は疑義を呈し、曰く、

6>  警察による警備費や海外要人の接遇経費は含まれていない。
7> 政府は警備費などを「通常発生する業務の延長」(鈴木俊一財務相)としており、
8> 全体の予算規模は明らかにしない方針だ。


と記載した上、後段でこれを非難している。の・だ・が・・・頭冷やせよ、バカ。「警察による警備」だぞ。アルバイトの警備員を臨時雇いして増やす、訳じゃぁない。公務員試験に合格して警官として既に勤務している人を、今回国葬警備に充てる、と言うだけの話。その人が国葬警備に当たろうが当たるまいが、その人は警官としての給与を受けとっていようが。
 「通常発生する業務の延長」と言う鈴木俊一財務相の発言は「正にその通り」であり、警備に当たる警官の給与は今回の警備に当たるからと言って、原則上がるモノでも増えるモノでも無い。精々が、残業と出張(*1)の経費分、増えるだけだ。


 「海外要人の接遇経費」の方が「警備費の増額(出張・残業手当)」よりは多そうだが、「日本の国葬に参列する海外VIPの接遇」だぞ。しみったれたこと、出来る訳が無いし、すべきでもない。それは「弔問外交の経費」でもあるし、今回は「安倍元首相国葬」という機会ではあるが、別の機会で来日してもやはり相応にかかる費用ではないか。
 寧ろ、「接遇費を払ってでも、来日して頂きたいのが、海外要人」というモノでは無いのかね。

 でまあ、仮に「警備の警官の出張・残業手当」や「海外要人の接遇費」が嵩んで、政府発表の「約2.5億円」が二倍になって「5億円」になったとしても、「一般予備費五千億円」の「一千分の一」0.1%。税金と言えば税金だが、国民1人当たりにすると、「5円」だ。
 
 「予備費の0.1%で、国民1人当たり5円(それも、倍に膨らんだとしての)の国葬費用に、なぁに目くじら立ててやぁがるンだぁ?」と思いつつ、次のパラグラフに移ると・・・

9>  しかし、安倍氏の国葬は亡くなってから二カ月半後に行われる予定で、災害などと比べると緊急性が高いとは言えない。

って、何重にも「理解しがたい」極めて難解な一文(且つ1パラグラフ)にぶつかった。

 先ず、国葬というのは一面、葬儀だ。葬儀というのは、「御遺体の保管が大変」な事もあり、普通は「亡くなった直後」に行う。事実、安倍晋三元首相の御遺体も既に荼毘にふされている。即ち、「普通、葬儀には、相応の緊急性がある。」。で、左様な「緊急性のある葬儀」を「国葬として実施したならば(*2)、東京新聞社説はその国葬に同意した。」とは、全く想像できない。故に「国葬の緊急性の高低を問題視している」上記9>の一文は、理解し難かった。
 
 次いで、今次安倍元首相国葬は「亡くなってから二カ月半後」なので「災害などと比べて緊急性が高いとは言えない」というのは一応のロジックではある。が、「現職の有力国会議員が、凶弾に倒れた」という、前代未聞とも言えそうな「不測の事態」ではある。「亡くなってから二カ月半後の国葬」を「時間的緊急性は、低い」とは言い得ても「不測の事態」という「状況的緊急性は、高い」と評すべきであろう。
 どうやら、安倍元首相国葬は、亡くなってから2カ月半もたっての実施だから、(時間的)緊急性は無い。(時間的)緊急性は無いことに予備費を使うのは、ケシカラン。と、言いたいらしい、と、ここまで書いて漸く「理解した」。「理解はした」、が・・・繰り返しになるが、今次の安倍元首相国葬は、安倍元首相が凶弾に倒れるという不測の事態を受けたものであり、「状況的緊急性」ならば「高い」。正に、「予備費の出番」であろうが。
 
 更に続く【パラグラフ6】で、上掲東京新聞社説タイトルにも登場するキーワードであり、「東京新聞の安倍元首相国葬反対論への新たなアプローチ」たる「財政民主主義」が登場する。の・だ・が・・・

10>  憲法は「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない」とする。
11> この規定が財政民主主義の根拠であり、財政の基本原則だ。


 いや、基本原則はその通りで、その権限で「国会が議決した」のが財政法。その財政法に基づいて、「国会の議決に基づく予算の行使』の例外規定としたのが、予備費である、って、上述【パラグラフ4】、特に上記3>に、その(予備費の)使途は国会審議を経ず、閣議決定のみで決めることができる。と、ハッキリ明確明白に、東京新聞自身が、書いているじゃぁ無いか。

 流石に「矛盾している」と気付いたのか、続く【パラグラフ7】では更なる屁理屈をこねている。

12>  国葬に法的根拠はなく、国民の賛否も割れている。 
13> こうした状況下で国会審議を経ず、予備費を使って国葬を強行すれば、
14> 財政民主主義を破壊する行為と言わざるを得ない。


とまあ、ココでもキーワード「財政民主主義」を振り回している、訳だが・・・

 先ず国葬には法的根拠が無く」って断定断言からして、おかしい。今次安倍元首相国葬の根拠は、国葬を決めた際に岸田首相自ら大筋を説明しているし、「閣議決定を以て吉田茂国葬は実施された」という史実・事実・実績がある。

 さらには、その「法的根拠の無い国葬」と主張する東京新聞自身が、「法的根拠の無い国葬に対する国会審議をしろ。」というのが、おかしい。幾ら「国会審議」したって「法的根拠が発生する」訳ではあるまい。「法的根拠を、国会で発生させる」ためには「国会で新法を成立させる」必要があり、今回で言えば「国会で国葬令を審議する」以外に無い筈である。が、東京新聞が「国会で国葬令を審議しろ。」と主張している/主張する、とはとても思えない。
 
 もっと言えば、「国葬費用の予備費からの支出を、国会で審議すれば、”財政民主主義は破綻しない”」とは言えそうではあるし、その過程で「国葬に賛同する国民が増える」であろうから、辛うじて「国民の賛否が分かれている」ことと「国会審議」は結びつくが、やはり「国葬に法的根拠が無い」と断定断言する東京新聞の主張と、当該国会審議とは、全く関係ない。

 国会審議を通じて、国葬の法的根拠を説明しろ。ならば、漸く「国葬に法的根拠無く」って主張と当該国会審議に関連が付く。だが、国葬に法的根拠は無く」と主張する東京新聞が、「国会審議を通じて法的根拠を説明しろ」と主張するのは、「矛盾」とは断定しかねるが、相当な齟齬/違和感がある。第一、大筋ながら「岸田首相自身が、国葬の法的根拠を説明している」現状で、「国葬に法的根拠無く」と断定断言出来てしまう東京新聞や立憲民主党相手には、「説明するだけ、無駄」であろう。
 
 なんやかんや言って、国会審議さえ始めてしまえば、予算執行は阻止できる」とでも、考えて居るのだろうぜ。

 更に続く【パラグラフ8】は、国葬にかかる費用の全体像が示されていない」って批判、【パラグラフ9】予備費の乱用が財政破綻を招くって、矢っ張り批判。再度繰り返すが、今次安倍元首相国葬の費用は、予備費の「千分の1の半分」である。「予備費の乱用」ねぇ。
 「予備費の乱用が財政破綻を招く」ってロジックは、相応に普遍性がありそうだが、「予備費の千分の1の半分の”乱用"」を阻止したところで、財政破綻とは何の関係も無さそうだぞ。

 終盤の【パラグラフ10】は、臨時国会を召集し、補正予算を組んで、国葬の費用を出せ。と来た。倍に膨らんでも5億円の国葬のために、臨時国会で補正予算、だそうな。国葬は既に9月27日と決定し、諸外国にも通達済みである、現状で、だ。


 まあ、本音は最後の【パラグラフ11】なのだろう。

15>  法的根拠や予備費支出に国民の理解が得られなければ、国葬を強行すべきではない。

 で、ココでもまた(小さいながら)矛盾を生じている。一つ前の【パラグラフ10】最後の文で、

16> 特に(国葬の)費用については補正予算案を編成し、使途を細かく点検する必要がある。

国葬のために補正予算を組め書いていたのに、次の文上記15>では「予備費支出」になっている。無論前記の通り、上記3>「その使途は国会審議を経ず、閣議決定のみで決めることができる。」と明記した「予備費」のことである。「閣議決定のみで使途を決められ、国会審議も不要な予備費支出」に、「国民の理解は必要だ!」って主張、としか思えないんだが、それこそ「法的根拠」は、ナンなのだろうね。
 「閣議決定のみで使途を決められる予備費」に対し、「国民の理解を得ろ」と主張するのも、一つの「矛盾」なのだが、気が付いてさえ居ない、様だ。

 この僅か千字ばかりの一文=東京新聞社説に、一体幾つの矛盾を抱え込んでいるのやら。一寸数える気すら起きないぞ。

 「安倍元首相国葬を、ナントカ阻止したい」って、東京新聞の悪意だけは、充分伝わる社説だ。だが、伝わるのは悪意ばかりで、矛盾と齟齬に満ちたその主張は、全く論理性も説得力も持たない。

 「説明を必要とする」のは、「東京新聞の安倍元首相国葬反対社説」の方だと思うぞ。

  • <注記>
  • (*1) 「全国の道府県警に、国葬警備のための”動員令”がかかっている。」とも聞く。そりゃ警視庁だけでは、諸外国VIPも参列する国葬の警備は、無理だろう。 
  •  
  • (*2) 因みに、吉田茂の国葬は、吉田茂元首相の死後11日だった、そうだ。 
  • とうとう始まった、「疑惑ハサラニ深マッター!」ー朝日、毎日、沖縄タイムスの安倍元首相国葬反対社説に見る、知的退廃ぶり

 バカ野党だのアカ新聞だの左翼(の一部?)だのってぇのは、もう10年ばかりも「モリカケ桜等の追及」ばかりやっているモノだから、知的劣化退廃が著しく、真面に議論すら出来なくなっている」のではないか、と思うことがある。
 
 典型的なのは、立憲民主党はじめとするバカ野党だろう。「森友学園問題」「加計学園問題」「桜を見る会問題」、果ては「統一教会問題」まで、犯罪事象にすらなりそうに無いモノを含む「出来損ないスキャンダル」を「国会で追及」し、国会招致(*1)と(事実上の)吊し上げを実施し、「私がやりました。」って自白するまでは「疑惑ハサラ二深マッター!」と「追及」することをずっとやっている(*2)。

 その「追及」も、「ずっとやっている」ばかりで、新事実の解明にも真相の究明にも犯罪事象の立証にも、殆ど役に立っていない。私(ZERO)の記憶にあるところで、一連の「追及」で判明した「新事実」と言えば、「加計問題」に於いて、「愛媛県では、20年前から”加計(学園への獣医学部新設)ありき”だった。」って元愛媛県知事の証言で明らかになったことと、同問題での加計学園獣医学部新設は、安倍首相(当時)への忖度だ。」と言うのが「前川喜平氏の個人的感想でしか無かった。」と言うこと、ぐらいだ。どちらも「加計問題追及」には「不都合な真実」であるから、「都合良くスルーされている」様だが。

 その他の問題については、「新事実なんて、あったっけ?」状態であるし、モリカケ桜に限らず数多設立された「追及チーム」が、その「追及結果を報告した」とか「報告書を出した」って話も寡聞にして聞かない。「追及するばかりで、大した結果は出ていない。」と、かなりの確信を持って推定している。

 端的に言えば、これらの「追及」は、「国会でのワイドショー実演」なのである。それも本来本義としての「追及」をするならば「知的刺激」ぐらいにはなりそうなものだが、たぁだ怒鳴って繰り返すばかりだから、知的刺激にすらならず、バカに磨きがかかっている(*3)。そんなことばかり繰り返していれば、そりゃ知的怠惰も退廃も、不可避だろうな。

 下掲するのは、(モリカケ桜のような)「国会ワイドショーネタ」では(未だ)無いが(*4)、アカ新聞各紙の「安倍元首相国葬反対社説」である。

 因みに、弊ブログでその経緯を追っているアカ新聞の「安倍元首相国葬反対社説」は、大凡以下の様なステップを辿っている、様だ。

  • <1> 「安倍元首相国葬には法的根拠が無いから、中止しろ。」
  •  ⇒結果 粛々と国葬準備が進む。法的根拠については、吉田茂国葬でほぼQED
  •  
  • <2> 「安倍元首相国葬について、国会で説明しろ(=追及させろ)。」
  •  ⇒結果 臨時国会召集されず
  •  
  • <3> 「弔意を強制するな!」
  •  
  • <4> 「国民が納得していない!」
  •  
  • <5> 「疑惑ハサラニ深マッタ!!」  ←今、ココ。


①【朝日社説】安倍氏「国葬」 疑問は膨らむばかりだ
②【毎日社説】説明なき「国葬」 これでは納得ができない
④【沖縄タイムス社説】[国葬概要閣議決定]やはり問題が多すぎる

  • <注記>
  • (*1) 国会招致ならば、逮捕状も、逮捕状を取るだけの証拠も、不要だからね。 

  •  

  • (*2) コレを法廷でやったら、「推定有罪」の「冤罪製造機」なんだが、国会なので「自殺者が出る」程度で「済んでいる。 

  •  

  • (*3) で、巨悪に挑戦している」心算らしいのだから、呆れ果てる他ない。

  •  「森友学園問題」は、野党やマスコミの思い描く通りだとしても、「国有地の不正廉売」でしか無い。それも一件だけで、本件で私腹を肥やしたの、籠池理事長ぐらいだ。あの、今や「被害者面」しているらしい、籠池理事長だぞ。

  •  「桜を見る会問題」は、どう頑張っても「年に1回のタダ酒宴会」でしか無い。前夜祭を含めても、「公職選挙法違反」が良いところだし、問われるべきは安倍晋三元首相ばかりでは無く、実に「第1次安倍政権以前まで遡る、歴代内閣(民主党政権三代を含む)」って事になる。まあ、「問われるべき内閣の数が多い」って点では、特筆大書できそうだが。

  •  「加計学園問題」に至っては、仮に「安倍首相(当時)の直接指示で、加計学園に獣医学部新設が認可された。」としても、何法の何罪に問えるのやら。「職権乱用!」って一般的な批判は出来そうだが、公判そのものが成り立たない。ああ、「国会で追及」なら出来る、のだが。「国会で追及」。 

  •  

  • (*4) 「辛うじて」。以前アカ新聞各紙が主張していたように、本件を契機としての臨時国会が開催されていたら、そこでは「安倍元首相国葬反対」の「国会ワイドショー」が繰り広げられたろう。 



 

  • ①【朝日社説】安倍氏「国葬」 疑問は膨らむばかりだ

  • 安倍氏「国葬」 疑問は膨らむばかりだ

 

 

https://www.asahi.com/articles/DA3S15399678.html?iref=pc_rensai_long_16_article

 

2022年8月28日 5時00分

 

安倍元首相の「国葬」の会場となる日本武道館=2020年7月29日、東京都千代田区、加藤諒撮影

 

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【1】 数々の疑問に答えず、社会に亀裂と不信を残したまま、既成事実を積み重ねるつもりなのか。岸田首相は、国民から厳しい目が注がれていることを自覚し、立ち止まるべきだ。

 

【2】 政府はおとといの閣議で、安倍元首相の「国葬」の経費として、国会審議を必要としない予備費から2億5千万円を支出することを決めた。警備費などは含まれておらず、政府は全体像を明らかにしていない。

 

【3】 先月、岸田首相が国葬とする方針を示して以来、社説は、国葬について規定した明確な法令がないなか、なぜ異例の形式をとるのか。元首相の業績や言動に対する自由な論評を妨げることにならないか――などについて丁寧に説明するよう、首相に繰り返し求めてきた。

 

【4】 ところが1カ月経っても首相はその責任を果たさず、いまも国民に向き合おうとする姿勢を見せない。疑問は解消するどころか、膨らむばかりだ。

 

【5】 報道各社の世論調査では国葬の賛否は二分し、むしろ否定的な意見の方が強くなっている。首相が逃げ続けていることも、一因ではないのか。

 

【6】 戦後、国葬が行われたのは55年前の吉田茂氏だけで、近年の首相経験者は政府と自民党の合同葬が慣例だった。

 

【7】 安倍氏は憲政史上最長の8年8カ月間、首相を務めた。だがその政策の評価はいまだ定まらず、「モリカケ桜」では政権を私物化した疑惑がぬぐえない。加えて、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との深い関係も明らかになってきている。

 

【8】 教団の「友好団体」に賛同のビデオメッセージを送るなどしただけでなく、16年に教団側の支援を受けて当選したという前参院議員は、次の選挙でも同様に応援してもらえるよう安倍氏に頼んだが難しいと言われ、立候補を断念したと話している。裏でどんな動きがあったのか。

 

【9】 首相は、教団と関係を持たないことを自民党のガバナンスコードに盛り込み、チェック体制を強化すると表明した。であれば安倍氏についても調査を尽くし、明らかにするのが当然ではないか。その作業抜きに「国民の皆さんの不信を払拭(ふっしょく)する」といっても説得力を欠く。

 

【10】 国費の支出を決める一方で、政府は首相経験者らの葬儀の際に行ってきた弔意表明の閣議了解を見送った。反発が一層強まるのを警戒したのだろう。

 

【11】 権力が内心に立ち入り、追悼を強制するなどあってはならない。全国の自治体や教育委員会も、学校に半旗の掲揚を促すようなことは厳に慎むべきだ。

 

【12】 これについても、国会の場で岸田首相自身が、政府の考えをしっかり説明する必要がある。

 

  • ②【毎日社説】説明なき「国葬」 これでは納得ができぬ

  • 説明なき「国葬」 これでは納得ができない

 

 

https://mainichi.jp/articles/20220827/ddm/005/070/152000c

 

朝刊政治面

毎日新聞 2022/8/27 東京朝刊 English version 850文字

 

【1】 このまま突き進んでは、国民の納得は到底得られない。

 

【2】 政府が安倍晋三元首相の「国葬」の費用を全額国費で負担し、今年度の予備費から約2・5億円を支出することを決めた。

 

【3】 自民党の首相経験者については内閣と党の合同葬が長年の慣例となっており、国葬は1967年の吉田茂元首相以来である。

 

 

【4】 しかし、疑問は募るばかりだ。

 

【5】 毎日新聞の世論調査によると、「反対」が53%で、「賛成」は30%にとどまる。銃撃事件後、安倍氏と宗教団体・世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との深い関係が明らかになったことが影響しているとみられる。

 

【6】 そもそも国葬には、明確な法的根拠がない。

 

【7】 政府は、内閣府設置法が定める「国の儀式」として行う方針だが、同法は皇室行事に適用されてきた。政治家の葬儀を対象にしたことはない。基準や内容の規定もなく、時の政権によって恣意(しい)的に運用されかねない。

 

 

【8】 岸田文雄首相は国葬とする理由の一つに、安倍政権が憲政史上最長だったことを挙げた。だが、退陣間もない安倍氏への歴史的評価は定まっていない。

 

【9】 評価や弔意の押しつけがあってはならない。弔意表明について、政府が、各自治体や教育委員会などに協力を求めない方針を決めたのは当然である。

 

 

【10】 首相は、各国首脳らとの「弔問外交」を展開したい考えだが、国葬でなくてもそれは可能だ。

 

【11】 2000年に急逝した小渕恵三元首相の合同葬には、当時のクリントン米大統領や韓国の金大中(キムデジュン)大統領ら多くの首脳が参列し、個別の首脳会談も行われた。

 

【12】 首相は国民の疑問に真摯(しんし)に答える姿勢を欠いている。

 

【13】 「さまざまな機会を通じて丁寧に説明する」と言いながら、野党が求める臨時国会の早期召集に応じず、国葬に関する閉会中審査もまだ開かれていない。

 

【14】 政治不信を招いている旧統一教会の問題でも、対応が後手に回り、うみを出し切る覚悟は見えない。

 

【15】 こうした状況下で国葬の準備をなし崩しに進めても、世論の分断を深めるだけだ。葬儀のあり方を含め、ふさわしい環境を整える責任は首相にある。

 

  • ④【沖縄タイムス社説】[国葬概要閣議決定]やはり問題が多すぎる

  • [国葬概要閣議決定]やはり問題が多すぎる

 

 

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1014394

 

2022年8月27日 07:20

 

【1】 政府が、9月27日に実施する安倍晋三元首相の国葬費用として約2億5千万円を支出することを閣議決定した。

 

【2】 参列者は、最大6千人ほどで、このうち海外からも千人程度を想定している。

 

【3】 本年度予算の予備費を使い、会場となる日本武道館の設営費や海外要人向けの同時通訳の費用などに充てる。

 

【4】 国葬の是非について、世論は割れている。共同通信が実施した調査では反対が半数を超えた。

 

【5】 全額を国費で賄うにもかかわらず、国会の審議を経ずに決定されたことにも大きな疑問が残る。

 

【6】 私たちはこれまで社説で、国葬の再考を求めてきたが、今回の決定の在り方を見ると、反対の意思を明確にせざるを得ない。

 

【7】 そもそも国葬には法的根拠がない。

 

【8】 戦前に制定された国葬令は現行憲法の施行に伴い1947年に失効している。

 

【9】 戦後、国葬が行われたのは67年の吉田茂元首相だけだ。吉田氏の国葬の際も反対があった。その後、基準を作るべきだとの認識で与野党が一致したが、そのまま放置された。

 

【10】 そんな中、なぜ根拠もないまま国葬を行うのか。

 

【11】 安倍氏の功績については、経済政策「アベノミクス」や安保関連法案などを巡り、評価が割れるところだ。

 

【12】 岸田文雄首相は、安倍氏の首相在職期間が憲政史上最長で、外国からの評価が高く、幅広い追悼の意が寄せられていることを理由に挙げる。

 

【13】 しかし、いずれも国葬実施の根拠にはならない。

 

■    ■

 

【14】 岸田首相は、安倍氏の銃撃事件から1週間もたたないうちに国葬実施を表明し、7月に日程を、昨日26日に費用支出を閣議決定した。

 

【15】 野党は、8月初旬の臨時国会での審議を求めたが、政府は拒否した。

 

【16】 国の重要事項が議論なく、閣議だけで決まっていいのか。

 

【17】 国葬に反対する人が多いのは、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題が解明されていないことも大きい。

 

【18】 国民の知りたい旧統一教会問題はうやむやにし、賛否分かれる国葬は強行する。これでは国民は納得しない。

 

【19】 国葬では、地方自治体や教育委員会などに、弔意表明の協力を求めない方針だという。

 

【20】 しかし、国葬は「国の儀式」となり、一定の強制力を伴う。

 

【21】 憲法19条が定める思想・良心の自由が脅かされないよう、注視する必要がある。

 

■    ■

 

【22】 岸田首相は、各国要人との弔問外交の準備を本格化させる。政権の外交力をアピールする狙いもあるのだろう。

 

【23】 一方、国内では、市民団体などによる違憲訴訟や住民監査請求が各地で相次いでいる。

 

【24】 辺野古基地建設を強硬に推し進めたことに根強い反発がある県内でも、市民団体が国葬に反対する声明を発表した。

 

【25】 時の政権が恣意(しい)的に決めてはならない。

 

【26】 国民や国会をないがしろにすれば、さらに反発は強まる。

 

  • 抽出整理「アカ新聞ども社説に見る、安倍元首相国葬反対論」の流れ

 冒頭示した「アカ新聞社説に見る、安倍元首相国葬反対論の流れ」を、上掲朝日、毎日、沖縄タイムス社説に当て嵌め。要すれば追加してみよう。例によって、丸数字は各新聞社社説を、【】内数字は各紙社説のパラグラフ番号を示す。

  • <1> 「安倍元首相国葬には法的根拠が無いから、中止しろ。」①【3】②【6】④【7】

  •  

  • <2> 「安倍元首相国葬について、国会で説明しろ(=追及させろ)。」①【3】②【12】【13】

  •  

  • <3> 「弔意を強制するな!」①【11】②【9】④【19】【20】【21】

  •  

  • <4> 「国民が納得していない!」①【1】【4】【5】②【1】【4】【5】④【4】【26】

  •  

  • <4-1> 「安倍元首相と統一教会の関係が怪しい!」①【8】【9】②【14】④【17】【18】

  •  

  • <4-2> 「国の重要事項を閣議だけで決定するな!」④【16】

  •  

  • <5> 「疑惑ハサラニ深マッタ!!」  ←今、ココ

 こうして見ると、冒頭には無く、追加となったのは、上記<4-1>「統一教会疑惑」と上記<4-2>「閣議決定では不十分」である。

 さて、先ず上記<1>~<3>については、先行記事で「粉砕」ないし「事実史実を以て粉砕」されている(と、私(ZERO)は主張する)から、「アカ新聞どもの、負け犬の遠吠え」でしかない。まあ、「過去の主張を覚えている」のは、良いことではあるが。

 上記<4-2>「閣議決定では不十分」って主張は、アカ新聞に限らず散見されるのだが、端的に言って「何を言っているのか、判らない」主張だ。岸田首相は今次国葬を決めるとほぼ同時に「内閣設置法が定める”国の儀式”として行う」と説明し、上掲②毎日社説にも明記されている。
 なるほど、上掲②毎日社説は、

②1> 同法(内閣設置法)は皇室行事に適用されてきた。政治家の葬儀を対象にしたことはない。

とも明記されている。この意味するところは、少なくとも、「皇室行事としての、皇族の国葬は、同法(内閣設置法)に基づき、国の儀式として、閣議決定のみで決定できる。」である。(他に解釈のしようがあろうか?)
 その後の一文政治家の葬儀を対象にしたことはない。の意味は、正直理解しかねる。普通に考えれば、「吉田茂の国葬は、同法(内閣設置法)の”国の儀式”として、閣議決定された。」とするのが「妥当な推論」であるから、「同法(内閣設置法)の”国の儀式”は、吉田茂国葬に適用された」筈である。

 ひょっとすると、吉田茂国葬当時は、「内閣設置法にある”国の儀式”」としてでは無く、別の法的根拠で「国葬を閣議決定」したのかもしれない。


 そうだとしても、「閣議決定のみで、国会審議や国民投票なぞ経ずに、吉田茂国葬は実施された。」と言う実績と、「皇室行事としての、皇族の国葬は、内閣設置法に基づき閣議決定のみで決定できる。」という事実を併せて考えるならば、「閣議決定のみで安倍元首相の国葬を決定できる。」と言うのは、相当に有力な法的根拠であろう。

②2> (内閣設置法には、国葬の)基準や内容の規定もなく、
②3> 時の政権によって恣意(しい)的に運用されかねない。


と、上掲毎日社説は続ける。「基準や内容の規定が無い」のも「恣意的に運用されかねない」のも、現行法体系の問題ではあろうさ。だが、「左様な問題はあろうが、現行法体系は、そうなっている。」のだから、左様な「問題ある法体系の下で、法は執行される。」のが、理の当然。法体系の問題は、新法や法改正で「変えるべき」ではあろうが、「変わるまでは、現行法体系が適用される。」のは当たり前である。

 上記<4-1>「統一教会疑惑」に至っては、「モリカケ桜の新バージョン」以上の何物であろうか?ああ、安倍元首相に限らず、自民党議員や野党議員や民放テレビ局にも「飛び火している」分だけ「モリカケ桜よりも大問題」ではあるかも知れないな。

 だが、仮に統一教会が、「過去に接点があっただけで、政治生命が終わりかねない、山口組以上の反社会組織」と認定し(*1)、「安倍元首相と統一教会がズブズブの関係にあった。」としても、「だから、ナニ?」と私(ZERO)は言ってしまうぞ。

 左様な「統一教会との関係」は、「安倍元首相の経歴上の瑕疵」ではあるかも知れないが、「安倍元首相の功績」には何ら影響しなかろう。「安倍元首相の罪過」が増える、だけ。言っておくが、「罪過の無い人間」なんてまず居ないし、元首相ぐらいの経歴・権力があれば、「罪過もまた大きい」のが普通だろう。

  • ☆葬に、「国民の同意」も「納得」も、必要ない。

 で、だ。詰まるところ上掲アカ新聞社説どもが今回「安倍元首相国葬反対社説」の論拠根拠としているのが、各種調査による「国葬への賛否二分」であり、上記<4>「国民が納得していない!」である、らしいのだが・・・

 頭ぁ冷やして考えろや。日本国が、日本国政府として国葬を実施するのに、「国民の同意」や「国民の納得」が、必要かぁ?

 そりゃ人気取りばかり考える大衆迎合のポピュリズム政治家には、「国民の納得や理解」も必要だろうし、「国民の目」も気になるだろう。だが、政治は、「民意を問う」「民意を反映する」ばかりが能ではない。


 閣議決定は、国会の承認無しで効力を発揮するのが基本だし、国会が定めた新法は原則「国民投票による承認」なんて必要とされずに執行される。大体、「民意に従え!」ってのは、俗耳には入りやすかろうが非常に無責任でもある。「連帯責任は無責任」とさえ言われるのだから、「民意に従った決定」なんてのは、誰も責任を取らない/責任取らせようが無い。

 無論、問題は、「誰が責任を取るか/責任取らせられるか」ではない。「誰も責任を取らない/責任を取らせようが無い、"民意に従った"決定」では、「誰も反省しない」のだから、誤判断=誤った判断を連発するであろう事が、問題なのである。さらには、「誤った判断を、減らそうとしない」事が、問題なのである。

 であるならば、今次の安倍元首相国葬決定に対し、「世論の賛否二分」であれば「賛成数としては充分」なのである。誰やらは、「国民全員が反対しても、閣議決定が成れば、国葬は実施される。」と発言して非難されているらしいがこの言葉は「ナニも間違ってな居ない」のである。改憲とは異なり、我が国の国葬は閣議決定のみで決定でき、その後に国会での審議や国民投票は、必要ないのである。

 「国民への説明は必要だ!」ってのは、一理ではある。だがその説明は、既に済んでいる。何度も説明する必要は、無い。況んや「国民全員」どころか、「アカ新聞やバカ野党が、納得するまで説明する」必要なんぞ、全く無い。

  • <注記>
  • (*1) ついこの前まで、そんな「認定」はされていなかった、のだが。 
     
  • 琉球新報の「軍人差別」ー【琉球新報社説】制服組が予算査定 原則をなし崩しにするな

 沖縄二紙をはじめとするバカ共、もとい、アカ共の、恐らくは一体不可分のモノなのであろう「軍事忌避」と「軍人差別」は、特に前者に再三晒されてきた(*1)「殆ど生まれながらの右翼」たる私(ZERO)としては、「慣れっこ」となっている部分が、相当にある。

 だが、この「軍人差別」は、チョイと看過しかねたぞ。

  • <注記>
  • (*1) 而して、私(ZERO)は「軍人ならぬ民間人」であるから、後者には晒されていない。 

 

  • 【琉球新報社説】制服組が予算査定 原則をなし崩しにするな

制服組が予算査定 原則をなし崩しにするな

 

 

https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1563832.html

2022年8月10日 05:00

社説

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 防衛省の2023年度予算要求の取りまとめで、自衛官の制服組が中心の統合幕僚監部(統幕)が査定側に加わった。政治が軍事に優越する文民統制(シビリアンコントロール)の原則が骨抜きにされる懸念がある。経緯を明らかにするべきだ。

 

 従来は背広組の官僚(文官)が中心の内部部局(内局)が陸海空自衛隊などから要望を聞き取り、必要性や適正さをチェックして防衛省全体の予算要求を立ててきた。

 23年度予算の装備品調達関連の作業に統幕担当者が査定側として入ったという。査定を受けてきた側が査定する側に回った。チェック機能の低下が懸念されるのは当然だ。

 統幕は06年に陸海空自衛隊を一元管理するため発足。陸海空の幕僚監部が部隊の教育・訓練を担うのに対して、統幕は周辺の警戒監視など、実際の部隊運用を担う。

 装備品などを用いる立場だ。予算要求の査定に加わることは、現場の恣意(しい)的な思惑が反映されることを排除できなくなるのではないか。

 統幕の発足後も文民統制の観点から部隊運用は背広組と制服組が分担してきたが、15年には統幕に一元化された。そして今回の予算査定への関与である。

 背広組の監視が弱まり、制服組の発言力、権限が強まれば、文民が大臣を務めていても正しい判断ができなくなるのではないか。

 岸田文雄首相は防衛費について増額を表明した。焦点の23年度の防衛費は過去最高の5・5兆円台で、最終的には6兆円規模に膨らむ可能性がある。

 防衛力の5年以内の抜本強化をうたう政府方針の下、防衛費の概算要求では新型装備などの金額を示さない「事項要求」が多数盛り込まれるからだ。

 一方で、防衛費の透明性には疑問符が付く。対中戦力として主力とはなりえない陸自予算など、膨大な無駄も指摘されている。査定への関与はこの点からも容認できない。

 軍部が予算を握ればどうなるか。かつて、日中戦争からアジア・太平洋戦争まで一会計年度とした特別会計の臨時軍事費があった。一橋大の吉田裕名誉教授によると、機密を理由に議会や政治のコントロールも完全には及ばない予算で、かなりの部分が転用され、対ソビエトや対米軍備の充実に充てられた。この予算を得られることは、対米開戦を軍部が決意した理由の一つでもあったという。

 軍部の暴走を止められず、多大な犠牲を払った日本が得た教訓の一つが文民統制である。戦争への反省を基にした権力統制の原則だ。

 軍備増強と相まって、制服組の権限の強化は、周辺にいらぬ緊張を高めることにつながらないか。国民の安全に関する問題だ。なし崩しで原則を逸脱してはならない。統幕の査定参加の経緯を含め、情報を開示し、説明すべきだ。

 

  • (2)予算を審議し、決定するのは、国会だろうが。

 戦前の日本をして「軍部の暴走」などと称するのは、「統帥権の干犯」として「国会による国防予算決定を拒否した」からであって、「制服組(軍人)が予算案を査定したから」ではない。上掲琉球新報社説は「特別会計の臨時軍事費」を「議会や政治のコントロールも完全に及ばない予算」という「悪しき前例」として記載しているが、「一会計年度で特別会計の臨時軍事費」なんて多寡が知れていよう。「国防予算を審議する事自体が、(ある意味)憲法違反」とされた「統帥権の干犯」と、何れの影響力が大であるかは、自明であろう。

 制服組が予算査定すると、背広組の監視が弱まるから、シビリアンコントロールに反する。と、上掲琉球新報社説は主張するが、章題にした通り、「防衛予算の決定は、国会が握っている」以上、予算上のシビリアンコントロールは担保されている。予算査定を制服組が行ったところで、シビリアンコントロールは、弱まらない。戦前の「統帥権の干犯」とも「臨時軍事費」とも、訳が違おうが。

 更には、今回の事象は「予算案査定の権限委譲」でしかない。琉球新報はその「軍人差別」から、制服組の権限は、弱い程良い。ぐらいに考えて居るのだろうが、シビリアンコントロールの本義は「開戦と終戦を、シビリアンが握ること」であって、「背広組が制服組を従えること」ではない。左様な「誤解(*1)」を為す者は、数多居るがね(*2)。

 ああ、「制服組が査定した防衛予算を、審議する能力が、国家には無い。」という可能性が、あるか。その為、「防衛予算のシビリアンコントロールは、背広組の防衛予算査定にかかっている/かかっていた。」と言う可能性が。この場合、「予算査定の権限が、背広組から制服組に移る」事が「シビリアンコントロールの危機となる」可能性は、ありそうだ。
 だが、その場合問題は、背広組に防衛予算査定権が、無ければならない事では無く、「誰が査定したにせよ、査定後の防衛予算を、真面に審議できない国会」こそ、大問題であろうが。

 国会は、曲がりなりにも国民に投票で選ばれた「国民の代表」だ。その「国民の代表」が審議してこそ、「真面なシビリアンコントロール」と言え様。

 背広組は、「軍人ではない」という意味では「シビリアン」ではあろうが、国民に選挙で選ばれた訳では無い、タダの官僚だ。防衛予算のコントロールが、国会では無く、背広組の査定が握っている」状態は、「官僚支配」というのが正しく、精々が「異様で異常なシビリアンコントロール」である。

 繰り返すが、国会が防衛予算を審議し、決定する事で、予算上のシビリアンコントロールは担保される、べきである。それを阻害/阻止ないし妨害したからこそ、戦前の「統帥権の干犯」は「軍部の暴走」たりうるのである。
 
 軍事忌避の軍人差別で勢いだけの社説を書いていないで、ちったぁ歴史も調べやぁがれ。それでも、記者かよ。

 大体本来、軍事も軍人も、「政治的には右も左も(基本的には)無い、中立的な存在」の筈であり、共産党が赤軍軍人を「差別する」って事は「原則的には無い」筈だし、共産党の軍たる赤軍やら人民解放軍やらが軍事研究・軍事学・戦史研究に余念が無いことも、疑義の余地は無い、んだがなぁ。

 ああ、政府軍は、「共産主義革命の敵」だから、かぁ?そう言えばオイ縄二紙は人民解放軍を熱烈歓迎しそうな勢いだよなぁ。即ち、沖縄二紙の「軍人差別」は「軍による」のであり、米軍や自衛隊がその差別対象と言うこと。

 となると、沖縄二紙の「軍人差別」は、「共産主義革命ないし外患誘致の一環」といえそうだ。

 であるならば、上掲琉球新報社説もまた、共産主義革命ないし外患誘致の一環、ということだな。

  • <注記>
  • (*1) と言うより、「好都合な曲解」だな。 
  •  
  • (*2) 当の「背広組」を含めて。 
  • 安倍晋三元首相を国葬で送るべき三つの理由。

 安倍元首相を国葬にふすることについては、アカ新聞とかバカ野党とかの有象無象が異を唱えていることは、弊ブログでも相応に記事にしている。単純に「異を唱える」だけならば、別に「言論の自由」「思想信条の自由」の範疇だから放置も出来ようが、何しろ「原爆忌」とも言われる原爆投下=核攻撃による死者を追悼する式典の会場近くで、大音量で「国葬反対!」を唱え、果ては「安倍元首相は殺されて当然だ!」とまで言明して、追悼式典を妨害する暴挙にして愚挙まで為して居るのだから、看過もなるまい。

 斯様な暴挙にして愚挙を為す人非人ばかりが「国葬反対を唱える者」だ、とは(一応)限らない。
 だが、斯様な暴挙にして愚挙を為す人非人が、「国葬反対を唱える者」の一味である、と言うことは、間違いようが無い。また、「国葬反対を唱える者」から斯様な愚挙にして暴挙を非難し諫める声が全く聞こえて来ない(*1)ことから、「国葬反対を唱える者」は斯様な愚挙にして暴挙を、(少なくとも)容認しているのであろう、と推定する。

 アカ新聞各紙社説を題材に、「国葬反対を唱える者」の「国葬反対理由」を抽出列挙し、粉砕する記事は、既に弊ブログにアップした。


安倍首相、国葬至当。反論惨。ー「安倍元首相国葬」決定に対するアカ新聞ども反論社説の悲惨さ。 | 日出づる処の御国を護り、外国までも率いん心 (ameblo.jp)

毎日の遠吠え―【毎日社説】安倍氏「国葬」を決定 なぜ国会説明しないのか | 日出づる処の御国を護り、外国までも率いん心 (ameblo.jp)

朝日も遠吠え-【朝日社説】臨時国会 首相は「国葬」の説明を | 日出づる処の御国を護り、外国までも率いん心 (ameblo.jp)
 今回は逆に、「安倍晋三元首相を、国葬で送るべき理由」を記事にしよう、と思う。

  • <注記>
  • (*1) ああ、「アリバイ作り」として、形式的に非難する声ぐらいは、ありそうではあるが。 


 

  • (1)三つの大きな理由

 私(ZERO)は、安倍元首相を国葬で送るべき理由として大きく三つある、と考えている。

 一つには勿論、①「安倍元首相の功績」である。大東亜戦争直後に国葬令が失効して以降、唯一の「元首相の国葬」である吉田茂の国葬は、正にこの理由で実施されたモノ、と承知している(*1)。
 「安倍元首相の功績」ってだけで、拒否反応とヒステリーを起こす「アベガー」とも呼ばれるヤツバラが相応に居ることは知っている。が、「国葬にふすべき功績」の成否については、後ほど論じることとしよう。
 二つには、②「弔問外交の場としての格付け」である。我が国は国葬令を廃止してしまったが、大抵の国には国葬令またはそれに準じる「国葬にふす基準」があり、国葬を実施できる。そんな「普通の国」から安倍元首相の「葬儀」を契機に来日した/来日する外国VIPが、その「葬儀」をどれ程重んじるか、の一つの基準は「国葬であるか、否か」であることは、一寸疑義の余地が無かろう。「普通の国」には「国葬がある」のだから。

 三つには、安倍元首相が戦後首相として初となってしまった「凶弾に倒れる」と言う死に方をしたことに対し、斯様な凶行を許さないという、国家の意思表示、即ち③「テロに対する国家としての強い決意」を示すため、である。
 朝日あたりは、政治的目的や組織的背景が(現時点では)「薄い」事を以て「テロではない」説を採っているようだが、屁理屈だ。有力政治家が政治活動中に銃撃されて死に至ったのである。それも、民主主義の根幹を成す選挙活動中に、だ。かかる凶行を「単なる犯罪であり、テロではない。」と片付けるのは、斯様な凶行を「推奨促進」するモノであり、「民主主義の敵」「テロリストのシンパ」と呼んでも、過言では無かろう。
 それでも、朝日のような民間会社が「民主主義の敵」や「テロリストのシンパ」であることは、「思想/信条の自由」の範疇ではある。が、国が、国家が、少なくとも民主主義体制を取る国家が、「民主主義の敵」や「テロリストのシンパ」であることは、許されない。それは、少なくとも「民主主義国家としての、自殺」である。

 言うまでも無かろうが、我が国は民主主義国家であり、民主主義体制である。それ故に、かかる凶行に対する国家としての強い意志を示すために、安倍元首相は国葬で送らねばならない、のである。

  • <注記>
  • (*1) 後述する②「弔問外交の場」という意味・意義も、無いではない、だろうが、①に比べると小さい、と思われる。 

 

  • (2)「安倍元首相を国葬で送るべき三つの理由」に対し、予想される「国葬反対論者」の批判と反論

 前項で述べた「安倍元首相を国葬で送る理由」に対し、朝日はじめとするアカ新聞や、立民はじめとするバカ野党等の「国葬反対論者」がどう批判するかを考察してみよう(*1)。

 先ず理由③「テロに対する国家の意思表示」については、先述の通り安倍元首相への襲撃は、犯罪であって、テロではないとする、朝日のとなえる「テロではない」論があるだろう。当該事件をテロではない「単なる犯罪」に矮小化することで、朝日などが憎悪して止まない安倍晋三元首相を貶めようという魂胆、と見える。
 だが、コレについては既に「反撃」している。前述の通り「有力政治家が政治活動中に銃撃されて死に至った」のであるから、その政治的影響は免れ様が無い。ましてや、再三繰り返す通り、選挙応援活動という、民主主義の根幹にも関わる政治活動の最中に、だ。コレを「テロではない」とするならば、「テロと認定できる事件」とは、政治団体ないし政治結社が明確に背後にある場合のみ、と言うことになる。其奴はまた随分と「ユニークなテロの定義」であろう。
 更には、捜査が始まって未だ1カ月かそこらであり、「背後に政治団体/政治結社が無い」と断定断言するのは早計に過ぎかねない事も、指摘せざるを得まい。即ち「朝日流の、ユニークな定義でのテロ」であっても、未だ「その可能性は否定し難い」のであり、国家としてはこれに対し「強い意志を表示表明する」ために、国葬にふするべきなのである。

 続いて、理由②「弔問外交の格式向上」については、弔問外交は、国葬で無くとも出来る。と言う「批判」が出来そうだ。何しろ国葬なんてのは、吉田茂以来。吉田茂の国葬は1963年だそうだから、その後の数多の「元首相葬儀」は全て「国葬ではない」し、それらが「弔問外交の場とはならなかった」訳では無いだろう。
 だが、コレも前述の通り、「普通の国」には「国葬が、ある」のであり、「良くある」国もある。近い所では先頃亡くなった歌姫・オリビア・ニュートン・ジョンさんも国葬にふされるそうである。世界的に活躍した著名人とは言え、政治家でも無い一民間人でも、国葬とする国がある、と言うことだ。
 我が国で皇族(*2)以外の国葬は、戦後には吉田茂だけであるが、「我が国にも、国葬はある」のだ。
 上述の国葬で無くとも、弔問外交は出来ると言うのは、一つのロジックではある。が、「国葬の方が、より良い弔問外交が出来る」という可能性は、相当にあるだろう。


 チョイと想像してみるが良い。安倍元首相を送る葬儀とは言え、「朝日新聞社葬」であったとしたら、一体誰が、どれ程のVIPが、諸外国から来日・訪日するだろうか、と。


 「朝日新聞社葬」は一寸「極端な例」ではあるが、「国葬」と「国葬ではない」との間には、相当相応な乖離・ギャップが「ある」と思うのが普通であり、その「乖離・ギャップ」は「機会としての弔問外交」にも「影響する」と考えるのが普通だろう。


 つまり、普通に考えれば「弔問外交のためにも、国葬とするのは意義がある」のである。


 況んや、今次の安倍元首相の訃報には、英国エリザベス女王やローマ法王はじめとする数多の国のVIPが弔意を表し、国を挙げて服喪した国まで複数ある(*3)。「”国葬”参列の問い合わせ」で外務省が天手古舞いしたとか言う話も(真偽の程は定かではないが)ある、と言う「国際状況下」で、「国葬にするな」ってヤツバラは、一体何を根拠に左様主張しているのやら。

 最後の理由①は、「意見の別れる所」であろう。何しろ戦後歴代首相の中で、安倍晋三元首相ほど「現役首相時代に叩きまくられた首相」も珍しい。私(ZERO)は「結構古手の日本人」であるが、「私の記憶のある範囲では、最も叩きまくられた首相」であり、コレに比肩出来そうなのは、(流石に私(ZERO)でも記憶は無い)吉田茂ぐらいだろう。


 「叩きまくられた」と言うことは、それだけ「批判があった」と言うことでもある。だから、「安倍元首相には、国葬に価する功績なぞ無い」どころか、「安倍元首相には功績なぞ無い!!!」と言うのが、恐らくは上記理由③に対する「国葬反対論者」の批判であろう。


 だが、安倍長期政権下で実現した、安保法、特定秘密保護法等の「法案審議時に非難囂々であった法律」を「安倍政権屈指の業績であり、偉業とさえ言える」と断じる私(ZERO)の様な意見もある。ある種の「経済学者」(何度か弊ブログでも取り上げている、浜矩子とか・・・)には未だに非難囂々の「アベノミクス」でも、我が国の雇用状況を劇的に改善したのも間違いようが無い(*4)。「日本の株価が上がった」のも事実で、コレを「経済指標としてどう評価するか。重視するか/軽視するか(*5)」には議論の余地はありそうだが、少なくとも「富裕層には朗報である株価の上昇を実現した」のは間違いようが無い。

 何を言いたいのかというと、「安倍元首相の毀誉褒貶は、人により、視点により、異なるであろう。」と言うことであり、再三安倍元首相を叩きまくったバカマスコミとアホ野党以外に、「安倍元首相を評価する者も、確かに居る。」と言うことである。


 而して、「国葬とするか否か」の判断に当たり、「安倍元首相の功績を評価判定する」のは、国/国家に他ならない、と言うことだ。国/国家として、「安倍元首相には、国葬に価する功績が、ある。」と判断/判定したならば、コレを覆せるような根拠/権限は、マスコミにも野党にも弁護士にも出版社にも、世論にも、国民にも、「基本的に無い」のであり、それこそ「左様な根拠/権限があるとするのは、法的根拠に欠ける」のである。


 況んや、国民投票でも住民投票でも無い、世論調査やアンケート如きで「世論」を語るなぞ、片腹痛い。また左様な「世論調査やアンケケート」如きで「国論が割れている」と断じ、国会で審議しろだの、甚だしきは「民意に従え」などと抜かすのは、最早「暴論」でしかない。

 無論、「告訴して裁判に持ち込む」なんてのは、論外中の論外である。事実、安倍元首相の国葬は、9月27日と、日時も場所も指定されて、諸外国に通達され、参加メンバーも固まりつつある。それに応じた相当の警備体制はじめとする準備も、だ。
 対して、裁判なんてのは、結審まで年単位もザラなのだから、こんな時点で「告訴して裁判に持ち込む」なんて、「単なる嫌がらせ」としても常軌を逸していよう。狂気の沙汰、である。

 諄いようだが繰り返すと、理由①「安倍元首相の功績」は、国が、国家が、「国葬に価する功績である。」と判定すれば必要十分であり、閣議決定を以て、それは既に示されている。コレは、吉田茂国葬の際にも為された実績であり、「閣議決定では、国葬を決めるに不十分である」という理論/主張は、半世紀以上も「時代遅れ(*6)(と言うより、「手遅れ」かな。)」である。
 
 吉田茂国葬に対し、反対し異を唱える者が「皆無であった」とは思わない。だが、吉田茂国葬後にその国葬に反対し異を唱える者は、有り体に言って「雲散霧消」してしまった。その残党なり亡霊なりが、今次の「安倍元首相国葬」に対しても「反対し、異を唱える」ならば未だ筋が通るが、半世紀以上前に吉田茂国葬という実績事実史実があるにも関わらずコレを放置して置いて、今次「安倍元首相国葬」には「反対し、異を唱える」のは、筋が通らない。
 
 「お前ら、ついこの間まで、我が国に於ける国葬について、隻言半句も発していなかったのに、なぁに今更反対してやぁがるンだぁ?」

  • <注記>
  • (*1) まあ、純粋な「思考実験」だな。今「安倍元首相国葬反対」を唱えている「アベガー」共には、左様な「建設的な議論」をしようという、気概も能力も無く、概念すら無い公算大である。 
  •  
  • (*2) も、戦後は随分減らされた。 
  •  
  • (*3) こう言うのは、「弔意の強制」として追及しないのかね?当然、追及するとして、追及相手は、誰? 
  • 日本国は安倍元首相の訃報を知らせただけで「弔意を強制」した訳がない。「服喪した外国の政府」は、「追及できそう」だが・・・やれるモノなら、やって見やがれ。 
  •  
  • (*4) 「ドル建ての賃金は、安倍政権下で大幅に下がった」って説があるのは、付記しておこう。
  •  ぶっちゃけ、私(ZERO)の賃金は「アベノミクス」下でも円建てでは相応に上昇しており、ドル換算したことはないので不明だが、特段「賃金が下がった」感覚は、無い。
  •  大体、民主党政権時代には「超絶円高を放置した」のだから、「ドル建ての賃金が高かった」のは当たり前で、あの頃別に「物価が安かった」覚えも全く無いぞ。 
  •  
  • (*5) 或いは・・・無視するか。 
  •  
  • (*6) 左様な「理屈」は、吉田茂国葬の際に捏ねるべきであった、のであるから。 
  •  

 

  • (3)安倍元首相国葬は、理の当然である。

 諄いようだが繰り返しておこう。

 ① 安倍元首相の、国が認めた功績 ② 弔問外交の場としての格式 ③ 安倍首相銃撃というテロに対する日本国としての意思表示 の三点からして、安倍元首相の国葬は当然である。

 あ、小林節とか言う憲法学者は、閣議決定で決めたのだから、国葬では無く、内閣葬だ。(*1)」って珍説を述べていたが・・・まあ、あの人は、安倍首相現役時代に安倍首相(当時)を国家反逆罪(*2)で告訴する!って息巻いて告訴しようとしたり、40年間も憲法を議論している(*3)と自称しながら改憲に注力するより自衛隊増強だ(*4)。ってのと「(自衛隊に代わる(*5)領土領空領海内限定専守防衛の第2警察(*6)を議論すべきだ(*7)。)ってのを同時に主張(*8)出来てしまう様な、「普通に考えれば気違い」だから、なぁ。
 

  • <注記>
  • (*1) ならば、「吉田茂国葬」も「内閣葬」なんだが。 
  •  
  • (*2) 何でも、森友文書問題で「文書改竄の圧力をかけた」のが「暴力に当たる」から、「国家反逆罪に当たる」とか言う、二重にも三重にぶっ飛んだロジックで。
  •  「現役・現職の首相を、その国に対する国家反逆罪に問う」だけでも、人類の歴史始まって以来じゃ無かろうかってレベルの、ぶっ飛び様だ。 
  •  
  • (*3) 40年間憲法を論じ続けて、このレベル、って事だ。 
  •  
  • (*4) この人はその「40年間の憲法議論」を通じて「憲法変えるな=自衛隊を憲法に明記するな。」と主張し続けていた、筈なので、この主張はある意味、「自らの40年間の憲法議論とやらを、全否定している。」と思うんだが.平気の平左、らしい。 
  •  
  • (*5) としか、思えないんだがな。 
  •  
  • (*6) 「第2自衛隊」ですらなく。 
  •  
  • (*7) 我が国が海洋国で貿易立国だって、概念すら無いらしい。憲法学者とは、気楽な稼業だな。 
  •  
  • (*8) 同じ記事の中で.流石に自ら書いた記事では無く、インタビュー記事だったようだが・・・この二つの主張をほぼ同時に出来てしまう「二重思考」は、驚嘆に値しよう。 


 

  • 無駄とは言わぬが、無理だろう【強く断言】。ー【東京社説】冤罪の根絶へ 再審法の見直しを急げ

 世の中には、「絶対に出来そうに無い事を、他者には”やれ”と命じる、傲岸不遜な者」が居る。「”やれ”と命じる相手」は、大抵政府か為政者。そりゃ政府や為政者は権力者だから、「やれること」は普通の人よりは多かろうが、それでも「出来ないこと」は当然ある。

 東京新聞が社説で唱えた原発を、太陽光や風力などの自然エネルギーで代替して、二酸化炭素排出量を減らせ。なんてのは、その典型例だ。原発も、太陽国や風力等の自然エネルギーも、発電に当たって二酸化炭素を出さないのだから、どちらをどんな割合でどう代用/代替しようが、二酸化炭素排出量には無関係。増えもしなけりゃ減りもしない。一寸考えれば、判ることだ。ま、考えない奴は考えないから、コロッと騙されるんだろうな。

 それを言うならば、脱原発と脱炭素の同時実現なんてのも、似たような「出来ないこと」なんだが・・・「政府/為政者に無理難題をふっかける」のは、「政権/為政者を批判するネタに困らないため」の布石かね?

 モリカケ桜の「出来損ないスキャンダル追及」から類推すると、「政府/為政者を批判するネタとするための、無理難題」って可能性は、高そうだな。

 で、下掲東京新聞社説が政府/為政者にふっかっける無理難題は、「冤罪根絶」である。

 

  • 【東京社説】冤罪の根絶へ 再審法の見直しを急げ

  • 冤罪の根絶へ 再審法の見直しを急げ

 

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/193010?rct=editorial

 

2022年8月1日 07時58分

 

 冤罪(えんざい)は国家の犯罪だ。近年「再審無罪」判決が相次ぐ一方、再審開始はいまだ容易に認められない「開かずの扉」でもある。問題の多い「再審法」を大幅に見直し、人権侵害を防がねばならない。

 

 再審法とは刑事訴訟法にある再審規定を指す。五百超の条文がある同法のうち、再審規定はわずか十九にとどまり、七十年以上も改正されていない。あまりに不十分な規定ゆえに、再審開始の大きな妨げになっている。

 

 例えば今年六月に鹿児島地裁が再審開始を認めなかった「大崎事件」。一九七九年、鹿児島県大崎町で男性の遺体が発見され、殺人罪などで服役した原口アヤ子さんが無実を訴えている事件である。

 

 過去に弁護側が証拠開示を求めても裁判所は門前払いにしたり、裁判所が開示を勧告しても検察側は応じなかったりした。再審法には証拠開示の定めがなく、裁判所の勧告があっても検察側に応じる義務がないためだ。

 

 仮に裁判所が再審を認めても検察側が「抗告」すれば、再審の裁判は開かないままとなる。

 

 担当する裁判官の「さじ加減」が働く余地が大きいことから、「再審格差」として問題視される。同時に、検察の権限が強過ぎることも意味する。

 

 通常の刑事裁判とは違い、裁判で最も大事な手続きの公正さが制度的に担保されていないともいえる。いくら無実を訴えても、「法」でなく、「人」の裁量で再審の扉の開閉が決まりかねない。

 

 全面的な証拠開示の制度化と、再審開始決定に対する検察による不服申し立ての禁止については、優先的に実現する必要がある。

 

 冤罪被害者は高齢に達していることも多く、速やかな救済は時間との勝負でもある。

 

 東京電力女性社員殺害事件や足利事件、東住吉事件、湖東病院事件=写真=など、相次ぐ「再審無罪」の判決は、無実にもかかわらず罪を背負い、服役する人々が今も存在することをうかがわせる。

 

 適正手続きの保障を最優先にして再審法を見直さない限り、忌むべき冤罪は根絶できない。速やかな検討を求める。

 

  • 所で、「冤罪の冤罪」は。どう防ぐんだね?

  「冤罪は、国家の犯罪」とは、少なくとも一面の真理ではあろう。「冤罪は、あってはならない」って主張も、異を唱えるのは難しそうではあり、「衆目の一致するところ」とも言えそうだ。

 だが、

1>  適正手続きの保障を最優先にして再審法を見直さない限り、忌むべき冤罪は根絶できない。

と言うのは、根源的に「明らかな間違い」である。断言する。何故ならば、冤罪の根絶」なんてのは、理想ではあるかも知れないが、決して、絶対に、実現しないだろうから、である。

 ある時点、ある法体制を以て、「冤罪は根絶した。」と、宣言することは出来るだろう。「再審法見直し」時点で左様な宣言を出すことも良かろうさ。だがそれは、先ず確実に、「宣言だけ」に止まり、自己満足と言うよりは、自己陶酔に近い。

 断言しよう。人が人である限り、人は神ではないのだから、「冤罪が無くなる」なんて事は、無い。従って、「冤罪の根絶」なんてのは、虚偽、絵空事だ。

 あ、人では無く、AI(人工知能)等の機械が判決を下せば、冤罪は無くなる」とか思うなよ。幾ら機械でもAIでも、人間の作ったモノに、完全無欠完璧無瑕疵なんて、あるものじゃぁ無い。ひょっとしたら「人間が判決を下すよりも、冤罪を減らせる」可能性はないでも無かろうが、それも随分先の話。当面の間は、「人間が判断するよりも、冤罪が多い」ことは、賭けても良いぐらいだ。

 左様、「冤罪を減らす」事ならば、可能だ。「再審法を見直して、再審になりやすくする。」と言う、上掲東京社説絶賛の方法は、「冤罪を減らす」一つの方法、ではあろう。

 だが、思い出すべきだな。「冤罪を減らす方法」は、同時に、「冤罪の冤罪を増やす方法」でもあることを。

 「冤罪の冤罪」って、意味はわかるよな。「冤罪だと判断され、無罪となりました。しかし実は真犯人で、罰せられるべき犯罪者が、無罪放免になってしまいました。」って状態。何しろ、裁判も再審も神ならぬ身の人が為すこと故、誤りはあって当然。無ければ奇蹟。なればこそ、冤罪もあるのだし、「冤罪の冤罪」も、当然ある。

 諄いようだが説明すると、「冤罪を減らす」方法、例えば「再審をやりやすくする」と言うことは、「冤罪と判定され、無罪放免される人が増える」と言うことだ。故に「冤罪の冤罪」も、当然増える。

 無論。現行の「厳しい再審法」の元で、「冤罪と判定され、無罪となった」人の中にも、「冤罪の冤罪であり、実は真犯人」という人も、居て当然。居なけりゃ奇蹟だ。
 
 冤罪は確かに「忌むべき国家としての犯罪:であろうさ。だが同時に「冤罪の冤罪」も「忌むべき国家としての犯罪」である。従って、世の多くの事象と同様に、「冤罪を減らす」というのも「バランスの問題」であり、「再審法の厳しさ」もまた、然り、なのである。

 所が、冤罪を根絶しろ」とか、素面で抜かせてしまうヤツバラには、そんな「バランス感覚」なんて、そもそも概念からして有していそうに無いから、実のある「再審法見直し議論」なんて、全く期待できないのである。

 試しに、上掲東京新聞社説を書いた記者に、訊ねてみたいモノだな。「再審法を見直して再審しやすくすることで、冤罪を減らそう、ッて主張は、判った。で、”冤罪の冤罪” は、どう防ぐんだね?」と。

  • 余りに単純な「経済政策の使命」ー【週刊朝日】【”安倍政治”の功と罪】浜矩子「安倍政権は経済政策の”使命”からかけ離れていた」

 浜矩子って人は、弊ブログでも何度か取り上げている。朝日とNHKのお気に入り「経済学者」で、安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」について、その当初の頃より「アホノミクス」と呼び、「必ず失敗する」と言い続けてきた・・・第2次安倍政権発足から数えると、その「アベノミクス」は約10年ほども続いており、この間ずっと浜矩子女史は「失敗する」と言い続けて来た。
 
 が、「"失敗する"と、言い続けて来た。」と言うことは、「未だアベノミクスは、衆目の一致する大失敗には至っていない。」と言うことであり、「衆目の一致する大失敗に至る前に、第2次安倍政権は最長期政権を終了し、更には安倍元首相が凶弾に倒れて幽明境を異にするに至っている。」のだから、少なくとも「アベノミクスという経済政策には、一定の評価が出来る」筈だと思うのだが、経済学者の浜矩子センセイには、左様には「見えない」らしい。

 と、言うか、後掲記事は、経済政策としてのアベノミクス評価と言うよりは、「アベノミクスの動機が問題」である、らしい。

 弊ブログの先行記事にて、「経済学的狂人」と断定した浜矩子センセイが、またぞろ「アベノミクス批判」をしたところで、大して実のある議論は期待しがたいが、「浜矩子センセイの頭の中がどうなっているか」には少々興味があり、下掲週刊朝日記事を読んでみた。
経済学的狂人ー【AERA】浜矩子「『経済安全保障』によって経済の円と安全保障の円が交わってしまう | 日出づる処の御国を護り、外国までも率いん心 (ameblo.jp)

(1)

 

【週刊朝日】【”安倍政治”の功と罪】浜矩子「安倍政権は経済政策の”使命”からかけ離れていた」

  • 【週刊朝日】【”安倍政治”の功と罪】浜矩子「安倍政権は経済政策の”使命”からかけ離れていた」

【“安倍政治”の功と罪】浜矩子「安倍政権は経済政策の“使命”からかけ離れていた」

 

 

https://dot.asahi.com/wa/2022080300014.html?page=1

 

安倍晋三

2022/08/04 07:00

 

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浜矩子さん/同志社大学大学院教授

浜矩子さん/同志社大学大学院教授

“安倍政治”の功と罪…。政治家としての評価が分かれる安倍晋三元首相について、同志社大学大学院教授の浜矩子さんに聞いた。

 

【写真】岸田文雄首相(左)と安倍晋三元首相はこちら

 

*  *  *

 

 

「国葬」を辞書で引けば「国家の大典として国費で行う葬儀」と定義されています。経済政策に関していえば、安倍氏が残したものは、この対応に値するとは思えません。

 

 経済政策の使命は次の二つ。(1)経済の均衡保持と(2)弱者救済です。(2)があるから(1)がある。なぜなら、経済の均衡が崩れると、最も深く傷つくのが弱者だからです。

 

 経済均衡がデフレ方向に崩れれば、賃金が下がり、たちまち弱者の生活は行き詰まってしまう。それが安倍政権下の状況でした。逆にインフレ方向に均衡が崩れれば、真っ先に物価が上がり、やはり弱者が困窮する。これが、安倍政権の流れをくむ岸田文雄政権における日本の現状なのです。

 

 かくして安倍政権の出現以来、経済政策はその使命を果たしてきませんでした。それは安倍氏が、経済政策を彼の政治的野望実現のための手段として扱ったからです。

 

 本人の言葉を借りれば「私の外交・安全保障政策は、アベノミクスと表裏一体であります」(2015年4月、米国笹川平和財団の講演)。これはいけない。「表裏一体」という言葉を使うなら、経済政策の二つの使命を指すべきです。経済政策が他の何かと表裏一体であってはいけません。

 

 しかも安倍氏の外交・安全保障政策の眼目は「戦後レジームからの脱却」にありました。戦後が嫌なら、戦前に戻るしかない。そこは大日本帝国の世界。つまり安倍氏は“21世紀版大日本帝国”の構築をもくろんでいたともいえます。彼の経済運営が目指したのは、新大日本帝国の大きく強い経済基盤づくりでした。

 

 だからこそ、彼は日本を「世界で一番企業が活躍しやすい国」に仕立て上げようとしました。「働き方改革」もそこにつながっていた。日本銀行を政府の子会社と位置づけ、財政資金の供給マシンと化すことを求めたのも、強く大きな経済基盤づくりのため。いずれも経済政策の本来の使命からあまりにもかけ離れていた。

 

「アベノミクスの継承」を確認した岸田政権において、この枠組みが大きく変わるとは思えません。重苦しい空気の中で、「国葬」に向かって時が刻まれていきます。(寄稿)

 

※週刊朝日  2022年8月12日号

 

  • 「富国強兵」を「経済政策の使命」としない「信仰心」

 矢っ張り浜矩子センセイは、「学者では無く宗教家」であり、「学者としては気違いのレベル」と言うべきだろう。

1> 経済政策が他の何かと表裏一体であってはいけません。

ってのは、先行記事「経済学的狂人」で取り上げた浜矩子センセイの経済の円と、安全保障の円は、別物であるべきで、交わってすらならない。」と言う「信仰」と相通じるモノがある。否、先行記事で認められた「信仰」そのものと同じぐらいに、現実離れしているな。

 大体、「経済政策の使命」とやらを、

2>  経済政策の使命は次の二つ。
3> (1)経済の均衡保持と(2)弱者救済です。
4> (2)があるから(1)がある。
5> なぜなら、経済の均衡が崩れると、最も深く傷つくのが弱者だからです。


として、実質「弱者救済」だけを「ほぼ唯一絶対の経済政策の使命」としているが、普通に考えれば「(3)経済振興」、更には「(3A)富国強兵」も、「経済政策の使命」の筈であろう。それが、全くと言って良いぐらいに、無視されている。

 「本当に、経済学者かよ?」という突っ込みは、「いや、宗教家だから。」と、返せそうである。つまりは「経済学」と銘打って、ある種の理想「弱者救済を至高の使命とする存在」と崇め奉っている、らしい。だから「経済政策の使命」も実質「弱者救済」のみとなり、「経済振興」なんて触れもしない。先行記事では「経済制裁も、戦略的意図を持っての貿易管理も、認めないし、「安全保障の手段としての経済」も認めなかった(*1)。今回の記事ではさらに「信仰のレベルが上がった」のか、弱者救済こそ経済政策の使命」と断定断言して憚らない。
 なるほど、「アベノミクスは失敗」なんだ、浜矩子センセイの「経済学」って宗教では。アベノミクスの使命は、基本的に「経済振興」だから、な。

 あ。だけどアベノミクスの成果には、「失業率低下」ってのがあるんだが、此って、「弱者救済」になってないのかな?「経済振興を動機にしているから不純」って事かぁ?そりゃぁどう考えても、学問でも政策でもないぞ。

 別に「浜矩子流経済学」って新興宗教があっても信じても良いけどさ。「経済学」って「学問面」だけは止めて欲しいモンだ。更に言えば「浜矩子流経済学」教ってのは、「反アベ教」とか「アベガー教」とかの、分派のような気もするぞ。
 
 あ、それでかぁ?AERA巻頭エッセイとは異なり、

6> 政治家として評価が分かれる安倍晋三元首相について、同志社大学大学院教授の浜矩子さんに聞いた。

として、「経済学者」って肩書きも出さなければ、「経済学的視点」とも、言わないのは。朝日ですら、浜矩子センセイを、「経済学者とは認めがたくなった。」と言うこと、ではないかな。
 

  • <注記>
  • (*1) なぁんと恐るべき事に、第2次大戦後間もなく人類は、「経済と安全保障を分離する」と「誓った」らしいのである。浜矩子センセイ世界では。
  • 【産経】喪失 課題 「外交力、一生忘れない」 杉山晋輔前駐米大使

 弊ブログを幾らかご覧になればわかろうが、私(ZERO)は安倍晋三元首相を基本的に支持しており、その功績も相当程度知っている、つもりだ・・・つもりだった。

 だが、下掲産経記事に記載された、G7会合での「安倍首相(当時)の、美事な外交手腕」については、知らなかった。時に2014.6。ロシアのクリミア併合直後の話、である。
 

  • 【産経】喪失 課題 「外交力、一生忘れない」 杉山晋輔前駐米大使

  • 2022/8/18 16:37

 

 

https://www.sankei.com/article/20220818-XOCBZLXI4ZLLDORLALI75ZVPH4/

 

有料会員記事

 

 

杉山晋輔・前駐米大使(酒巻俊介撮影)

 

 安倍晋三元首相の評価は国内で定まっていないようであるが、外交官として対外政策のお手伝いをした観点からだけは言えることがある。事実の問題として、国際社会であれだけ知名度があり、信頼され、存在感を示した人は稀有だ。

 

 「自由で開かれたインド太平洋」も日米豪印の「クアッド」も、もともとは安倍氏のアイデアだ。安倍氏なくしてこの話はなかった。構想力、発信力、外交力で非常に光った存在だった。

 

 私が「やっぱり安倍さんはすごい」と思ったのは2014年6月にベルギーの首都ブリュッセルで開かれたサミット(先進7カ国首脳会議)だった。その年3月にロシアがウクライナのクリミアを併合し、会議はウクライナ一色だった。

 

(以下有料記事)

  • かくて失われしモノの価値を思い。暗黒の彼岸に瞳巡らせば、地球の緑の丘々は、潤みて麗し。

 有料記事なので、ネタばらしは避けねばなるまいが、このG7席上の安倍首相(当時)は、美事に米国と欧州の橋渡しを為し、G7合意を実現して見せた、のである。

 「化け物だな!」ってのが、私(ZERO)がこの記事を読んでの第一声。第一印象は、今やその「化け物を、失った」喪失感、である。

 だが、それが痛手であればこそ。その「痛み」は、我らが安倍晋三元首相に「依存していた」証でもありその意志を継ぐべき証左、でもある。

 安倍元首相には改めてご冥福を祈るとともに、その継ぐべき遺志を、残された我らは、継がねばならない。

 ついでに書けば、この「化け物ぶり」もまた、国葬当然とする補強証拠である事を、指摘しておこう。