福岡は市長も知事も“近江”の元祖が
自分たちの所であることを理解しなさい。
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米田史学を ひとまとめにすると182頁の上段のようになる。
読みやすいように抜粋掲載
500年代の終わり(法興帝の時代)、倭国の連邦の一つで東北に在る「日の本」の名称を譲り受け、倭国は「日本」を名乗る。
その後、白村江の敗戦、唐による日本占領、大和朝廷の「日本(倭)国」乗っ取り、と続き、乗っ取った側の大和朝廷が「日本」と成りすます。
この成りすましは世界に類を見ない徹底して醜いものであった。
建築、文学、絵画、彫刻、地名、人材等、九州から近畿に移動・改竄し、「倭国」の全てを消去し、悠久の大和を演出し、現在に至っている。
これでは「日本」の国号の成り立ちの真相は恥ずかしくて歴史教科書に載せることは出来ない。
倭国の終わりの70年間弱の「日本」と大和朝廷が盗んだ「日本」を区別するために、米田良三氏は前者を「日本(倭)国」と表記するように提案した。
我々は太古の昔から何も知らないまま過ごす、乗っ取り王朝の住人なのだ。
「米田建築史学」とは、消された倭国を復元するための学問なのである。
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田中真紀子氏と米田良三氏の考えがピタリと一致しました。
https://www.facebook.com/groups/1195599888450713/posts/1400341577976542/
即ち、現在でも尚、実質、この国を動かしているのは半島人。
壬申の乱(672年)以降、この国を運営するのは、大和朝廷の前身(狗奴国)の末裔。
大宰府を都とする倭国は消滅しましたが、倭国のDNAは維持されています。
先の大戦での絨毯爆撃は倭国民の末裔を更に減少させるための作戦と考えます。
上記のように考えると、 皇位継承騒ぎ の昨今ですが、何だか茶番劇のように思えてきました。
九州王朝(倭)国王の末裔をあらゆる手段で探し出し、大和朝廷日本を終了させ、半島の香りを一掃した新たな日本を立ち上げるという選択肢もあるのではないか。
米田氏の“国民解説図”は、時々眺めるうちに、その出来栄えに感心させられます。
「そう言うお前は?」 と聞かれたら・・・・
「室町時代の頃の在日君かなあ~?・・・」とでも答えておきましょう。
まだ 途中ですが、5月28日からスタートした“私家本COPYシリーズ” お楽しみですか?
歴史の成績が良かった人ほど、教養が邪魔をして、こんな筈では の 地獄に真っ逆さま状態か?と お察しいたします。
20年以上前、社交的でない私(町医者)と2才年上の東工大出身の米田良三氏が著者と読者の関係を超えて、嫌われ(真実を知られると困る学者さんたちがいっぱいいます)本の出版に取り組んで完成した果実を惜しげもなく公開している所です。
現在、当時の手づくり最終版をお持ちの方はラッキーだと思います。
今後は このブログ記事をカラーコピーしてファイルを作る方法もありますが、手間とカネが必要です。
現在残っている4冊セット版をお求めになれば、手間いらずで美麗版が貴男、貴女のものに・・・・・。
本音を言いますと、たくさん印刷して、再度挑戦しようということなのですが、同じ過ちを繰り返したくありません。
何しろ、現在、残った人生時間と競争しているのですから。
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