プログレス学習教室 橿原市 -50ページ目

プログレス学習教室 橿原市

近鉄南大阪線、橿原神宮西口駅南出口から西へ徒歩2分のプログレス学習教室は、たのしく勉強できる小さな学習塾です

9月26日

 

本日、いい秋晴れなのですが、

かつて、台風接近の特異日だったようです(黄色の下線)

気象庁のHPより

こうしてみると、伊勢湾台風は群を抜いているのですが、

じっさい、上陸(潮岬の西)したときの中心気圧も強烈で、929hPa!!

瞬間最大風速は軽く50m/sを超えていました

ビニールハウスは吹っ飛んでしまいますし、プレハブの小屋だったら、屋根や壁が飛びそうです

ただ、台風に対する備えは年々進んでいるので、

同じ規模の台風がいまやってきたら、これほどの被害には、ならないかもしれません

9月は雨台風になることが多く、10月は風台風で、農作物への被害が大きいとは、聞くのですが、

平成16年の台風23号は、10月も下旬に来たのに、相当な雨台風ですよね

近ごろ、気候が不安定で、伊勢湾台風並みのスーパータイフーンが増えてきました

磁気嵐もやってきたし、バリでは火山が噴火しそうえーん

太陽が活発な時期に入って、地球が鳴動しているのかもしれませんタラー

人間の力では、どうにもならないけど、

温暖化防止には、微力でも協力したいな星

 

江戸時代後半の1770年、太陽からの磁気嵐がものすごくて、日本でもオーロラが見えたそうですね

1770年代は、元号では、明和から安永にかけて

明和九年に、目黒行人坂の大火が起きて江戸の半分が焼け、「めいわく」な火事と、揶揄されたせいか、

その年に安永と改元ニヤリ

安永8年(1779年)には、桜島が大噴火桜島を起こし、その年の末に平賀源内が牢死していますチーン

このころ、天災はけっこう起きつつも、世相は(in 江戸)プチバブルキラキラ

というのが、田沼意次が老中で、重商主義政策を行っていた時代なんですね

ところが、安永から代わった天明2年(1783年)、暖冬冷夏で東北が凶作に見舞われ、

さらに翌天明3年(1784年)には、浅間山が大噴火桜島

岩木山の噴火もあって、東日本の凶作は、1年では終わりませんでした(天明の大ききん)

やがて、プチバブルの江戸にも凶作が影を落とし始めます

江戸の民の口に入る米は東日本の不作で足りず、大坂から米を回送しても追いつかず、

江戸町民の不満は、しだいに怨嗟に変わり始めました

そんな折、田沼の息子の意知が、ごく個人的ないざこざから、江戸城内で殺されてしまいますドクロ

天明6年、不作と飢饉の責任を取るかたちで田沼は老中を解任され(将軍の逝去によるものです)、

やがて、松平定信が老中筆頭となって、寛政の改革が行われることになるのです

 

江戸中期から後期にかけては、地球が活動期にあったのかもしれません、

多くの地震や噴火が発生しています

そして、そのたびに飢饉もあったようです

ま、いま噴火や地震が起きても、もともと食料自給率は低いのですから、飢饉にはならないでしょうけどね

とはいえ、物価は、確実に高くなりますよねぇ。。。

そして、磁気嵐は、

こんなに通信機器の発達した時代ですから、江戸時代とちがって、確実に生活に影響を及ぼしそうアセアセ

 

人間の力では、どうしようもないのでしょうけど

 

 

 

9月25日

 

Wikiによると「藤ノ木古墳の記念日」らしいのですが、

斑鳩町のHPには、どこにもそんな記載はありません

http://www.town.ikaruga.nara.jp/0000000045.html 左矢印斑鳩町のサイト「藤ノ木古墳」のページ

眉唾だな~

きょうは、むしろ、こっちかな? お誕生日…

中のラモー(おもわず、ルパン三世のマモーを思い浮かべてしまった…)は置いておいて、
足利義満に乾隆帝、どちらも、その時代の黄金期を築いた人物ですよね
同じ誕生日なんですねー
ま、30人程度の学級には、かならずといっていいほど、同じ誕生日がいるといいますから、
足利義満と乾隆帝の誕生日が同じでも、驚くことではないのかもしれません。。。
ちなみに、中学校の歴史では、足利義満は必出用語!!です(わりに覚えやすい人名のようです)
(足利の将軍は、初代・尊氏、第3代・義満、第8代・義政はかならず、第15代義昭もできれば覚えましょう。京都の北野天満宮や金閣、龍安寺にほど近い等持院には、歴代の木像が安置されています。丸顔、垂目で童顔の義満サンは必見ですよー)
乾隆帝のほうですが、こちらも高校の世界史では必出用語ですウインク
 
 
一昨日、昨日と、教室だけでなくブログのほうもお休みをいただいておりました
で、何をしていたかと言いますと、ごくごく近いイベントなどに、連日出かけておりました
 
まず、23日秋分の日は、
曽爾高原の「食と農の祭典」からマコモダケを求めて御杖の道の駅へ
途中、掛の販売所で、この時期のたのしみのひとつ、「オオイチョウタケ」もゲットしました
どことなくポルチーニ茸に似た香りのする、天然の白いキノコです
帰って、さっそく、ベーコンと残りご飯で簡易リゾットに。。。旨しグッ
日暮れごろから、徒歩で明日香村へ
以前にご紹介した「飛鳥・光の回廊」
二晩あるので、そこは地元の強みで、
橘寺から伝板葺宮跡、さらに万葉文化館から飛鳥寺へと、
一日目は、どちらかというと地味なエリアをまわってみました
伝板葺宮跡には、ふだん岡えびすのあたりにある光のオブジェが…
ここは、まさに地元の祭真っ最中
紅白の垂幕を張ったテントの下では、フランクフルトに串こんにゃく、なんと1杯100円のおぜんざい(焼き丸餅入り)まで、婦人会総出の縁日が繰り広げられておりました
(子どもさんには輪投げなどもありました)
そしてそばの簡易テーブルには、缶ビールを持ち寄って宴会中のオジサンの群れ
…ほぼ日常ですな
どうやら、「ちょっと、地区総出でイベントやりますよって、手伝うてやってくれんかい。そのかわりチケット渡すよってに遊んでってや」エリアを回ってしまったようです
それでも、目にうるわしい夜のそぞろ歩き(明日香村は余計な明かりがないので、ろうそくが映えます)
楽しく1日目を終えました
 
昨日午前、彼岸花祭りにまだ行っていなかった、と、
近鉄飛鳥駅から会場の稲渕まで、シャトルバスに乗りました
案山子ロードの楽しみは、新米のおにぎり(黒白2食250円)グッ
ところが、あまりの人の多さに、腰を下ろすところも見つかりません
稲渕をぶらぶらして食べるつもりが、けっきょく祝戸から石舞台まで歩いてしまいました
石舞台風広場あたりには、食べ物を売るテントが並んで、かなりにぎわっておりました
イベントもあったのかもしれませんが、ちょうどお昼時で、休憩中というところでしょうか
古代衣装などをつけたひとたち(日韓交流で、太鼓イベントがあったようです)も、楽しく歓談しながらお食事中でしたニコニコ
それにしても、休日とはいえ、明日香とは思えない人の多さ
イベントおそるべし
亀石も「彼岸花でおめかし
 
飛鳥光の回廊ですが、
インスタバエするエリアは、彼岸花のオブジェがきれいな石舞台風広場付近と、
ライトアップされた石舞台古墳、
そして、和傘で光を演出していた岡寺、
さらに、すこし地味だった万葉文化館庭園だったでしょうか
しかし、岡寺の三脚の多さねびっくり
みなさん、本堂の、巨大塑像「十一面観音」さまにお参りはされたのでしょうか…
厄除けでは御利益の高い御本尊様なんですけどね。。。(本堂の中を子どもが走り回っていましたけど)
 
さて、今日から、しっかり、お仕事しますよー!!
 

9月22日

 

本日、ブルガリア「独立記念日」 from オスマン帝国

 

ブルガリアといえば、ヨーグルト!

あの、メロディが、脳裏に…

めいじぶるがりあよ~ぐるとブルー音符

 

そろそろ終わっておいてくれないと困るのですが、

2学期になっても学校でまだ歴史を勉強している中学3年生さんがいます

それでも、さすがに、2学期中間テストには入らないでしょうね、

前回のテスト範囲になっていたかもしれない、「第1次世界大戦」

その火種となっていた場所が、ブルガリアのあるバルカン半島です

バルタン星人みたいな名前なので、かつての子どもたちは覚えやすかったのですが、

いまの子どもたちには、あまりなじみがありません

まじめに、「ヨーロッパの火薬庫」と言ってくれますが、

どんな歴史と経緯で「火薬庫」になってしまったかまでは、

中学校の歴史の教科書では記述していないので、

歴史にとつぜん「バルカン半島」が火種を満載してあらわれて、

一瞬にしてどっかーんと消えてしまう感じです(そんな歴史、多いのですけどね)

 

イタリア半島やスカンディナビア半島のようにわかりやすく突き出した形をしていないので、

「半島」と聞いてもあまりピンとこなかった記憶がありますが

たしかに、ヨーロッパから地中海と小アジアに向かって突き出した半島です

この、大部分が、オスマン帝国の支配下にはいっていた時代がありました(14C~18C)

ただ、支配は緩やかだったようで、イメージとしては、しばりの緩い幕藩体制みたいな感じ…?

市民革命と産業革命以降、西ヨーロッパ諸国は急速に近代化していきましたが、

オスマン帝国は完全に乗り遅れてしまいます

もうひとつかなり乗り遅れた国がありました

それがロシア

どちらも皇帝のいる大国で、しかも隣接している…つまり、あまり仲のよろしくない関係でした

(じっさい、なんども戦争をしています。ナイチンゲールが活躍したクリミア戦争もそのひとつです)

ついでに、すこし乗り遅れて猛ダッシュしていたのがドイツです

上の地図で薄緑になっているルーマニアは、

ドイツの親戚オーストリアの身内のハンガリーとけっこう深いつながりがあります

(このあたりの地理や民族や歴史はめんどくさいのです)

緑で網掛けしたロシアの南下を、ドイツ・オーストリア=ハンガリー(濃淡の黄色)とルーマニアが阻んでいますよね

バルカンの諸国がよれよれになったオスマン帝国(紫はトルコの範囲)から独立して、

もしもロシアの勢力下に入ったら…?

ロシアがエーゲ海(ほぼ地中海)まで手を伸ばしてくる可能性がありますよね

西ヨーロッパの列強はそれを恐れました(勝手な話です)

そこで、クリミア戦争ではトルコの肩を持ち、

バルカン諸国が独立するときには、ドイツ・オーストリア=ハンガリーの影響が及ぶことを容認しました

ところが、日露戦争後に状況が変わります

ロシアで革命が起き(第一革命)、国内が不穏になって、南下政策どころでなくなってきたのです

ロシアの憂いがなくなったバルカンを、ドイツ・オーストリア=ハンガリーに蹂躙させるのは腹立たしいと、

(ほんとうに、勝手な話です)

イギリスやフランスは、西バルカンの諸国がオーストリアの影響下を離れる援助を始めます

バルカン半島には、もともと、さまざまな宗教をもつさまざまな民族が住んでいて、

一筋縄には行かない土地柄だったのですが、

そこに勝手な思惑からせっせと火薬を運び込んだのは、ヨーロッパ列強です

「バルカンはヨーロッパの火薬庫」には、このような背景があったのですね

 

中学校の歴史は、通史ですから、どうしても表面(できごと)を追いかけてしまいます

とはいえ、こんな経緯をこまかく見ていると、歴史が3年生の2学期にまでなっても終わりません

さらに、学習塾では、受験に必要な知識だけ詰め込みがちです

どんな歴史でも、その土地に連綿とつづられてきた背景があることを、ふまえて、

「でも、覚えるのはこれだけでいいからね」と言いたいですね

 

 

あ、そうだ、きのうの蛇足

「かいもちひ」の「ひ」ってなんだろうと考えていて、ふと、

これは、「かいもちいひ」なのではないかと、思いました

つまり、「かい餅飯」

どうしても仏飯にしたいわたくしでしたウインク

 

 

 

 

 

9月21日

 

本日、「国際平和デー」「世界アルツハイマーデー」

 

そして、やっぱり、9月21日といえば、

アース、ウィンド&ファイアーの『September』ですかねぇ。。。

https://www.youtube.com/watch?v=Gs069dndIYk 左矢印YouTubeに跳びます、ご注意を

Do you remember the 21th night of September?

 

懐かしい…

 

昨日、彼岸の入りでした

暑さ寒さも彼岸までというとおり、

きょうは、青空で日差しは強いものの、すっきりと過ごしやすい陽気になっています

日照時間が長くなって、気温が上がるにつれ、どんどん湿度が下がっています

これ、中2の理科で出てくる典型的な晴の記号「晴れ」の天気ですね(理科では折れ線グラフで出ます)

気圧も、少し高めなものの、1013hpに近くて、

まさに、気持ちの良い秋晴れ太陽

 

こんな日には、お彼岸につきものの「おはぎ」をニコニコ

春には「ぼたもち」秋には「おはぎ」

名前は変わっても、お彼岸には欠かせませんキラキラ

 

奈良には、これの原形のような「どや餅」があります

もち米とうるち米を混ぜて蒸して搗きます

おはぎの餡がなくてもう少し固いかんじでしょうか

歯切れがよくて、おやつにぴったりですグッ

 

農産販売所などでどや餅を見かけると、ふと、思い出してしまうくだりがあります

「僧たち宵のつれづれに、『いざかいもちひせむ』と…」(宇治拾遺物語『ちごのそらね』)

「かいもちひ」はおそらく粥餅、もしくは、しゃもじでなべをかきまわす、かき餅だろうと思います

仏飯のおさがりで、硬くなったご飯やお餅があって、

それを煮溶かして食べたのではないかと、想像するわけです

奈良の名物に「茶粥」がありますが、

あれも、おさがりの仏飯を茶で炊いて食べるのが原形らしいので

お供えの仏飯が僧たちの(時代的に僧兵かもしれませんね)おやつになったとしてもおかしくはないはず

で、お餅もご飯も混ぜて湯で炊くと、ぼたもちの原形ができあがるでしょ?

柔らかくて、ご飯の粒々がのこり、餅なんだかおかゆなんだかご飯なんだか、よくわからない

そこに、魔除けの小豆を炊いたもの(塩味)をかけて。。。

お彼岸のお供えにつきもののおはぎやぼたもちは、そこから来たのではないでしょうかねぇ??

奈良のどや餅もその変化形かもしれませんねニコニコ

 

さて、おはぎ食べよてへぺろ

 

9月20日

本日、「お手玉の日」「空の日」「バスの日」

今日から26日まで「動物愛護週間in日本」

 

さすが、切りのいい20日だけあって、けっこう記念日がさまざま設定されていますねニコニコ

歴史上の出来事は、といえば…

Wikipediaより転載

 

なんだか、航海がらみが多い気がする。。。

 

記憶をたどれば、サラミス海戦あたりで、早くも世界史脱落アセアセだったような…ニヤリタラー

声を大にして言っておきたい!!

「漢字を覚えるのが面倒だから、日本史ではなく世界史を選択」するのは、大きなまちがいです!

ギリシャあたりのカタカナは、似通っていてほんとうにややこしくて、

人の名前なのか、政策の名前なのか、法律の名前なのか、さっぱりわかりませんガーン

しかも、忘れてはいけないアセアセ世界史には中国史が待っていますゲッソリ

中国史の漢字は日本史より厄介(中学校の「歴史」でも袁世凱や蒋介石はちょっと苦労するでしょ)ドクロ

高校の社会で世界史を選択するには、日本史の2倍勉強する覚悟が必要です鼻息

ま、好きなら、苦にはなりませんけどねウインク

 

おもしろいのはその次の2項

日本では南北朝が分裂、西洋ではシスマ

どちらの大分裂にも9月20日が絡んでいるなんて、9月20日は分裂の日ですねぇ…

あ、でも、こうしてみると、アヴィニョン捕囚の時代を想像しやすいですね

なるほど、十字軍の遠征が失敗して、教皇の地位が落ちてきていたわけだ

9月20日、なかなか、やるグッ

 

 

1522年9月6日に戻ってきたマゼラン一行ですが

(実際には戻ったのはエルカーノたち6名でした。あれ??9月6日に書いたっけ…)

出発したのは、1519年9月20日

約3年の航海だったんですねキョロキョロ

いまの教科書には、どれも、「マゼラン一行」となっているので、ちゃんと「マゼラン一行」と覚えましょう

でも、決して、「まぜらんいっこう」さんというハーフ(ダブル?)の人名ではありませんし、

「まぜらんいちぎょう」という謎のラインでもありません

 

 

1609年に平戸に開かれたオランダ商館は、1641年に長崎の出島に移転し、

このさき、鎖国に入った江戸幕府と貿易する唯一の西洋国になります

貿易の利益は幕府が独占しましたキラキラ

(中学校の歴史的には、1639年の(第5次)鎖国令(ポルトガル船の来航禁止)で鎖国が完成します)

支倉常長(定期テストによく出る)は、もうすこし遅くなっていたら、日本には帰れなかったでしょうね

 

 

9月20日、けっこういろいろあったんですねウインク

Wikipediaを読んだだけで、きょうは終わってしまった。。。アセアセ

 

 

9月19日

本日、糸瓜忌(正岡子規の没日)

 

そして、塾に看板ができました!!!

「高須番長」先生に書いていただいたものですニコニコ

高須番長先生の書道ブログはこちら

左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印左下矢印

https://ameblo.jp/takasubancho

 

不躾ながら看板文字をお願いしたところ、

教育関連を応援したいとおっしゃってくださって、こころよく引き受けてくださいました

 

はじめてつくってみた塾内新聞にも、載せるつもりでいます下矢印

チラシにも使わせていただければな~と思っております

1年半にして初めての表札…

テンション上矢印上矢印で、気合いだーっ!!

9月18日

本日 敬老の日

 

ご高齢の方がたを敬い大切にする気持ちを、新たにする日ですが、

さて、高齢者って、いくつぐらいから…?

 

かつて、人びとの寿命が50歳ぐらいだったころ(古代・中世あたりでしょうか)、

お祝いされるほどの高齢といえば、60歳が区切りでした

いまも、還暦のお祝いをされるご家庭が、あるのではないでしょうか

十干十二支で、暦が一回りするのが60年というところから、還暦と名付けられています

 

古典では、十二支(えと)は、歳月だけでなく、時間や方角・方向を表すのにも用いられますよね

 

たとえば、北東の方角、艮(ごん・うしとら)といえば、鬼門といわれて、鬼が入ってくるところでした

鬼は、艮から入って坤(こん・ひつじさる)に抜けていきます

抜けていくところが裏鬼門

鬼門も裏鬼門もあまり縁起の良くないところとされています(鬼だもんね~)

京都御所では、鬼門のところの塀がわざと欠けて築かれ、

暗くてなかなか見えませんけど、日吉山王社の使い、猿の像が、金網に閉じ込められています(猿が辻)

「禍が、さっさと坤にサルように」という洒落でしょうかね~

 

鬼が出てくる時刻は、「丑三つ時(うしみつどき)」

時刻は、2時間刻みで干支に当てはめてありますので、

午前2時を中に前後2時間が丑の刻、丑三つ時はそれを4つに分けた3つ目の刻

つまり、午前2:00~午前2:30ごろということになるでしょう

「草木も眠る~」などと言うのですが、

いまの時代、みんなが寝静まることはないでしょうから、鬼も出られなくなっているでしょうね

方角は8方位が一般的なので、丑と寅はまとまってうしとら、辰と巳はまとまってたつみ、

同様に未と申でひつじさる、戌と亥でいぬい

鬼門・裏鬼門の逆はかなり縁起のいい方角ですから(ぜったい鬼は来ないもんね)、

〈たつみさん〉や〈いぬいさん〉という名前の方、けっこういらっしゃいますよね

奈良には、とくに多い気がします

 

縁起の悪い方角をさける「方除け(ほうよけ)」

古典には「方違え(かたたがえ)」がけっこう出てきますよね

枕草紙にも、すさまじきもの(残念なこと)として、『方違えに行きたるにあるじせぬところ』(方違えで行ったのに、おもてなしがないところ)、というのが出てきます

現代の方除けはこれかな~

京都、北野天満宮からほど近くにある「大将軍八神社」の方除け守り

 

 

干支の知識は古典の勉強には必須

こういう伝統は、なくなってほしくないですね

 

 

 

9月16日

「メキシコ独立記念日」「オゾン層保護のための国際デー」

 

寒いです・・・

今日は最高気温が20℃に届きません(五條市)

奈良市の最高気温は朝6時に記録しました(21.3℃)

お昼にかけて気温がずるずると下がり続け、

17時の気温は19.1℃

ここ4時間ほど19℃前後の気温が続いています。。。

 

月曜日の敬老の日を含め、3連休のひとも多いかもしれません

お天気が残念で、屋外の散策には、足元が不安ですよね

奈良公園は、鹿のフンが溶けて…えーん

でも、雨のお寺の庭はいいものです

畳の薄縁に座って、眺めていると、外と内の境界がなくなってきて、

固まっていた自分が、じわっと溶けだしていく気がします

この感覚は、雨の日でないと味わえません

 

こんな悪天候のときには、キャンプや山へ出かけないで、

美術館や博物館などで、ゆっくり過ごすのもいいですよね

今日は、大和文華館の(近鉄沿線)無料招待デーでした

美術館や博物館には、こういった無料開放の日が年に1,2日あったりします

もちろん、観覧者がふだんよりも多いのですが、

気軽に入館できるので、はじめて訪れる人には敷居が低くていいですね

 

美術館や博物館、最近は無料ゾーンが拡充しています

万葉文化館や奈良国立博物館のショップやカフェは無料ゾーンでメニューも充実しています

万葉文化館は、図書室も無料ゾーン

机でゆっくり大型本を眺められます

駐車場もタダだし・・・

http://www.manyo.jp/ 左矢印万葉文化館のHP

 

9月23日、24日には、明日香村で

彼岸花祭と飛鳥光の回廊が開催されます

http://asukamura.com/ 明日香村(観光サイト)のHP

楽しみ音符

 

 

 

9月15日

旧「敬老の日」、現「老人の日」(祝日ではなく記念日)

いわゆるハッピーマンデー制度により、「敬老の日」は9月第3月曜日に移動しております

ことしは、台風が襲ってくるかも…ショボーン

 

ところで、この、いまでも賛否両論ある「ハッピーマンデー」、

二つの法律によって、成人の日と体育の日、海の日と敬老の日が、それぞれ月曜日に移動することが決められたものです

月曜日に祝日が移動してよかったのか悪かったのかはわかりませんが

(個人的には不便さを感じるほうが多いですね)

良くも悪くも、このように、なにごとも法律によって決められて、それにしたがって世の中が動くというのが、法治国家のしくみです

そして、法律を決めているのが、国会という機関

 

…今日は、中学3年生で勉強する公民の政治分野のお話です

 

現在、国会は開かれておりません

「秋の臨時国会」なんてことばをニュースでときおり耳にすることがあるかもしれませんが、

秋に開かれるのは(必ず開かれるわけではありませんが)、臨時国会(法表記では臨時会)

春に開かれるのが通常国会(常会)

通常国会は、1年に1回かならず開かれ(憲法で決められている)、会期150日、延長は1回のみ(国会法)ということになっています

今年も、第193回国会が、1月から6月まで開かれていました

(国会は、種類にかかわらず日本国憲法で定められて以降の通し番号がつけられています)

 

そこで決まった(成立した)法律の数は、73

内閣提案は大半成立しているけど、議員提案は1割も成立していない…

日本の官僚が優秀なのももちろんあるでしょうけど、それよりも、内閣提案はより実務的な内容の法令だからでしょうね(議員提出のものは政治色が濃いです:法律の内容をご覧になりたいかたはこちら)

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/menu.htm#05 衆議院のHPより議案の一覧のページ

 

通常国会では、法律案だけでなく、予算案がま口財布も審議されます

法律を実施して政策を行うには、税金をつかうことになるからね札束

例えば、こんな法律案が内閣から提出されています

いちばん上の「地方交付税法及び特別会計に関する法律の一部を改正する法律案」の内容は…

 

閣法第1号

閣議決定日:平成29年1月20日

国会提出日:平成29年1月20日

衆議院

   地方交付税法及び特別会計に関する法律の一部を改正する法律案

 (地方交付税法の一部改正)

第一条 地方交付税法(昭和二十五年法律第二百十一号)の一部を次のように改正する。

  附則第四条中「第五号」を「第六号」に、「第六号から第八号まで」を「第七号から第九号まで」に、「三千六百四十三億千三百二十一万九千円」を「三千四百二十九億九千五百十万円」に改め、同条第三号中「二千七百四十六億九千五十万円」を「五千四百六十五億千七百五十万円」に改め、同条第八号を同条第九号とし、同条第五号から第七号までを一号ずつ繰り下げ、同条第四号中「前三号」を「前各号」に改め、同号を同条第五号とし、同条第三号の次に次の一号を加える。

  四 平成二十八年度における交付税の総額を確保するため第一号及び第二号に掲げる額の合算額に加算する必要がある額のうち前号に掲げる額以外の額 二千七百十八億二千七百万円

  附則第四条の二第三項中「額及び」を「額、」に、「額を」を「額及び前条第四号に掲げる額に相当する額を」に改め、「、平成二十九年度から」の下に「平成三十三年度までの各年度にあつては前項の規定による額から二千三百五十四億八千四百四十万円を、平成三十四年度から」を加え、「前項」を「同項」に改める。

  附則第十一条中「附則第四条第四号」を「附則第四条第五号」に、「三千六百四十三億千三百二十一万九千円」を「三千四百二十九億九千五百十万円」に改める。

 (特別会計に関する法律の一部改正)

第二条 特別会計に関する法律(平成十九年法律第二十三号)の一部を次のように改正する。

  附則第九条中「第四号」を「第五号」に、「同条第八号」を「同条第九号」に、「平成三十八年度までの各年度に」を「平成三十三年度までの各年度に」に、「、平成三十九年度」を「、平成三十四年度から平成三十八年度までの各年度にあっては同条の規定により算定した額に第一号に掲げる額を加算した額から第三号に掲げる額を減額した額とし、平成三十九年度」に、「第三号」を「第四号」に改め、同条第三号を同条第四号とし、同条第二号中「平成二十九年度」を「平成三十四年度」に改め、同号を同条第三号とし、同条第一号の次に次の一号を加える。

  二 地方交付税法附則第四条の二第三項の規定により平成二十九年度から平成三十三年度までの各年度分の交付税の総額から減額する金額 二千三百五十四億八千四百四十万円

   附 則

 この法律は、公布の日から施行する。

 

地方財政の状況等に鑑み、平成二十八年度における地方交付税の総額を確保するため同年度分の地方交付税の総額について加算措置を講ずるとともに、東日本大震災に係る復興事業等の実施状況を踏まえて同年度分の震災復興特別交付税の額を減額する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である

 

ムズカシイ!!えーんアセアセ

法律案の数字は横書きでも漢数字だということを初めて知りましたびっくりハッ

 

この法律案は、参議院にも同20日に提出されていて、

衆議院の総務委員会で審議されたのが26日、翌27日に本会議で可決、即日参議院に回されて、

参議院の総務委員会で了承されたのが31日、即日本会議で可決されています

法律案はこれで成立というわけ

こんなこと、やってるんだねキョロキョロ

 

国会で、法律を審議しているのは、選挙によってえらばれた国会議員さんたち(国民の代表者)

憲法では、国会は「国権の最高機関」「国の唯一の立法機関」と定められています

国民の代表だからねウインク

 

こういう法律を審議するなんて、きっとタイヘンなんでしょうけど、しっかりがんばってください!!!!

ですよね!?

 

 

9月14日

 ネタ切れだアセアセ

 毎日、きょうは、なんの日かな~と、Wikiを見るのですが…

(一部抜粋してみました)
 
こうしてみると、幕末の攘夷がらみの動きが多いですねー
こんなに関連のあることがらが同じ日に集中しているなんて、ちょっと恐ろしい感じもしますが…
このなかで、どれかを今日のテーマに選ぶとすると…??
「シャンポリオンがロゼッタストーンのヒエログリフの解読に成功」ですかねー!?
 
というわけで、今日のテーマは、古代史。。。というよりも、石?
 
ロゼッタストーンは、ナポレオンのエジプト遠征のときに拾い出されたものです
ナポレオンは、とても有名な人物なのに、中学校の社会の教科書には出てこないかもしれませんね
フランス革命だって、ちょこっとしか扱われませんし。。。
フランス革命後の国内の混乱に乗じて台頭し、18世紀末から19世紀初頭にかけて、
怒涛のように革命戦争を引き起こして、ヨーロッパじゅう(大陸側)を混乱の渦に陥れた、
野心家です(Be anbitious ! 野心を持つことは悪いことではありませんが…)
 
で、ね、碑文の刻まれた「家具調こたつ」ほどの大きさもある(重さ760kg)ロゼッタストーンなんですが、
「発見した」フランス軍ではなく、フランスに勝ったイギリス軍によってエジプトから運び出され、
いまも大英博物館にあったりするわけですよ(エジプトは返還を求めています)
イギリスは、なんでも持って帰っちゃうからね~
大英博物館にある目玉展示は、大半ほかの国から手に入れたものですもんねニヤリ
エジプトがフランスから奪い取った(わけではなく、条約によって無理やり手に入れた)理由は、
もちろん、
ものすごく貴重なものだとにらんだから星星星
つまり、当初から、「こいつはたいしたお宝だ」と思われていたらしいのですウインク
 
ロゼッタストーンには、3種類の文字で同じ内容が記されています
ひとつはヒエログリフ(神聖文字)、ふたつめにデモティック(民衆文字)、みっつめにギリシャ文字
エジプトというと、ピラミッドを思い浮かべるかもしれませんが、
ロゼッタストーンはそれほど古いものではありません
ロゼッタストーンに碑文の刻まれたプトレマイオス朝(最後の王が有名なクレオパトラです)は、
アレクサンドロス大王後にできた王朝です(後継者争いでマケドニアはおもに3つに分裂しました)
 
アレクサンドロスといえば、遠征によってギリシャ文明を東方にもたらし、ヘレニズム文化が生まれるもとになった人物ですよね
ヘレニズムの影響は日本にも見られ、
法隆寺の回廊の柱が「エンタシス」だとか、唐草文様になって残っているとか、…
ここまで話を広げるときりがないので戻します
 
プトレマイオス朝はギリシャ人がエジプトに建てた王朝
だから、ロゼッタストーンにはギリシャ文字も書かれているのです
そのギリシャ文字を手掛かりにヒエログリフを読み解いたのが、
シャンポリオンというフランス人の学者でした
ロゼッタストーンがイギリスに持ち帰られるや否や文字の解読は試みられていたのですが、
なかなか解読されないまま、石を横取りされたフランス人によって解読されるという…
ちょっと皮肉な気もしますねウインク
 
もちろん、読み解かれたヒエログリフは、エジプト原始王朝の時代から使い続けられてきたものですから
メンフィスやテーベなどの遺跡に残されているものやパピルスに書かれているものと同じものです
エジプト文明四大文明の一つ
紀元前3000年ごろからナイル川流域に栄えた
ナイル川が定期的に氾濫することを利用して小麦を栽培していたため、
氾濫時期を正確に知るために太陽暦を利用し、
象形文字を使っていた
王はファラオと呼ばれ、ピラミッドスフィンクスなどの建造物が残る
 
社会科的に覚えておかなければならないのは、このぐらいでしょうか
覚えるものだけ列記したら、やっぱり味気ないですよね~