虹の戦士からのメッセージ -16ページ目

虹の戦士からのメッセージ

~ 倖せになる方法 ~

20年前の思い出です。



幼稚園に通っている息子が、朝からぐずって着替えもしなければ朝食も食べようとしません。


母親はほとほと困り果て、「キスマークお父さんどうにかしてよ!」と助けを求めてきました。


朝から母親というものはいろいろと忙しいものです。


おじいちゃんのお世話をしたり、お姉ちゃんたちをバタバタと小学校に送り出し、やれやれ一段落したと思ったところに息子のぐずりにあい、にひひ少しばかりイラついていました。爆弾ドンッ


なにも手伝わない私はネクタイをはめて仕事に行く準備が整ったところだったのですが、多少の後ろ


めたさもあり、息子をどうにか幼稚園に送り出すために参戦することにしました。


私はネクタイを緩めながら息子に、「今日お父さん仕事休んで一緒に遊ぼうか?」といいましたら、息子


目がキラッと光って「目うん!」と返事が返ってきました。


そこで息子に「お前、この前新しい運動靴がほしいと言ってたな?」と質問しましたら、また目がキラッと


光って「目うん!」と言ったのです。


「そうか、でもお父さんが仕事に行かなかったらお金¥ないから運動靴買えないな!」すると息子が「お父さ


んお仕事行ってきていいよ!車


「でもお前が幼稚園に行かなかったらお父さんお仕事いけないよ」すると「ぼく幼稚園に行くよ」


「だったらすぐ着替えてご飯食べないとダメだね!」と言ったら素直に動き出したのです。


つまりまだ眠たくて血めぐりが悪かっただけなのです。


そこに一緒に遊ぶという楽しいことを持ちかけ、新しい運動靴を買ってあげるという欲を持ちかけたら、


いっぺんに息子の血めぐりが良くなったということなのです。


気めぐりと血めぐりは一緒です。


気とは思いです。だから思い悩みストレスをためていると血めぐりが悪くなり、体のどこかに瘀血が発生


して病気になります。


だから、病気のことを病は気からと言います。


スローライフとかロハスという言葉が近年はやっているというか、実践していらっしゃる方がいます。

 “こころ豊かに暮らすライフスタイル” “こころを充実させるライフスタイル

 “健康と地球環境にやさしいライフタイル” “自然に順応したライフスタイル


  健康と地球環境にやさしい、こころ豊かな暮らし方。】


どの言葉もこころが落ち着ける言葉だと思いませんか?


昔、と言っても江戸時代までは、日本中どこに行っても、このような生活情景だったとおもいます。


いつから現代のような、ファーストフードや遺伝子組み換え食品などで精神をも冒されたり、無尽蔵の電


気エネルギーを求めた結果、原発事故のような取り返しのつかない環境破壊をするライフスタイルになっ


たのでしょうか?


資本主義というアメリカナイズされた消費社会が、第二次世界大戦後急激に日本人の生活スタイルを変


えたように思います。


競争しているときは、ファーストフードという言葉が心地よく聞こえたのかもしれません。


車は4年に一回モデルチェンジしていたと思います。


時代が過ぎるに従い、電化製品やパソコンなどは半年もすれば旧型となるよな時代だったのです。


私たち消費者も新製品を期待し、わくわくしていたのではないでしょうか?


もう限界が来ています。


各人の都合で生活条件がありますので、すぐに生き方を変えることはできないかもしれません。


しかし、もう限界が来ていることを意識して、ライフスタイル全般を修正する意識を作っていかなければな


らない時がきているようです。
いつも色んなことを考えているのですが、この二週間ほど思考停止していました。

風邪をこじらせたということもあるのですが、何かを考え始めると頭の中かこんがらがってくるのです。

こころの中でそういう自分を分析してみました。

聖徳太子のように、一度に大勢の人の話を聞き取れた、というような能力の高い人ではないことはわかっていたのですが、自分自身が考えることですら、一時に重なると思考停止してしまっている私だったのです。

昔から器用な方ではなく、器用な人を見ると羨ましい限りでした。もし自分が器用な人に近い能力を持っていたら戦ったのかもしれません。

あまり能力に差がありすぎると人は戦う前から挑戦しません。

皆さんもご存じの、清水の次郎長というヤクザの親分がいました。

次郎長は喧嘩に一度も負けなかったそうです。それは何故か?

刀を抜くがチャンチャンとやった瞬間に自分より相手が強いとわかったら一目散で逃げたそうです。
勝負を避けたのです。

逆に自分より弱い相手とわかったらとことんやっつけて、そのあと手厚く情をかけて子分にしたらしいのです。

おそらく頭が良いと自分自身で思っている人は、きっと競争して勝ったり負けたりだったのかもしれません。

全て勝ってきた人はごくまれではないのでしょうか?

私は馬競争せずカメマイペースで仕事をしてきました。

決して贅沢をできる生活ではなかったのですが、子供達とも仲よく夫婦円満でこれたのも競争しなかったからかもしれません。

そろそろ世の中も競争の時代ではなく仲よく共生(協生)の時代が来ているのではないでしょうか!

一緒に虹虹の戦士(新しい時代を築く軸となる人)として戦いませんか!

戦いと書きましたが、虹虹の戦士の戦いとはカラオケヒマワリ楽しむγ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ
サーフィン将棋愉しむo(^▽^)oということなのです。


下記のような、ご相談メールを会社にいただいたのですが、ウインドーズ7に対応できておらず返信できませんでした。申し訳ございません。今現在は対応できていますので、今後ともご相談メールは和草堂ホームページ からのお問い合わせフォーム をご利用ください。
メールをくださった方の名前も電話番号もわかりませんので、お返事をブログフェイスブック和草堂ファンページ × にアップさせていただきます。ついでにデルモーゲン のページものぞいて「いいね」をお願いします。
【質 問】
ガジュツを長く愛用させてもらってます。お陰様で冷え症が治りました。
健診で白血球数が102と高い目で(基準値40~85)
脂質代謝 白血球系で要医療となりました。
続けて服用しても差し支えないでしょうか?
アドバイス お願いします。
【回 答】

ガジュツご愛飲者様

おはようございます。
少しメールの調子がおかしいようですが、お答えいたします。
白血球には、体の害になる細菌や異物を食べたり、病気に対する抵抗力を強めたりする働きがあります。
そのため、白血球が不足すると、病気にかかりやすくなります。
白血球数は、激しい運動や、入浴、ストレスなどが原因で、一時的に増えることがあります。
また、食事の後も増えることがあります。
ちなみに白血球の基準値は、今私が持っている平成17年の日赤での献血による
基準値は35100になっています。
白血球 - Wikipedia や「健康診断の検査項目と基準値」での基準値も下記のようにまちまちです。
白血球数(WBC) 35009700/μℓ(マイクロリットル)
白血球の基準値は3500-9500
白血球数(WBC) 3500~9000μl
このようにここの所検査基準が引き下げられる傾向があります。
これ以上のことはメールでお答えしない方がいいですよと、
薬務課の方からもアドバイスをいただいておりますので、詳しいことはお電話にて対応させていただきます。
ヘビースモーカーも白血球の数は増えます。
気管支炎や胃腸炎などでも増えますが、炎症が治まれば白血球の数も正常に戻ります。
まず心配いらないと思われますが、どうしても気になるようでしたら
要医療となりますが、食事療法や運動療法の方がいいかもしれませんね。
最後になりましたが、ガジュツを今まで通りご愛飲頂くことは一向に構いません。
安心してお飲みください。
ありがとうございます。
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万調・皆善・無尽蔵
和草堂こころ研究所・・・松本康秀
相談電話 050-7541-5624
メールアドレス wasodo@wasodo.co.jp
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先月11月はぎっくり腰をしたため毎月のお便りをアップし忘れていましたので、今回11月分と12月分の2か月分を同時にアップさせていただきます。


2011年11月は「毎月のお便り」としてお客様に
商品と共にお届けしているメッセージです。

2011年11月

倖せになる方法・・・認める勇気を持つ

時代は動いています。

科学が進み、人間は何を勘違いしたのか、取り返しのつかないような放射能をまき散らす原発事故を起こしてしまいました。

かなり横暴な生き方をしてきたようです。

自然は地震津波を通して警告を発しているような気がします。

いくら科学が進歩したとはいえ、現代の人間にはまだプルトニュウムのような放射性物質を、確実に最終処分できるまでの知識を持たないまま推し進めたようです。

人間はおろかですので間違った選択をすることもあると思います。

しかし、間違えに気が付いたらその時点で、正直に至らなさを認める勇気を持つことが大切です。

身近なことで思い当たる出来事はありませんか?

何事も終局を迎えるときは、時間が早く進みます。

こころの準備をしておかないと、不意に時代が動いたとき、こんなはずではなかったと後悔しても後の祭りです。

巷の情報では、フォトンベルト現象で地球いや宇宙の周波数が変わり、今までの時代が終わるといわれています。

もしそうであるなら、人類すべてに起こる現象でしょう。

よく宇宙は愛で満たされているとか、科学的には宇宙はクオークの海であるとか言われています。

私は、宇宙は調和で満たされていると思っています。

「万調・皆善・無尽蔵」

ですので、自然をお手本として、今の自分が時代の調和を実践しているかどうかを確認する必要があるように思います。

“ネバならない”とか“こうあるべきだ”という、自分の都合を今すぐなくすことは難しいかもしれませんが、一年ぐらいかけて減らして生きませんか?

いつの間にか、世の中が明るく、今までの自分の世界とは全く違った世界が現れますよ!

すでに実践されている方は、時代の変化に気づかないかもしれません。

コツは、今自分の置かれた立場で、今という瞬間を楽しむことです。

楽しいことだけをするという決心をすることです。

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。



2011年12月は「毎月のお便り」としてお客様に
商品と共にお届けしているメッセージです。

2011年12月

倖せになる方法・・・茶筒の思い出

私は年の離れた父に育てられたせいか、子供の頃から願をかける時など、お茶断ちするくらいお茶が大好きでした。

そんな私ですので、桜の皮で貼った茶筒を見かけたとき大変気に入って、確か当時(20年以上前)一万五千円以上した茶筒を、私には清水の舞台から飛び降りる思いで購入しました。

毎日お茶を飲むとき、その茶筒を眺めては良いものを買った、一生大事に使おう、後々の思い出にと、底には購入した日を書いたシールを貼って、大変満足して使っていました。

ある日、お茶っ葉を満杯した茶筒に、認知症の父がポットから直接お湯を注いでるではありませんか!

私は思わず怒鳴り叫んでいました。「お父さん何をしているんですか?」

急いで茶筒からお茶の葉を取り出し乾燥させ、茶筒はどうにか原型を保つことができていました。

怒られた父は逆にカーッとなり、私にすごい勢いで怒鳴りかかってきました。

認知症になる前の父は、クリスチャンであり、昔は山高帽をかぶったオシャレで穏やかな人格者だったのです。

認知症の父には、自分が悪いことをしたという思いはなく、息子に怒鳴られた事への怒りだけが心底にはあったようです。

数日後、父が同じことをしていて、妻に叱られている光景を目にしました。

父は嫁に叱られて、家長としてのプライドにふれたのでしょう、前回にも増して狂ったように怒っていました。

いっきに認知症が半年ぐらい進んだように見えた私には、その場の対応に大変苦労しました。

その後妻と話し合い、父の行為は認知症という病気がさせたことであり、テーブルの上に茶筒を置いている私たちが悪いのであって、父を怒った私達が悪かったと反省しました。

その日から茶筒を茶棚に直すようにしたら、父は茶棚から取り出してまで茶筒にお湯を注ぐことはしませんでした。

ある日私たちはうっかりテーブルの上に、大事に使っている桜の皮を貼った茶筒を置き忘れていたのです。案の定父はその茶筒にお湯を注いでいました。

それを見かけた私たちは、父と一緒に笑いながら片付けをしていたのです。

一回目も二回目も三回目も、父がした行為は同じことです。でも私たちの父に対してとった行為はまるで反対でした。

三回目の後の父の表情はとても穏やかで倖せそうでした。

父は今まで築き上げてきた人格を捨ててまでも私達に、物事は見方、考え方次第で、まるで反対の行為になることを教えてくれているようで、ありがたく父への感謝の気持ちでいっぱいになりました。

自分に都合の悪いことをされたり、悪口を言う人は、もしかしたら自分の考え方次第で、悪い人ではなく、わざわざ嫌われることを言ってくれる、してくれる、とても大切な人なのかもしれませんね!

あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら、また、次回。


最近”死のテレビ実験・・・人はそこまで服従するのか”という本を読みました。

現代人の心理を見事にこの実験は言い当てているように思います。

タイトル帯をそのまま書いてみます。

81%が、それでもレバーを押し続けた・・・・・「こんなのやりすぎです!」参加者の一人はそう言った――

相手がクイズで間違えるたびに
電気ショックを与えるよう命令される、過激な新番組が企画された――。
殺してしまうかもしれない緊張のなか、
テレビカメラの前で人間はどうなってしまうのか!?

人は自分で思っているほど強くはない。
「自分は自由意思で行動していて、やすやすと権威に従ったりしない」、
そう思い込んでいればいるほど、私たちは権威に操られやすく、
服従しやすい存在なのである。(本書より)


面白ければ何をしてもいいという風潮がテレビにはあるように思います。

視聴率が稼げるならテレビは殺人だってやらせかねないというような実験結果が出てきたのです。

テレビが権威を持つまでとして、テレビは親しみやすい風情で私たちの生活の中に溶け込み、徐々に私たちに影響を及ぼしてきた。今では私たちはその影響から逃れられない状態、すなわち支配された状態になりつつある。テレビに支配されると、私たちはテレビの言うことを無条件で認めてしまう。また、テレビの言うことは聞かなくてはならないと思うようになる。それがまさに、テレビの〈権威〉が生まれた瞬間である。すなわち、テレビは人々が気が付かないうちに影響を及ぼし、また気が付かないうちに支配することによって、〈権威〉を持つにいたったのだ。と言っています。

また続けて、ここで大切なのは、この過程が「気がつかない」うちに行われたということだろう。私たちは気が付かないうちに、テレビに〈権威〉を与えてしまったのだ。しかも、初めからそういうものだと思っているため、「テレビを〈権威〉だと考えている」ことすら自覚できない。とも言っています。

決してテレビが悪いと言っているわけではないのです。
視聴率が稼げるならテレビは何をしても良いという考え方に疑問を投げかけているのです。

震災後の政府や東電などの言う、何々専門委員会がという一連の報道がことごとく違っていたし、〈権威〉という名のつくものをもう一度考慮してから聞き入れないと、テレビからどんどん流されてくるのです。

例えば、医療に関してもテレビ〈権威〉からいろんな情報が流れてきますが、病気が減るどころか、医療費が国を食ってしまう勢いです。


今の世の中は、全体が何か変です。

何か変だと感じられないなら、それも変だと思います。

このままいけばどうなるのかを考えたら、今何をしなければならないか、おのずと見えてくるような気がします。

自分で考えましょう!

新聞やテレビ、週刊誌など言うことに盲目になることなく、個人がかしこくならないと、”後悔先に立たず”です。

せめて自然に対して謙虚、調和のとれた生き方をして、軸を持って生きたいと思います。


私たちは過去にも未来にも存在することができません。

なのに、過去にこだわって今を台無しにしている人が大勢います。

また、未来を憂いてびくびくしながら生きている人もいます。

新生(星:惑星)地球(次元上昇した地球)創造の地球であって、それ(三次元地球)が物理的にそうなると言っている訳ではないのです。

でも、このままの地球に我々は住み続けることが可能かといえば、それこそ絶対に無理でしょう!


無理ではないという人は、このまま人間の都合により壊れていく三次元地球に住み続ければいいのです。

そのような人は新生(星:惑星)地球(次元上昇した地球)転生できないでしょう!


私の知る限り、すべての現象はスパイラル(バネのような螺旋)に繰り返されているし、生成発展しているということです。

時代は、世界は、人間は、戦争を繰り返してきました。

私たち地球人は、まだまだ戦争を繰り返すのでしょうか?

もうそろそろ戦争はなくなるでしょう。

限界が来ればスパイラルがメビウスの帯(表裏がない曲面)のようになり、原点に戻ります。次元上昇します。

後戻りすることはなく、私たちのいる三次元宇宙は、先へ先へと意識をも生成発展していくことになります。

結果、次元上昇した新生地球になるのです。

三次元意識の人は新生地球に存在できないでしょう!


例えば、今まで戦争をなくす考え方を人類は知りませんでした。だから数千年もの間、人間は戦争を繰り返してきたのです。

物事を頭で考え、欲に囚われていると、いつまでたっても戦争の呪縛から抜け出すことはできないでしょう!

そのような人は戦争をやめたくないのですから、頭の中(実は潜在意識の中)は戦争をすることでいっぱいなのです。

そのような人は、いつの間にか潜在意識に戦争意識が叩き込まれ、戦争に巻き込まれることになるのです。

次元上昇したところに戦争意識はないのですから、戦争意識を持っている人は、次元上昇したところから見れば、遅れた人ということになります。


戦争をしたくない人は、軸を持つ必要があります。とは揺るがない意識のことです。)




戦争をなくすことは簡単なことなのです。

物事を複雑に考えると争い事はなくなりません。

単純に単純にしていくことが戦争を無くす一番の方法です。


一週間前の9月24日にぎっくり腰になり、つくづく思いました。



デルモーゲン(植物性湿布薬) を二日間塗り、漢方薬の芍薬甘草湯 を三日間飲みました。


ゴルフはまだできませんが、お陰様で日曜日から杖なしで歩けるようになりました。


今日は立ったまま洗面所で顔を流水で直接洗えるようになったのです。


日に日に回復していくにつれて、日頃当り前にできていたことが出来なくなり、また当り前のようにできるようになったとき、平凡な当り前の生活がどんなにありがたいことかがわかるものです。


毎日を淡々と暮らしていると、当り前のようにいる一番身近な人に感謝することを忘れがちです。


自分は何々をしてやったとか、お前たちの為にとか、恩を着せるような言葉をよく発していませんか?


自分も多くの人に色んなことをしてもらっているし、特に身近な人には自分がしてやっている以上にしてもらっているものです。



また、悪口や気に食わない言葉を発せられるとすぐにカーッとなって怒る人もいます。


考えてみませんか?他人に好かれたいなら褒めたり、場合によってはおべっかを使ったほうがよほど暮していきやすいものです。



そのように考えると、わざわざ嫌われるような言葉をいつも発してくれる、特に身近な奥さんやご主人はすごく大切な存在なのです。



感謝こそすれ、怒るなんてもっての外です。一番自分を見ていてくれる人なのです。



自分を怒らせるような言葉を発した人に、こころからありがとうと言ってみてください。



それが日常になったら平凡な生活がとても楽しくなりますよ!




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村上春樹の「1Q84」という小説の中で、階段を下りた世界に、月が二つ見える人と見えない人がいるという世界が展開されています。



勿論いま私達のいる次元ではありません。でも、まったく別世界でもないのです。


読み進むと何とも不思議な気持ちにさせられます。


その不思議な世界がもしかしたら、新生地球のようなのかもしれないのです。


一つの地球が別次元に同時に存在しているようなものです。


月が一つだけしか見えない人は、今までの地球に存在してる人であり、月が二つ見える人は、新生地球にいることになります。


この時の地球は一つしかないのですから、二つの次元が一つの地球を共有しているということになります。


だから、我々は今の次元の地球に残ることも出来るし、新生地球に進むことも出来るのです。

選択の時です。


ただやがて今の次元の地球はなくなってしまうかもしれません。


私自身は、次元の進んだ新生地球に進むと信じています。


10月29日から2012年12月21日までは、新生地球に進むことの出来る意識の持ち主かどうかの、テスト期間ということになります。


新生地球に進むことの出来る意識とはどのような意識なのかは次回のブログに回します。




地平線から太陽が見え始める前に、だんだん空が明るくなり始め、やがてどこから太陽が顔を出すのかわかり始めます。


毎日のことですから、多くの人は当たり前のように思っているのです。


素直で感覚の鋭い人は、今日10月29日から昇り始める太陽が今までの太陽とは違うことを、意識的にかどうかは別にして知っています。


10月29日から2012年12月21日まで約1年2か月かけて、地平線に太陽がすべて顔を出し切ると考えたらいいでしょう!


新生地球に進みたい人は、その間に意識チェンジをすればいいのです。



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「究極の一元」を違う言い方をすれば、「究極の幸せ」ということになります。


弁証法的な言い方になりますので、煙に巻かれるように感じるかもしれませんが、ついてきてください。


究極の一元とは二元を司るものをいいます。たとえば、△(三角形)二つを横に並べると、上に同じ△を一つ重ねることができます。つまり、次元が上がることで上の△は、下二つの△を同時に含むことになるのです。


それを人の意識に置き換えると、下二つの△が人意識(揺らぎの世界)だとした場合、上の△が神意識究極の一元意識)と考えるのです。


その神意識が究極の一元です。つまり宇宙の外から見た宇宙です。


宇宙の中でも、相似形という考え方をすれば、宇宙と言っても広いですから、銀河系の一元意識や太陽系の一元意識、地球の一元意識とだんだん小さくしていっても、その中に一元意識(神的意識)を見出すことができるようになります。


それを個人レベルまで近づけることができます。


個人レベルの究極の一元意識とは、今という瞬間に、今の自分自身を全て満足(肯定)する意識を持つことです。持てなければ一元意識とは言えません。


そのための簡単な方法は楽しい(愉しい)ことしかしないことなのです。


自分自身が楽しく(愉しく)なくて、他人の幸せをずっと喜び続けることは究極的にはできないでしょう!


自分が彼、彼女のために何かしてあげたら感謝するだろうと思ったとするなら、それはありません。そうあったとしたならばラッキーだったと考えたほうがいいかもしれません。そのくらいに考えていたほうがいいかもしれません。


もし、自分が一元的幸福感(神意識を持った調和の取れているさま)で、楽しい(愉しい)状態だったら、感謝されようがされまいが関係ないのです。


自分が楽しい状態とは、ある意味自己中心的に映るかもしれませんが、そこには前提がありまして、調和されていなければなりません。


だから、自分だけが楽しいのではなく、自分も楽しいなら、まつわる人もまた楽しいということです。


そんなうまくいくものか!と、言われる方がいるかもしれません。


それが上手くいくのです。


上手くいかないなら、自分の度量以上のことをしようとしているに過ぎません。


上手くいく範囲で物事を考え実行すればいいのです。


そうすれば、自分の器を知り、今までの自分がいかに欲張りであったかを反省できるのです。


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