四大陸選手権男子、激しい戦いでした。

上位3人によるジャンプ合戦。

4位以下の選手とはもう別次元でした。

さながらボクシングのノーガードの打ち合いのごとく・・・。



3人の4回転の出来も見栄えもそれぞれ良し悪しはありました。

けれど、結果的に勝ったのは、とりあえず5回飛んだ男。

いや、彼は何も4回転だけの選手ではないよという声もよく聞きますが、

見ているこちらには、ジャンプとジャンプの間のスケーティングは、

ただのつなぎ、骨休めの時間にしか見えませんでした。

4回転も数を重ねるごとに落ちてゆく精度。

結果、決して美しいとは思えない演技の出来映え・・・。

ああ凄いなとは思っても、とても何回も見たくなるようなものではありませんでした。



4回転を何回飛ぼうがそれがプログラムの一つの要素として、

ごく自然に生かされているのであれば何も問題はありませんが、

ただ得点稼ぎだけが目的のジャンプになってしまったら・・・?

男子だけの問題ではなく、女子のタノ連発も同じようなものでしょう。



僕がこの大会で一番感動したのは、ジェイソンのフリーでした。

そして、個人的妄想表彰台は、ジェイソン・Pチャン・ミーシャ。

バックヤードのPチャンも、横の2人を見て笑ってはいましたが、

もうこいつらに絡むのはやめようと思っているようにも映りました・・・。

相変わらず選手達は、競技を離れたらみんな仲が良さそうで、

こんな事を書くのも多少は気が引けるのですけど、

4回転が飛べないばかりにメダルが遠い選手たち、本心はどうなのかなと・・・。




*写真、感謝してお借りしますm(u_u)m



さて、ここで一つの問題提起です。

自分の限界に挑戦するのもよいでしょう。

より難度の高いジャンプで高得点を目指すのもよいでしょう。

しかし、限界に挑戦するのは、何も4回転の数や種類を増やすことだけではないはず。

ジェイソンやミーシャが目指す「美的演技」や、

Pチャンの卓越したスケーティングも、それのはず。



せっかく作り上げたそのシーズンのプログラムを、

ノーミスで滑ることに集中するならともかく、

滑りながら得点を計算して演技構成を変更するのですよね?

それも許される現行ルールですから、別にOKなのでしょうけど。

でも、そこまでして勝ちたいのですか・・・?

勝ちたいですよね、やっぱり!

血気盛んな日本の二人も、相手の土俵と分かってはいても、

売られた喧嘩には応えなければいけないですからね・・・。



まあ、僕は民主党・民進党・蓮舫シンパではありませんから、

2位じゃダメなんですかみたいな寝ぼけた戯言をいう気はありませんが、

それは、ソチで世界中を感動させたあの真央ちゃんの演技とは全く別ものですよね・・・。




涙腺崩壊・感動の演技でした・・・(w_-;



まあいいです。

逆説的ではありますが、おかげさまでこれでまた、

ジェイソンやPチャンにもメダルの可能性が出てきたという事でもあるのですから。

何故かって・・・?



覚えている方もいらっしゃるでしょうか。

あれは、2002年のソルトレーク五輪のことでした。

ショートトラック1000Mの決勝。

オーストラリア代表ブラッドバリーは、先行する4人に大きく遅れを取り、

5位(最下位)で追走する状況でした。

しかし、ゴール直前の最終コーナーで前を走っていた4人が先を譲らず小競り合い、

全員転倒したため、ひとり後方にいて難を逃れたブラッドバリーが4人を抜き去り、

トップでゴールし、金メダルを獲得したのでした。

めでたしめでたし・・・。



冬季五輪の中でもショートトラックはそれほど興味のある競技ではないので、

ああ何か馬鹿馬鹿しい話だな・・・と思っていたのですが、

フィギュアの世界でも、

何となくそんな事件が起きるんじゃないかという気がしているのです。


・・・・・

平昌五輪。

ソチ五輪後から激化した4回転競争に、トップ選手は怪我や故障が相次ぎ、

欠場を余儀なくされる選手も続出した。

かろうじて出場できた選手も、体調は十分とはいえず、

とても満足な演技が出来る状態ではない。

そんな中、表彰台に上がったのは、そうした4回転競争を良しとせず、

自分の目指すスケーティングに専心してきたスケーター達だった・・・

・・・・・



もう男子フィギュアは、「分化」の時期に来ているのではないかという気がしています。

かつてペア競技1種目だったものが、ペアとアイスダンスの2種目に分かれたように。

激しさを求めるスポーツ性重視種目と、美しさを求める演技重視種目に分ければいい。

あるいは、昔あった「コンパルソリー(規定)」も復活させて・・・。

どれに参加するかは各選手が好きに決めればいいことです。



現実の表彰台の3人と、妄想話の中の3人とは目指すものがかなり違います。

どちらも間違いではないけれど、成績として評価されるのは前述の3人ばかりだとすれば、

それはあまりに残念だし、フィギュアの可能性や多様な魅力を考えると、

とてももったいない事だと思うのです。

はい、今日はまた、ひねくれオヤジの不埒な妄想話でございました・・・。





Stateless / Bloodstream