天守閣建て替えのニュースを聞いた時、百パーセント冗談でしょ、と思った。
同時に、大津通り(松坂屋本店の西)の中央分離帯を(歩行者天国の邪魔になるので)取っ払う、という案も飛び出したからである。
完全に狂っている、名古屋の未来が危ないと確信した。
現在、揉めている“木造天守にエレベーターを設置しない”方針は私には初めから分っていたことで、外に張り出した非常階段も作るつもりはないだろう、と読んでいる。
何故なら、あの人の気分はほとんど“七代藩主徳川宗春”であり、“お城にエレベーターなんてとんでもない”のココロなのだ。
つまり、チャンバラごっこの延長である。
子供の頃、整備される前の“徳川園”は地域の子供たちのチャンバラごっこのメッカであった。
あの頃のガキは天守閣のトップに立ち天下平定感覚に浸るのが夢だった。
あの人も例外でないことは想像に難くない。
元号「令和」の出典が中国「晋」王朝の「安」帝の時代の『文選』という書物にある張衡の「帰田賦」であることが公にされ、『万葉集』も「大宰府」もただの舞台装置だったと判明したのですが、ドサクサ紛れに「万葉・大宰府」ブームは始まりました。
今まで、せいぜい菅原道真まででしたので、さらに時代が遡るのはめでたいことです。
国民が関心を持って、勉強を続けて行けば九州王朝倭国に必ず辿り着きます。
現在は「壬申の乱」の続編の真っ只中のようなもので、半島系の勢力と純粋な倭国勢力が水面下の戦いを続けているのではないか、と想像します。
今上陛下ご夫妻の雰囲気がとても“倭国っぽい”ことが気に入らない者たちの存在が感じ取れます。
国民の大半は自分のDNA的所属には無関心なのですが、邪馬台国近畿説が大好きな者は半島系か?なんて考えるのはイケマセン。
Net上では色々裏読み合戦の最中ですが、真実はどうなんでしょうね?
英国のBBCが「令和」を「Order and Harmony」と英訳しているが、英語で表現するとより増しにNWOぽくなる。
魔術結社の名称も「order」が付くものがよくある。
「黄金の夜明け団=The Hermetic Order of the Golden Dawn」など。
https://www.j-cast.com/2019/04/01354085.html
考案者は「当面」非公表らしいが、万葉集が九州王朝の歌集であることを知っている人だと思う。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019031800835&g=pol
● 藤原直哉 @naoyafujiwara 3 時間3 時間前
元号を決める臨時閣議の時の連中の顔が実に苦渋に満ちている。
天皇と安倍の戦いは天皇の完勝だったのだろう。
令和の大洗濯でみんなきれいに流されちゃうと思う。
「臨時閣議」始まる 新たな元号決定へ
http://www.rab.co.jp/news/news162128222.html
返信先: @koichi_kawakamiさん、@nasukoBさん
晋三騙した考案者はすごい。現政権の悪政状態を和暦に残した。
令和とは、腐敗した安倍政権が倒れ、自民党政権が倒れることを祈ってつけられた和暦。
https://twitter.com/pall336/status/1112629704127733762
張衡の「帰田賦」の一節
「於是仲春令月 時和氣清」
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1904/01/news129.html
張衡は【安帝】・順帝に仕え、順帝の時代の腐敗した【宦官政治】に我慢できず、朝廷を辞し、河北に去った。
その時に詠んだ句。
令和とは、腐敗した安倍政権が倒れ、自民党政権が倒れることを祈ってつけられた和暦。
● baum252 @baum252 13 時間13 時間前
安晋で皮肉ったのか「張衡の『帰田賦』は、中国の「晋」王朝の「安」帝の時代の作品。 内容は、「宦官の専横で政治が腐敗しており、都暮らしに疲れたので、田舎に帰る」みたいな内容。この初出まで知っていて、あえて「令和」を「万葉集」というパッケージで提出したのなら、提案者は凄いと思う。」
● sparrow 鳥雀繞舎鳴 @ryozanpaku007 6 時間6 時間前
返信先: @ryozanpaku007さん、@syouwaoyajiさん
古典の専門家が選定?
『「令和」は『万葉集』の引用というより、中国の『文選』張衡の「帰田賦」からの孫引き。反知性主義の政権らしい。
「仲春の令月、時和し気清らかなり」暗愚な安帝に召され、腐敗した政治に嫌気がさして、田舎に帰るという内容。
安倍政権にぴったりの選択でした!高野敦志氏』
この一連の流れが本当だったら、世の中には凄い人がいるものだと感心、関心・・・・
建て替え事業はいつも“地震災害というショックドクトリン”が利用される。
阪神淡路の後、母校(一中以来の校舎)の建て替え反対運動の先頭に立ったあの人なら分りそうなものだ。
コンクリート天守閣とはいえ、戦後の何もない時代、市民が協力して建てた文化遺産なのだが、それをあっさり壊すのに何の躊躇いも感じないのだから、校舎建て替え反対運動のリーダーのやっていたあの人の振舞いは明らかにダブル・スタンダードである。
以下 愛知一中校舎建替反対運動顛末異聞 地域外人 不要読
もっとも、あの校舎建て替え事業はアンチ・一中派による伝統潰しと、セントレア中部空港の埋め立てに使う土留め用のコンクリート塊が急いで必要だった、という裏話は表沙汰にはならなかったが・・・
話のついでに言うと、古い校舎は消え、「一中落ちた」と公言していた あの政治家の恨みは消えたかに見えたが、新校舎になってからの旭丘高校の躍進(医学部に何人等、進学競争データはあまり意味がない)には目を見張るものがあり、もはや入試制度の変更は通用しないご時世、という皮肉な結果になった。
もう一つの変化は、建て替えより前の出来事だが、志望校に入(はい)れる確率が半分になってしまう学校群制度を嫌った旭丘OGたちは息子をライバル私学校に向かわせたのである。
入試制度改革の張本人が自分の息子をその私学校に入れたことを彼女たちはしっかり見ていたのだ。
さすが、名古屋嬢である。
今ではその私学校の校風は旭丘と似たものになっている。
制度をいじると、世の中が変わるという事例である。
東大関係者にとっては辛いニュースですね。
言い分はいっぱいあることでしょう。
気持ちも分かります。
新設医大の1回生の合格発表の時の逆襲のようでもあります。
マスコミは黙っていますが、我が国の勢いは亡国政策のお陰でガタガタ。
その影響なのか最近の風潮として、難関大学のランク付けで 国公立大・有名私学医学部 = 東大(医学部を除く) という扱いがしばらく続いているようです。
とすれば、東大医学部が最高峰に格付けられることに気付かずに、ボーっと暮らしていて、チコちゃんに叱られる、ということになったのでしょうか。
高偏差値の生徒諸君の医学部ラッシュの気持ちも分らないわけではありませんが、もったいないですね。
医者であることの負の側面(本当に好きなことが出来ない、etc)が語られることは殆どないので、受験生はそこのところをしっかり考えて進路は考えましょう。
医療以外の産業がもっと元気でないと、世の中全体が元気にならない、と言いたいのです。
ある新聞の大見出しです。
内容的には「トランプ陣営(の)共謀認めず」だとは思うのですが、「トランプ陣営(は)共謀認めず」と読む人がいるかもしれません。
“主語+述語”ですからね。
“新幹線に人が轢かれた”(自殺)と言うべき所を“新幹線が人を轢いた”と表現する新聞ですから小見出し、本文もしっかり読みましょう。
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https://jp.sputniknews.com/us/201903276078327/
「法隆寺移築説」に始まる米田建築史学に、今ひとつ馴染めないという人たちのために関連動画をUPしました。
先ずは米田良三氏の名前が出てくる動画です。
三十三間堂について触れているのがいいですね。
観世音寺の礎石群に京都の三十三間堂が乗っかることが証明されないように、1975年頃、礎石は並べ替えられています。九州王朝の存在を知られては困る奴らの仕業です。
https://www.youtube.com/watch?v=_5ZdCTgahOw
そのほかの見所
https://www.youtube.com/watch?v=iPUHBDEaopI
太宰府で観光ガイドする子供達が凄すぎる!
2018/09/19 に公開
太宰府で観光ガイドをしているのは10才と11才の少年少女。
生粋の福岡っ子な2人が太宰府天満宮の歴史からオススメのお土産まで、スラスラと英語で説明する様子に外国人観光客もびっくり!
https://www.youtube.com/watch?v=FZ2GUoPBxXE
2014/04/27 に公開
九州国立博物館に於ける講演
「太宰府は日本の首都だった 」でおなじみの内倉武久による「九州倭国政権の存在から見た考古学上の重要遺跡」
https://www.youtube.com/watch?v=YnYt_FOT7NI

2015年以来、色々書いてきたつもりですが、「米田建築史学」に関するものが圧倒的に多いですね。
これらの文章を整理し、コラムとして『続 法隆寺は移築された』に“書き込み”しました。
米田氏の生前、私が初心者用に分かりやすく「米田史学」を纏める話が出たことがありますが、畑違いの私では恐れ多い話であり、そのままになっていました。
結果として米田氏の原文はそのままにし、読者代表の私が茶々を入れるという体裁になり『続 法隆寺は移築された YONEDA′S 建築史学入門』が出来上がりました。
今後は反応が熱い九州方面に重点を置き、全国的には若い人たちに米田説を広めたいと思います。
熟年は頭がカチカチで読もうという気配すらなく、学校歴史教育のパワーを思い知らされます。