棱山泊 -40ページ目

交通事故、歩行者妨害・優先車妨害運転

数日前の事。午前中に自宅で作業していると、外でドスンという音がしました。出てみると、交通事故でした。家の前のT字路は、Tの時の下から来る道は、一時停止なのですが。一時停止したとしても、出てくる車が優先車を妨害する。そうやって、よく事故が起きる交差点なのです。でも、それは他人事でした。

 午後になって買い物に出かけたのですが、この交差点は、いつもの様に通ります。私は優先道路側から右折して、一時停止が有る道に入ろうとしています。しかし、右手に人影が。横断歩道を渡りそうなので、右折合図を出したまま停止していました。
 ところが、馬鹿な軽自動車が、歩行者妨害をして、一時停止の道を私の前で右折して行ってしまいました。歩行者妨害優先車妨害という2つの道路交通法違反運転です。ドライブレコーダーの残っていたので、動画にしました。

 

 

 

 

 近所の方が、しばらく前にも事故が有って怒鳴り声が聞こえたとか。「お前が優先車両を妨害したのだろうが」とか。皆さんも気を付けましょう。

青幡神社の大楠

先に紹介した「里小路の矢竹生垣通り」辺りの国道204号線を走ると、国道から大楠が見えます。伊万里界隈の最後を飾るのは、青幡神社の大楠です。


 境内から見た大楠です。丁度、国道を向いて撮影しています。境内の向こう専用駐車場があり、その先は国道です。
 この樹形を見て、川古の大楠を思い出しました。川古の大楠は、日本の巨樹第3位タイの大きさなのですが、樹形がそっくりです。2019年に見に行ったのですが、比較の為に、記事へのリンクを末尾に紹介しておきます。
 唐津市は、樹齢500年を遥かに超えると紹介しているのですが。面白いことが。手前に見える白い案内板には、「樹齢 00年」と100の桁が空欄です。その左に小さな説明板があり、そこには、500年とだけ。更に、楠の左に、古い石柱が置いてあるのですが、そこには850年と書いてありました。


 青幡神社の入口から撮った写真です。
 青幡神社は、松浦党の源直(みなもとのなおす)が久安年間(1145~50)に、東山代町の里に政庁を置き、その鎮守として創建したと伝えられる古社と伊万里市の解説。ここですね。850年前に建てられた神社と同時期に植えられたのかもしれませんね。
 市の説明で、変な解説がありました。「(クスノキの説明の後)楠はクスノキの別称です」と。wiki「クスノキ」を見ると「別名クス」との説明。楠の漢字としては、音読み「くすのき」、訓読み「なん」で、「くす」という読みは無い様子。楠を「くす」と読むと勘違いしているのかな。


 川古の大楠は、神聖さは無いけど綺麗だと評しました。しかし、ここの大楠には、綺麗さだけでなく、神聖さも感じる雰囲気がありました。
 川古の大楠は、幹周り21mで日本の巨樹第3位タイ。ここの楠は、幹周り11.4mで日本の巨樹の50位にも届いていないのです。でも、市の説明では、根回りが説明されていました。根っこの部分の太さですね。根回り約27.7mだそうです。そう言えば、川古の大楠の根の部分も太くなっていましたが、それより大きいかもしれませんね。日本の巨樹の基準では、根本から1.3mの高さで測定するというので致し方はありませんね。伊万里界隈はおわり。。。

 おっとっと、川古の大楠の記事を紹介しておきます。
川古の大楠

荒熊稲荷神社 弁財天

竹の古城公園から伊万里湾に降りてくると、興味深い神社があります。その一つは、「荒熊稲荷神社」です。博多ラーメン「竹林」からもう少し北に進むとあります。



 街中の平地にあり、そんなに大きな神社ではありません。ネットでは、旧唐津城主小笠原家の守護神と紹介されています。境内の案内で、肥前の七福神の解説があり、この神社は弁財天だとか。七福神の中で、唯一の女神様との説明はあるのですが。この神社に取って、七福神がどう関わるのかは、解説が見つかりませんでした。
 明治期に建てられて、比較的に新しい神社と紹介されています。



 この神社の特徴は、千本鳥居が有る所。1つ目の千本鳥居です。この神社には多くの境内社があると解説されているのですが。ここは、本社の荒熊稲荷神社に続く鳥居なのでしょうか。



 もう一つの千本鳥居です。金毘羅大権現、岩倉稲荷神社、西宮恵比寿社と書いてあります。その他、祐徳稲荷社、太宰府天満宮も有るとか。
 周りに有る駐車場は広いのですが、境内そのものはそんなに広くありません。そこに、これだけの千本鳥居が並んでいると何だか楽しい。



 2つの千本鳥居の間に鎮座するのが、不動明王。先日、水天宮と藤棚を紹介した西光寺にも、同じくらい大きな不動明王が立っていますが。こちらは、お連れ様が大勢ですね。
 因みに、ここが弁財天に対して、西光寺は、寿老神と紹介されていました。同じ様に関わりは分かりませんが。続く。。。

博多ラーメン「竹林」で昼食

伊万里界隈は、まだ続くのですが。里小路の矢竹生垣通り、竹の古城公園を見終わって、11時半頃。先日、「河伯のミイラ」を見に来た時に、行列を作っているラーメン店がありました。少し早い時間なら、空いているかなと。国道204号線沿いの博多ラーメン「竹林」で昼食を頂きました。



 私が食べたのは、もやしラーメン半チャーハン。実は、ラーメンは食べ始めてから気付いて撮った写真です。もやしは、いつもの様に家族と分けたので、もっと大盛りでした。
 食べ始めてすぐ撮ったので、具材は分かっていませんでした。割と大きいチャーシューが少し崩れて2枚くらい入っていました。キクラゲは、たっぷり。私は嫌いなのですが、博多ラーメンを頂く時は、我慢。普通のラーメンを頼んだ家族に比べると、ネギがかなり少な目でした。必要でも無いのですが、ちょっと不思議。

 ここの特徴は、ラーメンどんぶりの小ささ。届いたラーメンを自分で取ろうとしたら店員が、熱いので手を出さないでと言ったのですが。どんぶりが熱いというより、どんぶりが小さいので、盛り過ぎ状態でした。まあ、中身が多い少ないという訳では無いのですが。

 味は、こってり博多ラーメンらしく、油がたっぷりという感じで、私にとっては少し重すぎ。チャーハンも有ったせいか、食後に塩っぱさの残り、喉が乾きました。食べている間は、美味しさに紛れて、塩っぱさが分からなかったという感じかな。
 チャーハンは、見た目はともかく、中華チャーハンらしい美味しさでした。近くの客が、半チャーハンで無いチャーハンを頼んでいたのですが。半端なく大きかったです。倍くらいの皿に盛ってあったので、多分、4倍くらい。たっぷり食べたい方にはお勧めかも。



 場所は、伊万里中心部に近い所から国道204号線を北に4.5km程度進んだ所。左折すると竹の古城公園に登る交差点を過ぎて、しばらく走ったところの左側です。
 店内には、「注文前にはトイレ禁止」とか店主の思いが詰まった指示書が張り紙されていました。楽しいラーメン店だと思います。
 早目に行ったので、すぐ座れたのですが。間もなく、客が増えて、食べ終わった頃には、待ち客が行列を作っていました。行列ができるお店で、味も美味しいです。あっさり目が好きな私には少し重かったですが。

 入店すると、まず、券売機で選んで買ってくださいと言われます。ラーメンが来るとチケットは回収されたので、価格は、分かりません。普通の価格だったと思います。
 国道を通る時に見かけて入ったお店だったのですが、帰宅後に少し調べました。本店は有田。福岡市の大橋店と合わせて、3店舗のチェーン店で、ここは伊万里店でした。続く。。。

 投稿作業で最後に内容を確認していて大発見。このラーメン店の住所は、「山代町楠久津177番地」と出ていたのですが。投稿時に確認すると「山代町117番地」となっていました。Googleマップで近くの施設を確認すると、両方の表示が混在している。面白い地域ですね。まあ、Googleマップがいい加減なだけかもしれませんが。

白蛇山岩陰遺跡 - 伊万里市

里小路の矢竹生垣通りから竹の古城公園に向かう途中に「白蛇山岩陰遺跡まで1,300m」の案内が出ていました。元々は、行くつもりでも無かったのですが。自宅近くに「世界最古の土器遺跡である泉福寺洞穴」があるので、ちょっと比較したいと寄ってみました。



 ここは、泉福寺洞穴と違って、かなり装飾が施されていました。調べると、泉福寺洞穴と同じ時期、旧石器時代末期から縄文時代までの遺跡だと分かりました。泉福寺洞穴との違いは、中世の山岳寺院跡で、密教修験の道場だったということ。中世に手が入った遺跡という点が大きく違っているのですね。
 泉福寺洞穴と同時期というので、違いを説明しておきますね。どちらも、旧石器時代の石器がでて、縄文時代の土器もでているのですが。泉福寺洞穴では、土器で一番古いとされる豆粒文土器が出土している点が違います。出土した土器の年代が、泉福寺洞穴の方が古いという意味です。因みに、泉福寺洞穴は、約16,000年前の土器遺跡で世界最古と言われています。ここの遺跡は、約12,000年前とのことでした。
 まあ、ここが岩陰遺跡に対して、泉福寺は、洞穴、または洞窟と呼ばれている点も違いますが、見た目ではあまり変わりません。

 場所は、矢竹生垣通りから竹の古城公園に登る道の途中から1.3kmとは説明した通りなのですが。途中の道は、かなり険しい。大きめの普通車が道いっぱい。だから、すれ違いの為の空き地が所々に設置されていました。
 そして、白蛇山岩陰遺跡の入口に到着。ここにきて、泉福寺洞穴との一番の違いを見つけました。泉福寺洞穴は、専用の駐車場は無いのですが。ここは、車が2台程止まる空き地がありました
 私の自宅は、泉福寺洞穴の入口の有るので、度々、駐車場は無いかと聞かれます。そうなのです。泉福寺洞穴には、専用どころか、空き地も無いのです。



 車を止めたところから、白蛇山岩陰遺跡の入口を見た所です。ご覧の通りに、ここから山道を通って100mのところでした。



 これ以上の説明は無いので、途中の写真を掲載します。最初のが帰り道に途中に有った巨木が並んだシーン。巨木は話題でないのですが。険しい山道の写真です。
 最後が白蛇山岩陰遺跡に到着してすぐの写真です。確認はしていないのですが、この左手は、山を降りて間もなく畑という感じでした。

 泉福寺洞穴に関しては、2023年6月1日に「ウグイスが囀る泉福寺洞穴」と題して、動画を投稿しています。興味が有る方は、ご覧ください。続く。。。

里小路の矢竹生垣通り

伊万里まで来たついでに、寄ってみることにしました。国道204号線を竹の古城公園に登る道に入る手前から裏道に入ると狭い道でした。ネットでは、「里小路の小笹生垣」とも紹介されています。
 竹の古城公園と同じ東山代町は、伊万里湾海岸まで伸びているのですが。その東山城町の海の近くに有るのが、東山代町里です。その里に有る小路の生け垣となります。



 正面に見える山の山頂部分に竹の古城公園があります。竹の古城公園の記事で、大きなヘアピンカーブを登ったと説明しましたが、急峻な坂道ということが分かると思います。
 丁度、お手入れしている方がいらしたので、少しお話をさせて頂きました。なんでも、この小路に住む方々は、長老の方々から、細かな指摘を受けながら手入れをされているとか。煩いという所もあるのでしょうが。そうやって、景観が維持できているのですね。



 1枚目の写真から振り返った写真です。前後に生け垣が続いています。先に見える大屋根は、尊光寺というお寺です。
 この里小路は、豊臣秀吉の時代に、武家屋敷が並ぶ町に整備されたとか。今は、屋敷は無くなったのですが、この矢竹生け垣が後世に守られているということだそうです。「新さ百景」、「佐賀県遺産」などに認定されているとか。



 矢竹生け垣を少しアップにしてみました。この生け垣を作っている植物が矢竹という竹の一種ですね。Wikiによると「やだけ」と読むらしい。弓矢の矢の材料になる事から、矢竹と言われているとか。パソコンの漢字変換だと、「やたけ」でしか変換できませんが。
 面白いのは、分類上の話。矢竹は、イネ科、タケ亜科に属するのですが。タケ亜科の中に、竹、笹、矢竹が含まれます。竹は、稈(茎)の成長と共にそれを包む葉鞘(竹皮)が脱落してしまうそうです。脱落しないのが笹となります。
 そして、矢竹は、脱落しないので、分類上は大型の笹になるのだけでれども。矢になる竹の芯があるので、竹と呼ばれといるのかな。詳しい解説は載っていませんでした。つづく。。。

竹の古城公園のツツジ

街中を見てもツツジの花が咲き始めています。しばらく前に伊万里市の山の上の「竹の古城公園」がツツジの名勝というので、行ってみることにしました。



 佐賀県道5号線から見た竹の古城公園の風景です。しかし、残念ながら、ここのツツジは、まだ咲き始めたばかりの様子でした。帰宅して確認すると、この場所で標高350m程度。佐世保市観光地の弓張岳山頂と同じ程度の高さです。なるほど、花の時期は、少し遅くなるのでしょう。



 折角なので、少し咲いている所も紹介致します。
 入口を入ってまもなくの場所です。高い木々に囲まれて、がありました。竹の古場公園は、ツツジで有名ですが。ネットで検索すると、標高400mの山頂からの風景ツツジの事ばかりが紹介されています。この祠に関しての情報は載っていませんでした。



 竹の古城公園の山頂の風景が期待できないので登りませんでした。この写真がその証拠です。黄砂で遠景の視界は殆ど有りませんでした。
 竹の古城公園には、伊万里湾に面した国道204号線から、佐賀県道5号線を登るのですが。大きなヘアピンカープを登ります。登り上がった辺りから伊万里湾を眺めた写真です。いつもの様に、コントラストを上げた処理をしているのですが、ご覧の通りです。

 竹の古城公園を通り過ぎた先の交差点に、文殊菩薩はこちらの看板が立っています。文殊原山に有る石碑で「文殊さん」と親しまれているとか。
 案内に従って、進んでみたのですが、竹ノ古場牧場に付いた所で、赤い字で「立入禁止」の看板が立っていました。消毒剤が撒かれる様なシャワーのゲートの前です。致し方なく断念して、次に向かったのですが。
 帰宅してから調べると、昼間は、通過が可能で、この先にあるそうです。でも、立入禁止と書かれて、誰も居ない牧場を通過するとは、難解なところですね。

 写真撮影は、4月19日でした。でも、その後、雨模様なので、まだまだかな?続く。。。

藤山神社の藤の花

佐世保市の柚木界隈を楽しんだ!の第3弾です。今年も藤山神社に行ってきました。


 藤山神社の横の道は、少し登り坂。そこからの眺めです。背景の巨木は、「オガタマの木」です。600年前の遷宮で残されたと説明されているので、樹齢は600年以上らしい。
 そして、その手前が県の天然記念物に指定されている「大ふじ」です。近付くと、まだ満開ではありませんでしたが。今年も紫のカーテンとなっています。


 境内の奥には、「紅白フジ」が綺麗に咲いていました。右側の赤いフジは、まだ満開という感じできないので、白フジを中心に撮影しました。4年前に紹介した時に比べると、地面まで垂れ下がった白フジがなお綺麗です。


 4年前に「紫のカーテン」と紹介した感じなのですが。今回は、どちらかというと「藤の花のアップ」の写真です。先の方がまだ蕾です。これから満開を迎えるという時期でしょう。

 3年前の記事で、鮮やかな藤山神社の写真がツイッターに掲載されていたと説明しています。「2021年4月15日の記事」です。参考にリンクをセットしました。ご参考まで。
 その時に、鮮やか過ぎるは、画像処理がうまいだけと評していました。今回は、少し色味をつけてみました。あまり派手には加工していませんが。雰囲気で出ていると感じられますか?

 4年前から紹介しているのですが、その頃は、柚木町と紹介していました。藤山神社は、正しくは、小舟町です。地区として、柚木地区となります。昔は、柚木村で独立した市町村の村でした。
 柚木町を中心に、元柚木町、上柚木町、そして接するように小舟町があります。山の手に、潜木町、高花町と続くのですが、柚木村がどこまでだったかまでは調べていません。柚木界隈の話は、おしまい!

柚木ふれあいの森公園の八重桜

佐世保市の柚木界隈を楽しんだ!の第2弾です。八重桜で有名な柚木ふれあいの森に行ってみました。


 柚木ふれあいの森は、柚木町の中心部から登山路。数えると11箇所のヘアピンカーブを上ってたどり着きます。着いた先は野球場も有る運動公園なのですが、駐車場から、南側の斜面に多数の八重桜がいっぱい咲いています。左側が運動公園となっています。


 斜面を上って振り返った風景です。画面中央右側が佐世保最高峰の国見山です。左側が小塚岳、右側に八天岳があります。近いので、一番高く見えるかもしれません。それぞれ、佐世保で、第1位、第5位、第2位の標高を誇っています。まあ、佐世保で一番高い地域を望んでいるという感じでしょうか。
 丁度、黄砂が強い日で霞んでしました。画像処理でコントラストを上げてもこんな感じですね。テレビで大村湾パーキングエリアがリニューアルオープンのニュースが流れていました。大村湾を望んで、対岸の西彼半島が見えるはずなのですが、霞んで、まるで東シナ海を望んでいるような映像だったのが、印象的でした。


 登り坂の途中の写真です。登り坂では、ツツジも満開でした。両方が同時に見れるのは、タイミングの問題です。今年は、両方を同時に楽しめました。柚木界隈は、まだ続きます。。。

西光寺の水天宮と藤棚

佐世保市の柚木界隈を楽しんだ!の第1弾です。
 国道498号線を私が住む大野地区から伊万里方面に進み、国見峠に登り始めた辺りに有るお寺が「西光寺」です。おおむら桜が長崎県天然記念物に指定されているのですが、流石に、桜は終盤で話題ではありません。


 お寺の西側に水天宮が有る池とその横の参道藤棚があります。毎年、訪れるのですが、ここのノダフジは、あまり元気はありません。でも、今年は、結構、紫色に輝いていました。これから、もっと咲くかな。
 ここの藤棚は、「西光寺のノダフジ」として佐世保市指定の天然記念物に指定されています。朽ちたように見える大幹は、幹周り2m程度はあると思います。樹高も10m以上なのですが。その朽ちたように見える大幹のせいか、樹勢は、なかなか難しいとか。
 ここの池は、昨年頃に改修されて、結構綺麗になっていました。


 池の北側に不思議なものがありました。両側の壁は、反対側から見ても同様な、単なる壁です。正面にこんもりした小山の正面に大きな石が祀ってあります。
 何かの表示はあるかと思って近付いたのですが、特に説明はありませんでした。ホームページで検索しても情報はありません。でも、なんとも厳かな風景ですよね。


 で、裏側を見ると自然の山では無さそうですね。蔵に土を盛って作ったのか。小山に穴を掘って蔵を作ったのか。御神体が祀ってあるのか。不思議な場所でした。・・・ここまで。続く...