の続きです
# 異能の転生者
## 第五十八章 最期
### 一
ルークはダンに駆け寄った。
地面に倒れていた。
木の幹がまだ体を貫いていた。
ルークはそれを慎重に取り除いた。
傷口を塞いだ。
しかし内側の損傷は深かった。
貫通した木が、内臓の複数を傷つけていた。
ダンの呼吸は、かすかだった。
しかし目は開いていた。ルークを見ていた。
「やった奴は、わかったのか」
ダンの声は、しかし小さかった。
血が混じっていた。
「木天ジレルだった。
でも、もう倒した。心配いらない」
ダンは少しの間、天を見た。
「あぁ」
と言った。
「やはり天同士で争うことになっちまったか」
残念だった。
怒りではなかった。
ただ、残念だった。
長年、この国を守るために立ち続けてきた人間の、
純粋な残念さだった。
「天同士が争えば、
確実に力なき者たちが巻き込まれていく」
ダンはゆっくりと両手を動かした。
ルークの腕を掴んだ。
握力はまだあった。
騎士団長として鍛えてきた体の、
最後の力が、その手に残っていた。
「ルーク、お願いだ。弱者を守ってくれ」
声が、懇願の形を取っていた。
しかしその懇願には、弱さがなかった。
頼む相手を信頼しているからこそ出てくる言葉だった。
この少年ならば、と思っているからこそ、
最後の力を使って言葉にしていた。
「俺は地位も権力もどうでもよかった」
ダンは続けた。視線がルークに向いたままだった。
「ただ、そういう争いに巻き込まれる
弱者を助けたいから、騎士団長になった。
天になった。それだけだった」
ルークはダンの手を、両手で受け止めた。
「だからラングバルト男爵の件を知った時は、
非常に無念だった」
ダンの声が、少し掠れた。しかし言葉を続けた。
「だがあの時、ルークが怒ってくれているのを見て、
とても嬉しかったんだ」
ルークは何も言えなかった。
「俺以外にも、強者でありながら
弱者のために動いてくれる人間がいると、そう思えた。
それがどれほど嬉しかったか——」
ダンの目が、少し細くなった。
遠くを見るような目だった。
「勝手な押しつけで悪いが」
また、ルークを見た。
「どうか弱者を守ってくれ」
その言葉が終わった後、ダンの体から力が抜けた。
握っていた手が、緩んだ。
緩んだのではなかった。力が、なくなった。
ルークはダンの体を、そのまま抱えていた。
ダンの目は、半分開いたままだった。
その目に、最後まで意識があったことが見えた。
言いたいことを、全て言えた顔だった。
土天ダン・グラファイトは、
ルークの腕の中で絶命した。
---
### 二
ルークは動かなかった。
どのくらいの時間が経ったか、わからなかった。
泣いていなかった。
涙が出なかった。
感情が大きすぎると、
涙という出口を見つけられなくなることがある。
ルークの中にある喪失感は、
涙という形に収まらなかった。
これからもっと良い関係が築けていた。
ルークはそう思った。
馬車の中での会話が蘇った。
携帯食料を温めた時に目を細めて喜んだ顔。
フリーダのことを心配して
「しまい込みすぎると出てこなくなる」
と静かに語った言葉。
「本当に魔獣だったか」と聞いて、
答えを得られないまま
それ以上を聞かなかった誠実さ。
もしかしたら、
親友と呼べる存在になっていたかもしれなかった。
この世界に来てから、
ルークにはそう呼べる相手がいなかった。
グレイとは研究者同士の関係があった。
フリーダには別の感情があった。
トールは兄だった。
しかしダンとの間には、
別の種類の繋がりが生まれ始めていた。
同じ方向を向いている者同士の繋がりだった。
力のない者たちを守りたいという、
その一点において、
二人は完全に同じ場所に立っていた。
それを、自分の甘さで失った。
ルークは自分の判断の失敗を、
もう一度、正確に確認した。
感情的に曖昧にせず、
どこで何を間違えたかを、冷静に把握した。
それはルークにとっての弔い方だった。
同じ失敗を繰り返さないことが、
ダンへの誠実さだと判断していた。
---
復讐は何も生まない、という言葉がある。
ルークはその言葉を知っていた。
前世においても、今生においても、
そういう考え方が存在することを知っていた。
しかし、その言葉を言える人間は、
復讐したいという場所まで
落とされたことがない人間だとルークは思っていた。
精神が抉られてマイナスになった状態から、
ゼロに近づくための行為が復讐だった。
マイナスにされたことがない人間には、
その必要性が理解できない。
理解できないから、綺麗な言葉で否定できる。
しかしルークが今感じているのは、
感情的な衝動だけではなかった。
より根本的な判断があった。
罪には、手痛い罰を与えなければならない。
それは感情の問題ではなく、構造の問題だった。
罪を犯した者は、その行為によって、
次の罪へのハードルが下がる。
一度越えた壁は、次に越える時の高さを失う。
時間が経つほど、その抑制は緩んでいく。
放置すれば、より重い罪が、より容易に繰り返される。
ジレルは今回の件で終わりではなかった。
ライナスも、ヴィルヘルムも、
背後で糸を引いていた者も——全員が、
今回の一件に何らかの形で関与していた。
ジレルはルークが仕留めた。
残りは、これから対処する。
今回の件に関わった者全てを、
ルークは虐殺するつもりだった。
それが冷たい判断であることは、
ルーク自身が知っていた。
しかし冷たさと正しさは、別の概念だった。
新たな犠牲者を出さないために、
取り除くべきものを取り除く。
それはダンが言った「弱者を守る」
ということの、もう一つの側面だった。
ダンは弱者を守ることを願った。
ルークはその願いを受け取った。
守り方が、ダンのやり方と
完全には一致しないかもしれなかった。
しかしルークにできる形で、ダンの言葉に応える。
それが、ルークにできる弔いだった。
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## 第五十九章 帰還
### 一
ルークは立ち上がった。
ダンの遺体を、亜空間に収納した。
時間を止めた。
ダンの体の時間を、現在の瞬間で固定した。
王都に戻るまでの間、
ダンの体は今この瞬間のままで保たれる。
それがルークに、今できることだった。
騎士たちを集めた。
全員が、放心した状態だった。
次元破壊砲の光を見て、
その後で森と山脈が消えた光景を見て、
何が起きているかを理解できないまま
立ち尽くしていた。
ルークは一人ずつ、傷の状態を確認した。
軽傷者は超能力で即座に癒した。
重傷者には時間をかけた。
内臓の損傷、骨折、熱傷
——それぞれの傷の性質に応じて、
最適な処置を施した。
騎士たちは、ルークが何をしているかを
半分も理解できていなかった。
しかし痛みが消えていくことは、体が理解していた。
戦死者が三名いた。
魔獣の攻撃で命を落とした者が二名。
ライナスの火炎を直撃した者が一名。
ルークはその三名の遺体も、
ダンと同じように亜空間に収納した。
時間を止めて、状態を保った。
家族のところに、きちんと帰す。
それはダンが言葉にしなかったことだったが、
ダンならそう望むだろうとルークは思った。
---
馬車は王都に向かって動き始めた。
来た時と同じ道を、戻っていった。
しかし空気は全く違った。
騎士たちは無言だった。
馬車の中でルークは一人だった。
向かいの席は空だった。
ルークはその空席を見なかった。
窓の外を見ていた。
日が傾いていた。
来た時は朝だったのに、今は夕方になっていた。
一日が、ひどく長く感じた。
ダンの最後の言葉が、ルークの中で繰り返されていた。
勝手な押しつけで悪いが、どうか弱者を守ってくれ。
押しつけではなかった。
ルークは、そう思っていた。
押しつけというのは、
相手が望まないことを強制することだ。
しかしルークはダンの言葉を聞いた時、
拒否したいとは思わなかった。
それは元から、
ルークが持っていた方向性と同じだったからだ。
だから押しつけではなかった。
ただ、確認だった。
お前が向かっている方向は正しい、
という確認だった。
馬車が揺れた。
ルークは窓の外を見続けた。
王都の明かりが、遠くに見えてきた。

