勇者が魔王を封印した後の話

選ばれた冒険者達が封印の確認の為に

人々が訪れない地へ赴く

もっと冒険者達がただの普通の冒険者っぽく

描けたら良かったなぁ~というのが反省点です

 

 

# 氷結の約定 ―旅路の記憶―

## 序章:出立

王都アルディナの大聖堂で
祝福の儀式が執り行われたのは、
春まだ浅い三月の朝だった。

「神の加護を」

白髭の大司教が三人の額に聖油を塗る。
戦士ガレス、二十三歳。
魔法使いリリア、十六歳。
神官オズワルド、三十一歳。
十年に一度の封印確認の旅に選ばれた、
若き冒険者たち。

広場には見送りの人々が集まっていた。
ガレスの父、鍛冶師のドワーフが息子の肩を叩いた。

「剣を信じろ。だが、それ以上に仲間を信じろ」

リリアの師匠、宮廷魔法使いのエルダは、
弟子の手にペンダントを握らせた。

「魔力が尽きそうになったら、これを握りなさい。
私の祈りが込められている」

オズワルドに声をかける者はいなかった。
彼は孤児院の出身で、身寄りがない。
だが、孤児院の子供たちが
小さな手作りのお守りを持ってきてくれた。

「オズワルド兄ちゃん、絶対帰ってきてね」

三人は馬車に乗り込んだ。
御者はオズワルドが務める。
荷台には一年分の食料と装備、
そして封印の補強に必要な
魔法の触媒が積まれていた。

王都の門をくぐる時、三人は振り返った。
城壁の上から、大勢の人々が手を振っていた。

長い旅が、始まった。

## 第一章:南部平原 ―麦の村―

王都を出て三週間。
南部の大平原を進んでいた頃、
最初の試練が訪れた。

「車輪が……」

ガレスが馬車の下を覗き込んで呻いた。
後輪の車軸にひびが入っている。
無理もない。街道とは名ばかりの、
石ころだらけの道を三週間も走り続けたのだ。

「最寄りの村まで、どれくらいだ?」
リリアが地図を広げた。

「地図によれば……五キロほど先に村があるはずだ」
オズワルドが答えた。

「だが、この状態で五キロ進めるか」

結局、ガレスとオズワルドが交代で馬車を押し、
リリアが馬を引いて、
なんとか村に辿り着いたのは夕暮れ時だった。

「よく来なすった!」

村長のヨハンは、腰の曲がった老人だったが、
目は驚くほど鋭かった。

「魔王城への旅の方々だろう? 胸の紋章で分かる。
さあさあ、遠慮せずに」

村は小さかった。
二十軒ほどの家々が、麦畑に囲まれて建っている。
だが、人々の温かさは王都のどの館にも勝っていた。

車大工のグレゴールが車軸を調べた。

「うむ、三日はかかるな。
新しい木材を切り出して、形を整えて……」

「三日も?」
ガレスが焦った。

「予定では明日には出発を……」

「急いで直して、途中で折れたらどうする?」
グレゴールは頑固そうに腕を組んだ。

「魔王城まで行くんだろう? 
ここから先、もっと道は悪くなる。
しっかり直さにゃ」

三人は顔を見合わせ、頷いた。
急ぐ旅ではない。
確実に、安全に。

その夜、村人たちが歓迎の宴を開いてくれた。

「五十年前、魔王が暴れていた頃」
老婆のマルタが語り始めた。

「この村も焼かれたんだよ。
魔獣の群れが押し寄せて、
麦畑も家も、みんな灰になった」

子供たちが、怯えた様子で祖母にしがみつく。

「だけど、勇者様たちが魔王を封じてくれた。
それから五十年、私たちはこうして麦を育て、
パンを焼き、平和に暮らせている」

マルタは三人を見つめた。
白内障で濁った瞳に、それでも光が宿っていた。

「あんたたちが、その平和を守ってくれるんだね」

リリアは、喉が詰まるのを感じた。
王都にいた頃、魔王の封印など、
おとぎ話の一部に過ぎなかった。
だが、ここでは違う。
人々にとって、それは生活そのものだった。

三日後、
完璧に修理された馬車で村を発つ時、
村人総出で見送ってくれた。

「これを」
とマルタが焼きたてのパンを包んで持たせてくれた。

「道中、お腹が空いた時に」

ガレスがパンを受け取り、深々と頭を下げた。

「必ず、封印を確認して帰ります。約束します」

麦畑の向こうに消えていく馬車を、
村人たちは見えなくなるまで見送っていた。

## 第二章:中部森林 ―最初の血―

南部を抜け、中部に入ると、景色は一変した。
鬱蒼とした森が街道の両側に迫り、
昼なお暗い道が続いた。

王都を出て二ヶ月。
初夏の気配が森に満ちていた。

「気をつけろ」
オズワルドが手綱を引き締めた。

「この辺りから魔獣の生息域だ」

それは、警告の直後に起きた。

轟音とともに、巨大な熊が茂みから飛び出してきた。
いや、熊ではない。
熊の三倍はある、漆黒の毛皮に覆われた魔獣。
赤い目が殺意に燃えていた。

「魔熊だ!」

ガレスが剣を抜く間もなく、
魔獣の巨大な爪が馬車を襲った。
馬が悲鳴を上げ、馬車が横転しかける。

「させるか!」

リリアが咄嗟に風の魔法を放った。
魔獣の巨体がわずかに押し戻される。
その隙に、ガレスが馬車から飛び降りた。

「オズワルド、リリアを守れ! こいつは俺が!」

ガレスの剣が閃いた。
魔獣の前足に傷をつけるが、浅い。
硬い毛皮に阻まれた。

魔獣が咆哮し、ガレスに襲いかかる。
転がって避けるガレス。
爪が地面を抉り、土と石が飛び散る。

「ガレス!」

リリアが火球を放った。
魔獣の背中に命中し、毛皮が焦げる匂いが立ち上った。
だが、魔獣は怯まない。
逆に、リリアに標的を変えた。

「リリア、伏せろ!」

オズワルドが飛び出し、聖なる盾の呪文を展開した。
魔獣の爪が見えない障壁に弾かれる。
だが、呪文の反動でオズワルドがよろめいた。

「くそ……」

ガレスが歯噛みする。
訓練では何度も模擬戦闘をした。
だが、実戦は違う。
この殺意、この恐怖、この混乱。

魔獣が再びガレスに向き直った。

その時だった。

「みんな、聞いて!」

リリアが叫んだ。
彼女の目には、もう恐怖はなかった。

「ガレス、正面から注意を引いて。
オズワルドは私に力を貸して。私が決める!」

二人が一瞬、躊躇した。
だが、リリアの声には確信があった。

「信じて!」

ガレスが頷いた。

「やってやる!」

彼は吠えるように叫びながら、魔獣に突進した。
剣を振り回し、石を投げ、できる限り注意を引く。
魔獣が完全にガレスに集中した。

その瞬間、
オズワルドがリリアの背後に立ち、
両手を彼女の肩に置いた。

「我が祈りを力に変えよ」

聖なる力がリリアに流れ込む。
彼女の杖が白く輝き始めた。

リリアは目を閉じた。
師匠の教えを思い出す。
魔法は力ではない。
意志だ。
何を成し遂げたいのか、
その意志が魔法を形作る。

彼女の意志は明確だった。

仲間を守る。
この旅を続ける。
村の人々の笑顔を守る。

「焔よ、我が意志に従え!」

リリアの杖から、巨大な火炎の槍が放たれた。
狙いは魔獣の口。
唯一の弱点。

火炎槍は完璧な軌道を描き、
吠える魔獣の口の中に飛び込んだ。

内側から炎が爆発した。

魔獣が悲鳴を上げ、のたうち回った。
そして、大きな音を立てて倒れた。
二度と動かなかった。

静寂。

三人は荒い息をつきながら、倒れた魔獣を見つめた。

「やった……のか?」
ガレスが呟いた。

「やったんだ」
オズワルドが答えた。

リリアは膝から崩れ落ちた。
魔力を使い果たしたのだ。
だが、彼女は笑っていた。

「初めて……本当の魔法が使えた」

ガレスが駆け寄り、リリアを抱き起こした。

「すごかったぞ、リリア。本当に」

「ガレスこそ」
リリアが弱々しく笑った。

「よく、あんな化け物の注意を引けたね」

「恐くなかったと言えば嘘になる」
ガレスは認めた。

「だが、お前を信じた」

オズワルドが二人に近づいた。

「我々は良いチームだ」
彼は珍しく笑顔を見せた。

「これから先、もっと困難な戦いがあるだろう。
だが、今日のように協力すれば、乗り越えられる」

その夜、三人は野営をした。
魔獣の肉を焼き、初めての勝利を祝った。

そして、初めて本当の仲間になった気がした。

## 第三章:猟師の家 ―癒しの日々―

魔熊との戦いの翌日、三人は森の中で道に迷った。

街道を外れてしまったのは、
魔熊に襲われて混乱していたせいだった。
地図を見ても、現在地が分からない。
森の木々は高く、太陽の位置さえ掴みにくい。

「まずいな……」
ガレスが額の汗を拭った。

三日、森をさまよった。
携帯食は十分にあったが、水が問題だった。
持参していた水筒の水が底をつき始めていた。

四日目の夕方、ようやく煙が見えた。

「人が住んでる!」

リリアが指差した先に、
森の中の小さな開けた場所があり、
丸太小屋が建っていた。
煙突から煙が上がっている。

「助かった……」

三人が小屋に近づくと、扉が開いた。
弓を持った男が現れた。
三十代半ば、
森に暮らす人間特有の鋭い目をしていた。

「旅の者か」
男は弓を下げなかった。

「こんな森の奥に、何の用だ」

「道に迷いました」
オズワルドが率直に答えた。

「私たちは魔王城への封印確認の旅の途中です。
街道に戻る道を教えていただけませんか」

男はしばらく三人を観察し、それから頷いた。

「魔王城への、か。
本物なら、胸に紋章があるはずだ」

ガレスが服を開いて見せた。
王都の大聖堂で授けられた、
封印確認の証である紋章が輝いていた。

「本物だな」
男は弓を下ろした。

「俺はロベルト。ここで猟師をしている。
入れ、水も食事も提供しよう」

小屋の中は質素だったが、清潔で整っていた。
暖炉の火が温かく、
鹿肉のシチューの香りが満ちていた。

「父さん、誰?」

奥の部屋から、十歳くらいの少女が顔を出した。

「旅人だ、アンナ。大事な客人だぞ」

アンナの後ろから、妊娠している女性が現れた。
ロベルトの妻、マリアだった。

「まあ、こんな森の奥に」
マリアは驚いた様子で三人を見た。

「さぞお疲れでしょう。
どうぞ、ゆっくりしていってください」

その夜、
シチューと焼きたてのパンが振る舞われた。
森の幸の豊かさに、三人は感動した。

「どうして、こんな森の奥に?」
リリアが聞いた。

ロベルトは暖炉の火を見つめた。

「俺は元々、街で暮らしていた。
だが、十年前の戦争で……」

彼は右腕を見せた。
肘から先がなかった。

「腕を失った。弓なら片腕でも引ける。
だから猟師になった。
街では、障害者は厄介者扱いだ。
だが、ここでは俺の技術が家族を養える」

「父さんは森で一番の猟師なんだよ!」
アンナが誇らしげに言った。

マリアが優しく夫の肩に手を置いた。

「ここでの暮らしは大変です。でも、幸せです」

その言葉に、嘘はなかった。

三人はロベルトの家に三日間滞在した。
リリアは魔熊戦で消耗した魔力を
回復する必要があったし、
馬車の点検と補修も必要だった。

その間、ガレスはロベルトから森での狩りを学んだ。
片腕でも完璧に弓を扱うロベルトの技術に、
ガレスは舌を巻いた。

「障害は、工夫でカバーできる」
ロベルトが教えた。

「大事なのは諦めないことだ」

リリアはアンナと仲良くなった。
少女は魔法に興味津々で、
リリアの周りを飛び回った。

「お姉ちゃん、魔法見せて!」

リリアは小さな光の玉を作ってアンナに見せた。
少女の目が輝いた。

「すごい! 私も魔法使いになれる?」

「なれるわ」
リリアは微笑んだ。

「誰でも、学べば魔法は使える。
才能も大事だけど、それ以上に大事なのは努力よ」

オズワルドはマリアの出産の準備を手伝った。
神官として、彼は医療の知識も持っていた。

「予定日は?」

「あと二ヶ月ほど」
マリアが丸いお腹を撫でた。

「森の中での出産は不安ですが……」

「大丈夫です」
オズワルドは安心させるように言った。

「あなたは強い。
そして、ロベルトとアンナがいる。
祝福がありますように」

彼は祈りの言葉を唱え、
マリアとお腹の赤ちゃんに祝福を与えた。

三日後、別れの朝。

ロベルトが街道までの道を教えてくれた。
詳細な地図まで書いてくれた。

「気をつけて行け。
魔王城への道は、ここからさらに厳しくなる」

「ありがとうございました」
ガレスがロベルトと握手した。

「あなたから学んだことは、忘れません」

アンナがリリアに抱きついた。

「お姉ちゃん、また来てね!」

「必ず」
リリアは約束した。

「あなたが大きくなった頃、また訪ねるわ」

マリアがオズワルドに干し肉と薬草の包みを持たせた。

「道中、お役に立てば」

「大切にします」
オズワルドは深々と頭を下げた。

馬車が森の中の小道を進む。
振り返ると、三人の家族が手を振っていた。

「良い人たちだったな」
ガレスが呟いた。

「ああ」
オズワルドが同意した。

「彼らのような人々がいる限り、
この世界には希望がある」

リリアは窓から森を見つめた。

「私たちの旅は、彼らのためでもあるんだね」

そう、彼らのため。
麦の村の人々のため。
これから出会うすべての人々のため。

魔王の封印を守ることの意味が、
少しずつ、三人の心に染み込んでいった。

## 第四章:商人の町 ―陰謀の影―

中部を抜け、北部に入る手前に、
交易の町バルトハイムがあった。

王都を出て四ヶ月。夏の盛りだった。

バルトハイムは活気に満ちていた。
南部の麦、中部の木材、北部の毛皮。
様々な物資が集まる交易の要所。
だが、その賑わいの裏に、
何か不穏な空気が漂っていた。

「宿を探そう」
オズワルドが街の門をくぐりながら言った。

「ここで装備を補充し、北部への準備を整える」

「銀鹿亭」という宿に部屋を取った。
一階は酒場になっていて、
旅人や商人たちで賑わっていた。

その夜、三人が夕食を取っていると、
隣のテーブルの商人たちの会話が聞こえてきた。

「また襲撃があったらしいぞ」

「三度目だ。北への街道で、商隊が襲われている」

「魔族の残党だと噂だが……」

ガレスが顔を上げた。魔族の残党。

五十年前、
魔王に仕えていた魔族たちは、魔王の封印後、
世界中に散らばった。
その多くは人間社会に同化したが、
一部は今でも魔王への忠誠を保ち、
封印を解こうと画策しているという。

「聞いたか?」
ガレスが小声で言った。

「ああ」
オズワルドが頷いた。

「だが、我々の使命は封印の確認だ。
街道の治安維持は……」

「見過ごせというのか?」
ガレスが反論した。

「そうは言っていない」
オズワルドは冷静だった。

「だが、不用意に首を突っ込んで、
自分たちの使命を危険に晒すわけにはいかない」

リリアが二人の間に入った。

「とりあえず、情報を集めましょう。
それから判断しても遅くないわ」

翌日、三人は町で情報収集を始めた。

ガレスは傭兵ギルドへ。
オズワルドは町の神殿へ。
リリアは魔法使いの塔へ。

夕方、宿で情報を持ち寄った。

「傭兵ギルドの話では」
ガレスが報告した。

「襲撃は計画的だ。
商隊の予定を事前に知っているとしか思えない。
内通者がいる可能性が高い」

「神殿では」
オズワルドが続けた。

「最近、町に怪しい人物が
出入りしているという目撃情報があった。
黒いローブを着た、顔を隠した人間たちだ」

「魔法使いの塔の長老が教えてくれたわ」
リリアが最後に報告した。

「北部の山岳地帯に、魔族の残党の拠点があるらしい。
彼らは魔王の復活を信じて、
封印を解く方法を探しているって」

三人は顔を見合わせた。

「つまり」
ガレスがまとめた。

「魔族の残党が、商隊を襲って資金を集め、
封印を解く計画を進めている、と」

「我々の旅も狙われている可能性がある」
オズワルドが険しい顔で言った。

「封印を確認する我々を、
事前に始末しようとするかもしれない」

その夜、事件は起きた。

深夜、リリアが目を覚ました。
何か、妙な気配を感じたのだ。

窓の外を見ると、宿の中庭に黒い影が動いていた。

「ガレス! オズワルド!」

リリアの叫びで、二人も飛び起きた。

「何だ!」

「侵入者よ!」

三人が武器を手に廊下に飛び出すと、
階下から悲鳴が聞こえた。

酒場では、
黒いローブの人物たちが宿の客を脅していた。
その中心に、一際大きな人物がいた。
ローブのフードを取ると、人間ではなかった。
青い肌、尖った耳、額に小さな角。

魔族だった。

「封印確認の旅人はどこだ!」
魔族が吠えた。

「出てこい! 今夜、ここで始末してやる!」

「お望み通り、ここにいる」

ガレスが階段を降りながら言った。
剣を抜いている。

魔族が笑った。

「三人だけか。王都も落ちたものだな。
こんな小僧たちに封印の確認を任せるとは」

「小僧で結構」
リリアが杖を構えた。

「でも、あなたたちを止めるには十分よ」

「止める、だと?」
魔族が嘲笑った。

「お前たちに我らが止められるか! 
魔王様の復活は近い! 
封印など、もうすぐ……」

「黙れ」

オズワルドの声が、酒場に響き渡った。

「魔王の復活など、許さない。
五十年前、勇者たちが命をかけて封じた平和を、
貴様らごときに壊させはしない」

「では、死ね!」

魔族が魔法を放った。
闇の槍が三人に向かって飛んでくる。

オズワルドが聖なる障壁を展開した。
闇の槍が弾かれる。

「ガレス、右! リリア、左を頼む!」

オズワルドの指示に、二人が動いた。

ガレスが右側の黒ローブの集団に突進する。
剣が閃き、一人、また一人と倒れていく。
魔熊戦で学んだこと。
恐怖に負けず、冷静に、確実に。

リリアが左側に火球を放った。
だが、それは陽動だった。
本命は、足元に張り巡らせた氷の魔法。
黒ローブたちが足を滑らせ、転倒する。

「やるな、小娘!」

魔族が直接リリアに向かってきた。
巨大な爪がリリアに迫る。

だが、その時。

「させるか!」

オズワルドが魔族との間に飛び込んだ。
聖なる光が爆発し、魔族が吹き飛ばされた。

「オズワルド!」

リリアが叫んだ。
オズワルドは立っていたが、肩から血が流れていた。
魔族の爪が掠めたのだ。

「構うな! 攻撃を続けろ!」

ガレスが魔族の背後に回り込んだ。
剣が魔族の足を切り裂く。
魔族がよろめいた。

リリアが最大の火炎魔法を放った。

魔族が炎に包まれ、悲鳴を上げた。

「覚えておけ……魔王様の復活は……
止められぬ……」

魔族は呪いの言葉を残して、倒れた。

黒ローブの残党は逃げ去った。

静寂が戻った酒場で、三人は荒い息をついた。

「オズワルド、傷は!」
リリアが駆け寄った。

「大したことない」
オズワルドは肩を押さえながら笑った。

「これくらい、自分で治せる」

彼は自らに治癒の呪文をかけた。
傷が塞がっていく。

宿の主人が震えながら近づいてきた。

「あ、ありがとうございました……
魔族の残党が、こんな町にまで……」

「我々が引き寄せてしまったようです」
オズワルドが謝った。

「申し訳ない」

「いや、いや!」
主人が首を振った。

「あなた方がいなければ、
もっと被害が出ていた。感謝します」

その夜、町中に噂が広まった。
封印確認の旅人が、魔族の残党を退けた、と。

翌朝、
三人が町を出ようとすると、
町の人々が集まっていた。

「これを」
と商人組合の長が、小さな袋を差し出した。

「ささやかですが、旅の資金にしてください」

「我々からも」
と傭兵ギルドの長が、
良質な剣の手入れ用具を持ってきた。

魔法使いの塔の長老は、
リリアに魔法の巻物を渡した。

「いざという時に使いなさい。
あなたには才能がある」

町の神官が、オズワルドに聖水の瓶を持たせた。

「同じ神に仕える者として。
あなたの旅に神の加護がありますように」

三人は、人々の善意に圧倒された。

「ありがとうございます」
ガレスが深々と頭を下げた。

「皆さんの想いを、魔王城まで運びます」

町の門を出る時、三人は振り返った。
大勢の人々が見送っていた。

「重いな」
リリアが呟いた。

「何が?」
ガレスが聞いた。

「期待が」
リリアは答えた。

「みんなの期待。恐いくらいに」

「だが、それが我々を強くする」
オズワルドが言った。

「一人では耐えられない重さも、
三人なら支えられる」

北へ向かう街道を、馬車が進んでいく。

背後には、人々の祈りと期待。

前方には、未知の困難。

だが、三人はもう迷わなかった。

## 第五章:山岳地帯 ―雪の試練―

北部山岳地帯に入ったのは、秋の初めだった。

王都を出て六ヶ月。
季節は巡り、木々は紅く染まり始めていた。
だが、山々は既に雪を頂いていた。

「寒いな」ガレスが吐く息が白い。

「これからもっと寒くなる」
オズワルドが外套を締めた。

「北極圏に近づくほど、気温は下がる」

街道は険しくなった。
岩だらけの山道を、馬車は軋みながら進んだ。

ある日の午後、雪が降り始めた。

「まずいぞ」
オズワルドが空を見上げた。

「吹雪になる」

予感は的中した。
一時間もしないうちに、猛烈な吹雪が襲ってきた。
視界はほとんどゼロ。馬も前に進めない。

「洞窟を探すんだ!」
ガレスが叫んだ。

幸い、すぐ近くに洞窟が見つかった。
三人は馬と馬車を洞窟に引き入れ、
入口を岩で塞いだ。

「助かった……」

リリアが震えながら座り込んだ。
服は雪でびしょ濡れだった。

「着替えろ。濡れたままでは凍死する」

オズワルドが予備の服を取り出した。
三人は急いで着替え、毛布にくるまった。

「火を」

リリアが魔法で火を起こした。
だが、いつもより弱い。

「魔力が……寒さで消耗してる」

「無理するな」
ガレスが薪を集めた。

「普通の火で我慢しよう」

吹雪は三日間続いた。

三日間、
三人は洞窟の中で過ごした。
食料は十分にあったが、寒さは厳しかった。
火を絶やさないように、交代で見張りをした。

「なあ」
二日目の夜、ガレスが口を開いた。

「俺たち、本当に魔王城に辿り着けるのかな」

珍しく、ガレスが弱音を吐いた。

「どうした、急に」
リリアが聞いた。

「いや……」
ガレスは火を見つめた。

「ここまでで、もう六ヶ月だろ。魔熊とも戦った。
魔族とも戦った。吹雪にも閉じ込められた。
これから先、もっと過酷になる。
俺たちに、本当にできるのかって」

沈黙が流れた。

「怖いのか?」
オズワルドが聞いた。

「……ああ」
ガレスは認めた。

「怖いよ。
死ぬかもしれない。
失敗するかもしれない。
期待を裏切るかもしれない」

リリアが膝を抱えた。

「私も怖い。でも……」

「でも?」

「でも、一人じゃない」
リリアは二人を見た。

「ガレスがいる。オズワルドがいる。
三人なら、乗り越えられる気がする」

オズワルドが頷いた。

「私も同じだ。一人なら、とうに諦めていただろう。
だが、君たちがいるから、進める」

ガレスがゆっくりと笑った。

「そうだな。俺たちは、もうチームだ」

三人は手を重ねた。

「約束しよう」
ガレスが言った。

「何があっても、三人で。生きて帰ろう」

「約束」
リリアが微笑んだ。

「約束だ」
オズワルドが力強く言った。

四日目の朝、吹雪が止んだ。

洞窟の外は、一面の銀世界だった。

「美しいな」

リリアが雪景色に見とれた。
苦難の後の、この清らかな美しさ。

「さあ、行こう」

三人は馬車を洞窟から出し、雪道を進み始めた。

困難は、彼らの絆を深めるだけだった。


## 第六章:凍土の村 ―最後の人間の集落―

山岳地帯を抜けると、そこは凍土だった。

樹木はまばらになり、やがて消えた。
地面は永久凍土に覆われ、草一本生えていない。

王都を出て八ヶ月。晩秋から初冬へ。

「人が住んでいる」

オズワルドが驚きの声を上げた。
地平線の先に、煙が見えた。

凍土の村、フロストヘルムだった。

わずか十数軒の家々が、
吹きすさぶ風に耐えるように寄り添っている。
これが、北極圏に入る前の、
最後の人間の集落だった。

「よく来た」

村長のアイナルは、巨漢の老人だった。
白い髭と髪、風雪に刻まれた深い皺。
だが、目は若者のように鋭かった。

「魔王城への旅人だな。五十年間で五組目だ」

「この村を、みんな通るのですか?」
リリアが聞いた。

「ああ。ここが最後の補給地点だ。
ここから先、人間の集落はない。
魔王城まで、あと三ヶ月の道のりだ」

村人たちは、三人を温かく迎えてくれた。
アザラシの肉、干し魚、
そして貴重な野菜のスープ。
凍土でも、工夫次第で野菜は育つのだという。

「なぜ、こんな過酷な場所に?」
ガレスが聞いた。

アイナルが笑った。

「我々の祖先は、魔王と戦った
勇者パーティーの支援部隊だったのだ。
魔王城への道を整備し、補給を行った。
魔王が封印された後も、
我々は役目を果たし続けている。
十年に一度、確認の旅人が来る。
それを支援するのが、我々の誇りだ」

その言葉に、三人は頭を下げた。

村に一週間滞在し、北極圏への準備を整えた。

防寒具の強化。食料の追加。馬への特別な装備。
そして、精神的な準備。

「これから先は、本当の地獄だ」

古老の猟師、ハンスが警告した。
彼は若い頃、魔王城まで行ったことがあるという。

「気温はマイナス三十度を下回る。吹雪は日常だ。
魔獣もいる。そして、最も恐ろしいのは……」

「最も恐ろしいのは?」

「孤独だ」
ハンスは言った。

「白い地獄の中で、何日も何週間も、
人間は自分たち以外誰もいない。
その孤独が、人の心を蝕む」

リリアが震えた。

「大丈夫」
ガレスが肩を叩いた。

「俺たちは三人だ。孤独にはならない」

出発の前日、村で送別の宴が開かれた。

村人総出で、ありったけの食料を持ち寄った。
音楽が奏でられ、人々は踊った。
過酷な凍土の暮らしの中で、
人々は生きる喜びを忘れていなかった。

「歌ってくれ」
とアイナルが三人に言った。

「君たちの故郷の歌を」

ガレスが、王都の古い歌を歌い始めた。
リリアとオズワルドが合わせた。

♪春が来れば、花が咲く
 夏が来れば、緑が満ちる
 秋が来れば、実りがある
 冬が来ても、春はまた来る♪

村人たちが聞き入った。
この凍土には、春も夏も秋もない。
あるのは永遠の冬だけ。
だが、歌を聞きながら、
彼らは温かい南の地を夢見た。

宴の終わり、
アイナルが三人に小さな木彫りの像を渡した。

「我々の守護神だ。持って行け。
必ず、君たちを守ってくれる」

翌朝、別れの時。

村人全員が見送りに出た。

「十年後、また誰かが来る」
アイナルが言った。

「その時、君たちが無事に帰還したと
聞けることを願っている」

「必ず」
ガレスが約束した。

馬車が村を出る。
振り返ると、
村人たちがいつまでも手を振っていた。

それが、三人が見る最後の人間の集落だった。

これから先、魔王城までの三ヶ月、
出会うのは氷と雪と、そして自分たち自身だけ。

「行くぞ」

ガレスが手綱を握った。

「ああ」

リリアとオズワルドが頷いた。

白い地獄への旅が、始まった。

## 第七章:白い地獄 ―極限の絆―

北極圏に入って一ヶ月。

王都を出て九ヶ月。

世界は白一色だった。

空も地面も、すべてが白。
地平線さえ、白い霞の中に消えている。
気温はマイナス四十度。
吹雪が止むことはなかった。

「まだか……」

ガレスが凍える手で地図を確認した。
だが、目印になるものは何もない。
ただ白いだけの世界で、
自分たちがどこにいるのかさえ
分からなくなっていた。

「魔力が……」

リリアが弱々しく呟いた。
彼女は毎日、火の魔法で三人を温めていた。
だが、極寒の中での魔法の消耗は激しかった。

「無理するな、リリア」
オズワルドが心配そうに言った。

「俺の祈りで温めよう」

「いいえ」
リリアは首を振った。

「あなたの祈りは、馬のために使って。
馬が倒れたら、私たちは終わり」

実際、馬も限界に近かった。
毎日、オズワルドが治癒と
加護の祈りを捧げなければ、
とうに倒れていただろう。

「見ろ」

ガレスが指差した。
前方に、黒い影が見えた。

「岩だ! 風よけになる!」

三人は岩陰に馬車を停め、一時の休息を取った。

だが、休息は長くは続かなかった。

その夜、魔獣が襲ってきた。

白い毛皮に覆われた、
狼のような生物。雪原に溶け込み、
気配を完全に消していた。

「魔狼だ!」

ガレスが剣を抜くが、凍えた手は震えていた。
まともに剣を振れない。

魔狼が飛びかかってくる。
ガレスが転がって避ける。
だが、次の攻撃を避けられない。

「ガレス!」

リリアが火球を放った。
だが、魔力が足りない。
火球は小さく、魔狼を怯ませただけだった。

魔狼が今度はリリアに向かってくる。

「させるか!」

オズワルドが飛び出し、杖で魔狼を叩いた。
だが、凍えた体では力が入らない。
魔狼の爪がオズワルドの腕を裂いた。

「オズワルド!」

血が雪に落ちた。鮮やかな赤。

その瞬間、何かがガレスの中で切れた。

怒り。
いや、それ以上の何か。
仲間を傷つけられた、という耐えがたい痛み。

「よくも……!」

ガレスが吠えた。
凍えた体を、怒りが燃やした。
剣が閃いた。
今度は確実に。魔狼の首を斬り飛ばした。

魔狼が倒れた。

静寂。

「オズワルド!」

リリアが駆け寄った。
オズワルドは腕から血を流していたが、
意識はあった。

「大丈夫だ……」

彼は自分に治癒の祈りを捧げようとしたが、
魔力が足りなかった。
極寒の中での戦闘が、彼の力を奪っていた。

「私がやる」

リリアが両手をオズワルドの傷に当てた。
彼女は魔法使いで、治癒魔法は専門ではない。
だが、それでも。

「どうか……」

彼女は自分の残りわずかな魔力のすべてを注ぎ込んだ。
温かい光が傷を包んだ。
完全には治らなかったが、出血は止まった。

そして、リリアは倒れた。

「リリア!」

ガレスが彼女を抱き起こした。
意識はあるが、完全に魔力を使い果たしていた。

「ごめん……もう、火が起こせない……」

「いい、いいんだ」
ガレスは言った。

「十分だ、リリア。お前は十分頑張った」

その夜、三人は寄り添って眠った。

火もなく、ただ互いの体温だけを頼りに。

朝、奇跡的に三人とも目を覚ました。

「生きてる……」

リリアが信じられないように呟いた。

「ああ」
ガレスが笑った。

「俺たちは、しぶといんだ」

オズワルドが包帯を巻いた腕を見た。

「リリア、ありがとう。
君が治してくれなければ、俺は死んでいた」

「私こそ」
リリアは言った。

「二人がいなければ、とっくに諦めてた」

ガレスが立ち上がった。

「さあ、行こう。魔王城は近い。もう少しだ」

三人は再び、白い地獄を進み始めた。

傷つき、疲れ果てていたが、諦めなかった。

なぜなら、一人ではないから。

三人だから。

## 終章:地平線の彼方

王都を出て、ほぼ一年。

そして、ついに。

「見えた!」

ガレスが叫んだ。

地平線の彼方、
白い世界の果てに、黒い影が見えた。

魔王城だった。

三人は馬車を止め、その光景を見つめた。

長かった。本当に、長かった。

麦の村の温かさ。
森の猟師の家族。商人の町での戦い。
凍土の村の人々。そして、白い地獄の試練。

すべてが、この瞬間につながっていた。

「まだ三日かかる」
オズワルドが冷静に言った。

「だが、見えた。希望が見えた」

「ああ」
ガレスが頷いた。

「あと少しだ」

リリアが二人の手を握った。

「一緒に、行こう」

「ああ」

三人は再び、馬車を進め始めた。

魔王城に向かって。

使命を果たすために。

そして、
待っている人々のもとへ、無事に帰るために。

白い雪原を、小さな馬車が進んでいく。

地平線の彼方の黒い城が、
少しずつ大きくなっていく。

旅は、まだまだ続く。

だが、もう終わりは見えている。

三人の勇者たちの物語は、ここで終わらない。

真の試練は、これからだ。

魔王城で待つもの。
そして、一年をかけた帰路。

だが、彼らは知っている。

どんな困難も、三人なら乗り越えられると。

なぜなら、彼らはもう、本当の仲間だから。

―続く―

 

最終回です

全21話 全て読んで下さった人がいましたら

本当にありがとうございました

個人的にも楽しい旅でした

 

子供の頃

サンリオショップのいちご新聞に

トロイア戦争の小説が掲載されていて

それは数話しか読めなかったのですが

その後 中高生になって星に興味を持ち

それを切っ掛けにギリシャ神話が好きになりました

日本の古事記も好きなのですが

多神教の物語は多種多様なお話があり

唯一の絶対神がいない事もあり

みんな得手不得手がある点が非常に気に入ってます

全ての物事にはメリットとデメリットがあり

どちらかだけを選ぶ事は出来ませんが

多神教にはそういう本質的なものがあると思います

一神教は差別的で嫌いです

絶対王政みたいだし・・・

 

まぁ 何にせよ最後までお付き合い頂き

本当にありがとうございました

 

 

 

 

# トロイアの陥落

## 第一章 丸腰の王子

木馬から兵士たちが次々と降りてくるのを、
デイポポス王子は目撃した。

「敵だ! 敵襲だ!」

彼は慌てて寝室を飛び出した。

だが――武具がない。

剣も、槍も、鎧も、すべて消えていた。

「ヘレネ...!」

妻が隠したのだと悟った時には、もう遅かった。

ギリシャ兵たちが彼を囲んだ。

「待て...!」

剣が閃いた。槍が突き刺さった。

デイポポス王子は、あっという間に惨殺された。

窓から、その光景を見ていたヘレネは
――小躍りして喜んだ。

「ついに...ついに終わる...」

彼女の目に、涙が浮かんでいた。
喜びなのか、悲しみなのか、
もはや彼女自身にも分からなかった。

## 第二章 虐殺の夜

トロイアの街で、地獄が始まった。

ギリシャ連合軍による虐殺だった。

老人が斬られ、若者が刺され、
女たちが悲鳴を上げた。

男たちは容赦なく殺された。
女たちは犯され、殺された。

幼い赤子でさえ、兵士の槍に貫かれた。

「やめて! お願い!」

母親の懇願も、虚しく空に消えた。

後の復讐を防ぐため
――王族も平民も、すべて抹殺する。
これが、この時代の戦争だった。

唯一生き残れるのは、
捕虜として妾にされた女性だけだった。

街のあちこちで火が放たれた。
宮殿が燃え、神殿が燃え、家々が燃えた。

勝者は、敗者の国を完全に消滅させる。

戦争とは、国家の存亡をかけた争いだったのだ。

## 第三章 少年戦士の残虐

ネオプトレモスは、父アキレウスの武具を身につけ、
獅子のように戦った。

まだ十歳の少年だったが、その剣は容赦がなかった。

勇者エウリュピュロスを倒し、
ポリテス王子に重傷を負わせた。

ポリテス王子は、ゼウスの祭壇に逃げ込んだ。

「助けてくれ...!」

そこには、老王プリアモスがいた。

「息子よ!」
老王が駆け寄った。

だが、ネオプトレモスは祭壇を踏みにじり、
老王の目の前でポリテス王子に剣を突き立てた。

「貴様...!」

怒り狂ったプリアモス王が、震える手で剣を抜いた。

ネオプトレモスは冷たく笑い、老王を斬り倒した。

トロイアの王は、祭壇の前で息絶えた。

## 第四章 無垢なる者の死

ネオプトレモスは、
次にヘクトルの妻アンドロマケを見つけた。

彼女は幼い息子アステュアナクスを抱いていた。

「この子だけは...!」

アンドロマケは必死に懇願した。

だが、ネオプトレモスは容赦なく幼子を奪い取った。

「いやあああっ!」

彼はトロイアの城壁へと向かい
――幼子を、高い城壁から投げ捨てた。

小さな体が、地面に叩きつけられた。

アンドロマケは気を失った。

彼女は捕虜として連れ去られた。

ネオプトレモスは彼女との間に三人の子をもうけたが、
やがて彼女を手放し、
情報を提供したヘレノス王子に譲った。

その後、
メネラオスとヘレネの娘ヘルミオネと結婚した。

だが
――ヘルミオネは、オレステスの初恋の人だった。

やがて、ネオプトレモスはオレステスに殺された。

## 第五章 王妃の変容

王妃ヘカベは、オデュッセウスに分け与えられた。

だが、知恵の英雄は、
怒り狂った年老いた王妃を拒んだ。

「こんな女はいらぬ」

ヘカベは放逐された。

夫を失い、息子たちを失い、孫を失い、
国を失った老婆は、やがて変容し始めた。

その姿は次第に牝犬へと変わっていった。

吠えながら、彼女は闇の中へと走り去っていった。

## 第六章 英雄たちの帰還

オデュッセウスは帰国の途についた。

だが、故郷イタケに辿り着くまでに、
二十年もの歳月を費やすことになる。

アガメムノンは、王女カサンドラを捕虜とした。

「あなたは国に帰れば、
地位も名誉も剥奪され、死ぬでしょう」

カサンドラは予言した。

だが、誰も信じなかった。

事実――長女イピゲネイアを生贄にしたこと、
トロイア人の妾を連れ帰ったことで、
妻クリュタイムネストラに恨まれていた
アガメムノンは、
愛人アイギストスと組んだ妻に殺された。

しかし、クリュタイムネストラもまた、
息子オレステスに復讐され、愛人共々殺された。

## 第七章 美しき者の運命

メネラオスは、
ヘレネと再会した時、彼女を殺すつもりだった。

十年の戦いを引き起こした女を、
許すつもりはなかった。

だが――。

彼女の美しい顔を見た瞬間、
その決意は霧のように消えた。

「ヘレネ...」

二人は、共にスパルタへと帰国した。

しかし、
トロイア戦争の発端となった女への
憎しみは消えなかった。

やがて、ヘレネはメネラオスの甥
オレステスに殺された。

## 第八章 新たなる始まり

炎上するトロイアから、一人の男が逃げ延びた。

アイネイアスだった。

彼は年老いた父アンキセスを背負い、
息子の手を引いて、燃える街を後にした。

「父上、しっかりしてください」

長い旅の果てに、
アイネイアスはイタリアに上陸した。

そこで彼は、新たな国を建国した。

その国は、やがてローマと呼ばれることになる。

## 終章 生き延びた裏切り者

ヘレノス王子は、途中でギリシャ側に投降し、
有益な情報を提供したため、
トロイア王子の中で唯一殺されずに済んだ。

未亡人となったアンドロマケと結婚し、
エペイロスの王となった。

裏切り者は生き延び、王となった。

---

*(後の時代、考古学者シュリーマンが
トロイアの遺跡を発掘した。
それは九層からなる階層都市だった。
第七層以降は戦争による壊滅、
第六層は地震による倒壊だったという。)*

*(海も山も近いトロイアは、常に侵略の対象だった。
何度も破壊され、何度も再建された。)*

こうして、十年に及ぶトロイア戦争は終わった。

栄華を誇った都市は灰燼に帰し、
英雄たちもまた、それぞれの運命を辿った。

勝者も敗者も、
誰一人として幸せにはなれなかった。

それが、この戦争の真実だった――。

 

「あとがき」

戦争には侵略戦争と防衛戦争があり

侵略戦争はやってはいけないと思います

なるべく事前の話し合いで解決すべきです

今回 ヘレネを奪った事が戦争の発端であり

それ以前にどこかで止めるべきだったと思います

ただどこで止めてもデメリットはあります

どのデメリットを受け入れるか?

難しい問題ですがそれでも戦争をするよりはマシでしょう

防衛戦争は受動的なものなので

いくら戦争したくないと言っても無駄です

戦争がやって来るのですからどうやっても逃げられません

負けて国を失ったらその国の国民の保証も無くなります

たまにもし日本が戦争になったら海外に・・・

という人がいますが日本が負けたら日本人の保証は無くなり

難民として扱われますが世界での難民の扱いなんて

かなり酷く暴行、強姦、最悪 虐殺されています

更に戦勝国が帰国命令を出した場合

その国から追放される場合もあります

戦争に負けるという事はそういう事なんです

 

かつての日本の敗戦では米国の緩い占領政策のおかげで

そこまで酷い事はされませんでした

それは戦争で日本の実力を示せた事で

米国から未開の劣等種族扱いされなくなったせいです

 

当時の欧米は世界中の有色人種を

未開の劣等種族として家畜以下の扱いをしていました

所謂 植民地政策です

第二次世界大戦に勝った事で

この欧米の横暴は有耶無耶にされて

未だに謝罪も賠償もされていないどころか

植民地政策は良い政策だったと思っています

酷い話です

日本は世界で初めて全人類平等を訴えました

それに欧米諸国が気に食わなかった為

どうにかして潰してやろうとと思われ

戦争に引き吊り込まれました

 

たまに日本が戦争を回避出来たのでは?

なんて平和ボケがいますが

戦争を回避するには

日本が欧米の奴隷になるしかなかったのです

もしそうなっていたら

日本は今も発展途上国だったかもしれません

 

また多くの人が誤解していますが

日本が鎖国をした切っ掛けは

欧州がキリスト教を使って日本人を誘拐して

奴隷として海外に連れ去っていた為でした

 

欧米は今も根本的には有色人種を差別しています

表面的には平等とか言ってますが

その内面、民族性は全く変わりません

一部の有色人種は差別されたのだから

今度は差別し返すのも当然だ

と幼稚な反論をしています

どちらもとても愚かな事だと思います

何故 過去の反省を活かして

改善しようとしないのか?

 

人類に欲望がある限り

人類が精神的に発展する事は無く

争いも無くならないと思います

人類なんて所詮 その程度の存在なんだと思います

 


 

次回で最終回です

 

 

# トロイの木馬

## 第一章 知恵者の策略

十年にわたる戦いは、膠着状態に陥っていた。

アキレウスを失い、パリスを倒し、パラディオンを奪い
――それでも、トロイアの城壁は崩れなかった。

ある夜、オデュッセウスが作戦会議で口を開いた。

「力ではトロイアは落ちない」
彼の目が光った。

「ならば、知恵で落とす」

「どうやって?」

アガメムノンが問うた。

「巨大な木馬を造るのだ」

一同が顔を見合わせた。

「木馬...?」

「そうだ。アテネへの献上品と偽り、中に兵を潜ませる」

オデュッセウスは続けた。

「そして、トロイアの門を内側から開けさせるのだ」

## 第二章 秘密の建造

名工エペイオスが呼ばれた。

「できるか?」

「やってみましょう」

巨大な囲いが造られた。
トロイアから何も見えないように、高い板で覆われた。

その中で、木馬が造られていった。

三階建ての家ほどもある、巨大な馬。
その腹の中は空洞で、
兵士が隠れられるようになっていた。

トロイアの城壁から見張っていた兵士たちは、
首を傾げた。

「何を造っているのだ...?」

だが、囲いの中は見えなかった。

## 第三章 偽りの撤退

木馬が完成すると、ギリシャ連合軍は動き出した。

すべての船が港を離れ、テネドス島へと向かった。
トロイアからは見えない場所だった。

「敵が...撤退している!」

トロイアの見張り兵が叫んだ。

人々は喜びに湧いた。
十年の戦いが、ついに終わったのだ。

だが、浜辺には奇妙なものが残されていた。

巨大な木馬だった。

## 第四章 捕虜の告白

トロイア軍が木馬を調べていると、
一人の男が見つかった。

ぼろ布をまとい、傷だらけの男。

シノン――オデュッセウスの異母兄弟だった。

「お前は何者だ!」

兵士たちが彼を捕らえた。

拷問が始まった。

「この木馬は何だ! 答えろ!」

シノンは苦しみながら語った。

「これは...アテネへの献上品です」
彼は喘いだ。

「神託が告げたのです。
一度全軍が撤退し、もう一度攻めに来なければ、
トロイアは陥落しないと」

「それで撤退したのか?」

「そうです...アテネ女神の怒りを鎮めるため、
この木馬を献上したのです...」

トロイアの兵士たちは、その話を信じかけた。

## 第五章 神官の警告

「待て!」

一人の男が進み出た。

神官ラオコーン――プリアモス王の息子でもあった。

「これは罠だ!」
彼は叫んだ。

「ギリシャ人を信じてはならぬ! 
贈り物をする者にも警戒せよ!」

彼は槍を手に取り、木馬の腹を突いた。

その時――。

海から、異様なうねりが起こった。

二匹の巨大な海蛇が、波を蹴立てて迫ってきた。

ポセイドンの使いだった。
海神は、ギリシャ軍に味方していたのだ。

「父上!」

ラオコーンの二人の息子が駆け寄った。

だが、海蛇は三人に巻きついた。

「ぐあああっ!」

締め上げられ、毒が注入された。

ラオコーンと二人の息子は、人々の目の前で絶命した。

## 第六章 悲劇の予言者

「神罰だ!」

人々は恐れおののいた。

「ラオコーンが、アテネへの献上品を拒んだから...!」

「木馬を城内に運び入れよ!」

巨大な木馬が、トロイアの門をくぐった。

カサンドラ王女が駆け寄ってきた。

「やめて!」
彼女は叫んだ。

「その木馬を入れてはいけない! 罠よ、罠なの!」

だが、誰も彼女の言葉に耳を貸さなかった。

アポロンに呪われた予言者
――彼女の予言は常に真実だが、
決して信じられない運命にあった。

「お願い...聞いて...」

カサンドラは泣き崩れた。

だが、木馬はすでに城内に入っていた。

## 第七章 最後の宴

その夜、トロイアでは盛大な祭りが開かれた。

「戦争が終わった!」

「アテネ女神に感謝を!」

酒が注がれ、歌が歌われた。
人々は木馬の周りで踊り、笑い、喜んだ。

ただ一人、ヘレネだけが木馬の正体に気づいていた。

彼女は夫デイポポスが眠りにつくと、
密かに彼の武具をすべて隠した。
剣も、槍も、鎧も。

「許して...」
彼女は呟いた。

「でも、これ以上の血は見たくないの」

## 終章 深夜の惨劇

夜が更けた。

宴会に酔いしれた人々は、深い眠りについていた。

木馬の腹が、静かに開いた。

縄梯子が降ろされ、男たちが降りてきた。

オデュッセウス、ディオメデス、メネラオス
――約三十名の精鋭たちだった。

彼らは音もなく動いた。

見張りの兵士が、次々と倒された。

城門が内側から開かれた。

シノンが浜辺で松明を掲げた。

その合図を見て、
テネドス島に隠れていた
ギリシャ連合軍の船が動き出した。

アガメムノンが剣を掲げた。

「突撃!」

数千の兵士が、
開かれた門からトロイアに雪崩れ込んだ。

眠りについていたトロイアの人々が目を覚ました時、
すでに街は炎に包まれていた。

十年の戦いは、
一夜にして終わりを迎えようとしていた――。

 

 

遂に今回を含め残り3話で終わりです

 

# 裏切りと策略

## 第一章 ヘレネを巡る争い

パリスの死後、
トロイアの宮殿で醜い争いが始まった。

「ヘレネは私のものだ!」

「いや、私が!」

プリアモス王の息子たちが、
ヘレネを巡って争った。

美しきヘレネは、黙ってその光景を見ていた。
またしても、
彼女は男たちの欲望の対象でしかなかった。

「静まれ!」

老王プトレマイオスが声を上げた。

「ヘレネは、デイポポスに与える」

デイポポス王子が勝ち誇った笑みを浮かべた。

だが、一人の王子が顔色を変えた。

ヘレノス王子――予言者でもある聡明な王子だった。

「私ではないのか...」

彼は唇を噛んだ。

## 第二章 予言者の裏切り

その夜、ヘレノス王子は密かに城を出た。

そして、信じられないことに
――ギリシャ軍の陣営へと向かった。

「何者だ!」

兵士たちが槍を向けた。

「私は、プリアモス王の息子、ヘレノスだ」
王子は両手を上げた。

「話がある」

オデュッセウスとアガメムノンの前に
連れてこられたヘレノスは、
驚くべき情報を語り始めた。

「トロイアには、アテネ像パラディオンがある」

「パラディオン...?」

「あれがある限り、トロイアは決して落ちない」
ヘレノスは続けた。

「また、私の予言によれば
――落城には、アキレウスの息子
ネオプトレモスの参戦が必要だ」

双子の妹カサンドラと同じく
予言の力を持つヘレノスの言葉は、信憑性があった。

オデュッセウスの目が光った。

「ならば、やるべきことは明らかだ」

## 第三章 潜入

数日後、二人の浮浪者がトロイアの城門をくぐった。

ぼろ布をまとい、顔は汚れ、髪は乱れていた。

それは、
変装したオデュッセウスとディオメデスだった。

城門の近くで、一人の女性が彼らを待っていた。

ヘレネだった。

「こちらです」
彼女は小声で言った。

「私が道案内をします」

「なぜ、我々を...?」
ディオメデスが訝しんだ。

「もう、うんざりなのです」
ヘレネの目には疲れが浮かんでいた。

「男たちの争いに、これ以上巻き込まれたくない。
この戦争を、終わらせたいのです」

ヘレネの手引きにより、
二人は容易に城内に潜入できた。

## 第四章 神像の魔力

深夜、二人はアテネ神殿に辿り着いた。

そこに、パラディオンがあった。

木でできた、古い像。
だが、その瞳には不思議な光が宿っていた。

「あれだ」

オデュッセウスとディオメデスは、像に近づいた。

二人で像を持ち上げた瞬間――。

「貴様!」

オデュッセウスがディオメデスに剣を向けた。

「何を!」

ディオメデスも剣を抜いた。

パラディオンの魔力が、二人の心を狂わせていた。
互いが互いを敵兵だと認識し、殺し合おうとしていた。

「ぐっ...!」

オデュッセウスが歯を食いしばった。

*これは...幻覚だ!*

知恵の英雄は、必死に理性を保とうとした。

「ディオメデス! 目を覚ませ! 
私だ、オデュッセウスだ!」

「オデュッセウス...?」

ディオメデスの目から、狂気が消えていった。

二人は震える手で像を運び出した。

## 第五章 神殿への奉納

夜明け前、二人はトロイアを脱出した。

パラディオンは、
イーダ山のアテネ神殿に奉納された。

「これで、トロイアの守護は失われた」
オデュッセウスは満足げに言った。

「次は――」

「アキレウスの息子だな」

二人は、スキロス島へと向かった。

## 第六章 少年英雄

スキロス島の宮殿で、
一人の少年が剣の稽古をしていた。

金髪で、鋭い目つき。
まだ幼いが、その動きには父の面影があった。

ネオプトレモス
――アキレウスの息子。わずか十歳だった。

「ネオプトレモス殿」

オデュッセウスが呼びかけた。

「誰だ?」少年は剣を構えた。

「私はオデュッセウス。お父上の盟友だった者だ」

少年の目が輝いた。

「父の...!」

「お願いがある」
オデュッセウスは膝をついた。

「トロイア戦争に参加していただきたい。
お父上の武具を受け継ぎ、トロイアを落とすために」

ネオプトレモスは一瞬も躊躇しなかった。

「喜んで!」

わずか十歳の少年は、目を輝かせて答えた。

「父の仇を討ち、父の名誉を守りたい!」

## 終章 運命の歯車

こうして、すべての駒が揃った。

パラディオンは奪われた。

アキレウスの息子が参戦する。

ヘレノスの予言は、成就しつつあった。

オデュッセウスは、船上で空を見上げた。

「もうすぐだ...」

彼の頭の中では、すでに最後の策が練られていた。

巨大な木馬の姿が、その脳裏に浮かんでいた――。

トロイア戦争は、
ついに最終局面を迎えようとしていた。

# ヘラクレスの弓

## 第一章 予言者の言葉

アキレウスを失ったギリシャ連合軍は、
深い絶望に包まれていた。

最強の戦士なくして、
どうやってトロイアを落とせばいいのか。

その時、予言者カルカスが口を開いた。

「戦争が長期化している原因は明らかだ」
老予言者の目が光った。

「ヘラクレスの弓がないからだ」

「ヘラクレスの弓...?」
アガメムノンが問うた。

「そうだ。あの神弓がなければ、トロイアは落ちぬ」

一人の男が顔色を変えた。オデュッセウスだった。

彼は、その弓の持ち主を知っていた。

## 第二章 忘れられた男

「レムノス島へ向かう」

オデュッセウスは、
勇士ディオメデスを伴って船出した。

レムノス島――荒涼とした、誰も住まぬ孤島。

だが、そこには一人の男が住んでいた。

ピロクテテス。

トロイア戦争の初期、
彼は誤って自らの毒矢を足に刺してしまった。
ヒドラの毒が塗られた矢だった。
傷は腐り、耐え難い悪臭を放った。

「あの臭いには耐えられん」

仲間たちは、
ピロクテテスをこの島に置き去りにした。

あれから、約十年――。

## 第三章 裏切られた男の怒り

「ピロクテテス!」

オデュッセウスが呼びかけると、
洞窟から一人の男が現れた。

髪は乱れ、髭は伸び放題。
痩せこけた体に、ぼろ布をまとっていた。
だが、その手には、黄金に輝く弓が握られていた。

ヘラクレスの弓。

「よくも...」
ピロクテテスの声は、憎悪に震えていた。

「よくも現れたな、オデュッセウス!」

「すまなかった。だが、今こそその弓が必要なのだ」

「ふざけるな!」
ピロクテテスは弓を構えた。

「十年だ! 十年もこの島で、
お前たちは私を見捨てた!」

「頼む。トロイアを落とすために――」

「知るか! 帰れ!」

オデュッセウスとディオメデスは、
何度も説得を試みた。

だが、ピロクテテスは首を縦に振らなかった。

## 第四章 親友の言葉

その夜、ピロクテテスは夢を見た。

黄金の光に包まれた男が、洞窟に立っていた。

「ヘラクレス...!」

かつて、この弓を譲ってくれた、最愛の親友だった。

「ピロクテテスよ」
ヘラクレスの声は優しかった。

「トロイアへ行け」

「しかし...」

「トロイアには名医がいる。
お前の足を治してくれるだろう」
ヘラクレスは微笑んだ。

「そして、その後――争いの根源、
パリスを射抜くのだ」

「パリス...」

「お前の弓でなければ、
彼は倒せぬ。頼んだぞ、友よ」

光が消えた。

ピロクテテスは目を覚ました。

## 第五章 名医の治療

翌朝、
ピロクテテスはオデュッセウスたちの前に立った。

「...行こう」

「本当か?!」

「ヘラクレスが、そう言った」

三人は船に乗り込み、トロイアへと向かった。

トロイアに着くと、
ピロクテテスは名医マカオンのもとへ連れて行かれた。

「これは...ひどい」
マカオンは眉をひそめた。

「だが、治せる」

薬草が塗られ、包帯が巻かれた。

数日後、ピロクテテスの足は完全に治った。

「十年ぶりに...歩ける」

彼は涙を流した。

そして、ヘラクレスの弓を手に取った。

## 第六章 運命の一矢

戦場に、パリスが現れた。

トロイアの王子は、
いつものように華やかな鎧に身を包んでいた。
アキレウスを殺した男として、彼は得意げだった。

「パリス!」

ピロクテテスが弓を構えた。

矢には、ヒドラの毒が塗られていた。

弦が引かれた。

矢が放たれた。

風を切る音の後――矢は、パリスの胸を貫いた。

「ぐあっ!」

パリスは倒れた。

## 第七章 前妻の選択

「誰か...誰か治療を!」

トロイアの兵士たちが駆け寄った。
だが、誰もこの傷を治せなかった。

「オイノネ...」
パリスは苦しみながら呟いた。

「オイノネを...」

オイノネ――パリスの前妻。
彼がヘレネと駆け落ちする前に、捨てた妻だった。
彼女は医術に長けた女性で、
この傷を治せる唯一の人物だった。

使者がオイノネのもとへ走った。

「パリス様が...治療を...」

オイノネは冷たく答えた。

「お断りします」

「しかし!」

「私を捨てた男です。
なぜ、私が助けなければならないのですか」

使者は手ぶらで戻った。

パリスは、苦しみながら息絶えた。

## 終章 炎の中の後悔

パリスの遺体は、火葬台に置かれた。

炎が上がった。

遠くから、一人の女性がそれを見ていた。

オイノネだった。

炎を見つめるうちに、彼女の目から涙が溢れた。

「私は...間違っていた」

かつて愛した男。自分を捨てた男。憎んでいた男。

だが――やはり、愛していた。

オイノネは走り出した。

「待って!」

誰かが止めようとしたが、彼女は振り切った。

そして、炎の中へと飛び込んだ。

「パリス...!」

二つの体が、炎に包まれた。

人々は、ただ呆然と見守ることしかできなかった。

愛と憎しみ。後悔と赦し。

すべてが炎の中で一つになった。

---

パリスの死は、
トロイア戦争の終わりの始まりだった。

ヘレネを奪った男は死んだ。

だが、戦争はまだ終わらない。

オデュッセウスの狡猾な頭脳が、
最後の策を練り始めていた――。

 

# 運命の終焉

## 第一章 一目惚れ

戦いの合間、
アキレウスはトロイアの城壁を見上げていた。

その時、
一人の少女が城壁の上を歩いているのが見えた。

白い衣をまとい、黒髪が風になびいている。
その姿は、まるで女神のようだった。

「あれは...」

アキレウスの心臓が、激しく打った。

それは、プリアモス王の娘、ポリュクセネだった。

多くの敵を倒してきた最強の戦士が、
初めて恋に落ちた瞬間だった。

## 第二章 和平の提案

アキレウスは使者を送った。

「もし、ポリュクセネ様を妻として迎えられるなら、
私はギリシャ連合軍に和平交渉を働きかけよう」

この提案に、プリアモス王は驚いた。

長い戦いに疲弊していた老王は、
和平の可能性に希望を見出した。

「アキレウスを、アポロン神殿に招こう」

王は決断した。

「そこで、話し合いを行う」

## 第三章 神殿の罠

アポロン神殿は、静かだった。

アキレウスが神殿に足を踏み入れると、
プリアモス王とその息子パリスが待っていた。

だが、この神殿には、もう一人の存在がいた。

太陽神アポロン
――彼は、アキレウスの数々の活躍を
苦々しく思っていた。
多くのトロイアの英雄たちが、この男に倒されてきた。
ヘクトルも、アポロンが守護していた勇士だった。

*この男を、ここで終わらせよう*

神は、パリスの耳に囁いた。

「アキレウスの踵を狙え。そこが、唯一の弱点だ」

パリスは震える手で弓を引いた。

アキレウスが和平の条件を語り始めたその時――。

矢が放たれた。

## 第四章 英雄の最期

矢は、正確にアキレウスの踵を射抜いた。

「ぐっ...!」

最強の戦士が、膝をついた。

毒が全身に回り始めた。アキレウスは理解した。
これが、神馬が予言した死の時なのだと。

「アキレウス様!」

ポリュクセネが駆け寄ってきた。

アキレウスは彼女を見上げ、微かに笑った。

「美しい...」

その言葉を最後に、英雄は倒れた。

ポリュクセネは、
アキレウスの踵に刺さった矢を抜いた。
そして――。

「お待ちください」

彼女はその矢を、自分の胸に突き刺した。

少女は、愛した男の傍らに倒れた。

## 第五章 武具を巡る争い

アイアスとオデュッセウスが、
命がけでアキレウスの遺体を回収した。

葬儀が終わると、
アキレウスの武具を誰が受け継ぐかが問題となった。

名乗りを上げたのは、
アイアスとオデュッセウスだった。

連合軍の大将たちによる投票が行われた。

結果は――オデュッセウス。

だが、アイアスは後に真実を知った。

オデュッセウスが、
事前に大将たちを買収していたのだ。

「卑怯者...!」

アイアスは怒り狂った。
だが、その怒りを他者に向ければ、
味方を殺すことになる。

「ならば...」

彼は剣を抜き、自らの胸に突き立てた。

## 第六章 悲しみの花

アイアスが倒れた場所から、美しい花が咲いた。

紫色のヒアシンスだった。

その花びらには、不思議な模様があった。
まるで文字のように見えるその模様は、「AI」
――アイアスの名のようにも、
ギリシャ語で「ああ、悲しい」
という嘆きのようにも見えた。

*(この花の名は、後世では太陽神アポロンに愛された
美少年ヒュアキントスの物語によって
語られることの方が多くなるが、
この時、アイアスの血から咲いたのも
また事実であった)*

## 第七章 白い島

深い海の底で、
女神テティスは息子のために特別な場所を造っていた。

「白い島(レウケ)」
――アキレウスが永遠に憩う楽園。

テティスはアキレウスの霊を呼んだ。

「さあ、息子よ。ここがあなたの住処です」

だがアキレウスの霊は首を横に振った。

「母上、私は一人では行きません」

「何を言うのです?」

「ポリュクセネと共でなければ、
私はそこへは行かない」

テティスは困惑した。

「それは...人間の娘ではありませんか」

「彼女は、私のために命を捨てました」
アキレウスの霊は静かに言った。

「彼女なしでは、どんな楽園も意味がない」

「ならば黄泉の国へ行くのですか?」

「仕方ありません」

テティスは愕然とした。
息子が黄泉の国へ行けば、二度と会えなくなる。

女神は長い沈黙の後、ため息をついた。

「...分かりました」

## 終章 永遠の愛

こうして、アキレウスとポリュクセネの霊は
共に「白い島(レウケ)」へと向かった。

波が穏やかに打ち寄せる白い砂浜。

永遠に沈まない太陽。

そこで、二人は永遠に共に暮らすことになった。

戦場で出会い、恋に落ち、
共に死んだ二人の魂は、
ついに平和な場所で結ばれたのだった。

海の彼方から、テティスがその姿を見守っていた。

「息子よ...幸せに」

女神の涙が、海に溶けていった。

---

アキレウスの死は、トロイア戦争の転換点となった。

最強の英雄を失ったギリシャ軍は、
新たな策を必要とした。

そして、オデュッセウスの狡猾な知恵が、
やがて巨大な木馬となって現れることになる――。

だがそれは、また別の物語である。
 

# 新たなる戦い

## 第一章 失われた盾

ヘクトルの死後、トロイアは大きな支えを失った。

城壁の守りは手薄になり、兵士たちの士気は下がり、
プリアモス王の顔には深い憂いの影が差していた。

「このままでは...」老王は呟いた。

だが、トロイアは孤立していなかった。
遠い国々から、次々と援軍が駆けつけた。
その中には、伝説の戦士たちもいた。

そして、ある日――。

城門が開き、見たこともない軍勢が入城してきた。

それは、すべて女性の戦士たちだった。

## 第二章 女王ペンテシレイア

「アマゾンの女王ペンテシレイアが参られた!」

伝令の声に、トロイアの人々は色めき立った。

黄金の鎧に身を包んだ女王は、戦神アレスの娘だった。
その瞳には炎が燃え、
その腕には比類なき力が宿っていた。

「プリアモス王よ」
ペンテシレイアは高らかに宣言した。

「我がアマゾンの戦士たちが、
トロイアのために戦おう」

翌日、戦いが始まった。

アマゾンの女戦士たちは、
嵐のようにギリシャ軍に襲いかかった。
弓が鳴り、槍が舞い、剣が閃いた。

ヘクトルなき後、
トロイア軍を追い詰めていた連合軍は、
一気に押し返された。

「何という強さだ!」
ギリシャの勇士たちは驚愕した。

だが、その時――。

「退け」

低い声が響いた。

アキレウスが進み出た。

## 第三章 二人の戦神の子

ペンテシレイアとアキレウス。

戦神アレスの娘と、海神テティスの息子。

二人の英雄が、戦場の中央で対峙した。

「女だからといって、容赦はせぬぞ」
アキレウスが言った。

「望むところだ」
ペンテシレイアは笑った。

「女を侮る者こそ、我が槍の錆となる!」

槍と槍がぶつかり合い、火花が散った。

ペンテシレイアの動きは、風のように速く、
稲妻のように鋭かった。
アキレウスでさえ、押され気味だった。

「強い...!」

アキレウスの額に、汗が滲んだ。

だが、最強の英雄は、ついに隙を見出した。

槍が一閃し、ペンテシレイアの鎧を貫いた。

女王は膝をついた。

## 第四章 美しき勇者への敬意

倒れたペンテシレイアの兜が外れた。

その時、アキレウスは息を呑んだ。

黄金の髪が流れ落ち、美しい顔が現れた。
その瞳には、恐れではなく、誇りが輝いていた。

「見事だった」
アキレウスは膝をついた。

「あなたの強さと勇気に、敬意を表します」

彼は女王の手を取り、静かに目を閉じさせた。

その時、嘲笑の声が響いた。

「はっ! 女に惚れたか、アキレウス!」

醜い男、テルシテスだった。
彼は戦いには臆病だが、口だけは達者な男だった。

「女戦士に敬意だと? 笑わせるな!」

アキレウスの目が、氷のように冷たくなった。

「貴様...」

次の瞬間、
アキレウスの拳がテルシテスの顔面を打った。

鈍い音が響いた。

テルシテスは地面に倒れ、二度と動かなかった。

周囲が静まり返った。誰も、何も言えなかった。

*(後の時代、
ソビエト連邦のマルクス主義文学者たちは、
権力に媚びず真実を語ったとして、
このテルシテスを民衆の英雄として
崇拝することになる。
歴史とは、なんと皮肉なものか)*

## 第五章 エティオピアの王子

数日後、新たな援軍がトロイアに到着した。

エティオピアの王子メムノンと、その精鋭部隊だった。

メムノンは暁の女神エオスの息子で、
その武勇はアキレウスに匹敵すると言われていた。
黒檀のような肌に、黄金の鎧が輝いていた。

「メムノン王子が来てくださった!」

トロイアに、再び希望が灯った。

戦いが始まると、メムノンの強さは本物だった。
彼の槍は次々とギリシャの勇士を倒していった。

そして――。

「アンティロコス!」

ネストルの息子、若き勇者アンティロコスが、
メムノンの槍に倒れた。

## 第六章 父の涙、息子の誓い

「息子よ...!」

白髪の老将ネストルが、息子の亡骸に駆け寄った。

「メムノン!」
老将は剣を抜いた。

「この老いぼれが相手だ!」

メムノン王子は首を横に振った。

「老兵殿、私は老人と戦う趣味はない。
誰か、他の者を寄越してくれ」

その時、群衆が割れた。

「私が相手をしよう」

アキレウスだった。

ネストルは涙を流した。

「アキレウスよ、頼む。息子の仇を...」

「お任せください」
アキレウスは老将の肩に手を置いた。

「必ず」

## 終章 暁の女神の嘆き

メムノンとアキレウスが対峙した。

二人の英雄は、互いに一歩も引かなかった。
槍と槍が幾度も交わり、大地が震えた。

戦いは一日中続いた。

太陽が西に傾き始めた時、
ついにアキレウスの槍が、メムノンの胸を貫いた。

「見事...だ...」

メムノン王子は微笑んで倒れた。

天から、暁の女神エオスの嘆きの声が響いた。
愛する息子を失った母の悲しみが、空を覆った。

アキレウスは空を見上げた。

また一人、強敵を倒した。

だが、神馬の予言は、
まだ彼の心に重くのしかかっていた。

*――あなたの死期は、もうすぐです*

アキレウスは剣を鞘に収めた。

運命の時は、確実に近づいていた――。
 

# 哀しみの果てに

## 第一章 果たされた誓い

アキレウスはヘクトルの遺体を
パトロクロスの亡骸の前に置いた。

「友よ」
彼は膝をついた。

「無事、仇を討ったぞ」

パトロクロスの葬儀は盛大に執り行われた。
薪が高く積まれ、その上に友の遺体が安置された。
アキレウス自らが松明を掲げ、火が灯された。

炎が天高く昇る中、
ギリシャ連合軍は弔いの競技大会を開いた。
戦車競走、槍投げ、レスリング。
勇士たちが力と技を競い合い、
勝者には豪華な賞品が贈られた。

夜には盛大な宴が催された。
酒が注がれ、肉が焼かれ、笑い声が響いた。

だが、アキレウスだけは何も口にしなかった。
眠ることもできなかった。

## 第二章 終わらない怒り

夜が更けると、
アキレウスは再びヘクトルの遺体を戦車に繋いだ。

パトロクロスの墓の周りを、
何度も何度も引き摺り回した。
大地に遺体が打ちつけられ、砂埃が舞い上がった。

しかし不思議なことに、どれほど引き摺られても、
ヘクトルの遺体は傷つかなかった。
それは太陽神アポロンが、
哀れに思って守護していたからだった。

「いつまでこのようなことを...」

オリュンポスの山から見下ろしていたゼウスは、
ついに決断した。

## 第三章 神々の介入

「テティスよ」ゼウスが呼びかけた。

海から現れた女神に、神々の王は告げた。

「そなたの息子に伝えよ。
ヘクトルの遺体をトロイアに返還するようにと。
これ以上の冒涜は、神々も許さぬ」

同時に、ゼウスは虹の女神イリスを
トロイアへと遣わした。

「プリアモス王よ」
女神は告げた。

「恐れずにアキレウスの陣営へ行きなさい。
ヘクトルの遺体を取り戻すのです」

## 第四章 老王の旅立ち

プリアモス王が旅立ちの準備を始めると、
王妃ヘカベが縋りついた。

「お止めください!」
彼女は泣いた。

「あの残忍なアキレウスが、
あなたを生かして返すはずがありません!」

トロイアの人々も嘆き悲しんだ。
老王は、二度と生きて戻ることはないだろうと、
誰もが思った。

だがプリアモス王は決意していた。

「息子を取り戻さねばならぬ」

年老いた従者イダイオスだけを連れ、
王は夜の闇に消えた。
馬車には、ヘクトルと同じ重さの金塊、
美しい織物、見事な家具が積まれていた。

道中、神の使いヘルメスが姿を隠して付き添い、
誰にも妨害されることなく、
二人はアキレウスの陣営に辿り着いた。

## 第五章 敵の前に跪く父

アキレウスが一人、
天幕で座っていた時、老人が入ってきた。

プリアモス王は、驚くアキレウスの前に跪いた。
そして、敵将の手を取り、口づけした。

「アキレウスよ」
老王の声は震えていた。

「あなたの父上を思い出してください。
私と同じく、年老いた父を」

アキレウスの目に、涙が浮かんだ。

遠いフティアの地にいる、

老いた父ペレウスの顔が浮かんだ。

「私は、息子殺しの手に口づけしています」
プリアモス王は続けた。

「どうか、ヘクトルの遺体を返してください。
これらすべてを差し上げます」

金塊、織物、家具――トロイアの財宝が並べられた。

アキレウスは立ち上がった。

「テティス様に説得され、
そしてあなたの誠意に心を動かされました」

彼は高価な織物を手に取り、
自らヘクトルの裸の遺体を覆った。

「さらに申し出ます」
アキレウスは言った。

「ヘクトルの葬儀のために、十二日間の休戦を」

## 第六章 帰還

プリアモス王がトロイアの門をくぐると、
街中の人々が集まってきた。

馬車の上の、織物に包まれた遺体を見て、
人々は理解した。

「ヘクトル様が...」

「ヘクトルが帰ってきた...」

王妃ヘカベは遺体に縋りついて泣き崩れた。
妻アンドロマケは、夫の冷たい顔に触れ、
声も出せずに涙を流した。

街中の人々が、
トロイアの守護者の死を悼んで泣いた。

## 終章 英雄の葬送

翌日から九日間、
トロイアの人々は総出で火葬台を作った。

木材が積み上げられ、香油が注がれ、
高い塔のような火葬台が完成した。

十日目の朝、
ヘクトルの遺体が火葬台の頂に安置された。

街中の人々が周りを囲んだ。
老いも若きも、男も女も、誰もが涙を流した。

火が灯された。

炎が天高く昇り、トロイア最強の英雄を包み込んだ。
人々は一晩中、その炎を見守った。

翌朝、遺体が燃え尽きると、
人々は葡萄酒をかけて火を消した。

遺骨は丁寧に集められ、金の壺に納められた。
墓が立てられ、大きな石が積み上げられた。

こうして、勇者ヘクトルは永遠の眠りについた。

だが、
トロイアの運命は、まだ終わっていなかった――。

城壁の上で、人々は不安げに空を見上げた。
ヘクトルなきトロイアを、誰が守るのか。

十二日の休戦が明ければ、再び戦いが始まる。

そして、その戦いの果てに待つものは――。
 

# 運命の決闘

## 第一章 神馬の予言

アガメムノンとオデュッセウスが
再びアキレウスの天幕を訪れた時、
英雄の瞳には以前とは違う炎が宿っていた。

「アキレウスよ、我々は心からの謝罪を――」

アガメムノンの言葉を、
アキレウスは手を上げて遮った。

「もう、その話は済んだことだ」
彼の声は低く、抑えられていた。

「私の心を占めているのは、ただ一つ。
パトロクロスの仇、ヘクトルを討つことだけだ」

二人の将軍が去った後、
アキレウスは神馬が引く新しい戦車に乗り込んだ。
テティスが鍛冶神ヘパイストスに作らせた、
黄金に輝く戦車だった。

その時、神馬の一頭が突然、人の言葉を発した。

「主よ、我らはあなたのために全力を尽くしましょう。
しかし――」

馬の声は悲しげに震えた。

「あなたの死期は、もうすぐです」

アキレウスは微かに笑った。

「ならば、なおさらだ」
彼は手綱を握りしめた。

「力尽きる時まで、私はトロイアで戦い続ける。
死したパトロクロスに、私はそれを誓ったのだ」

## 第二章 押し戻される運命

アキレウスが戦場に現れると、
トロイア軍は恐怖に震えた。

彼の槍は稲妻のように閃き、盾は太陽のように輝いた。
トロイアの勇士たちは次々と倒れ、血が大地を染めた。
アキレウスの怒りは止まることを知らず、
トロイア軍は城壁へ、城壁へと押し戻されていった。

「これ以上は許さぬ!」

勇敢なアイネイアスが進み出た。
女神アプロディテの息子である彼は、
トロイアでヘクトルに次ぐ勇士だった。

だが、アキレウスの力は人間を超えていた。
剣と槍が火花を散らして交わること数合、
アイネイアスはあっという間に窮地に陥った。

「この若者を死なせるわけにはいかぬ」

海神ポセイドンが天から見下ろし、決断した。
濃い霧が突然戦場を覆い、視界が閉ざされた。
その隙に、ポセイドンは神の力で
アイネイアスを後方へと運び去った。

霧が晴れた時、アキレウスの前には誰もいなかった。

「臆病者め!」
彼は叫び、再びトロイアの城門へと突進した。

## 第三章 アポロンの策略

トロイア軍は慌てて城門へと逃げ込んだ。
しかし、アキレウスがあまりに早く追いつき、
城門を閉めることができなくなった。

その時、太陽神アポロンが動いた。
彼は老臣アンテノルの息子、
アゲノルの姿を借りて現れた。

「アキレウス!」
偽のアゲノルが叫んだ。

「お前の相手はこの私だ!」

予想外の強敵に、アキレウスは驚いた。
アゲノルの槍さばきは神業のようで、
アキレウスは少しずつ後退を余儀なくされた。

その間に、トロイアの城門はついに閉じられた。

役目を終えたアゲノルの姿が揺らぎ、光の中に消えた。
後には、アポロンの笑い声だけが残った。

「神め...」
アキレウスは歯噛みした。

## 第四章 英雄の誇り

「アキレウス!」

城門が開き、一人の戦士が歩み出た。
トロイア最強の勇士、ヘクトルだった。

城壁の上には、プリアモス王、王妃ヘカベ、
そしてヘクトルの妻アンドロマケらが立っていた。

「ヘクトル!」
老王の声が震えた。

「お願いだ、城内に戻ってくれ!
あれは人ではない、神に近い存在だ!」

だがヘクトルは首を横に振った。

「父上」
彼の声は静かだった。

「私の命令で、多くの兵士が
トロイアのために命を落としました。
今、この私が城内に逃げたら
――死んでいった者たちに、
どう申し開きができましょう」

アキレウスが猛然と駆け寄ってきた。
その殺気に、ヘクトルの体が思わず動いた。

彼は走り出していた。
城壁に沿って、走って、走って。
アキレウスが後を追う。
一周、二周、三周。
トロイアの城壁を、二人の英雄が駆け巡った。

## 第五章 運命の終わり

ついにヘクトルは立ち止まった。

「もう逃げぬ」
彼は剣を抜いた。

「さあ、アキレウス。我らの運命を決めよう」

ヘクトルの槍が空を切って飛んだ。
しかしアキレウスは盾でそれを防いだ。

ヘクトルは剣を抜き、斬りかかった。

その瞬間、アキレウスの槍が閃いた。

槍の穂先は、ヘクトルの首を貫いた。

トロイア最強の勇士は、一撃のもとに倒れた。

## 終章 悲しみの極み

アキレウスはヘクトルの鎧を剥ぎ取った。
そして、裸の遺体を戦車に縛り付けると、
トロイアの城壁が見える場所で、
何度も何度も引き摺り回した。

城壁の上で、プリアモス王が崩れ落ちた。
侍従たちが慌てて老王を抱きとめなければ、
彼は城壁から身を投げていただろう。

アンドロマケは、夫の無残な姿を見て叫び声を上げた。
彼女もまた身を投げようとしたが、
悲しみのあまり気を失い、
侍女たちの腕の中に倒れ込んだ。

トロイアの空に、嘆きの声が響き渡った。

アキレウスは戦車を駆り、
ヘクトルの遺体を引き摺ったまま、
ギリシャ軍の陣営へと戻っていった。

パトロクロスの仇は討たれた。

だが、神馬の予言通り、
アキレウス自身の運命の時も、
刻一刻と近づいていた――。
 

# 親友の死

## 第一章 ヘクトルの決意

城壁の上で、ヘクトルは軍を再編成していた。

「あれは、アキレウスではない」

彼の言葉に、兵士たちがざわめいた。

「ですが、総大将……あの鎧は」

「鎧だけだ」
ヘクトルが断言した。

「動きが違う。アキレウスなら、
もっと速く、もっと強い」

彼は、アポロンの囁きを思い出していた。

「あれは、ただの人間だ」

ならば——

「全軍、再び出撃する!」

ヘクトルの声が、トロイア軍を奮い立たせた。

「我らが守るべきは、この城だ!この国だ!

恐れるな!」

城門が開いた。

そして、ヘクトルを先頭に、
トロイア軍が再び平原に展開した。

## 第二章 馬車の激突

パトロクロスは、追撃を続けていた。

アキレウスの忠告は、
もはや頭の片隅に追いやられている。

「もう少しで城壁だ!」

その時——

正面から、別の馬車が突進してきた。

ヘクトルだ。

御者のケブリオネスが手綱を握り、
ヘクトルは槍を構えている。

二台の馬車が激突——する直前、すれ違った。

パトロクロスの槍が、ケブリオネスを掠めた。

「うわあ!」

御者が、馬車から転がり落ちた。

「ケブリオネス!」

ヘクトルが叫んだ。馬車を止め、飛び降りる。

彼は部下を

——いや、弟を——見捨てることができなかった。

ケブリオネスは、プリアモスの息子の一人なのだ。

パトロクロスも、馬車を降りた。

二人の英雄が、地上で対峙した。

「来い!」

ヘクトルが槍を構えた。

「望むところだ!」

パトロクロスが答えた。

## 第三章 神の介入

二人が激突した。

槍と槍が交錯する。

パトロクロスは強かった。
アキレウスの親友として、長年共に訓練してきた戦士。
その実力は、決して侮れるものではない。

ヘクトルも、トロイア最強の戦士として、
一歩も引かない。

だが——

戦いは、互角だった。

そして、それが問題だった。

もしパトロクロスが本当にアキレウスなら、
ヘクトルはとうに押されていたはずだ。

その時——

眩い光。

アポロンが、姿を現した。
いや、戦場の兵士たちには見えない。
だが、その力は確実に働いた。

パトロクロスの兜が、突然外れた。

「何!」

槍が、手から滑り落ちる。

「これは……」

パトロクロスが混乱する。
神の力が、彼の装備を無効化したのだ。

その隙——

「今だ!」

トロイアの兵士が、背後から斬りかかった。

剣が、パトロクロスの背中を裂く。

「ぐあっ!」

パトロクロスが膝をついた。

ヘクトルは、一瞬躊躇した。だが——

「許せ!」

彼の槍が、パトロクロスの胸を貫いた。

## 第四章 正体の露見

パトロクロスが倒れた。

兜が外れた顔を、ヘクトルが見下ろす。

「これは……アキレウスではない!」

「パトロクロスだ!」誰かが叫んだ。

「アキレウスの副官!」

トロイア軍に、どよめきが広がった。

ヘクトルは、複雑な表情で倒れた敵を見つめた。

「勇敢な男だった」

彼は、パトロクロスの鎧に手をかけた。

「だが、これは戴く」

黄金の鎧。神々が作った、完璧な防具。

「総大将!遺体を!」

「奪え!ギリシャに返すな!」

トロイア軍が、パトロクロスの遺体に殺到した。

## 第五章 遺体の争奪

「パトロクロスが!」

ギリシャ軍に衝撃が走った。

「遺体を取り戻せ!」

大アイアスが叫んだ。

メネラオスと共に、彼はトロイア軍に突進した。

「どけ!」

アイアスの巨体が、トロイアの兵士たちを薙ぎ払う。

メネラオスが、パトロクロスの遺体に手を伸ばす——

だが、トロイア軍の数が多すぎる。

「押し返せ!」

そして——

新たな黄金の輝きが現れた。

ヘクトルだ。

彼は、パトロクロスから奪った鎧を身につけていた。

「何と……」

アイアスが呻いた。

「あの鎧を着たヘクトルなど、誰が止められる!」

戦況は、再び不利に傾いた。

「アンティロコス!」

アイアスが叫んだ。

ネストルの息子が振り返る。

「走れ!アキレウスに伝えろ!パトロクロスが死んだと!」

「了解!」

アンティロコスが、戦場を離脱した。

アイアスとメネラオスは、必死に遺体を守った。
だが、トロイア軍に押され、どんどん後退していく。

城壁から、海岸へ。

海岸から、船の陣地へ。

「もう少しだ!耐えろ!」

## 第六章 悲報

アキレウスの船。

彼は、甲板で立ち尽くしていた。

戦場の音が聞こえる。
だが、パトロクロスの姿が見えない。

「遅い……」

不安が、胸に広がる。

その時——

息を切らして、アンティロコスが駆けてきた。

「アキレウス様!」

「何だ?パトロクロスは?」

アンティロコスは、言葉に詰まった。

「言え!」アキレウスが掴みかかった。

「パトロクロスが……」

「何?」

「戦死しました……」

世界が、止まった。

「嘘だ……」

「ヘクトルに……殺されました……」

アキレウスの手から、力が抜けた。

「そんな……」

彼は、その場に崩れ落ちた。

「パトロクロス……パトロクロス!」

絶叫。

アキレウスが、頭を抱えて叫んだ。

「俺の、俺の親友が……!」

彼は、腰の短剣に手をかけた。

「ならば、俺も……」

「やめろ!」

アンティロコスが、必死に止める。

だが、アキレウスの悲しみは、あまりにも深かった。

彼は、地に頭を打ちつけた。

「許せ、パトロクロス!
俺のせいだ!俺が行くべきだった!」

涙が、止まらない。

最強の戦士が、子供のように泣いた。

## 第七章 母の慰め

海の中から、一つの姿が現れた。

テティス。

海の女神にして、アキレウスの母。

「息子よ……」

彼女は、泣き崩れるアキレウスを抱きしめた。

「母上……」

「聞こえていた。あなたの叫びが、海の底まで」

テティスは、優しく息子の髪を撫でた。

「パトロクロスは、勇敢だった。
あなたのために戦った」

「だから、辛いんです……」

「泣きなさい。泣いて、そして——」

テティスは、息子の顔を上げさせた。

「立ち上がりなさい」

「……復讐を?」

「あなたが望むなら」

アキレウスの目に、炎が灯った。

「ヘクトル……」

彼は立ち上がった。

「ヘクトルを殺す。パトロクロスの仇を取る!」

テティスは、悲しげに微笑んだ。

「ならば、新しい鎧が必要ね。
あの鎧は、奪われたのだから」

「ですが……」

「待っていなさい。明日の朝までに、用意する」

テティスは、海に消えた。

## 第八章 鍛冶神の仕事場

オリュンポス。

ヘファイストの工房に、テティスが現れた。

「テティス様!」

炎と鍛冶の神は、驚いた。

「お願いがあります」

「何でしょう?」

「息子に、新しい鎧を作ってください。
前のものより、もっと強く、もっと美しいものを」

ヘファイストは、テティスを見た。

彼女は美しかった。
そして、かつて彼は彼女に恋をしていた。

「……分かりました」

彼は、工房の奥に入った。

金属を選び、炉に火を入れ、ハンマーを握る。

一晩中、ヘファイストは働いた。

神の技術。
神の力。
神の芸術。

そのすべてを注ぎ込んで——

## エピローグ

明け方。

アキレウスの船に、テティスが現れた。

彼女の手には、新しい鎧があった。

それは、美しかった。

以前の黄金の鎧よりも、さらに輝いている。
胸当てには、世界の全てが描かれている。
都市、戦争、平和、海、空、そして星々——

「これを」

アキレウスが、鎧を受け取った。

身につけると、完璧に fit した。

「ありがとう、母上」

「行きなさい」
テティスが囁いた。

「でも、覚えておいて。
ヘクトルを殺せば、あなたもすぐに死ぬ。
予言は、そう告げている」

「構いません」

アキレウスの目には、もはや迷いはなかった。

「パトロクロスの仇を取る。それだけです」

彼は、新しい鎧を纏い、槍を手に取った。

そして、戦場へと向かった。

復讐の炎を、その胸に宿して。

**——親友の死は、英雄を変える。
慈悲は消え、残るのは怒りだけ。
そして、その怒りは、やがて運命を成就させる——**

(終)