各都道府県のトラック協会(ト協)の政治団体や任意団体は、政治家へ約八千八百万円の寄付。その資金はは毎年、総額百八十億円前後の「運輸事業振興助成交付金」を都道府県から受けているからとの批判が出ている。


 『道路族と官僚が結託して交付金をトラック協会など天下り団体へ資金を流して,それを受け取ってなぜ悪い。』他でもしているところであり,なぜ自分らだけが叩かれなければならないと思っているだろう。


 税金の使い道を自分らが決めるんだから,自分らが使うのは当たり前といった昔ながらの考えが通用しなくなってきたこの頃と今までやってきたのに急にバッシングを受けるゆわれはない。という政治家や官僚のギャップを早く埋められないのか?


情報公開して都合の悪いことは隠す姿勢はいつまでも変わらないだろうが,情報公開できる政治家を選ぶべき時代なのかも知れない。  我々が政治家を選ぶ時代であって,政党にかかわらずに政策を見極められるような情報を発信できる政治家を選ぶべきである。

特別便を送付した約1030万人のうち、回答があったのは、3割強の約336万人にとどまった。このうち、記録の訂正手続きを取ったのは約167万人だった。半数以上は「訂正なし」と回答している。社保庁は、このうち相当数は、記録漏れに気付いていない可能性があると見ている。


何を元にチェックしたらいいのかをわからないままの年金記録・・・・あいまいな記憶を思い出しながら書類と照合しても中々難しい。


 記録が抜け落ちている期間については,第三者委員会なるものがあるが,どうしたら良いものか?途方に暮れる方々が多くいると思う。


 訂正なしの回答を出したら終わり・・・・・自己責任を問われるが官僚たちの責任は問われない。


 不思議な社会である。  空白の年金記録を眺めてもどうにもならないが,記録を回復した事例も公表せずにいるのも問題である。  いろいろヒントやきっかけもなければ記憶はよみがえらないのである。


  弱者をさらに追い詰める年金特別便となっているのが現状のようだ。



 出直したはずの高級料亭の不祥事発覚に、消費者の怒りが再燃した。7日、食べ残しを客に提供していたことが明らかになった船場吉兆の博多店と旧天神店(いずれも福岡市)。偽装表示が表面化した昨年10月以降も使い回しを続けていたといい、度重なる背信行為に、福岡県内の消費者からは「名門料亭を名乗る資格があるのか」と厳しい声が上がった。この問題を受け、福岡市は、博多店に報告書を提出するよう求めた。


さすがと言いたい。・・・・法をおかさず信用を落とす??


 さらにマスコミへ「食べ残し」ではなく「残された『お料理』としてほしい」と注文をつけて,火にガソリンを撒くような言動だと本人らは気づいていない。


 老舗ほどそうなのかも知れない。 今回の報道にギクッとしている経営者も数多くいるかも??


 これほど顧客目線から外れた経営者が成立つ訳は親の看板だけで自分らは何もしなくてもカネが入ったからだと思う。


 商売はなんとかしてお客の満足を勝ち取るために努力に努力を重ねる。

 その時が最良でおいしくいただける料理になるのかも知れない。


 親の七光りというだけでは・・・・まず失敗を覚悟しなければならないのかも知れない。




無駄と言われようが予定通り10年間に59兆円の道路を造る。


 これが道路族の本音で・・・・・もちろん一般財源化? そんなことは蜃気楼であり,実行するとは言っていない。で終わりだろうと思う。


 このため,自民党の鈴木政二、民主党の簗瀬進両参院国会対策委員長は7日夜、国会内で会談し、道路特定財源を2008年度以降も10年間維持する道路整備費財源特例法改正案を12日の参院本会議で採決する日程で合意,09年度から全額一般財源化する首相の新方針と改正案の整合性は図るはずがない。


 仮に一般財源化として閣議決定したとしても仮の話であり,いくらでも閣議決定はするが・・・・やらない。が本音である。


 道路の利害関係者が国民という定義であり,道路を利用している一般国民は国民と言わず,非国民というのであろう。


 それにしても福田内閣を利用するだけ利用して,2/3衆院再可決をしておき,福田内閣退陣や解散後は知らぬ存ぜぬに決め込むのが一番の狙いである。


 道路族を裏で仕切る真の悪者は役人集団です。自分達が死ぬまで居続ける天下り機構の確保は国がつぶれ様と絶対手放しません。


 医療や年金は厳しく・・・・・道路にやさしい国会は正念場を迎える。

中国主席が来日したことは,オリンピックなどさまざまな意味で良いことだと思うが,日本の国益のために福田首相は東シナ海のエネルギー問題,ギョーザ問題やらチベット問題などを議論して国民へ説明がなされるか注目されるところである。


 今回の『パンダに始まりオリンピックに終わる土下座外交』という予測もある。


 靖国参拝についても『相手が嫌がることをしない。』と福田首相は明言したが・・・・・日本のために犠牲になって死んだ国民へ参拝しないことが,本当にいいことなのか? 疑問である。


 福田首相に外交手腕があるというならば・・・・・日本の国益のために交渉能力を発揮してもらいたいというのが,国民の本音である。

 他人事のような外交をするのであれば・・・・・・次は中国の首相になればよろしいと思う。


 外交はいつの時代も難しいと思うが, 日本外交で首相が手弁当で北朝鮮へ向かい,自分たちの国民を取り戻そうと行動したのは小泉元首相だけだと思う。

 その外交手腕は中国や韓国に靖国参拝を批難されても国益のために行動したので国民誰もが小泉元首相を支持した。  自民党では本当に珍しい人物で支持率も高く,郵政解散という劇場型選挙も目新しい。


 しかるに同じ自民党の福田内閣は今度の中国主席にどう対峙していくのであろう。


 他人事のように外交するのであれば・・・・・森元首相と同じ運命をたどるような気がしてならない。




 戊辰戦争のうち会津戦争で新撰組3番組長斎藤一が,負けるとわかっていた会津において『今落城せんとするをみて志を捨て去、誠義にあらず』と言って,庄内に向う土方とともに行動せずに会津に残る覚悟を決めた文句である。


 斎藤一は会津で命を散らす覚悟だった。  会津城が降伏してもなお,戦い続け、会津藩士とともに城外で新政府軍への抵抗を続けた。容保が派遣した使者の説得を受け入れてやっと新政府軍に投降した。


 その後の斎藤一の人生が決まったのである。 降伏後は会津藩士とともに、越後高田で謹慎生活を送る。

その後,会津の人々ともに斗南藩(現下北半島)に移る。 


 旧藩士と家族1万7千人余りと移住したが、そこは火山灰土の風雪厳しい不毛の土地であった。


 斎藤は斗南藩大参事山川浩らの仲人で二度目の結婚をする。 この時も会津人に慕われその人々とともに生きる定めを背負っていたのか?

 新選組とともに斬り合いの人生を歩んだ斎藤にとって苦しく平穏な不毛の地での暮らしだったと思う。


 斗南藩を離れ東京へ移住。 斎藤にとって山川浩の影響を大きく受けている。


 斎藤自身,百姓にはなれなかったのであろう。 この時期,西郷隆盛を主とする西南戦争が勃発する。


 西南戦争は斎藤にとって会津戦争の仇を討つべく薩摩との戦いである。 斎藤一はこの頃旧会津藩主松平容保公から賜った『藤田五郎』姓を名乗っている。


 西南戦争では薩摩の旧氏族の白兵戦に苦しむ官軍に志願した斎藤は抜刀隊として活躍する。 新選組の3番組長だった斎藤は官軍となったことに皮肉を感じたであろう。

 西南戦争抜刀斬り込みの際、銃撃戦で負傷するがその天才的な剣技と指揮力で、薩摩兵を圧倒。大砲2門を奪取するなど、当時の新聞に報道されるほどの活躍した。


 その後,警察を退官し,生涯を閉じた墓は会津にある。 半生を会津に捧げ会津とともに生きた。


 負けるとわかっていても会津とともに戦う斎藤一 あっぱれ也。


 


 


 


 

 ゴールデンウィークの最中,見たいと思っていた『壬生義士伝』の4巻のDVDを見た。 日本アカデミー中井貴一の「壬生義士伝」は既に見ていたが,ナベケン主演のドラマの方が良かった。

 

 台詞がとてもいい。 自分のお国自慢を恥かしがらずに


 『南部盛岡は日の本一の美しい国にでござりやんす。西に岩手山、南には早池峰山。城下を流れる中津川は桜の馬場の下で北上川に合わさって、まさに、まさに絵に描いたような美しき国にござりやんす。』


 泣けるシーンは数々あって,その中でも八木源之丞の所で働くお美代との縁組を紹介されても

 『わたしは世の中が収まったなら,盛岡さ帰りてぇと思ってるのす。 雫石の在所は米どころだから,カカとワラシッコ達と力合わせて精一杯ウメェ米作りてぇと思ってのす。他には何の望みがねぇんです。』と好かれたお美代のことを断るシーンは良かった。


 迫力あるシーンは最終巻  有名な鳥羽伏見の戦い。

 吉村貫一郎がいつのまにか賊軍されてしまったことを知った。 しかしこの時,自分の死期を悟ったのであろう。 颯爽と鉄砲に刀で向ってく。


 「新選組隊士ぃ~、吉村貫一郎ぅ~徳川の殿軍をお勤めいた~す。一天万乗の天皇様に弓引くつもりはござらぬども,それがしは義のために戦ばせねばなり申さん、お相手いたぁーす!」


 久しぶりに良かった。 

 ただ,気になるのは新選組隊士 斎藤 一(役は左利きで竹中直人)のことである。

 大河ドラマ『新選組!』で斎藤 一の役をやった右利きのオダギリジョーが一番だと思う。(左利きかどうかは論争があるが,無口の役がとても似合う印象深い役柄である。)

 立法府で起草される法律の9割が官僚が作成した法律である。


 あわせ言葉に『十中八九(じっちゅうはっく)』とあるが・・・・法案のほとんどは国民支配のために「十中八九,官僚がやりやすいように、法律を作る」のが現実である。


 一方,立法府で本来仕事する国会議員は何をしているのであろう。

 ほんのたまに「議員立法」なるものがあるが,法律には疎いのか・・・能力がないのか? そのほとんどが官僚が作っている。


 法律というのはやっかいなものにできている。 


 いつの時代にも法度というのがあって,基本的に誰もが守るべき規則のことで,もちろん誰もがそれを読んで理解できるものである。


 今の法律は運用する行政がやりやすいように法律が作成され,そして国民にはわかりにくくできている。

 それは官僚や決める政治家だけが理解できて,カネヅルである国民へは理解させないためのものである。


 今の社会はインターネットやテーマをわかりやすく説明できるパワーポイントなど便利なツールが浸透した情報化社会である。


 法案をより簡単明快に法案を理解させることができる制度に立法府が改革改善をする努力をすべきである。


 法律は難しいではなく,国民誰もが理解できる法律にする社会こそ・・・・・現代の民主主義社会だと思う。


 官房長官発表が大本営発表のように国民を騙すことが多い。


 後期高齢者医療やガソリンの連休中の大幅値上げなどさまざまの課題を解決するどころか,ウソの連発である。

 今や政治家と官僚が疑われる社会であることを本人達に理解してもらうのが先決である。


 

 アメリカにもいい制度がある。高級官僚は、基本的に職業公務員以外の指名する猟官制度で、大統領の交代と共に入れ替わる。通常の職業公務員は課長クラスまでしか昇進しない。アメリカでは、官僚の社会的地位は日本などに比べると低い。


 いつも都合のいいことだけ,アメリカの真似する日本であるが,官僚制度だけはマネをしない。


 理由は簡単だ。 地位や賃金が低くなるからである。 


 国民の暮らしや医療,年金といったセーフティラインを整備するどころか自らの組織のために金ヅルを求めて働く官僚たち。


 「法律だから」という大義名分は官僚と政治家の談合によって決められ,その負担は金ヅル(国民)となる。 


 生かさず殺さずが裏文句で生きてる社会の大罪人は誰であろう。

 7月から社会保険未加入事業者に対する車両停止処分が適用されるなど、罰則が強化されることについて、運送事業者の間に不安が広がっている。


 「国は零細企業を完全に排除しようとしている」と、不安げに話している。


 年金の取締強化はわかるが・・・・もらえる年金はわずかである。 それだけは間違いない。 


 何のために年金保険料を納めるのか?? もらえないもののために頑張るバカが何処にいるのであろうか?


 何のための規制か? 目標とするところや自分達が将来貰える年金がいくらなのか? それを知らせないまま取り締まり強化だけが行われる。


 まさに時代は官僚のなすがまま・・・・政治家は官僚の代弁者となり,取り締まる側の論理で官僚だけが潤う。


 そんな将来のない制度に賛同する国民がいるところで・・・・規制や取締をして欲しい。


 弱者を痛めつけることで成立つならば規制緩和をしなければ良かったと思う。


 バカな政治と自分らだけの思惑で規制する官僚だけで社会が機能するなら,それをやればいい。


 いまだに国民が何もわからない馬鹿な金ヅルと思っている政治家と官僚がいることに驚きをかくせない国民もいるのである。