勇者が魔王を封印した後の話
選ばれた冒険者達が封印の確認の為に
人々が訪れない地へ赴く
もっと冒険者達がただの普通の冒険者っぽく
描けたら良かったなぁ~というのが反省点です
# 氷結の約定 ―旅路の記憶―
## 序章:出立
王都アルディナの大聖堂で
祝福の儀式が執り行われたのは、
春まだ浅い三月の朝だった。
「神の加護を」
白髭の大司教が三人の額に聖油を塗る。
戦士ガレス、二十三歳。
魔法使いリリア、十六歳。
神官オズワルド、三十一歳。
十年に一度の封印確認の旅に選ばれた、
若き冒険者たち。
広場には見送りの人々が集まっていた。
ガレスの父、鍛冶師のドワーフが息子の肩を叩いた。
「剣を信じろ。だが、それ以上に仲間を信じろ」
リリアの師匠、宮廷魔法使いのエルダは、
弟子の手にペンダントを握らせた。
「魔力が尽きそうになったら、これを握りなさい。
私の祈りが込められている」
オズワルドに声をかける者はいなかった。
彼は孤児院の出身で、身寄りがない。
だが、孤児院の子供たちが
小さな手作りのお守りを持ってきてくれた。
「オズワルド兄ちゃん、絶対帰ってきてね」
三人は馬車に乗り込んだ。
御者はオズワルドが務める。
荷台には一年分の食料と装備、
そして封印の補強に必要な
魔法の触媒が積まれていた。
王都の門をくぐる時、三人は振り返った。
城壁の上から、大勢の人々が手を振っていた。
長い旅が、始まった。
## 第一章:南部平原 ―麦の村―
王都を出て三週間。
南部の大平原を進んでいた頃、
最初の試練が訪れた。
「車輪が……」
ガレスが馬車の下を覗き込んで呻いた。
後輪の車軸にひびが入っている。
無理もない。街道とは名ばかりの、
石ころだらけの道を三週間も走り続けたのだ。
「最寄りの村まで、どれくらいだ?」
リリアが地図を広げた。
「地図によれば……五キロほど先に村があるはずだ」
オズワルドが答えた。
「だが、この状態で五キロ進めるか」
結局、ガレスとオズワルドが交代で馬車を押し、
リリアが馬を引いて、
なんとか村に辿り着いたのは夕暮れ時だった。
「よく来なすった!」
村長のヨハンは、腰の曲がった老人だったが、
目は驚くほど鋭かった。
「魔王城への旅の方々だろう? 胸の紋章で分かる。
さあさあ、遠慮せずに」
村は小さかった。
二十軒ほどの家々が、麦畑に囲まれて建っている。
だが、人々の温かさは王都のどの館にも勝っていた。
車大工のグレゴールが車軸を調べた。
「うむ、三日はかかるな。
新しい木材を切り出して、形を整えて……」
「三日も?」
ガレスが焦った。
「予定では明日には出発を……」
「急いで直して、途中で折れたらどうする?」
グレゴールは頑固そうに腕を組んだ。
「魔王城まで行くんだろう?
ここから先、もっと道は悪くなる。
しっかり直さにゃ」
三人は顔を見合わせ、頷いた。
急ぐ旅ではない。
確実に、安全に。
その夜、村人たちが歓迎の宴を開いてくれた。
「五十年前、魔王が暴れていた頃」
老婆のマルタが語り始めた。
「この村も焼かれたんだよ。
魔獣の群れが押し寄せて、
麦畑も家も、みんな灰になった」
子供たちが、怯えた様子で祖母にしがみつく。
「だけど、勇者様たちが魔王を封じてくれた。
それから五十年、私たちはこうして麦を育て、
パンを焼き、平和に暮らせている」
マルタは三人を見つめた。
白内障で濁った瞳に、それでも光が宿っていた。
「あんたたちが、その平和を守ってくれるんだね」
リリアは、喉が詰まるのを感じた。
王都にいた頃、魔王の封印など、
おとぎ話の一部に過ぎなかった。
だが、ここでは違う。
人々にとって、それは生活そのものだった。
三日後、
完璧に修理された馬車で村を発つ時、
村人総出で見送ってくれた。
「これを」
とマルタが焼きたてのパンを包んで持たせてくれた。
「道中、お腹が空いた時に」
ガレスがパンを受け取り、深々と頭を下げた。
「必ず、封印を確認して帰ります。約束します」
麦畑の向こうに消えていく馬車を、
村人たちは見えなくなるまで見送っていた。
## 第二章:中部森林 ―最初の血―
南部を抜け、中部に入ると、景色は一変した。
鬱蒼とした森が街道の両側に迫り、
昼なお暗い道が続いた。
王都を出て二ヶ月。
初夏の気配が森に満ちていた。
「気をつけろ」
オズワルドが手綱を引き締めた。
「この辺りから魔獣の生息域だ」
それは、警告の直後に起きた。
轟音とともに、巨大な熊が茂みから飛び出してきた。
いや、熊ではない。
熊の三倍はある、漆黒の毛皮に覆われた魔獣。
赤い目が殺意に燃えていた。
「魔熊だ!」
ガレスが剣を抜く間もなく、
魔獣の巨大な爪が馬車を襲った。
馬が悲鳴を上げ、馬車が横転しかける。
「させるか!」
リリアが咄嗟に風の魔法を放った。
魔獣の巨体がわずかに押し戻される。
その隙に、ガレスが馬車から飛び降りた。
「オズワルド、リリアを守れ! こいつは俺が!」
ガレスの剣が閃いた。
魔獣の前足に傷をつけるが、浅い。
硬い毛皮に阻まれた。
魔獣が咆哮し、ガレスに襲いかかる。
転がって避けるガレス。
爪が地面を抉り、土と石が飛び散る。
「ガレス!」
リリアが火球を放った。
魔獣の背中に命中し、毛皮が焦げる匂いが立ち上った。
だが、魔獣は怯まない。
逆に、リリアに標的を変えた。
「リリア、伏せろ!」
オズワルドが飛び出し、聖なる盾の呪文を展開した。
魔獣の爪が見えない障壁に弾かれる。
だが、呪文の反動でオズワルドがよろめいた。
「くそ……」
ガレスが歯噛みする。
訓練では何度も模擬戦闘をした。
だが、実戦は違う。
この殺意、この恐怖、この混乱。
魔獣が再びガレスに向き直った。
その時だった。
「みんな、聞いて!」
リリアが叫んだ。
彼女の目には、もう恐怖はなかった。
「ガレス、正面から注意を引いて。
オズワルドは私に力を貸して。私が決める!」
二人が一瞬、躊躇した。
だが、リリアの声には確信があった。
「信じて!」
ガレスが頷いた。
「やってやる!」
彼は吠えるように叫びながら、魔獣に突進した。
剣を振り回し、石を投げ、できる限り注意を引く。
魔獣が完全にガレスに集中した。
その瞬間、
オズワルドがリリアの背後に立ち、
両手を彼女の肩に置いた。
「我が祈りを力に変えよ」
聖なる力がリリアに流れ込む。
彼女の杖が白く輝き始めた。
リリアは目を閉じた。
師匠の教えを思い出す。
魔法は力ではない。
意志だ。
何を成し遂げたいのか、
その意志が魔法を形作る。
彼女の意志は明確だった。
仲間を守る。
この旅を続ける。
村の人々の笑顔を守る。
「焔よ、我が意志に従え!」
リリアの杖から、巨大な火炎の槍が放たれた。
狙いは魔獣の口。
唯一の弱点。
火炎槍は完璧な軌道を描き、
吠える魔獣の口の中に飛び込んだ。
内側から炎が爆発した。
魔獣が悲鳴を上げ、のたうち回った。
そして、大きな音を立てて倒れた。
二度と動かなかった。
静寂。
三人は荒い息をつきながら、倒れた魔獣を見つめた。
「やった……のか?」
ガレスが呟いた。
「やったんだ」
オズワルドが答えた。
リリアは膝から崩れ落ちた。
魔力を使い果たしたのだ。
だが、彼女は笑っていた。
「初めて……本当の魔法が使えた」
ガレスが駆け寄り、リリアを抱き起こした。
「すごかったぞ、リリア。本当に」
「ガレスこそ」
リリアが弱々しく笑った。
「よく、あんな化け物の注意を引けたね」
「恐くなかったと言えば嘘になる」
ガレスは認めた。
「だが、お前を信じた」
オズワルドが二人に近づいた。
「我々は良いチームだ」
彼は珍しく笑顔を見せた。
「これから先、もっと困難な戦いがあるだろう。
だが、今日のように協力すれば、乗り越えられる」
その夜、三人は野営をした。
魔獣の肉を焼き、初めての勝利を祝った。
そして、初めて本当の仲間になった気がした。
## 第三章:猟師の家 ―癒しの日々―
魔熊との戦いの翌日、三人は森の中で道に迷った。
街道を外れてしまったのは、
魔熊に襲われて混乱していたせいだった。
地図を見ても、現在地が分からない。
森の木々は高く、太陽の位置さえ掴みにくい。
「まずいな……」
ガレスが額の汗を拭った。
三日、森をさまよった。
携帯食は十分にあったが、水が問題だった。
持参していた水筒の水が底をつき始めていた。
四日目の夕方、ようやく煙が見えた。
「人が住んでる!」
リリアが指差した先に、
森の中の小さな開けた場所があり、
丸太小屋が建っていた。
煙突から煙が上がっている。
「助かった……」
三人が小屋に近づくと、扉が開いた。
弓を持った男が現れた。
三十代半ば、
森に暮らす人間特有の鋭い目をしていた。
「旅の者か」
男は弓を下げなかった。
「こんな森の奥に、何の用だ」
「道に迷いました」
オズワルドが率直に答えた。
「私たちは魔王城への封印確認の旅の途中です。
街道に戻る道を教えていただけませんか」
男はしばらく三人を観察し、それから頷いた。
「魔王城への、か。
本物なら、胸に紋章があるはずだ」
ガレスが服を開いて見せた。
王都の大聖堂で授けられた、
封印確認の証である紋章が輝いていた。
「本物だな」
男は弓を下ろした。
「俺はロベルト。ここで猟師をしている。
入れ、水も食事も提供しよう」
小屋の中は質素だったが、清潔で整っていた。
暖炉の火が温かく、
鹿肉のシチューの香りが満ちていた。
「父さん、誰?」
奥の部屋から、十歳くらいの少女が顔を出した。
「旅人だ、アンナ。大事な客人だぞ」
アンナの後ろから、妊娠している女性が現れた。
ロベルトの妻、マリアだった。
「まあ、こんな森の奥に」
マリアは驚いた様子で三人を見た。
「さぞお疲れでしょう。
どうぞ、ゆっくりしていってください」
その夜、
シチューと焼きたてのパンが振る舞われた。
森の幸の豊かさに、三人は感動した。
「どうして、こんな森の奥に?」
リリアが聞いた。
ロベルトは暖炉の火を見つめた。
「俺は元々、街で暮らしていた。
だが、十年前の戦争で……」
彼は右腕を見せた。
肘から先がなかった。
「腕を失った。弓なら片腕でも引ける。
だから猟師になった。
街では、障害者は厄介者扱いだ。
だが、ここでは俺の技術が家族を養える」
「父さんは森で一番の猟師なんだよ!」
アンナが誇らしげに言った。
マリアが優しく夫の肩に手を置いた。
「ここでの暮らしは大変です。でも、幸せです」
その言葉に、嘘はなかった。
三人はロベルトの家に三日間滞在した。
リリアは魔熊戦で消耗した魔力を
回復する必要があったし、
馬車の点検と補修も必要だった。
その間、ガレスはロベルトから森での狩りを学んだ。
片腕でも完璧に弓を扱うロベルトの技術に、
ガレスは舌を巻いた。
「障害は、工夫でカバーできる」
ロベルトが教えた。
「大事なのは諦めないことだ」
リリアはアンナと仲良くなった。
少女は魔法に興味津々で、
リリアの周りを飛び回った。
「お姉ちゃん、魔法見せて!」
リリアは小さな光の玉を作ってアンナに見せた。
少女の目が輝いた。
「すごい! 私も魔法使いになれる?」
「なれるわ」
リリアは微笑んだ。
「誰でも、学べば魔法は使える。
才能も大事だけど、それ以上に大事なのは努力よ」
オズワルドはマリアの出産の準備を手伝った。
神官として、彼は医療の知識も持っていた。
「予定日は?」
「あと二ヶ月ほど」
マリアが丸いお腹を撫でた。
「森の中での出産は不安ですが……」
「大丈夫です」
オズワルドは安心させるように言った。
「あなたは強い。
そして、ロベルトとアンナがいる。
祝福がありますように」
彼は祈りの言葉を唱え、
マリアとお腹の赤ちゃんに祝福を与えた。
三日後、別れの朝。
ロベルトが街道までの道を教えてくれた。
詳細な地図まで書いてくれた。
「気をつけて行け。
魔王城への道は、ここからさらに厳しくなる」
「ありがとうございました」
ガレスがロベルトと握手した。
「あなたから学んだことは、忘れません」
アンナがリリアに抱きついた。
「お姉ちゃん、また来てね!」
「必ず」
リリアは約束した。
「あなたが大きくなった頃、また訪ねるわ」
マリアがオズワルドに干し肉と薬草の包みを持たせた。
「道中、お役に立てば」
「大切にします」
オズワルドは深々と頭を下げた。
馬車が森の中の小道を進む。
振り返ると、三人の家族が手を振っていた。
「良い人たちだったな」
ガレスが呟いた。
「ああ」
オズワルドが同意した。
「彼らのような人々がいる限り、
この世界には希望がある」
リリアは窓から森を見つめた。
「私たちの旅は、彼らのためでもあるんだね」
そう、彼らのため。
麦の村の人々のため。
これから出会うすべての人々のため。
魔王の封印を守ることの意味が、
少しずつ、三人の心に染み込んでいった。
## 第四章:商人の町 ―陰謀の影―
中部を抜け、北部に入る手前に、
交易の町バルトハイムがあった。
王都を出て四ヶ月。夏の盛りだった。
バルトハイムは活気に満ちていた。
南部の麦、中部の木材、北部の毛皮。
様々な物資が集まる交易の要所。
だが、その賑わいの裏に、
何か不穏な空気が漂っていた。
「宿を探そう」
オズワルドが街の門をくぐりながら言った。
「ここで装備を補充し、北部への準備を整える」
「銀鹿亭」という宿に部屋を取った。
一階は酒場になっていて、
旅人や商人たちで賑わっていた。
その夜、三人が夕食を取っていると、
隣のテーブルの商人たちの会話が聞こえてきた。
「また襲撃があったらしいぞ」
「三度目だ。北への街道で、商隊が襲われている」
「魔族の残党だと噂だが……」
ガレスが顔を上げた。魔族の残党。
五十年前、
魔王に仕えていた魔族たちは、魔王の封印後、
世界中に散らばった。
その多くは人間社会に同化したが、
一部は今でも魔王への忠誠を保ち、
封印を解こうと画策しているという。
「聞いたか?」
ガレスが小声で言った。
「ああ」
オズワルドが頷いた。
「だが、我々の使命は封印の確認だ。
街道の治安維持は……」
「見過ごせというのか?」
ガレスが反論した。
「そうは言っていない」
オズワルドは冷静だった。
「だが、不用意に首を突っ込んで、
自分たちの使命を危険に晒すわけにはいかない」
リリアが二人の間に入った。
「とりあえず、情報を集めましょう。
それから判断しても遅くないわ」
翌日、三人は町で情報収集を始めた。
ガレスは傭兵ギルドへ。
オズワルドは町の神殿へ。
リリアは魔法使いの塔へ。
夕方、宿で情報を持ち寄った。
「傭兵ギルドの話では」
ガレスが報告した。
「襲撃は計画的だ。
商隊の予定を事前に知っているとしか思えない。
内通者がいる可能性が高い」
「神殿では」
オズワルドが続けた。
「最近、町に怪しい人物が
出入りしているという目撃情報があった。
黒いローブを着た、顔を隠した人間たちだ」
「魔法使いの塔の長老が教えてくれたわ」
リリアが最後に報告した。
「北部の山岳地帯に、魔族の残党の拠点があるらしい。
彼らは魔王の復活を信じて、
封印を解く方法を探しているって」
三人は顔を見合わせた。
「つまり」
ガレスがまとめた。
「魔族の残党が、商隊を襲って資金を集め、
封印を解く計画を進めている、と」
「我々の旅も狙われている可能性がある」
オズワルドが険しい顔で言った。
「封印を確認する我々を、
事前に始末しようとするかもしれない」
その夜、事件は起きた。
深夜、リリアが目を覚ました。
何か、妙な気配を感じたのだ。
窓の外を見ると、宿の中庭に黒い影が動いていた。
「ガレス! オズワルド!」
リリアの叫びで、二人も飛び起きた。
「何だ!」
「侵入者よ!」
三人が武器を手に廊下に飛び出すと、
階下から悲鳴が聞こえた。
酒場では、
黒いローブの人物たちが宿の客を脅していた。
その中心に、一際大きな人物がいた。
ローブのフードを取ると、人間ではなかった。
青い肌、尖った耳、額に小さな角。
魔族だった。
「封印確認の旅人はどこだ!」
魔族が吠えた。
「出てこい! 今夜、ここで始末してやる!」
「お望み通り、ここにいる」
ガレスが階段を降りながら言った。
剣を抜いている。
魔族が笑った。
「三人だけか。王都も落ちたものだな。
こんな小僧たちに封印の確認を任せるとは」
「小僧で結構」
リリアが杖を構えた。
「でも、あなたたちを止めるには十分よ」
「止める、だと?」
魔族が嘲笑った。
「お前たちに我らが止められるか!
魔王様の復活は近い!
封印など、もうすぐ……」
「黙れ」
オズワルドの声が、酒場に響き渡った。
「魔王の復活など、許さない。
五十年前、勇者たちが命をかけて封じた平和を、
貴様らごときに壊させはしない」
「では、死ね!」
魔族が魔法を放った。
闇の槍が三人に向かって飛んでくる。
オズワルドが聖なる障壁を展開した。
闇の槍が弾かれる。
「ガレス、右! リリア、左を頼む!」
オズワルドの指示に、二人が動いた。
ガレスが右側の黒ローブの集団に突進する。
剣が閃き、一人、また一人と倒れていく。
魔熊戦で学んだこと。
恐怖に負けず、冷静に、確実に。
リリアが左側に火球を放った。
だが、それは陽動だった。
本命は、足元に張り巡らせた氷の魔法。
黒ローブたちが足を滑らせ、転倒する。
「やるな、小娘!」
魔族が直接リリアに向かってきた。
巨大な爪がリリアに迫る。
だが、その時。
「させるか!」
オズワルドが魔族との間に飛び込んだ。
聖なる光が爆発し、魔族が吹き飛ばされた。
「オズワルド!」
リリアが叫んだ。
オズワルドは立っていたが、肩から血が流れていた。
魔族の爪が掠めたのだ。
「構うな! 攻撃を続けろ!」
ガレスが魔族の背後に回り込んだ。
剣が魔族の足を切り裂く。
魔族がよろめいた。
リリアが最大の火炎魔法を放った。
魔族が炎に包まれ、悲鳴を上げた。
「覚えておけ……魔王様の復活は……
止められぬ……」
魔族は呪いの言葉を残して、倒れた。
黒ローブの残党は逃げ去った。
静寂が戻った酒場で、三人は荒い息をついた。
「オズワルド、傷は!」
リリアが駆け寄った。
「大したことない」
オズワルドは肩を押さえながら笑った。
「これくらい、自分で治せる」
彼は自らに治癒の呪文をかけた。
傷が塞がっていく。
宿の主人が震えながら近づいてきた。
「あ、ありがとうございました……
魔族の残党が、こんな町にまで……」
「我々が引き寄せてしまったようです」
オズワルドが謝った。
「申し訳ない」
「いや、いや!」
主人が首を振った。
「あなた方がいなければ、
もっと被害が出ていた。感謝します」
その夜、町中に噂が広まった。
封印確認の旅人が、魔族の残党を退けた、と。
翌朝、
三人が町を出ようとすると、
町の人々が集まっていた。
「これを」
と商人組合の長が、小さな袋を差し出した。
「ささやかですが、旅の資金にしてください」
「我々からも」
と傭兵ギルドの長が、
良質な剣の手入れ用具を持ってきた。
魔法使いの塔の長老は、
リリアに魔法の巻物を渡した。
「いざという時に使いなさい。
あなたには才能がある」
町の神官が、オズワルドに聖水の瓶を持たせた。
「同じ神に仕える者として。
あなたの旅に神の加護がありますように」
三人は、人々の善意に圧倒された。
「ありがとうございます」
ガレスが深々と頭を下げた。
「皆さんの想いを、魔王城まで運びます」
町の門を出る時、三人は振り返った。
大勢の人々が見送っていた。
「重いな」
リリアが呟いた。
「何が?」
ガレスが聞いた。
「期待が」
リリアは答えた。
「みんなの期待。恐いくらいに」
「だが、それが我々を強くする」
オズワルドが言った。
「一人では耐えられない重さも、
三人なら支えられる」
北へ向かう街道を、馬車が進んでいく。
背後には、人々の祈りと期待。
前方には、未知の困難。
だが、三人はもう迷わなかった。
## 第五章:山岳地帯 ―雪の試練―
北部山岳地帯に入ったのは、秋の初めだった。
王都を出て六ヶ月。
季節は巡り、木々は紅く染まり始めていた。
だが、山々は既に雪を頂いていた。
「寒いな」ガレスが吐く息が白い。
「これからもっと寒くなる」
オズワルドが外套を締めた。
「北極圏に近づくほど、気温は下がる」
街道は険しくなった。
岩だらけの山道を、馬車は軋みながら進んだ。
ある日の午後、雪が降り始めた。
「まずいぞ」
オズワルドが空を見上げた。
「吹雪になる」
予感は的中した。
一時間もしないうちに、猛烈な吹雪が襲ってきた。
視界はほとんどゼロ。馬も前に進めない。
「洞窟を探すんだ!」
ガレスが叫んだ。
幸い、すぐ近くに洞窟が見つかった。
三人は馬と馬車を洞窟に引き入れ、
入口を岩で塞いだ。
「助かった……」
リリアが震えながら座り込んだ。
服は雪でびしょ濡れだった。
「着替えろ。濡れたままでは凍死する」
オズワルドが予備の服を取り出した。
三人は急いで着替え、毛布にくるまった。
「火を」
リリアが魔法で火を起こした。
だが、いつもより弱い。
「魔力が……寒さで消耗してる」
「無理するな」
ガレスが薪を集めた。
「普通の火で我慢しよう」
吹雪は三日間続いた。
三日間、
三人は洞窟の中で過ごした。
食料は十分にあったが、寒さは厳しかった。
火を絶やさないように、交代で見張りをした。
「なあ」
二日目の夜、ガレスが口を開いた。
「俺たち、本当に魔王城に辿り着けるのかな」
珍しく、ガレスが弱音を吐いた。
「どうした、急に」
リリアが聞いた。
「いや……」
ガレスは火を見つめた。
「ここまでで、もう六ヶ月だろ。魔熊とも戦った。
魔族とも戦った。吹雪にも閉じ込められた。
これから先、もっと過酷になる。
俺たちに、本当にできるのかって」
沈黙が流れた。
「怖いのか?」
オズワルドが聞いた。
「……ああ」
ガレスは認めた。
「怖いよ。
死ぬかもしれない。
失敗するかもしれない。
期待を裏切るかもしれない」
リリアが膝を抱えた。
「私も怖い。でも……」
「でも?」
「でも、一人じゃない」
リリアは二人を見た。
「ガレスがいる。オズワルドがいる。
三人なら、乗り越えられる気がする」
オズワルドが頷いた。
「私も同じだ。一人なら、とうに諦めていただろう。
だが、君たちがいるから、進める」
ガレスがゆっくりと笑った。
「そうだな。俺たちは、もうチームだ」
三人は手を重ねた。
「約束しよう」
ガレスが言った。
「何があっても、三人で。生きて帰ろう」
「約束」
リリアが微笑んだ。
「約束だ」
オズワルドが力強く言った。
四日目の朝、吹雪が止んだ。
洞窟の外は、一面の銀世界だった。
「美しいな」
リリアが雪景色に見とれた。
苦難の後の、この清らかな美しさ。
「さあ、行こう」
三人は馬車を洞窟から出し、雪道を進み始めた。
困難は、彼らの絆を深めるだけだった。
## 第六章:凍土の村 ―最後の人間の集落―
山岳地帯を抜けると、そこは凍土だった。
樹木はまばらになり、やがて消えた。
地面は永久凍土に覆われ、草一本生えていない。
王都を出て八ヶ月。晩秋から初冬へ。
「人が住んでいる」
オズワルドが驚きの声を上げた。
地平線の先に、煙が見えた。
凍土の村、フロストヘルムだった。
わずか十数軒の家々が、
吹きすさぶ風に耐えるように寄り添っている。
これが、北極圏に入る前の、
最後の人間の集落だった。
「よく来た」
村長のアイナルは、巨漢の老人だった。
白い髭と髪、風雪に刻まれた深い皺。
だが、目は若者のように鋭かった。
「魔王城への旅人だな。五十年間で五組目だ」
「この村を、みんな通るのですか?」
リリアが聞いた。
「ああ。ここが最後の補給地点だ。
ここから先、人間の集落はない。
魔王城まで、あと三ヶ月の道のりだ」
村人たちは、三人を温かく迎えてくれた。
アザラシの肉、干し魚、
そして貴重な野菜のスープ。
凍土でも、工夫次第で野菜は育つのだという。
「なぜ、こんな過酷な場所に?」
ガレスが聞いた。
アイナルが笑った。
「我々の祖先は、魔王と戦った
勇者パーティーの支援部隊だったのだ。
魔王城への道を整備し、補給を行った。
魔王が封印された後も、
我々は役目を果たし続けている。
十年に一度、確認の旅人が来る。
それを支援するのが、我々の誇りだ」
その言葉に、三人は頭を下げた。
村に一週間滞在し、北極圏への準備を整えた。
防寒具の強化。食料の追加。馬への特別な装備。
そして、精神的な準備。
「これから先は、本当の地獄だ」
古老の猟師、ハンスが警告した。
彼は若い頃、魔王城まで行ったことがあるという。
「気温はマイナス三十度を下回る。吹雪は日常だ。
魔獣もいる。そして、最も恐ろしいのは……」
「最も恐ろしいのは?」
「孤独だ」
ハンスは言った。
「白い地獄の中で、何日も何週間も、
人間は自分たち以外誰もいない。
その孤独が、人の心を蝕む」
リリアが震えた。
「大丈夫」
ガレスが肩を叩いた。
「俺たちは三人だ。孤独にはならない」
出発の前日、村で送別の宴が開かれた。
村人総出で、ありったけの食料を持ち寄った。
音楽が奏でられ、人々は踊った。
過酷な凍土の暮らしの中で、
人々は生きる喜びを忘れていなかった。
「歌ってくれ」
とアイナルが三人に言った。
「君たちの故郷の歌を」
ガレスが、王都の古い歌を歌い始めた。
リリアとオズワルドが合わせた。
♪春が来れば、花が咲く
夏が来れば、緑が満ちる
秋が来れば、実りがある
冬が来ても、春はまた来る♪
村人たちが聞き入った。
この凍土には、春も夏も秋もない。
あるのは永遠の冬だけ。
だが、歌を聞きながら、
彼らは温かい南の地を夢見た。
宴の終わり、
アイナルが三人に小さな木彫りの像を渡した。
「我々の守護神だ。持って行け。
必ず、君たちを守ってくれる」
翌朝、別れの時。
村人全員が見送りに出た。
「十年後、また誰かが来る」
アイナルが言った。
「その時、君たちが無事に帰還したと
聞けることを願っている」
「必ず」
ガレスが約束した。
馬車が村を出る。
振り返ると、
村人たちがいつまでも手を振っていた。
それが、三人が見る最後の人間の集落だった。
これから先、魔王城までの三ヶ月、
出会うのは氷と雪と、そして自分たち自身だけ。
「行くぞ」
ガレスが手綱を握った。
「ああ」
リリアとオズワルドが頷いた。
白い地獄への旅が、始まった。
## 第七章:白い地獄 ―極限の絆―
北極圏に入って一ヶ月。
王都を出て九ヶ月。
世界は白一色だった。
空も地面も、すべてが白。
地平線さえ、白い霞の中に消えている。
気温はマイナス四十度。
吹雪が止むことはなかった。
「まだか……」
ガレスが凍える手で地図を確認した。
だが、目印になるものは何もない。
ただ白いだけの世界で、
自分たちがどこにいるのかさえ
分からなくなっていた。
「魔力が……」
リリアが弱々しく呟いた。
彼女は毎日、火の魔法で三人を温めていた。
だが、極寒の中での魔法の消耗は激しかった。
「無理するな、リリア」
オズワルドが心配そうに言った。
「俺の祈りで温めよう」
「いいえ」
リリアは首を振った。
「あなたの祈りは、馬のために使って。
馬が倒れたら、私たちは終わり」
実際、馬も限界に近かった。
毎日、オズワルドが治癒と
加護の祈りを捧げなければ、
とうに倒れていただろう。
「見ろ」
ガレスが指差した。
前方に、黒い影が見えた。
「岩だ! 風よけになる!」
三人は岩陰に馬車を停め、一時の休息を取った。
だが、休息は長くは続かなかった。
その夜、魔獣が襲ってきた。
白い毛皮に覆われた、
狼のような生物。雪原に溶け込み、
気配を完全に消していた。
「魔狼だ!」
ガレスが剣を抜くが、凍えた手は震えていた。
まともに剣を振れない。
魔狼が飛びかかってくる。
ガレスが転がって避ける。
だが、次の攻撃を避けられない。
「ガレス!」
リリアが火球を放った。
だが、魔力が足りない。
火球は小さく、魔狼を怯ませただけだった。
魔狼が今度はリリアに向かってくる。
「させるか!」
オズワルドが飛び出し、杖で魔狼を叩いた。
だが、凍えた体では力が入らない。
魔狼の爪がオズワルドの腕を裂いた。
「オズワルド!」
血が雪に落ちた。鮮やかな赤。
その瞬間、何かがガレスの中で切れた。
怒り。
いや、それ以上の何か。
仲間を傷つけられた、という耐えがたい痛み。
「よくも……!」
ガレスが吠えた。
凍えた体を、怒りが燃やした。
剣が閃いた。
今度は確実に。魔狼の首を斬り飛ばした。
魔狼が倒れた。
静寂。
「オズワルド!」
リリアが駆け寄った。
オズワルドは腕から血を流していたが、
意識はあった。
「大丈夫だ……」
彼は自分に治癒の祈りを捧げようとしたが、
魔力が足りなかった。
極寒の中での戦闘が、彼の力を奪っていた。
「私がやる」
リリアが両手をオズワルドの傷に当てた。
彼女は魔法使いで、治癒魔法は専門ではない。
だが、それでも。
「どうか……」
彼女は自分の残りわずかな魔力のすべてを注ぎ込んだ。
温かい光が傷を包んだ。
完全には治らなかったが、出血は止まった。
そして、リリアは倒れた。
「リリア!」
ガレスが彼女を抱き起こした。
意識はあるが、完全に魔力を使い果たしていた。
「ごめん……もう、火が起こせない……」
「いい、いいんだ」
ガレスは言った。
「十分だ、リリア。お前は十分頑張った」
その夜、三人は寄り添って眠った。
火もなく、ただ互いの体温だけを頼りに。
朝、奇跡的に三人とも目を覚ました。
「生きてる……」
リリアが信じられないように呟いた。
「ああ」
ガレスが笑った。
「俺たちは、しぶといんだ」
オズワルドが包帯を巻いた腕を見た。
「リリア、ありがとう。
君が治してくれなければ、俺は死んでいた」
「私こそ」
リリアは言った。
「二人がいなければ、とっくに諦めてた」
ガレスが立ち上がった。
「さあ、行こう。魔王城は近い。もう少しだ」
三人は再び、白い地獄を進み始めた。
傷つき、疲れ果てていたが、諦めなかった。
なぜなら、一人ではないから。
三人だから。
## 終章:地平線の彼方
王都を出て、ほぼ一年。
そして、ついに。
「見えた!」
ガレスが叫んだ。
地平線の彼方、
白い世界の果てに、黒い影が見えた。
魔王城だった。
三人は馬車を止め、その光景を見つめた。
長かった。本当に、長かった。
麦の村の温かさ。
森の猟師の家族。商人の町での戦い。
凍土の村の人々。そして、白い地獄の試練。
すべてが、この瞬間につながっていた。
「まだ三日かかる」
オズワルドが冷静に言った。
「だが、見えた。希望が見えた」
「ああ」
ガレスが頷いた。
「あと少しだ」
リリアが二人の手を握った。
「一緒に、行こう」
「ああ」
三人は再び、馬車を進め始めた。
魔王城に向かって。
使命を果たすために。
そして、
待っている人々のもとへ、無事に帰るために。
白い雪原を、小さな馬車が進んでいく。
地平線の彼方の黒い城が、
少しずつ大きくなっていく。
旅は、まだまだ続く。
だが、もう終わりは見えている。
三人の勇者たちの物語は、ここで終わらない。
真の試練は、これからだ。
魔王城で待つもの。
そして、一年をかけた帰路。
だが、彼らは知っている。
どんな困難も、三人なら乗り越えられると。
なぜなら、彼らはもう、本当の仲間だから。
―続く―