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# 異能の転生者

## 第五十八章 最期

### 一

ルークはダンに駆け寄った。

地面に倒れていた。
木の幹がまだ体を貫いていた。
ルークはそれを慎重に取り除いた。
傷口を塞いだ。
しかし内側の損傷は深かった。
貫通した木が、内臓の複数を傷つけていた。

ダンの呼吸は、かすかだった。

しかし目は開いていた。ルークを見ていた。

「やった奴は、わかったのか」

ダンの声は、しかし小さかった。
血が混じっていた。

「木天ジレルだった。
でも、もう倒した。心配いらない」

ダンは少しの間、天を見た。

「あぁ」
と言った。

「やはり天同士で争うことになっちまったか」

残念だった。
怒りではなかった。
ただ、残念だった。
長年、この国を守るために立ち続けてきた人間の、
純粋な残念さだった。

「天同士が争えば、
確実に力なき者たちが巻き込まれていく」

ダンはゆっくりと両手を動かした。
ルークの腕を掴んだ。

握力はまだあった。
騎士団長として鍛えてきた体の、
最後の力が、その手に残っていた。

「ルーク、お願いだ。弱者を守ってくれ」

声が、懇願の形を取っていた。

しかしその懇願には、弱さがなかった。
頼む相手を信頼しているからこそ出てくる言葉だった。
この少年ならば、と思っているからこそ、
最後の力を使って言葉にしていた。

「俺は地位も権力もどうでもよかった」

ダンは続けた。視線がルークに向いたままだった。

「ただ、そういう争いに巻き込まれる
弱者を助けたいから、騎士団長になった。
天になった。それだけだった」

ルークはダンの手を、両手で受け止めた。

「だからラングバルト男爵の件を知った時は、
非常に無念だった」

ダンの声が、少し掠れた。しかし言葉を続けた。

「だがあの時、ルークが怒ってくれているのを見て、
とても嬉しかったんだ」

ルークは何も言えなかった。

「俺以外にも、強者でありながら
弱者のために動いてくれる人間がいると、そう思えた。
それがどれほど嬉しかったか——」

ダンの目が、少し細くなった。
遠くを見るような目だった。

「勝手な押しつけで悪いが」

また、ルークを見た。

「どうか弱者を守ってくれ」

その言葉が終わった後、ダンの体から力が抜けた。

握っていた手が、緩んだ。

緩んだのではなかった。力が、なくなった。

ルークはダンの体を、そのまま抱えていた。

ダンの目は、半分開いたままだった。
その目に、最後まで意識があったことが見えた。
言いたいことを、全て言えた顔だった。

土天ダン・グラファイトは、
ルークの腕の中で絶命した。

---

### 二

ルークは動かなかった。

どのくらいの時間が経ったか、わからなかった。

泣いていなかった。
涙が出なかった。
感情が大きすぎると、
涙という出口を見つけられなくなることがある。
ルークの中にある喪失感は、
涙という形に収まらなかった。

これからもっと良い関係が築けていた。

ルークはそう思った。

馬車の中での会話が蘇った。
携帯食料を温めた時に目を細めて喜んだ顔。
フリーダのことを心配して
「しまい込みすぎると出てこなくなる」
と静かに語った言葉。
「本当に魔獣だったか」と聞いて、
答えを得られないまま
それ以上を聞かなかった誠実さ。

もしかしたら、
親友と呼べる存在になっていたかもしれなかった。

この世界に来てから、
ルークにはそう呼べる相手がいなかった。
グレイとは研究者同士の関係があった。
フリーダには別の感情があった。
トールは兄だった。
しかしダンとの間には、
別の種類の繋がりが生まれ始めていた。

同じ方向を向いている者同士の繋がりだった。

力のない者たちを守りたいという、
その一点において、
二人は完全に同じ場所に立っていた。

それを、自分の甘さで失った。

ルークは自分の判断の失敗を、
もう一度、正確に確認した。

感情的に曖昧にせず、
どこで何を間違えたかを、冷静に把握した。
それはルークにとっての弔い方だった。
同じ失敗を繰り返さないことが、
ダンへの誠実さだと判断していた。

---

復讐は何も生まない、という言葉がある。

ルークはその言葉を知っていた。
前世においても、今生においても、
そういう考え方が存在することを知っていた。

しかし、その言葉を言える人間は、
復讐したいという場所まで
落とされたことがない人間だとルークは思っていた。

精神が抉られてマイナスになった状態から、
ゼロに近づくための行為が復讐だった。

マイナスにされたことがない人間には、
その必要性が理解できない。
理解できないから、綺麗な言葉で否定できる。

しかしルークが今感じているのは、
感情的な衝動だけではなかった。

より根本的な判断があった。

罪には、手痛い罰を与えなければならない。

それは感情の問題ではなく、構造の問題だった。

罪を犯した者は、その行為によって、
次の罪へのハードルが下がる。
一度越えた壁は、次に越える時の高さを失う。
時間が経つほど、その抑制は緩んでいく。
放置すれば、より重い罪が、より容易に繰り返される。

ジレルは今回の件で終わりではなかった。
ライナスも、ヴィルヘルムも、
背後で糸を引いていた者も——全員が、
今回の一件に何らかの形で関与していた。

ジレルはルークが仕留めた。

残りは、これから対処する。

今回の件に関わった者全てを、
ルークは虐殺するつもりだった。

それが冷たい判断であることは、
ルーク自身が知っていた。
しかし冷たさと正しさは、別の概念だった。
新たな犠牲者を出さないために、
取り除くべきものを取り除く。
それはダンが言った「弱者を守る」
ということの、もう一つの側面だった。

ダンは弱者を守ることを願った。

ルークはその願いを受け取った。

守り方が、ダンのやり方と
完全には一致しないかもしれなかった。
しかしルークにできる形で、ダンの言葉に応える。

それが、ルークにできる弔いだった。

---

## 第五十九章 帰還

### 一

ルークは立ち上がった。

ダンの遺体を、亜空間に収納した。

時間を止めた。
ダンの体の時間を、現在の瞬間で固定した。
王都に戻るまでの間、
ダンの体は今この瞬間のままで保たれる。

それがルークに、今できることだった。

騎士たちを集めた。

全員が、放心した状態だった。
次元破壊砲の光を見て、
その後で森と山脈が消えた光景を見て、
何が起きているかを理解できないまま
立ち尽くしていた。

ルークは一人ずつ、傷の状態を確認した。

軽傷者は超能力で即座に癒した。
重傷者には時間をかけた。
内臓の損傷、骨折、熱傷
——それぞれの傷の性質に応じて、
最適な処置を施した。

騎士たちは、ルークが何をしているかを
半分も理解できていなかった。
しかし痛みが消えていくことは、体が理解していた。

戦死者が三名いた。

魔獣の攻撃で命を落とした者が二名。
ライナスの火炎を直撃した者が一名。

ルークはその三名の遺体も、
ダンと同じように亜空間に収納した。
時間を止めて、状態を保った。

家族のところに、きちんと帰す。

それはダンが言葉にしなかったことだったが、
ダンならそう望むだろうとルークは思った。

---

馬車は王都に向かって動き始めた。

来た時と同じ道を、戻っていった。
しかし空気は全く違った。

騎士たちは無言だった。

馬車の中でルークは一人だった。
向かいの席は空だった。

ルークはその空席を見なかった。

窓の外を見ていた。

日が傾いていた。
来た時は朝だったのに、今は夕方になっていた。
一日が、ひどく長く感じた。

ダンの最後の言葉が、ルークの中で繰り返されていた。

勝手な押しつけで悪いが、どうか弱者を守ってくれ。

押しつけではなかった。

ルークは、そう思っていた。

押しつけというのは、
相手が望まないことを強制することだ。
しかしルークはダンの言葉を聞いた時、
拒否したいとは思わなかった。
それは元から、
ルークが持っていた方向性と同じだったからだ。

だから押しつけではなかった。

ただ、確認だった。

お前が向かっている方向は正しい、
という確認だった。

馬車が揺れた。

ルークは窓の外を見続けた。

王都の明かりが、遠くに見えてきた。
 

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## 第五十五章 後悔

### 一

ルークは自分を呪った。

ダンの体を貫く木を見た瞬間、ルークの頭の中で、
過去の判断の全てが高速で巻き戻された。

火天ライナスが現れた時点で、気づくべきだった。

ライナスは単独ではないはずだった。
王城での夜、ヴィルヘルムとジレルと
ライナスが同じ方向を向いていることは、
既に確認していた。
三者が絡んでいる可能性を、ルークは知っていた。

知っていながら、索敵範囲を広げなかった。

ライナスを倒した時に、尋問すべきだった。
あの黒焦げの状態でも、思念通話は使えた。
ダーウェント子爵の時と同じように、
頭の中を読めばよかった。
なぜそれをしなかったのか。

ライナスを仕留めることで、満足していたからだ。

フリーダの時と同じだった。

ラングバルト男爵が暗殺された時、
ルークはダーウェント子爵家への対処で満足して、
その背後にある連鎖を断ち切ることを怠った。
結果としてフリーダの父が命を落とした。

あの時も、同じ失敗をした。

そして今また、同じ失敗を繰り返した。

もう二度と油断しないと決めていた。
あの夜、フリーダが父の訃報を告げた時の顔を見て、
ルークは心の中で誓っていた。
しかし誓いは、この瞬間に意味を失っていた。

誓いが破れた理由は、油断ではなかった。

油断よりもっと根本的な問題だった。

ルークはこの世界に来てから、
力の行使については完璧に近かった。
しかし、人間の悪意がどのように連鎖するか
という判断において、まだ甘さがあった。
前世において、フレデリック・マクミランは
他者の悪意に晒されたことがほとんどなかった。
誰も彼に悪意を向けることができなかったからだ。
だから、悪意の連鎖を追う経験を、
ルークは持っていなかった。

その経験不足が、今日の結果を生んだ。

ダンの口から血が落ちる音が、ルークの耳に届いた。

ルークは顔を上げた。

---

## 第五十六章 次元破壊砲

### 一

遠くに、ジレルがいた。

索敵がその位置を正確に示していた。
木々の奥、かなりの距離があった。
しかしその顔の表情まで、ルークには見えていた。

嘲笑っていた。

ダンが倒れた光景を見て、満足した顔で嘲笑っていた。

ルークはその表情を、一秒見た。

一秒で十分だった。

項垂れていた顔が上がった。

ルークはゆっくりと右手を上げた。
急がなかった。
急ぐ必要がなかった。
人差し指を伸ばした。
遥か遠方にいるジレルを、正確に指した。

照準は完璧だった。

距離は関係なかった。
どれほど遠くにいても、どれほど隠れていても、
ルークの認識の中では、
ジレルの位置は一点として固定されていた。

「次元破壊砲」

声は静かだった。

怒鳴っていなかった。
感情的な叫びもなかった。
ただ、静かに、その言葉を言った。

次の瞬間、世界が白くなった。

光だった。

光という概念が持つ全ての波長が、
一点から解き放たれたような光だった。
目を閉じても網膜を焼くような輝きが、
全方位に広がった。

騎士たちは何も見えなくなった。

目を塞いでも、光は瞼を透過した。
視界が完全に白く塗り潰された。
音も、消えた。
光があまりにも強烈だったため、
他の感覚が一時的に機能を停止した。

光が収まった。

ゆっくりと、視界が戻ってきた。

騎士たちは目を開けた。

ルークが指を向けていた方向を、全員が確認した。

森が、なかった。

木々が、なかった。
地面が、なかった。

ルークが指を指していた方向に存在していた
全てのものが、消えていた。
森の終わりから始まっていたはずの山脈も、なかった。
その向こうに続いていたはずの地形も、なかった。

ただ、空があった。

地平線の向こうまで、何もない空間が広がっていた。
地面すら存在しない、ぽっかりと空いた空間だった。
空間そのものが、消えていた。

騎士たちは声を出せなかった。

何を見ているのかを、
理解する言語を持っていなかった。

---

次元破壊砲。

それはルークが使える攻撃の中で、
最大の威力を持つものだった。

空間を消す。
物質を消すのではなかった。
空間そのものを、指定した範囲において消滅させた。
物質も、エネルギーも、
空間を構成する全ての要素が、存在しなくなった。

その効果は、空間の概念を超えていた。

別の次元にいる標的も、消せた。

別の時間軸にいる標的も、消せた。
過去にいる標的も、未来にいる標的も、
ルークが認識し、指定した瞬間に、
その空間ごと消える。
時間軸と次元の壁は、
この攻撃の前では意味を持たなかった。

次元断層があっても関係なかった。
次元そのものを消すのだから、
断層は防壁にならなかった。

防ぐ方法は、理論上一つだけあった。

本体を複数、同時に異なる時間軸と
次元に存在させること。
一つの本体が消えても、別の本体が残る。
しかしそれが可能な存在は、
この宇宙においても、ほとんどいなかった。

ルークは、それができた。

しかしこの世界に、そのような存在はいないだろう、
とルークは判断していた。

だから、次元破壊砲を使った。

確実に仕留めるために。

ダンを失った痛みが、どれほどのものかは、
ルーク自身にもまだ正確には測れていなかった。
しかしジレルの嘲笑を見た瞬間に、
ルークの中で何かが決まった。

中途半端はない。

この攻撃を選んだのは、怒りからだけではなかった。

これ以上、取り返しのつかないことが起きる前に、
根を断つ。それがルークの判断だった。

木天ジレルは、もうどこにも存在しなかった。

---

### 二

光が完全に収まった後、戦場には静寂があった。

焦げた匂いが残っていた。
倒れたヒュドラの残骸が、あちこちに転がっていた。
上空には、もうワイバーンの影もなかった。

そして、森があった場所には、空間だけが残っていた。

騎士たちは誰も動かなかった。
声を出せなかった。
何を見たのかを、言語化できなかった。

ルークはゆっくりと手を下ろした。

それからダンのところに向かった。

---

## 第五十七章 光

### 一

フリーダは空を見ていた。

校庭での訓練の最中だった。
グレイが新しい複合魔法の術式を説明していた。
フリーダはそれを聞きながら、
必要な部分を頭の中で整理していた。

その時、空が光った。

北の空だった。

突然、空の色が変わった。
昼間の青空が、一瞬にして白に塗り替えられた。
目を細めなければならないほどの輝きが、
北の方角から広がってきた。

フリーダは手で目を遮りながら、空を見た。

何か、嫌なことが起きていなければいい。

その思いが、理由なく来た。

ルークのことが頭に浮かんだ。
今日、ルークは土天ダンと一緒に出かけていた。
国境の方向——北の方角に。

光が、北から来ていた。

フリーダの胸の中に、冷たいものが走った。
説明のつかない不安だった。
根拠はなかった。
しかし消えなかった。

「グレイ教授」フリーダは言った。

返事がなかった。

横を見ると、グレイが空を見ていた。

目が輝いていた。

ノートを取り出していた。
何かを書き始めていた。
あの光の現象を、既に研究対象として捉えていた。
口の中で、何かを呟いていた。

「この光の質から推定される出力が
——空間の消失を伴う場合の理論的な——」

フリーダはグレイを見た。

それから空を見た。

光は消えていた。
北の空は、元の青に戻っていた。
しかし何かが変わった感覚が、
フリーダの中に残っていた。

ルーク。

彼の名前が、また頭に浮かんだ。

無事でいてほしい、
という言葉が、フリーダの中に自然に出てきた。
 

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## 第五十三章 土天

### 一

土天ダン・グラファイトの戦い方は、
見ていて惚れ惚れするものだった。

ルークがライナスの対処に向かっている間、
ダンは一人で戦場を制御し続けていた。

土壁が、部下たちの周囲に絶え間なく構築されていた。
魔獣の火炎が着弾するたびに、新しい壁が前に出た。
崩れた壁の残骸は、
即座に次の壁の素材として回収された。
防御と再生が、途切れることなく続いていた。

しかしダンは守るだけではなかった。

両手が、それぞれ別の動きをしていた。
右手で防御を維持しながら、左手が攻撃を行っていた。

左手の指先から、何かが放たれていた。

見えなかった。速すぎた。

しかし効果は明確だった。
上空のワイバーンが、次々と翼に穴を開けられていた。
穴は小さかった。
しかし急所を的確に貫いていた。
羽根の構造を支える骨が折れ、
翼が機能しなくなった個体から順番に、
地面に落ちていった。

中には、頭部を貫かれたまま
垂直落下する個体もあった。

ルークは索敵で、
ダンが何を放っているかを確認した。

高硬度の鉱石だった。

地面から、特定の成分だけを抽出していた。
通常の土や岩ではなく、
地中深くに存在する高密度の金属鉱石を引き出して、
それを成形していた。
直径四十ミリほどの紡錘形
——空気抵抗を最小化する形状だった。

それが、秒速二千メートルで放たれていた。

一発ではなかった。
毎分千百発だった。

単純な連射ではなかった。
それぞれの弾が、それぞれの標的に向かっていた。
複数のワイバーンを同時に狙い、
それぞれの軌道を独立して制御しながら、
命中させていた。

これが土天の本領だった。

大地と繋がることで、
大地に含まれる全ての物質を素材として使える。
それを超高速で成形し、精密に制御して放つ。
防御と攻撃を同時に、最大効率で展開する。

ワイバーンの群れが、急速に数を減らしていった。

---

しかしヒュドラは違った。

ヒュドラの鱗は、通常の攻撃を弾く硬度を持っていた。
紡錘形の土弾が当たっても、表面で止まった。
貫通しなかった。

ダンはすぐに対応を変えた。

口径は同じ四十ミリのまま、形状を槍状に切り替えた。
先端を極限まで細く、鋭く成形した。
さらに、放出する瞬間に高速回転を加えた。
回転によって、着弾時の貫通力が増す。
ドリルの原理だった。

それが秒速二千メートルでヒュドラの鱗に命中した。

今度は止まらなかった。

回転する槍状の土弾が、鱗に食い込んでいった。
鱗と鱗の境目を探して、そこに先端を差し込み、
回転しながら深く入っていった。

ヒュドラが初めて、悲鳴に近い声を上げた。

しかしヒュドラは怯まなかった。
複数の頭が、それぞれ別の方向に火炎を放ち続けた。
ダンの土壁がそれを受けた。
土壁が崩れた。
新しい壁が立ち上がった。

攻防が続いていた。

ダンの表情に、初めて疲労の色が出てきた。

防御を維持しながら、攻撃を続けながら、
素材を回収しながら
——全てを同時に行うことの消耗が、
少しずつ積み重なっていた。

それでも手を止めなかった。

部下たちが後方で手当てを続けていた。
その者たちを守ることを、
ダンは最後まで優先していた。

---

## 第五十四章 連携

### 一

ルークが木々の中から戻ってきた時、
戦場の様子は変わっていなかった。

ヒュドラはまだ生きていた。
ダンの攻撃で傷つき、動きは鈍くなっていたが、
完全には止まっていなかった。
ワイバーンは全滅していた。
ブラックバイパーは、
ダンが展開した土の罠に絡め取られて
動けなくなっていた。

残る問題は、ヒュドラだった。

ルークはダンの攻撃を観察しながら、
何が足りないかを即座に判断した。

ヒュドラの最大の特性は、再生能力だった。
頭を切断しても、時間が経てば再生する。
それがヒュドラという魔獣を、
通常の攻撃で仕留めることを困難にしていた。

切断された後に、再生を防ぐ処置が必要だった。

「首を切り落としてください」
ルークはダンに言った。

ダンは一瞬、ルークを見た。
意図を理解するのに、一秒もかからなかった。

「わかった」

ダンの左手が動いた。

土弾の形状が、また変わった。
今度は薄く、広く、湾曲した形だった。
いわゆるブーメラン型だ。
それが高速で回転しながら、
ヒュドラの首の付け根に向かった。

金属鉱石で形成された刃が、
高速回転しながらヒュドラの首に当たった。

一体目の頭が落ちた。

すぐに次が放たれた。
二体目、三体目——ダンのブーメラン型土弾が、
次々とヒュドラの首を切断していった。

切断された首が地面に落ちるのと同時に、
ルークが動いた。

プラズマ流を細く絞った。
直径を十センチ以下に圧縮した高温のプラズマが、
切断面に向かった。

焼いた。

数億度の熱が、切断面を一瞬で焼き固めた。
再生のための細胞が、残らず消えた。
あの温度では、どんな生命活動も維持できなかった。

ヒュドラの体が、動きを止めた。

一体。また一体。

ダンが切り、ルークが焼く。

連携は、会話なしで成立していた。
ダンがどのタイミングで切るかを、
ルークは索敵で先読みしていた。
切断と焼灼の間に、時間的な隙がなかった。

最後のヒュドラの首が落ちた。

プラズマ流がそれを焼いた。

戦場が、静かになった。

---

### 二

後方から、声が上がった。

騎士たちの歓声だった。

傷ついた者も、手当てを受けながら声を上げていた。
ヒュドラとワイバーンが全滅した。
信じられない速さで、
しかし確実に、脅威が排除された。

ダンは息を吐いた。

肩の力が、少し抜けた。
長時間の集中と魔力の消費が、じわりと体に出てきた。
しかしその顔には、満足があった。
部下たちが生き延びた。
それが何より、ダンにとっての結果だった。

ルークを見た。

「いい連携だった」

「ダンさんの攻撃の精度があってこそです」

「お世辞は要らないと言っただろう」
ダンは苦笑いした。

「しかし、本当に助かった。
ヒュドラの再生を止める方法を
即座に提案してくれたのは、お前だ」

二人の顔が、ほんの少し綻んでいた。

激しい戦闘の後の、短い弛緩だった。

しかしそれは、一瞬だった。

---

ダンの顔が、歪んだ。

突然だった。

声が出なかった。
ダンは口を開いたが、言葉が来なかった。

ルークが驚いて視線を向けた。

ダンの腹部から、何かが突き出ていた。

太さが腕ほどもある木の幹が、
ダンの体を背後から貫通していた。
先端が、腹の正面に出ていた。
木の先端は尖っていた。
まるで槍のように研ぎ澄まされた木の穂先が、
ダンの体を貫いていた。

ダンが口から血を吐いた。

赤い血が、石混じりの地面に落ちた。

ダンの両足が、震えた。
しかし倒れなかった。
体を貫く木が、ダンを支えていた。

ルークは即座に周囲を索敵した。

誰もいなかった。
目視できる範囲に、人間の姿はなかった。

索敵を広げた。

いた。

遠かった。
しかし確かにいた。
木々の奥に、人間の気配があった。
じっとしていた。こちらを見ていた。

索敵でその顔を捉えた瞬間、ルークは認識した。

木天ジレル。

老婆だった。
王城であの夜、激怒しながら現れた老婆だった。
孫のことで冷静さを失っていた者だった。

ジレルはこちらを見ていた。

距離があった。しかし表情は読み取れた。

嘲笑っていた。

ダンが貫かれた光景を見て、嘲笑っていた。

ルークはその表情を見た。

一瞬だった。

ルークの中で、何かが変わった瞬間だった。
 

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第三百四十四弾「異能の転生者 その19」

の続きです

 

 

# 異能の転生者

## 第五十章 国境

### 一

最初に聞こえたのは、地鳴りだった。

地面から来るのではなかった。空から来ていた。

馬車の窓から外を見たルークは、上空を確認した。
夕暮れに差し掛かった空に、複数の影が飛んでいた。
翼を広げた大型の影が、幾つも幾つも重なっていた。

ワイバーンだった。

一体や二体ではなかった。
群れだった。
翼を広げた体長が、それぞれ十メートルを超えている。
その群れが、夕空を埋め尽くすように飛んでいた。

「あれだけじゃないな」
ダンが窓から外を見ながら言った。

視線を地上に向けると、
森の縁から別の影が動いていた。

ヒュドラだった。
複数の頭を持つ巨大な爬虫類型の魔獣で、
その全長は二十メートルを超えていた。
それが数体、森の縁を這うように移動していた。
その横に、より細身の黒い体をした魔獣も見えた。
ブラックバイパーだった。
蛇型の魔獣で、単体の攻撃力はヒュドラに劣るが、
速度と毒の強さは
全ての魔獣の中でも上位に位置していた。

「まるで大型魔獣の巣だなぁ」

ダンが呆れたように呟いた。
声に動揺はなかった。
しかしその言葉の端に、
この規模は想定外だったという認識が滲んでいた。

---

ヒュドラの一体が、馬車に気づいた。

複数の頭の一つが、こちらを向いた。
頭の大きさだけで馬車より大きかった。
その口腔内に、赤い光が集まり始めた。

「来るぞ」
ダンが言った。

火炎が放たれた。

太い炎の柱が、馬車に向かって伸びてきた。
馬車の周囲の地面に着弾した。
爆発的な熱と衝撃が、馬車を揺らした。
馬が恐慌状態になり、制御が難しくなった。

御者が必死に手綱を引いていた。

ダンが馬車から半身を乗り出した。
両手を地面に向けた。
石畳ではなく、土の道だった。
ダンの魔力が地面に染み込み、土が応えた。

土の壁が、馬車の周囲に次々と立ち上がった。

ヒュドラの二撃目、三撃目が来た。
土壁に当たった。
壁が崩れながら、しかし熱を遮断した。
崩れた壁の残骸が、
また地面から新たな壁として再構成された。

ダンの魔法は、守備において際立っていた。

攻撃の一手一手に対して、最小限の土壁で対応し、
素材を再利用しながら次の防御を構築する。
その連続性と効率が、
長年積み上げてきた土天の技術だった。

しかし。

後方から、別の火炎が来た。

方向が違った。

ヒュドラがいる位置からではなかった。
斜め後方、木々の中からだった。

ルークはそれを感じた瞬間に、おかしいと判断した。

ヒュドラの攻撃は正面から来ていた。
しかし今の火炎は、全く別の角度から来ていた。
そして、その精度が違った。
ヒュドラの火炎はある程度広範囲に拡散していた。
しかし今来た火炎は、収束していた。
狙っていた。

後方の騎士の一隊に、それが直撃した。

騎士たちの叫び声が上がった。

ダンが振り向いた。
物凄い形相だった。
天としての本能が、状況の異常を即座に察知していた。
しかしダンの目は前方のヒュドラに向いていた。
土壁の構築を中断すれば、
正面からの攻撃が通ってしまう。

ダンは、別方向からの攻撃に気づいていなかった。

---

## 第五十一章 正体

### 一

「外に出ます」

ルークはダンにそれだけ言って、馬車の扉を開けた。

降りた瞬間、
土壁と魔獣の火炎が交錯する戦場の中に立った。
しかしルークの周囲は、バリアが全てを遮断していた。
熱も、衝撃も、飛んでくる石礫も、
ルークには届かなかった。

索敵を広げた。

周囲の全てを、ルークの認識が網羅した。
正面のヒュドラ群。
上空のワイバーン。
ブラックバイパーの動き。
そして——木々の中に潜む、一つの気配。

人間だった。

魔獣ではなかった。

火炎を放っていた。
しかしその火炎は、魔獣のものではなかった。
魔法だった。
この状況に乗じて、騎士たちを狙っていた。

ルークは索敵を続けながら、
その気配に向かって移動し始めた。

ダンに知られるわけにはいかなかった。

もし正体がルークの推測通りであれば、
ダンにとって、それは王国の根幹に関わる情報になる。
それを今この場で、戦闘の最中に明かすことは、
ダンの判断を歪める可能性があった。

ルークはダンから離れながら、
騎士たちの方向への攻撃を静かに遮断した。
木々の中から来る火炎が、
騎士たちに届く前に、ことごとく消えた。

騎士たちには何も見えなかった。
火炎が途中で消えた理由が、わからなかった。
しかしルークが守っていることも、
理解できなかった。

ルークは木々の中に入った。

視界が悪くなった。
しかしルークには関係なかった。
索敵は視界に依存していなかった。

気配が近づいた。

木々の間に、人影が見えた。

赤い髪だった。

炎を、手から絶え間なく放っていた。
その炎の温度と密度が、
普通の魔法使いのものではなかった。
非常に高い出力だった。

ルークは声をかけた。

「そこまで僕を恨んでいるのか。火天ライナス」

ライナスが振り返った。

目が合った。

ライナスの目に、怒りがあった。
純粋な怒りだった。
計算がなかった。
戦略がなかった。
ただ、この目の前にいる相手への怒りだけがあった。

「お前のような魔力なしが、
俺様をコケにしてくれたことが大きな罪なんだよ!」

声が、木々の間に響いた。

ルークはライナスを見た。

この男のプライドが何を引き起こすかを、
ルークは今目の当たりにしていた。
王城での屈辱が、
こうして無関係の騎士たちへの攻撃という形で出てきた。

後方の騎士たちが直撃を受けた。
その者たちが、
ライナスへの怒りと何の関係があるというのか。

怒りの感情を持つことそのものは、
人間として当然のことだ。
しかし、その怒りをどこに向けるかは、
別の問題だった。

プライドが重要だという言葉がある。
自分を大切にすることは確かに必要なことだ。
しかし、そのプライドを守るために、
関係のない者たちが傷つく。
その被害を無視して、
プライドを語ることに何の意味があるのか。

ルークはダンを思った。

同じ天でも、ダンは全く違う方向に動いていた。
自分のプライドではなく、部下のために動いていた。

もう少し、ダンを見習うことができていれば
——ライナスの在り方を見ながら、
ルークはそう思った。

「俺は火天なんだぞ。
お前のような奴に負けるわけがない」

ライナスが両手を上げた。

炎が集まり始めた。
先ほどまでとは規模が違った。
全力を出す気だった。

木々の間に、熱が満ちていた。
葉が焦げ始めた。
空気が揺らいだ。

ライナスが放った。

プラズマ化した炎だった。
通常の火炎とは別物だった。
温度が桁違いだった。
二千度に達する炎が、圧縮されて飛んできた。
これだけの温度の火炎を放てる魔法使いは、
世界を探してもほとんどいない。

フリーダが今の段階で出せる火魔法の温度が、
千度を超えるかどうかだった。
それと比較しても、ライナスの出力は異次元だった。
火魔法においては、ライナスは本物の頂点にいた。

それが、ライナスの唯一の確信だった。

火魔法で負けたことがない。
それだけは、疑う余地がなかった。

だからルークは、火を使うことにした。

火魔法への絶対的な自信を持つ人間のプライドを、
最も確実に崩す方法は、
その同じ土俵で上回ることだった。

ルークは右手を前に出した。

超能力が、熱の概念に作用した。

核融合に近い原理で、ルークは熱を生成した。
炎という形ではなかった。
温度という概念そのものを、ルークは操作していた。
魔法の術式を必要としなかった。
ただ、意図が、物理現象として現れた。

数億度に迫るプラズマ流が、ルークの前に現れた。

それは炎の色ではなかった。
白だった。
白を超えた、青白い光だった。
太陽の表面温度が約六千度だ。
ルークが生成したものは、それを五桁上回っていた。

ライナスの顔が、変わった。

最初は理解できていなかった。

火天として生まれてから、
炎に対して熱いと感じたことが一度もなかった。
炎は自分のものだった。
どんな炎も、自分の魔法と同じ属性だった。
熱は感じなかった。

しかし今、感じていた。

熱かった。

その感覚が何であるかを、
ライナスは最初、理解できなかった。
生まれて初めての感覚だったからだ。
認識が、感覚に追いつくまでに時間がかかった。

これが熱さか。

そう理解した瞬間に、恐怖が来た。

ライナスが放った炎が、
ルークのプラズマ流に触れた瞬間に消えた。
消えたのではなく、飲み込まれた。
より大きな熱の中に、ライナスの炎が溶けていった。

ライナスは炎を増した。

飲み込まれた。

また増した。

また飲み込まれた。

プラズマ流は、ゆっくりと広がっていた。
ライナスの周囲を、徐々に囲んでいった。
上から、横から、後ろから
——ライナスが逃げようとする方向に、
先回りして現れた。

気づいた時には、四方を囲まれていた。

ライナスはまだ炎を出し続けていた。
しかしその炎は、
周囲のプラズマ流に即座に吸収された。
抵抗することに意味がなくなっていた。
魔力を消費するだけで、何も変わらなかった。

「俺は火天なんだぞ」
ライナスが叫んだ。

「火魔法は一番上手く使えるんだぞ。
これまで火魔法で負けたことなんてないんだぞ」

しかしその声は、プラズマ流の壁の外には出なかった。

ルークだけに聞こえていた。

ライナスの顔に、恐怖が出ていた。
それでも叫び続けていた。
叫ぶことをやめれば、この現実を受け入れることになる。

それが、ライナスには耐えられなかった。

ルークはライナスの叫びを聞きながら、
プラズマ流の温度を調整していた。

殺さない範囲で、しかし全てを奪う温度に。

---

## 第五十二章 焦げた地

### 一

静寂が来た。

プラズマ流が収まった後、
木々の間には焦げた匂いだけが残っていた。
立ち木は炭になっていた。
地面は黒く焼き固められていた。
かつて草があった場所が、全て焦土になっていた。

ルークは顔の周囲にバリアを張って
焦げた匂いを遮断した。

地面を見た。

ライナスが倒れていた。

全身が黒焦げだった。
衣服は消えていた。
皮膚は熱によって変色していた。
しかし呼吸はあった。
かすかだったが、確かにあった。

目が開いていた。

焦点が定まっていなかった。
しかし何かを言おうとしていた。
声は出ていなかった。
喉が熱によってやられていた。
しかし口が動いていた。

まだ諦めていなかった。

それを見て、ルークは少し考えた。

殺すことは、簡単だった。
しかしここで殺す必要があるかどうかを、
ルークは考えた。

ライナスが今日したことは、許されないことだった。
魔獣の被害に乗じて、無関係の騎士たちを攻撃した。
その動機は、ルークへの個人的な恨みだった。
それは明確な罪だった。

しかし。

この男の妹の顔が、ルークの記憶に浮かんだ。

アイーダ・ランドルフ。

入学試験総合第二位。
冷静な判断力を持つ人間だった。
兄の限界を正直に認めながら、
それを兄への侮辱としてではなく、
事実として受け止めていた。

あの妹が、この兄を見てきた。

凄いと思っていた、と言っていた。
本当に、そう思っていた。

そういう人間が身近にいたにもかかわらず、
ライナスはこうなった。
しかし、まだやり直せる可能性がゼロだとは、
ルークには断言できなかった。

ルークは地面に倒れたライナスを一瞥した。

「火天の座は、別の者に譲った方がいい」

聞こえているかどうかは、わからなかった。

しかし、言葉を残した。

生かした。それがルークの結論だった。

---

### 二

ルークは木々の中から出た。

魔獣の戦闘は、ダンが処理していた。

土天の力が、国境付近の地形を変えていた。
岩盤が隆起し、土の柱が魔獣の動きを制限し、
ワイバーンの着地点を封じていた。
ヒュドラは土の罠に絡め取られ、
身動きが取れなくなっていた。

ダンの戦い方は、攻撃よりも制御に優れていた。

相手を倒すのではなく、相手の動きを完全に封じる。
その思想が、
大地を自在に操る土天の力と完全に合っていた。

「戻ったか」
ダンがルークを見た。

「何かあったか。木々の方から火炎が来なくなったが」

「処理しました」

「処理、か」
ダンは少し間を置いた。

「魔獣か」

「ええ」

ルークは嘘をついた。

ダンは少し顎を撫でた。
しかしそれ以上を聞かなかった。

「こちらはもう少しかかる。
ヒュドラを完全に無力化するまで」

「手伝います」

ルークはワイバーンの群れに目を向けた。

上空で旋回していた群れが、ルークを感知したのか、
一斉に急降下してきた。
ルークは右手を一度だけ動かした。

空中で、ワイバーンたちが静止した。

そのまま、郊外の草原に、ゆっくりと降ろされた。
着地した後、ワイバーンたちは動かなかった。
意識はあった。
しかし、動けなかった。
重力が、それぞれの体に局所的にかかっていた。

ダンが、それを見ていた。

「俺がやっていることと、全く違う方法だな」

感想だった。
批判ではなかった。
純粋な観察だった。

「ダンさんのやり方の方が、
相手を制御する精度が高いと思います」

「お世辞はいい」
ダンは言ったが、声が少し柔らかかった。

ヒュドラが最後の抵抗として火炎を放った。
ダンの土壁が受け止めた。
それを最後に、
ヒュドラは土の拘束の中で動かなくなった。

周囲が静かになった。

焦げた匂いが、風に運ばれて来た。

ダンはその匂いを嗅いで、
木々の方を見た。ルークを見た。

「本当に魔獣だったか」

ルークは答えなかった。

ダンはそれ以上を聞かなかった。

しかしダンの目は、何かを確認していた。
嘘をついているとわかっていながら、
追求しない理由をダンなりに判断していた。

二人は騎士たちの元に戻った。

直撃を受けた者たちの手当てをしながら、
ルークはその傷を超能力で癒していった。

ダンはそれを見て、黙っていた。

夕暮れが、焦土の上に伸びていた。
 

第三百二十六弾「異能の転生者」

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## 第四十八章 勅命

### 一

ダン・グラファイトがルークを訪ねてきたのは、
午後の授業が終わった頃だった。

学院の廊下で待っていた。
制服ではなく、騎士団長としての正装だった。
しかしその装いに威圧感はなかった。
ダンという人間は、どんな格好をしていても、
威圧より存在感の方が先に来る人物だった。

「少し時間をもらえるか」

単刀直入だった。
前置きがなかった。
それがダンのやり方だった。

ルークは頷いた。

二人は中庭の端に移動した。
人通りが少ない場所だった。

ダンは状況を説明した。

国境近くの村での魔獣被害。
複数体、しかも相当な強さを持つ個体が確認されている。

通常であれば騎士団を派遣するところだが、
国境の向こうはムリヤ帝国だった。

「ムリヤ帝国のことは知っているか」

「多少は」
ルークは答えた。

ダンは簡潔に補足した。
少数民族が迫害の歴史を経て
ようやく建国した国家だった。
その土地が、複数の宗教にとっての聖地であり、
地下資源が豊富で、農業にも適していた。
理想的な条件が重なりすぎていた。

だから周囲の国々が黙っていなかった。

ブラウンシュヴァイク王国との国境付近でも、
定期的に緊張が生まれていた。
ムリヤ帝国側は、外部の国が自国の領土付近に
軍を展開することに対して、敏感に反応した。
それには歴史的な理由があった。
かつて「支援」という名目で送り込まれた軍が、
そのまま占領軍に変わった経緯が、
複数の国との間に存在していた。

「騎士団を動かせば、ムリヤ帝国を刺激する」
ダンは言った。

「だから今回は、最小限の人員で対処する必要がある」

「それが、僕に声をかけた理由ですか」

「ああ」
ダンは迷わず答えた。

「本当はアクアかハインリヒに頼みたかった。
アクアは——今は難しい状況にある。
ハインリヒは王都を離れることを陛下に禁じられた。
他の天には頼めない事情がある。

立場上 これまで対峙した事はあったが
お前との個人的な因縁は、俺にはない」

正直だった。

代替案として声をかけた、ということを隠さなかった。
別の誰かに断られた後で来た、ということも。

ルークはその正直さを、好ましいと思った。

「わかりました。行きます」

ダンは少し目を細めた。
条件を聞いてくると思っていたのかもしれなかった。
あるいは、もう少し時間がかかると思っていたのか。

「ありがとう」

それだけ言った。
礼の言葉を長くしない人間だった。

---

### 二

出発は翌朝だった。

馬車が学院の正門前に来ていた。

ルークが乗り込むと、ダンが既に座っていた。
向かい合う形の座席だった。
馬車の内装は、ルークが今まで乗ったものより
上質だった。
座面に厚みがあり、窓枠に細工が施されていた。
王族用ではないが、
上位の貴族が使う水準のものだった。

「国王の手配か」

「ああ」
ダンは言った。

「今回は一応、勅命という形になっているからな」

馬車が動き出した。

王都の石畳の上を、馬車は西に向かって進んだ。
街が徐々に疎らになり、建物が減り、
農地が広がり始めた。

ルークはダンを観察した。

向かいに座っているこの男は、天の一人だった。
しかしその体は、魔法使いというより、
歴戦の戦士のものだった。
肩幅が広く、首が太く、
腕の筋肉が外套の布地を押し広げていた。
座っているだけで、重量感があった。

剣技で魔法を圧倒すると言われても信じられる体だった。

魔法使いにも見えなかった。

しかし土天だった。

土の系統は、この六系統の中でも
特に防御と持久に優れていた。
岩のような耐久力と、大地のような安定性。
ダンの体格は、
その系統の性質を体現しているようだった。

性格も、外見に合っていた。

裏表がなさそうだった。
考えていることが、
そのまま言葉と顔に出るタイプだった。
政治的な駆け引きを好まない、
あるいは得意としない人間の空気があった。

ルークは、こういう人間と一緒にいることの
居心地の良さを、久しぶりに感じていた。

学院での生活は、
複雑な思惑と視線が飛び交う場所だった。
グレイとの研究は充実していたが、
グレイという人間は常に研究者の目で物事を見ていた。
レイスナー王子との交渉は必要なことだったが、
政治的な文脈から自由ではなかった。

ダンは違った。

「飯食うか?」

ダンが懐から食料を取り出した。
包みを開くと、小分けにされた保存食が出てきた。
戦闘用の携帯食よりは上等に見えた。
貴族向けの保存食だろう。
しかし保存食は保存食だった。
冷たく、固く、味が濃かった。

ダンはそれをルークに差し出した。

ルークは受け取った。

包みの中の食料を見た。
食べられないわけではなかった。
しかし、食べやすくすることはできた。

ルークは意識を向けた。

食料の温度が上がった。
内側から均一に熱が加わり、固さが和らいだ。
塩分と香辛料の濃度が調整された。
馬車の中に、温かい食事の香りが漂い始めた。

ダンが目を丸くした。

「今、何をした?」

「温めて、少し柔らかくしました。
味も薄くしています」

「そんな事まで出来るのか」
ダンは食料を受け取って、一口食べた。
表情が変わった。
目が細くなり、頬が緩んだ。

「これはいいな。いつもは戦闘用の携帯食料で、
この貴族用のは十分マシだったが
——これなら十分どころか百倍マシだ」

ルークは自分の分を食べながら、ダンの顔を見ていた。

「俺のもやってもらえるか?」

ダンが自分の包みを差し出した。

ルークは同じようにした。

ダンは自分の食料を食べながら、しばらく黙っていた。
窓の外の景色が流れていく。
それから、独り言のように言った。

「俺もこんな事が出来れば、部下も喜ぶだろうに」

残念そうな声だった。

しかし残念がっている対象が、自分のためではなかった。

部下のためだった。

ルークはその言葉の向かう先を確認した。

思えば、最初に会った時もそうだった。
入学試験の発表の日、
レイスナー王子が起こした騒ぎの場に駆けつけた時、
ダンが最初に気にしたのは王子の体面でも、
騎士としての立場でもなかった。
周囲の状況を把握して、
これ以上の混乱が部下たちに
及ばないようにすることだった。

部下のことを考える人間だった。

こんなことができれば部下も喜ぶ
——それを自然に口にできる人間は、
実際にそう思っている人間だった。
建前ではなかった。

「次の休憩で馬車を止めた時に、
全員分作りましょうか」

ダンが顔を上げた。

「御者も含めて、随行の者全員、ということか」

「食料があれば」

ダンは少しの間、ルークを見た。
それから口角が上がった。
豪快な笑い方だった。

「助かる。あいつらも喜ぶだろう」

馬車が揺れた。

国境に向かう道は、舗装が荒くなり始めていた。

ルークは窓の外を見た。
王都の建物が遠くなり、地平線が広がっていた。

久しぶりの、単純な移動だった。

政治もなく、派閥もなく、複雑な思惑もない。
ただ、目的地に向かって進んでいる。

それが、ルークには思ったより心地よかった。

---

## 第四十九章 道中

### 一

最初の休憩は、街道沿いの宿場町だった。

馬に水を飲ませ、
御者が交代するための短い停車だった。

ダンが御者と随行の騎士三名を集めた。
ルークが全員分の携帯食料を調理した。
調理、という言葉が正確かどうかは微妙だったが、
加熱と調味と食感の調整を施した結果、
保存食は別物になっていた。

随行の騎士たちは、最初は戸惑っていた。

ルークが何をしているかが見えなかったからだ。
特別な道具を使うわけでもなく、
炎を起こすわけでもなく、
ただ手を近づけると食料が変わっていく。

しかし口に入れた瞬間に、戸惑いは消えた。

「これは」
一人の騎士が言った。

「どうやったんですか」

「魔法です」ルークは答えた。

それで十分だった。
この世界では、理解できない現象は
全て魔法で説明がついた。

ダンが豪快に笑いながら、部下たちに言った。
「ルーク殿はこういうことも得意らしい。
道中、頼りになる同行者だ」

騎士たちがルークを見る目が、少し変わった。

戦闘能力への畏怖ではなく、
もう少し日常的な親しみに近い何かだった。
強い人間であることと、
一緒にいて居心地がいいことは、別の評価軸だった。
ルークに対して後者の評価が加わった瞬間だった。

馬車が再び動き出した。

ダンはまた向かいの座席に座った。
食後の満足が、その顔に残っていた。

「一つ聞いていいか」
ダンは言った。

「どうぞ」

「フリーダ・ラングバルトのことだが」

ルークは窓の外を向いたまま答えた。
「何ですか」

「あの娘は大丈夫か。
父親を亡くして、しばらく経つ。
学院には通い続けているが、
グレイ教授の研究に追われているという話も聞いた」

ルークはダンを見た。

この男がフリーダの名前を出したのは、意外だった。
どういう経緯で知っているのかを考えた。
国葬に出席していたはずだった。
あの場でフリーダが喪主を務めた姿を、
ダンは見ていた。

「大丈夫です」
ルークは言った。
それから少し間を置いた。

「だと思います」

「だと思います、か」
ダンは繰り返した。
声に、からかいはなかった。

「よく見ているんだな」

「そういうわけでは」

「いや」
ダンは窓の外を見ながら言った。

「よく見ているから、断言できないんだろう。
大丈夫だと思う、というのは、
大丈夫でない可能性もあると知っているということだ。
知らなければ、大丈夫だとだけ言う」

ルークは少し黙った。

ダンという人間の観察眼が、
思ったより鋭いことを確認していた。
武骨な外見とは別の、静かな洞察があった。

「フリーダは強い人です」
ルークは言った。

「国葬の場でも、喪主としてきちんと立っていた。
悲しみをしまい込んで、立つべき場所に立てる人だ」

「それが心配なんだろう」

ルークはダンを見た。

「しまい込みすぎると、どこかで出てくる。
あるいは出てこなくなる。
どちらも、いいとは言えない」

ダンは自分の経験から話しているようだった。
長年、部下を見てきた人間の言葉だった。

ルークは窓の外を見た。

知っていた。
フリーダが研究に没頭しているのは、
グレイの指導が充実しているからだけでは
ないかもしれない、ということを。
何かに集中し続けることで、
向き合いたくないものから
距離を置いているのかもしれないということを。

しかし、それを言葉にする前に、
ルークは向き合い方を知らなかった。

自分の力は、時間を止めることも、
分子を分解することも、
次元を超えることもできた。

しかし、誰かの悲しみに正確に触れる方法は、
ルークにはわからなかった。

「難しいな」
ルークはぽつりと言った。

ダンは返事をしなかった。

しかし、その沈黙は、否定ではなかった。

同意だった。

馬車は西に向かって、走り続けていた。
 

 

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## 第四十六章 証明

### 一

場所は学院の校庭だった。

グレイが選んだ。
対魔法結界が施されているこの場所が、
フリーダの魔法を見せるには最も適していると判断した。

ただし今回は、その結界が持つ意味が以前とは違った。

以前はフリーダの魔法が
外部に影響を与えないための結界だった。

今回は、フリーダの魔法が結界を突破しないかどうかを
確認するための結界でもあった。

チャールズ・レイスナーは校庭の端に立っていた。
随行の者は連れていなかった。
この場に来たこと自体、秘密にしていた。
王子が学院の校庭に非公式に訪れているという事実は、
今は表に出すべきではないとルークに言われていた。

グレイはフリーダに向かって、静かに指示を出し始めた。

「木と水の複合から始めろ」

フリーダは頷いた。

右手を上げた。
左手を上げた。
両手の間に、異なる色の魔力が同時に現れた。
緑と青が、互いに反発せずに共鳴し始めた。
通常、異なる属性の魔力は干渉し合って不安定になる。
しかしフリーダの手の中で、
二つの属性は一つの力として統合されていった。

放たれた魔法は、複合の形だった。

木の生命力と水の流動性が組み合わさり、
螺旋を描きながら標的に向かった。
標的に触れた瞬間、標的の周囲に植物が急速に成長し、
同時に水が内側から湧き出した。

チャールズは目を細めた。

「次、火と土」グレイが言った。

フリーダが切り替えた。

今度は赤と茶が現れた。
火の破壊力と土の重厚さが融合した魔法が、
別の標的に向かった。
爆発と地盤の隆起が同時に起きた。
衝撃が校庭の石畳を揺らした。

「白と黒」

最後の複合だった。

白魔法と黒魔法は、本来最も相性が悪いとされていた。
光と闇、癒しと破壊、
相反する性質を持つ二系統を同時に扱うことは、
理論上は不可能に近いとグレイ自身が長年考えていた。

しかしフリーダの両手から、白と黒が現れた。

反発しなかった。

二つが螺旋状に絡み合い、これまでの複合魔法とは
全く異なる性質を持つ力になった。
それが放たれた時、
チャールズには何が起きたかを言語化できなかった。
標的が、存在したまま、
しかし何かが根本的に変化していた。

グレイが満足そうに頷いた。

「続けろ。全系統同時複合を」

フリーダは一度、深く息を吸った。

六つの色が、フリーダの周囲に同時に現れた。
木の緑、火の赤、土の茶、水の青、白の輝き、
黒の深み——それらが渦を巻いて、
一つの大きな力として統合されていく過程を、
チャールズは息を呑んで見ていた。

放たれた。

衝撃は、校庭の対魔法結界に当たった。

結界が、きしむような音を立てた。
学院の設計者たちが相当の強度を見込んで作った結界が、

初めて本気で試されるような音だった。

結界は持ちこたえた。
しかし、その表面に亀裂のような光が走った。

チャールズはそれを見ていた。

時間が経っていた。
通常の学院生徒であれば、
とうに魔力が尽きている時間だった。
しかしフリーダはまだ立っていた。
呼吸が少し乱れていたが、
消耗の色は予想よりはるかに薄かった。

「これが」
チャールズはようやく言葉を出した。

「これが今のフリーダの実力か」

グレイはチャールズを振り返った。
「まだ発展途上です。
三ヶ月後には、今日見たものをさらに上回るでしょう」

チャールズは何も言えなかった。

---

### 二

沈黙の中で、チャールズは別のことを考え始めていた。

最近、王城の話が頭から離れなかった。
箝口令が敷かれた、あの夜の事件のことだった。

天全員が太刀打ちできなかった。
王城が一夜で変貌した。
しかし翌朝には何事もなかったかのように
元通りになっていた。

詳細は知らされていなかった。
しかし断片的な情報は、
チャールズの耳にも届いていた。

今、校庭にいる人物を見た。

フリーダを。それからルークを。

「まさか」
チャールズはフリーダを見た。

「陛下が箝口令を敷いたという、
王城での事件は——フリーダが?」

フリーダがチャールズを見た。

突然、自分に向けられた驚愕の視線の意味が、
フリーダには全くわからなかった。
きょとんとした顔のまま、首を傾げた。

「あれは僕のやった事で、フリーダは関係ないよ」

ルークが割って入った。

チャールズに向かって言いながら、
ちらりとフリーダに視線が向いた。

その瞬間、ルークの頬に赤みが差した。
フリーダは気づいていなかった。
グレイは気づいていて、
しかし何も言わなかった。

チャールズはルークを見た。
驚きが、さらに驚きに重なっていく顔だった。

「君が」
チャールズはゆっくりと言った。

「天全員を制圧したというのか」

ルークは頭を掻いた。

苦笑いをしていた。
否定もしなかった。
肯定の言葉も出なかった。
ただ、その反応が全てを語っていた。

チャールズは少しの間、ルークを見た。

それからフリーダを見た。
それからグレイを見た。

とんでもない人たちが、味方になってくれたものだ
——その思考が、チャールズの顔にそのまま出ていた。

隠す余裕がなかった。

---

## 第四十七章 兄妹

### 一

ランドルフ男爵家の屋敷は、王都の西区画にあった。

火天ライナス・ランドルフは、
その日も朝から機嫌が悪かった。

食卓での表情が険しかった。
使用人が近づくのを躊躇うほどの空気を、
ライナスは無意識に発していた。
彼の周囲では、感情が魔法に直接影響する。
怒りが強ければ、周囲の温度が上がる。
テーブルの端に置かれた木製の飾りが、
今朝は焦げ跡を作っていた。

アイーダ・ランドルフは、
兄の向かいに座って、冷静に朝食を取っていた。

兄の機嫌については、慣れていた。
しかし最近のライナスは、その度合いが増していた。
あの夜以来だった。

「また考えてるの」
アイーダは言った。

「うるさい」

「あの人のこと」

ライナスは返事をしなかった。
しかし食器を置く音が、少し大きかった。

アイーダは兄を見た。

ライナス・ランドルフは、天の中でも異色の存在だった。

若かった。
現役の天の中で最も若く、最も好戦的だった。
火天としての実力は本物で、
その破壊力は現役最高水準にあった。
しかし若さが、判断の精度を下げることがあった。

「ライナス兄さん、あの人と戦ったら勝てると思う?」

「当然だ」
ライナスは即座に答えた。

「あの夜は国王に止められただけだ。
俺が本気を出せば——」

「負けるよ」

ライナスが顔を上げた。

アイーダは兄を見ていた。
感情的な言葉ではなかった。
分析の結果を述べている顔だった。

「どういう意味だ」

「見たから。
私、あの人を何度か見たことがある。学院で」

アイーダは王立魔法学院の生徒だった。
入学試験の総合第二位。
ルークがいなければ首席だった。
魔力量は卓越の評価を受け、
火、水、黒の三系統に加えて
風魔法に特別な適性を持っていた。

魔法制御の精度において、
彼女はAクラスの中でも頭一つ抜けていた。
あの「卓越」評価を受けてAクラスに入った少女
——入学時にルークの次に注目されていた人物だった。

「学院で、あの人を見た時に思った。次元が違うって」

「お前が何を見たか知らないが——」

「ライナス兄さんは火天だから、
炎を見れば大体の出力がわかるでしょ」
アイーダは続けた。

「私もそれと同じように、
魔法を見ればある程度の実力がわかる。
だからルーク・グレイブヤードを見た時に、
すぐにわかった。勝てない、って」

ライナスは黙った。

「グレイ教授と一緒に研究してる場面も見た。
あの二人が話してる内容は、
私には半分も理解できなかった。
まだ自分が学ぶべきことが
こんなにあるんだって思ったくらい」

アイーダの声には、羨望があった。

隠していなかった。

「できるなら、あの人たちに直接教わりたいくらい」

ライナスの眉間に、深い皺が刻まれた。

「お前が言うことか。俺は火天だぞ」

「だから言ってるの」
アイーダは静かに言った。

「ライナス兄さんのことを、ずっと凄いと思ってきた。
本当に。
でもルーク・グレイブヤードを見た時に、
初めてライナス兄さんでも
届かない場所があるって思った。
それって、すごく大事なことじゃない?」

ライナスは返事をしなかった。

しかしその沈黙は、怒りの沈黙ではなかった。
何かを処理しようとしている沈黙だった。

アイーダはそれ以上を言わなかった。

兄に届くかどうかは、兄が決めることだった。

---

### 二

昼過ぎ、屋敷に来客があった。

執事が来て、ライナスに告げた。
「黒天ヴィルヘルム殿下がお見えです」

ライナスは少し眉をひそめた。

ヴィルヘルムがランドルフ家を直接訪ねることは、
珍しかった。
天同士の往来がないわけではないが、
事前の連絡なしに訪ねることは、
礼儀の面でも珍しかった。

アイーダはその名前を聞いた瞬間、表情を変えた。

変えた、というより、整えた。
感情を表に出さないように、
意識的に整えた顔だった。

「私は席を外す」
アイーダは立ち上がった。

「なぜだ」

「ヴィルヘルム殿下が来る理由は、
多分ルーク・グレイブヤードのことでしょ。
その話し合いに私が同席したら、
余計なことを言いそうだから」

ライナスはアイーダを見た。

「余計なことって何だ」

「ルークに勝てると思うなら、
やめた方がいいって言いたくなること」

アイーダはそれだけ言って、部屋を出た。

廊下に出たアイーダは、少しだけ足を止めた。

ヴィルヘルムが来た。

その事実が持つ意味を、アイーダは考えていた。
黒天と火天が手を組もうとしている。
それが何を意味するか。
そしてその動きが、学院にいるルークや、
フリーダに、どんな影響を及ぼすか。

アイーダは廊下を歩きながら、
自分の選択肢を整理していた。

兄の隣にいることと、自分の判断に従うこと。

その二つが、
今後、交わらない方向に進む可能性があった。

応接間から、ヴィルヘルムの声が聞こえた。
扉越しでも、
その声の持つ独特の重さが伝わってきた。

アイーダは廊下を進んだ。

足音を、できるだけ小さくしながら。

 

第三百二十六弾「異能の転生者」

第三百二十七弾「異能の転生者 その2」

第三百二十八弾「異能の転生者 その3」

第三百二十九弾「異能の転生者 その4」

第三百三十弾「異能の転生者 その5」

第三百三十一弾「異能の転生者 その6」

第三百三十ニ弾「異能の転生者 その7」

第三百三十三弾「異能の転生者 その8」

第三百三十四弾「異能の転生者 その9」

第三百三十五弾「異能の転生者 その10」

第三百三十六弾「異能の転生者 その11」

第三百三十七弾「異能の転生者 その12」

第三百三十八弾「異能の転生者 その13」

第三百三十九弾「異能の転生者 その14」

第三百四十弾「異能の転生者 その15」

第三百四十一弾「異能の転生者 その16」

の続きです

 

 

# 異能の転生者

## 第四十三章 三ヶ月後

### 一

三ヶ月という時間は、人によって異なる速さで流れる。

グレイ・サンダーズにとって、
それは驚異的な密度を持った三ヶ月だった。

フリーダ・ラングバルトの成長を、
グレイは研究者の目で観察し続けた。
数値として記録した。
理論として整理した。
しかし数値と理論だけでは、
目の前で起きていることの全貌を捉えきれなかった。

最初の一ヶ月で、
フリーダの六系統全ての魔法が、
Aクラスの平均を超えた。

二ヶ月目に入ると、宮廷魔法士の水準を超えた。

三ヶ月が経った今、
その出力は天に次ぐレベルに達していた。

木、火、土、水、白、黒——六つの系統の全てが、
それぞれ単独でも上位の魔法使いを
圧倒できる水準にあった。
そして六つを同時に扱う複合魔法において、
フリーダは既に現役の天たちが
到達していない領域に踏み込んでいた。

魔力量も「低位」から「上位」へ。

一ランクの上昇でさえ異例とされていたこの世界で、
二ランクの上昇が三ヶ月で起きた。
アクアが二ランク上げるのに、
グレイとの訓練を数年続けた末のことだった。

グレイは記録を見るたびに、
静かな興奮を感じていた。

これを世界に示したい、という衝動が、
研究者としての本能から来ていた。
しかし同時に、それが容易でないことも知っていた。

---

魔法協会。

その名前を、グレイは何十年もかけて付き合ってきた。

王国における三大勢力の一つ。
王室と教会と魔法協会が鼎立する構造は、
この国の歴史の中で長い時間をかけて形成されてきた。

王室は騎士団を抱える軍事力を持つ。
教会は民衆の信仰と道徳を司る。
魔法協会は魔法という特殊な技術体系を管理する。
三者がそれぞれの領域で絶大な権力を持ちながら、
互いを牽制することで均衡を保っていた。

天の称号は、表向きは魔法協会が
認定するものではなかった。
しかし実質的には、
魔法協会の評価なしに天の称号を
得ることはできなかった。
認定の過程、評価の基準、称号を与える儀式
——全ての段階に、魔法協会の手が入っていた。

天の条件は、一つの魔法系統を極めること、だった。

その基準は、魔法協会が定めていた。

一つの系統を極めた者が天になる。
それは長年の慣例だった。
しかしその慣例は、魔法協会にとって
都合の良いものでもあった。
天は一系統一人という形を保てば、
天の数は六人を超えない。
六人を管理することは、
より多くの人数を管理するよりも容易だった。

フリーダが六系統全てを極めようとしている事実は、
その枠組みを根底から揺るがす。

もし複数系統の天という存在が認められれば、
魔法協会が持つ評価権の独占が崩れる可能性があった。
誰が天か、誰がそうでないかを決める権限
——それを失うことは、
魔法協会にとって存立を揺るがす問題だった。

だから認めない。

理由は表向き、前例がないから、だった。
しかしその裏にある理由を、グレイは知っていた。

国王でさえ、
魔法協会の決定を覆すことは難しかった。

「天」は個人として独立した存在だという建前があった。

王室にも教会にも、魔法協会にも属さない。
その独立性が、天という存在の権威を支えていた。
しかし独立しているからこそ、
組織の論理で動く魔法協会を、
個人である天が制御することはできなかった。

これがヴィルヘルムを増長させた背景の一つだった。

天として持つ力は、王室の管理が及ばない。
国王がヴィルヘルムを制御しきれないのは、
単に父と息子の関係だけでなく、
天という制度上の問題でもあった。

グレイはフリーダの記録を眺めながら、
この状況をどう変えるかを考えていた。

答えは、まだなかった。

---

## 第四十四章 赤面

### 一

ルークはフリーダの教育に、
以前ほど関わっていなかった。

グレイが熱心に指導しているという事情もあった。
しかしそれだけではなかった。

自覚してしまった。

いつ、どの瞬間に、
という特定の出来事があったわけではなかった。
気がついた時には、そうなっていた。
フリーダのことを考える時間が増えていた。
彼女が研究で成功した時の笑顔が、
頭の中に残っていた。

そして実際にフリーダに会うと、頬が熱くなった。

ルークは自分の頬に手を当てて、
その熱を確認するたびに、内心で盛大に辟易した。
宇宙の果てまで見渡し、時間を止め、
天たちを無力化した存在が、
一人の女性の顔を見るだけで赤面する。

その落差を、ルークは誰よりも正確に理解していた。

理解しているからこそ、余計に恥ずかしかった。

フリーダと同じ空間にいると、視線の置き場所に困った。

話しかけられると、返答が遅れた。
彼女が笑うと、目を逸らした。

こんな醜態は、誰にも見せたくなかった。

特にグレイには。
あの男に見られた日には、
研究の話に全て変換されて延々と分析されそうだった。

というわけで、ルークはフリーダから適度な距離を置いていた。

グレイはその変化に気づいていたが、何も言わなかった。

しかし時折、研究室でルークを見る目が、
何かを観察している目になっていた。

それに気づいた時のルークの居心地の悪さは、
また別の問題だった。

---

### 二

ルークは行動することにした。

フリーダへの気持ちをどうするかは、別として。
今の自分が、この先のことを考えた時に
やるべきことが見えていた。

チャールズ・レイスナーに会いに行く。

入学試験の発表の日、
後ろから肩を掴んできた相手だった。
あの時はダン騎士団長が間に入って事を収めた。
しかしその後、因縁は清算されていなかった。

そして今のルークには、
あの第二王子に話すべきことがあった。

チャールズの屋敷は、王都の中心部にあった。

最初の訪問は、門前払いだった。

門番がルークを見て、名前を聞いて、
一言「お引き取りください」と言った。
それだけだった。話すことすらできなかった。

翌日、再び訪ねた。

今度は門が開く前に、上から水が降ってきた。
盛大にかかった。

チャールズの指示かどうかはわからなかったが、
どちらでもよかった。

ルークは濡れたまま、三日目も訪ねた。

今度は門が開いた。

従者が出てきて、
「主が一度だけお会いになると申しております」
と言った。
その声に、困惑があった。
三日続けて来るとは思っていなかったのだろう。

---

## 第四十五章 説得

### 一

応接間は、広かった。

王族の分家という立場に相応しい調度が揃っていた。
しかしどこか、落ち着かない印象がある部屋だった。
飾られているものの方向性が、統一されていなかった。
複数の意志が混在しているような空気があった。

チャールズ・レイスナー・ブラウンシュヴァイクは、
ルークを見た。

あの日とは状況が違った。
入試発表の日は、自分が優位な立場にいた。
しかし今は、相手が三日続けて自分の屋敷を訪ねてきた。

それも、水をかけても諦めなかった。

何かがある、とチャールズは判断していた。

「用件を聞こう」

声に、警戒があった。
王族としての権威を纏った声だったが、
その奥に、興味の色もあった。

ルークは座ったまま、チャールズを見た。

「君はこのままでいいと思っているのか」

チャールズの目が、わずかに細くなった。
「どういう意味だ」

「今の君の立場について、
自分でどう理解しているかを聞いている」

チャールズは答えなかった。

ルークは続けた。

「国王が君を次期国王にしようとしているとすれば、

それはヴィルヘルムが相応しくないという判断が主な理由だ。

君を評価してのことではない」

部屋の空気が変わった。

「教会と魔法協会は、
おそらくヴィルヘルムを推している。
彼が天であるという事実は、
その二つの組織にとって都合がいい。
貴族たちが君を支持しているのは、
御しやすいと思っているからだ」

チャールズの顔に、赤みが差してきた。

「貴様——」

「僕に怒れば問題が解決すると思うなら、
いくらでも怒ればいい」
ルークは声の調子を変えなかった。

「だが事態はそんな単純ではない」

チャールズは立ち上がりかけて、止まった。

ルークの目が、本気だった。
侮辱しているのではなかった。
事実を並べていた。
その区別が、チャールズには分かった。

「君はレイスナー家が隆盛することを
願っているのではないか」

チャールズは黙った。

「その思いは真剣なんだろう。
ならば、その為に何をやるべきかを考えるべきだ」

しばらく沈黙があった。

チャールズは椅子に戻った。
まだ怒りの熱は残っていたが、それを上回る何かが、
この会話の中にあることを感じていた。

「続けろ」

「僕が君の陣営に入る」

チャールズは少し目を見開いた。

「そして、フリーダ・ラングバルトも
味方についてくれるだろう」

チャールズは眉をひそめた。
「なぜフリーダが——」

「フリーダはもうすぐ、実力が六天に達する」

応接間が静止した。

チャールズはルークを見た。
冗談を言っている顔ではなかった。
しかし、内容が常識の範囲を遥かに超えていた。

六天。

六系統全ての天。
そんな存在が、この世界に存在したことはなかった。
天は一系統一人という原則が、
この世界の魔法の歴史において
揺らいだことはなかった。

「魔法協会はそれを認めようとしない」
ルークは続けた。

「君が国王になったら、
彼女の実力を正当に評価してほしい」

チャールズはしばらく、何も言わなかった。

ルークが言っていることの意味を、
一つずつ処理していた。

六天。

フリーダ・ラングバルトが。

あの、Cクラスの、魔力低位の評価だった、
ラングバルト侯爵家の長女が——

「信じられない」

チャールズは率直に言った。

「それが今の君の正直な反応だ」
ルークは言った。

「しかし信じられないことと、
事実でないことは別の話だ」

チャールズはルークを見た。

この少年は、王城を一夜で半壊させた存在だと、
ダン騎士団長から聞いていた。
詳細は明かされなかったが、
天たちが太刀打ちできなかった
ということだけは伝わっていた。

その少年が、今自分の前に座って、自分の陣営に入ると言っている。

「なぜ君が、私の陣営に入ることを選ぶ」

「フリーダが正当に評価される世界の方が、
そうでない世界よりも良いからです」

答えは単純だった。

しかしその単純さが、逆に重かった。
計算ではなかった。
駆け引きでもなかった。
ただ、そう思うからそうする、
という意志だった。

チャールズは少しの間、窓の外を見た。

それから、ルークに向き直った。

「フリーダが六天であることを、証明できるか」

「できます」

「いつ」

「君が見たい時に」

チャールズはまた黙った。

この会話が、自分の人生において、
後から振り返れば転換点になるかもしれない
——そういう予感が、
チャールズの中でゆっくりと形を作り始めていた。

「わかった」
チャールズはようやく言った。

「話を聞こう。全部」

ルークは頷いた。

応接間に、夕方の光が差し込み始めていた。
 

 

第三百二十六弾「異能の転生者」

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## 第四十一章 国葬

### 一

ラングバルト侯爵の国葬は、
王都の大聖堂で執り行われた。

石造りの大聖堂は、
王都でも最も古い建造物の一つだった。
高い天井に、色ガラスの窓から朝の光が差し込んでいた。

その光が、石の床に複雑な色の模様を作っていた。

参列者は多かった。

国葬という形式が、それを必然にしていた。
王国の各地から貴族が集まり、
王都に在住する者たちが列をなした。
一介の男爵の葬儀に、これほどの人数が集まることは、
通常あり得なかった。
しかし今回は違った。
国王自らが侯爵への叙爵を宣言し、国葬を命じた。
それが意味することを、
この国の者たちは全員理解していた。

王国が、この死を重く受け止めている
という意思表示だった。

フリーダは喪主として、大聖堂の正面に立った。

黒い喪服だった。
背筋は真っ直ぐだった。
涙は出していなかった。
悲しみがないのではなかった。
しかし今この場で、娘として泣くより、
喪主として立つことを選んでいた。

「父は真面目な人でした」

フリーダの声は、大聖堂の中に静かに響いた。

「派手さとは無縁でした。権力を求めませんでした。
名声を求めませんでした。
ただ、自分に与えられた領地と民のために、
毎日を誠実に生きました。
それだけを、生涯をかけてやり遂げた人でした」

参列者たちは静かに聞いていた。

「父がどれほどの人物であったかを、
多くの方に知っていただけることを、
父もきっと名残惜しんでいると思います。
できれば、もっと早く知っていただきたかった——」

フリーダはそこで一度、言葉を止めた。

止めた理由は、感情が来たからではなかった。
続く言葉を、慎重に選んでいた。

「——しかし、たとえ遅くとも、
今こうして皆様にお越しいただけたことを、
父に代わって感謝申し上げます」

頭を下げた。

大聖堂の中に、低い水音のような静寂があった。

---

### 二

ルークは大聖堂の外にいた。

出席しなかった。

理由を問われれば、気まずかったからだ、
としか言いようがなかった。
自分が動いたことが、
結果としてフリーダの父の死に繋がった
連鎖の一部を形成していた
——そういう認識が、ルークの中にはあった。

論理的には違った。

ラングバルト男爵を殺したのは
ダーウェント子爵の手の者たちであり、
その命令を出したのはヴィルヘルムだった。
ルークの行動は、むしろその連鎖を
断ち切るためのものだった。

しかし論理と感情は、別の場所に存在した。

ルークは大聖堂から
少し離れた場所の石段に座って、空を見ていた。

これでフリーダにとって、良かったのか。

その問いが、頭から離れなかった。

父親は戻らない。
国葬が行われ、侯爵の位が追贈されても、
フリーダの父が生き返るわけではない。
フリーダにとって最も大切なものは、
称号でも国葬でもなく、
父親そのものだったはずだ。

ルークの活躍がなければ、
この件は完全に闇に葬られていただろう。

真実は隠蔽され、
ラングバルト男爵の死は事故か病死として処理され、
フリーダは何も知らないまま、
あるいは薄々感づきながらも証明できないまま、
一人で小さな家を守り続けることになっていただろう。

それよりは今の結果の方がいい、
と言えるかもしれない。

しかし、それはルークが決めることではなかった。

いくら考えても、答えは出なかった。
当然だった。
答えを出せるのは、フリーダ本人だけだった。

ルークはそれを、初めて理解した。

力があっても、解決できない問いがある。
宇宙の果てまで見渡せても、
他者の心の中にある答えだけは、
その者自身にしか見つけられない。

もやもやした感覚が、胸の中にあった。

---

### 三

王城での出来事は、隠蔽された。

国王の判断だった。

天が太刀打ちできない存在を、
公にするわけにはいかない。
それは王国の防衛能力への信頼を根底から揺るがす。
他国がその情報を得れば、
王国の守護者である天への抑止力が消えたと
判断する可能性がある。

政治的な理由は、明確だった。

しかし、その決断の背景には、
もう一つの理由があった。

国王グルーベンハーゲンは、
あの夜ルークと対峙した瞬間に感じたことを、
何日経っても忘れられなかった。

圧倒的な力の前に立った時の感覚は、
これまでに一度も経験したことのないものだった。
長年、王として国の頂点に立ち、
天たちという最強の守護者を従えてきた。
その自分が、あの少年の前では、
何もできない存在だった。

王国の存亡をかける、
という表現を、内心で使った。

それは誇張ではなかった。

白天ハインリヒ・ブラウンシュヴァイクは、
国王の弟だった。
天の中でも最強と呼ばれ、
「獅子公」の異名を持つ男だった。
その彼が、あの夜ルークを見た瞬間に感じたことを、
後で国王に打ち明けた。

「一瞬でした」ハインリヒは言った。

「自分の首が斬り飛ばされるイメージが、
目の前にありありと見えました。
手を出す前に、全てが終わっていた」

ハインリヒがそこまで言ったのは、
初めてのことだった。

天で最強と呼ばれるこの男が、
戦う前に自分の死を確信した。
その事実が、国王の判断を固めた。

ルークを公にしない。
そして、敵に回さない。

それが、王国として取れる最善の方針だった。

---

一方で、ルークに対して憤っている者たちもいた。

黒天ヴィルヘルム。
火天ライナス。
木天ジレル。

三者三様の理由があったが、共通していたのは、
自分たちにはルークの本当の力が
見えていないということだった。

ライナスは若く、好戦的だった。
あの夜、飛びかかろうとして
国王に止められたことへの不満が残っていた。
自分が本気を出せば、あの少年にも通じたはずだ
という確信があった。
それは根拠のない自信ではなく、
火天としての実績に基づくものだったが、
しかしそれでも、
ルークの力の実態からは遥かに遠い場所にあった。

木天ジレルの怒りは、別の種類だった。

息子と孫が関わっていた。
それが何より、彼女の冷静さを奪っていた。
どれほど有能な魔法使いでも、
身内の問題が絡めば判断が曇る。
天の称号を持つ者も、人間である以上、
その例外ではなかった。

孫が学院でやっていたことは、ジレルも薄々知っていた。

しかし、家族というものは、
知っていても目を瞑ることがある。
それが後になって、より大きな形で跳ね返ってくる
——その連鎖を、今ジレルは身をもって経験していた。

しかし怒りの矛先は、
自分自身ではなくルークに向かっていた。

冷静ではなかった。完全に冷静ではなかった。

---

土天ダン・グラファイトは、
誰とも違う反応を示していた。

あの夜以来、ダンは口数が減っていた。

同僚の騎士団幹部たちとの会話でも、
天たちとの議論でも、
以前のような明快な発言が減っていた。
何かを考え続けているように見えた。

ダンは、入学試験の日にルークに
初めて会った時のことを、繰り返し思い出していた。

あの時すでに、何かを感じていた。
この少年は普通ではない、という直感があった。
それが今となっては、
直感ではなく事実として確認されていた。

しかしダンが考えているのは、
ルークの強さそのものではなかった。

あの夜、
ルークが最終的に何をしたか。
王城を元通りに戻し、殲滅した者たちを生き返らせ、
何も言わずに立ち去った。

あれほどの力を持ちながら、使い切らなかった。

その意味を、ダンは考え続けていた。

水天アクアは、敗北を静かに消化していた。

感情的な動揺は、あの夜のうちに収まっていた。
アクアという人間は、
事実を事実として受け取ることができる人間だった。
自分はあの少年に完敗した。
それは変えようのない事実だった。

では、そこから何を学べるか。

グレイの教えの根底にあったのは、常にその問いだった。

負けた時こそ、最も多くを学べる。
あの厳しい教師が繰り返した言葉が、
今になって別の重みを持って甦っていた。

グレイは変わったとルークは言った。

アクアにはその意味が、
まだ完全には理解できていなかった。
しかし、理解したいという気持ちは、確かにあった。

---

## 第四十二章 プライドという爆弾

### 一

ヴィルヘルム・リューネブルクの怒りは、
多層構造をしていた。

表面にあるのは、ルークへの怒りだった。

王城を半壊させ、天たちを無力化し、
自分に土下座を強いた。
その屈辱は、言葉にできないほどの重さで
ヴィルヘルムの中に刻まれていた。
国王の前で、全ての者が見ている中で、
地面に額を擦り付けた。
それが何を意味するか
——長年積み上げてきた威厳が、
一夜にして崩れた。

しかしその下には、別の怒りがあった。

より古く、より深い怒りが。

ヴィルヘルム・リューネブルク。

その名を、ヴィルヘルムは声に出すたびに何かを感じた。

リューネブルクという姓は、母親の家の名だった。
正妻の子として生まれながら、
王家の姓を名乗ることができない。

王国の法において、
王位継承者は王家の姓を名乗ることが慣例だった。
慣例であって、絶対的な規則ではない。
しかし慣例は、長年の積み重ねによって、
実質的な規則と同じ力を持つ。

ヴィルヘルムが王家の姓を名乗れていない理由は、
国王が許可を出していないからだった。

なぜ出さないのか。

ヴィルヘルムは何度も考えた。
長年考え続けた。
自分に何が足りないのか。
何をすれば認められるのか。

しかし答えは見つからなかった。

黒天になった。
それは天の六系統の中でも、最も希少な系統だった。
時間と闇に関わる黒魔法を極めた者は、
歴史上でも数えるほどしかいない。
その頂点に立ったのがヴィルヘルムだった。

それでも、国王は姓を許可しなかった。

代わりに、弟であるチャールズ・レイスナーが、
ブラウンシュヴァイクの姓を名乗ることを許された。

チャールズは妾の子だった。
本来であれば、王位継承の順位において
ヴィルヘルムより下に位置するはずだった。
しかしブラウンシュヴァイクという姓を持つことで、
その立場が実質的に上がった。

これは父王からの、明確なメッセージだった。

ヴィルヘルムはそれを理解していた。
しかし理解することと、受け入れることは別だった。

プライドの高い人間というのは、
周囲にとって扱いが難しい。

ヴィルヘルムの周囲にいる者たちは、
全員がそれを知っていた。
彼に近づく時は、言葉を選んだ。
視線に気をつけた。
息遣いにさえ注意した。
触れただけで爆発する爆弾のような存在だと、
誰もが内心で思っていた。

しかしその爆弾の威力は、通常の比ではなかった。

ヴィルヘルムのプライドは、核爆弾クラスだった。

一度爆発すれば、周囲を根こそぎ吹き飛ばす。
だからこそ誰もが、
爆発させないように細心の注意を払い続けていた。
爆発させないために、
ヴィルヘルムに対して常に最大限の敬意を示した。
その敬意が本物かどうかに関わらず。

しかしそれが逆効果になることがあった。

全員が自分に頭を下げる環境の中で、
ヴィルヘルムは「本当の評価」
というものを受け取れなくなっていた。
誰もが媚びへつらうから、
誰の言葉も信用できなくなっていた。
信用できないから、
自分の内側にある確信だけを
頼りにするようになっていた。
その確信が、
現実とのずれを拡大させ続けていた。

リューネブルクという名を名乗るたびに、
周囲が見下しているように感じた。

しかし実際には、
誰もそのような態度は取っていなかった。
王族である以上、常に敬意を払われていた。
見下しているのは、
ヴィルヘルム自身の内側にある何かだけだった。

その「何か」が何であるかを、
ヴィルヘルムは知らなかった。

知ろうともしていなかった。

---

### 二

国葬が終わった。

参列者たちが大聖堂を後にする中、
ヴィルヘルムは人混みを避けながら、
ある場所への道順を頭の中で確認していた。

木天ジレル・ダーウェントの邸宅だった。

ジレルは天の中でも古参だった。
ヴィルヘルムより年長で、
王国における人脈も広かった。
そして今、孫のことで激怒している。

怒りを共有できる相手がいる。

それがヴィルヘルムの判断の基礎にあった。

しかし、単純な感情の共有だけが目的ではなかった。

ヴィルヘルムには、計算があった。
木天という六系統の一つを持つジレルが、
自分と同じ方向を向くことには、政治的な意味がある。
天の二人が協力すれば、
それは単なる個人の怒りを超えた力を持つ。

表通りを避けながら、
ヴィルヘルムは王都の石畳を歩いた。

随行の者たちは最小限にした。
目立ちたくなかった。

国葬の余韻が、まだ王都の空気に残っていた。

ジレルの邸宅の門が、夕方の光の中に見えてきた。

ヴィルヘルムは歩みを止めなかった。

怒りは、まだ冷めていなかった。
むしろ、歩きながら考えるほどに、
その熱は増していた。

ルークという少年への怒り。
父王への怒り。
チャールズへの怒り。
自分を認めないあらゆるものへの怒り。

それら全てが、
ヴィルヘルムの中で混然と渦を巻いていた。

門を叩いた。
 

 

防衛省が敷地内の移動用にLUUPを導入した事で

案の定 批判されていました

LUUPはどこを移動しているかが

リアルタイムで把握されているので

危険ではないかという事

これもし位置情報は解らないようにしています

って事ならいいけどアナウンスされていない以上は

疑惑が残ります

 

第一 批判の多いLUUPを

国家組織が使うのもどうかと思います

 

世界的に警備用で使われている

セグウェイを使えばいいのでは?

と思いAIで作ってみました

 

 

でもセグウェイってもう生産終わっているのですね

知りませんでした

 

一応 国産でkintoneのバランススクーター

通称:ミニセグウェイにオプションで

補助ロッドを付けたものを

AIで自衛隊仕様にして作ってみました

 

 

これオフロード仕様もあっていいのでは?

 

ただkintoneは親会社がサイボウズで

これも日、米、中で販売しているようです

 

この手のものって

結構 中共が絡んでいる事が多いですね 苦笑

 

純国産を探すと結局 電動自転車になるのかな?

 

追記:

LUUPの位置情報はバレバレだったようです

流石に危機意識低すぎないか?

 

 

第三百二十六弾「異能の転生者」

第三百二十七弾「異能の転生者 その2」

第三百二十八弾「異能の転生者 その3」

第三百二十九弾「異能の転生者 その4」

第三百三十弾「異能の転生者 その5」

第三百三十一弾「異能の転生者 その6」

第三百三十ニ弾「異能の転生者 その7」

第三百三十三弾「異能の転生者 その8」

第三百三十四弾「異能の転生者 その9」

第三百三十五弾「異能の転生者 その10」

第三百三十六弾「異能の転生者 その11」

第三百三十七弾「異能の転生者 その12」

第三百三十八弾「異能の転生者 その13」

第三百三十九弾「異能の転生者 その14」

の続きです

 

 

# 異能の転生者

## 第三十九章 止まった時の中で

### 一

「止められた時を行くのは難儀だなぁ」

声は、静止した世界の中に唐突に響いた。

ルークは反射的に距離を取った。

止めたはずの時間の中で、何かが動いていた。
それも、ルーク自身が予期していない方向から。

声の主は、男だった。

中年に差し掛かった年齢に見えた。
質素な、しかし上質な布地の衣服を纏っていた。
歩き方に、独特の重さがあった。
地を這うような、しかし揺るぎない歩調だった。

男は周囲を見渡した。

時の止まった世界の中で、噴水の水が固まり、
瓦礫が空中に静止しているのを確認した。
それから、項垂れているアクアを一瞥した。

「ずいぶんと派手に暴れてくれたものだ」

男はルークを見下していた。
明確な見下しだった。
値踏みではなく、
最初から自分の方が上だという前提で
見ている目だった。

「我に用があるというのは貴様か」

ルークは答えなかった。

代わりに、光の矢を放った。
一本だけだった。

当てる気のない牽制だった。
相手の対応速度と、
何ができるかを見るための一手だった。

光の矢が男に向かって飛んだ瞬間、
男の前に土の壁が現れた。

突然だった。
何の予兆もなく、土が盛り上がって壁となり、
光の矢を受け止めた。
光の矢は壁に阻まれて消えた。
壁には傷一つついていなかった。

土天か。

ルークはそう考えた。

しかし、その直後にもう一つの違和感が来た。

時間は止まっているはずだった。
それなのに、この男は時間が止まった世界の中で
自由に動いている。
アクアを攻撃する時とは違う種類の現象が、
ここで起きていた。

「また会いましたな」

別の声が、横から聞こえた。

ルークが視線を向けると、もう一人の人物が立っていた。

見覚えのある顔だった。
記憶を辿った。
すぐに一致した。

入学試験の発表の日、
レイスナー第二王子に肩を掴まれた時に
駆けつけた男だった。

ダン・グラファイト。
王国の騎士団長。

この男も、天だったのか。

ルークは内側で小さな驚きを感じた。
ダンと初めて会った時、
ルークはこの男の振る舞いを評価していた。
話が通じる相手だと判断していた。
しかしその時点で、
ダンが王国最高位の魔法使いの一人であることに、
ルークは気づいていなかった。

理由は単純だった。

ルークには魔力量を測る術がなかった。

魔法使いの世界において、
魔力量は鑑定球を通じて測定される。
あるいは経験を積んだ魔法使いであれば、
相手の魔力を感覚的に読み取ることができる。
しかしルークの力は、
魔力という概念そのものを必要としなかった。
そのため、相手が放つ魔力の質や量を、
感覚的に評価する能力を持っていなかった。

強さの序列が、ルークには見えなかった。

誰が強くて、誰が弱いか。
それを判断する基準を、ルークは持っていなかった。

このタイミングでダンが現れたということは、
ダンが今、天の一人として駆けつけたということになる。

つまり、最初の男——土の壁で光の矢を防がれた男

——とダンは、同時に、しかし別々のタイミングで
認識すべき存在ということになる。

最初の男は、何天だ。

---

### 二

考えを巡らせている間に、さらに三人が現れた。

止まった世界の中に、次々と人影が増えていった。

一人は白髪の老人だった。
長い杖をついていたが、
その姿勢には全く揺るぎがなかった。
落ち着きが、異様なほどだった。
動揺も、緊張も、その顔には浮かんでいなかった。

一人は老婆だった。
白髪を後ろで結い、簡素な衣服を着ていた。
しかしその目は、ルークを真っ直ぐに見据えていた。
激しい怒りがそこにあった。
年齢を感じさせない、強い眼光だった。

一人は若い青年だった。
赤い髪をしていた。
落ち着きがなく、体の周囲に小さな炎が時折散っていた。

今すぐにでも飛びかかりたいという衝動が、
全身から滲み出ていた。

ルークは青年を見た。

周囲に炎を散らせている。
それだけで、属性は判断できた。

火天か。

その推測を裏付けるように、青年が動いた。

「待てねえ」

短い言葉と共に、青年がルークに向かって踏み出した。

その瞬間。

「やめろ、ライナス」

別の声が、王城の奥から聞こえた。

声は深く、重く、そして圧倒的な威厳を持っていた。

半壊した王城の奥から、
一人の人物がゆっくりと歩いてきた。

豪奢な、しかし戦時を感じさせる
質実な装いをした初老の男だった。
歩み方に、長年積み上げてきた
支配者としての風格があった。

国王、グルーベンハーゲン・ブラウンシュヴァイク
・ヴォルフェンビュッテル。

その名が現れた瞬間、場の空気が完全に変わった。

それまで好き勝手に振る舞っていた天たちが、
一斉に動きを止めた。

最初に現れた男——土の壁で光の矢を防がれた男
——の表情に、明確な悔しさが浮かんだ。
国王の登場によって、
何かの目論見が崩れたような顔だった。

他の天たちは、一斉に膝をついた。

頭を垂れた。

火天の青年も、不満そうな顔をしながらも、
その場に膝をついた。

国王は天たちを見渡した。

「この青年は、お前たちが全員でかかっても
太刀打ちできないだろう」

声は静かだった。
しかし疑いようのない確信が込められていた。

「無駄な争いをする必要はない」

天たちは、誰も反論しなかった。
膝をついたまま、頭を垂れたまま、
微動だにしなかった。

国王の視線が、最初に現れた男に向いた。

「ヴィルヘルム」

呼ばれた男の体が、わずかに強張った。

「お前は頭を地面に擦り付けて、
この者に謝罪をしなさい」

ヴィルヘルムと呼ばれた男の顔に、驚愕が浮かんだ。

それから、屈辱が続いた。

しかし反論はしなかった。
できなかった。
国王の言葉に対して、それを拒否するという選択肢が、
この場には存在しないことを、
ヴィルヘルムは知っていた。

それでも、すぐには動かなかった。

数秒間、その場に立ち尽くしたままだった。
葛藤が、その表情に色濃く出ていた。
長年積み上げてきた誇りと、
目の前の現実への屈服の間で、引き裂かれていた。

国王は何も言わなかった。
ただ、待っていた。

その沈黙そのものが、圧力だった。

ヴィルヘルムは、ゆっくりと膝を折った。

地面に手をつき、それから額を地面に押し付けた。
土下座だった。

ルークはその光景を見ていた。

この男が誰で、何天であるかは、まだわからなかった。
しかし、国王の前でこれほどの屈服を見せる
ということは、この男もまた、
相応の地位を持つ存在なのだろう。

「僕に謝罪しても無意味です」

ルークは言った。

地面に額をつけたままのヴィルヘルムが、
わずかに顔を上げた。

「ラングバルト男爵家に対して謝罪してください」

国王は、その言葉を受け止めた。

しばらくの沈黙の後、国王が口を開いた。

「ラングバルト男爵を侯爵に叙爵し、国葬とする」

その場にいた者たちの間に、明確な動揺が走った。

男爵から侯爵への叙爵は、
王国の歴史においても極めて異例なことだった。
階級を一つ二つ飛ばして上がることは、
よほどの功績がなければあり得ない。
しかも、暗殺された者への追贈という形で
これが行われることは、さらに異例だった。

国葬を行うという言葉も、その重みを増していた。
一介の男爵の死に対して、国を挙げての葬儀を執り行う。

それは、王国がこの一件を
どれほど重大なものとして扱うかを示す、
明確な意思表示だった。

「ラングバルト男爵家に対しては」
国王は続けた。

「我に出来る限りの厚遇を約束する」

ルークはその言葉を聞いた。

国王自身の口から、これだけのことが約束された。
それも、これほど明確に、これほど具体的に。

ここまで言われては、
ルークもこれ以上を求めることはできなかった。

「わかりました」
ルークは言った。

「今は一度、退きます」

そう言って、ルークは右手を振った。

---

## 第四十章 元通り

### 一

その瞬間、王城が変わった。

吹き飛ばされた主門が、瞬時に元の姿に戻った。
消えた四つの円塔が、再び立ち上がった。
三重の防御城壁が、
何事もなかったかのように戻ってきた。
建物の損傷も、攻撃の痕跡も、全てが消え去った。

王城は、ルークが現れる前の、
完全な姿を取り戻していた。

それと同時に、別の変化が起きた。

郊外に転移された数十人の騎士たちが、
王城の前に再び姿を現した。
困惑した顔をしていた。
一瞬前まで草原にいたはずが、
次の瞬間には元の場所に戻っていた。

そして、分子分解されたはずの七人の暗殺者たち
——彼らもまた、どこか別の場所で、
何事もなかったかのように目を覚ました。
記憶は曖昧だった。
何があったのか、はっきりとは思い出せなかった。

王城の全てが、元通りになった。

破壊された痕跡は、どこにもなかった。

国王の顔に、隠しきれない驚愕が浮かんだ。

天たちも同様だった。
膝をついたまま、目を見開いてその光景を見ていた。
ヴィルヘルムは、地面に額をつけたまま、
顔を上げることすらできなかった。

破壊と同じように、修復もまた一瞬だった。

何の代償も、何の儀式も、何の準備も必要としなかった。

ただ、右手を一度振っただけだった。

誰もが、ルークに質問をしたかった。

何者なのか。
どうやってこれを成し遂げたのか。
この力の正体は何なのか。

しかし、その問いを発する前に。

ルークは瞬間移動した。

姿は、跡形もなく消えていた。

王城の前には、元通りに戻った城と、
膝をついたままの天たち、
そして茫然と立ち尽くす国王だけが残された。

夜の風が、何事もなかったかのように吹き続けていた。