京都特捜隊、新緑の葵祭へ
今日は久しぶりの京都特捜隊レポートである。先日待望の復帰を果たした京都出身の「氷上の舞姫」知子ちゃんを祝福し、本日5月15日、「葵祭」が執り行われた。(そういう訳ではない?)京都通で知られる(ヾ(- -;))私、wintergamesであるが、夏の「祇園祭」、秋の「時代祭」と共に「京都の三大祭」と称されるこの「葵祭」には、まだ訪れたことがなかったのだった。ちなみに時代祭も過去一度っきり。お囃子や掛け声で賑やかな祇園祭に比べ、時代祭とこの葵祭は、ただ仮装した一行が黙々と歩くだけの、面白みに欠ける催しだと思っていたし、さらに見物客の混雑を考えると、これまでほとんど気が進まなかったのである。それでも今回は、ちょうど仕事休みと重なった事でもあるし、知子ちゃん復帰の記念イベントでもあるし・・・(違うっ!)(Θ_Θ;)、ブログのネタも尽きた事だし(おいっ!)ヾ(▼ヘ▼;)・・・と言う訳で出かけてみた。*エルマガサイトよりお借りしましたm(u_u)mしかし、それでも人混みにもまれながらの観覧は嫌だし、どこか楽に見られるところはないかと考えて選んだ場所が「加茂街道」である。ここは、京都市営地下鉄「北大路」下車、東に5分程度歩いた「北大路橋」西詰から賀茂川沿いを北に伸びる街道。西側の歩道に立てば、賀茂川と川沿いの樹木を借景に、良い観覧スポットになるのではないかと推測したのだが、それは正解だった。北大路駅前、烏丸北大路交差点。京都駅から伸びる北の終点北大路橋の欄干8月の大文字の送り火鑑賞の好適地点でもある北大路橋から北を望む。左手土手の上が加茂街道。京都御苑を出発して、下鴨神社を経由し、上賀茂神社に向かうこの巡行、加茂街道に入るまでは、京都市内のかなり広い道路を進んでくるが、この街道に入ると、片側1車線の、コースの中では最も狭い道。何より人が少ないし、まさに間近でその行列を見ることが出来る。巡行予定の30分も前に来れば、最前列の席も確保できそうだ。予定時刻。警察官と黒い車に先導されながらの先頭集団は、長刀鉾を先頭に進む祇園祭に比べ、かなり風情に欠ける気がする。そしてそれに続いて、平安時代の装束に身を包んだ、約500人の集団の行進。想像通り、音楽も掛け声もなく、ただただ黙々と歩いていく。庶民の祭と言われる祇園祭に対して、貴族の祭とされる葵祭、それでも格式高い厳粛な雰囲気でもあればよいのだが、そうでもなく、中には沿道に愛想を振りまく人もいれば、雑談しながら歩いている人もあり、何だか統制の取れない、だらしない仮装行列にも見える。まあ、午前10時30分に御所を出発した、約8kmにも及ぶ巡行。このあたりで午後3時を回り、お疲れ気味なのも仕方のないところか。葵祭は、起源を、約1400年前、欽明天皇の時代に遡り、五穀豊穣の祭として誕生したとの事。正式には「賀茂祭」と言われ、下鴨神社(賀茂御祖神社)と上賀茂神社(賀茂別雷神社)の例祭で、平安時代、「祭」と言えばこの「賀茂祭」を指していて、源氏物語にもこの祭りを見物しようとする場面が登場するほど、国家的な行事だったらしい。行列は、男性の「勅使」を中心とする「本列」と、それに続く女性中心の「斎王列」と続く。この行軍の見どころは、「斎王代」と呼ばれる、華やかなお姫様。「斎王」とは、賀茂神社に仕えるために皇室から差し出された内親王・女王のことで、今日、その代役を務める意味で「斎王代」と呼ばれるとの事。この役には、代々京都にゆかりのある女性が選ばれるとの事で、そうなれば、近い将来、知子ちゃんや真凜ちゃんらが選ばれてもおかしくない訳で、今度僕がこの祭りを再訪することがあるとすれば、それが実現した時だろうか。それまでは、もう今回きりでいいかな・・・と言うのが率直なところ。それでもこの新緑の季節、平安時代のきらびやかな衣装の一行を初見物し、さらにこの地に対する思いを深くする、京都特捜隊員wintergamesであった・・・。以上、かなりでたらめな京都葵祭レポートでしたっ ┐( ̄ヘ ̄)┌